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2008/09/01のBlog
[ 14:44 ]
[ BOOKs ]
レオナルド・シャーシャ 著 千種 堅訳 新潮社版
政治は死んだ!人間も死んだ! しかし権力は清々しい朝を迎えている・・・・恐怖の現代小説。
映画「ローマに散る」の原作
動物たちが巣の前の足跡をすっかり消してしまうように、死の影に笑う赤裸な権力の本質をあばいたイタリアの問題作。
イタリアのイタリアらしさがわかりかける本。
政治は死んだ!人間も死んだ! しかし権力は清々しい朝を迎えている・・・・恐怖の現代小説。
映画「ローマに散る」の原作
動物たちが巣の前の足跡をすっかり消してしまうように、死の影に笑う赤裸な権力の本質をあばいたイタリアの問題作。
イタリアのイタリアらしさがわかりかける本。
[ 14:30 ]
[ 初級学校 ]
9月1日 月曜日 初級学校始業式
お昼 梁先生と朴先生がこられた。
チジmの準備をして待った。
いつもいつもいろいろな料理をおしえていただいているが、今回もまた蒸した茄子のおいしい料理法や ひじきご飯、チジmの焼き方のコツなど教えて頂いた。
日本人どうしでは料理学校やカルチャーセンターでしか学べないが、朝鮮学校の人たちは日常的に、ことある毎に横の繋がりでの教えあいがしっかりできている。
そしてそれはとても仲良くなれるし、本当に身に付いていく。
その仲間に入れて頂けて、人との交わりの中で得られる充実感に満たされます。
チョアヨ!
いいなあ!
[ 02:55 ]
[ BOOKs ]
レオナルド・シャーシャ 著 竹山博英 訳 朝日新聞社
陽光まばゆいシチリアに赴任してきた大尉は、真昼のふくろうのようにじっと、木のウロコにこもって現実のにがさをかみしめなけばならない。マフィアの分厚い壁にぶつかり、それまでの努力を無にされてしまうが・・・・・・
イタリア(マフィア)についてがわかりかける
現在と過去の個人的かつ歴史的な幻滅の物語。
陽光まばゆいシチリアに赴任してきた大尉は、真昼のふくろうのようにじっと、木のウロコにこもって現実のにがさをかみしめなけばならない。マフィアの分厚い壁にぶつかり、それまでの努力を無にされてしまうが・・・・・・
イタリア(マフィア)についてがわかりかける
現在と過去の個人的かつ歴史的な幻滅の物語。
2008/08/31のBlog
[ 21:14 ]
[ 民際交流 ]
またまた エルザが
「今日私料理つくります。」
と言って エプロンはどこだという。
小麦粉、バター、生クリーム、卵、砂糖、タマネギ、ベーコンたっぷりの
フランスでは一番ありふれた キッシュというオーブン料理と サラダ
デザートは リンゴたっぷりの焼き菓子
「あなたは良い奥さんになれる」 と感心しながらいうと
「おばあちゃんがいつも料理を作っていてそばでいつも見ていたから・・」と言う。
自分の娘ではないのに自慢したくなる。
[ 18:37 ]
[ 季節の花たち ]
我が家のお寺は 如意寺という。
この季節お寺は そこら中に白百合が咲いて 正真正銘の白百合寺である。
その花の種が 檀家にいきわたってどこの家にも白百合が咲いている。
我が家にもたくさんではないが 植えた覚えのない白百合が毎年咲く。
玄関脇のは少し小ぶりになったが、農作業小屋の前にはなんと2m近くも伸びて
花の数も10個ついている。
ほとんどは一輪しかついていないのに である。
この球根は次期には庭に移動してあげようと思っている。
ほとんどは終わっているのに
少し遅く今朝から開き始めた
特大の白百合でした。
[ 13:05 ]
[ 上田正昭先生の講義 ]
原爆の日と鎮魂
六十三年目の広島・長崎の原爆の日を迎えて、恒例となった追悼式典がおごそかに挙行された。
核兵器の廃絶を核保有国に強く訴える必要性を痛感すると共に、原爆犠牲者へのまことの鎮魂が、いまのようにマンネリ化した行事のみでよいのかという疑念がわだかまる。
『安らかに眠ってください過ちはくりかえしませんから』と誓いながら、たびたび過ちを繰り返しきた現実をかえりみる時、その誓いの言葉がいかにも空しい。
古代の人びとが「鎮魂」を「ミタマフリ」とうけとめていたいたことは、その古訓が鎮魂を「ミタマフリ」とよみ、衰微した「タマシヒを振りおこす」義と解釈したありようにもうかがわれる。
非業の死をとげたミタマを“安らかに眠ってください”とまつりあげて断絶するのではなく、非業のミタマをしっかりひきついで、“再び過ちを繰り返すかもしれませんから”とみずからのタマシヒを振起する誓いこそまことの鎮魂につながるのではないか。
六十三年目の広島・長崎の原爆の日を迎えて、恒例となった追悼式典がおごそかに挙行された。
核兵器の廃絶を核保有国に強く訴える必要性を痛感すると共に、原爆犠牲者へのまことの鎮魂が、いまのようにマンネリ化した行事のみでよいのかという疑念がわだかまる。
『安らかに眠ってください過ちはくりかえしませんから』と誓いながら、たびたび過ちを繰り返しきた現実をかえりみる時、その誓いの言葉がいかにも空しい。
古代の人びとが「鎮魂」を「ミタマフリ」とうけとめていたいたことは、その古訓が鎮魂を「ミタマフリ」とよみ、衰微した「タマシヒを振りおこす」義と解釈したありようにもうかがわれる。
非業の死をとげたミタマを“安らかに眠ってください”とまつりあげて断絶するのではなく、非業のミタマをしっかりひきついで、“再び過ちを繰り返すかもしれませんから”とみずからのタマシヒを振起する誓いこそまことの鎮魂につながるのではないか。
原爆を投下したアメリカの為政者がどんなに原爆の犠牲者を慰霊しても、それは原爆投下の被人間的な罪を糊塗するしわざでしかない。
謝罪はできても、非業のミタマを慰霊することはできない。
ここで想起するのは、慶長二(1597)年の朝鮮侵略(丁酉再乱)のおちの鼻切りの残虐行為を前提に、豊臣秀吉がが同年の九月、方広寺大仏前で供養して、鼻塚を造営したことである。
そしてまた朝鮮侵略に荷担して残虐行為にくみした薩摩の島津義弘・忠恒父子が、慶長四年の六月、高野山奥の院に「高麗陣敵味方戦死者供養碑」と三重の石塔を建立したことである。
いまも鼻塚(耳塚)の前に立つ明治三十一(1898)年三月二十日の「耳塚修営供養碑」は、秀吉の「慈仁」を賛美し、「これ、今日の赤十字の旨を三百年の前に於いて行うと謂うともあにそれ可なざん哉」と、秀吉の供養と鼻塚の造営を賞賛する。
それは明治の赤十字の精神と合致する三百年前の美挙であったというのである。
謝罪はできても、非業のミタマを慰霊することはできない。
ここで想起するのは、慶長二(1597)年の朝鮮侵略(丁酉再乱)のおちの鼻切りの残虐行為を前提に、豊臣秀吉がが同年の九月、方広寺大仏前で供養して、鼻塚を造営したことである。
そしてまた朝鮮侵略に荷担して残虐行為にくみした薩摩の島津義弘・忠恒父子が、慶長四年の六月、高野山奥の院に「高麗陣敵味方戦死者供養碑」と三重の石塔を建立したことである。
いまも鼻塚(耳塚)の前に立つ明治三十一(1898)年三月二十日の「耳塚修営供養碑」は、秀吉の「慈仁」を賛美し、「これ、今日の赤十字の旨を三百年の前に於いて行うと謂うともあにそれ可なざん哉」と、秀吉の供養と鼻塚の造営を賞賛する。
それは明治の赤十字の精神と合致する三百年前の美挙であったというのである。
いったいどこが
秀吉や島津義弘父子の「仁慈」か、なにをもって「赤十字の旨を三百年の前に於いて」行ったとするのか、どこが赤十字思想を具体化した「最初のもの」なのか。
その欺瞞は「供養」の名のもとに美談化するのである。
いまこそ恩讐や怨念を超えたまことの万霊慰霊が必要ではないか。
秀吉や島津義弘父子の「仁慈」か、なにをもって「赤十字の旨を三百年の前に於いて」行ったとするのか、どこが赤十字思想を具体化した「最初のもの」なのか。
その欺瞞は「供養」の名のもとに美談化するのである。
いまこそ恩讐や怨念を超えたまことの万霊慰霊が必要ではないか。
2008/08/30のBlog
[ 23:29 ]
[ 初級学校 ]
2008/08/28のBlog
[ 19:50 ]
[ 民際交流 ]
[ 11:03 ]
[ 初級学校 ]
某公立小学生の夏休みが
8月21日で終わり
8月22日にはもう
給食も始まった
初級学校は
9月1日から始まる
充分英気を養ったので
さあがんばろう
お稽古も夏休みだった
身体は畑で少しは動かしていたのですが
書いたり読んだり喋ったりが不足がちでした
本日 上田正昭先生の連続講座に申し込みをしました
爽やかな気候とともに
実りの秋にのぞみます
8月21日で終わり
8月22日にはもう
給食も始まった
初級学校は
9月1日から始まる
充分英気を養ったので
さあがんばろう
お稽古も夏休みだった
身体は畑で少しは動かしていたのですが
書いたり読んだり喋ったりが不足がちでした
本日 上田正昭先生の連続講座に申し込みをしました
爽やかな気候とともに
実りの秋にのぞみます
2008/08/27のBlog
[ 16:28 ]
[ ロハスなくらし ]
涼しくなった
畑の野菜の残骸を片づけた
トマト、キュウリ、かぼちゃ、ゴーヤ 等など
蔓の中からかぼちゃ4個 まだみずみずしいのが出てきた
田んぼのまわりの草刈りは シルバーセンターに頼って
キレイにして頂いた
家庭菜園としてたくさん植えないすぎないように
いろいろな種類を少しずつ
楽しんでいこう
畑の野菜の残骸を片づけた
トマト、キュウリ、かぼちゃ、ゴーヤ 等など
蔓の中からかぼちゃ4個 まだみずみずしいのが出てきた
田んぼのまわりの草刈りは シルバーセンターに頼って
キレイにして頂いた
家庭菜園としてたくさん植えないすぎないように
いろいろな種類を少しずつ
楽しんでいこう
2008/08/26のBlog
[ 22:45 ]
「其の身正しければ、令せずとも行われる」
法令は有効か?
賄賂や有力者の口利きで採用された教師が、道徳を説く。
教育委員会の幹部に取り入って昇進した校長や教頭が、こまごまとした服装や時間の規制を職員に説く。
面従腹背をしっかり身につける。
法令は有効か?
賄賂や有力者の口利きで採用された教師が、道徳を説く。
教育委員会の幹部に取り入って昇進した校長や教頭が、こまごまとした服装や時間の規制を職員に説く。
面従腹背をしっかり身につける。
[ 21:34 ]
[ 民際交流 ]
Le Vent (ル ヴァン)
という かかりつけのお店でCut してもらいました。
フランス語で“風”という意味だそうです。
エルザに早速 発音してもらうと
Vent は バン ではなくて ヴァン(ト) となる。
なかなか刺激的な毎日です。
という かかりつけのお店でCut してもらいました。
フランス語で“風”という意味だそうです。
エルザに早速 発音してもらうと
Vent は バン ではなくて ヴァン(ト) となる。
なかなか刺激的な毎日です。
2008/08/25のBlog
[ 21:21 ]
「料理お助け隊」が放映されました。
一日かかって撮影されたものが、10分にスマートに編集されてキレイに出来上がっていました。
生きているといろいろな出来事が起こるものです。
一日かかって撮影されたものが、10分にスマートに編集されてキレイに出来上がっていました。
生きているといろいろな出来事が起こるものです。
2008/08/24のBlog
[ 23:55 ]
[ 健康・命 ]
誕生日を迎えた。
今日からの一年間の健康計画をたててみる。
*小さなケガに注意する・・・・・これは思わぬところで切り傷や打撲症を負ったりしているからです。
*車の運転にも充分気をつける・・・・これも最近追突事故をおこしてしまったから
*たべ過ぎに注意・・・・余りの暑さに外回りの仕事を控えていたらなんと体重が増えてふくよかになってきました。
*自分にあった歩き方をする・・・・体力以上の負荷を加えて膝や腰に痛みが生じた。自分にあった運動量での限界に挑戦しながら決して無理はしない。
*書物/PCを読む書く、絵を描く
農作業をたのしむ、 お稽古を続ける、ボランティアも体力の続く限り出かける、
料理も創意工夫する、中断している語学を再開、見学・旅行も計画的に!
季節の行事はしっかりこなす。
[ 23:18 ]
[ 民際交流 ]
2008/08/22のBlog
[ 10:06 ]
[ 健康・命 ]
伝統工芸の研修にきているエルザが うるしかぶれになった。
始め両手がかゆくなってただれてきた。
次の日 腹部ベルトに添って同様に赤くかゆくただれてきた。
冷やしたりして収まりそうで 軽度でよかった。
自分の責任で何でもきちんと対応している姿に感心している。
始め両手がかゆくなってただれてきた。
次の日 腹部ベルトに添って同様に赤くかゆくただれてきた。
冷やしたりして収まりそうで 軽度でよかった。
自分の責任で何でもきちんと対応している姿に感心している。
2008/08/20のBlog
[ 10:18 ]
[ ロハスなくらし ]
フランス人エルザがまたまた料理を作ってくれた。
トマトをくりぬいてそこにミンチ肉を詰め合わせて200度40分オーブンで焼いた。
デザートはクレープ。
で近所の80才のおばあさんにおすそわけを届けた。
すると、和紙の便せんに スゴイ達筆の礼状が郵便受けに入れてあった。
エルザに渡して 読んであげるととても喜んで達筆の文面を眺めていた。
そして大事そうに自分の部屋に持っていった。
おばあさんからの礼状には、
ご主人が入院されて二夏一人暮らし中のところに フランスという刺激が入って、
何年か前に旅した風景を思い出しましたとしたためてありました。
2008/08/18のBlog
[ 07:11 ]
[ ロハスなくらし ]
自然農法の提唱者 福岡正信師が逝去された。
無農薬とか それなりに多少はこだわってわずかの田畑を活用しているから、福岡師のすごさにはうなるばかり。
気持ちだけは取り入れているのだが、そもそも農作業に従事するということは、片手間ではできない。
福岡師は
米や野菜つくりにおいて、いかに人の手を省き、自然の力にゆだねるかを追求。
土地を耕さず、無肥料、無農薬、無除草で作物を育てることを特徴とする自然農法を確立した。
「不耕起直播フコウキチョクハン」の米麦連続栽培は晩年まで続けられた。
また。樹木や果樹などんp約100種の種を粘土に混ぜてつくる特製の「粘土だんご」を活用してアジアやアフリカ諸国の砂漠緑化にもかかわった。
著書「わら一本の革命」は世界各国の言語に翻訳されている。
アジアのノーベル賞と言われている
フィリピンのマグサイサイ賞やインド最高栄誉賞も受賞されておられる。
無農薬とか それなりに多少はこだわってわずかの田畑を活用しているから、福岡師のすごさにはうなるばかり。
気持ちだけは取り入れているのだが、そもそも農作業に従事するということは、片手間ではできない。
福岡師は
米や野菜つくりにおいて、いかに人の手を省き、自然の力にゆだねるかを追求。
土地を耕さず、無肥料、無農薬、無除草で作物を育てることを特徴とする自然農法を確立した。
「不耕起直播フコウキチョクハン」の米麦連続栽培は晩年まで続けられた。
また。樹木や果樹などんp約100種の種を粘土に混ぜてつくる特製の「粘土だんご」を活用してアジアやアフリカ諸国の砂漠緑化にもかかわった。
著書「わら一本の革命」は世界各国の言語に翻訳されている。
アジアのノーベル賞と言われている
フィリピンのマグサイサイ賞やインド最高栄誉賞も受賞されておられる。
2008/08/17のBlog
[ 16:51 ]
[ BOOKs ]
十六の話 司馬遼太郎 中央公論社
華厳をめぐる話
古のウテン国はオアシス国家の一つだった。今は和田(ホータン)という名に変わっている。和田にあった遠きウテン国こそ、わが華厳経を始め多くの大乗教典のふるさとであったらしい。
大砂漠と、太陽のはげしさとブドウ棚と吹きわたってくる涼風とそれに運河の水、さらには人や生物のさまざまな“因縁”(関係性)が構成され、それが
“縁起”になって、オアシスの安全という“因果“をうんでいるのである。
華厳をめぐる話
古のウテン国はオアシス国家の一つだった。今は和田(ホータン)という名に変わっている。和田にあった遠きウテン国こそ、わが華厳経を始め多くの大乗教典のふるさとであったらしい。
大砂漠と、太陽のはげしさとブドウ棚と吹きわたってくる涼風とそれに運河の水、さらには人や生物のさまざまな“因縁”(関係性)が構成され、それが
“縁起”になって、オアシスの安全という“因果“をうんでいるのである。
華厳思想にあっては、一切の現象は孤立しない。
孤立せる現象など、この宇宙に存在しないという。一切の現象は相互に相互に相対的に依存しあう関係にあるとするのである。
華厳の用語で言えば“重々無尽”ということであり、たがいにかかわりあい、交錯しあい、無限に連続し、往復し、かさなりあって、その無限の微小・巨大といった運動をつづけ、さらには際限もなく新たな関係をうみつづけていつ。大は宇宙から小は細胞の内部までそうであり、そのような無数の関係運動体の総和を華厳にあっては世界というらしい。
その世界が、唯心的に、つまり浄められ高められた心で観じられ、巨大な光明として絶対肯定されるときこそ真理の世界(法界)がうまれるというのが、華厳思想なのである。
これを光明の側からみれば、世界(自然)は、真理(真如)のあらわれとみる。つまりは真理を得、真理そのものになった存在(毘廬遮那仏)の側からみるとき、世界はかがやいているらしい。つまり前掲の無数・無限の関係体が、すべて光を放っているのである。
更に重ねていうと、それらが刻々動いて変化してやまないながらも、一つとして欠けることなく満ち足り、まったき一体になって融てあっている。そのさまの美しさを法界円融というようである。
私ども凡人の身であっても、これをいきいきと感じ、これを正しく知り、これをほがらかに喜ぶもののみが、光明の世界へ至ることができるというのが華厳思想だと私は理解している。
砂漠は、一粒ずつの砂でできあがっている。その一粒の砂の中にも、生成されたいきさつががあり、またそれが構成されている成分がある。その一粒の砂の内部からたとえばタクマラカン砂漠そのものを感ずることができるし、さらには、宇宙までがその一粒の中に入り込んでいることを知覚することができる。
ときにその砂にコンロンの水が加わると、植物をそだてさせる。さらにはその植物を人や家畜がたべるといったぐあいに、“因縁”が構成され、それが “縁起”をおこし、さらに他の“因果”を生む。重々無尽、事々無ゲ。精妙にしてやむことがない。
この地で成立したらしい『華厳経』は、やがて中国にわたり、この経を中心とする華厳宗(宗とは体系のこと)がつくられた。このとき、“一即一切、一切即一”(一はすべてであり、すべては一である)という説明のしかたがうまれた。一粒の砂は宇宙そのもの、うちゅうはこの一粒の砂である、という言い方は、哲学的表現としては古今まれな絶妙さをもっている。
古のウタン国は紀元前二世紀頃に建設されかがやかしいことに初期ころから仏教がさかんだった。
豊かなオアシス農業と絹と絨毯を織る産業によって栄えた。西方からラクダの商隊がひきもきらずにやってきて、さかんに交易し、その豊かさが、仏教を育てる一つの要素になった。富めるウタン国にあっては造寺・造仏がさかんで、西方からすぐれた僧侶もやってきた。
インド風には「クスタナ国」と表記した。
七世紀の唐代にはるかにインドをめざした玄奘三蔵(602~664)か帰路この国に立ち寄ったことは有名である。玄奘はてあつくもてなされた。王自身がわざわざ国境まで出向いてかれを迎え、宮殿に案内した。
ところが玄奘が訪ねた時は、ウタン国の精神文化はそれ以前にくらべて衰えていた。
かがやきの最盛期は、1世紀半ばから3世紀前半までの二百年であったろう。
その黄金時代の末期に『華厳経』が生まれたのである。
最盛期のころ、ウタン国は、圧倒的にインド文明の影響下にあった。カニシカ(130~155)は熱心な仏教徒で大塔をたて、仏典編集事業を援助したり、仏像が出現したりした。
ガンダーラ(現パキスタン)に仏教が入って早々のころは、仏教には仏像がなく言語によって言いあらわされていた。
なにしろ、仏教は釈迦以来、仏像・仏画をもたず、あくまでも行動と言語による抽象体系だったのだが、北上してこのあたりに来たとき、にわかに具象的になったおいっていい。ガンダーラかその付近のひとびとが、そのありがたい教えを、形にしたい。と、のぞんだのでる。
教典とともに東へ歩いた仏像が、最初に腰をおろしたのがホタン国といっていい。
「クスタナ国はすばらしい土地だ。健康によく、王に理解があり、ひとびとは高いものを尊敬している。
釈迦のころにはなかった教典というものがつぎつぎにつくられた。『般若経」『法華経』『華厳経』『阿弥陀経』などの大乗教典である。
「華厳経」が成立してゆく時間は何年間もしくは何百年という規模だっかもしれないし、インド内部でなく中央アジアともいわれている。
見えざる宇宙の真理が適時適切に姿をあらわすことを、釈迦は応・報・化の結果、ビルシャナ仏になり、大仏になるのである。
『華厳経』は大乗仏教の思考法のもとのもとといえる。
すくなくともこの教典がなければわたしどもは大乗仏教を理解することが困難である。
この経では、釈迦のさとりの景色をもあらわしつつ、小乗的なニヒリズムにおちいるところがまったくない。解脱がまばゆい光明であるかにえがかれ、光明と生成の関係がほがらかにとらえられているところに「華厳経」のすばらしさがある。
紀元三世紀ごろに成立した「華厳経」が中国で訳されるのは、ようやく五世紀になってからである。
唐の則天武后の時代の女性権力者たちは「華厳経」が好きだった。その頃新羅から義湘も唐で学んでいた。
彼らによって朝鮮半島にたどりつき、
ついで日本に入った。奈良大安寺にて
736年審祥 良弁に華厳を講ずる
740年聖武天皇の世に 審祥華厳を開講
743年 東大寺建立 華厳的な国土厳浄をはかる
華厳経は阿弥陀経や大日経にも大きな影響を与え、日本人の思考方法のなかに雨水が地面に吸われるようにして影響した。
ほとんどすみずみまで行きわたり、日本的哲学においてこの事情はかわらないのである。
その原点は、中央アジアのオアシスで生まれ、流砂の道を経て東へ行き、遙か日本に来た。
云々・・・
[ 11:58 ]
[ 呉成元先生 ]
16日の早朝
近くの川に精霊送り そして お墓参りを済ませた。
そこに 呉先生から
「大文字送り火を一緒に過ごしましょう!」
午後7時から合流し 焼き肉パーティ。
屋上から真っ正面にあざやかな大文字をながめながら
久しぶりにゆっくり話しこんで幸せな時間だった。
近くの川に精霊送り そして お墓参りを済ませた。
そこに 呉先生から
「大文字送り火を一緒に過ごしましょう!」
午後7時から合流し 焼き肉パーティ。
屋上から真っ正面にあざやかな大文字をながめながら
久しぶりにゆっくり話しこんで幸せな時間だった。
2008/08/13のBlog
[ 14:45 ]
[ ロハスなくらし ]
2008/08/12のBlog
[ 20:57 ]
[ 健康・命 ]
2008/08/09のBlog
[ 15:03 ]
[ ロハスなくらし ]
2008/08/08のBlog
[ 08:45 ]
さまざまのことおもいだす遠花火
クールジャパン 花火大会
「とてもきれい」とエルザ
[ 08:12 ]
[ 季節の花たち ]
瑠璃やなぎ
つぼみが付いてすぐに全部つぼみも葉も落ちてしまって一瞬心配したが あらためて花芽も葉っぱも出そろってやさしい花を咲かせてくれている。
にぎやかな日の後は 一段としずかで爽やかな気分にしてくれる
るりやなぎ
2008/08/06のBlog
[ 21:22 ]
和食のプロの料理人が我が家の台所に出向いて
大事なポイントや コツを 実演しながら教えてくださった。
だしの取り方・・・・・今さらながら
昆布だしのとりかた、かつおだしのとりかた、その時の分量や要する時間、温度など ポイントを心得てするのとしないのでは大違いだということが身にしみてわかった。
そしてこのうまみ成分の扱いは、世界に誇る日本の味なのだ。
畑からの採れとれの夏野菜。
新鮮それだけで充分おいしい。
しかし、こういう風に使うと一味二味違って もっとおいしいということを教えてもらった。
コーンは皮のまま尻尾の毛も付いたまま15分間蒸す。
すると香りも旨味も閉じこめられてふくよかにおいしかった。
それをほぐし黄身でつなぎ コロコロコーンとして150度で揚げる。
絶妙の味だった。
コーンと言えば、皮をむいで湯がいていた。
おいしさはお湯の中に逃げていただろう。
知ってしまうと当たり前のことだが 何ら気にも留めないで知らぬままをやってきたもんだ。
大根おろし と きゅうりのおろし と あさつきをまぜてポン酢で味付けし、「一味」でパンチを効かす。
そのままでもじゅうぶんおいしい。揚げ物にかけるとすこぶるおいしい。
きゅうりのおろしなんて考えたこともなかった。
温麺。
茄子は良く焼いて皮を取って後で夏だしの味をしっかり含ませる。
素麺を30秒ゆがいて もみあらいのあと氷水で冷やして夏だしをかけて温麺といていただく。
万願寺唐辛子のアオとラディッシュの赤とですっきりとおしゃれ。
おろし生姜の隠し味も絶妙。
冷えすぎた胃腸にやさしくほっとするおいしさだった。
生まれて初めていいことを丁寧に教えて頂いた。
一日がかりで疲れたが得ることが多く嬉しい一日となりました。
2008/08/03のBlog
[ 20:46 ]
[ 民際交流 ]