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2004/03/21のBlog
[ 14:26 ]
[ Match Review ]
開幕から一度も負けることなく今シーズンを過ごしているアーセナル。この試合でボルトンに勝つか引き分けるとプレミアの連続無敗記録に並ぶ、記録のかかった一戦。
試合は一方的な展開でガナーズ(アーセナルの愛称)が攻めたてる。ボルトンはほとんどの時間帯でワントップを残して10人が自陣に引篭って守備に回る。しかしカップ戦合わせて4連敗中のボルトン、イマイチやる気が感じられない。
前半5分、アンリが強烈なミドルシュートを放つがバーを直撃。がっちりと引いて守る相手に対して、チャンスを見つけたら積極的にシュートを放ってくるアーセナルの攻撃意識は守備を崩す基本といってもいいだろう(日本代表はコレが足りない)このシーン以外にも、ビエラやピレスがミドルレンジからシュート体制に入ろうとしたフェイントを何度か織り交ぜ、ディフェンス側にもう少し早めに潰そうという意識を植え付けていく。
前半の15分、神が降臨してアーセナルが先制する。
ミドルレンジからのシュートを意識したボルトンの選手の間がやや開いたところでエドゥーが前線の神に。神は絶妙なボール捌きでピレスの前に落し、ピレスがそのまま持ち込んでインサイドで丁寧にゴールへ蹴りこんだ。混雑した前線で丁寧なボール捌きと絶妙なパスセンス、そして決定力を持つベルカンプの存在はアーセナルの攻撃のバリエーションを増幅する貴重なものだ。
更に前半の24分にはカンポの安易なプレーからボールを奪ったアーセナルはピレスの左サイドへのスルーパスに反応したアンリの絶妙な折り返しがベルカンプへ。中からやや外に流れながら見事なボレーシュートを狭い二アポストへ蹴りこんだ。
この後、試合はローダウン。
「もう勝っただろう」というアーセナルと、「勝てそうも無いなあ」というボルトンという雰囲気が流れてくる。
前半終了間際にボルトンはコーナーキックからカンポがこぼれだまを押し込み1点返すのだが、ボールをもってセンターサークルに走りながらアピールするカンポが妙に浮いている(カンポだから浮いているのかもしれない・・・)
それにしても前半のボールポゼッション、アーセナルの91%という驚異的な数字である。やる気を無くすな、というのもムリな話か・・・。
2-1というスコアはまだ勝ちが決まったスコアでもないし、ボルトンにとっても負けが決まるスコアじゃないはずだが、後半もイマイチ盛り上がってこない。後半終了間際の得点もボルトンにとってはカンフル剤にならなかったようだ。
安定したボールポゼッションを維持するアーセナルが悠々と試合をすすめ、楽しみといえばレーマンの踊るようなゴールキーピングだけになっていく。(ローレン、トゥーレのコンバートによってディフェンスラインの安定を手に入れたアーセナルの唯一の欠点はやはりゴールキーパーだろう。シーマンの後継者という意味ではレーマンはよく(凡ミスを)やっている。レーマンが1試合安定したパフォーマンスを見せた試合は一体いつのことだろう・・・)
結局後半はあまり見所もなく終了し、アーセナルが無敗記録をタイ記録まで伸ばした。
試合は一方的な展開でガナーズ(アーセナルの愛称)が攻めたてる。ボルトンはほとんどの時間帯でワントップを残して10人が自陣に引篭って守備に回る。しかしカップ戦合わせて4連敗中のボルトン、イマイチやる気が感じられない。
前半5分、アンリが強烈なミドルシュートを放つがバーを直撃。がっちりと引いて守る相手に対して、チャンスを見つけたら積極的にシュートを放ってくるアーセナルの攻撃意識は守備を崩す基本といってもいいだろう(日本代表はコレが足りない)このシーン以外にも、ビエラやピレスがミドルレンジからシュート体制に入ろうとしたフェイントを何度か織り交ぜ、ディフェンス側にもう少し早めに潰そうという意識を植え付けていく。
前半の15分、神が降臨してアーセナルが先制する。
ミドルレンジからのシュートを意識したボルトンの選手の間がやや開いたところでエドゥーが前線の神に。神は絶妙なボール捌きでピレスの前に落し、ピレスがそのまま持ち込んでインサイドで丁寧にゴールへ蹴りこんだ。混雑した前線で丁寧なボール捌きと絶妙なパスセンス、そして決定力を持つベルカンプの存在はアーセナルの攻撃のバリエーションを増幅する貴重なものだ。
更に前半の24分にはカンポの安易なプレーからボールを奪ったアーセナルはピレスの左サイドへのスルーパスに反応したアンリの絶妙な折り返しがベルカンプへ。中からやや外に流れながら見事なボレーシュートを狭い二アポストへ蹴りこんだ。
この後、試合はローダウン。
「もう勝っただろう」というアーセナルと、「勝てそうも無いなあ」というボルトンという雰囲気が流れてくる。
前半終了間際にボルトンはコーナーキックからカンポがこぼれだまを押し込み1点返すのだが、ボールをもってセンターサークルに走りながらアピールするカンポが妙に浮いている(カンポだから浮いているのかもしれない・・・)
それにしても前半のボールポゼッション、アーセナルの91%という驚異的な数字である。やる気を無くすな、というのもムリな話か・・・。
2-1というスコアはまだ勝ちが決まったスコアでもないし、ボルトンにとっても負けが決まるスコアじゃないはずだが、後半もイマイチ盛り上がってこない。後半終了間際の得点もボルトンにとってはカンフル剤にならなかったようだ。
安定したボールポゼッションを維持するアーセナルが悠々と試合をすすめ、楽しみといえばレーマンの踊るようなゴールキーピングだけになっていく。(ローレン、トゥーレのコンバートによってディフェンスラインの安定を手に入れたアーセナルの唯一の欠点はやはりゴールキーパーだろう。シーマンの後継者という意味ではレーマンはよく(凡ミスを)やっている。レーマンが1試合安定したパフォーマンスを見せた試合は一体いつのことだろう・・・)
結局後半はあまり見所もなく終了し、アーセナルが無敗記録をタイ記録まで伸ばした。
[ 10:28 ]
[ 日本代表 ]
代表合宿を抜け出して遊んでいた選手たちの処遇は結局曖昧なまま一つのコンペティションが終了して、「キャバクラ・セブン」という名前だけ残した以外に現時点では何の処分もないわけで、「ヨーロッパをはじめとするサッカービジネスのいいところを吸収する」とか言いながら結局ナアナアでやるわけね、その辺。
なので、アテネ五輪最終予選の日本ラウンド、UAE戦での大久保のゴールに感動なんかしなかったし、正直に言えばこういうことに厳しく出来ないならアテネ五輪なんか別に出なくてもいい、と思って試合を見ていたので、勝ったことにも反応しなかった。
かつてリーズは暴行事件や、クラブの規律を破ったことに対して、リー・ボウヤー、ジョナサン・ウッドゲイトといった当時の主力選手たちに出場停止処分を下しているし(ちなみにFAからも出場停止処分を受けていたが、それとは別にリーズ自体が選手に処分を下した)
リーズはサッカーだけでなく、地域としてスポーツ振興に取り組んでいるので処分は非常に明確で厳しいものだったけど、リーズに限らず、イングランドではクラブでも代表でも規律を破った選手には出場停止や罰金の処分が下されるのが当たり前になっている。
他の国を見ても、バルセロナのパトリック・クライファートはオランダ代表から「素行が悪すぎ、規律を守らない」ことを理由に代表から外されたこともあるし、クラブでも厳重処分として罰金を取られたり出場停止処分になったりしている(あまり効果がないようだが)
今回、ジーコが発表した代表選手の中に「キャバクラ・セブン」所属の選手が一人もいないのは、それ以前にジーコが処分についてどう発言していようが、正しいことだと思っている(浦和の「山田暢久」が外されたのは、キャバクラ・セブンの「山田卓也」と勘違いしタのでは、と思っているのはボクだけだろうか?まあ、代表に選手を多く取られる浦和にとってはありがたい勘違いなのではないのだろうか)
Jリーグの構想は、「日本代表が強くなること」と「サッカー振興」が念頭にあった。
だからといってなりふり構わず、モラルや規則を軽視した運営や選手起用を許すのは賛成できない。
サッカーは文化だ。
規律違反に対して寛容にすぎる対応は日本の今の社会そのもののような気がする。
厳しくすればいいってものじゃないだろうけど、違反やモラルのない行為に対しては厳しくした方がいいと思うのだが。
彼らはボクらの代表なのだから。
なので、アテネ五輪最終予選の日本ラウンド、UAE戦での大久保のゴールに感動なんかしなかったし、正直に言えばこういうことに厳しく出来ないならアテネ五輪なんか別に出なくてもいい、と思って試合を見ていたので、勝ったことにも反応しなかった。
かつてリーズは暴行事件や、クラブの規律を破ったことに対して、リー・ボウヤー、ジョナサン・ウッドゲイトといった当時の主力選手たちに出場停止処分を下しているし(ちなみにFAからも出場停止処分を受けていたが、それとは別にリーズ自体が選手に処分を下した)
リーズはサッカーだけでなく、地域としてスポーツ振興に取り組んでいるので処分は非常に明確で厳しいものだったけど、リーズに限らず、イングランドではクラブでも代表でも規律を破った選手には出場停止や罰金の処分が下されるのが当たり前になっている。
他の国を見ても、バルセロナのパトリック・クライファートはオランダ代表から「素行が悪すぎ、規律を守らない」ことを理由に代表から外されたこともあるし、クラブでも厳重処分として罰金を取られたり出場停止処分になったりしている(あまり効果がないようだが)
今回、ジーコが発表した代表選手の中に「キャバクラ・セブン」所属の選手が一人もいないのは、それ以前にジーコが処分についてどう発言していようが、正しいことだと思っている(浦和の「山田暢久」が外されたのは、キャバクラ・セブンの「山田卓也」と勘違いしタのでは、と思っているのはボクだけだろうか?まあ、代表に選手を多く取られる浦和にとってはありがたい勘違いなのではないのだろうか)
Jリーグの構想は、「日本代表が強くなること」と「サッカー振興」が念頭にあった。
だからといってなりふり構わず、モラルや規則を軽視した運営や選手起用を許すのは賛成できない。
サッカーは文化だ。
規律違反に対して寛容にすぎる対応は日本の今の社会そのもののような気がする。
厳しくすればいいってものじゃないだろうけど、違反やモラルのない行為に対しては厳しくした方がいいと思うのだが。
彼らはボクらの代表なのだから。
2004/03/18のBlog
[ 18:09 ]
[ レポート ]
18日
ついにタンカーから解放される日が来た。
かかわった人たちはみんなよくしてくれたので、いざ降りるとなるとちょっと寂しいものもある。
しかしこの船を案内してくれた監督の
「そのうち又来ますよ」
一言でボクの中から「感傷」と呼べるものは吹き飛んだ。この辺は、もう冷め気味の彼女といざ別れるときが来たら妙に寂しくなる気持ちと同じものだろう(その気持ちに負けると大抵の場合は後悔することになる。そしてそのツケを払わされる期間は自分が思っている以上に長いものだ)
この日は翌日に広島訪問が出来るかかかっていた。
仕事は「明日まではかかるが、明日の夜まではかからない」という微妙な時間設定の中でこなさなくてはならない。この必死(仕事に対してではなく)の時間調整がうまくいき、仕事は翌日の午前中くらいに終わるメドを立てて終了。
このときは自分の才能に感謝した。ありがとう!
ついにタンカーから解放される日が来た。
かかわった人たちはみんなよくしてくれたので、いざ降りるとなるとちょっと寂しいものもある。
しかしこの船を案内してくれた監督の
「そのうち又来ますよ」
一言でボクの中から「感傷」と呼べるものは吹き飛んだ。この辺は、もう冷め気味の彼女といざ別れるときが来たら妙に寂しくなる気持ちと同じものだろう(その気持ちに負けると大抵の場合は後悔することになる。そしてそのツケを払わされる期間は自分が思っている以上に長いものだ)
この日は翌日に広島訪問が出来るかかかっていた。
仕事は「明日まではかかるが、明日の夜まではかからない」という微妙な時間設定の中でこなさなくてはならない。この必死(仕事に対してではなく)の時間調整がうまくいき、仕事は翌日の午前中くらいに終わるメドを立てて終了。
このときは自分の才能に感謝した。ありがとう!
2004/03/17のBlog
[ 18:02 ]
[ レポート ]
(書いたのは27日。遅すぎる・・・)
既に今日もこの船の中での宿泊が決まっていたので、仕事で設定したシステムのの苦情やメンテナンスの対応は午後からやることにして、午前中は仕事で設定したシステムを使ってもらいつつボクは陸上で買い物と散策をすることにして船を降りる。あのタラップを降りるのは正直イヤだったが、それも仕方がない。「明日の練習だ」と自分に言い聞かせる。
揺れている船内から陸上に降りると、自分が揺れているような感覚になってフラついたりする。なんかちょっと気持ち悪い。ドクターペッパーを飲みまくっていたらコーラがまずく感じるような感じである。
近くに見えたコンビニで道を聞くと、ここから数十分歩くと商店街があるらしいのだが、かなり寂れているとのこと。それでも買い物できないよりはマシ、とタクシーを頼めないか聞いたら「天気がいいから歩いていけ」といわれ拒否。
Σ( ̄ロ ̄lll) ガビーン
そ、そうですか・・・。
既に今日もこの船の中での宿泊が決まっていたので、仕事で設定したシステムのの苦情やメンテナンスの対応は午後からやることにして、午前中は仕事で設定したシステムを使ってもらいつつボクは陸上で買い物と散策をすることにして船を降りる。あのタラップを降りるのは正直イヤだったが、それも仕方がない。「明日の練習だ」と自分に言い聞かせる。
揺れている船内から陸上に降りると、自分が揺れているような感覚になってフラついたりする。なんかちょっと気持ち悪い。ドクターペッパーを飲みまくっていたらコーラがまずく感じるような感じである。
近くに見えたコンビニで道を聞くと、ここから数十分歩くと商店街があるらしいのだが、かなり寂れているとのこと。それでも買い物できないよりはマシ、とタクシーを頼めないか聞いたら「天気がいいから歩いていけ」といわれ拒否。
Σ( ̄ロ ̄lll) ガビーン
そ、そうですか・・・。
ここでちょっと水島の状況を言うと、タンカーは水深が深いため港によっては着桟できないので、沖合いに止めておくのだ。そしてそこまでは「通船」という、まあフェリーみたいな小船で移動をする。出航時間は船であらかじめ決まっていて、片道約20分くらいだが、これは港によって違う。長いところでは1時間くらいかかる場所もあるらしい(左の写真は通船場所の様子)
この日、ボクは9時の通船でタンカーを降り、陸上に着いたのが9時半。次の通船は12時なので実際2時間半しかない。商店街まで数十分歩くとなると最低でも30分、長ければ一時間は移動時間ということになる。ひょっとして時間の制約で食事も出来ないかも・・・と時間の計算をしながら商店街へ。
この日、ボクは9時の通船でタンカーを降り、陸上に着いたのが9時半。次の通船は12時なので実際2時間半しかない。商店街まで数十分歩くとなると最低でも30分、長ければ一時間は移動時間ということになる。ひょっとして時間の制約で食事も出来ないかも・・・と時間の計算をしながら商店街へ。
しかし、そんな心配は別の意味で無用だった。
何しろ商店街の4分の3が閉まっているのだ。時間は10時をややすぎているのに・・・コレは四日市よりもひどい。飲食店などまったくやっていない。船の食事から飲食店の食事にありつくまでには、どうしてもコンビニの食事を経験しなくてはならないようだ。
商店街を路地を覗いたりしながら歩いていると、やたらと目に付くのが「薬局」である。んー、「町のどこにいても必ず薬局が見えること」みたいな条文でもあるのか、と思うほどの薬局の数だ。
それ以外に「コレ!」というものが見当たらないのだが、気になったのは普通の店と同じくらいパブ・スナック系のお店が立ち並んでいることである。船舶の着く港町、とはやはりこうなんだろうか(夜来るべきだった・・・)いたるところに看板が出ているが、それにしても「ニュー銀座」とか「六本木」とか、ムリに東京を意識しなくてもいいのでは・・・。
何しろ商店街の4分の3が閉まっているのだ。時間は10時をややすぎているのに・・・コレは四日市よりもひどい。飲食店などまったくやっていない。船の食事から飲食店の食事にありつくまでには、どうしてもコンビニの食事を経験しなくてはならないようだ。
商店街を路地を覗いたりしながら歩いていると、やたらと目に付くのが「薬局」である。んー、「町のどこにいても必ず薬局が見えること」みたいな条文でもあるのか、と思うほどの薬局の数だ。
それ以外に「コレ!」というものが見当たらないのだが、気になったのは普通の店と同じくらいパブ・スナック系のお店が立ち並んでいることである。船舶の着く港町、とはやはりこうなんだろうか(夜来るべきだった・・・)いたるところに看板が出ているが、それにしても「ニュー銀座」とか「六本木」とか、ムリに東京を意識しなくてもいいのでは・・・。
2004/03/16のBlog
[ 13:23 ]
[ レポート ]
(書いたのは21日です)
16日
朝5時半くらいに目覚ましで起きる。この辺、小学校の遠足を楽しみにしているクソガキと大して変わらない(違うとすれば、小学校のころはお菓子は500円までだったが、今は全財産までであることくらいか)
ブリッジまで上がって、瀬戸大橋の通過は何時くらいになるか聞いてみる。お邪魔な便乗者の迷惑な質問に親切に応えてくれる船員の方々には感謝しなくてはならない(ブリッジまで上がってきたボクにコーヒーまで振舞おうとしてくれた。結局ボクがわがままを言って紅茶を振舞ってもらったのだが)後で聞いた話だと、翌日に入港を控えて準備があり、半分くらいの人はほとんど寝ていないらしい。
16日
朝5時半くらいに目覚ましで起きる。この辺、小学校の遠足を楽しみにしているクソガキと大して変わらない(違うとすれば、小学校のころはお菓子は500円までだったが、今は全財産までであることくらいか)
ブリッジまで上がって、瀬戸大橋の通過は何時くらいになるか聞いてみる。お邪魔な便乗者の迷惑な質問に親切に応えてくれる船員の方々には感謝しなくてはならない(ブリッジまで上がってきたボクにコーヒーまで振舞おうとしてくれた。結局ボクがわがままを言って紅茶を振舞ってもらったのだが)後で聞いた話だと、翌日に入港を控えて準備があり、半分くらいの人はほとんど寝ていないらしい。
2004/03/15のBlog
[ 22:53 ]
[ レポート ]
(書いたのは18日です)
15日
明らかに疲労が抜けていない。それもこれもU-23のせいだろう。
だけどタンカーに乗って移動する興奮がこの時間帯のボクを襲っていたため眠気は無かった。通船乗り場の待合室の寒さも気にならなかった。いよいよタンカーに乗る瞬間がやってきた。
デカい。
15日
明らかに疲労が抜けていない。それもこれもU-23のせいだろう。
だけどタンカーに乗って移動する興奮がこの時間帯のボクを襲っていたため眠気は無かった。通船乗り場の待合室の寒さも気にならなかった。いよいよタンカーに乗る瞬間がやってきた。
デカい。
以前に乗ったタンカーよりも一回りデカい。
通船で寄って行くと、もう壁しか見えない。その壁に一本の筋のようなものが急角度で下がっている・・・。
タラップだった。
もう帰りたかった。
3~4階ほどもあるタンカーの壁に、約60度の角度ではしごに手すりをつけたようなタラップで登るのは、高所恐怖症のボクには不可能なことだ(しかも、10㌔近い荷物は当然ながら抱えていた)
通船で寄って行くと、もう壁しか見えない。その壁に一本の筋のようなものが急角度で下がっている・・・。
タラップだった。
もう帰りたかった。
3~4階ほどもあるタンカーの壁に、約60度の角度ではしごに手すりをつけたようなタラップで登るのは、高所恐怖症のボクには不可能なことだ(しかも、10㌔近い荷物は当然ながら抱えていた)
下を見たくないのに、足元を確認したら下に広がる海が足場の間から覗いている(ちなみにボクは普通のビルやマンションでも4階から下を見るのはイヤだ。観覧車には乗れないし、歩いて15分の東京タワーなんか行きたいとも思わない。サンシャイン60が出来た当時、水族館を見に出かけたがエレベーターに乗れずに地上で牛丼を食べていたほどだ。外が見えるエレベーターだって、出来れば乗りたくない)上についたときには、疲労と恐怖に打ち勝った安堵感でゼイゼイ言っていた。まだ朝の6時である・・・今日一日、大丈夫だろうか・・・。
タンカーの中は建物といっていい。地上6階建て、地下3階建てのビルのようなものだ。
地上6回のブリッジから地下3回のエンジンルームまで案内されたが、エンジンルームに行く以外には全て階段での移動である。どうもPCの知識よりも体力の方が必要なんじゃないだろうか(毎日こんな生活をしている人がPCの通信環境を整えて欲しい、なんて思うのだろうか?陸上の人間の勝手な思惑に違いない)
それでも出航から伊良湖水道(伊勢湾を出るあたり)を出るまでは写真をとる余裕があった。だが、その日の夜に「夜の海岸線」の写真を撮ろうと思っていたのだが、そんな時間までは起きていられなかった。
明日の朝は瀬戸大橋を通過する。そっちの方が面白いと思ったから、寝た。
地上6回のブリッジから地下3回のエンジンルームまで案内されたが、エンジンルームに行く以外には全て階段での移動である。どうもPCの知識よりも体力の方が必要なんじゃないだろうか(毎日こんな生活をしている人がPCの通信環境を整えて欲しい、なんて思うのだろうか?陸上の人間の勝手な思惑に違いない)
それでも出航から伊良湖水道(伊勢湾を出るあたり)を出るまでは写真をとる余裕があった。だが、その日の夜に「夜の海岸線」の写真を撮ろうと思っていたのだが、そんな時間までは起きていられなかった。
明日の朝は瀬戸大橋を通過する。そっちの方が面白いと思ったから、寝た。
2004/03/14のBlog
[ 22:50 ]
[ レポート ]
(書いたのは18日です)
とりあえず自宅に帰るまでの暫定的ブログ。ようやくインターネット回線に接続できた・・・。
イントロダクション
船内LANと通信システムの確認で「そのうち行ってもらう」と言われ続けていた水島出張の話が具体化してきた。ただし、難産だったこの話はその分おなかの子供に十分な栄養を与えていたらしく、四日市から水島までタンカーで移動と成長していた。当初の予定では13日から四日市に入るはずだったが、入港が遅れて14日に四日市に入ることになった。新幹線で名古屋へ移動し、四日市へ行くわけだが、名古屋は監督も選手も奪った、因縁の土地である。最早敵地侵攻といった悲壮な旅になることは間違いなかった。
14日
東京駅はほとんど行ったことがない。
ボクは都内の水が合わない(ますたろう氏評)ので大きな駅は非常に苦手だ。不安だったので、迷ってもいいように早めに家を出たのだけど、それが完全に裏目に出た。1時間も早く東京駅に着いたボクは、歩き回るのも面倒だったので売店で弁当を買うと早々に「銀の鈴(東京駅新幹線の待ち合わせ場所として使うところだと、駅員らしき人は教えてくれた)」に移動。さすがに銀の鈴で一時間過ごしているのはボクだけだった。
新幹線に乗り込むころにはすっかり眠くなっていて、新横浜から名古屋の手前までほとんど記憶がないのだが、なぜか名古屋の近くで田んぼの真中に「武富士」の看板が立っていた。その看板から最寄の民家まで障害物はない絶好のポイントなのだが、残念なことに民家からは人間の視力では文字を認識できないような気がした。
名古屋もまたなかなか大きな駅だった。人通りも多くて、あちらこちらから「だぎゃっ、だぎゃっ」というヒュッポリト星人のような鳴き声が聞こえてくる。不思議な街である。
どうにか切符売り場にたどり着き、四日市までの切符を買い電車に乗り込む時に、とんでもないことを思い出した。予約したホテルの名前も電話番号が思い出せない(正確な言い方をすると、ホテルの名前も電話番号も控えてなかった)どうやらボクに長旅と長期的展望を求めるのは不可能らしい。やむなく名古屋のプラットフォームに座り込み、持ってきていたPCでメールのメモリーを確認(それにしても、ボクを見る駅員の目は「一向に立つ気配のないクララを蔑むハイジ」のような目であった・・・)
だが、問題はまだ続いていた。
ホテルの最寄駅を「四日市駅」だと思っていたのだが、実は「近鉄四日市」だったらしい。タクシーの運転手に聞いたら「歩いていけなくはない」というので徒歩で「近鉄四日市」に行くことに。
片道3車線のまっすぐな大きな通り。
しかし両側に店がない。
人もまばらにしか歩いていない。
アーケードに入っても店はあるが、開店しているのは三分の一くらいしかない上に、相変わらず人が歩いていない。まるで「お座敷釣堀の中の鏡の世界(「ドラえもん・のび太の鉄人兵団」参照)」のような街だ(実は「原爆が落とされた直後」という表現も考えていたのだが、時期が時期だけに笑えないような気がしたので止めた)
10㌔近い荷物を抱えて約30分ほども歩いた。
「水島、一緒に日本に帰ろう!」
そんな声が聞こえたような気がしたが、がんばってホテルにたどり着く。かなり疲れていたせいか、U-23に絶望したせいか、この日はあっさりと眠りについた。
明日は4時半起きである・・・。
とりあえず自宅に帰るまでの暫定的ブログ。ようやくインターネット回線に接続できた・・・。
イントロダクション
船内LANと通信システムの確認で「そのうち行ってもらう」と言われ続けていた水島出張の話が具体化してきた。ただし、難産だったこの話はその分おなかの子供に十分な栄養を与えていたらしく、四日市から水島までタンカーで移動と成長していた。当初の予定では13日から四日市に入るはずだったが、入港が遅れて14日に四日市に入ることになった。新幹線で名古屋へ移動し、四日市へ行くわけだが、名古屋は監督も選手も奪った、因縁の土地である。最早敵地侵攻といった悲壮な旅になることは間違いなかった。
14日
東京駅はほとんど行ったことがない。
ボクは都内の水が合わない(ますたろう氏評)ので大きな駅は非常に苦手だ。不安だったので、迷ってもいいように早めに家を出たのだけど、それが完全に裏目に出た。1時間も早く東京駅に着いたボクは、歩き回るのも面倒だったので売店で弁当を買うと早々に「銀の鈴(東京駅新幹線の待ち合わせ場所として使うところだと、駅員らしき人は教えてくれた)」に移動。さすがに銀の鈴で一時間過ごしているのはボクだけだった。
新幹線に乗り込むころにはすっかり眠くなっていて、新横浜から名古屋の手前までほとんど記憶がないのだが、なぜか名古屋の近くで田んぼの真中に「武富士」の看板が立っていた。その看板から最寄の民家まで障害物はない絶好のポイントなのだが、残念なことに民家からは人間の視力では文字を認識できないような気がした。
名古屋もまたなかなか大きな駅だった。人通りも多くて、あちらこちらから「だぎゃっ、だぎゃっ」というヒュッポリト星人のような鳴き声が聞こえてくる。不思議な街である。
どうにか切符売り場にたどり着き、四日市までの切符を買い電車に乗り込む時に、とんでもないことを思い出した。予約したホテルの名前も電話番号が思い出せない(正確な言い方をすると、ホテルの名前も電話番号も控えてなかった)どうやらボクに長旅と長期的展望を求めるのは不可能らしい。やむなく名古屋のプラットフォームに座り込み、持ってきていたPCでメールのメモリーを確認(それにしても、ボクを見る駅員の目は「一向に立つ気配のないクララを蔑むハイジ」のような目であった・・・)
だが、問題はまだ続いていた。
ホテルの最寄駅を「四日市駅」だと思っていたのだが、実は「近鉄四日市」だったらしい。タクシーの運転手に聞いたら「歩いていけなくはない」というので徒歩で「近鉄四日市」に行くことに。
片道3車線のまっすぐな大きな通り。
しかし両側に店がない。
人もまばらにしか歩いていない。
アーケードに入っても店はあるが、開店しているのは三分の一くらいしかない上に、相変わらず人が歩いていない。まるで「お座敷釣堀の中の鏡の世界(「ドラえもん・のび太の鉄人兵団」参照)」のような街だ(実は「原爆が落とされた直後」という表現も考えていたのだが、時期が時期だけに笑えないような気がしたので止めた)
10㌔近い荷物を抱えて約30分ほども歩いた。
「水島、一緒に日本に帰ろう!」
そんな声が聞こえたような気がしたが、がんばってホテルにたどり着く。かなり疲れていたせいか、U-23に絶望したせいか、この日はあっさりと眠りについた。
明日は4時半起きである・・・。