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飼い犬とボク
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2004/04/26のBlog
もうこれでいいんじゃないですか・・・。

なんつーか。JEFも千葉市も売り出せば勝手にお客がやってくると思ってるんじゃないかと心配というよりも、ややあきれ気味なのですが。
もう企業広告媒体は「継続的募集中」という恥も外聞も投げ捨てた状態で、とりあえずは

エスタディオ イビチャ オシム

とか

第16犬坊

とかでいいじゃん。
うう、長かった・・・。

ビッグ・イヤーもFAカップも惜しいところで逃してしまったガナーズファンにとって、このプレミア・シップも失うんじゃないかっていう気持ちは消すことが出来ないものだった。RPGのイベントのように、「何かを無くせば、何かを手に入れられる」と信じることが出来るほど、世の中は甘くない。でも、どうにかガナーズは辿り着くことが出来た。
肝心なところで勝負弱いガナーズにとって、トーナメントよりもリーグの方が似合ってる、と言われることもあったけど、それでもリーグ優勝は長い道のりの先にある一つの結果だ。
うう、ホントに長かった・・・

チームはまだ「シーズン無敗優勝」の記録がかかっていて、ボクはその記録を打ち立てることも望んでいて、そう考えたらまだシーズンは終わっていないんだけど、それでもこの日は一つの区切りだよなあ。

今、ボクの頭を頭痛が襲っている。
だけど、それを不幸だなんて全く思わない。
2004/04/25のBlog
また評価の難しい試合をやってくれるなあ・・・。

試合について書く前に、この試合に向けてのスタンスについて少し。
ハンガリーは古豪といわれる国になると思うのだけど、サッカーは盛ん。国内リーグのレベルはそうでもないけど、選手は海外(主にドイツ)でプレーしていて、結構いい選手も出てきてる(やっぱりお隣あたりの政治事情と国内の問題もあって落ち着かなかった時期を乗り越えてきたんだろう)。
で、そんな国のサッカー事情に対して、日本に合わせたスケジュールを組むってのはどうもイヤな感じだ。
気がついたら「外出問題」で代表を落とされた久保は復帰してるし、選手はメチャクチャな過密スケジュールを組んでて(磐田、横浜の選手はこれじゃあ大変だろう)、しかもこの後のチェコ戦は海外組みを召集するっていう。
とりあえず頭数合わせるような選手選考と試合スケジュールなんか組むほど、日本って偉いのかよ。
ハンガリーには申し訳ない感じです。

で、それ以上に申し訳ないのが試合内容。
まあ、ピッチコンディションはかなり悪かったみたいですけど、このハンガリー相手に2-3ってのは、どう評価したらいいんだろう。日本の選手のコンディションもよくなさそうだし、ハンガリーが強いとは思えないし、お互いベストメンバーではないし。ああ、ダメだ。この試合に臨む姿勢と目的意識のなさが、この試合の全て。そしてそれこそがジーコと日本サッカー協会の罪だろう。

なんかジーコ、玉田が交換したハンガリーのユニを引っ手繰って審判に突きつけてますね・・・。さすがに玉田もこれにはビックリしたようで、唖然とした顔が印象的でした。玉田カコイイ(笑)
それにしてもジーコ、ちょっと大人気なさすぎです。

うう・・・それにしてもこんな試合で、こんな立場に立たされる茶野って・・・。無事に帰って来いよぉ・・・。
[ 11:36 ] [ JEF United 市原 ]
予想通り(というのは残念なのだが)千葉の新設スタジアムのネーミングライツには誰も応募してこない模様。

んー、建設設計内容が公表された当時に比べると、蘇我スタ(仮称)はかなりいいスタジアムになりそうなんだが・・・。
(当初はピッチとの距離が長い、屋根がないなど「人を集めるサッカースタジアム」としては魅力がなかった。3月になって大型映像装置を川鉄が寄贈してくれることになって、サッカースタジアムとして評価の高いものになりそうな予感がしている)

しかし千葉市のHPでもJEFのオフィシャルサイトでも「新スタジアム構想」はあまりPRされてません。
なんかなあ、以前にクラブ名称問題でも書いたけど、どうもこの辺のPRとか地域住民や観客への対応なども含めて、クラブ運営の方針とか、地元やサポーターに背を向けているような気がするのはボクだけなんだろうか?(チケットの手配が悪かったり、サポーター広報誌の遅配とか、他のクラブはどうなんだろう?)
観客動員数が少ないのは臨海競技場のせいだけでも市原市のせいだけでもなく、まずはこういうクラブの姿勢の問題なんじゃないだろか。こういう体質が直らない限り、長く応援してくれるサポーターは増えていかないんじゃないかなあ。プロサッカークラブは企業であるけれど、それだけじゃないはずだ。

今JEFは周りのクラブが認めてくれるほどいいサッカーをしているし、優勝争いをする位置で戦っている。観客も増えてきたと思うし、スタジアムに見に来て面白いサッカーをやっている。そういう観客がサポーターにしていくためには、今JEFに興味を持ってきてくれた人たちに、今後も興味を持ち続けてもらえるようにクラブの努力は必要なんじゃないかなあ。
ボク達が求めているのは

黄色に染まった満員のホームスタジアムの中で、クラブに対して誇りを持って応援し、そして歓喜を共有する事ではなかったか。

頼むよ、フロント・・・

テレビの報道ってどんだけ世間のニーズに応える形を意識してるんだろう。
少なくとも、ボクのニーズにはほとんどお答えしていただいておりません。
民放ほとんど見ないわけですけど、昔から見てなかったのか、といえばそんなことはなくてテレビ番組表なんかはチェックしていますが、それでもほとんど見ない。

女子サッカーの五輪予選の中継を見ていて気になったのは、「公平さ」があまりにもないこと。
「日本代表」の試合なんだから日本よりになるのは当たり前なんだけど、北朝鮮がしっかり人数揃えている状況なのに、サイドにボールが出ただけで「日本チャンス!」と騒ぎ立てたり、北朝鮮にサイドをえぐられて中央のマークが外れてるのに、クリアできれば「日本よく守れてます」とかコメントされても、醒めるだけじゃないのかな(少なくともボクは醒めた)

で、女子サッカーの五輪予選の試合終了後、U-23代表のギリシャ選抜との試合。
まったく盛り上がれず。
バックスタンドが改修中で「臨海じゃあるまいし」と思ってたら、山本監督の支持を中継のマイクが拾ってきてモロに聞こえる。そのまま見てたら全面工事中で人なんか入るはずもない。現地エンターティメントとして最低の試合なんだなってことがわかってきてしまう。ギリシャ選抜という微妙な(つか、よくわからない)カテゴリー、全面工事中のスタンド。
よくこんな試合やるなあ。
こんな「4時間ぶっ通し」の企画なんかやるくらいなら、女子五輪チームの談話とかハイライトとかやれよ、ボケ(つか、もっとミッチを見せろ)
2004/04/24のBlog
いったい、どれだけ傷つけばいいんだろう。
リーグ戦でも、カップ戦でも、ボクらは「数年前からの慣習どおりに」チェルシーを叩きのめした。
にもかかわらず、もっとも名誉があって、もっとも実利があって、最も欲しかったタイトルでボクたちは負けた。
チェルシーはハイソサエティで(みかけだけ)、金持ちで(ロシア人のおかげで)、計画性を持って今シーズンの開幕に臨んできた。そして、それがいい方向性であったことをハイバリーで証明して見せた。

チェルシーは強くて、将来性があるいいクラブなんだ。
アーセナルはシーズン通して高いパフォーマンスを維持してきたけど、
あの時は疲れてもいたし、負けたのは悔しいけども仕方がない。

そんなボクらの慰めに追い討ちをかけるように、チェルシーはモナコに敗れ去った。
モナコはいいチームだったけど、それ以上にチェルシーの無残でいい加減なサッカーが目立った。
チェルシーが今までの因縁を心に抱いて、ガナーズサポの慰めを打ち砕くために負けた、といわれてもボクは信じるだろう。
彼らの活躍を願うなんて、もうムリだ!
2004/04/23のBlog
[ 15:42 ] [ マスメディア批評 ]
[裏モノ日記]

この人の表現の自由論には共感する個所が多数あって結構読んでるんですけど(それは自分もある種のオタクだからであるのだけど)ここ最近なんか脱線しすぎと言うか、今までにはないほどの「短絡さ」を感じる。わかりやすく主張するためにポイントを絞って短絡的に書いているのかもしれない(というか、そういう気がする)、それでもやっぱり違和感を感じることが多くなってきた。
今回は「表現の自由」と「何を言ってもいい」は全く違う問題であるということと、ネットとそこに書き込んでいくことの責任と言う観点。

「表現の自由」というモノの考え方は納得しながら読める。
ハッキリいって芥川賞にも直木賞にも感じるけど、「自分達が納得して読めるものがよくて、そうでないものはダメ」という風潮があるような気はするし(林真理子なんかになにがわかるんだ?)、それがマスメディアの中にもあると思う。オタクの理屈を書き綴って何か文句あるのか、と思うし(ベルカンプ信者で悪いか?)それを完全否定するのはどうかと思う(多少否定されるくらいでちょうどいいとは思う。その点この人とボクのオタクという「存在価値」の置き方は似ているかもしれない)
だけど、それは何を言ってもいいということではない。

例えば、好きじゃない同級生の恥ずかしい話を親友にするのと、クラスの中で不特定多数の同級生達に話すのはまったく別の話のはずだ。クラスの中で話をした結果、勝手に広まって本人を傷つけることはよくあることだし、それはある種の虐めと同じで、ボクはそんなのは好きじゃない(同じ数、あるいは自分が一人だったら遠慮しない)。
ネットで、ブログで書き綴って、自分と同じ人間の意見をトラックバックし、ソースを紹介し、リンクを張るのは「親友に話す行為」と「クラスの中で話す行為」とどちらになるのか、そんなに難しい問題じゃない。
Googleの検索方法、リンクの広まり方、ブログは「不特定多数の人間に公開するもの」という観点で見れば、ブログでトラックバックして、共通の意見を持つ人間のソースを紹介するのは立派な「宣伝活動」になっている。そういう機能として存在しているのだから。

>個人々々がサイト上で、あの人質に対する自分の主張を述べることは、
>たとえそれが“テロリスト がやらんのならわれわれが火あぶりにしち
>まえばいいのではないか”というようなヒドいものであっても、それを
>実行に移さない限り犯罪ではないし

だから、この文章には全く共感できない。
「火あぶり」でなくて「自作自演」だとしても。
少なくとも、「自作自演説」はネットだけでなく現実世界でも取り沙汰され、彼女達が「自作自演説」とおりの行動をし、そういう人間であったかどうか判断することの出来ない段階で彼女達の名誉は傷ついたわけであって、そこまで言う根拠も理由も本来ネットのブログで書き綴ることが出来るものではないんじゃないか?
本当に彼女達が自作自演である証明が出来て、そのソースとして彼女達の人間性を批判している人たちなんていやしない。少なくてもそれは、メディアリテラシーではありえない(疑惑でモノをいって人を傷つけて平気な顔をしてるのは警察だけかと思ったが、最近では一般人もそういう考え方なのね)

映画「イノセンス」でも書いたけど、ネットは「単に文字の世界」と言えない微妙な空間だと思う。
壁、距離、国境がない分、「閉鎖された環境」になりにくい(ブログやWEBサイトを自分で立ち上げることで、情報の共有化はよりいっそう進んだ)。おそらく「現実世界」よりも共有できる情報空間は明らかに広くて、それだけに現実世界よりも波及効果が大きい場合はこれまでも何度もあったし、ネットに介在するものは「参加しているようで参加しておらず(デモのような意思表示をネットですることはできない。生きている人間の「存在」という圧力をネットはまだ再現できていない)」「独り言のようで実は拡声器を持った右翼くらいの声で話している」こともあるわけで、そこにある責任に対する無責任さは一部のオタクの中では自分の都合のいいように自己解決しているようにも見える。