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2008/01/19のBlog
[ 13:21 ]
[ 教育・大学 ]
西尾市長の
「ロシア極東大函館校の市立化を新年度から検討したい」発言が波紋を呼んでいる。
第一報は1月8日の共産党市議団による市長への予算陳情
市議団からの要請(重点項目45)の中に
「ロシア極東大函館校への支援充実」という一項があった。市長の発言は項目全体について、「賛成できる項目が多いが、すぐ実現できるものも、困難なものもある」と応えたという。 (1月9日道新)
同じ日の道新で、今度はテーマが絞られて
ロシア極東大函館校 市長が市立化の意向
というタイトル
西尾市長は「未来永劫(えいごう)続く学校にしたい」と述べ、同校の市立化を新年度から検討したい意向を表明。
西尾市長は、ロシアとのパイプづくりや人材育成の観点から、同校の意義を重視する考えをかねてから示している。現在は専修学校の位置づけの同校を市立化することで、より安定した学校経営や特色ある学校運営を目指す考えとみられる。
ただ、市立化した場合には市の財政負担が増すことが予想され、市の財政状況も厳しいことから、今後、曲折がありそうだ。
函館市はロシア極東大函館校に対し、1998度から年間2000万円、2001年度から年間3000万円を補助金として支出している。
この記事に対する反応が1週間後、おもいがけないところから現れた。
1月17日道新
函館 市長給料 据え置きに審議会が方針 市議の報酬も
という記事の中で
函館市特別職報酬等審議会が市長、市議ら特別職の給料、報酬を現行のまま据え置くことが適当とする
答申内容をまとめた際、
ロシア極東大函館校の市立化の検討に対し「行財政改革を進める中でどういう位置づけなのか」と疑問の声が出されたという。
どういう文脈でこういう「疑問」がでたのか、記事だけではあきらかではないが、上記の文章の前に「不退転の決意で行財政改革に取り組むべき」という注文がでたというから、財政運営が難しい中で予算措置を伴う新しい施策に対して不満の声がでたということであろう。
「ロシア極東大函館校の市立化を新年度から検討したい」発言が波紋を呼んでいる。
第一報は1月8日の共産党市議団による市長への予算陳情
市議団からの要請(重点項目45)の中に
「ロシア極東大函館校への支援充実」という一項があった。市長の発言は項目全体について、「賛成できる項目が多いが、すぐ実現できるものも、困難なものもある」と応えたという。 (1月9日道新)
同じ日の道新で、今度はテーマが絞られて
ロシア極東大函館校 市長が市立化の意向
というタイトル
西尾市長は「未来永劫(えいごう)続く学校にしたい」と述べ、同校の市立化を新年度から検討したい意向を表明。
西尾市長は、ロシアとのパイプづくりや人材育成の観点から、同校の意義を重視する考えをかねてから示している。現在は専修学校の位置づけの同校を市立化することで、より安定した学校経営や特色ある学校運営を目指す考えとみられる。
ただ、市立化した場合には市の財政負担が増すことが予想され、市の財政状況も厳しいことから、今後、曲折がありそうだ。
函館市はロシア極東大函館校に対し、1998度から年間2000万円、2001年度から年間3000万円を補助金として支出している。
この記事に対する反応が1週間後、おもいがけないところから現れた。
1月17日道新
函館 市長給料 据え置きに審議会が方針 市議の報酬も
という記事の中で
函館市特別職報酬等審議会が市長、市議ら特別職の給料、報酬を現行のまま据え置くことが適当とする
答申内容をまとめた際、
ロシア極東大函館校の市立化の検討に対し「行財政改革を進める中でどういう位置づけなのか」と疑問の声が出されたという。
どういう文脈でこういう「疑問」がでたのか、記事だけではあきらかではないが、上記の文章の前に「不退転の決意で行財政改革に取り組むべき」という注文がでたというから、財政運営が難しい中で予算措置を伴う新しい施策に対して不満の声がでたということであろう。
ロシア極東国際大学は、従来の「専修学校」の位置づけから、「外国大学の日本分校」という認定がえられ、昨年から卒業生の国内の大学院への進学資格が認められた。文科省の許認可を得るにあたっての関係者の努力を多としたい。
ウラジオストックにある本校からの人的支援などもしっかり続いており、地道だが着実な歩みを続けてきている。入学者数が大幅な定員割れを起こしており、経営は楽ではなと聞くが、市として本腰を入れて支援していくべきタイミングではないのか。
函館がその地理的特性を生かして「国際交流・親善」を進めていく相手国としては歴史的背景やすでにできているパイプの太さからしても、ロシアの重要性は依然大きい。
西尾市長もマニフェストの中で、重点項目として
ロシア極東大学函館校の市立大学化と極東地域の情報センター化
を掲げている。
新規の金の話になると、施策の意義や優先度の議論の前に、即座に「反対」「慎重」論が、しかも「審議会」のような公的な場ででるという、この町の独特の政治風土。確か審議会のトップは保守系の議員さんであったと記憶する。
しかも真っ向からの反対ではなく
「どういう位置づけなのか」という表現。
よく耳にする
「いかがなものか」
と同様、まっすぐに議論するのではなく、表現をぼかすというのも特徴的。
市長も「直ちにやる」といっているわけではなく、「検討を始めたい」といっている。「報酬審議会」などという場で曖昧な批判をするよりも、議会という本来の政策審議の場で正々堂々と批判の論陣をはるべきだ。
2008/01/18のBlog
[ 00:44 ]
「今日1月17日、、新聞に折り込まれた厚生労働省による政府広報に掲載された汚染血液製剤の納入先医療機関リストで新たに141施設が閉鎖され、連絡が取れなくなっていることが、分かった」という。(MSNサンケイ記事)
ちなみに拙宅に配達された広報で函館関係分を仔細にみると、
フィブリノゲン製剤納入施設(ということはもちろん、投与した可能性が高いということ)
として函館市の対象施設は28施設。その大半が総合病院または産婦人科専門病院。
そのうちなんと9施設(うち産婦人科は8施設)が休・廃院している。こうしたケースでは当然ながら古いカルテが保存されていない可能性は高い。つまりはC型肝炎にむすびつく、フィブリノゲン製剤の投与の証明はきわめて困難ということだ。
厚生労働省も、こうしたカルテの保存に積極的に対処した事実はない。前回の公表から3年、その間に休廃院したのが全国で141もあるという。あいかわらずの杜撰・無責任な対応。
それにしても、あらためて、この10年間くらいの間に、いかに産婦人科が劇的に減少したか。あらためて驚く。
少子高齢化、医療過誤訴訟、診療報酬の切り下げ、そして最大は医師の確保の困難。それにしても函館の減り方は尋常ではない。人口規模で5倍の札幌では、休廃院は16。
ますます子供を生みにくい環境へと事態が悪化している。
2008/01/17のBlog
[ 21:32 ]
今週発売の月刊誌クオリティに
函館市前市長“口利き問題”再燃 調査特別委員選任めぐる「混乱」
というタイトルで記事が載った。
「市街化調整区域内での有料老人ホーム建設」に絡み、現職市長が “口利き”をしたとされる問題をめぐり争われた07年の函館市長選は、疑惑を糾弾した西尾正範前助役が現職の井上博司氏を大差で破り当選した。
その後、西尾新市長は口利き問題を究明すべく「調査特別委員会」の設置を決めたが、その委員選任をめぐり市議会は紛糾と空転を繰り返し、市民からも疑問の声が上がっている。内部で何が起きているのかを探った。
多少の誤解はあるが(委員会の設置は市長が決めたわけではない・・など)ことの全貌をおおまかに概観できるような記事である。
新年を迎えて実質審議が再開される「老人ホーム問題調査特別委員会」。次回開催は1月22日10時から。さてどういう展開になるのやら。厳しく見守りたい。
函館市前市長“口利き問題”再燃 調査特別委員選任めぐる「混乱」
というタイトルで記事が載った。
「市街化調整区域内での有料老人ホーム建設」に絡み、現職市長が “口利き”をしたとされる問題をめぐり争われた07年の函館市長選は、疑惑を糾弾した西尾正範前助役が現職の井上博司氏を大差で破り当選した。
その後、西尾新市長は口利き問題を究明すべく「調査特別委員会」の設置を決めたが、その委員選任をめぐり市議会は紛糾と空転を繰り返し、市民からも疑問の声が上がっている。内部で何が起きているのかを探った。
多少の誤解はあるが(委員会の設置は市長が決めたわけではない・・など)ことの全貌をおおまかに概観できるような記事である。
新年を迎えて実質審議が再開される「老人ホーム問題調査特別委員会」。次回開催は1月22日10時から。さてどういう展開になるのやら。厳しく見守りたい。
2008/01/16のBlog
[ 19:28 ]
[ 函館に関する本 ]
つばさよつばさ
浅田次郎
小学館
2007.10
本の紹介@BK1
ご存知「鉄道員(ぽっぽや)」で数多の男女を泣かせた当代きって(とは私の評)のものかき名手、浅田次郎氏の最新刊。「つばさ」とは翼のこと。4年間にわたってJALの機内誌Skywardに連載した同名のエッセイが単行本になったのである。
「旅行作家にあこがれて」いたという浅田氏が各回約2,000字で書き下ろしたエッセイは全部で40編。範囲も台北、エジプト、ノルマンディ、ラスベガスまで世界を縦横に。どの文章にもなにかしら光るものが宿っていて飽きない。
このブログの筆者のお目当ては「函館の夜景」なのだが、「夜の竪琴」と題したエッセイは
一年に2度函館へ行く
という短い、硬質な、しかし期待をもたせる言葉で始まる。以下こんな具合だ。
初めて函館の夜景を見たとき、私はおのれの愚かしさにもきづいた。いわゆる三大夜景のうち、香港もナポリもすでに見ていたのに40を過ぎるまで函館の夜景を知らなかったのである。・・・
世界通の日本知らずが多くなった。いまや地球上のどの国にも例を見ない、国民的矛盾と言えるであろう。・・・
もっともこの矛盾の説明は簡単である。国内を旅するよりも海外のほうが安上がりなのである。具体的には、「思い立って函館の夜景を見たい」と出かければ、航空運賃に湯の川温泉の宿代、朝市の海鮮丼におみやげを買おうとすると、驚くなかれ、「アメリカ西海岸4泊6日グランドキャニオンツアー付」よりも高くなってしまう場合もある。・・・
函館山で抱いた思いがけない感慨が、望郷の思いに姿を変え、長い小説(壬生義士伝)になった。ふるさとはかくも美しいものだよと函館の夜の竪琴(注:浅田氏は函館の夜景を群青色の古代の壁に立てかけられた螺鈿の竪琴に例えている)が、忘れかけた調べにのせて私に諭し聞かせてくれたような気がする。
浅田次郎
小学館
2007.10
本の紹介@BK1
ご存知「鉄道員(ぽっぽや)」で数多の男女を泣かせた当代きって(とは私の評)のものかき名手、浅田次郎氏の最新刊。「つばさ」とは翼のこと。4年間にわたってJALの機内誌Skywardに連載した同名のエッセイが単行本になったのである。
「旅行作家にあこがれて」いたという浅田氏が各回約2,000字で書き下ろしたエッセイは全部で40編。範囲も台北、エジプト、ノルマンディ、ラスベガスまで世界を縦横に。どの文章にもなにかしら光るものが宿っていて飽きない。
このブログの筆者のお目当ては「函館の夜景」なのだが、「夜の竪琴」と題したエッセイは
一年に2度函館へ行く
という短い、硬質な、しかし期待をもたせる言葉で始まる。以下こんな具合だ。
初めて函館の夜景を見たとき、私はおのれの愚かしさにもきづいた。いわゆる三大夜景のうち、香港もナポリもすでに見ていたのに40を過ぎるまで函館の夜景を知らなかったのである。・・・
世界通の日本知らずが多くなった。いまや地球上のどの国にも例を見ない、国民的矛盾と言えるであろう。・・・
もっともこの矛盾の説明は簡単である。国内を旅するよりも海外のほうが安上がりなのである。具体的には、「思い立って函館の夜景を見たい」と出かければ、航空運賃に湯の川温泉の宿代、朝市の海鮮丼におみやげを買おうとすると、驚くなかれ、「アメリカ西海岸4泊6日グランドキャニオンツアー付」よりも高くなってしまう場合もある。・・・
函館山で抱いた思いがけない感慨が、望郷の思いに姿を変え、長い小説(壬生義士伝)になった。ふるさとはかくも美しいものだよと函館の夜の竪琴(注:浅田氏は函館の夜景を群青色の古代の壁に立てかけられた螺鈿の竪琴に例えている)が、忘れかけた調べにのせて私に諭し聞かせてくれたような気がする。
ところで、このエッセイがSkyWard誌に載った直後に市議会で話題になったことを思い出した。議会の検索システムで調べると確かにH15年2月議会での以下のようなやりとりが見つかった。(要約・ 全文はこちらからキーワード 「浅田次郎」で)
小玉議員
私たちは、函館山の夜景は香港とナポリに並ぶ世界の三大夜景と自覚してまいりましたが、このたび、直木賞作家で有名な作家浅田次郎さんが、日本航空機の機内誌2月号で明快に函館山の夜景は世界一と書いておられ、はこだてっ子として感激いたしました。「香港の夜景はネオンの文字がうるさく、長い海岸線に沿って光の連なるナポリは、平凡な港町の夜景に過ぎない」とし、「その点、南北の海が両側から弧を描き、細やかな町の明かりが宝石をちりばめたように広がる函館山からの夜景は、掛け値なしに美しい。地形そのものが実にユニーク云々」。
日航を利用した多くの人々が函館山の夜景が世界にたぐいのない美しさにあることを知る機会となってのPR効果も満点と存じます。
これほど当市観光にとっての評価あふれるPR題材はほかにはないものと思うのですが、市長はその点、これを生かすべく対応をどう考えられておられるのか。
これを契機に、国際観光振興への手法の一つに、これまでの著名なる作家や著名人の方々が記された函館を紹介した随筆文を集めて函館の魅力の紹介に立つ観光ガイドの編集、発行も効果があるものと存じますが、これらのお考えはいかにありますか、お伺いいたします。
井上市長:
日本航空機内誌に掲載された浅田氏の文章は私も読ませていただきましたが、これほど函館山からの夜景に対し温かいエールを送っていただいたことに大変感激し、早速礼状を送らせていただきました。
小玉議員御提案のこの記述の活用につきましては私も全く同感であり、首都圏や関西圏の旅行雑誌の記者などのマスコミ関係者にもコピーを送り、周知に努めたところでございます。今後とも、この記述は、貴重な財産として函館観光のPRに有効活用させていただきたいと考えております。
著名な作家などによります函館を紹介した記述は観光函館のイメージアップにつながることから、御提案の著名な作家などの随筆集を集めた観光ガイドブックの発行は魅力的で、観光振興を図る上でも有効と考えられます。これらの函館に関する作品の記述や、函館を舞台に撮影された映画ののグラビアも取り込んだガイドブックの作成など、その活用方法についてはさまざまな手法が考えられますので、今後検討してまいりたいと存じます。
小玉議員
私たちは、函館山の夜景は香港とナポリに並ぶ世界の三大夜景と自覚してまいりましたが、このたび、直木賞作家で有名な作家浅田次郎さんが、日本航空機の機内誌2月号で明快に函館山の夜景は世界一と書いておられ、はこだてっ子として感激いたしました。「香港の夜景はネオンの文字がうるさく、長い海岸線に沿って光の連なるナポリは、平凡な港町の夜景に過ぎない」とし、「その点、南北の海が両側から弧を描き、細やかな町の明かりが宝石をちりばめたように広がる函館山からの夜景は、掛け値なしに美しい。地形そのものが実にユニーク云々」。
日航を利用した多くの人々が函館山の夜景が世界にたぐいのない美しさにあることを知る機会となってのPR効果も満点と存じます。
これほど当市観光にとっての評価あふれるPR題材はほかにはないものと思うのですが、市長はその点、これを生かすべく対応をどう考えられておられるのか。
これを契機に、国際観光振興への手法の一つに、これまでの著名なる作家や著名人の方々が記された函館を紹介した随筆文を集めて函館の魅力の紹介に立つ観光ガイドの編集、発行も効果があるものと存じますが、これらのお考えはいかにありますか、お伺いいたします。
井上市長:
日本航空機内誌に掲載された浅田氏の文章は私も読ませていただきましたが、これほど函館山からの夜景に対し温かいエールを送っていただいたことに大変感激し、早速礼状を送らせていただきました。
小玉議員御提案のこの記述の活用につきましては私も全く同感であり、首都圏や関西圏の旅行雑誌の記者などのマスコミ関係者にもコピーを送り、周知に努めたところでございます。今後とも、この記述は、貴重な財産として函館観光のPRに有効活用させていただきたいと考えております。
著名な作家などによります函館を紹介した記述は観光函館のイメージアップにつながることから、御提案の著名な作家などの随筆集を集めた観光ガイドブックの発行は魅力的で、観光振興を図る上でも有効と考えられます。これらの函館に関する作品の記述や、函館を舞台に撮影された映画ののグラビアも取り込んだガイドブックの作成など、その活用方法についてはさまざまな手法が考えられますので、今後検討してまいりたいと存じます。
しかし、こういう評価もどうやらその場限りだったようだ。
ガイドブックどころか、このエッセイの文章がその後、函館の観光振興に「活用」されたという事実すら筆者は(寡聞にして!)承知していない。先にこのブログでは触れたが、浅田次郎氏を招いて先日市内で開催された講演会で氏自らが「つばさよつばさ」発刊に絡んでこの話を紹介した。しかし、多分会場を埋めた市民の大半にははじめて聴く話だったのではなかろうか。
函館をPRしてくれる、こうした有名人発の影響力のある情報を最大限活用するという意欲と技をもつ組織も人材もこの街には希薄なようだ。(深刻な自戒をこめてだが・・・・)
ガイドブックどころか、このエッセイの文章がその後、函館の観光振興に「活用」されたという事実すら筆者は(寡聞にして!)承知していない。先にこのブログでは触れたが、浅田次郎氏を招いて先日市内で開催された講演会で氏自らが「つばさよつばさ」発刊に絡んでこの話を紹介した。しかし、多分会場を埋めた市民の大半にははじめて聴く話だったのではなかろうか。
函館をPRしてくれる、こうした有名人発の影響力のある情報を最大限活用するという意欲と技をもつ組織も人材もこの街には希薄なようだ。(深刻な自戒をこめてだが・・・・)
[ 00:40 ]
[ 函館に関する本 ]
箱館戦争
星亮一著
三修社
2006.12
星亮一氏は幕末の歴史を対象とした評伝を数多く書いている。特に戊辰戦争をテーマにしたもの、その中でも会津に関するものが圧倒的。
かつて「榎本艦隊北へ」で箱館戦争にも触れていたという記憶があるが、今回の著は、ずばり「箱館戦争」。いままでの会津もので発揮された史実の発掘・検証・評価の確かさをもってすれば、箱館戦争に新しい光をあててくれるのではとおおいに期待した。
本の帯には「蝦夷共和国は実在した!!」の文字が大書。
しかし、残念ながら期待はほとんど裏切られたといっていい。先行する類書を抜くような史実の発見も特にはなく、史実の評価についても平凡である。たとえば末尾に近い以下の文章。
蝦夷島共和国が存在したか・・・これはある時期榎本政権が存在したと考えるべきである。一時期アメリカもこれを認めた。あながち榎本の錯覚ではない。
榎本「政権」の性格については、当時の明治政権との勢力関係、そして諸外国の対応などが複雑に絡み合っていて、果たして「地方政権」といえるほどの確固たる基盤があったといえるのか、論争が続いている。
上記の程度の理由で「榎本政権」の存在を認めるような表現は、多少の知識のある読者にはとても受け入れられるものではない。
入門書か概説書ならいざしらず、戊辰戦争を江戸の彰義隊あたりから順に書き進めてきて、会津を書いて、それなりの名声を博した星氏が、箱館戦争については相当手を抜いたといわれてもしょうがないのではないか。
帯の裏には解説者の言葉から
箱館戦争とはなんであったのか。
・・・・その描写と構成から著者のライフワークとしての熱い激情が感じられる・・・
とある。激情でよい本が書けるものではない。こういう類の賛辞は、読者を惑わすだけだ。
星亮一著
三修社
2006.12
星亮一氏は幕末の歴史を対象とした評伝を数多く書いている。特に戊辰戦争をテーマにしたもの、その中でも会津に関するものが圧倒的。
かつて「榎本艦隊北へ」で箱館戦争にも触れていたという記憶があるが、今回の著は、ずばり「箱館戦争」。いままでの会津もので発揮された史実の発掘・検証・評価の確かさをもってすれば、箱館戦争に新しい光をあててくれるのではとおおいに期待した。
本の帯には「蝦夷共和国は実在した!!」の文字が大書。
しかし、残念ながら期待はほとんど裏切られたといっていい。先行する類書を抜くような史実の発見も特にはなく、史実の評価についても平凡である。たとえば末尾に近い以下の文章。
蝦夷島共和国が存在したか・・・これはある時期榎本政権が存在したと考えるべきである。一時期アメリカもこれを認めた。あながち榎本の錯覚ではない。
榎本「政権」の性格については、当時の明治政権との勢力関係、そして諸外国の対応などが複雑に絡み合っていて、果たして「地方政権」といえるほどの確固たる基盤があったといえるのか、論争が続いている。
上記の程度の理由で「榎本政権」の存在を認めるような表現は、多少の知識のある読者にはとても受け入れられるものではない。
入門書か概説書ならいざしらず、戊辰戦争を江戸の彰義隊あたりから順に書き進めてきて、会津を書いて、それなりの名声を博した星氏が、箱館戦争については相当手を抜いたといわれてもしょうがないのではないか。
帯の裏には解説者の言葉から
箱館戦争とはなんであったのか。
・・・・その描写と構成から著者のライフワークとしての熱い激情が感じられる・・・
とある。激情でよい本が書けるものではない。こういう類の賛辞は、読者を惑わすだけだ。
2008/01/15のBlog
[ 07:41 ]
[ 観光 ]
北海道新聞に「はこだて観光未来図」というタイトルの連載記事。1月8日から12日まで連日の5回。(6回連載と予告されていたが、5回で終了)
今年も500万人割れが確実で長期低落傾向が続く函館観光。団体から個人中心への旅行形態の変化に対応できていない、魅力を十分に発信できていない、などの問題点は以前から指摘されてきたところ。そうした中での市内外での意欲的な取り組みを紹介し、函館観光の復権に向けた道筋を探るという企画。
まず、5回分のタイトルと要約。
1.潜在力 不動3要素 どう磨く「売り込むものがない」と旅行エージェントにいわれる「函館観光」。「夜景」「グルメ」
「歴史的建造物」という定番の3つの要素をどう磨くかが鍵。
クリスマスファンタジーなど健闘しているものもあり、一方函館山ロープウェイも初の「年
越しカウントダウン」など新企画に取り組んでいる。
2.話題づくり 創意工夫を積み重ね
地元で話題を創出することが今求められている。
09年の函館開港150周年に向けた「マンスリーグルメマラソン」(箱館会)や8月に予定されている「はこだて国際民俗芸術祭」(ひのき屋)など。
3.体験型 独自企画 次々芽生え
道南は体験型観光への取り組みは出遅れている」と指摘される中、「じゅんさい沼ネイチャーセンター」、「オンパク」、「観光農場」などさまざまな体験観光を目指す動きも活発化している。
4.魅力あるホテル 集客競い個性前面に
空前のホテル新設ラッシュが続く函館、07-08年で10施設が開業。その中でもベイエリアに4月開業予定の「ラビスタ函館ベイ」(市内最多の360室)「海山の眺望や施設内の天然温泉といった付加価値を生かしたい」という。宿泊客獲得競争が激化している中で個性とサービスの独自色がますます求められる。
5.情報発信 個人客にきめ細かく
団体旅行が25%まで縮小、家族やグループ旅行が大半を占めるようになった昨今、函館らしいユニークな旬の情報」提供が求められる。体験観光などの紹介にはHPやフリーペーパーが有効、さらには動画による情報提供も模索されている。
今年も500万人割れが確実で長期低落傾向が続く函館観光。団体から個人中心への旅行形態の変化に対応できていない、魅力を十分に発信できていない、などの問題点は以前から指摘されてきたところ。そうした中での市内外での意欲的な取り組みを紹介し、函館観光の復権に向けた道筋を探るという企画。
まず、5回分のタイトルと要約。
1.潜在力 不動3要素 どう磨く「売り込むものがない」と旅行エージェントにいわれる「函館観光」。「夜景」「グルメ」
「歴史的建造物」という定番の3つの要素をどう磨くかが鍵。
クリスマスファンタジーなど健闘しているものもあり、一方函館山ロープウェイも初の「年
越しカウントダウン」など新企画に取り組んでいる。
2.話題づくり 創意工夫を積み重ね
地元で話題を創出することが今求められている。
09年の函館開港150周年に向けた「マンスリーグルメマラソン」(箱館会)や8月に予定されている「はこだて国際民俗芸術祭」(ひのき屋)など。
3.体験型 独自企画 次々芽生え
道南は体験型観光への取り組みは出遅れている」と指摘される中、「じゅんさい沼ネイチャーセンター」、「オンパク」、「観光農場」などさまざまな体験観光を目指す動きも活発化している。
4.魅力あるホテル 集客競い個性前面に
空前のホテル新設ラッシュが続く函館、07-08年で10施設が開業。その中でもベイエリアに4月開業予定の「ラビスタ函館ベイ」(市内最多の360室)「海山の眺望や施設内の天然温泉といった付加価値を生かしたい」という。宿泊客獲得競争が激化している中で個性とサービスの独自色がますます求められる。
5.情報発信 個人客にきめ細かく
団体旅行が25%まで縮小、家族やグループ旅行が大半を占めるようになった昨今、函館らしいユニークな旬の情報」提供が求められる。体験観光などの紹介にはHPやフリーペーパーが有効、さらには動画による情報提供も模索されている。
=============
函館観光の課題を要領よく抽出、それぞれに対して最近の取り組みの事例を紹介している。
事例それぞれには興味深いものもあるのだが、函館の「観光」を大きく転換していくだけの「突破」力が感じられるようなものが見つからない、というのが率直な印象。
これは取材側の力量不足なのではなく、「函館観光の活性化」に取り組んでいる側の問題であろう。個々の動きを総合的に捉え、方向付けていく戦略性が感じられないのである。
要は「キャッチフレーズ」がないのである。
もはや行政に何でも旗振り役を期待する時代でもないとは思うのだが、情報収集能力ひとつをとっても、まだまだ(特に函館では)行政の役割は依然として大きい。
新年度からは、商工観光部を観光コンベンション部と経済部に改組するという。観光・コンベンションは市にとっては国内外に向けた「外交」であり。一方、内政としては「産業政策」であり「まちづくり施策」でもある。そして「官民」協働。
民間の現場で苦労しているキーパーソンと行政の間に十分な意思疎通や議論の場を作っていくことがいま喫緊の課題だ。
参考までに道新の記事に登場した函館観光の「現場」を担うキーパーソン。もちろん、もっと裾野は広いのだが。
「函館ベンチャー企画」 大久保彰之代表理事
函館山ロープウェイ 石井直樹社長
「箱館会」、五稜郭タワー 中野晋常務
「はこだて国際民俗芸術祭」「ひのき屋」 ソガ直人代表
「じゅんさい沼ネイチャーセンター」 石渡進理事長
「オンパク」はこだて湯の川温泉泊覧会 河内孝善事務局長
谷観光農場 谷健一代表
HAKODATE男爵倶楽部ホテル&リゾーツ 木村孝二社長
ホテルテトラ 三浦孝司社長
HP「はことれ」 小林功代表
公立はこだて未来大 鈴木克也教授
函館観光の課題を要領よく抽出、それぞれに対して最近の取り組みの事例を紹介している。
事例それぞれには興味深いものもあるのだが、函館の「観光」を大きく転換していくだけの「突破」力が感じられるようなものが見つからない、というのが率直な印象。
これは取材側の力量不足なのではなく、「函館観光の活性化」に取り組んでいる側の問題であろう。個々の動きを総合的に捉え、方向付けていく戦略性が感じられないのである。
要は「キャッチフレーズ」がないのである。
もはや行政に何でも旗振り役を期待する時代でもないとは思うのだが、情報収集能力ひとつをとっても、まだまだ(特に函館では)行政の役割は依然として大きい。
新年度からは、商工観光部を観光コンベンション部と経済部に改組するという。観光・コンベンションは市にとっては国内外に向けた「外交」であり。一方、内政としては「産業政策」であり「まちづくり施策」でもある。そして「官民」協働。
民間の現場で苦労しているキーパーソンと行政の間に十分な意思疎通や議論の場を作っていくことがいま喫緊の課題だ。
参考までに道新の記事に登場した函館観光の「現場」を担うキーパーソン。もちろん、もっと裾野は広いのだが。
「函館ベンチャー企画」 大久保彰之代表理事
函館山ロープウェイ 石井直樹社長
「箱館会」、五稜郭タワー 中野晋常務
「はこだて国際民俗芸術祭」「ひのき屋」 ソガ直人代表
「じゅんさい沼ネイチャーセンター」 石渡進理事長
「オンパク」はこだて湯の川温泉泊覧会 河内孝善事務局長
谷観光農場 谷健一代表
HAKODATE男爵倶楽部ホテル&リゾーツ 木村孝二社長
ホテルテトラ 三浦孝司社長
HP「はことれ」 小林功代表
公立はこだて未来大 鈴木克也教授
2008/01/14のBlog
[ 18:41 ]
[ 開港150周年 ]
まずは、「函館開港」の定義から
函館の開港は実は「2回」ある。
最初は、ペリーの2度目の来航時、安政元(1854)年3月3日、神奈川(横浜)で幕府との間で日米和親条約が調印された。これにより日本は、伊豆の下田港と松前地の箱館港の両港においてアメリカ船に対し薪水・食料・石炭等の欠乏品を供給し、かつ日本に漂着したアメリカの漂流民を扶助し、両港に護送してアメリカ船に引渡すこととなった。函館の開港は翌年1855年3月とされた。(2005年に150周年)
ペリーが函館開港に同意した背景には「箱館はサンガル(津軽)海峡の東の入口、北緯約42度のところに位置しており、しかもこの地域を巡洋するアメリカの捕鯨船舶の停帆地として、どの点から見ても便利な地理的位置を占めている。その多くは、毎年この海峡を通って、鯨を追跡して日本海へ抜けているのである」という米側の大きな利害と関心があった。
2度目は下田駐在の初代米国領事ハリスが幕府との間で締結した日米通商航海条約によるものである。箱館が貿易港として名実ともに、諸外国と国際的な関係をもつようになるのは、安政6(1859)年6月2日からである。幕府は同年5月28日、横浜、長崎、箱館の開港を命令し、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、オランダの5か国人と交易売買することを許す旨を一般に布告し、箱館は6月2日正式に外国貿易港になったのである。(2009年が150周年)
函館市ではこの2回目の「開港」を市の正式の開港記念の日と定めている。
詳しい内容を函館市史デジタル版ででみることができる。
通説編第1巻 第3編 第5章 箱館開港
第1節 箱館開港の経緯
1 各国との開港条約の締結/2 ペリーの箱館来航
第2節 蝦夷地再直轄と箱館奉行
第3節 弁天岬台場及び五稜郭築造
第4節 箱館開港とその影響
1 欠乏物資供給の開港/2 貿易港としての箱館/3 居留外人の影響
第5節 開港後の箱館経済
第6節 開港と流通構造の変化
1 貿易開始とその経過/2 貿易商人の成長と沖ノ口の対応
詳しい内容を函館市史デジタル版ででみることができる。
通説編第1巻 第3編 第5章 箱館開港
第1節 箱館開港の経緯
1 各国との開港条約の締結/2 ペリーの箱館来航
第2節 蝦夷地再直轄と箱館奉行
第3節 弁天岬台場及び五稜郭築造
第4節 箱館開港とその影響
1 欠乏物資供給の開港/2 貿易港としての箱館/3 居留外人の影響
第5節 開港後の箱館経済
第6節 開港と流通構造の変化
1 貿易開始とその経過/2 貿易商人の成長と沖ノ口の対応
第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ
序章 世界の中の箱館開港
第1節 安政2年の開港と異国とのつきあい
1 箱館開港への途/2 黒船渡来/3 開港前後の諸問題と幕府の対応
第2節 箱館奉行の再置と箱館
1 箱館奉行の「預所」と諸任務/2 五稜郭と弁天台場の築造
第3節 開港と箱館の産業・経済
1 箱館奉行の経済政策-旧制との相剋/2 箱館奉行の産業開発政策-「百物百工」をめざして/3 箱館の貿易
第4節 異文化との接触
1 外国人の居留/2 外国船の寄港/3 「通弁御用」と外国語/4 外国人の家作をした人々
序章 世界の中の箱館開港
第1節 安政2年の開港と異国とのつきあい
1 箱館開港への途/2 黒船渡来/3 開港前後の諸問題と幕府の対応
第2節 箱館奉行の再置と箱館
1 箱館奉行の「預所」と諸任務/2 五稜郭と弁天台場の築造
第3節 開港と箱館の産業・経済
1 箱館奉行の経済政策-旧制との相剋/2 箱館奉行の産業開発政策-「百物百工」をめざして/3 箱館の貿易
第4節 異文化との接触
1 外国人の居留/2 外国船の寄港/3 「通弁御用」と外国語/4 外国人の家作をした人々
[ 09:53 ]
[ 観光 ]
14日の朝日朝刊社会面Topで
東電復興マネー全力
柏崎刈羽原発停止半年
補助倍増社員ら7万人が新潟観光 「ありがたいが」・・・地元複雑
(記事の全文)
昨年7月の中越地震での刈羽原発の火災などによる観光産業への風評被害に対する対策として、東電社員への福利厚生費を新潟への旅行に限って倍増(最高14万円)したというもの、東電社員は3万人、家族を含めると10万人といわれ、この措置がでてから7万人が新潟観光に訪れたという。
確かに、地震の被害以上に原発停止による「漠然とした不安」で柏崎のみならず新潟全県の観光客は激減したというが・・・
記事によれば、東電は、昨年12月にも創業停止に伴う新潟県の税収減とほぼ同額の30億円を「中越地震見舞金」の名目で新潟県に寄付している。(サンケイ記事)一企業の地震見舞金としては空前の額で、関係者には一種の補償金と受け止められている。
さらに経済産業省も「復興支援」名目で電源三法交付金を41億円上積みするという。
原発建設前の地盤調査で活断層の存在を見逃していたという、国・東電のずさんな原発立地政策が明らかになるなどで、新潟県も再開には慎重な態度を崩していない。そんななかでの「支援」攻勢である。
昨年、沖縄県知事選前後に、沖縄観光に国が「あらゆる」手段で「隠れた」支援をしてぃるという話を関係者から聴いたことがある。たとえば農水省の補助金が回りまわって、農協観光の「沖縄ツアー」の補助に化けているという奇怪なうわさもある。
あのときは、米軍基地の移設問題が焦点であった。
基地と原発。いずれも国の施策でも秘密のベールに包まれることの多いテーマである。隠れた補助金などの姑息な手段によらず、堂々と政策論争をすすめるべきだ。
それにしても、観光も「政治」に巻き込まれる時代。なんともやりきれない。東電の社員も「旅」の楽しさを本当に味わえたのだろう。それにしても7万人とは!いまどき珍しい(?)会社忠誠心の高い社員の多い企業とはいえようが。
東電復興マネー全力
柏崎刈羽原発停止半年
補助倍増社員ら7万人が新潟観光 「ありがたいが」・・・地元複雑
(記事の全文)
昨年7月の中越地震での刈羽原発の火災などによる観光産業への風評被害に対する対策として、東電社員への福利厚生費を新潟への旅行に限って倍増(最高14万円)したというもの、東電社員は3万人、家族を含めると10万人といわれ、この措置がでてから7万人が新潟観光に訪れたという。
確かに、地震の被害以上に原発停止による「漠然とした不安」で柏崎のみならず新潟全県の観光客は激減したというが・・・
記事によれば、東電は、昨年12月にも創業停止に伴う新潟県の税収減とほぼ同額の30億円を「中越地震見舞金」の名目で新潟県に寄付している。(サンケイ記事)一企業の地震見舞金としては空前の額で、関係者には一種の補償金と受け止められている。
さらに経済産業省も「復興支援」名目で電源三法交付金を41億円上積みするという。
原発建設前の地盤調査で活断層の存在を見逃していたという、国・東電のずさんな原発立地政策が明らかになるなどで、新潟県も再開には慎重な態度を崩していない。そんななかでの「支援」攻勢である。
昨年、沖縄県知事選前後に、沖縄観光に国が「あらゆる」手段で「隠れた」支援をしてぃるという話を関係者から聴いたことがある。たとえば農水省の補助金が回りまわって、農協観光の「沖縄ツアー」の補助に化けているという奇怪なうわさもある。
あのときは、米軍基地の移設問題が焦点であった。
基地と原発。いずれも国の施策でも秘密のベールに包まれることの多いテーマである。隠れた補助金などの姑息な手段によらず、堂々と政策論争をすすめるべきだ。
それにしても、観光も「政治」に巻き込まれる時代。なんともやりきれない。東電の社員も「旅」の楽しさを本当に味わえたのだろう。それにしても7万人とは!いまどき珍しい(?)会社忠誠心の高い社員の多い企業とはいえようが。
2008/01/12のBlog
[ 21:48 ]
[ 開港150周年 ]
やや旧聞となってしまったが、日経MJ(流通新聞)の正月4日に
港町に活力 新たな船出
日米修好通商条約150年という 2面ぶちぬきの特集記事が載っている。
条約締結が1858年なので今年が150年目にあたる。もっとも記念行事は、実際の開港時期にあわせて、横浜、函館が来年2009年に「開港150周年」の記念事業を準備中。
さて函館市内で流通新聞を購読しているケースは少ない(筆者も、今日図書館でやっとみつけてきた)と思われるので、簡単に紹介すると。
●横浜:開港のシンボル波止場復元。
開港当時の波止場、通称「象の鼻」の復元が進んでいるという話題。06年から始まった、港ヨコハマ発祥の地の工事は開港150周年の09年6月完成予定。MM21から山下公園までの回遊ゾーンの要所としてあらたな名所に。
(記事参照)
他に、日本最大の貿易港として、巨大コンテナ埠頭建設着工などさらなる港湾整備計画が進んでいる。
開港150周年記念事業公式サイト
●神戸:キャンパス続々 大学も振興一役
ポートアイランドに進出した3つの大学の話題。新たな観光拠点にもなっているという。
また、神戸港は大震災の痛手から復興、いまや中古車・建機の一台オークションの中心地になっているという。
●新潟:輸出伸び国際色豊かに
新潟港はロシア・中国・韓国・北朝鮮との輸出入拡大が顕著。特にロシア向け中古車輸出の伸びが目立つという、そしてこの拡大の担い手がなんと在留パキスタン人。回教寺院(モスク)の建設計画もあるという
●長崎:町歩き・伝統芸能 市民がもてなし
まち歩きイベント「長崎さるく」による観光客へのおもてなし。国際観光船のクルーズ増加(昨年は全国1)、外国人観光客(東南アジア)の増加、そしてユネスコ文化遺産への暫定リスト登録など多彩な話題
港町に活力 新たな船出
日米修好通商条約150年という 2面ぶちぬきの特集記事が載っている。
条約締結が1858年なので今年が150年目にあたる。もっとも記念行事は、実際の開港時期にあわせて、横浜、函館が来年2009年に「開港150周年」の記念事業を準備中。
さて函館市内で流通新聞を購読しているケースは少ない(筆者も、今日図書館でやっとみつけてきた)と思われるので、簡単に紹介すると。
●横浜:開港のシンボル波止場復元。
開港当時の波止場、通称「象の鼻」の復元が進んでいるという話題。06年から始まった、港ヨコハマ発祥の地の工事は開港150周年の09年6月完成予定。MM21から山下公園までの回遊ゾーンの要所としてあらたな名所に。
(記事参照)
他に、日本最大の貿易港として、巨大コンテナ埠頭建設着工などさらなる港湾整備計画が進んでいる。
開港150周年記念事業公式サイト
●神戸:キャンパス続々 大学も振興一役
ポートアイランドに進出した3つの大学の話題。新たな観光拠点にもなっているという。
また、神戸港は大震災の痛手から復興、いまや中古車・建機の一台オークションの中心地になっているという。
●新潟:輸出伸び国際色豊かに
新潟港はロシア・中国・韓国・北朝鮮との輸出入拡大が顕著。特にロシア向け中古車輸出の伸びが目立つという、そしてこの拡大の担い手がなんと在留パキスタン人。回教寺院(モスク)の建設計画もあるという
●長崎:町歩き・伝統芸能 市民がもてなし
まち歩きイベント「長崎さるく」による観光客へのおもてなし。国際観光船のクルーズ増加(昨年は全国1)、外国人観光客(東南アジア)の増加、そしてユネスコ文化遺産への暫定リスト登録など多彩な話題
●函館:ハコモノよりイベント
昨年の市長選で「水族館建設断念」を主張した新市長誕生に触れ、これからは市民参加型・全国発信のできるイベントをを中心にまちの活性化を図る方向に転換。
150周年記念事業への取り組みも昨年11月スタート、150周年のプレイベント開催など、豊富な「遺産」を活用した取り組みが始まっている。
わが函館関連の記事は具体性が不足していて、アピール度はやや物足りないが、これからの努力でキャッチアップしていってほしいもの。
(注:左のロゴは筆者が制作した「私的」なものです。公式ロゴは近日中に公募?)
昨年の市長選で「水族館建設断念」を主張した新市長誕生に触れ、これからは市民参加型・全国発信のできるイベントをを中心にまちの活性化を図る方向に転換。
150周年記念事業への取り組みも昨年11月スタート、150周年のプレイベント開催など、豊富な「遺産」を活用した取り組みが始まっている。
わが函館関連の記事は具体性が不足していて、アピール度はやや物足りないが、これからの努力でキャッチアップしていってほしいもの。
(注:左のロゴは筆者が制作した「私的」なものです。公式ロゴは近日中に公募?)
ちなみに、記事には各港の現況が載っているがこれが意外に興味深かった。(人口のみは筆者が付け加えた)
①開港年 ②入港船舶数 ③外貿コンテナ数(TEU)④クルーズ客船寄航数 ⑤人口
横浜 ①1859 ②43千 ③298万 ④140 ⑤3,630千
神戸 ①1868 ②40千 ③198万 ④93 ⑤1,531千
新潟 ①1868 ②43千 ③16万 ④9 ⑤805千
長崎 ①1859 ②14千 ③0.6万 ④63 ⑤448千
函館 ①1859 ②16千 ③0.2万 ④17 ⑤290千
残念だが、港の実力では函館は5港中総合点で5位に甘んじている。
こういう客観的な数値で実態をきちんとおさえることも必要なことだ。
①開港年 ②入港船舶数 ③外貿コンテナ数(TEU)④クルーズ客船寄航数 ⑤人口
横浜 ①1859 ②43千 ③298万 ④140 ⑤3,630千
神戸 ①1868 ②40千 ③198万 ④93 ⑤1,531千
新潟 ①1868 ②43千 ③16万 ④9 ⑤805千
長崎 ①1859 ②14千 ③0.6万 ④63 ⑤448千
函館 ①1859 ②16千 ③0.2万 ④17 ⑤290千
残念だが、港の実力では函館は5港中総合点で5位に甘んじている。
こういう客観的な数値で実態をきちんとおさえることも必要なことだ。
2008/01/11のBlog
[ 08:22 ]
[ 情報・IT・関連ブログ&サイト ]
最近書かれた、函館についての「文章」を紹介します。
最初は、このブログへのコメントで教えていただいた、
●タテ・ヨコ・ナナメの世界と日本
「函館見学録」
これを書かれた河東哲夫氏は元外交官で在ロシア大使館公使、在ウズベキスタン・タジキスタン大使も勤め、いまは東京財団というシンクタンクの研究員。
最近函館のロシア極東国立総合大学に講演で招聘されたとのこと。ご自身の父上が函館で育ったという縁があるものの、どうも函館には初めての来訪であったようだ。ロシア研究家らしく、函館と北方史の話に始まり、北極航路!(温暖化で北極の氷が解けると、北極回りでヨーロッパや米国東海岸への航路が可能になり、そのときは函館が「ハブ」として再登場・・・という豪快な話にも発展。ともあれ一読に値する。
●北杜の窓
以前から、北海道(そして函館)の旅行関連のニュース紹介やコメントを書き続けてきたこのブログ。最近の函館の話題はナッチャンRelaとエアトランセが2大テーマだ。
エアトランセ、ロング遊覧飛行や都市間貸切に活路か
高速バス&「なっちゃんRera」で行く北海道
確かな情報源と冷静な分析で読ませる、数少ない高品質の「旅」ブログ
最初は、このブログへのコメントで教えていただいた、
●タテ・ヨコ・ナナメの世界と日本
「函館見学録」
これを書かれた河東哲夫氏は元外交官で在ロシア大使館公使、在ウズベキスタン・タジキスタン大使も勤め、いまは東京財団というシンクタンクの研究員。
最近函館のロシア極東国立総合大学に講演で招聘されたとのこと。ご自身の父上が函館で育ったという縁があるものの、どうも函館には初めての来訪であったようだ。ロシア研究家らしく、函館と北方史の話に始まり、北極航路!(温暖化で北極の氷が解けると、北極回りでヨーロッパや米国東海岸への航路が可能になり、そのときは函館が「ハブ」として再登場・・・という豪快な話にも発展。ともあれ一読に値する。
●北杜の窓
以前から、北海道(そして函館)の旅行関連のニュース紹介やコメントを書き続けてきたこのブログ。最近の函館の話題はナッチャンRelaとエアトランセが2大テーマだ。
エアトランセ、ロング遊覧飛行や都市間貸切に活路か
高速バス&「なっちゃんRera」で行く北海道
確かな情報源と冷静な分析で読ませる、数少ない高品質の「旅」ブログ
[ 06:56 ]
[ 政治 ]
東北新幹線の新青森延伸:2010年末
北海道新幹線:新函館までの延伸:2015年
今年は178億円の工事費予算がつき、北海道新幹線開業への建設工事も本格化している。さて、最終目標である札幌延伸については、巨額の工事費をどう手当てするのか、財政問題に見通しがたたず、開業時期を巡る関係者の動きが慌しくなっている。
そんな中で飛び出したのが、防衛疑惑ですっかり有名になった額賀財務相(写真)の問題発言。
昨年(12月19日)のことだが、新幹線札幌延伸の陳情に上京した札幌市議会の与党議員に対して、
「道内全選挙区で勝たせてくれたら- 新幹線札幌延伸は一発で決まる」
といったという。(道新記事 07.12.20)
もともと、道内の選挙区では民主党が強く、自民が圧勝の前回の衆院郵政選挙(05年のときでさえ、12の小選挙区では 民主8 自民4という結果。特に新幹線の沿線の選挙区である1区、4区、8区では民主が全勝している。
それにしても、一議員ならいざしらず、財政運営の枢要な立場にある財務相が「新幹線を通したければ自民党議員を当選させろ」というのは露骨な利益誘導ではなかろうか。
(民主党もさすがに、「政権与党をかさに着た国民無視の横暴極まる発言。閣僚としてあるまじき不適格な態度」と早速批判したと伝えられる。
もっとも、昨年の統一地方選の際には自民前幹事長の武部勤氏が函館市内の道義選の自民候補者の応援に訪れた際に 定数6に対し自民党が1議席にとどまっている函館市選挙区に言及
「一議席のままでは『何で函館に新幹線を伸ばすんだ』となる」と語気を強め、党勢拡大を訴えた、という。(道新記事07.3.11)
新幹線建設に絡む政治家の干渉はなにもいまに始まったことではない。古くは岐阜羽島駅のケースなど、政治路線・政治駅は連綿と続いている。それにしても、自民の政治家のセンスはいっこうに近代化されないのはどうしてだろうか。
関連記事
サンケイニュース「2兆円超…整備新幹線への「風圧」、選挙で強まる」
[ 05:50 ]
[ 市役所 ]
2008/01/08のBlog
[ 23:38 ]
[ 産業政策 ]
摩周丸の指定管理者が今年4月、過去3年間指定管理者であった「ワールドクラシックカーミュージアム」から「NPO法人語りつぐ青函連絡船の会」に代わることになった。
3年前の指定管理者の選考ではこの2者が名乗りをあげ、審査の結果前者が選ばれたのだが、その選考をめぐってオンブズマンなどから異議がでたりしたいわくのある案件。
今回、同ミュージアムは応募を辞退し、「語り継ぐ会」の単独応募になったもの。
過去3年間もクラシックカーミュージアムによる「運営の功罪(ほとんど罪ばかりだが)」として函館鉄道写真館のブログに掲載されている。
ミュージアムの本体も営業不振ということらしいのだが、少なくとも「公の資金」を使って運営してきた過去3年間の「摩周丸記念館」の総括くらいはきちんとするべきではないのか。ミュージアム自体にはそういう義務がないとしても、市には「委託」(3年間で焼く3000万円の委託料)した側の責任として市民に対して情報公開をする必要はあるのではなかろうか。
3年前の指定管理者の選考ではこの2者が名乗りをあげ、審査の結果前者が選ばれたのだが、その選考をめぐってオンブズマンなどから異議がでたりしたいわくのある案件。
今回、同ミュージアムは応募を辞退し、「語り継ぐ会」の単独応募になったもの。
過去3年間もクラシックカーミュージアムによる「運営の功罪(ほとんど罪ばかりだが)」として函館鉄道写真館のブログに掲載されている。
ミュージアムの本体も営業不振ということらしいのだが、少なくとも「公の資金」を使って運営してきた過去3年間の「摩周丸記念館」の総括くらいはきちんとするべきではないのか。ミュージアム自体にはそういう義務がないとしても、市には「委託」(3年間で焼く3000万円の委託料)した側の責任として市民に対して情報公開をする必要はあるのではなかろうか。
[ 23:24 ]
[ 観光 ]
元日の道新に掲載された「100万ドルの夜景」という記事のことがひとしきり話題になった。
筆者は迂闊にもその記事を見逃していたのだが、昨日の「函館ブランド」の話に関連した話題として、知人が教えてくれたもの。
道新記事の要約。(道新サイトの記事全文)
函館の夜景をあらわすキャッチとしてしばしば使われる「100万ドルの夜景」の商標権を、市内の外食チェーン・ラッキーピエログループの専務が福島県の業者から譲り受けた。同専務は、愛好会を発足させ、キャッチフレーズの活用法について案を出し合い、夜景サミット開催や商品開発も模索していくという。
面白いと思ったのは、記事の背景にある逸話。この商標権は1997年に福島県の旅館業者が取得したもので、その業者は2000年に函館や長崎にこの「商標権」の買取(もちろん有償で)を打診。両市ともにこれを断ったという経緯があることだ。
当時の新聞記事によれば、断った理由が面白い
函館:「函館の夜景は“日本一、世界一”とアピールしている。ポスターなどで“100万ドルの夜景”の言葉は使っていない」
(筆者コメント:世界三大夜景のひとつというのが一番使われているように思うのだが)
長崎:「うちは1000万ドルの夜景として売っている」
ちなみにこの旅館経営者は函館や長崎の観光ツアーを紹介する旅行会社の広告で「100万ドルの夜景」の言葉が使われていることについて、「商標権の侵害だ」と主張したそうだ。(実際に提訴したかどうかは不明)
確かに、「100万ドルの夜景」という表現が(函館市が公式に使っているかどうかは別として)ある程度の市民権を得ていることは認めざるを得ないだろう。そういう認識があるからこそ、ラッキーピエロも有償(新聞によれば少額というが)で取得したのだろう。
ちなみに、本当に函館の夜景=100万ドル なのか?
YAHOO(Japan)のブログ検索でみると100万ドルの夜景でヒット数は2593、さらにキーワードを追加すると
100万ドルの夜景+香港: 1139
同 +函館 552
同 +神戸 367
同 +長崎 195
国際的には香港の方が100万ドルと結び付けられやすい(そういえば香港の通貨はかつては香港ドルだったな)ようだ。国内的にはさすがに函館がトップではあるが、ダントツというわけでもない。
なお、そもそも日本の100万ドルの夜景のルーツは「神戸」だという説がある。
神戸の100万ドルの夜景は、1953年(昭和28年)に当時の電力会社の副社長が命名したと言われている。六甲山から見渡す神戸・芦屋・尼崎・大阪の電灯にかかる1ヶ月の電気代が約4億2900万円、当時のレート1ドル360円で換算すると約120万ドルとなり、キリのいいところで100万ドルというわけ
(詳しくはAll About=いまさら他人に訊けない夜景知識)
このテーマも結局は先の「函館市場」の場合と同様の結論に落ち着く。
大観光地「函館」はそのブランドを確立していくための戦略が不足していないか?ということである。
商標登録という世界では、熾烈な先陣争いが続いている。いままで「使ってきた」商品やサービスの名称やキャッチが、まったくの第三者に取得されたときには「使えなくなる」というリスクがあるということを、観光の関係者はもっと厳しく自覚したほうがいい。
関連記事
函館のニュースな出来事 「100万ドルの夜景はラッキーピエロのもの?」
筆者は迂闊にもその記事を見逃していたのだが、昨日の「函館ブランド」の話に関連した話題として、知人が教えてくれたもの。
道新記事の要約。(道新サイトの記事全文)
函館の夜景をあらわすキャッチとしてしばしば使われる「100万ドルの夜景」の商標権を、市内の外食チェーン・ラッキーピエログループの専務が福島県の業者から譲り受けた。同専務は、愛好会を発足させ、キャッチフレーズの活用法について案を出し合い、夜景サミット開催や商品開発も模索していくという。
面白いと思ったのは、記事の背景にある逸話。この商標権は1997年に福島県の旅館業者が取得したもので、その業者は2000年に函館や長崎にこの「商標権」の買取(もちろん有償で)を打診。両市ともにこれを断ったという経緯があることだ。
当時の新聞記事によれば、断った理由が面白い
函館:「函館の夜景は“日本一、世界一”とアピールしている。ポスターなどで“100万ドルの夜景”の言葉は使っていない」
(筆者コメント:世界三大夜景のひとつというのが一番使われているように思うのだが)
長崎:「うちは1000万ドルの夜景として売っている」
ちなみにこの旅館経営者は函館や長崎の観光ツアーを紹介する旅行会社の広告で「100万ドルの夜景」の言葉が使われていることについて、「商標権の侵害だ」と主張したそうだ。(実際に提訴したかどうかは不明)
確かに、「100万ドルの夜景」という表現が(函館市が公式に使っているかどうかは別として)ある程度の市民権を得ていることは認めざるを得ないだろう。そういう認識があるからこそ、ラッキーピエロも有償(新聞によれば少額というが)で取得したのだろう。
ちなみに、本当に函館の夜景=100万ドル なのか?
YAHOO(Japan)のブログ検索でみると100万ドルの夜景でヒット数は2593、さらにキーワードを追加すると
100万ドルの夜景+香港: 1139
同 +函館 552
同 +神戸 367
同 +長崎 195
国際的には香港の方が100万ドルと結び付けられやすい(そういえば香港の通貨はかつては香港ドルだったな)ようだ。国内的にはさすがに函館がトップではあるが、ダントツというわけでもない。
なお、そもそも日本の100万ドルの夜景のルーツは「神戸」だという説がある。
神戸の100万ドルの夜景は、1953年(昭和28年)に当時の電力会社の副社長が命名したと言われている。六甲山から見渡す神戸・芦屋・尼崎・大阪の電灯にかかる1ヶ月の電気代が約4億2900万円、当時のレート1ドル360円で換算すると約120万ドルとなり、キリのいいところで100万ドルというわけ
(詳しくはAll About=いまさら他人に訊けない夜景知識)
このテーマも結局は先の「函館市場」の場合と同様の結論に落ち着く。
大観光地「函館」はそのブランドを確立していくための戦略が不足していないか?ということである。
商標登録という世界では、熾烈な先陣争いが続いている。いままで「使ってきた」商品やサービスの名称やキャッチが、まったくの第三者に取得されたときには「使えなくなる」というリスクがあるということを、観光の関係者はもっと厳しく自覚したほうがいい。
関連記事
函館のニュースな出来事 「100万ドルの夜景はラッキーピエロのもの?」
[ 07:00 ]
[ 産業政策 ]
昨年、大阪に行ったときに見かけた「函館市場」なる回転寿司。
函館=さかな=寿司 という連想はなるほど、わかりやすい。
しかしこの会社、別に北海道に本拠があるわけでもないし(本社は岡山)、寿司ネタが全部「函館直送」というわけでもない。もっとも、それではコストが高くなって「回転寿司」としての採算は難しくなるのだろうが。
メニューをみると、函館産の表示は寿司ネタに函館のするめいかが入っているのみ 他には 「函館いか飯」くらいか。あとは紋別(ほたて)厚岸(さんま)くらいが産地表示のある食材。それと、なぜか北海道アイスクリームがデザートに。
別に名前にこだわって文句をいいたいわけでもないが、それにしてもなにか錯覚を利用しているようで、ある種のあざとさを感じてしまう。
店舗展開は関西の都市近郊が中心で、最北でも宮城。イメージはファミレスに近い。それにしても店舗数は合計50も。
函館にも回転寿司の大規模チェーンがあるが、本州進出という話はきかない。
最近は「函館」産品のブランド化という話が始まっているが、きがついてみたら「函館●●」はほとんど本州資本に商標登録されていたということにならないだろうか。余計な心配をしてしまう。
函館=さかな=寿司 という連想はなるほど、わかりやすい。
しかしこの会社、別に北海道に本拠があるわけでもないし(本社は岡山)、寿司ネタが全部「函館直送」というわけでもない。もっとも、それではコストが高くなって「回転寿司」としての採算は難しくなるのだろうが。
メニューをみると、函館産の表示は寿司ネタに函館のするめいかが入っているのみ 他には 「函館いか飯」くらいか。あとは紋別(ほたて)厚岸(さんま)くらいが産地表示のある食材。それと、なぜか北海道アイスクリームがデザートに。
別に名前にこだわって文句をいいたいわけでもないが、それにしてもなにか錯覚を利用しているようで、ある種のあざとさを感じてしまう。
店舗展開は関西の都市近郊が中心で、最北でも宮城。イメージはファミレスに近い。それにしても店舗数は合計50も。
函館にも回転寿司の大規模チェーンがあるが、本州進出という話はきかない。
最近は「函館」産品のブランド化という話が始まっているが、きがついてみたら「函館●●」はほとんど本州資本に商標登録されていたということにならないだろうか。余計な心配をしてしまう。