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裕弁は銀・沈黙は金~堀裕嗣.com
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2008/05/07のBlog
[ 21:29 ] [ 裕弁は銀/日常思索 ]
GEORGA SATELLITES
★★★★★

1. Keep Your Hands to Yourself
2. Railroad Steel
3. Battleship Chains
4. Red Light
5. Myth of Love
6. Can't Stand the Pain
7. Golden Light
8. Over and Over
9. Nights of Mystery
10. Every Picture Tells a Story

1986年。連休明け、生徒の前に立つ体力はあるのだが、かなしいかな気力が足りない。要するに休みボケだ。こういう朝は、通勤の車の中でこのアルバムを聴いて、精神を高揚させる。これで戦場に出ることができる。(笑)
2008/05/06のBlog
[ 23:31 ] [ 裕弁は銀/日常思索 ]
DREAMS COME TRUE
★★★★★

1. SNOW DANCE
2. SNOW DANCE(A CAPELLA VERSION)
3. SNOW DANCE(ACOUSTIC VERSION)
4. dragonfly(Special Radio Mix)

1999年12月リリース。実は、ドリカムはあまり好きではない。でも、この曲だけは特別だ。収録されている3つのバージョンとも、とてもいい。「ハラハラ舞う雪になって、あなたのホホをそっと撫でて」「1900年代最後の夏は行って、思い出だけ食べて秋は過ぎて」 天才的な歌詞だと思う。北海道の夏は短く、秋も短い。初冬の雪がはらはらと舞う季節がすぐにやって来る。北海道の感性が染み入っている感がある。実は、吉田美和は高校の先輩なのだが、この曲を編み出したというだけで、同窓であることに誇りを感じるほどだ。
[ 19:21 ] [ 裕々自適/書斎日記 ]
□いま知らなければならないのは、現状のどこまでが甘受すべき時代の趨勢であり、どこまでが努力によって防ぎうる退廃なのかということなのである。《『歴史の真実と政治の正義』山崎正和・中公文庫・2007.08・p95》
■「学校が悲鳴を上げている」と書いた。現場人としての叫びのつもりである。山崎正和の言を借りるならば、政治が(或いは行政が)「甘受すべき時代の趨勢」として進めている政策を、現場が「努力によって防ぎうる退廃」だと感じている、ということである。いや、もはや「努力によって防ぎうる退廃」の域を越えたがために、悲鳴を上げていると叫んでいるのかも知れない。「教育が他のものと本質的に違うのは、それが人体実験ということである」と言ったのは藤原正彦だが(「国家の堕落」藤原正彦・「文藝春秋」2007.01)、政治や行政が公務員に強いる政策もまた、教育同様、人体実験の趣が強い。政治や行政の与える理想と、退廃した現実との狭間で、責任感を強く持つ者ほど精神を荒廃させざるを得なくなる。昨日見た「消えた天使」によれば、アメリカで登録された性犯罪者を、監察官一人あたり1000人も抱えているそうである。その再犯性の高さから、責任感を強く抱く監察官ほど心労を重ね、平均18ヶ月で精神を病んで退職していくそうである。本当か嘘かはわからないが、さもありなんとの思いを抱く。
■これと同じ構図が、我が国の教育現場にもある。かつて広田照幸が次のように書いていた。
□一つは、学校教育をめぐる議論の焦点が、システムの周辺部に生起している問題へと、無限大に拡大ないしはシフトしていっているのではないかということである。いうまでもなく学校の活動の大半は、授業の時間によって組み立てられている。しかし、ここ三○年の間に進んできたのは、授業時間以外の場面への配慮(たとえばいじめの予防や対処)、まれに起きる病理のクローズアップ(たとえば学級崩壊)、システムへの参入を拒否する生徒たちへの対処(たとえば校内暴力や不登校)など、学校の機能の拡張を要請するものばかりである。「子供の心を理解する」といったことも、かつてはより効果的な指導をおこなうためのノウハウの一つであったのが、今やそれ自体が教育活動の自己完結的な目的として、教師に求められるようになっている。
□そこにあるのは、ある種の転倒である。学校のフォーマルな時間・空間から逃れようとする生徒をシステムに再統合しようとする活動や、部分的に生起するシステム機能不全や逸脱を予防・解決しようとする活動、すなわち、教科を教えるという学校の中心的な活動からいうとメタレベルの活動が、学校をめぐる議論の中心的トピックに据えられてきているのである。
□「学校に何ができるか/できないか」「学校が何をすべきか/すべきでないか」という、原理的なレベルでの議論を棚上げにしたまま、こうした無限定な領域拡張が進行している結果、現代の学校は、いわばゲリラ的掃討戦の泥沼に引きずり込まれているような状況にあるのではないだろうか。
《『教育には何ができないか 教育神話の解体と再生の試み』広田照幸・春秋社・p84~85》
■学校はあくまで、「手段」である。ある者は「社会づくりのための手段」であるといい、ある者は「国づくりのための手段」であるというだろうが、そういう違いにはここではこだわらない。少なくとも学校が「目的」ではないことは自明である。しかし、「楽しい学校」「学力の向上する学校」「いじめのない学校」などなど、学校の在り方自体が自己目的化して語られることが多くなった。その結果、学級に所属するすべての生徒が「楽しい」と感じる学級をつくれない教師、学級に所属するすべての生徒の学力を向上させられない教師、学級で起こったいじめを解決できない教師は、「指導力不足教員」「不適格教員」と断罪されるようになった。これが「甘受すべき時代の趨勢」なのか、「努力によって防ぎうる退廃」なのか、熟考の上に判断されるべきだろう。
[ 15:15 ] [ 裕弁は銀/日常思索 ]
DAN FOGELBERG
★★★★★

1. Down the Road
2. Mountain Pass
3. Sutter's Mill
4. Wolf Creek [Instrumental]
5. High Country Snows
6. Outlaw
7. Shallow Rivers
8. Go Down Easy
9. Wandering Shepherd
10. Think of What You've Done
11. Higher You Climb

1985年リリース。ダン・フォーゲルバーグの最高傑作。カントリーアルバムである。浪人していた頃、よく通っていたレコード屋の店長の薦めで、何もわからずに買った。はまった。以来、CDでも買い直し、聴き続けている。いまは輸入盤でしか手に入らないようだが、アマゾンで十分に手に入れることができる。冬のドライブには最適。特に北海道の雪道には最高である。聴き入ってしまうので、仕事のBGMには不向き。