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2008/05/11のBlog
[ 17:18 ]
[ 裕弁は銀/日常思索 ]
[ 11:38 ]
[ 裕弁は銀/日常思索 ]
steely dan
★★★★
1. The Last Mall
2. Things I Miss The Most
3. Blues Beach
4. Godwhacker
5. Slang Of Ages
6. Green Book
7. Pixeleen
8. Lunch With Gina
9. Everything Must Go
2003年。20年振りの前作から3年でリリースされた新作に、ファンは驚かされた。21世紀はsteely danをたくさん聴けるのかも知れない。ちょっとライヴ感覚があって、昔のsteely danとは異なるけれど、心地よいアルバム。夜のドライヴなんかには最適だと思う。でも、ガソリンが高いからねえ……(笑)。
★★★★
1. The Last Mall
2. Things I Miss The Most
3. Blues Beach
4. Godwhacker
5. Slang Of Ages
6. Green Book
7. Pixeleen
8. Lunch With Gina
9. Everything Must Go
2003年。20年振りの前作から3年でリリースされた新作に、ファンは驚かされた。21世紀はsteely danをたくさん聴けるのかも知れない。ちょっとライヴ感覚があって、昔のsteely danとは異なるけれど、心地よいアルバム。夜のドライヴなんかには最適だと思う。でも、ガソリンが高いからねえ……(笑)。
2008/05/09のBlog
[ 23:15 ]
[ 裕々自適/書斎日記 ]
■私はここで、「第三の選択肢」の体現の例として、教育出版社の中学校教科書「伝え合う言葉」を挙げたい。この教科書は、その構成に志の高さが感じられるのみならず、おそらくは我が国の教科書史においても「革命的」と言ってよい画期的な教科書である。その「画期的」の中味は私見によれば次の三点である。
■第一に、「必修教材」「選択教材」「言語事項教材」の三部構成とした点である。この教科書は、例えば田中実が「もはや改変と言うより、国語教科書に革命を起こそうとする強い意志の現れ」(「研究紀要Ⅸ」科学的『読み』の授業研究会)と評したように、教科書が用意した教材内容をそのまま教えることにとどまらず、主体的に教材を選択させることによって、教師個々に国語科の教科内容を組み立てることを促している。この一事をとっても、この教科書は「画期的」と呼ばれて良い。しかし、私がこの教科書を「革命的」と呼ぶのは、このような教科書構成に対してではない。教科書の形こそとらないまでも、このような発想自体は古くから国語教育界にあったのであり、私自身、様々な自主教材を必修教材と関連させたり、或いは複数の教材から読み取った内容について批評させたりといった指導は、二十代の頃からおこなっていた。そうした教師は、実践研究に熱心な国語教師の間では決して珍しい存在ではなく、「画期的」ではあるにしても決して「革命的」な発想とは言えない。この教科書構成の新しさは、あくまでこの発想を教科書の形で具体化し、一部の研究熱心な教師の発想を全国教師に浸透させようとしたという点のみにあると言ってよい。
■この教科書の真の価値は、思想的に一貫した教材を採択し、教科書自体が一つの一貫した思想に貫かれている、という点にある。つまり、教科書自体が一種の思想書として機能するようにつくられているのである。これが「画期的」の第二の点である。日文協では「言葉の力」(池田晶子)ばかりが取り上げられている感があるが、「言葉の力」がもっている教材価値は、実はこの教科書の至る処に散りばめられている。
■「言葉の力」の教材価値は、人間が日常的に当然のこととして受け止めている道具言語観を見直し、言霊言語観への転換を求めているところにある。ソシュール以来の言語論的転回を求めていると言っても良い。しかし、この教材に見られる思想は、「言語」を題材としながらも、実は我々が当たり前と思っていることを疑うことによって、もっと深く、もっと広い世界観が得られるのではないかという、日文協国語教育部会が追い求めている「公共性の希求」の構図を提示していることにこそある。もちろん「公共性とは何か」を提示しているという意味ではない。我々が当然と思っている自己の世界観の上には、「メタ自己世界観」があり得るのだということを一つの思想として示唆しているのだという意味である。つまり、自己の狭い世界観を包み込んでいる広い世界観の存在を想定せよ、というメッセージと受け取れる。この「メタ自己世界観」の存在を常に意識するという構図が、即ち「公共性の希求」の構図であることは言うを待たないであろう。
■教育出版中学校教科書「伝え合う言葉」は、一学年版の表紙裏に佐藤雅彦『プチ哲学』から「ケロちゃん危機一髪」が採られており、「見る枠組みを変えると、同じ行為でも逆の意味さえもってしまいます」と、メタ認知の構図を提示している。また、中学校入学後の第一教材「ふしぎ」(金子みすゞ)は「わたしはふしぎでたまらない、/たれにきいてもわらってて、/あたりまえだ、ということが。」と「あたりまえからの転換」を迫る。この他にも、この教科書には同様のテーマが目白押しである。例えば説明的文章であれば、三人の職人の知恵を題材に際限なき世界観の広がりを提示したり(「ものづくりの知恵」小関智弘・一年)、人間からは超能力としか思えないような動物たちの能力を題材にもっと広い知性観への転換を促したり(「ガイアの知性」龍村仁・二年)、細分化された自然科学の学問をかつての博物学のような広い観点から見直し、人文系学問とも協調することで世界の本質に辿り着けるのではないかと投げかけ、専門分化への警鐘とともに広い視野の必要性を強調したり(「『新しい博物学』の時代」池内了・三年)といった教材が採択されている。また、文学的文章では、登場人物を批評しながら物語っていく「牛飼い」自身の自己倒壊を描き、更には「牛飼い」という語り手とその「牛飼い」を語る語り手という語り手に二重構造をもたせた教育出版の定番教材「オツベルと象」(宮沢賢治・一年)をはじめとして、語り手の聞いた客の独白の中に幼少期・成人後という語り手の二重構造をもたせることによって、結果、語り手機能に三重構造をもたせた「少年の日の思い出」(ヘルマン=ヘッセ・高橋健二訳・一年)、登場人物に対する語り手の批評意識を全面に出した逸品「形」(菊池寛・二年)、独白構成を採りながらも離郷に際して自己への批評性を垣間見せる定番教材「故郷」(魯迅・竹内好訳・三年)など、こちらも世界観の二重構造、三重構造を意識して採択された教材群が並んでいる。中には、「ウミガメと少年」(野坂昭如・三年)のような、沖縄戦を題材としながらも戦争の悲惨さを訴えず、自然を対置して人間の抱く戦争観を相対化して見せるという、沖縄戦被災者に対して挑発的とさえ思われる教材さえ見られる。私は正直、この教科書を初めて手にしたとき、「よくもこれだけ思想的に一貫した教材を集めたものだ」と感嘆してしまったほどである。繰り返しになるが、この教科書は三部構成によって教師に意識改革を求めている点が革命的なのではない。文種を問わず、このようなテーマの一貫した教材を採択し、一種の思想書として機能させようとの志をもって編集されたことこそが革命的なのである。
■この教科書が画期的であることの第三は、実は編集の経緯にある。私はこうした革命的な教科書がどのような経緯で成立したかを詳かにしないが、少なくとも想像を絶する苦労があったであろうことだけは想像に難くない。まず、自らの文学観に従って〈公共性の希求〉というテーマを掲げ、中学生にとってその布石となるような教材を採択しようとする構想をもったはずである。そのために、この構想に沿った文学作品を広く探し求めたであろうことも間違いない。そして次には、文学教材のみならず、おそらく説明的文章にも〈公共性の希求〉というテーマを担わせることを構想したはずである。そのために、様々な書き手にテーマを伝えて教材執筆を依頼したはずである。この教科書の説明的文章の書き下ろし教材の多さがその苦労を物語っている。更には、このような革命的な教科書は、一般の教科書関係者からは思想的に偏った教科書に見えるはずであるから、また、三部構成という教科書史上類のない試みであるから、編集部を説得するのも、教育出版社自体を説得するのも並大抵の苦労ではなかったはずである。シェアがすべての教科書業界にあって、この試みは社運を賭ける覚悟がなければ実現し得ない。要するに、編集の経緯を想像すれば、この教科書が世に出ていること自体が奇跡と言って過言でないほどに困難であるはずなのだ。
■しかし、私たちはいま、この教科書を手にしている。この教科書の中心編集者は、また編集部は、〈公共性の希求〉という自らの〈文学〉の理念を具現化するために、様々な困難を乗り越える〈政治力〉を発揮せねばならなかったはずである。それは冒頭の「教師力ピラミッド」に準えて言えば、自らの〈文学〉を具現するための「先見性」や「創造性」はもちろん、「指導力」に象徴されるような人間関係を紡ぐ力、「事務力」に象徴されるような研究的であると同時に現実的でもなくてはならないという膨大な構想力、また、人心を把握するための「モラル」「生活力」への熟知、これらの総合力がなくては実現し得ない。まさに、〈文学〉と〈政治〉の〈あいだ〉、〈文学〉と〈教育〉の〈あいだ〉を体現する者だけが為し得る仕事である。これを私は「第三の選択肢」の一つの象徴的事例として、心からの敬意を表したい。
■日文協国語教育部会には言うまでもないことだが、この教科書づくりに編集委員として中心的な役割を果たしたのは須貝千里である。私の須貝に対する本格的な出会いは、冒頭にも紹介した本誌五四巻第八号である。須貝の「夢」の比喩から語り出す文章の演出に、私は「ああ、この人は〈文学〉と〈教育〉を真につなげようと絶望的な試みに向かっている」との印象を抱いた。そして一年の後、私は自分の使う教科書によって、自らの直観が正しかったということを確信するに至る。私が須貝をして「第三の選択肢」「第三の道」を体現する者として敬意を表する所以である。
■実は、教育出版中学校教科書には、中心的な編集委員として北原保雄が名を連ねている。このたび、北原を委員長とする検討委員会が世田谷区の日本語特区に際して、「日本語」(小学校用、低・中・高学年の三分冊)及び「表現」「哲学」(中学校用)を編集した。しかし、これらは、①道具言語観に基づいたメッセージ性の高い教材、②音朗読の流行と復古主義に基づき、日本語の韻律を体感させるための教材、という二種類だけで構成されている感がある。こうした教材採択の在り方は、「文学教育」から最も遠いところにあると言わざるを得ない。私には「ないよりはましなもの」「やらないよりはましなこと」にしか見えなかった。
■第一に、「必修教材」「選択教材」「言語事項教材」の三部構成とした点である。この教科書は、例えば田中実が「もはや改変と言うより、国語教科書に革命を起こそうとする強い意志の現れ」(「研究紀要Ⅸ」科学的『読み』の授業研究会)と評したように、教科書が用意した教材内容をそのまま教えることにとどまらず、主体的に教材を選択させることによって、教師個々に国語科の教科内容を組み立てることを促している。この一事をとっても、この教科書は「画期的」と呼ばれて良い。しかし、私がこの教科書を「革命的」と呼ぶのは、このような教科書構成に対してではない。教科書の形こそとらないまでも、このような発想自体は古くから国語教育界にあったのであり、私自身、様々な自主教材を必修教材と関連させたり、或いは複数の教材から読み取った内容について批評させたりといった指導は、二十代の頃からおこなっていた。そうした教師は、実践研究に熱心な国語教師の間では決して珍しい存在ではなく、「画期的」ではあるにしても決して「革命的」な発想とは言えない。この教科書構成の新しさは、あくまでこの発想を教科書の形で具体化し、一部の研究熱心な教師の発想を全国教師に浸透させようとしたという点のみにあると言ってよい。
■この教科書の真の価値は、思想的に一貫した教材を採択し、教科書自体が一つの一貫した思想に貫かれている、という点にある。つまり、教科書自体が一種の思想書として機能するようにつくられているのである。これが「画期的」の第二の点である。日文協では「言葉の力」(池田晶子)ばかりが取り上げられている感があるが、「言葉の力」がもっている教材価値は、実はこの教科書の至る処に散りばめられている。
■「言葉の力」の教材価値は、人間が日常的に当然のこととして受け止めている道具言語観を見直し、言霊言語観への転換を求めているところにある。ソシュール以来の言語論的転回を求めていると言っても良い。しかし、この教材に見られる思想は、「言語」を題材としながらも、実は我々が当たり前と思っていることを疑うことによって、もっと深く、もっと広い世界観が得られるのではないかという、日文協国語教育部会が追い求めている「公共性の希求」の構図を提示していることにこそある。もちろん「公共性とは何か」を提示しているという意味ではない。我々が当然と思っている自己の世界観の上には、「メタ自己世界観」があり得るのだということを一つの思想として示唆しているのだという意味である。つまり、自己の狭い世界観を包み込んでいる広い世界観の存在を想定せよ、というメッセージと受け取れる。この「メタ自己世界観」の存在を常に意識するという構図が、即ち「公共性の希求」の構図であることは言うを待たないであろう。
■教育出版中学校教科書「伝え合う言葉」は、一学年版の表紙裏に佐藤雅彦『プチ哲学』から「ケロちゃん危機一髪」が採られており、「見る枠組みを変えると、同じ行為でも逆の意味さえもってしまいます」と、メタ認知の構図を提示している。また、中学校入学後の第一教材「ふしぎ」(金子みすゞ)は「わたしはふしぎでたまらない、/たれにきいてもわらってて、/あたりまえだ、ということが。」と「あたりまえからの転換」を迫る。この他にも、この教科書には同様のテーマが目白押しである。例えば説明的文章であれば、三人の職人の知恵を題材に際限なき世界観の広がりを提示したり(「ものづくりの知恵」小関智弘・一年)、人間からは超能力としか思えないような動物たちの能力を題材にもっと広い知性観への転換を促したり(「ガイアの知性」龍村仁・二年)、細分化された自然科学の学問をかつての博物学のような広い観点から見直し、人文系学問とも協調することで世界の本質に辿り着けるのではないかと投げかけ、専門分化への警鐘とともに広い視野の必要性を強調したり(「『新しい博物学』の時代」池内了・三年)といった教材が採択されている。また、文学的文章では、登場人物を批評しながら物語っていく「牛飼い」自身の自己倒壊を描き、更には「牛飼い」という語り手とその「牛飼い」を語る語り手という語り手に二重構造をもたせた教育出版の定番教材「オツベルと象」(宮沢賢治・一年)をはじめとして、語り手の聞いた客の独白の中に幼少期・成人後という語り手の二重構造をもたせることによって、結果、語り手機能に三重構造をもたせた「少年の日の思い出」(ヘルマン=ヘッセ・高橋健二訳・一年)、登場人物に対する語り手の批評意識を全面に出した逸品「形」(菊池寛・二年)、独白構成を採りながらも離郷に際して自己への批評性を垣間見せる定番教材「故郷」(魯迅・竹内好訳・三年)など、こちらも世界観の二重構造、三重構造を意識して採択された教材群が並んでいる。中には、「ウミガメと少年」(野坂昭如・三年)のような、沖縄戦を題材としながらも戦争の悲惨さを訴えず、自然を対置して人間の抱く戦争観を相対化して見せるという、沖縄戦被災者に対して挑発的とさえ思われる教材さえ見られる。私は正直、この教科書を初めて手にしたとき、「よくもこれだけ思想的に一貫した教材を集めたものだ」と感嘆してしまったほどである。繰り返しになるが、この教科書は三部構成によって教師に意識改革を求めている点が革命的なのではない。文種を問わず、このようなテーマの一貫した教材を採択し、一種の思想書として機能させようとの志をもって編集されたことこそが革命的なのである。
■この教科書が画期的であることの第三は、実は編集の経緯にある。私はこうした革命的な教科書がどのような経緯で成立したかを詳かにしないが、少なくとも想像を絶する苦労があったであろうことだけは想像に難くない。まず、自らの文学観に従って〈公共性の希求〉というテーマを掲げ、中学生にとってその布石となるような教材を採択しようとする構想をもったはずである。そのために、この構想に沿った文学作品を広く探し求めたであろうことも間違いない。そして次には、文学教材のみならず、おそらく説明的文章にも〈公共性の希求〉というテーマを担わせることを構想したはずである。そのために、様々な書き手にテーマを伝えて教材執筆を依頼したはずである。この教科書の説明的文章の書き下ろし教材の多さがその苦労を物語っている。更には、このような革命的な教科書は、一般の教科書関係者からは思想的に偏った教科書に見えるはずであるから、また、三部構成という教科書史上類のない試みであるから、編集部を説得するのも、教育出版社自体を説得するのも並大抵の苦労ではなかったはずである。シェアがすべての教科書業界にあって、この試みは社運を賭ける覚悟がなければ実現し得ない。要するに、編集の経緯を想像すれば、この教科書が世に出ていること自体が奇跡と言って過言でないほどに困難であるはずなのだ。
■しかし、私たちはいま、この教科書を手にしている。この教科書の中心編集者は、また編集部は、〈公共性の希求〉という自らの〈文学〉の理念を具現化するために、様々な困難を乗り越える〈政治力〉を発揮せねばならなかったはずである。それは冒頭の「教師力ピラミッド」に準えて言えば、自らの〈文学〉を具現するための「先見性」や「創造性」はもちろん、「指導力」に象徴されるような人間関係を紡ぐ力、「事務力」に象徴されるような研究的であると同時に現実的でもなくてはならないという膨大な構想力、また、人心を把握するための「モラル」「生活力」への熟知、これらの総合力がなくては実現し得ない。まさに、〈文学〉と〈政治〉の〈あいだ〉、〈文学〉と〈教育〉の〈あいだ〉を体現する者だけが為し得る仕事である。これを私は「第三の選択肢」の一つの象徴的事例として、心からの敬意を表したい。
■日文協国語教育部会には言うまでもないことだが、この教科書づくりに編集委員として中心的な役割を果たしたのは須貝千里である。私の須貝に対する本格的な出会いは、冒頭にも紹介した本誌五四巻第八号である。須貝の「夢」の比喩から語り出す文章の演出に、私は「ああ、この人は〈文学〉と〈教育〉を真につなげようと絶望的な試みに向かっている」との印象を抱いた。そして一年の後、私は自分の使う教科書によって、自らの直観が正しかったということを確信するに至る。私が須貝をして「第三の選択肢」「第三の道」を体現する者として敬意を表する所以である。
■実は、教育出版中学校教科書には、中心的な編集委員として北原保雄が名を連ねている。このたび、北原を委員長とする検討委員会が世田谷区の日本語特区に際して、「日本語」(小学校用、低・中・高学年の三分冊)及び「表現」「哲学」(中学校用)を編集した。しかし、これらは、①道具言語観に基づいたメッセージ性の高い教材、②音朗読の流行と復古主義に基づき、日本語の韻律を体感させるための教材、という二種類だけで構成されている感がある。こうした教材採択の在り方は、「文学教育」から最も遠いところにあると言わざるを得ない。私には「ないよりはましなもの」「やらないよりはましなこと」にしか見えなかった。
2008/05/08のBlog
[ 21:24 ]
[ 裕々自適/書斎日記 ]
■三島由紀夫の自決に際して、当時の総理大臣佐藤栄作と防衛庁長官中曽根康弘が「気が狂っているとしか思えない」「常軌を逸した行動というほかない」と、三島を罵倒する発言をしたのは有名な話である。これに対して、多くの文学者が「志を持って自決した死者を、恥ずかしめるわけにはゆかない」(いいだもも・昭和46年11月6日・讀賣新聞)と両者の発言に異を唱えたことも有名な話である。
■かつて文芸批評家磯田光一は、三島の自決と佐藤・中曽根発言との間に「文学の論理」と「政治の論理」との断層を見た(「三島事件と知識人」)。この構図に、「思想の一貫性」と「現実管理の要請」との無限のミゾが浮き彫りにされているからである。前者の志向対象が自己(個人)の完成であるのに対し、後者の志向対象はあくまで集団の秩序であって、両者は決して相容れない性質をもつ。しかし、ここで重要なのは、「自衛隊よ、なぜ立たぬか」という三島由紀夫の「思想の一貫性」が、「教授会よ、何故立たぬか」という全共闘の「思想の一貫性」と等しい位相にあるという点である。大学紛争において、大学知識人がもしも「思想の一貫性」を選択するならば、当然、「現実管理の要請」つまり「秩序」を放棄しなければならない。また、もしも「現実管理の要請」を選択するならば、自分の教えた革新思想を最も急進的に実現しようとしている学生達を裏切らねばならなくなる。このような二項対立を見据えて考えるとき、三島由紀夫に対して自民党政府がとった態度も、全共闘に対して教授会がとった態度も、「現実管理の要請」を通じて集団の秩序を確保したということでしかない。
■政治が組織の上部に位置する限り、そこには「権力」が必要とされる。「権力」とは「公認された暴力」のことであり、それなくしては組織の秩序も保たれない。議会制民主主義とは、この「公認された暴力」の「公認」の部分だけを為政者に臨時に委託することにほかならない。そしてこの構造は、体制側だけでなく、反体制側にも適応できる普遍的な構造なのである。革新勢力もまた、反体制という名の政治組織であって、内部に必ず「権力」の論理をもたずには成立し得ない。しかも、官僚的な統制の行き届いた組織ほど実は政治的には大きな効率をもつのが現実なのである。しかし、官僚制は官僚制であるが故に、まさしく「現実管理の要請」に近接せずにはいられない。そして、組織が「現実管理の要請」に基づいた政治に近づくとき、それを否定すべく発生するのが「文学の論理」(磯田は「ラジカリズム」と呼んでいる)である。しかもそれは、必ずしも大衆の底辺からの批判勢力として発生するとは限らない。「文学の論理」は「政治の論理」を否定するが故に、最終的には死を志向する。それは有効性の彼方にあるものであり、時に政治的有効性を断念した場合にのみ絶望を基盤として急進化する行為である。更にそれは、しばしば悲劇的な敗北を自明の前提として行われる場合がある。だが、そのような絶望的な悲劇が浴びせられるのは、「三島は気が狂っているんだ」という佐藤・中曽根の醜悪な声であり、「諸君、無駄な抵抗は止めてください」という東大学長の白々しい声でしかない。
■磯田はこうした論理を提示した上で、三島由紀夫の自決に「知識人の存在理由を抹殺するための自決」という象徴性を読み取り、三島の中に次の四つの悪意を読み取った。
(1)心情的ラジカリズムで三島を越えようと思ったら死を賭けてみろ。
(2)政治にたずさわるなら、知識人などを廃業して佐藤栄作か宮本顕治になってみろ、そのほうがよほど筋が通っている。
(3)政治の論理を拒否するなら、文学と政治を混同しないで『金閣寺』を書いてみろ。
(4)ただの非政治的生活者をバカにするな。
■言うまでもなく、この〈文学〉と〈政治〉の相克に見られる構図は、そのまま〈文学〉と〈教育〉の相克の構図にも当て嵌まる。全共闘に対した東大教授会のみならず、すべての教育機関は「現実管理の要請」の上に成り立っている。その意味で、学校教育は〈政治〉なのであり、教育研究としての「文学教育」を構想することもまた、「現実管理の要請」から自由ではあり得ないのである。とすれば、三島が政治的知識人に投げかけた悪意は、そのまま教育研究としての「文学教育」を構想しようとする我々にも向けられていると見なければならない。死を賭けろとまでは言わないにしても、磯田が三島の自決から読み取った二つの象徴性、つまり、政治にたずさわるなら、知識人的態度よりも佐藤栄作や宮本顕治のごとき政治家的な態度の方がよほど筋が通っている、政治の論理(現実管理の要請)より文学を優先したいというのなら、〈文学〉と〈教育〉とを混同することなく、〈文学〉の世界のみで生きてみよ、と突きつけられているのである。要するに、〈管理〉に徹するか、〈文学〉に徹するか、どちらかを選択せよというわけだ。しかし、当然のことながら、私たちはどちらを選ぶことも許されない。「文学教育」にとって、〈文学〉と〈教育〉とは車の両輪、コインの裏表であって、切り離すわけにはいかないのである。そのとき、私たちにはいかなる選択肢が用意されているであろうか。
■そこには、三島のごとき「心情的ラジカリズム」を〈文学〉に向けるのでなく、〈文学〉と〈教育〉の本質的背馳、〈文学〉と〈教育〉の〈あいだ〉にこそ向けるという道しか残されてはいない。しかもそれはおそらく、政治的有効性を断念し絶望を基盤に急進化させるのでなく、悲劇的な敗北を自明の前提として行うのでない、理想的にして現実的な道を希求するという、遙かの山に聳える城を希求する道である。佐藤栄作にも宮本顕治にもならずに政治的効率性を求め、非政治的生活者にさえ〈文学〉を機能させると同時に〈教育〉をも成立させることが目標となる。それは、先の「教師力ピラミッド」で言えば、教師に求められる能力のすべてを具え、現実的な〈教育〉を機能させ、それでいて〈文学〉の理想を決して見失うことのない、教師自身が「文学教育」の体現者となる道である。私はこの困難な道を指して「第三の選択肢」と呼んだのである。
■かつて文芸批評家磯田光一は、三島の自決と佐藤・中曽根発言との間に「文学の論理」と「政治の論理」との断層を見た(「三島事件と知識人」)。この構図に、「思想の一貫性」と「現実管理の要請」との無限のミゾが浮き彫りにされているからである。前者の志向対象が自己(個人)の完成であるのに対し、後者の志向対象はあくまで集団の秩序であって、両者は決して相容れない性質をもつ。しかし、ここで重要なのは、「自衛隊よ、なぜ立たぬか」という三島由紀夫の「思想の一貫性」が、「教授会よ、何故立たぬか」という全共闘の「思想の一貫性」と等しい位相にあるという点である。大学紛争において、大学知識人がもしも「思想の一貫性」を選択するならば、当然、「現実管理の要請」つまり「秩序」を放棄しなければならない。また、もしも「現実管理の要請」を選択するならば、自分の教えた革新思想を最も急進的に実現しようとしている学生達を裏切らねばならなくなる。このような二項対立を見据えて考えるとき、三島由紀夫に対して自民党政府がとった態度も、全共闘に対して教授会がとった態度も、「現実管理の要請」を通じて集団の秩序を確保したということでしかない。
■政治が組織の上部に位置する限り、そこには「権力」が必要とされる。「権力」とは「公認された暴力」のことであり、それなくしては組織の秩序も保たれない。議会制民主主義とは、この「公認された暴力」の「公認」の部分だけを為政者に臨時に委託することにほかならない。そしてこの構造は、体制側だけでなく、反体制側にも適応できる普遍的な構造なのである。革新勢力もまた、反体制という名の政治組織であって、内部に必ず「権力」の論理をもたずには成立し得ない。しかも、官僚的な統制の行き届いた組織ほど実は政治的には大きな効率をもつのが現実なのである。しかし、官僚制は官僚制であるが故に、まさしく「現実管理の要請」に近接せずにはいられない。そして、組織が「現実管理の要請」に基づいた政治に近づくとき、それを否定すべく発生するのが「文学の論理」(磯田は「ラジカリズム」と呼んでいる)である。しかもそれは、必ずしも大衆の底辺からの批判勢力として発生するとは限らない。「文学の論理」は「政治の論理」を否定するが故に、最終的には死を志向する。それは有効性の彼方にあるものであり、時に政治的有効性を断念した場合にのみ絶望を基盤として急進化する行為である。更にそれは、しばしば悲劇的な敗北を自明の前提として行われる場合がある。だが、そのような絶望的な悲劇が浴びせられるのは、「三島は気が狂っているんだ」という佐藤・中曽根の醜悪な声であり、「諸君、無駄な抵抗は止めてください」という東大学長の白々しい声でしかない。
■磯田はこうした論理を提示した上で、三島由紀夫の自決に「知識人の存在理由を抹殺するための自決」という象徴性を読み取り、三島の中に次の四つの悪意を読み取った。
(1)心情的ラジカリズムで三島を越えようと思ったら死を賭けてみろ。
(2)政治にたずさわるなら、知識人などを廃業して佐藤栄作か宮本顕治になってみろ、そのほうがよほど筋が通っている。
(3)政治の論理を拒否するなら、文学と政治を混同しないで『金閣寺』を書いてみろ。
(4)ただの非政治的生活者をバカにするな。
■言うまでもなく、この〈文学〉と〈政治〉の相克に見られる構図は、そのまま〈文学〉と〈教育〉の相克の構図にも当て嵌まる。全共闘に対した東大教授会のみならず、すべての教育機関は「現実管理の要請」の上に成り立っている。その意味で、学校教育は〈政治〉なのであり、教育研究としての「文学教育」を構想することもまた、「現実管理の要請」から自由ではあり得ないのである。とすれば、三島が政治的知識人に投げかけた悪意は、そのまま教育研究としての「文学教育」を構想しようとする我々にも向けられていると見なければならない。死を賭けろとまでは言わないにしても、磯田が三島の自決から読み取った二つの象徴性、つまり、政治にたずさわるなら、知識人的態度よりも佐藤栄作や宮本顕治のごとき政治家的な態度の方がよほど筋が通っている、政治の論理(現実管理の要請)より文学を優先したいというのなら、〈文学〉と〈教育〉とを混同することなく、〈文学〉の世界のみで生きてみよ、と突きつけられているのである。要するに、〈管理〉に徹するか、〈文学〉に徹するか、どちらかを選択せよというわけだ。しかし、当然のことながら、私たちはどちらを選ぶことも許されない。「文学教育」にとって、〈文学〉と〈教育〉とは車の両輪、コインの裏表であって、切り離すわけにはいかないのである。そのとき、私たちにはいかなる選択肢が用意されているであろうか。
■そこには、三島のごとき「心情的ラジカリズム」を〈文学〉に向けるのでなく、〈文学〉と〈教育〉の本質的背馳、〈文学〉と〈教育〉の〈あいだ〉にこそ向けるという道しか残されてはいない。しかもそれはおそらく、政治的有効性を断念し絶望を基盤に急進化させるのでなく、悲劇的な敗北を自明の前提として行うのでない、理想的にして現実的な道を希求するという、遙かの山に聳える城を希求する道である。佐藤栄作にも宮本顕治にもならずに政治的効率性を求め、非政治的生活者にさえ〈文学〉を機能させると同時に〈教育〉をも成立させることが目標となる。それは、先の「教師力ピラミッド」で言えば、教師に求められる能力のすべてを具え、現実的な〈教育〉を機能させ、それでいて〈文学〉の理想を決して見失うことのない、教師自身が「文学教育」の体現者となる道である。私はこの困難な道を指して「第三の選択肢」と呼んだのである。