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2008/11/19のBlog
[ 10:44 ]
[ =アメリカ ]
プエルトリコは、カリブ海北東に位置するアメリカ合衆国の自治的・未編入領域で、コモンウェルスという政治的地位にあります。ヴァージン海峡を隔てて東にヴァージン諸島が、モナ海峡を隔てて西にドミニカ共和国が存在し、首都はサン・フアンです。
サンファンの議会サンフアンは、プエルトリコ自治連邦区の政庁所在地であり、最大の港湾都市で、貿易・観光両面において重要な港湾を持ち、島の産業・経済の中心です。また、長い歴史とビーチを持ち、文化の中心・観光の拠点として担う役割も大きいようです。
サンフアン港沿いの遊歩道
サンフアン港沿いの遊歩道サンフアン島の西半分を占めているビエホ・サンフアンの建造物の多くは16世紀から17世紀にかけて建てられたもので、地区内の随所には、市壁や砦をはじめとする歴史的な建造物が現在も残っています。
サン・フェリペ・デル・モッロ砦
サン・クリストバール砦
サン・フェリペ・デル・モッロ砦
サン・クリストバール砦世界遺産のラ・フォルタレサは、プエルトリコにおける政府官邸です。1533年から1540年の間に建設が開始され、その目的は、サンフアンとその港を防衛するためでした。ラ・フォルタレサは、別名サンタ・カタリーナ宮殿としても知られています。
ラ・フォルタレサ
ラ・フォルタレサラ・フォルタレサは、サンフアン市街地を防衛するための要塞の役割を持って建設されました。したがって、サン・フェリペ・デル・モーロ、サン・クリストバル要塞を含む一連の軍事施設でした。
プエルトリコの公共広場にて
名所・史跡、西インド諸島
20081119
プエルトリコの公共広場にて
名所・史跡、西インド諸島20081119
2008/11/18のBlog
[ 20:32 ]
[ =チェコ ]
クロムニェジーシュがユネスコに登録されたのは、その庭園によるところが大きいそうです。もちろん、中央広場の歴史的な家々やゴシック様式の聖モーリス教会、大規模なバロックの城は、とても重要ですが、クロムニェジーシュの庭園は、ことさら特別のようです。
クロムニェジーシュ城クロムニェジーシュ城は、オロモウツのカトリック司教の夏の邸宅として、何世紀もの間使われてきました。隣接した庭園は、イギリス風の公園としてデザインされ、珍しい木が茂っています。
クロムニェジーシュの庭園
名所・史跡、チェコ
クロムニェジーシュの庭園
名所・史跡、チェコさらに興味深いのは、17世紀につくられたバロック初期の花園で、もともと、町の壁の外にありました。自然界に隠された理想秩序の発見の試みという、当時の観念に基づいて、潅木や花壇が規則正しく配置されています。
クロムニェジーシュの庭園群と城
クロムニェジーシュの庭園群と城クロムニェジーシュ城は、絵画ギャラリーでも有名です。ティツィアーノ、クラナハ、ブリューゲル、ヴァン・ダイク、その他の画家の作品が数多く展示されています。
クロムニェジーシュの庭園群と城
クロムニェジーシュの庭園群と城
クロムニェジーシュの庭園群と城
クロムニェジーシュの庭園群と城2008/11/17のBlog
[ 22:27 ]
[ 中央アメリカ ]
グアテマラは、中央アメリカ北部に位置し、北にメキシコ、北東にベリーズ、東にホンジュラス、南東にエル・サルバドルと国境を接しており、北東はカリブ海に、南は太平洋に面していて、市民の過半数はマヤ系の先住民族で、首都はグアテマラです。
国際銀行マヤ文明は、メキシコ南東部、グアテマラ、ユカタン半島などいわゆるマヤ地域を中心として栄え、古典期(紀元前300年頃)から、ベリーズのラマナイ、グアテマラのペテン低地に、エル=ミラドール、ナクベなどの大都市遺跡が建設され繁栄しました。
アンティグア・グアテマラの遺跡
アンティグア・グアテマラの遺跡エル=ミラドールは、(スペイン語で見晴し台)は現在のグアテマラペテン地方北端の国境付近のジャングルの中にあるマヤ文明の遺跡で、主として先古典期後期に繁栄しました。
エル=ミラドール建造物34号の想像図
20081118
エル=ミラドール建造物34号の想像図20081118
2008/11/16のBlog
[ 06:47 ]
[ オセアニア ]
オークランドはニュージーランド最大の都市です。その魅力は地域を取り囲む海、湾内に浮かぶ島々、ポリネシア文化、そして洗練された都会的センスが上手く溶け合っていることで、こうした環境が、暮らしやすい町として常に世界の上位にランクされている由縁となっています。
オークランドの夕景世界最高峰のヨットレースが行われたことで知られるヴァイアダクトは、オークランド市内の中でも一際お洒落なレストランやバーが軒を並べる注目のスポットです。
ヴァイアダクトの夜景
スカイタワー&カジノ(328m)古代ギリシャ・ローマの建築スタイルが印象的なオークランド博物館は、マオリ関連のコレクションは世界一を誇り、芸術作品からカヌー、集会所まで多彩な展示物を見ながらマオリの歴史をたどることができます。
オークランド博物館
オークランド博物館オークランド・ドメインは、1845年にオープンした市内で最も古い公園で、広い園内にはオークランド博物館をはじめ、ローズガーデンやラグビーフィールドもあり、休日になると多くの人たちが訪れます。
オークランド・ドメイン
名所・史跡、オセオニア
オークランド・ドメイン
名所・史跡、オセオニア標高196メートルのマウント・イーデンは、数あるオークランドの死火山の中でも一番の高さを誇ります。市内全景と海が見渡せる頂上からのパノラマは息をのむほどの美しさで、逆円錐形になった火口跡は歩いて降りることも可能です。
マウント・イーデン
20081116
マウント・イーデン20081116
2008/11/15のBlog
[ 09:33 ]
[ 中部地方 ]
2008/11/14のBlog
[ 09:41 ]
[ =京都 ]
794年、桓武天皇が平安京へ遷都した当時の内裏(御所)は、この京都御苑から約2km西に位置していました。現在の京都御所は内裏の焼失等の際に、天皇の仮住まいとなった里内裏のひとつである東洞院土御門殿に由来するもので、1331年(元弘元年)、光厳天皇がここで即位されて以来、御所とされたものです。
御池庭
御池庭1392年(明徳3年)の南北朝合一によって名実ともに皇居に定まり、明治に至るまでの約500年の間、天皇の住まいでした。建物自体はその間も焼失を繰り返し、現在の建物は安政2年(1855年)に平安時代の内裏の姿にならって再建されたものです。
建春門
建春門2008/11/13のBlog
[ 16:57 ]
[ アジア ]
地中海の東に浮かび、愛と美の女神アフロディーテ(ヴィーナス)誕生の地として知られるキプロスは、愛に満ち溢れた魅惑の島です。美しく保たれた自然景観、静かな佇まいを残す村落、過去の栄華を今に伝える素晴らしい文化遺産、そして整備された近代的な都市と高品質なサービスは、訪れる人々の希望と期待に十分に応えます。
聖ソフィア大聖堂キッコー修道院は、900年の歴史を誇るキプロスでも名高いトロードス山中の修道院で、12世紀に発見された聖母マリアのイコンは、聖ルカにより描かれた3つのイコンのひとつといわれています。
キッコー修道院
20081113
キッコー修道院20081113
[ 07:09 ]
[ Memo ]
Googleは30日、Webブラウザ「Google Chrome」ベータ版の最新バージョン「0.3.154.9」をリリースしたと発表しました。さっそくダウンロードして試用していますが、なかなかの快適な動きに夢中になっています。
Google Chrome現在のブラウザの通常の設定は、Internet Explorer 7 で使用していますが、デスクトップに10枚余りの画像などを展開する使い方では、「Google Chrome」は最適です。
Google Chrome
Google Chromeでぐっときたポイントいろいろ
20081113
Google Chrome
Google Chromeでぐっときたポイントいろいろ20081113
2008/11/10のBlog
[ 19:23 ]
[ アジア ]
ブータンは、17世紀に移住したチベットの高僧ガワン・ナムゲルが、現在の国土をまとめました。19世紀末内戦状態にあったブータンの中で、東部トンサ郡の豪族ウゲン・ワンチュクが支配的郡長として抬頭し、1907年、初代の国王となり、現在の第5代国王に至る名実ともの立憲君主国です。
タシチョ・ゾン首都ティンプーにあるタシチョ・ゾンは、ブータンの政治と宗教を司る国の中央政庁です。ゾンの中には国王のオフィスと、宗教会の最高権威であるジェ・ケンポ大僧正の部屋があります。釘を一本も使わず、伝統的手法で建てられています。
タシチョ・ゾン
名所・史跡、南アジア
タシチョ・ゾン
名所・史跡、南アジア中央ブータンのブムタン地方にあるジャンペ・ラカンと共にブータン最古の寺院であるこのキチュ・ラカンは、当時チベット圏に大きな力を持っていた悪魔の力を抑えるために、7世紀に初めてチベットを統一したソンツェン・ガンポ王によって建てられたと言われています。
キチュ・ラカン
キチュ・ラカン「虎の巣」という意味のタクツァン僧院は、断崖絶壁にはりつくように建つその姿は見る者を圧倒します。ブータンに仏教を運んできたグル・リンポチェはその8つの変化のうちの一つである忿怒形に姿を変え、虎の背中に乗ってこの場所へやってきました。展望台まで片道約1時間半ほどの距離にあります。
タクツァン僧院
タクツァン僧院インドとブータンの南の玄関口プンツォリンは、インド人とブータン人が行き交う賑やかな街です。インドとブータンの首都ティンプーを結ぶ国内最初の自動車道路は1962年に完成しました。
インド-ブータンの国境ゲート
20081110
インド-ブータンの国境ゲート20081110
2008/11/09のBlog
[ 08:12 ]
[ アフリカ ]
アレキサンドリアはエジプト第2の都市で、「地中海の真珠」と称えられています。紀元前331年にアレキサンダー大王によって 彼の王国の首都として築かれたこの町は、その後7世紀にわたり、世界最大の図書館を擁する古代世界の学術の中心として、ギリシャ・ローマ文明の最前線で輝きを放ちました。
図書館の夜景北の入江の先端にあるカイト・ベイの要塞はアレキサンドリアの名所の一つです。かつてここには、頂上に ポセイドンの像を持つ高さ125mのファロスの灯台がありました。現在、この要塞はモスクと海洋生物博物館を合わせ持ち、ここから市街と地中海の素晴しい景色を見ることもできます。
カイト・ベイの要塞
カイト・ベイの要塞ポンペイの柱は、3世紀ディオクレティアヌス帝のために建てられた高さ25メートル、柱回り8メートルの赤色花崗岩製の柱です。 近くには聖牛アピスが 埋葬された地下室や3つのスフィンクスがあります。
ポンペイの柱
20081109
ポンペイの柱20081109
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