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2008/02/01のBlog
[ 03:39 ]
突然ですが、ブログを引っ越しました。
今後のブログは娘の成長記録にもなるので、書き溜めたものをいずれ製本したいと考え、製本サービスのあるブログサイトに移ることにしました。
今は育児で忙しく更新もままならないのですが、新しい記事を書きつつ、過去ログも手作業で少しずつ移しているところです。
新しい所では、娘の写真もアップしています(^^)
Doblogで出会い、お世話になった皆様。4年間大変お世話になり、ありがとうございました。
新しい所にもぜひ遊びに来て下さい。
アドレスは以下です。
http://funin-ninshin-ikuji.seesaa.net/
今後ともどうぞよろしくお願い致します(^^)
今後のブログは娘の成長記録にもなるので、書き溜めたものをいずれ製本したいと考え、製本サービスのあるブログサイトに移ることにしました。
今は育児で忙しく更新もままならないのですが、新しい記事を書きつつ、過去ログも手作業で少しずつ移しているところです。
新しい所では、娘の写真もアップしています(^^)
Doblogで出会い、お世話になった皆様。4年間大変お世話になり、ありがとうございました。
新しい所にもぜひ遊びに来て下さい。
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http://funin-ninshin-ikuji.seesaa.net/
今後ともどうぞよろしくお願い致します(^^)
2008/01/21のBlog
[ 10:57 ]
[ 妊娠日記 ]
このブログで、出産や育児に非協力的な態度の夫への文句を散々書いてきましたが、今回、夫は結果的に最初から最後までお産を手伝ってくれ、とても頼りになりました。陣痛室でも分娩室でも、思ったより病院のスタッフの手助けが少なかったので、「夫がいてくれなかったら産めなかった・・・」と本気で思ったぐらいです。
陣痛が始まった4日夜、夫は自宅でお酒を飲んでいて、既に車の運転は出来ない状態でしたが、まだ電車が動いている時間だった(またまた「何て親孝行な子なの」)ので、電車で病院にやって来て、一晩中陣痛に付き合ってくれました。後から夫曰く、出産の瞬間に立ち会うつもりはなかったそうですが、分娩室に移動してからも、私が夫の手を必要としていたので、結局最後までサポートしてくれました。
陣痛室では、私は陣痛が来ている時、ベッドの上でバランスボールにうつぶせに上体を預け、ベッドの頭側の柵を手で押しつつ、夫にお尻を押してもらう姿勢が一番楽で、陣痛が来たらその姿勢を取り、陣痛が休みの間は、ベッドの上でシムスの姿勢で休み、また陣痛が来たらバランスボールに乗り・・・を一晩中繰り返していたのですが、夫は辛抱強く付き合ってくれました。そのうち陣痛の間隔が短くなり、いちいちシムスの姿勢に戻れなくなり、陣痛が休みの間、ベッドの上で正座して朦朧としながらも、私は何と頭をぐらぐらさせて居眠りをしていたのですが(「陣痛の合間でも妊婦は眠れる」と聞いてはいましたが、本当だった)、夫は後から「居眠りしてたね」と感心していましたが、自分は眠れなかったようで、結局翌日夕方帰宅するまで完徹状態。さぞかし疲れただろうと思います。
妻の出産に立ち会う夫が増えたとはいえ、いざとなるとオロオロして「痛い?」「痛い?」と要らんことを妻に聞いて「痛いに決まっとるワイ」と妻の逆鱗に触れる夫が多いと聞きます。実際、私の産後入院中にも、陣痛が始まりこれから陣痛室に向かう妻に「今痛い?」と尋ねて顔をしかめられている夫を目撃しましたが、私の夫は普段から愛想がない分、余計なことを言うこともなかった。
分娩室でも、私は陣痛が来る度に、夫の手をぎゅーと強く引っ張り放題。陣痛が休みになると、夫は私にペットボトルの飲み物を飲ませたり、パンをちぎって口に押し込んだり。また、普通に分娩台でいきんでいても、なかなか赤ちゃんの頭が降りてこなかったので、助産師さんの提案で一時、スクワット姿勢を取ったのですが、その時も夫は否応なく手伝わされ、私が夫の肩につかまりスクワット。まるで出産準備教室のビデオに出てくる、すごくお産に協力的な夫みたい。結局その姿勢は足が疲れるので長く取っていられず、もとの姿勢に戻ったのですが、最後も「だんなさん、ひざを押さえて」とかかなり手伝わされ、私は見ていない赤ちゃんが出てくる瞬間もしっかりその目で確認したようです。
その後、1週間の入院中は、1度しか顔を見せず、いつもの夫らしい(?)淡白な態度でしたが、退院後は、「子供がこんなに可愛いものだとは知らなかった」と、意外にもかなり分かりやすく娘にメロメロになっています。妊娠中からの宣言通り、平日は別々の寝室で寝ていますが、翌日が休みの日は和室に布団を並べて「川の字」になって寝てくれます。私が正体不明で眠り込んでしまった時には、むずかる娘を孤軍奮闘あやしてくれたり。私がほかの用事で手を離せない時はもちろん、2人で居間でテレビを見ながらご飯を食べている時なども、隣の和室で娘が泣くと、2回に1回くらいは自分が立っていって、あやしたりおむつを替えたり。娘が眠っていると「つまらない」と言ってわざわざ抱っこして居間に連れてきたり。2人して「親バカ夫婦」となり、「けっこう美人だよね」「よその子よりうちの子が一番可愛かったね」「だってよその子はみんな猿みたいだったもん」と言い合っています。
陣痛が始まった4日夜、夫は自宅でお酒を飲んでいて、既に車の運転は出来ない状態でしたが、まだ電車が動いている時間だった(またまた「何て親孝行な子なの」)ので、電車で病院にやって来て、一晩中陣痛に付き合ってくれました。後から夫曰く、出産の瞬間に立ち会うつもりはなかったそうですが、分娩室に移動してからも、私が夫の手を必要としていたので、結局最後までサポートしてくれました。
陣痛室では、私は陣痛が来ている時、ベッドの上でバランスボールにうつぶせに上体を預け、ベッドの頭側の柵を手で押しつつ、夫にお尻を押してもらう姿勢が一番楽で、陣痛が来たらその姿勢を取り、陣痛が休みの間は、ベッドの上でシムスの姿勢で休み、また陣痛が来たらバランスボールに乗り・・・を一晩中繰り返していたのですが、夫は辛抱強く付き合ってくれました。そのうち陣痛の間隔が短くなり、いちいちシムスの姿勢に戻れなくなり、陣痛が休みの間、ベッドの上で正座して朦朧としながらも、私は何と頭をぐらぐらさせて居眠りをしていたのですが(「陣痛の合間でも妊婦は眠れる」と聞いてはいましたが、本当だった)、夫は後から「居眠りしてたね」と感心していましたが、自分は眠れなかったようで、結局翌日夕方帰宅するまで完徹状態。さぞかし疲れただろうと思います。
妻の出産に立ち会う夫が増えたとはいえ、いざとなるとオロオロして「痛い?」「痛い?」と要らんことを妻に聞いて「痛いに決まっとるワイ」と妻の逆鱗に触れる夫が多いと聞きます。実際、私の産後入院中にも、陣痛が始まりこれから陣痛室に向かう妻に「今痛い?」と尋ねて顔をしかめられている夫を目撃しましたが、私の夫は普段から愛想がない分、余計なことを言うこともなかった。
分娩室でも、私は陣痛が来る度に、夫の手をぎゅーと強く引っ張り放題。陣痛が休みになると、夫は私にペットボトルの飲み物を飲ませたり、パンをちぎって口に押し込んだり。また、普通に分娩台でいきんでいても、なかなか赤ちゃんの頭が降りてこなかったので、助産師さんの提案で一時、スクワット姿勢を取ったのですが、その時も夫は否応なく手伝わされ、私が夫の肩につかまりスクワット。まるで出産準備教室のビデオに出てくる、すごくお産に協力的な夫みたい。結局その姿勢は足が疲れるので長く取っていられず、もとの姿勢に戻ったのですが、最後も「だんなさん、ひざを押さえて」とかかなり手伝わされ、私は見ていない赤ちゃんが出てくる瞬間もしっかりその目で確認したようです。
その後、1週間の入院中は、1度しか顔を見せず、いつもの夫らしい(?)淡白な態度でしたが、退院後は、「子供がこんなに可愛いものだとは知らなかった」と、意外にもかなり分かりやすく娘にメロメロになっています。妊娠中からの宣言通り、平日は別々の寝室で寝ていますが、翌日が休みの日は和室に布団を並べて「川の字」になって寝てくれます。私が正体不明で眠り込んでしまった時には、むずかる娘を孤軍奮闘あやしてくれたり。私がほかの用事で手を離せない時はもちろん、2人で居間でテレビを見ながらご飯を食べている時なども、隣の和室で娘が泣くと、2回に1回くらいは自分が立っていって、あやしたりおむつを替えたり。娘が眠っていると「つまらない」と言ってわざわざ抱っこして居間に連れてきたり。2人して「親バカ夫婦」となり、「けっこう美人だよね」「よその子よりうちの子が一番可愛かったね」「だってよその子はみんな猿みたいだったもん」と言い合っています。
[ 10:47 ]
[ 妊娠日記 ]
2008年1月21日(月)娘、生後16日
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
ご報告がすっかり遅れましたが、1月5日(土)午後零時43分に、女の子を無事出産しました(^^)
妊娠中に巨大児疑惑は解消されたと思っていたのに、生まれてみれば3808グラム、54センチの堂々たる巨大児でした(^^;)
NHKの朝ドラ「ちりとてちん」で、ヒロインの誕生日が娘の予定日と同じ大晦日で、ヒロインの母が「もういつ生まれてもおかしくないということで、ちょうどクリスマス辺りから鯖江の病院に入院しとった」と回想するのを聞いて、「そんなことがあるかなあ」と思っていた私でしたが、何と自分が同じ状況になってしまいました。
12月25日に39週1日の健診で、子宮口が5センチ開いていて柔らかくなっており、「今夜にも生まれてもおかしくない」と言われ、入院バッグを取りにいったん帰宅してから電車で病院に戻り、入院。ところが、その後一向に陣痛が来ず、かといって、自宅が病院から少し遠いこともあり、既に5センチ開いているから始まったら早いと言われて退院させてもらえず、毎日外出許可を取っては、病院周辺の広尾、恵比寿を練り歩いて陣痛促進に努めましたが、そのまま病院での年越しとなり、正月はついに明治神宮まで徒歩で初詣に行き、正月の大混雑の表参道ヒルズで一人でランチし、陣痛促進のジャスミン茶をガブガブ飲む怪しい妊婦となっていました。
結局、明治神宮に行った4日の夜にようやく陣痛が来たのですが、赤ちゃんが大きくてなかなか降りてこられず、分娩所要時間は15時間50分。これは初産婦としては平均的な数字ですが、私は子宮口が入院中に6センチまで開いていたので「始まったら早い」と皆に言われ、勝手にもう6合目まで来ているぐらいのつもりになっていた(「私は全然痛くないのに子宮口がもう6センチまで開いた。何て親孝行な子なの」と、お腹の子を褒め称えていた)のに、そこから7センチ開くまでの長かったこと。陣痛室で「は~もう疲れた」「一体いつまで続くんだ」と思いながら一晩中過ごし、夜が明けてようやく分娩室に移動したものの、分娩室に入ってから出産までの時間は初産婦で平均2時間と聞いていたのに、助産師さんが「午前中の出産を目指しましょう」と言うので、「え~そんなにかかるの」と目の前が真っ暗になりました。結局その目標も達成できず、生まれたのは昼過ぎでしたが・・・。
途中で赤ちゃんが酸欠になり、苦しくて羊水の中にウンチをしてしまい、破水した時、羊水が濁っていたので、「早く出さないといけない」と説明を受け、その時点で希望していた水中分娩は不可能となり、終盤には陣痛促進剤を点滴し、会陰も切開し、切開した所以外にも「あちこち少しずつ切れた」(医師談)ようです。安産を目指していろいろ準備してきた成果がまるでなかったようにも思えますが、赤ちゃんが大きくて難産になりかねなかったところを、体を鍛えていたおかげで何とか平均ぐらいのお産に出来た・・・ということでしょうか。普通は子宮口が6センチ開くまでに、何時間も痛い思いをするのですものね。
陣痛中は、「もうお産は一度で沢山。こんな思いをするのは二度と御免」と思い、何人も産んでいる人が信じられませんでしたが、生まれた赤ちゃんはめちゃくちゃ可愛い。退院した日、半月ぶりに帰宅して、自宅の和室に布団を並べ、夫と娘と川の字になってお昼寝をした時には、「私の人生で今が一番幸せかも・・・」と思いました。
2人目以降は、お産も軽くなると聞くと、「お産当日の1日だけ我慢すれば、こんなに可愛い新生児に会えるなら、もう一人頑張ってもいいかも・・・」なんて、早くも「喉元過ぎれば熱さ忘れる」心境になりかけています。つわりの時も「二度も御免」と思ったものですが・・・。人間の「忘れる」能力って素晴らしいですね。
まだまだいろいろ書いておきたいことはありますが、それはまた追々・・・。取り急ぎご報告でした(^^)
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
ご報告がすっかり遅れましたが、1月5日(土)午後零時43分に、女の子を無事出産しました(^^)
妊娠中に巨大児疑惑は解消されたと思っていたのに、生まれてみれば3808グラム、54センチの堂々たる巨大児でした(^^;)
NHKの朝ドラ「ちりとてちん」で、ヒロインの誕生日が娘の予定日と同じ大晦日で、ヒロインの母が「もういつ生まれてもおかしくないということで、ちょうどクリスマス辺りから鯖江の病院に入院しとった」と回想するのを聞いて、「そんなことがあるかなあ」と思っていた私でしたが、何と自分が同じ状況になってしまいました。
12月25日に39週1日の健診で、子宮口が5センチ開いていて柔らかくなっており、「今夜にも生まれてもおかしくない」と言われ、入院バッグを取りにいったん帰宅してから電車で病院に戻り、入院。ところが、その後一向に陣痛が来ず、かといって、自宅が病院から少し遠いこともあり、既に5センチ開いているから始まったら早いと言われて退院させてもらえず、毎日外出許可を取っては、病院周辺の広尾、恵比寿を練り歩いて陣痛促進に努めましたが、そのまま病院での年越しとなり、正月はついに明治神宮まで徒歩で初詣に行き、正月の大混雑の表参道ヒルズで一人でランチし、陣痛促進のジャスミン茶をガブガブ飲む怪しい妊婦となっていました。
結局、明治神宮に行った4日の夜にようやく陣痛が来たのですが、赤ちゃんが大きくてなかなか降りてこられず、分娩所要時間は15時間50分。これは初産婦としては平均的な数字ですが、私は子宮口が入院中に6センチまで開いていたので「始まったら早い」と皆に言われ、勝手にもう6合目まで来ているぐらいのつもりになっていた(「私は全然痛くないのに子宮口がもう6センチまで開いた。何て親孝行な子なの」と、お腹の子を褒め称えていた)のに、そこから7センチ開くまでの長かったこと。陣痛室で「は~もう疲れた」「一体いつまで続くんだ」と思いながら一晩中過ごし、夜が明けてようやく分娩室に移動したものの、分娩室に入ってから出産までの時間は初産婦で平均2時間と聞いていたのに、助産師さんが「午前中の出産を目指しましょう」と言うので、「え~そんなにかかるの」と目の前が真っ暗になりました。結局その目標も達成できず、生まれたのは昼過ぎでしたが・・・。
途中で赤ちゃんが酸欠になり、苦しくて羊水の中にウンチをしてしまい、破水した時、羊水が濁っていたので、「早く出さないといけない」と説明を受け、その時点で希望していた水中分娩は不可能となり、終盤には陣痛促進剤を点滴し、会陰も切開し、切開した所以外にも「あちこち少しずつ切れた」(医師談)ようです。安産を目指していろいろ準備してきた成果がまるでなかったようにも思えますが、赤ちゃんが大きくて難産になりかねなかったところを、体を鍛えていたおかげで何とか平均ぐらいのお産に出来た・・・ということでしょうか。普通は子宮口が6センチ開くまでに、何時間も痛い思いをするのですものね。
陣痛中は、「もうお産は一度で沢山。こんな思いをするのは二度と御免」と思い、何人も産んでいる人が信じられませんでしたが、生まれた赤ちゃんはめちゃくちゃ可愛い。退院した日、半月ぶりに帰宅して、自宅の和室に布団を並べ、夫と娘と川の字になってお昼寝をした時には、「私の人生で今が一番幸せかも・・・」と思いました。
2人目以降は、お産も軽くなると聞くと、「お産当日の1日だけ我慢すれば、こんなに可愛い新生児に会えるなら、もう一人頑張ってもいいかも・・・」なんて、早くも「喉元過ぎれば熱さ忘れる」心境になりかけています。つわりの時も「二度も御免」と思ったものですが・・・。人間の「忘れる」能力って素晴らしいですね。
まだまだいろいろ書いておきたいことはありますが、それはまた追々・・・。取り急ぎご報告でした(^^)
2007/12/25のBlog
[ 09:01 ]
[ 妊娠日記 ]
今朝の「ちりとてちん」で(爆)。
なんと、ヒロインの誕生日が大晦日だという。
ヒロインは「大晦日が誕生日なんて何にもいいことない」とぼやいていたけれど。
私はまたまたヒロインの母、和久井映見に感情移入。
「もういつ生まれてもおかしくないということで、ちょうどクリスマス辺りから鯖江の病院に入院しとった」というのには、「そんなことがあるかなあ」と思ったけれど、「ほん~まに嬉しかった、喜代美が生まれてきてくれて」という母の気持ちになり、またまた大号泣(^^;)。
ちなみに、その前に民放の朝番組で、昨夜のクリスマスイブのミッドタウンをリポートしていたのですが、カメラの前で彼女にプロポーズした男性がいました。「7年間付き合ってきたけれど、長い間待たせちゃってごめんね」という彼氏の言葉にも、なぜかもらい泣きする私でした。
なんと、ヒロインの誕生日が大晦日だという。
ヒロインは「大晦日が誕生日なんて何にもいいことない」とぼやいていたけれど。
私はまたまたヒロインの母、和久井映見に感情移入。
「もういつ生まれてもおかしくないということで、ちょうどクリスマス辺りから鯖江の病院に入院しとった」というのには、「そんなことがあるかなあ」と思ったけれど、「ほん~まに嬉しかった、喜代美が生まれてきてくれて」という母の気持ちになり、またまた大号泣(^^;)。
ちなみに、その前に民放の朝番組で、昨夜のクリスマスイブのミッドタウンをリポートしていたのですが、カメラの前で彼女にプロポーズした男性がいました。「7年間付き合ってきたけれど、長い間待たせちゃってごめんね」という彼氏の言葉にも、なぜかもらい泣きする私でした。
2007/12/24のBlog
[ 19:56 ]
[ 妊娠日記 ]
妊婦は涙もろくなるとよく聞くけれど、私もそう。
今朝のNHK連続テレビ小説「ちりとてちん」で、ヒロインが年季明けを賭けた高座に臨んだのですが、私が感情移入するのは、もはやヒロインではなく、ヒロインの母親役の和久井映見。ヒロインが自分の娘であるかのような気持ちになり、これまでの紆余曲折が走馬灯のように頭の中をよぎり、娘の晴れ姿に涙ぼろぼろ・・・(^^;)。
今朝のNHK連続テレビ小説「ちりとてちん」で、ヒロインが年季明けを賭けた高座に臨んだのですが、私が感情移入するのは、もはやヒロインではなく、ヒロインの母親役の和久井映見。ヒロインが自分の娘であるかのような気持ちになり、これまでの紆余曲折が走馬灯のように頭の中をよぎり、娘の晴れ姿に涙ぼろぼろ・・・(^^;)。
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