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口ほどにもない奴。
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2007/04/05のBlog
アクセス数がちょっとずつながら増加傾向にある。
素直にうれしいわん。

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ネット上の闘病記サイトには、癌で亡くなった人が書いて書籍として出版されたものの書評が結構載っている。
そういうものを眺めていたら、実際に読みたくなり、数冊まとめて買ってきては貪るように読んだ。
活字好きとしては自然な流れである。

あらゆる民間療法をさまよった元NHKアナウンサー、絵門ゆう子さん。
最期までクールな生き方を貫き続けたライター、奥山貴宏さん。
世界的なプロウインドサーファーとして活躍後にスポーツ実業家に転身、発病後は小説を書き上げた、飯島夏樹さん。
ITベンチャー企業の現役社長だった、藤田憲一さん。

余命に向き合う、真摯な態度。
残された時間にかける、熱い情熱

彼ら、彼女らは、間違いなく、この世に生きた。
そして、その足跡を残していった。
その力強さ、美しさは、何に例えたらよいのだろう。
とにかく、一人ひとりの生き様に、猛烈に感動した。

そして、思ったのだ。
たまたま早期発見だった自分は、まだまだ生かしてもらえるようだ。
ビジネスマンとしてもアマチュアテニスプレイヤーとしても平凡な自分だが、彼ら彼女らのように、この世に生きた足跡を残しておきたい。

入院・手術を通じて、それまで深く考えてこなかった自分自身の健康について、その大切さを大いに実感した。
それが故、今では、普通に働けることのありがたみを理解できるようになった。
働くことそれ自体が、この世に残せるものを生み出したり、より良い世の中へ変化させたりすることにつながる。
それが、人間として生きる意味であり、生きた証なのだろう。

そして、この世に生きた証を残すもう一つの方法。
それは、ネット社会の今、簡単に手に入る。

このBlogを通じて、日々の営みを著し、時に生きる意味を考え、そしてそれがネットに残ることで、一人の平凡な男が生きた証にしていくことができるのではないかと考えたのは、そんな経緯である。

人間は、一日に何百、何千という「考え」を思いつくという。
自分が思いついた、それらの「考え」をなるべく多く、世に発信していきたい。
そうして、きりうがこの世からいなくなった後でも、記録が残り、目にする者がいてくれたら。
世の中の誰かが、きりうの言い分を理解し、その行動に影響を与えることができたら。

そのようなことを夢想しながら、このシリーズは終わるのである。
夢想というより、妄想かな?

いやいや、いいんだって。
何しろこちとら所詮、「口ほどにもない奴」なんだし。

<完>
2007/04/04のBlog
今日は寒いですね。それに、夕方の雷雨!
明日、春が来たら ♪ とか歌ってる場合じゃなかったですかね。

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腎細胞癌のこと


癌の告知を受けたその日から、自らの病気についての情報を得るため、調べ始めた。

まずインターネット。
国立がんセンターなど、なんとなく権威のありそうな病院のサイトなどを見て、基礎知識を学ぶ。

続いて、闘病記の類。
闘病記のサイトって結構あるのだね。
腎細胞癌のもあって、思わずブックマーク

こういった闘病記のようなサイトをつくっている皆さんは、実によく勉強しておられる。
ノー天気で全く無知だった自分がちょっと恥ずかしくなった。

特に、「八色の腎ガン記録簿」というサイトは非常に勉強になった。
ああ、先生のあの言葉はこういう意味だったんだ、とか、あの検査の目的はこういうことだったのね、とかいった理解が一気に進んだのは、このサイトのおかげという部分が大きい。
遅ればせながら、この場を借りて<八色さん>にお礼を申し上げたい。

そうして、いろんな情報源から参考になりそうなものをひろって頭の中を整理した。

腎細胞癌は、胃がん、肺がん、女性の乳がんなどに比べると、非常にマイナーな存在である。
一説によると、10万人あたりの発生率は7人~10人くらいだとか。
他の癌の統計データを仔細に調べたわけではないが、どう見ても、あまりたくさんあるタイプの癌ではなさそうである。

腎細胞癌の治療は、外科手術による癌細胞の切除が主流。
抗がん剤はほとんど効果が期待できないとされる。
手術による癌細胞の摘出と並行して、インターフェロンなどによる免疫療法も一部で行われているらしい。
そういえば、入院中、隣ベッドのイビキマンがインターフェロンの投与を受けていたような。
退院するまで、正確な病名を聞かなかったので、別の癌かもしれないが。

転移の可能性が高いのは、肝臓、肺、骨。
腹部だけでなく胸部もCTで撮っていたのはこのためだったのだな。

きりうの場合、癌細胞とそれを覆う皮膜部分を外科手術で取り除いた「部分切除」だったが、少し昔の常識では、全摘出が基本だったとのこと。曰く、微細な癌細胞が正常に見える組織に潜んでいる可能性があり、再発の危険を残すと考えられていたからだそうな。
しかし、最近の研究で、部分切除と全摘出に再発における有意な差が認められないということで、部分切除を行うことが増えているそうである。ふーん。
そういえば、ちょうど、きりうが職場復帰した直後に世間で話題になっていた病気腎の移植というのは、全摘出をやって、癌の部分切除をやって、別人に移植したということなのかしらん?などと思ったり。

リスク因子は、喫煙と肥満。きりうの場合、これらにはどっちも無縁のはずなんだが。

発生しやすい家系があるといわれている、とくると、これはもう自分ではどうしようもないし。(^^;
一族郎党、腎細胞癌に罹ったという話は聞かないけど、どうなんだろうか??

癌組織を切除した後の治癒率などは、情報源によって多少ブレがあるものの、pT1レベルでは80%以上と見てよさそう。予断は許さないものの、これは明るいデータである。

早期ステージではまずほとんどの場合、自覚症状が出ることはないそうである。
進行すると、血尿、腹部腫瘤、疼痛、発熱、体重減少、貧血など。
もちろん、進行するほどに、治る確率は低くなる。
早期に見つけてもらって助かった、とここで実感。

人間ドックさまさま
超音波エコーの検査技師さまさま
40歳の定期健康診断を人間ドックに、という会社の健康管理施策さまさま


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1月に実施した3ヵ月後のフォロー検査(CT)でも、異常はみられなかった
もちろん、今もいたって元気である。
食事も運動も何ら制限はない。

ありがたや、我が人生、ではないか。



<つづく。次回、感動の(?)最終回。>
2007/04/03のBlog
昨日、iTunesの更新をして、Storeを覗いてみたら、トップソングの上位の方で目に留まった。
試聴。なかなか良い。購入。200円。

女優・タレント・梨園の娘の松たか子その人は特に好きってほどでもない(もちろんキライではない)けれど、彼女のデビュー曲の「明日、春が来たら」は、かなり好き。
さわやかな春の訪れと、淡い恋心。うーん、青春って感じ。

この作品は、10年前のデビュー曲の音源に新たな音を加えて、10年前の松たか子と現在の松たか子の2人がボーカルを掛け合っているんだそうな。デビュー10年、アニバーサリーな仕掛け。

そうか、彼女のデビューからもう10年経つんだね。早いものです。。。
昨日の体調不良は、どうやら週明け特有の仕事への拒絶反応(?)だったようだ。(笑)
本日は元気に働いてまいりました、ハイ。

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告知

2006年11月6日(月)。例によって、朝9時の診察予約である。
病理検査の結果により、ついに、「」の正体が明らかになるのだ。。。
すぐに順番が来て入室。W先生、入院中は大変お世話になり、ありがとうございました。で、結果は?

 W先生 「調べた結果ですが…やはりね、悪いモンでした。腎細胞癌です。」

 きりう 「え」 ∠( ゚д゚)/

今、何とおっしゃいました? やけにあっさり聞こえましたが。
あ、ですか。へー、あの「」ですか。日本人の死亡原因第一位の。はあ、なるほどなるほど・・・って、
エーーーーーーッ! (°◇°;)

 W先生 「でも、悪いトコは全部手術で取りきれていると思うので、まずは大丈夫だと思います。」
 W先生 「癌自体もね、本当に早期です。ココに“pT1a”って書いてあるでしょ。早期という意味です。」
 W先生 「質の方は"G2"中くらいの悪さですね。でも、全部取りきれていると思うから大丈夫なはず。うんうん。」
 W先生 「ただ、癌は、取っただけでは完治じゃない5年間再発しなくて初めて治ったということになります。」
 W先生 「ですから、今後も定期的な検査でフォローしていくことになります。まずは3ヶ月後ですね。」

こうして、きりうは癌患者となったのである。

***********

最初この病院に来たときの問診票(?)に、「癌が見つかったら告知を希望するか?」というような質問項目があった。
まさかそんなことはあるまいと思って(「悪いもんじゃあなさそうだねえ」 by人間ドックの先生)、イエスにマルをつけたのだが、本当に告知されちまったぜ。あわわ。
まあ昔と違って、昨今は本人に告知すること自体、珍しくもなんともないらしいけどね。

正直、この告知がなされるまで、「実は、良性でした。脂肪のカタマリでした。」ってな答えをずっと期待していた。
だからであろうか、癌に関する情報に触れるのは、退院後もずっと避けていたのである。

だが、その期待は裏切られた。現実を直視する必要がある。
W先生は、「手術で取りきれていると思う」とおっしゃっていた。
決して良い事態ではないかもしれないが、最悪ではないだろう

とにかく、癌、特に腎細胞癌について知っていることが少なすぎた。

もっと、相手のことを知らねばならない。
いろいろと調べ始めたのは、この日からである。

<つづく>
2007/04/02のBlog
朝からまたビミョーに調子が悪い。
昨日、体調復活とか言って調子に乗ってテニススクールの体験レッスンまで行ったがいけなかったのか、はたまた、また仕事かと身体が拒否反応を示しているだけか。

前途多難の新年度。

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退院

2006年10月23日(月)。退院である。
まだ、脇腹が痛くて長時間の歩行はしんどいが、それ以外はあまり問題ない。
日常生活に戻っても大丈夫ということなのだろう。

退院後も数日は自宅で療養させてもらえるような休暇計画になっている。
上司、同僚、部下には迷惑をかけているに違いないが、ありがたいことである。

当日は、相方がお義母さんと一緒に、車で迎えにきてくれた。
小雨模様でもあったので、助かった。

同室の皆さんにご挨拶。
看護士Iさんにも。お世話になりました。

退院手続の窓口は、結構混んでいた。しばし順番待ち
立って待っているのはキツいなあ、と思ったが、順番待ち用のイスが割とたくさんあり、何とか座れた。ホッ。

番号を呼ばれて、精算とお支払い。11日間の入院費用は、219,090円
想像よりちょっとだけ安かったが、それでも大金である。
ちゃんと保険で取り返さねば、などと考える。手術では貧乏根性は取り除かれなかった模様。

領収書と次回の予約票が渡された。
次の来院は11月6日(月)朝9時
手術で採取した細胞の病理検査の結果は、このときに教えてもらえるはずだ。
そのときこそ、「」の本当の正体が明らかになるのだ。
不安と期待の入り混じった複雑な気持ち。

そういえば、何日か前に見舞いに来たきりうの父親は、
「悪いモンには見えなかったがなあ」
…と、まことに無意味なコメントをしていったっけ。(笑)

帰宅途上、もうお昼だから食事をしていこうということになり、デニーズに入る。
ファミリーレストランに入るのが、なぜだか、とても懐かしく嬉しかった。
病院食では絶対出そうもなかったモノを食してやろうと、気合を入れてドリアをオーダ。
ひと休みして無事帰還。どうもありがとう。

自宅療養での主な過ごし方は、パソコンとCDと読書と散歩。

入院前は、まずテニスを入れるかどうかが空き時間の使い方の優先的な考え方だったから、それ以外のことに目を向けるという発想があまりなかった。
ところが、手術後は脇腹が痛くて身体を捻るのもひと苦労の状態である。テニスどころの騒ぎではない。
自然と、静かに時を過ごすことが多くなる。おかげで、いろいろと余計な(?)ことを考えることができた。
例えば、DVDレコーダとiPod nanoとデジカメを買おうと決意したのは、この期間の情報収集活動の結果である(実際に買ったのは、それぞれ11月、1月、3月)。
退院後、我が家のIT革命は急速に進展したのである。遅いってか。

翌週から、仕事に復帰
デスクワーク中心の職場なので、会社にいる時間は、何らの問題もない。
職場を約2週間も空けたので、さすがに多少の浦島太郎気分を味わったが、それは割とすぐに追いついた。
が、復帰直後の一番の問題は、満員の通勤電車であった。
こっちは病み上がりなんですよ、そんな遠慮なく脇腹を押さないで!痛いってば!
…って、相手はンなこと知らんわな。(笑)
皆さん、混んでいるからってかまわず腕や足、身体を他人に押しつけるのはやめましょうね、とココで消極的にPRしておこう。

<つづく>
2007/04/01のBlog
[ 21:29 ] [ テニス ]
体調が良くなったのに気を良くしていたら、相方がテニススクールの体験レッスンに一緒に行かないかと誘う。
テニスなしで週末を終えるのが何となくもったいないと思い始めた昼下がり、渡りに船の提案である。
体験先は、息子が通っているスクールだ。

定員に空きがあることを確認し、夫婦そろって90分間の体験レッスン。
その間、息子にはDSでもやらせておこう。ひどい親だこと。(^^;

受講したのは中級クラス。コーチはなかなかの男前である。

本日のテーマはサービス
しかも、「確実に入れるサーブ」のもう一歩上の「攻めるスピンサーブ」というから、要求レベルはなかなか高い。本当に中級クラスか!?

ストロークやネットプレーなどの基本練習をひと通りこなした後、テーマ練習に入る。
男前コーチ曰く、「入れるだけのスピンサーブでセカンドを打っていたのでは、叩かれてしまいます。」
サービスボックスでワンバウンド後、後ろのネットに届くくらいのサーブを打て、という。

パワープレーが持ち味のきりうでも、かなりシッカリ打たないと届かない。
中級とは思えないなかなか上手な生徒さんたちだが、多くの人が苦戦している。

そんな中、男前コーチからきりうへのアドバイス。
「完全にバックハンドのグリップで打っていますね。それだと、曲げたりキックさせたりするのには良いでしょうが、ギュンと押し込むスピンは打てないでしょう?もう少し厚く握って打ってみてください。フォロースルーも巻き込むのではなく、外側に逃がす感じをキープして。インパクトも少し前ですね。」

頭では理解できるが、長年慣れ親しんだグリップをそう簡単に変えられるものではない。
カキーン、ガン、ドゴ! ←フレームに当たる音 (^^;;;

だが、何球かやってみると、このグリップならば確かに後ろから前にパワーが伝わりやすいようだ、ということに気づく。回転量が極端に減っているという感じもない。
今度の練習からちょっと混ぜてみるか、という気分になる。

テーマ練習の後は、5ポイント先取のタイブレークゲームを一巡して終了。
なかなか面白かった。

終了後、男前コーチに尋ねたところ、入会するなら上級クラスでよいでしょう、とのお言葉。
周りが結構上手いので、「中級でがんばりましょう」と言われかねないなあと思っていたところ、正直、ホッと一息。
相方にも「よかったね♪」なんて言われた勢いで、そのまま入会してしまった。(笑)

今度の土曜の朝からは、息子の送迎 兼 自分のレッスン。
そう、息子の通うジュニアクラスの横で、一般の上級クラスが受講できるのである。
ここに、「土曜日ぐらいはゆっくり寝たい」と言っていた相方の戦略がピタリとはまった。

お見事というほかない。(笑)
[ 11:32 ] [ 身辺雑記 ]
昨日一日、じっくり静養できたおかげで(?)、今日は割と普通に行動できるようになった。

午前中から息子と一緒に近所を散歩。桜がきれい。
ケータイのカメラでは写りがいまいちだが、小さな幸せを記録するには十分。

これでカフンさえいなければ。(^^メ