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イスマタリアン
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2007/05/10のBlog
天木直人氏は5月9日のブログで、「自立できない自衛隊の戦闘能力」という記事を書いている。その中で、「自衛隊はその成立から今日に至るまで、常に米国の軍事戦略の一角を担う形で作られてきた。だから部分的には極めて強力な軍事力を持っているが、国家として敵国を攻める能力や独力で国家を守る能力は持たない、持てない。そもそも米国が、日本の再軍備に当たって日本の自衛隊の自立を望まなかったからだ」という、軍事アナリスト小川和久氏の見解を紹介したあと、「ほとんどの日本国民はこの現実を知らないに違いない。私も小川さんの著書を読むまでは知らなかった」と述べている。

悲しいことに、多くの日本国民についてはその通りだろうが、元外務官僚の天木氏までそういう認識だったことに驚いた。こんなことは私にとっては常識だったし、むしろすべての国民にとって常識であるべきことがらなのだ。「自衛隊は米国の軍事戦略の一角を担う形で位置づけられており、そもそも自立できない軍事力なのです」という小川氏の指摘は、軍事専門家にとってはもちろん、軍事専門家でなくとも、多少なりとも安保や自衛隊の問題に関心を持つ者にとっては常識だろう。

自衛隊はその成立から現在に至るすべての過程において、日本を守るための軍隊ではなく、米軍の戦争に協力するための軍隊にすぎないのである。これは紛れもない事実である。

では、果たして在日米軍は、(天下の朝日新聞論説委員室が憲法記念日の「日本の新戦略」と題した大社説で書いていたように)「いざという時に日本を守って」くれる存在なのだろうか。

面白い話がある。2002年4月27日の朝日新聞に掲載された話だ。有事法制をめぐって日米当局間で次のような会話があったという。

 米国側:「陣地構築」とあるが、何のためか?
 日本側:敵の着上陸侵攻に備えるものだ。
 米国側:どこが日本を侵略するのか?
 日本側:昔はソ連でしたね。
 米国側:・・・・
 (愛敬浩二『改憲問題』ちくま新書より引用)

この馬鹿げたやり取りで明らかなように、アメリカは日本が他国から侵略される可能性などはじめから想定していないのである。アメリカが想定している日本有事の場合とは、「アメリカが台湾その他の問題をめぐって中国と紛争にな」り、台湾を支援する米軍が日本の基地から出撃して中国の海空軍基地を攻撃したのに対し、中国がそれに対する反撃として在日米軍基地を攻撃するような場合である。これは、浅井基文氏が『集団的自衛権と日本国憲法』(集英社新書)の中で引用しているランド研究所(米空軍の要請によって設立されたシンクタンク)の報告書の中に実際でてくる想定である。浅井氏も強調しているように、日米安保があるために、アメリカの始めた戦争に日本が巻き込まれる事態は当然想定されるが、日本が理由もなく他国から侵略されるようなシナリオをアメリカは一切持っていないのである。「日本が戦場になり、対日攻撃対処を考える必要があるのは、アメリカが戦争をおこし、相手が必死の反撃を試みる結果としてしかありえないのです。繰り返しますが、それは、自衛権の行使とはまったく無縁なのです」(同書66頁)。

ランド研究所の報告書にはまた、アメリカが(アジアにおいて)警戒すべき国として、北朝鮮、中国のほか、インド、インドネシア、ロシア、韓国と並んで日本の名も挙げられている。アメリカだけを永遠不滅の巨人軍、じゃなくて同盟国と考えている日本の保守政治家と違い、権力政治を追求するアメリカの目には、不変の同盟国など存在しないのである。浅井氏が指摘しているように、「アメリカは、自分が戦争をすると決めたときには、日本に有無をいわせず協力させることを考え」るが、「アメリカがその気持ちがないのに、日本が一人歩きして、その結果戦争にまきこまれることを受け入れるつもりはない」のである(引用は前掲書228頁より)。

このような事実を知るだけでも、「日本の安全は自衛隊と米軍によって守られている」という信仰が、いかに喜劇的な妄想であるかがわかるだろう。このような現実認識を持たずに改憲問題や安全保障政策について議論をしても夢物語、否、悪夢物語に陥るだけである。

2007/05/07のBlog
美しいものが

荒廃した姿である

――オーギュスト・ロダン
・・・・・・・・・・・・

ほんまか?

2007/05/06のBlog
先日、「小田実氏が胃がんを公表」という記事を書いたあとで、小田氏のHPを初めて訪問した。その中に「Web連載<新・西雷東騒>」というコラムのページがあり、その2月7日付のコラムは「安倍首相は辞任せよ」というものだった。その中から一部を抜粋する。

========<引用開始>============
 私は安倍首相は即刻辞任すべきだと考えている。市民は辞任を要求すべきだと考えている。・・・(中略)・・・
 理由は簡単明瞭である。憲法第九十九条が憲法の「最高法規」として、国務大臣、国会議員は、天皇、摂政、裁判官、公務員とともに「憲法を尊重し擁護する義務を負」っているとしているからだ。まして、首相は憲法をその根幹とする日本の民主主義政治のカナメの位置に立つ政治家ではないか。本来、憲法尊重、擁護の先頭に立つべき人物が、その重要な位置を使って、逆にこの憲法はろくでもない憲法だ、変えろと主張して「改憲」めざして動くことは許していいことではない。彼の言動は明白に憲法に違反している。くり返して言う。安倍首相は、即刻、辞任せよ。「改憲」の主張と行動は私人として、市民として行なえ。
========<引用終わり>============

私も全く同感であり、私も一人の市民として安倍首相の辞任を要求する。

安倍首相の辞任、ひいては安倍内閣の総辞職を要求する理由は、安倍首相ひとりの主張と行動のみならず、安倍内閣全体が強度の反憲法的集団としての性格を帯びるに至っていることである。安倍内閣を構成する18人の大臣のうち、改憲を目指す憲法調査推進議員連盟に所属する者が12名、改憲を目指す日本最大の右翼翼賛組織である日本会議と連携する日本会議国会議員懇談会に所属する者も12名、日本を天皇中心の「神の国」に変えようとする神道政治連盟国会議員懇談会に所属する者も同じく12名、そして春・秋例大祭や敗戦記念日に靖国参拝を繰り返す「みんなで靖国神社に参拝する会」に属する者も同じく12名に上るという異常さである。これらすべての組織に所属する大臣は、安倍首相をはじめとして過半数の10名にも上っているのである!(参考サイト)。

つまり、安倍内閣は、首相をはじめとして大半の閣僚が、憲法を改悪して平和主義を投げ捨て、大東亜戦争史観を復活させ、人権を制限し、日本を天皇中心の「神の国」にしようという反憲法集団であるからだ。最も重い憲法尊重義務を負っている内閣が、最も憲法を敵視する者たちで構成されているというような異常事態を放置しておくことは許されない。

したがって、ここに私は安倍内閣の総辞職を要求する!
賛同するブロガーは是非自らのブログで声を上げて欲しい。

参考サイト:【資料】安倍晋三内閣の超タカ派の大臣たち
なお、「21世紀のリーダー」不破利晴さんは「【検証】国民投票法に始まる改憲問題」という素晴らしい連載記事を書かれているが、そのPart 4 で、日本会議についても取り上げている。こちらも是非参照して欲しい。

* 憲法第99条・・・天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

2007/05/05のBlog
つい先ほど、ネットで見つけたニュースを貼り付ける

<小田実さん>胃がんで入院へ 自らの病名や手紙を公表
5月5日3時4分配信 毎日新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070505-00000011-mai-soci

 「ベ平連」(ベトナムに平和を!市民連合)元代表で、反戦運動や震災被災者への公的支援運動などに関して発言を続けている作家の小田実(まこと)さん(74)=兵庫県西宮市=が体調を崩し、近く入院することが分かった。病名は胃がんで、症状は重いという。
 小田さんは今月に入り、自ら発起人となった「市民の意見30の会」や旧ベ平連関連のホームページ上で自らの病名や手紙を公表。手紙には「帰国後、病院で受けた検査で、体調不良は末期――またはそれに近いガンによるものであることが判明しました」などと記している。家族によると、抗がん剤などの化学療法を受け、その後は執筆活動に専念する意向という。

====================

 誰しも死は免れないが、学生時代、小田氏の著作から多大な影響を受けた人間として、小田氏が亡くなるようなことがあれば、非常に悲しい。特に、このファシズム化が急進展する今の日本から小田氏が亡くなることは計り知れない損失である。

 本多勝一氏も小田氏とほぼ同世代、加藤周一氏は87歳。この人たちが亡くなったあとの日本には一体誰がいるのだろうか? 


<追記>
旧「べ平連」運動の情報ページ>というサイトの中に、小田実氏が4月21日付で知人に送った手紙の全文が公開されている。小田氏自身が「公表しても差し支えない」と了承されている手紙なので、リンクを貼っておきます。興味のある方はご一読下さい。
「小田実氏が知人に送った手紙」




[ 16:09 ] [ 変な木研究会 ]
タイミンチク
タイミンチク
エノキ
小石川植物園1
小石川植物園2
2007/05/04のBlog
朝日新聞が、それでも他の新聞よりは多少なりともマシなことはわかっている(だから購読している)。しかし、昨日の憲法特集(「日本の新戦略:社説21」)を見て、改めて腹が立ったことも、昨日、ブログで憲法についての記事を書く気をなくした理由のひとつだ(というより理由のすべてだ)。このところ、朝日新聞を批判することが多いが(まるで右翼みたいだ・笑)、別に好き好んで批判しているわけではない。できれば称賛ばかりするような記事を載せてもらいたいと思っている(現に優れた記事を私は称賛している)。だから、昨日の憲法特集を見て憮然とした後でも、すぐさま批判記事を書かなかったのである。

しかし、やはり書くことにする。
昨日の1面トップには朝日のノーテンキおじさん、若宮啓文論説主幹の論説(「地球貢献国家をめざそう」)が載っている。この人がノーテンキおじさんであることは前々からわかっていたが、今回の論説でもノーテンキぶりがいかんなく発揮されている。それが最もよく表れた一文を抜き出そう。

 「憲法については、実は朝日新聞も大きな課題を突きつけられていた」

何ですか、この「実は朝日新聞も」って!? この日本に、憲法問題と無縁の人などいるとでも思っているのですか? 憲法がこれほどあからさまに蹂躙され放擲されようとしている今、「大きな課題を突きつけられて」いない日本国民がいるとでも思っているのですか? ましてや「天下の朝日新聞」においてをや!?

もっとも、この人の書くことに今さら腹を立てても仕方がない。
それでは、朝日新聞論説委員室が、「新聞がもつ言論の役割を深く自覚」(若宮論説より引用)してまとめた8頁にも及ぶ計21本の「社説21」はどうだろうか? 残念ながら、これらについても、(私にとっては)読む価値はない、と断言できる。それは、日本国憲法をこれほどまでに歪曲し、今や葬り去ろうとしている根源である日米安保条約についての記述を見るだけで明らかだ。日米安保について論じた第14社説には次のように書いてある。

「同盟の効用は言うまでもない。いざという時に日本を一緒に守ってもらう。冷戦は終わったが、脅威がなくなったわけではない。攻撃に備えて、単独で軍備を整えるには法外な費用がかかる。そこを埋めてくれるのが米国だ。米軍がいるがゆえに、日本は過大な軍拡に走らない。周辺国にはそんな安心材料になっている面もある」

もはやあきれて言葉もない。まるで、そこらの何も勉強していないあんちゃんの言葉と何の変わりもない。日本が戦後、ひたすら軍拡の一途を辿ってきたのが、もっぱら米国の要求に答えるものだったというような基礎的知識さえないのだろうか? 

朝日新聞(に限らないと思うが)が、記者としての適性のない人間ほど社内で出世していく構造がある、ということは昔から聞いてはいたが、これほどひどいとは!思ってもいなかったような、いたような…(笑)

<追記>
これだけでは、私がここまで朝日新聞に腹を立てている理由が理解してもらえないだろう。私が朝日に腹を立てているのは、朝日新聞が自ら巨大な影響力があることをわかっていながら、その影響力を、決して権力批判のためには使わず、むしろ権力に迎合していながら、このように、あたかも「良心的なジャーナリズム」であるかのようなポーズをとることだけには熱心であることだ。

今現在、憲法問題で最も深刻な問題は何か? 言うまでもなく、憲法改悪のための国民投票法案である。朝日新聞が(お得意の)政局予報をしているように、この法案が衆議院を通過し、与党が多数を占める参議院でも今国会中に通過・成立することはほぼ確実だろう。この世紀の悪法について、朝日新聞はその問題点を報道したのか!? 私が知る限り、朝日新聞がこの法案の問題点(の一端)について報道し始めたのは、それが衆議院を通過し、今国会での成立がほとんど確実になった後なのだ!! 

ジャーナリズムの力を過大に評価することはできないが、仮に、国民投票法案が衆院を通過するずっと前から、天下の大朝日新聞が昨日の憲法記念日に掲載した21本の社説と同じ分量を使って、国民投票法案の問題点を指摘し続けていたならば、少しは状況が違っていた可能性もないとは言えないだろう。しかし、法案成立が確実になったあとで、批判的報道を小出しに出てきた理由は一体何か? それはもはや、朝日の中にも存在している良心的な記者のガス抜きのため、としか考えられないではないか。「今なら、いくら批判的な記事を出しても、もはや法案成立に影響ない」というわけだ。これなら、朝日は国民向けには「リベラル」を装いつつ政界に対してもいい顔ができて、一石二鳥というわけだ。あまりにも見え見えで気分が悪くなってきた。

2007/05/03のBlog
[ 22:38 ] [ 言葉 ]

人は、生まれてくるときは丸裸で、人の手に受けとめられてこの世へやってくる。人は、だれかに支えられて育つ。人は、助け合って生きる。人は、死に向かって生きている。だから、今できることを。ありのまま、その日まで生き抜くことが、冒険。

 ――生井久美子(朝日新聞5月2日付夕刊「ニッポン人脈記 ありのまま 生きて⑫」


朝日新聞は4月16日から5月2日まで、夕刊の「ニッポン人脈記」というコラムで12回にわたって「ありのまま 生きて」という連載記事を掲載した。担当は生井久美子記者。この連載では、何らかの障害や病気を抱えながらも前向きに生きる人々の日常生活が描かれていた。いい連載だった。誰でもいつ重い病気にかかり、障害者になるかわからない。それなのに、自分が障害者の生活にいかに無知であるかということを改めて思い知らされた。

「憲法問題を考えるBlog」と題している以上、憲法記念日、それも憲法がかつてないほど危機的な状況のなかで還暦を迎えた今日、何か言うべきだろうか? 

しかし、そういう義務感でブログを書くのは嫌なので、今日はあえて何も書かない。

単に面倒くさいだけ、とも言う。

書きたいネタはたくさんあるが、今日は書かないことにする。


<追記>
何人かの知人のブログで非常に興味深い議論が展開されている。
とくに興味深いのは、「21世紀のリーダー 死活の書」の不破利晴さんと「イギリスの中の三線の響き」のサンシン君のブログである。(不破さんのブログには、後日、別の件で言及するつもりである)

とくにサンシン君は、現時点での改憲には反対だが、将来的な改憲には賛成ということなので(その立場はわかる気もする)、できれば(サンシン君が承諾してくれれば)、いつか彼と改憲問題について議論してみたい気もする。

(私自身の立場は、最も「非現実的」と罵られるような「9条原理主義」の立場で、安保条約を廃棄し、自衛隊も解散して非武装平和主義を貫くべきだという立場である。このような私自身の考えについては、「非武装主義の9条論」(とくにその第3章)で展開するつもりではいるのだが、未だに第1章を書き上げただけで、それ以降をなかなか書けないでいる。書けない理由はいろいろあるが、そのひとつにモチベーションの問題がある。だから、もしもサンシン君とこの問題をめぐっていつか議論することができれば、非武装平和主義とそれ以外の安全保障政策の優劣をめぐって実りのある議論ができるかもしれない、というような淡い期待も抱いているのである)


私が近年読んだ、もしくは再読した一般向けの本のなかで、民主主義、平和と戦争、メディア、ジャーナリズム、歴史、人権、倫理といったテーマについて、面白かったもの、考えさせられたもの、参考になったものを紹介致します。たとえ良書であっても、私が難解に感じたもの、専門性が高いものは取り上げていません。基本的に何らかの意味で良書(読む価値のある本)と私が判断した本のみを取り上げていますが、なかでもお勧め本には☆をつけています(最高評価は☆2つです)。

基本的にここで紹介するのは、広い意味で“評論”と呼ばれる分野の本だけであり、文学、エッセイ、ルポルタージュ等はどんなに素晴らしいものでも取り上げていません。

当然忘れている良書も多数あると思いますので、思い出したとき、あるいは新たに良書を読んだときには随時追加していきます(比較的最近読んだものは上に、かなり以前に読んだものは下に追加しています)。


カント(中山元訳)『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編』光文社古典新訳文庫☆☆
橋本努『自由に生きるとはどういうことか』ちくま新書、2007☆
仲正昌樹『「不自由」論』ちくま新書、2003☆
最上敏樹『国際立憲主義の時代』岩波書店、2007☆☆
徐京植『ディアスポラ紀行』岩波新書、2005☆
アルンダティ・ロイ『帝国を壊すために』岩波新書、2003☆(但し翻訳はひどい)
大屋雄裕『自由とは何か』ちくま新書、2007
岩田正美『現代の貧困』ちくま新書、2007
ジュディス・バトラー『生のあやうさ――哀悼と暴力の政治学』以文社、2007☆☆
神野直彦・井手英策編『希望の構想――分権・社会保障・財政改革のトータルプラン』岩波書店、2006☆☆
神野直彦・宮本太郎編『脱「格差社会」への戦略』岩波書店、2006☆☆
神野直彦『人間回復の経済学』岩波新書、2002
宮内勝典『惑星の思考』岩波書店、2007☆
最上敏樹『国連とアメリカ』岩波新書、2005☆☆☆
板垣雄三編『「対テロ戦争」とイスラム世界』岩波新書、2002☆☆
ノーム・チョムスキー『覇権か、生存か』集英社新書、2004
ノーム・チョムスキー『お節介なアメリカ』ちくま新書、2007☆
朝日新聞取材班『戦争責任と追悼――歴史と向き合う1』朝日新聞社、2006
木下和寛『メディアは戦争にどうかかわってきたか』朝日新聞社、2005
W.キムリッカ『(新版)現代政治理論』日本経済評論社、2005☆☆
中岡成文『ハーバーマス――コミュニケーション行為』講談社、2003☆
篠原一『市民の政治学』岩波新書、2004☆☆
加藤秀治郎『日本の選挙』中公新書、2003☆
渡辺清『砕かれた神――ある復員兵の手記』岩波現代文庫、2004☆☆
鈴木道彦『越境のとき』集英社新書、2007☆☆
辺見庸『永遠の不服従のために』講談社文庫、2005
辺見庸『いま、抗暴のときに』講談社文庫、2005
辺見庸『抵抗論』講談社文庫、2005
辺見庸『いまここに在ることの恥』毎日新聞社、2006
辺見庸『単独発言』角川書店、2001
上野千鶴子『ナショナリズムとジェンダー』青土社、1998
吉見義明『従軍慰安婦』岩波新書、1995
ノーム・チョムスキー『メディア・コントロール』集英社新書、2003
ノーム・チョムスキー『アメリカの「人道的」軍事主義』現代企画室、2002
浅井基文『新しい世界秩序と国連』岩波書店
鎌田慧『反骨のジャーナリスト』岩波新書、2002
寺島俊穂『市民的不服従』風行社、2004☆☆
加藤周一『私にとっての20世紀』岩波書店、2000☆
橘木俊詔『格差社会』岩波新書、2006
中野麻美『労働ダンピング』岩波新書、2006
鈴木透『性と暴力のアメリカ』中公新書、2006
広瀬隆『アメリカの保守本流』集英社新書、2003
藤原帰一『戦争を記憶する』講談社現代新書、2001☆☆
藤原帰一『デモクラシーの帝国』岩波新書、2002
藤原帰一『平和のリアリズム』岩波書店、2004
藤原帰一編『テロ後 世界はどう変わったか』岩波新書、2002
城繁幸『若者はなぜ3年で辞めるのか?』光文社新書、2006
永井荷風『断腸亭日乗(上・下)』岩波文庫
丸山眞男『(増補版)現代政治の思想と行動』未来社
小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉』新曜社、2002☆☆
小熊英二・上野陽子『〈癒し〉のナショナリズム』慶応大学出版会、2003
仲正昌樹『日本とドイツ 二つの戦後思想』光文社新書、2005☆
田村秀『データの罠――世論はこうしてつくられる』集英社新書、2006
小田実『「難死」の思想』岩波書店、1991☆
小田実『戦争か、平和か』大月書店、2002
加藤尚武『戦争倫理学』ちくま新書、2003
高橋哲哉『靖国問題』ちくま新書、2005☆☆
高橋哲哉『教育と国家』講談社現代新書、2004☆
吉本隆明・近藤誠・宮崎哲弥・中野翠ほか『私は臓器を提供しない』洋泉社、2001☆
杉田敦『デモクラシーの論じ方』ちくま新書☆
ダグラス・ラミス監修『不思議の国のブッシュ』光文社、2003☆
ダグラス・ラミス『ラディカル・デモクラシー』岩波書店
保阪正康『安楽死と尊厳死』講談社現代新書、1993
福本博文『リビング・ウィルと尊厳死』集英社新書、2002
アイザイア・バーリン『自由論』みすず書房☆☆
アイザイア・バーリン『思想と思想家』岩波書店
アイザイア・バーリン『理想の追求』岩波書店
アイザイア・バーリン『ハリネズミと狐』岩波文庫
デヴィッド・ヘルド『デモクラシーと世界秩序』NTT出版
東野真『昭和天皇二つの「独白録」』NHK出版☆
高木徹『戦争広告代理店』講談社☆
J.S.ミル『自由論』岩波文庫☆☆
V.E.フランクル『夜と霧』みすず書房☆☆
アリス・ミラー『魂の殺人』新曜社
スコット・タイラー『アメリカの正義の裏側』平凡社
ウィリアム・ブルム『アメリカの国家犯罪全書』作品社、☆
J.B.エルシュテイン『裁かれる民主主義』岩波書店
香山リカ『ぷちナショナリズム症候群』中公新書ラクレ、2002
香山リカ『〈私〉の愛国心』ちくま新書、2004
E.W.サイード『戦争とプロパガンダ』みすず書房
加藤周一・凡人会『テロリズムと日常性』青木書店
ダグラス・ラミス『憲法と戦争』晶文社
スーザン・ソンタグ『他者の苦痛へのまなざし』みすず書房
副島隆彦『現代アメリカ政治思想の大研究』筑摩書房☆
本多勝一『日本人であることの重荷(貧困なる精神G集)』朝日新聞社☆
シャンタル・ムフ『政治的なるものの再興』日本経済評論社
ハーバーマス『他者の受容』法政大学出版局☆
ハーバーマス『遅ればせの革命』岩波書店
ハーバーマス『近代 未完のプロジェクト』岩波現代文庫
ハーバーマス、ノルテ他『過ぎ去ろうとしない過去』人文書院
テリー・イーグルトン『ポストモダニズムの幻想』大月書店
スーザン・ジョージ『オルター・グローバリゼーション宣言』作品社
クリステヴァ『外国人』法政大学出版局
ミュリエル・ジョリヴェ『移民と現代フランス』集英社新書、2003
梶田孝道『統合と分裂のヨーロッパ』岩波新書☆
梶田孝道『新しい民族問題』中公新書
宮島喬『ヨーロッパ市民の誕生』岩波新書
金時鐘『「在日」のはざまで』平凡社、2001
尹健次『「在日」を考える』平凡社、2001☆
野村進『コリアン世界の旅』講談社、1996
田中宏『在日外国人』岩波新書
福岡安則『在日韓国・朝鮮人』中公新書
原尻英樹『「在日」としてのコリアン』講談社現代新書
朴一『〈在日〉という生き方』講談社選書メチエ
大沼保昭・徐龍達編『在日韓国・朝鮮人と人権(新版)』有斐閣☆
大沼保昭『在日韓国・朝鮮人の国籍と人権』東信堂☆
小松美彦『死は共鳴する――脳死・臓器移植の深みへ』勁草書房
加藤尚武『応用倫理学のすすめ』丸善ライブラリー
加藤尚武『環境倫理学のすすめ』丸善ライブラリー
小浜逸郎『なぜ人を殺してはいけないのか』洋泉社☆
小浜逸郎『人はなぜ働かなくてはならないのか』洋泉社☆
藤原彰『昭和天皇の15年戦争』青木書店☆
吉田裕『昭和天皇の終戦史』岩波新書☆
最上敏樹『人道的介入』岩波新書☆
団籐重光『死刑廃止論』有斐閣☆
辻本義男『死刑論』中央学院大学アクティブセンター
マーサ・ヌスバウム他『国を愛するということ』人文書院☆☆
高橋和巳『孤立無援の思想』岩波書店
吉永みち子『性同一性障害』集英社新書
ルナン、フィヒテ、バリバール他『国民とはなにか』インスクリプト
アーネスト・ゲルナー『民族とナショナリズム』岩波書店
夏目漱石『私の個人主義』講談社学術文庫
松井芳郎『国際法から世界を見る』東信堂、2004☆
広瀬善男『主権国家と新世界秩序』信山社、1997☆
広瀬善男『戦後日本の再構築』信山社、2007
田中克彦『ことばと国家』岩波新書
田中克彦『差別語から入る言語学入門』明石書店
渡辺洋三『現代日本社会と民主主義』岩波新書
日高六郎『戦後思想を考える』岩波新書
加藤周一『羊の歌』『続・羊の歌』岩波新書
小田実『世直しの倫理と論理(上・下)』岩波新書


◆更新履歴
2007/08/17
2007/08/18
2007/08/19
2007/08/28
2007/08/30
2007/09/26
2007/10/19
2007/10/29
2007/11/03
2007/12/05
2007/12/08
2007/12/26
2008/02/08

[ 03:30 ] [ 本たち ]

以下に挙げる憲法(特に9条)関係の文献リストは、私が最近読んだ(再読した)、もしくは読むつもりの本です。雑誌を除き、編著者名の五十音順に挙げています。
 末尾の☆2個は私の独断と偏見により、「極めて素晴らしい」本、☆1個は「素晴らしい」本です。


愛敬浩二『改憲問題』ちくま新書、2006☆
芦部信喜『憲法判例を読む』岩波書店、1987
浅井基文『集団的自衛権と日本国憲法』集英社新書、2002☆☆
井上達夫編『岩波講座 憲法1 立憲主義の哲学的地平』岩波書店、2007
今井一『「憲法九条」国民投票』集英社新書、2003
浦部法穂『憲法学教室Ⅰ,Ⅱ』日本評論社、1991☆
奥平康弘『憲法Ⅲ』有斐閣☆
憲法再生フォーラム編『有事法制批判』岩波新書、2003☆☆
憲法再生フォーラム編『改憲は必要か』岩波新書、2004☆
古関彰一『新憲法の誕生』中央公論社、1989
小林直樹『憲法第九条』岩波新書、1982☆☆
斎藤貴男『ルポ改憲潮流』岩波新書、2006☆☆
阪口正二郎編『岩波講座 憲法5 グローバル化と憲法』岩波書店、2007
佐藤幸治『憲法(新版)』青林書院、1994☆☆
渋谷秀樹『憲法への招待』岩波新書、2001
杉原泰雄『平和憲法』岩波新書、1987☆
杉原泰雄『憲法Ⅰ,Ⅱ』有斐閣☆
杉原泰雄編『市民のための憲法読本』岩波書店、1982
田中伸尚『憲法九条の戦後史』岩波新書、2005☆
長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』ちくま新書、2004
長谷部恭男・杉田敦『これが憲法だ!』朝日新書、2006
樋口陽一『個人と国家』集英社新書、2000☆
樋口陽一『憲法と国家』岩波新書、1999☆
樋口陽一『自由と国家』岩波新書、1989☆
樋口陽一『憲法』創文社、1999年☆☆
樋口陽一『近代国民国家の憲法構造』東京大学出版会、1994☆
樋口陽一・佐藤幸治・中村睦男・浦部法穂『注釈日本国憲法(上・下)』青林書院、1984, 1988☆☆☆
前田哲男『自衛隊――変容のゆくえ』岩波新書、2007
丸山眞男「憲法第九条をめぐる若干の考察」『後衛の位置から』未来社、1982
水島朝穂『武力なき平和』岩波書店、1997年
宮田光雄『非武装国民抵抗の思想』岩波新書、1971☆
渡辺洋三『憲法と国連憲章』岩波書店、1993
『ジュリスト 特集・憲法9条を考える』1260号(2004. 1.1-15)☆
『法律時報 特集・国際社会と憲法九条の役割』2004年6月号☆

<未読本>
池澤夏樹『憲法なんて知らないよ』集英社文庫、2005
浦田一郎『現代の平和主義と立憲主義』日本評論社、1995
浦部法補「憲法九条と「人間の安全保障」」法律時報76巻7号、2004
大沼保昭「護憲的改憲論」ジュリスト1260号、2004
奥平康弘『憲法の想像力』日本評論社、2003
古関彰一『「平和国家」日本の再検討』岩波書店、2002
小林正弥『非戦の哲学』ちくま新書、2003
深瀬忠一『戦争放棄と平和的生存権』岩波書店、1987
保阪正康(監修)『50年前の憲法大論争』講談社現代新書、2007
山内敏弘『平和憲法の理論』日本評論社、1992
渡辺治『憲法「改正」の争点』旬報社、2002

(2008年5月2日更新)