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イスマタリアン
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2007/12/26のBlog

 「みなさ~ん、自由に生きてますか~?」

 こう問われたら、素直に「は~い」と答えられる人は、今の日本社会にはあまりいないだろう。それは一体なぜなのか? 自由に生きるとは果たしてどういうことなのか? 自由な社会は果たして、また、いかにして可能なのか?

 橋本努氏の新著『自由に生きるとはどういうことか?』(ちくま新書)は、こういうテーマを縦軸に、戦後日本社会の各時代の大衆文化や論壇・文壇や社会・文化現象やサブカルチャーに見られる自由観を横軸に、自由な生き方とそれを可能にする条件を探った意欲作である。

 敗戦直後から21世紀の現在までを6つの章に分けて論じており、どの章もそれぞれに面白かったが、全般的な紹介はしない。私にとってとりわけ面白かったのは60年代後半から90年代前半にかけての自由観の変遷である。60年代末の全共闘時代を特徴づけたのは「あしたのジョー」に描かれた「真っ白な灰に燃え尽きる」という美学であり、「よど号」ハイジャック犯・田宮高麿の「我々はあしたのジョーである」という声明文は新左翼運動の末期的バカバカしさを象徴していたが、私が興味を惹かれたのは、矢吹丈が力石徹との対戦で「真っ白に燃え尽きた」ところでこの物語は終わりにならず、実際の終わりはマイホーム・パパであったホセ・メンドーサとの対戦に負けて終わったということの持つ象徴性である。全共闘運動はとっくに終焉を迎えており、全共闘世代の元学生は「髪を切って」就職をし、マイホーム・パパを目指すようになっていた70年代の人々に、「あしたのジョー」はすでに夢や希望を与えられなくなっており、ジョーは時代に敗れたのだ、と橋本は語る。

 80年代後半から90年代初頭にかけて“10代の教祖”となったのは、ロックアーティストの尾崎豊である。「15の夜」や「卒業」といった歌に込められたメッセージ――「〈学校的なるもの〉からの卒業(=自由)」や「この支配からの卒業」――は、フーコーの説く「生-権力」論や「牧人権力」論に類似したものである、と橋本は言う。ところが、当初はフーコー的な問題関心を抱いていた尾崎はその後、「麻薬幻想」と「消尽としての消費」という体験を経て、徐々にフーコー的な世界観から遠ざかっていったという。その後の尾崎が求めたものは、橋本によれば、妻の繁美に向けられた「胎内回帰としての愛」だったというが、正直言って、この辺りはあまり面白くない。

 90年代の日本の社会現象として橋本が注目するのは、前半がオウム真理教で、後半はエヴァンゲリオンである。興味深いのは(地下鉄サリン事件以後の報道でも報じられたかもしれないが)オウムの幹部の中には、入信前に尾崎豊の影響を受けていた者が多かったことである。そして、なんと、オウム真理教が94年に作ったプロモーション・ビデオ『戦いか破滅か』は、「尾崎豊はアメリカによって殺された。だからアメリカと戦うために、オウム真理教に入信しよう」と呼びかける内容だったという。ビデオの内容自体は荒唐無稽なものだが、このように、「本当の自分」を探してこれを実現するためには、大きな敵=「この支配」=社会と戦わなければならない、という勧誘メッセージは、カルトや新興宗教に限らず、多くの政治運動にも共通するパターンであるという。人生の意味がわからず、「自分探し」をしている若者が、人生の意味を社会変革という目標と結びつけて示されると、一気に生きる意味が明確になったような気がして、それに飛びついてしまう、というパターンである。

 このあたりまでは、私にもよく理解できたし、興味深く読めた。ところが90年代後半に大ヒットした(らしい)『新世紀エヴァンゲリオン』の分析になると、もう駄目だ。ついていけない(苦笑)。このあたりの読解・分析は「~三線の響きをイギリスより~」のサンシン君にお任せしたい(笑)。21世紀になって登場したという「創造階級・ボボズ」というものも、いまいちピンと来なかった。最近の日本で流行った2つのマンガ、「のだめカンタービレ」と「ドラゴン桜」は、橋本によれば、潜在能力の開花をテーマにしているらしい。そして最後は、潜在能力の開花としての「創造の自由」という著者の「自生化主義」「成長論的自由主義」という独自の思想に基づく結論(方向性)が示唆される。こうした著者の示す方向性には共感できる部分もあるが、「潜在能力の開花」を阻んでいる要因の分析やそれを解決するための処方箋は本書の中では提示されていない。それは別の著作で展開されるのかもしれないが、自由観に関する時代診断から未来社会を切り開く自由論を導くというアプローチは果たして適切なものだったのか、若干の疑問は残った。とはいえ、全体として非常に興味深く読めた。


 実は一昨日、「今日の大事件」と題してこの記事を書き始めたのだが、時間がなくて書き終わらず、昨日はタイトルを「昨日の大事件」に修正して続きを書こうと思ったが、やはり時間がなく、とうとう今日になってしまった。「一昨日の大事件」というタイトルも間が抜けているので、「クリスマス・イブの大事件」としたが、クリスマス・イブ自体は(たぶん)あまり関係ない(笑)。以下の文章で「今日」となっているのは一昨日24日のことである。

**** **** **** ***** 

 たまにしか更新しないが、更新した記事にはハズレがなくすべて読ませる記事ばかり、という鏡 響子さんのブログは、私にとっては、絶対に真似できないが、ブログのひとつの理想形である。そんな私にとっては、鏡さんがブログを更新されることはひとつの事件である。今日、ある考え事をしながら鏡さんのブログを開いたら、ななななんと、一挙に3つもの記事をアップされていた! これは私にとってはうれしい大事件である。

 3つの記事はいずれも健康診断にまつわる随想であるが、さすがに期待に違わず、いずれも印象深い素晴らしい文章である。しかし、今日書きたいのはその話ではない(笑)。私が先ほど、「ある考え事」と書いたのは、鏡さんが以前お書きになった「髪結いの亭主たち」という記事に登場するある人物の話である。それは鏡さんの知人のI氏という「根っからの共産主義者」であり、一度も働いたことがなく、奥さんの収入で生活しているのだが、毎日、各種の新聞・雑誌と共産主義関係の書籍を隈なく読む生活を20年も続けているため、とてつもない博識で、過激で革命的な発言を得意としているらしい。一度読んだら忘れられない印象的な人物で、私はふとした折に思い出してしまうのである。薄給で生活を支えている奥さんは、「頼むから何の仕事でもいいから働いて欲しい」と彼に言うらしいのだが、今の日本社会を根本から否定しているI氏は働くこと自体が罪深いと考えているようなのである。

 おそらく多くの人がI氏の生き方や考え方に疑問を持つだろう。私もその一人なのだが、できることなら、実際にI氏に会って話を聞いてみたいと思うくらいなのである(笑)。私の疑問は単純で、I氏は一体どんな社会を理想としているのか、なぜ働かないのか、なにを楽しみとしているのか、奥さん一人に収入確保の負担を押し付けて心苦しくないのか・・・等々といった平凡なものばかりである。もちろん、私ごときが疑問をぶつけたところで、たちまち論破されてしまうことは目に見えている。しかし私はそれで構わない。別にI氏を論破したいなどとはハナから考えていないからだ。私がI氏の生活費を捻出しなければいけないのなら話は別だが、そんなことはないのだから、I氏が考え方や生き方を変えようが変えまいが(というより、まず変えないだろうが)私は一向に構わないからである。おそらく、これまでもI氏に対して疑問を呈したり、忠告や説得を試みた人もいたであろうが、たぶんことごとくI氏によって論破されたのだろう。そもそも、根本的に価値観の異なる人を説得することはほとんど不可能に近いうえ、I氏の場合は何を言われても「ああ言えば上佑」じゃなくて、「ああ言えばこう言う」というだけの理論武装を積んできているだろうから、他人が論破するなど不可能である。疑問を述べたり、忠告や説得を試みた人も、どうしてもI氏の考え方を変えなければ困る、ということはないが、I氏にしてみれば、仮にも論破されるようなことがあれば、自分の生き方を根本的に否定されることになるから、どんなことがあっても相手を論破せずにはいられないだろう。そして、相手を論破するごとに、自分の生き方が正しいことが証明された気分になり、「資本主義社会の汚濁を根底的に批判する自分の生き方」に一層の確信を持つことになるだろう。かくしてI氏の自己物語はいかなる批判をも弾き返す不撓不屈のものになっていくのだろう。

(注:この文章は、いかなる意味でもI氏に対する批判を意図するものではありません。)
[ 13:02 ] [ 裁判・司法 ]
驚くべき時代錯誤で人権無視の判決を最高裁が下した。
Yahoo!ニュースから毎日新聞記事の全文を引用する。


<無年金訴訟>在日の障害者の上告棄却 最高裁「合憲」
12月25日19時32分配信 毎日新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071225-00000079-mai-soci

 聴覚などに障害がある京都市の在日韓国・朝鮮人ら7人が年金支給を求めた訴訟で、最高裁第3小法廷(堀籠=ほりごめ=幸男裁判長)は25日、原告側上告を棄却した。原告側は、旧国民年金法の国籍条項を理由に障害基礎年金が支給されないのは法の下の平等に反すると主張したが、判決は「違憲ではない」と指摘し、1、2審の原告側敗訴が確定した。

 判決は「受給資格を日本国民に限る国籍条項は国会の裁量の範囲内」との89年の最高裁判例を引いた。同法の国籍条項は82年に撤廃されたが、当時20歳以上だった外国籍の人は無年金状態が続いている。

 また、同じ条項を巡り、老齢年金を受け取れない大阪府の在日韓国人らが国に賠償を求めた訴訟で、同小法廷(田原睦夫裁判長)は25日、原告側上告を退ける決定を出した。【高倉友彰】

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【一口メモ】

私はこの訴訟の詳細を知らない(最高裁のホームページでもまだこの判決は公開していない)が、この判決が不当であることは以下の事実により明らかである。

1.まず最も基本的な歴史的事実を確認しておこう。
日本は1910年、日韓併合によって朝鮮半島を植民地支配し、朝鮮人を無理やり日本帝国臣民に編入した。そのため植民地統治時代に朝鮮半島から多くの朝鮮人が日本にやってきた(そのなかには強制連行されてきた者も含まれる)結果、1945年8月15日の敗戦時には日本におよそ200万人強の朝鮮人がいた。彼らの多く(およそ4分の3)は、その後3年ほどの間に朝鮮半島に帰っていったが、様々な事情で日本に残った人もいた。彼らとその子孫が今日の在日朝鮮人(「在日コリアン」とも)を形成しており、その国籍は「韓国」「北朝鮮」「日本」に分かれている。なお、ここでの「朝鮮人」とは民族名称であって、国籍とは関係ない。

2.日本は1952年4月28日発効したサンフランシスコ平和条約によって独立国の地位を回復したが、その9日前の同年4月19日、法務府民事局長通達438号により、「(平和条約発効に伴い)朝鮮人及び台湾人は、内地に在住している者を含めてすべて日本の国籍を喪失する」とされ、植民地支配下で一方的に「日本国民」とされていた在日朝鮮人は、日本の独立回復により一方的に日本国籍を剥奪されることになった。

3.しかし、日本国憲法は第10条で「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」と規定しており、法律以下の形式である通達によって国籍剥奪を行うことは、憲法10条に違反するもので無効である。在日朝鮮人の法的地位問題についておそらく日本で最も詳しい大沼保昭東大教授も通達438号の違憲性は明白であり、したがって、在日朝鮮人は違憲無効の通達438号によって日本国籍を喪失せしめられることはありえないと断言している。

4.通達438号の合憲性を主張する判例・行政・学説は、同通達が法律よりも上位の法形式である平和条約2条a項の趣旨を実現するものであることを根拠としているが、大沼教授は、同条約2条a項が、朝鮮人の日本国籍を日本戸籍の基準によって喪失せしめる趣旨を含んでいないことを完璧に証明している(大沼『在日韓国・朝鮮人の国籍と人権』参照)。

5.障害基礎年金の受給資格は憲法25条の生存権に基礎を持つ人権の一種であり、憲法規範である人権を恣意的に制限することは国会といえども許されない。





2007/12/23のBlog

 マキちゃんこと、千●台の女王様(本当はお姫様)マキノコさんから、こ~~んなステキなイラストを頂きましたっ!! マキちゃん、ホントに本当にありがとう♪

 実はマキちゃんのイラスト(だけじゃなく、詩もものがたりもおはなしもロジックも書評も哲学も全部!ですが)の大ファンである私は、ド厚かましくも、マキちゃんに私のブログのシンボルとなるようなイラストを描いて頂けないかとお願いしていたのです。ただ、絵柄は全面的にマキちゃんにお任せしていたのですが、ななななんと、パンダと火星人が仲良く手をつないでいるなんて、なんてステキな絵柄なんでしょうか! <愛と平和>という私のブログのテーマにぴったりなだけでなく、世界平和を超える宇宙平和を象徴する素晴らしい絵ではありませんか!! 
(もしかしたら、人類滅亡後の世界を暗示しているのかもしれないが・・・笑)

 早速、ブログ・タイトルの横に使わせて頂きますね♪ これで、殺風景だった私のブログもグッと引き立つことでしょう。本当にありがとうございました!!


2007/12/22のBlog

warmgunさん推薦の徐京植『ディアスポラ紀行』(岩波新書)を読み終えてから、かなりの日数が経過した。これ以上時間を置くと感想を書く気力もなくなってしまいそうなので、本書を読んで抱いた感想と若干の疑問点について書き留めておくことにする。

 私は本書を読んでいる間、終始、若干の違和感と「違和感とは逆の感情」という相反する両義的な感想に引き裂かれた。「違和感とは逆の感情」というもってまわった言い方については後で説明する。

 本書の感想に移る前に、「ディアスポラ」という言葉に馴染みのない人もいるかもしれないので、ごく簡単に説明する。この言葉は元々、「離散」を意味するギリシア語に由来し、「パレスチナを去って世界各地に居住する離散ユダヤ人とそのコミュニティを指す」言葉だったが、1980年代末以降、カルチュラル・スタディーズやポストコロニアル系の研究者たちが、様々な「離散の民」の社会的存在形式やアイデンティティを表す言葉として用いるようになった。本書の著者自身はこの言葉を、「近代の奴隷貿易、植民地支配、地域紛争や世界戦争、市場経済グローバリズムなど、何らかの外的な理由によって、多くの場合暴力的に、自らが本来属していた共同体から離散することを余儀なくされた人々、およびその末裔を指す言葉」として用いると述べている。

著者の徐京植(ソ・キョンシク)は在日朝鮮人であり、それゆえ世界各地に存在するディアスポラの一員である、と自己規定する。そして本書は、著者が世界各地のアートを訪ねて旅する中で、そうしたアートに込められたディアスポラのメッセージを読み解くという内容になっている。

 つまり、著者は在日朝鮮人(今日では「在日コリアン」という言葉を使う人が増えているが、両概念の異同についての説明は割愛する。詳しくは本書を参照してほしい。本稿では著者に倣って「在日朝鮮人」という用語を用いることにする)であるだけでなく、在日朝鮮人であることによって、同時に「ディアスポラ」というより一般的な集合概念の一員でもあるとされるのである。つまり、ここでは在日朝鮮人はディアスポラの下位概念であり、それゆえ著者が、「自分はディアスポラである」と言うとき、ディアスポラ一般には解消できない在日朝鮮人の特殊性は捨象されることになる。(例えば、全世界におよそ600万人いるとされるコリアン・ディアスポラのうち、在日朝鮮人だけがなぜ突出して居住国である日本国籍を取得しない者の割合が高いのか、といった問題は語られない。)もちろん、そのこと自体はなんら問題ではない。在日朝鮮人に特有の問題(この表現は誤解を生みやすいが、在日朝鮮人「が」問題なのではなく、真の問題は「在日朝鮮人」を生み出した日本社会の側にある)については、別の著作で語っているのかもしれないし、仮に本書の著者が語らずとも、この問題を取り上げた文献はすでに膨大に存在する。ここでは著者が、在日朝鮮人であると同時に、それよりも一段普遍性の高い存在形式であるディアスポラの一員として自己規定するとき、確かに日本という国家の境界線は越えているかもしれないが、「日本人」との間には(一層太くなったとまでは言わないにせよ)依然として太い境界線が引かれている。

 さて、私がはじめに述べた「違和感」とはどのようなものか、一例を挙げて説明しよう。日本では人が死ぬと、葬儀社の社員が駆けつけてきて、動揺している身内の者に代わって葬儀にまつわる一切の段取りをてきぱきと進めるのが一般化しているが(映画「お葬式」を見よ)、こうした現象について、徐京植は次のように書いている。

《このプロセスを、私はあとで振り返って「死者の国民化」と名付けた。ほとんどの日本人は、自分は宗教的でないと思っている人も含めて、こうしたプロセスに何の違和感ももたないであろう。それは葬式や墓の問題を超越しているからではなく、実は共同体による弔いの儀礼に浸りきっているからだ。つまり無意識のうちに、弔いの儀礼を通じて「国民」として統合されているのである。私たち在日朝鮮人は自分がその枠からもはみ出していたことに、死んでから気づくのだ。》

 しかし、私は日本人ではあるが、このような葬儀の一般的儀礼に対して著しい違和感を昔から抱いている。私自身は、自分の死後は葬儀も墓も必要ないと思い、身近な人にはその意思も伝えてある。もちろん徐は、「ほとんどの日本人は」と書いている以上、私のような例外的な少数派の日本人もいることは当然想定しているが、私が葬儀の一般的儀礼に違和感を持っているのは、それが「死者の国民化」だからではない。確かに合理的根拠の乏しい集団的儀礼ではあるが、それを「死者の国民化」と名付けうるのかどうかについては疑問を感じている。私は、葬儀に限らず、冠婚葬祭のほとんどの儀礼に対して私は強い違和感を持っているが、それらが必ずしも「国民化」のプロセスと関係があるとは思っていない。

 徐はナショナリズムに懐疑的で、死への恐れや不死への欲望といったナショナリズムの土台にある「観念に打ち勝つには、結局、死の宿命性と生の偶然性をありのままに受け入れる以外にない。自分はたまたま生まれ、たまたま死ぬのだ、ひとりで生き、ひとりで死ぬ、死んだあとは無だ――そういう考えに立つことができるかどうかに、ナショナリズムへの眩暈から立ち直ることができるかどうかは、かかっている」と述べている。実は私もそっくり同じような考え方をしているが、私はもちろんディアスポラとは何の関係もない。私ならこういう考え方は合理主義的個人主義とでも呼ぶだろう。では、私は徐に「共感」すると言えるのだろうか。

 この点が、私を大いに悩ませた点のひとつである。私は、徐京植のような在日朝鮮人という存在を生み出した日本社会の構成員たる日本人の一人である。集団関係においては、在日朝鮮人という被害者集団を生み出した過去を持ち、今なお差別を行っている加害者側の集団の一員である私が、被害者集団の一員である著者に対して「共感する」という表現を用いることが果たして許されるのだろうか。徐個人の意図がどうであるかは不明だが、少なくとも集団間関係として捉える限り、それは許されていないような気がしてならなかった。それが、私が冒頭付近で、「違和感とは逆の感情」という持って回った言い方をした所以である。

 今述べたのはほんの一例にすぎないが、本書の中には、私も著者とほとんど同じような感想を抱き、普通ならば「共感」という言葉で述べたくなるような経験が、「ディアスポラ」特有の体験として語られるために、ディアスポラを差別・抑圧する側の集団に属する私にとっては、何とも居心地の悪い思いで読まざるを得ない、という箇所が多いのだ。

 それでは、ディアスポラの対立概念は何だろう。
ディアスポラが発生する直接的な要因は、植民地主義、地域紛争や世界戦争、南北格差など様々であるが、根本的原因が近代ナショナリズムが生み出した「国民国家」体制であることは明らかだろう。とすれば、ディアスポラの対立概念は、「国民国家」のフルメンバーであり、「想像の共同体」である「国民」という共同体ということになる。そして、この国民国家体制の「外部」にはじき出された人々こそがディアスポラだった、ということになるだろう。これまでディアスポラは、国民国家にとっては本来存在しないはずの存在、つまり不可視化された例外的存在とされてきたが、最近になってようやく照明が当てられるようになったのである。

 ところで著者は、本書の主題について、次のように述べていた。

《以下の文章は、私という一人のディアスポラが、ロンドン、ザルツブルク、カッセル、光州など各地を旅しながら、それぞれの場所で触れた社会的事象や芸術作品を手がかりに、現代におけるディアスポラ的な生の由来と意義を探ろうとする試みである。ディアスポラという存在のありようがすぐれて近代の歴史的所産であるとすれば、この試みはディアスポラからの眼差しで「近代」を見つめ直すこと、そして「近代以後」の人間の可能性を探ることであるともいえよう。》(「プロローグ」より)

 では、このような著者の狙いは本書において達成されたのだろうか? 著者はあとがきにおいて次のように述べている。

《近代国民国家の枠から放逐されたディアスポラにこそ、「近代以後」を生きる人間の存在形式が先取りされていると私は考える。だが、それが人類にとって普遍的なものとなるためには、今後どれほど困難な道を経なければならないのだろうか。》(「あとがき」より)

 しかしながら、私はこの結論には同意しかねる。近代国民国家体制がディアスポラを生み出した以上、国民国家とディアスポラとは同一現象のポジとネガであって、一方は他方を必要としているという共棲関係にあるのではないだろうか。だとするならば、その一方であるディアスポラが、両者を同時的に生み出した「近代」を超える人間存在の範型にはなりえないことは明らかではないだろうか。問題は、国民国家だけを否定して、それが生み出したディアスポラに未来の希望を託すことではなく、両者の共棲関係を止揚する未来社会を展望することではないだろうか。それがどのような社会であるか、今の私にはわからない。ただひとつ言えることは、「国民」とディアスポラの相互「越境」を試みるところにしか未来への希望はないのではないだろうか。我々が越えなければならない境界線は国境だけではない。
2007/12/19のBlog
[ 22:09 ] [ ニュース ]
*死刑制度に関するニュースを2つ、アサヒ・コムから全文引用しておきます。


◆国連総会、死刑執行停止求め決議 大差で採択
2007年12月19日11時36分
http://www.asahi.com/international/update/1219/TKY200712190060.html?ref=goo

 国連総会は18日、死刑執行の停止を求める決議案を賛成多数で採択した。日本を含む死刑制度の存続国に対し国際世論の多数派が「深刻な懸念」を示した形だ。決議に法的拘束力はないが、存続国には死刑制度の状況を国連に報告するよう求めており、制度の見直しへ向けた国際圧力が高まるのは確実だ。

 国連加盟国192カ国のうち、欧州連合(EU)のほか、南米、アフリカ、アジア各地域の87カ国が決議の共同提案国になった。採決は、賛成104、反対54、棄権29。死刑制度を続けている日本、米国、中国、シンガポール、イランなどは反対した。

 決議は、人権尊重の意義や、死刑が犯罪を抑止する確証がないこと誤審の場合は取り返しがつかないことなどを指摘。存続国に対し、執行の現状や死刑囚の権利保護を国連事務総長に報告▽死刑を適用する罪名の段階的な削減死刑制度の廃止を視野にした執行停止――などを求めている。

 採択後、潘基文(パン・ギムン)国連事務総長は「世界の多様な地域から支持されて心強い。死刑廃止へ向けた潮流の証しだ」と歓迎の声明を出した。

 国連総会は71年と77年にも死刑に関する決議を採択した。当時は制度の乱用が問題視され、死刑の対象となる罪名の規制に力点を置き、廃止については「望ましい」との表現にとどまっていた。今回は廃止を視野に入れ、その前段階として存続国に執行の停止を求めたのが特徴だ。

 死刑廃止の動きはEUの主導で広がっている。国連総会での死刑廃止要求決議案は90年代に2回提案されて採択に至らなかったが、今回は「予想を超える大差の賛成数」(EU代表)になった。

 決議の内容を死刑の即時廃止ではなく、執行停止に緩めたことで中間派が賛成に回った事情もある。だが最大の主因は、廃止・停止に動く国々の急速な広がりだ。

 国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」によると、77年当時、死刑を廃止した国は16だったが、現在は90。制度は残っていても執行を長期停止した韓国やロシアなどの停止国を加えると133カ国に達する(今年11月現在)。この10年間だけでも約30カ国が廃止・停止した

 一方、存続国は中国、イラン、サウジアラビア、米国など64カ国。そのうち昨年中に執行した国は25カ国。死刑制度を維持し、実際に執行も続ける国は日本を含め世界の少数派になった

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◆孤立深める日本 「死刑停止」の国連決議で
2007年12月19日12時28分
http://www.asahi.com/national/update/1219/TKY200712190141.html?ref=goo

 国連が18日、死刑の執行停止を求める総会決議を初めて採択した。「世論の高い支持」を理由に死刑制度を存続している日本は、今年は年間で77年以降最多となる9人の死刑を執行するなど、世界の潮流とは逆行。国際的な孤立を深めている。

 「世論には死刑制度や死刑執行にかなりの支持がある。国連の決議があっても我が国の死刑制度を拘束するものでは、まったくない」。決議を前にした18日の閣議後の記者会見で、鳩山法相は語気を強めた。「死刑を存続するかしないかは内政の問題だ」という政府の立場を改めて強調するものだ。

 凶悪犯罪に対して厳罰を求める声を背景に、このところ日本では死刑執行のペースが上がる傾向にある。鳩山法相は今月7日、3人の死刑を執行した。前任の長勢法相の執行人数も在任10カ月余の間に10人を数えた。鳩山法相の「死刑自動化」発言をきっかけに法務省内に執行のあり方を検討する勉強会ができたり、執行対象者の氏名を公表したりする動きはあるが、執行停止や制度廃止に至る論議は低調だ。

 死刑廃止を訴えてきた団体は、国連決議をきっかけに停滞する状況を変化させたい考えだ。再審で無罪となった元死刑囚の免田栄さん(82)は10月に国連本部に赴き、討論会で「拘置所で別れの握手を交わした死刑囚は覚えているだけで56人。冤罪だという人も何人もいた」といったエピソードを通じて死刑廃止の必要性を訴えた。死刑廃止議員連盟も、03年以来凍結されている死刑停止法案を来年の通常国会に提出する考えを示している。

 国連総会の決議に法的拘束力がないことについて、神奈川大法科大学院の阿部浩己教授(国際法)は「法的拘束力がないことだけで議論を進めれば、国際社会の営みは限りなく意味がなくなる」と指摘する。

 日本は総会に「北朝鮮の人権状況を非難する決議」などを積極的に提案している。阿部教授は「自国に有利な決議は最大限利用し、不利なら『意味がない』では説得力がない。日本は決議に反対することによってどんな社会を実現したいのかを主体的に示すべきだ」と話す。

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【一言コメント】

死刑制度の是非は人権問題であり、人権問題は現代国際法上、単なる内政問題ではなく国際関心事項となっている以上、「死刑を存続するかしないかは内政の問題だ」という法務大臣の発言は、国際法の常識を無視するもので、問題である。


<12月21日追記>
19日の朝日新聞3面に団藤重光氏のインタビュー記事が大きく掲載されていた。この記事を見つけたときの最初の感想は、大変失礼ながら、「まだご存命だったのか!」という驚きだった。御歳94歳だそうだ。最高裁判事を務めたこともある団藤氏は著名な刑法学者で東京大学名誉教授であり、熱心な死刑廃止論者である。
 団藤氏は大学教授時代から死刑制度については懐疑的だったそうだが、実際に最高裁判事として死刑判決(被告人の上告棄却)を言い渡して退廷する際に傍聴席にいた被告人の家族から「人殺しー」との叫びを聞いたのが、死刑廃止論者への大きな転機となったというのは有名な話である。
 私も昔、団藤氏の『死刑廃止論』(有斐閣)を読んで感銘を受けた者だが、このインタビューを読んで思ったのは、その団藤氏にしても、死刑廃止論の根拠を説得的に伝えることがいかに難しいかということだ。もちろん、「インタビュー」という表現手段による限界もあると思うが、おそらく死刑存置論者がこのインタビューを読んで意見を変えるというようなことはほとんど期待できないだろう。
 私自身も未だに私なりの死刑廃止論を書けずにいる。







下の本の中に、茂木健一郎氏が06年11月に横浜国立大学で行った講演が収録されている。その中で茂木氏は次のような話を紹介している。
 茂木氏が博士課程3年に在籍していた年の1月、先輩の助手から次のようなアドバイスを受けたという。
 「茂木君、履歴書に1日でも空白ができるとヤバイから、いまから研究生になる手続きをしておいたほうがいいよ」と。
 このアドバイスを聞いたとき、茂木氏はありがたく思うと同時に、社会に対して、すごく重苦しく、いやーな気持ちを抱いたという。つまり、日本の社会では、いったん履歴書に空白ができてしまうと、「まともな人間」とは見なされず、二度と社会の主流に戻れないことを、このとき実感したのである。


 現在、人事コンサルタント業を営む城繁幸氏は、大学を卒業して入社した富士通の人事部で最初にやった仕事が、新卒応募者のなかに紛れ込んでくる既卒者の履歴書をチェックして取り除くことだったという。取り除かれた履歴書は、オフィスの隅の箱に入れられたまま、二度と人目に触れることはなかったという。城氏が『若者はなぜ3年で辞めるのか?』(光文社新書)の中でインタビューしている28歳の近藤氏は東大法学部在学中に司法試験を目指して2年留年したものの、結局司法試験に受からなかったために、大学卒業後に就職活動を始めたが、何十社エントリーしても全く呼び出しがかからず、ようやく自分が既卒という時点で門前払いされていることに気づいたという。そのため、進学塾講師のバイトをしながら月収15万円ほどで生活しているという。こういうケースは決してまれではない。というより、ほとんどすべての日本の大企業は既卒者を相手にしないのである。本人の能力などは全く意味を持たないのである。したがって、日本ではいったん主流社会のレールを降りてしまった人間は、よほどのことがない限り、二度と主流社会へは復帰できないのである。


 ところが、その後、学会などで頻繁に外国に行くようになった茂木氏は、日本の常識が世界の非常識で、履歴書に1日穴があくと真人間じゃなくなっちゃう、なんてことを考えているのは、日本以外には世界のどこにもないことに気づいたという。それはそうだろう。履歴書に空白がある人間など相手にしない、という社会は、根本的に倒錯した社会に違いない。しかし、日本でも終身雇用制が崩れた今、大学を出れば一生その遺産で食べていけるという時代ではもはやない。組織と個人の関係をもう一度根底から再考しなければならない時代に来ていることは間違いない。


先日本屋に行ったとき、梅田望夫と茂木健一郎の対談本、『フューチャリスト宣言』(ちくま新書)を偶然見つけ、目次を見たら面白そうだったので、買ってみた。梅田望夫は、その著書『ウェブ進化論』がマスコミでもかなり話題になっていたので、名前はもちろん知っていたが、読んだことはなかった。茂木健一郎の著書は一冊だけ読んだことがあったが、若いときに書いた本だったせいか、正直に言うと、それほど感銘は受けなかった。だから、あまり期待せずに読み始めたのだが、読んでみると、二人ともポジティブ思考の持ち主であるせいか、不思議な明るさと開放感に満ちた本であり、啓発されることも多かった。

例えば、毎日のように見聞するネット犯罪を想起するまでもなく、インターネットに関するマイナス要素を列挙するのは容易である。しかし茂木や梅田は、インターネットにはこういうマイナス面もあるが、こういうプラス面もある、などと評論家や朝日新聞のような言い方はせず、100%ネットの側に賭ける、と言い切る潔さがある。確かに、インターネットの普及によって、今我々の目の前には、10年前には想像もできなかったような無限の可能性が開かれている。かつては一部の専門家しかアクセスできなかったような世界の最先端の知識に、今や誰でも(少しの努力とある程度の語学力さえあれば)自宅や職場から、多くは無料でアクセスできるようになっている。これまでの「知の特権階級」の特権を掘り崩し、知識を民衆の共有財産にするという「知の民主化」のための強大なポテンシャルを秘めたメディアがインターネットなのである。「インターネットは、かつてない自由な可能性を秘めた学びの場でもある」と茂木は語っているが、そのとおりだと思う。

ブログのように誰でも自分の媒体を持ち、自分の意見を世の中に発信できるようになったことも、革命的な変化であるし、ネットがなければ絶対にありえなかったような出会いや情報交換の可能性も生み出している。

もちろん、このようにインターネットの楽天的な側面を語る二人に対しては、「バカではないか」といったネガティブな反応を示す人も多いらしい。しかし、茂木は、「梅田さんが常々言われているように、「未来に明るさを託す」ということは、単なる現状の認識に発することではなく、むしろそのような世界を創り出すという意志に基づく行為である」と語り、「楽天的であるということは一つの意志である」とも述べている。

また、もちろん例外はいくらでもあるが、一般に「リアルで満足度が高い人ほどネットへの関心が低く、リアルで満足度が低い人ほどネットへの関心が高い」という梅田の指摘も面白い。もちろんそこには、エスタブリッシュメント社会の「勝ち組」は仕事に追いまくられてとてつもなく忙しいという理由もあるが、そればかりでなく、ネットの持つ自由や無規律性、無差別性と偶有性といった特質とも大いに関係しているように思われる。その意味で、「ウェブ社会の到来はアンダードッグ(負け犬)たちのチャンス」であり、アンダードッグの義憤や怒りを創造性に結びつけると、非常にいいものができるという茂木の指摘も説得力がある。

久しぶりに明るい本を読んだ。(同時に暗い本も読んでいるが…苦笑)。
「未来は予想するものではなくて創造するものである」という、本書の提示する視点は極めて重要だと思う。


2007/12/11のBlog
[ 17:05 ] [ 本たち ]
[関連した鏡 響子さんのBlog]


先日書いた「今年のベスト本」という記事に対して、鏡 響子さんもまた「今年のベスト本」という記事を書いてTBして下さった。そのなかで鏡さんは、鈴木道彦『越境の時』(集英社新書)を今年のベスト本に挙げておられた。実は、私にとってもこの本は渡辺清『砕かれた神』と甲乙つけがたいほど貴重な本であった。しかし、断片的には何度か読んだが、通読したのは一度だけで、思想的に極めて深い内容を持つこの本を私は十分理解するに至っていない。じっくり再読したいが、その時間もないので、極めて表面的な理解にとどまるもの、現時点での私の感想を書き記しておくことは一種の義務であると考え、拙い感想を認めることにする。

 サルトルやプルーストなどのフランス文学研究者であり『失われた時を求めて』の個人全訳の翻訳者としても名高い著者が、しかし、本書で取り扱っているのは、1958年に起きた小松川事件とその10年後に起きた寸又峡事件という在日朝鮮人が被告となった2つの事件と著者との関わりである。前者は李珍宇(イ・ジヌ)という18歳の少年が2人の女性を殺害した事件であり、後者は金嬉老(キム・ヒロ)が2人の暴力団員を射殺した後、寸又峡の温泉宿に人質を取って篭城し、朝鮮人差別の問題を訴えた事件である。それぞれの事件(*)、及びそれらと著者との関わりの詳細については割愛するが、これら2つの事件の考察を通じて、著者が提起している問題は大きく分けて2つのテーマに分かれると思う。ひとつは、状況(運命)と自由(意思)の問題であり、もうひとつは「越境」というテーマである。前者の問題に付随して、主体性と責任、といったテーマも浮かび上がってくるだろう。以下、それぞれのテーマについて、簡単に考察する。

 1.状況(運命)と自由(意思)

 人間の行動というものは、あらゆる状況や境遇とは無関係に個人の意思だけで全く自由に選択しうる、ということはありえない。むしろ、個人の意思とは無関係な境遇・環境に投げ込まれた人間が、運命としか言いようのないような状況に引きずられるかのようにしてある行動へと駆り立てられる場合がある。これは犯罪についても同様で、ある犯罪の背景を仔細に調べてゆくと、犯罪者が犯行へと至る過程にはある種の必然性のようなものが立ち現れてくる場合がある。そうなると、複雑な諸状況の複合体へと巻き込まれた人間をある行為へと追いやる必然性と、その状況下の人間が持ちうる意思と行為の自由の可能性や責任、といった問題が問われざるを得ない。そればかりでなく、その大状況を作り出した社会とそれを構成する人間の責任まで問わなければ問題は完結しないだろう。

 金嬉老の起こした事件はその背景を仔細に調べるならば、第三者にもその行動の理由(つまりなぜ暴力団を射殺するところにまで追い込まれたかという理由)は理解しやすい。一方、李珍宇の事件は理解するのが困難で、おそらく本人にもよくわからなかったであろうし、これと名指ししうるような明確な原因を特定することは誰にもできないだろう。しかし、どちらの事件も、日本社会における朝鮮人差別(そしてその背景としての植民地支配という歴史)という状況を抜きに語ることは絶対にできない。しかし他方で、差別が彼らを犯行へと駆り立てた、などといった単純素朴な見方で事件を語ることも間違いである。李珍宇自身が朴壽南(パク・スナム)との往復書簡(『罪と死と愛と』)の中で語っている言葉を使えば、「境遇はいかにして私に罪を犯させたか」という視点と「私は境遇においていかにつとめたか」という視点の双方が必要であるが、日本人がこれらの事件を考える際には、そういう境遇を生み出した日本社会に対して我々はどのように関わっており、どのような責任を有しているのか、といった視点を持つことが不可欠となる。

 これらの難しい問題を深く掘り下げるだけの能力と時間は今の私にはない。ただ、運命(必然)と自由という問題を考えるときに、私が拠り所とするのは、鏡さんも挙げておられた(そして私は鏡さんの推薦で読むことができたのだが)ヴィクトル・E・フランクルの『夜と霧』である。人間の意思の力を楽観視することはできないが、それでも本書は、どのような過酷な運命に巻き込まれても人間の自由(意思)の可能性がゼロになることはない、ということを教えてくれる。言い換えれば、どのような行為も責任がゼロになるということはない、ということだ。2つの事件に立ち戻って言えば、李珍宇は事件を起こした後ではあるが、行為の全責任を自ら引き受けることによって自己の主体性の奪還を図るという驚異的な努力を行い、日本社会をいささかも追及しないことによって、かえって日本社会を厳しく告発しているのだと鈴木は言う。逆に金嬉老は日本社会の差別を厳しく告発し続けることで、かえって自己の主体性の確立と責任の引き受けに失敗していることを鈴木は示唆している。しかしながら、日本人がこれらの事件を語る際には、単にそのように他人事として「客観的」に語ることは許されない、ということを鈴木は繰り返し強調している。そこから本書の第2のテーマである「越境」という問題が浮かび上がってくるのである。

 2.「越境」について

 一口に「越境」と言っても、越境すべき境界には様々な種類がある。その最小のものは自己と他者との間に引かれた境界線であるが、本書が主題的に取り扱うのは、日本人と在日朝鮮人、すなわち(集団規模で捉えた場合の)加害者と被害者との間の「越境」である。日本人と在日朝鮮人との間に境界を越えた対話は成り立つのだろうか。成り立たないと諦めてしまえば、その時点で相互理解の可能性は閉ざされることになる。しかし、文学者として、「共感がある限り、相手の実存にまで踏み込むことも可能」であると信じる著者は、最初は共感だけを手がかりに李珍宇の犯罪を理解することに努め、金嬉老の事件では裁判の対策委員会の活動に最初から最後まで関わる中で金嬉老との対話を続けたのである。こうした対話は決してスムーズに進むものではなく、誤解やすれ違いは避けられないが、こうした努力の中にしか相互理解の可能性は生まれないだろう。

 それぞれの民族は他民族や他国を非難する前に、まず自民族や自国の偏狭なナショナリズムをこそ批判の対象にすべきである、というのが著者の基本的な立場である。さらに、他民族に対して支配や抑圧・差別を行ってきた加害民族に属する個人は、単に個人として抑圧や差別をしなかったというだけで、すべての責任を免れることはできない。そうした加害民族の作り上げてきた社会構造によって自らがいかに形成され、そうした構造にいかに加担しているかを考えなければならないだろう。また、加害者(集団に属する者)は被害者の告発に真摯に耳を傾けなければならないが、いかなる告発であれそのまま鵜呑みにするような態度も駄目だと著者は言う。なぜなら、「仮に告発の言葉がどんなに正当でも、すべての責任を他者に負わせる形でなされる告発は、必ず頽廃を招かずにはいない」うえ、「告発を受けた側がただ相手の言葉を無条件に認めるだけでは、そうした反省がかえって告発する者をいっそう巧妙に呪縛して、その主体をだめにする危険もはらんでいる」からである。

 このような著者の主張は「ナショナリズムを乗り越える可能性」を示唆しているように思われる。そのことに思い至った私は、ようやく、最近読んだwarmgunさん推薦の徐京植『ディアスポラ紀行』(岩波新書)についても感想を書くことができ・・・るだろうか?



(*)これら2つの事件の詳細については、言うまでもなく本書『越境の時』に詳しいが、その他に以下のような書籍がある。
・ 朴壽南編『罪と死と愛と』三一新書
・ 本田靖春『私戦』講談社文庫

前者は私は未読なのだが(鏡さんは読まれている)、獄中の李珍宇と朴壽南との往復書簡をまとめたものであり、後者はジャーナリストの本田靖春が寸又峡事件の詳細な経緯と金嬉老の生い立ちを描いたノンフィクションである。因みにこの本は、私が選ぶノンフィクション部門のオールタイム・ベスト本である。



引用:金時鐘「日本語のおびえ」『「在日」のはざまで』(平凡社)より

 金嬉老がその独特な方法で、在日朝鮮人の不条理な生を寸又峡に曝したとき、つくねんと腕をこまねいていたわたしの密室の中の無念のテロリストは、それこそ何十年ぶりかで、もの憂い眼をしばたきかがやかせたものだった。金嬉老に対する負目は、何にもましてその得がたい破壊力を保持した爆薬と、鬱屈した感情を電撃的にぶちこめるライフル銃の威力とを併せ持った彼の猛々しさに凝固した。

 金嬉老ならずともそのような極端な行為にかりたてられる衝動は、私自身の内部にも古くからうずいていたものであり、朝鮮人なら誰しもが持っているであろうところの、日本に対する感情そのものとしての共感であった。(……)

 私はわだかまったままの叫びが、大音響とともに日本を揺るがして噴き上がるのを見た。何の意思表示も仕返しの方法も持っていない無力の私の不甲斐なさは、権勢をかざし差別をほしいままにしているような輩の、自分の投げつけた爆薬によってふっとぶ影像だけが、いつも私を平静ならしむるのだ。

 その限りにおいて、「金嬉老」は私の無念さを具現したテロリストであり、私自身の骨肉的分身であった。しかしこれだけでは「金嬉老」をものしたという実感にはどうしても至らない。それはたかだか、私自身がそこに居ても不思議ではなかった犯罪者の座に彼が居るという、在日朝鮮人の心情的贖罪山羊(スケープゴート)に「金嬉老」を供することで終わりそうだ。(……)

 抑圧、差別される側の朝鮮人が、その不当さを証し立てるために自らの共犯性を表だたせるとき、日本国家、社会の支配構造によってもたらされた朝鮮人の苦衷よりも、その結果結実した反社会性だけがきわだつという、極めて負性の論拠を在日朝鮮人自身の主動的論拠に据えている内実こそ、「金嬉老」をささえている同質の因果律であることに思いを致さねば、事件自体が抱えている「民族問題」は総体にくるまれてあることによって、一般的な、あまりにも一般的な民族受難史に拡散してしまうおそれは十分にあるのだ。