ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
イスマタリアン
Blog
[ 総Blog数:347件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2008/03/31のBlog
[ 23:52 ] [ 言葉 ]

健全な精神とはやや不健全な精神である。

 ――小阪修平



健全なる精神は健全なる肉体にはめったに宿らない。


明日から後期高齢者医療制度が始まる。これはもう言語道断のとんでもない制度である。

私は2月16日に「メタボ監視社会がやってくる」という記事を書いたが、そのなかで、この4月から「40歳~74歳」の人を対象としたメタボ健診が始まることを書いた。その時点では、その記事の続編として、「75歳以上」の人を対象とする後期高齢者医療制度を徹底的に批判する記事を書くつもりだったのだが、なかなか記事を書く時間がとれないまま、4月になってしまいそうなので、残念ながら自分で記事を書くのは断念し、代わりに、今日の沖縄タイムスの社説「これでは安心できない」を引用させて頂きたい。極めて微温的な指摘ではあるが、問題点の一端は明らかになるだろう。


=====<以下、沖縄タイムスの社説より引用(太字化は私)>=======

[後期高齢者医療] これでは安心できない

 七十五歳以上を対象にした新たな「後期高齢者医療制度」が四月一日から始まる。
 新制度は高齢者の医療費削減を目的に国が導入した。従来の老人保険制度を廃止し、七十五歳以上を国民健康保険や健康保険・共済組合などから移行させるシステムだが、弱者切り捨てにつながる可能性もあり見切り発車の感は否めない。

 それにより老後に不安を募らせるお年寄りも多くなっている。これは新たな制度が十分に周知されていないからではないか。

 あすからの実施に当たり、各自治体は相談窓口を広げ、混乱を防ぐ必要があろう。

 新制度では七十五歳以上の一人一人が保険料を払うことになる。

 これまで扶養家族として保険料を負担してこなかった人も徴収対象者になるわけで、年金で暮らす高齢者世帯を直撃するのは確実だ。


 しかも「国民健康保険の加入者で後期高齢者医療制度に移行した場合、低所得者の人ほど負担が増える」(吉田務社会保険労務士)。加えて、保険料を滞納した場合は保険証を取り上げる仕組みにもなっている

 その場合、資格証明書を発行されるが、資格証明書では受診する際にいったん全額を負担しなければならない

 保険料さえ払えないお年寄りに全額支払えというのは乱暴な話であり、ここに大きな問題があるといっていい。

 この問題にどう対処していくのか。県や市町村はきめの細かい対応が求められよう。国もまた財政改革の観点だけでなく、人命を軸にした社会保障の面からも抜本的見直しが求められていることを肝に銘じるべきだろう。

 新制度の対象者は全国で約千三百万人。県内には十一万千二百人いるという。

 政府のモデルケースになっている厚生年金の平均額二百八万円で試算すると、保険料の平均年額は九万六千八百円。全国平均(七万四千四百円)より二万二千四百円も高くなる。

 全国平均の七割しか平均所得がない沖縄なのに、保険料は逆に高くなる。安心して過ごそうと思う老後が、新たな制度で一変するのでは本末転倒というしかない。これでは老後の暮らしに不安を覚えるのは当然だろう。

 この問題では、県議会を含め二十六議会が制度の「中止」や「見直し」を求める意見書を採択している。抜本的な見直しが必要だからであり、安らかな老後を約束するのは社会保障制度の責務である。高齢者の不安を解消するためにも知恵を働かせてもらいたい。

==========<引用終わり>==========


なお、後期高齢者医療制度の概要を知りたい方は、全日本民医連が公表している解説パンフ「後期高齢者医療制度とは?」(pdfファイル)を参照してほしい。


2008/03/29のBlog
昨夜、テアトル新宿で映画「実録・連合赤軍」(若松孝二監督)を見てきた。
客の入りは6~7割といったところだろうか。やはり年配の客が多い。若い人もちらほらいるが、中高年が7割くらい占めている感じだ。

映画を観た感想は、(予想されたこととはいえ)とにかく暗くてやりきれない、の一言だ。それだけ史実を忠実に再現した、とも言える。この映画の功績は、連合赤軍事件という、日本戦後史の転換点となった特異な事件を事実にできる限り忠実に描き出した点に求められるだろう。山岳アジトで12人の同志を次々と「総括要求」の名の下に殺していく凄惨な場面は、思わず目をそむけたくなるようなシーンの連続だったが、それだけ俳優たちの演技も上手かった。しかし、映画としては、当然のことながら、決して後味のいいものではない。では観客は、この映画から、果たしてどんなメッセージや教訓を得ることができるのだろうか。「ぴあ満足度ランキング」によれば、回答者の平均満足度は89.1点で、3月14・15日公開の映画の中では4位という上位に位置している。これは私にはかなり意外なほどの高評価である。確かに私も「実録」としての意義は認めるし、若松監督の意欲も評価するが、映画としての満足度としては60点以上つけることは難しい。おそらく、あれだけの高得点が出た要因は、観客にとってこの映画が予想外の驚きをもたらしたことにあるのではないだろうか。中高年の観客にとっては、あさま山荘事件はよく覚えているだろうし、その後、同志殺しが発覚したことも覚えているだろう。しかし、同志殺しがどのようにして起きたのか、ということまでは知らなかったのだろう。私は若い頃、永田洋子の手記などを読んでいたので、事実に関する驚きは全くなかった。しかし、知識としては知っていることでも、映像として見せられると、やはり陰惨で救いのない気持ちにさせられた。しかし、今回、この映画を観て、初めて事実を知った観客がどのような感想を持ったのかは大いに気にかかるところである。もちろん、彼らと同世代の人々と、当時の彼らと同じ世代の今の若者とでは、感じ方も違うだろう。それぞれの感想を聞きたいところだ。

ところが、昨日映画館で買った公式ガイドブック『若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(朝日新聞社)(なんと1470円もした!)を今日読んでみて、愕然とした。

それについては、改めて記事を書くことにしたい。(つづく)

[ 18:40 ] [ 言葉 ]

どんな人間にも、優しさはあるでしょう? 例えば、通り魔殺人をする人間にだって、優しさはある。犯罪者は、誰もが持っている「闇」を抑えることができなかっただけ。僕だって、映画というものがなければ、悪の道まっしぐらの犯罪者だったかもしれないし。

――若松孝二(映画監督)


[ 18:39 ] [ 言葉 ]

新左翼運動を誰一人として
総括をせぬ
不思議なる国

――坂口弘


2008/03/27のBlog

辺見庸氏が「死刑」についての講演会を行います。東京(近郊)にお住まいで、興味と時間のある方はお出かけになってみてはいかがでしょうか。私は是非とも参加しようと思っています。

「アムネスティ・インターナショナル日本 死刑廃止ネットワーク」より講演会の案内を引用掲載しておきます。

【辺見庸講演会】
「死刑と日常――闇の声あるいは想像の射程について」

すべての殺された者たちの魂を心から悼まなくてはならない。「国家」によって殺された者たちの魂たちの魂をも、ひとしく心から悼まなければならない。なにげない日々の泡にかくされた、相次ぐ「国家の殺人」を、いますぐにやめさせなくてはならない。なにより、私たちの〈暗黙の了解〉と〈暗黙の委託〉を、たったいまやめなければならない。遠い闇の声に、じっと耳を澄まさなければならない。 ――辺見庸

*辺見庸(へんみ・よう)
作家。1944年、宮城県生まれ。共同通信記者を経て作家に。
91年、「自動起床装置」で第105回芥川賞受賞。主な著作に「ハノイ挽歌」
「赤い橋の下のぬるい水」「不安の世紀から」「もの食う人びと」「永遠の不服従のために」「いま、抗暴のときに」「自分自身への審問」「たんば色の覚書─私たちの日常」など。

とき:4月5日(土)1時半開場 2時開演
場所:九段会館大ホール
入場料:1500円(前売り・当日共)
前売り予約:03-3585-2331 FAX 03-3585-2330 stop-shikei@jca.apc.org
(1100人の開場です。なるべく事前予約をお願いします)
(チェロ演奏:海野幹雄)

主催:死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90
協力:毎日新聞社出版局
〒107-0052 東京都港区赤坂2-14-13 港合同法律事務所
03-3585-2331 FAX 03-3585-2330
[ 21:59 ] [ 社会 ]
その少年の一家は、95年の阪神大震災のとき兵庫県尼崎市で被災し、その後大阪府に移転した。父親は派遣会社で働き、母親もパートとして働いた。少年は小さい頃から気が弱く、子犬にも追いかけられていた。小、中学校時代にはいじめを受け、同級生にゲームソフトを取られたり、暴行され青あざができたこともある。高校は、いじめから逃れるため、自宅から離れた府立高校に進学した。高校では放送部に所属し、入学式や体育祭など学校行事の際には、音声の調整をするなど裏方仕事を楽しそうにやっていた。教諭が「よくがんばってるね」と声をかけると、ニコニコ笑ってうなずいた。少年は「父ちゃん子」で、父親が派遣会社員の仕事をしている合間にもよく携帯電話で連絡を取り合っていた。電車の中ではお年寄りに席を譲るような子どもだった。

高校での成績はクラスで1、2番で、1年生の時、進路希望の調査に「東大農学部に行きたい」と書いた。2年の頃には「京大医学部に行きたい」と担任に話していた。担任が「難しいんとちゃうか」と言うと、3年生になってからは「国立大学に行きたい」と言うようになった。しかし、昨年10月頃、少年は「お父さんが今年は進学は無理やと言っている」といって、進学を断念した。卒業後の進路をめぐり、父親が「貧乏やから大学に進学させるだけの金がない」と言うと、少年は「1、2年働いて金を貯め、国立大学に行きたい」と話した。年明けには担任が就職先の紹介を提案したが、少年は「自分で働いてお金を稼いで大学に行きたい」といって断った。

少年は2月29日に高校を卒業したが、3年間で欠席が2日までの生徒に贈られる「精勤賞」を受賞した。卒業にあたって同校の生徒会がまとめた冊子には、「3年間いろんな意味でいろんな事があって楽しかった」と寄せ書きをしている。卒業式の直前には「4月から知り合いの所でアルバイトをする」と話していたが、働くという確約はとれていなかったという。

3月24日、少年はハローワークに行き、就職先を探した。翌日の25日朝、いつも通り、勤めに出る父親とパートの母親を自宅で見送った。出勤後、父親が携帯電話で「就職に向けて頑張って運動しなさい」と伝えると、少年は「はーい」と答えた。その後少年は午前8時半頃自宅を出た。とにかく大阪を離れたいと思い、行く先も確認せず私鉄の電車に乗ったところ、兵庫県姫路市に着いた。その後、JR在来線で岡山駅まで行き、電車を待つ行列の先頭に立っていた見知らぬ男性の背中を押して線路に突き落とした。

少年を知る人は「まじめでやさしくて、おとなしいあの子がそんなことをするなんて考えられない。なぜそんなことをしたのか見当もつかない」と困惑しながら話した。

父親は「なぜこんな事件を起こしたのか、考えつかない」と手で顔を覆って涙をこらえ、「こんな子を育て、申し訳ない」と謝った。

**** ***** ***** 

以上は、この少年について報じられている事実を時系列的にまとめただけである。もちろん、以上の事実を知ったところで、この少年がこの事件を起こした動機は全くわからない。しかし、おそらく少年本人にしたところで、犯行の理由を明晰に述べることはできないだろう。(そもそも、「動機」というような「意識的理由」だけで犯行の原因を説明することは不可能だろう。)ただ、仮にこの少年がこの4月から大学に進学することになっていたとしたら、おそらくこの事件は起きていなかったのではないだろうか。もちろん、大学に行けないからといって、ほとんどの人間は、赤の他人を駅のホームから突き落としたりはしない。しかし、大学に進学することや進学できないことについて、この少年がいかなる意味づけを与え、どのような感情を抱いていたか、他人には窺い知ることはできない。

ただひとつ言えることは、周囲の人間にとって、この少年はどこにでもいる「ごく普通の人間」に見えていた、ということだ。おそらく私も、周囲の人には「ごく普通の人間」に見えているだろう、…と思う(?)(笑)。しかし、私もまた、(自分でも測り知れない)「心の闇」を抱えているだろう。幸い、まだ、暴発はしていない。
[ 16:42 ] [ 言葉 ]

まず最初に・・・マルチチュードの運動を抑圧する〈帝国〉の政策を考察することからはじめる…。じつのところ〈帝国〉は、こうした諸々の道筋を管理する方法を知らない。〈帝国〉にできることといえば、これらの道筋を移動する人々を犯罪者に仕立てるのに躍起になることでしかない。・・・〈帝国〉は、マルチチュードの空間的移動が政治的正統性を獲得するのを妨げるために、それを制限しかつ孤立させねばならない。

 ――アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート『〈帝国〉』p494-495――



(その2)

マルチチュードはブルジョアジーやその他の排他的・限定的な階級形成とは対照的に、自律的に社会を形づくる能力をもつ。これこそが・・・マルチチュードによる民主主義の可能性の中心をなすものなのである。

 ――アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート『マルチチュード(上)』p26――


2008/03/26のBlog

 下記記事で言及した「袴田事件」の死刑囚・袴田巌氏が無実であると断定するだけの根拠は現時点では私にはないが、冤罪である可能性は極めて高いと思う。

 私個人は死刑制度に反対の立場だが、この問題に関する限り、死刑制度の是非の問題に立ち入るまでもなく、良識のある死刑賛成論者とも共通の立場に立てると思う。というのは、「疑わしきは被告人の利益に」、もしくは「疑わしきは罰せず」というのが近代刑法の大原則であることは、死刑制度の是非以前の常識である。たとえ死刑制度を支持している人でも、無実の人を死刑にしていいとは思っていないはずである。いや、たとえ無実であると証明されなくても、検察が有罪を立証できない限り(*)無罪になる、というのが先の大原則の意味するところである。

 また、いったん有罪判決が確定した事件であっても、確定判決における事実認定について合理的な疑いが生じるような新たな証拠が発見された場合には、再審請求を認容すべきことが、1975年5月20日の最高裁第一小法廷の決定(いわゆる「白鳥決定」)、および76年10月12日最高裁第一小法廷決定によって明らかにされている。

 ところが、袴田事件においては、死刑確定判決が極めて疑わしい「証拠」に基づいていることが、再審請求にあたって弁護側の提出した新証拠によって明らかにされているにも拘わらず、24日の最高裁決定は不当にも再審請求特別抗告を棄却したのである。これでは、憲法32条の定める「裁判を受ける権利」、同31条の定める「罪刑法定主義」、同37条の定める「公平な裁判を受ける権利」を最高裁が否定したに等しい

 このような最高裁の不当な決定に断固抗議する!


【袴田事件の概要と経過】
 1966年6月30日に静岡県清水市(当時)で「こがね味噌」製造会社の専務宅が全焼し、焼け跡から一家4人の惨殺死体が発見されたが、警察は同年8月18日、同社従業員で元プロボクサーの袴田巌氏を殺人・放火の容疑で逮捕した。袴田氏は一貫して容疑を否認していたが、平均12時間、最長17時間にも及ぶ長時間の取り調べが連日行われ、極度の睡眠不足の中、逮捕から20日目の9月6日、犯行を「自白」する。取り調べは起訴後も35日間、逮捕から実に57日間にわたって行われ、この間作成された自白調書45通が法廷に提出されたが、一審の静岡地裁はこのうち44通が違法な取り調べに基づく者と認定し、任意性を否定した。残りの1通が採用されたが、その中で袴田氏は「犯行時」はパジャマを着ていたと述べていた。
 ところが、一審の審理が続いていた67年8月31日、検察は突然、味噌タンクから「血染めの衣類5点」(ズボン、ブリーフ、アンダーシャツ、半そでシャツ、ズボン下)が発見されたと発表し、犯行時の着衣を「パジャマ」から一転、「ズボン」に変更した。しかし、袴田氏にはそのズボンは小さすぎて穿けなかったほか、衣類に付着していた血液型にも不審な点が多々あったため、弁護側は検察のでっち上げだと主張している。
 静岡地裁は1968年9月、死刑判決を下すが、この判決を下した3人の裁判官の一人であった熊本典道氏は、袴田氏の無罪を確信し、後に救出運動に深く関わることになる。
 二審の東京高裁は1976年5月、控訴を棄却、最高裁も1980年11月、上告を棄却して死刑が確定した。しかし、81年4月、弁護団は静岡地裁に再審を請求し、日弁連も袴田事件委員会を設置した。1994年8月、静岡地裁が再審請求を棄却すると、日弁連弁護団は東京高裁に即時抗告する。2004年8月、東京高裁が再審請求即時抗告を棄却するも、翌9月、日弁連弁護団は最高裁に特別抗告した。そして、今月24日、最高裁は再審請求特別抗告を棄却したのである。

**** **** ****

 事件の概要とその後の大まかな経過については、「事件史探求」袴田事件のページが簡潔にまとめている。

また、「袴田巌さんを救う会」「袴田事件とは?」のページにはさらに詳しい状況が説明されている。

【その他の参考サイト】
袴田巌さんの再審を求める会のHP

袴田巌氏の再審請求事件の最高裁決定に対する日弁連会長の談話

「裁判官の良心」~熊本典道氏のブログ


<註>
(*)ただし、ここで若干細かな論点に立ち入るならば、現行刑事訴訟法によれば、裁判官が有罪判決を下しうるのは、被告人が有罪であることについて「一抹の疑いもない」場合だけでなく、「合理的な疑いを超える」だけの心証が得られればいい、とされている。これは、死刑判決の場合もその他の有罪判決の場合も同じである。ということは、被告人が有罪であることについて、「合理的な疑いを超える」だけの証拠はそろっているが、「いかなる疑いの余地もない」とは言えないようなケースについては、裁判官は有罪判決を下さなければならない、ということだ。「合理的な疑いを超える」とはどの程度であるかについての客観的な基準はないが、ある学者は「個人的な印象」として、「約95%ないし96%の確実性」と述べている。もう少し慎重な人なら「98%ないし99%」と答えるかもしれない。いずれにしても、1~2%の疑いならば、「合理的な疑いを超える」として、有罪判決が下ることになる。死刑判決についても同様である。ということは、死刑制度の下では、有罪であることが「合理的な疑いを超えて」確実な場合、その罪状が、過去の判例等に照らして死刑を選択せざるをえないようなケースについては、たとえ1~2%程度の疑いが残ったとしても、死刑判決を下さなければならないということを意味している。これは、万一冤罪であった場合には、無実の人を死刑にしてしまうという取り返しの付かない過ちを冒す可能性が死刑制度に付着していることを意味している。団藤重光氏が明確に死刑廃止論に転換したのは、最高裁判事時代にこのようなケースに遭遇したことが契機となっている(参照、団藤『死刑廃止論』有斐閣)。


最高裁が「憲法の番人」ではなく「政府の番犬」にすぎないことは重々承知していることではあるが、それにしてもこのところの最高裁(特に第二小法廷)の判断は異常だ。
本当はブログをやってる場合ではないのだが、あまりにもおかしなニュースが続いたので、メモしておく。

 先週土曜日の22日、朝日新聞に「政治ビラ配布 有罪確定へ」という記事が載った。これは、04年1月と2月、東京都立川市の防衛庁(現防衛省)宿舎で自衛隊のイラク派遣に反対するビラを配った市民団体のメンバー3人が住居侵入罪に問われた事件で、最高裁第二小法廷(今井功裁判長)が上告審判決を4月11日に言い渡すことを決定した、というニュースである。最高裁が結論を見直す際に必要な弁論を開かないまま結審することが明らかになったため、3人の上告が棄却され、罰金20万~10万円の有罪とした二審・東京高裁判決が確定する見通しになったという。一審の東京地裁八王子支部は、政治ビラの配布は憲法が保障する政治的表現活動の一つであって、民主主義の根幹をなすため、商業ビラより優越的な地位が認められる一方、住居侵入罪の要件は満たしているが刑事罰を科すほどの違法性はないとして、無罪判決を言い渡していた。これに対し、二審の東京高裁は住民の被害が「極めて軽微」と判断した一審判決は誤りだとして有罪判決を下していた。
 最高裁が上告を棄却して東京高裁判決を確定させるならば、民主主義の根幹である政治的言論の自由を保障した憲法21条はほとんど空文と化すことになるだろう。


 さて、今朝の朝日新聞とアサヒコムには、最高裁(またもや第二小法廷(*)である!)が袴田事件の再審請求・特別抗告を棄却した、というニュースが載っていたので、以下に貼り付ける。

http://www.asahi.com/national/update/0325/TKY200803250266.html?ref=any
=====<引用開始>===============
「袴田事件」再審認めず 最高裁が特別抗告棄却
2008年03月26日03時06分

 静岡県で66年に一家4人が殺害された事件で、最高裁第二小法廷(今井功裁判長)は、27年余り前に強盗殺人や放火などの罪で死刑判決が確定した後に、再審を開くよう求めていた元プロボクサー袴田巌死刑囚(72)の特別抗告を棄却する決定をした。24日付。確定判決が根拠とした客観的な証拠だけでなく、弁護側が新たに出した証拠を考慮したとしても、袴田死刑囚が犯人だと認定。静岡地裁、東京高裁と同様に再審開始を認めなかった。

 この事件では、起訴から1年後の一審公判中に、みそ工場のタンクから血のついたズボンなど袴田死刑囚と犯行を結びつける「5点の衣類」が発見され、45通の自白調書のうち44通が違法な取り調べによるものと確定判決で認定されるなど、捜査・公判が特異な経過をたどった。日本弁護士連合会も支援に乗り出して「冤罪」を主張してきたが、再審の扉は開かれなかった。

 再審請求に対し、第二小法廷はまず、確定した判決がどのような証拠に基づいて判断しているかを検討した。

 その結果、袴田死刑囚の実家からはタンクからみつかったズボンと同じ布地の「端切れ」が押収された▽袴田死刑囚が、タンクで見つかったズボンを公判ではけなかったのは、ズボンが乾燥し、収縮したため▽5点の衣類だけでなく、袴田死刑囚が発生後に着ていたパジャマにも血液が付いていたのに合理的な説明ができない▽犯行時のアリバイがない――など、確定判決は自白以外の証拠だけで、袴田死刑囚が犯人だと認定していると指摘した。

 弁護側は再審請求にあたり、5点の衣類については捜査機関が捏造(ねつぞう)したものだと主張したが、第二小法廷は、事件直後に見つからなかったことに触れながら「タンクの底に隠れていたとしても矛盾はない」と指摘した。

 さらに弁護側の「自白は重要な点で真実に反しており、信用できない」という主張についても「確定判決は自白をもとに犯罪事実を認定しておらず、主張の前提が誤っている」と退けた。

 こうしたことから、弁護側が「新証拠」として用意した、衣類や自白調書の内容に関する鑑定書などは、再審開始の要件である「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」には当たらず、確定判決に合理的な疑いは生じないと結論づけた。
=====<引用終わり>===============


(*)最高裁第二小法廷を構成しているのは、以下の5裁判官である。
今井功(裁判長)、津野修、中川了滋、古田佑紀、島田仁郎