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イスマタリアン
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2008/04/04のBlog

私はこのブログを始める前、「ソフィスト倶楽部」というブログをやっていた。そのブログに、2006年9月、安倍前政権が発足した直後、「安倍政権を取り巻く魑魅魍魎」という記事を書いている(最初に考えたタイトルは「安倍を取り巻く狂った人々」というものだった)。その冒頭部には次のように書いていた。

《とうとう戦後最悪の政権が発足してしまった。来年の参院選までの短命政権になるだろうとの観測がもっぱらなので、小泉政権のように長期にわたって国民を苦しめることはできないかもしれないが、ポテンシャルとしては間違いなく戦後最悪政権だろう。(中略)そこで、安倍晋三を取り巻く人々の仰天発言と行動を備忘録として集めてみた。》

 そして、この記事を書く下調べをしているときに“出会った”のが稲田朋美衆院議員である。稲田は2005年の9.11「郵政」総選挙の際、安倍晋三の要請を受け、郵政民営化法案に反対した自民党議員への「刺客」として福井県第1区から出馬して当選した議員である。
 そして2006年2月には自民党の初当選組の半数を集めて「伝統と創造の会」というグループを立ち上げ、その会長に就任している。このグループは同年8月の自民党総裁選では安倍晋三の応援団役を務め、“安倍親衛隊”とも呼ばれていた。稲田議員は、総裁選予定者討論会の後、「一番感慨深く聴いたのは、安倍官房長官が政策として戦後体制の是正と自主憲法の制定をまっさきに掲げられたことです。誰もできなかったことに安倍官房長官は挑戦しようとされているのです」と述べ、安倍晋三を絶賛している。

稲田議員はまた、同年8月15日の福井新聞に掲載された加藤紘一氏との対談では、「(靖国神社問題は)憲法改正に伴いこれから自衛戦争や国際協力戦争で亡くなった人が出たら、どこで慰霊するのかも含めて議論が必要」と述べており、月刊誌「WiLL」の同年9月号では、「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」と語っている。さらに、同年8月29日に開かれたシンポジウム「新政権に何を期待するか?」においては、「教育基本法に愛国心を盛り込むべきだ」と強調したかと思えば、次のようなことも語っている。

「真のエリートの条件は2つあって、ひとつは芸術や文学など幅広い教養を身に付けて大局観で物事を判断することができる。もうひとつは、いざというときに祖国のために命をささげる覚悟があることと言っている。そういう真のエリートを育てる教育をしなければならない

 さて、このような“香ばしい”発言を繰り返す稲田議員が所属するグループは「伝統と創造の会」だけではない。それ以外にも以下のような団体に所属している。
自由主義史観研究会・日本「南京」学会会員
・ 中国の抗日記念館から不当な写真の撤廃を求める国会議員の会事務局長
・ 日本会議国会議員懇談会事務局次長
・ 正しい日本を創る会会員
・ みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会
・ 神道政治連盟国会議員懇談会


 スバラシイではないか!(笑) 極右団体にはすべて顔を出しているわけである。さらに、Wikipediaによれば、彼女は「南京大虐殺否定派」であり、弁護士としては、靖国神社参拝関連訴訟の国側の弁護を手がけるほか、「大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判の原告側弁護人」(大阪地方裁判所で原告の敗訴)や「南京百人斬り競争名誉毀損裁判の原告側弁護人」(最高裁判所で原告の敗訴)を務めているそうだ。

**** ***** ***** 

 さて、前置きが随分長くなった(笑)。今日のテーマは映画「靖国 YASUKUNI」である。
 今朝の朝日新聞は「時時刻刻」という解説記事で、「映画館側はなぜ上映中止を決めたのか」、「どんな人たちが上映中止に追い込もうとしているのか」という問いを立て、「国会議員向けの異例の試写会が開かれ、その後上映中止が相次いだ」という指摘をし、「大きな契機の一つは国会議員への試写会だ」とか、「3月12日の国会議員向け試写会が、転機だったように思う」という証言を引き出しながら、具体的に、試写会を要求した議員の名前を全く出していない。これでは稲田議員らに失礼ではないか(笑)。

 今回の問題の発端を改めて振り返ってみよう(Wikipediaを参照した)。まず、稲田ら「伝統と創造の会」のメンバーと「平和を願い、真の国益を考え靖国参拝を支持する若手国会議員の会」(今津寛会長。以下「平和靖国議連」)に属する一部国会議員が文化庁に事前試写会を要求し、3月12日に国会議員80人が参加した試写会が開かれる。そして稲田らは当該映画の製作費のうち750万円を文化庁が助成したことを問題にした。この試写会をきっかけとして、週刊新潮が「映画は『反日的』」とする記事を公表、この記事を受けて、上映を予定していた映画館に対する街宣右翼による抗議や公開中止を求めるなどの圧力があった。

 今回の問題では、映画館側の過剰自粛(上映中止)や、映画館に脅しをかける右翼団体、街宣右翼=暴力団を取り締まらず野放しにしている公安警察などに問題があることは言うまでもないが、問題の根源に、稲田ら極右議員の行動と、事前試写会という名の事前検閲に応じた文化庁の対応があることは、どれほど強調してもしすぎることはない。メディアは、事前検閲を要求した議員全員の氏名を公表すべきである。

<追記>

さらに今日、こんなニュースも流れた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080404-00000068-mai-soci
<映画「靖国」>文科相「国政調査権で依頼」を疑問視
4月4日14時33分配信 毎日新聞

 ドキュメンタリー映画「靖国」の上映を中止する映画館が相次いだ問題で、渡海紀三朗文部科学相は4日の閣議後会見で「一部の議員が国政調査権として(内容の確認を)依頼したようだ。国政調査権は本来(両議院の)委員会を通じて行使されるのがルールだ」と述べた。この問題では、自民党の稲田朋美衆院議員が映画の封切り2カ月前の2月12日、文化庁に内容の確認を申し入れたことが明らかになっている。

 渡海文科相は「(稲田議員は)『あの映画に政治的メッセージがあるにもかかわらず、(文化庁所管の独立行政法人から)助成金が出ているのでは』という疑義があるから見せてほしいとのことだった。特定の依頼に対し、国の機関が何かをやるのは基本的によくないと思う」と述べた。

 文化庁は申し入れを受けて配給会社に相談し、全国会議員を対象とした異例の試写会(3月12日)を開催することが決まった。

 国政調査権は憲法に基づく国会の権利で、衆参両院のいずれかの議決で発動する。行政機関に記録の提出を要求したり、証人喚問をすることなどができる。【加藤隆寛】

目を開けて天井を見つめている夢を見た




いや、意識はあったから、夢というより
一種の幻覚のようなものだったかもしれない



疲れたから目を閉じよう




そう思ったが、すでに目は閉じていた




天井はなかなか消えなかった




2008/04/03のBlog

 オウム事件に接した時、オウム教団のなかで起きた観念の顛倒や、どういうふうに物事を正当化していったかという言説のあり方は、連合赤軍的な問題の延長線上にあるように思えた。そこで、ある集会でオウムを「革命」という観点から考えてみるという趣旨の発言をしたところ、切通理作氏という若い批評家から批判をくらったことがある。
 ……切通氏の批判はぼくが「革命」ということばを使ってどういう内容を発言したのかということにはふれず、「革命」ということばでオウムについて語ったことにたいする反発を語ったものだった。
 ……そして、オウム事件にたいしては「もし自分の家族にたいしてサリンがまかれたらどう思うか」といった趣旨の発言をしていた。……
 このこと自体はささいな食い違いだったが、ぼくはいくつかのことを思った。まず、自分に焦点の当たったところしか見えないといった傾向が徐々に進んでいるのではないかということだ。……
 ぼくはなるべく「現実」をひろく見ようとしてきた。さまざまな経験の縒りあう場所にしか「客観」は現れないというふうに思いなしてきた。だから、ずっと他者の「内在」的なプロセスがどういうものかというふうに時代を読もうとしてきた。「共感」や「同調」という方法によって他者に接近できるとするのは傲慢であるばかりでなく、原理的に間違いであるということは承知しているつもりなので、ぼくがやっているのはさまざまな経験のあり方の理路を読み(あるいはでっちあげ)、それを縒り合わせることで時代の像をつかもうとする以上・以下のことではない。いや、そういう目標をもっているというほうが正確だ。オウムに入った人間はどういう生きづらさや異和感や正義感をもち、オウムにどういうリアリティを感じ、そこでどういう言説の罠があり、どういう構造で制度的な顛倒が生まれてしまうのかを、オウムに入った人間の側から読みとこうとしてしまう。

――以上、小阪修平『思想としての全共闘世代』より引用

**** **** **** 

 さきほど、昼休みに何気なくWikipediaで「小阪修平」を検索して驚いた。昨年の8月10日に急性心不全のため60歳の若さで亡くなっていたのだ。
 私はこれまで小阪修平氏については、あまりよく知らなかった。90年代の前半に、小阪氏が編集・執筆した『わかりたいあなたのための現代思想・入門』という本を読んだだけで、とくにこれといった印象を持っていなかった。ところが最近、氏の『思想としての全共闘世代』(*)(ちくま新書)を読み、その考え方や生き方に共感し、その人柄に惹かれるものを感じていたところだったのである。同書の奥付を見ると、第一刷が2006年8月10日に発行されているので、それからちょうど一年後に亡くなったことになる。
 小阪氏のご冥福を祈る。


(*)本書の感想については、後日改めて記事にするつもりである。
2008/04/02のBlog
[ 17:07 ] [ コメント ]

 先日のメンテにより、ドブログにコメントとトラックバックの承認制の機能が追加されたので、私も使ってみることにしました。

これまで私は、スパム・コメント対策のため、コメントはドブログ・ユーザー以外は受け付けない設定にしていました。
 私のブログは、ドブログ・ユーザー以外の方からコメントを受けることはあまりなかったために、この設定でも自分ではそれほど不便に感じなかったのですが、稀にではあれ、ドブログ・ユーザー以外の方から貴重なコメントを頂戴したこともありましたので、上記の設定では、せっかくコメントをしようとして下さった方が、たまたまドブログ・ユーザーでなかったためにコメントできないという事態も生じます。

 その点、承認制の機能を使うことで、(コメントがすぐに反映されないというデメリットはあるものの)スパム・コメントを排除しつつ、ドブログ・ユーザー以外の方からのコメントも受け付けられるというメリットが得られます。

 このため、コメントを頂いてもブログに反映されるまでにしばらく時間がかかりますが、ご理解のほど、よろしくお願い致します。


 *余計なお世話ですが、スパム・コメントでお悩みの方は、この新機能を一度利用してみてはいかがでしょうか。


2008/03/31のBlog
[ 23:59 ] [ 言葉 ]
読み書きは単なる技術ではない。人間の精神形成に深くかかわる。ひとりで本を読めれば内省が可能になる。それは精神の構造を変える。近代的な人間の登場だ。彼らは権威関係を揺さぶる。一部の者だけが権威を独占するのが難しくなり、経済的発展や政治の民主化が促される。

――エマニュエル・トッド(朝日新聞3月31日オピニオン欄)――





[ 23:52 ] [ 言葉 ]

健全な精神とはやや不健全な精神である。

 ――小阪修平



健全なる精神は健全なる肉体にはめったに宿らない。


明日から後期高齢者医療制度が始まる。これはもう言語道断のとんでもない制度である。

私は2月16日に「メタボ監視社会がやってくる」という記事を書いたが、そのなかで、この4月から「40歳~74歳」の人を対象としたメタボ健診が始まることを書いた。その時点では、その記事の続編として、「75歳以上」の人を対象とする後期高齢者医療制度を徹底的に批判する記事を書くつもりだったのだが、なかなか記事を書く時間がとれないまま、4月になってしまいそうなので、残念ながら自分で記事を書くのは断念し、代わりに、今日の沖縄タイムスの社説「これでは安心できない」を引用させて頂きたい。極めて微温的な指摘ではあるが、問題点の一端は明らかになるだろう。


=====<以下、沖縄タイムスの社説より引用(太字化は私)>=======

[後期高齢者医療] これでは安心できない

 七十五歳以上を対象にした新たな「後期高齢者医療制度」が四月一日から始まる。
 新制度は高齢者の医療費削減を目的に国が導入した。従来の老人保険制度を廃止し、七十五歳以上を国民健康保険や健康保険・共済組合などから移行させるシステムだが、弱者切り捨てにつながる可能性もあり見切り発車の感は否めない。

 それにより老後に不安を募らせるお年寄りも多くなっている。これは新たな制度が十分に周知されていないからではないか。

 あすからの実施に当たり、各自治体は相談窓口を広げ、混乱を防ぐ必要があろう。

 新制度では七十五歳以上の一人一人が保険料を払うことになる。

 これまで扶養家族として保険料を負担してこなかった人も徴収対象者になるわけで、年金で暮らす高齢者世帯を直撃するのは確実だ。


 しかも「国民健康保険の加入者で後期高齢者医療制度に移行した場合、低所得者の人ほど負担が増える」(吉田務社会保険労務士)。加えて、保険料を滞納した場合は保険証を取り上げる仕組みにもなっている

 その場合、資格証明書を発行されるが、資格証明書では受診する際にいったん全額を負担しなければならない

 保険料さえ払えないお年寄りに全額支払えというのは乱暴な話であり、ここに大きな問題があるといっていい。

 この問題にどう対処していくのか。県や市町村はきめの細かい対応が求められよう。国もまた財政改革の観点だけでなく、人命を軸にした社会保障の面からも抜本的見直しが求められていることを肝に銘じるべきだろう。

 新制度の対象者は全国で約千三百万人。県内には十一万千二百人いるという。

 政府のモデルケースになっている厚生年金の平均額二百八万円で試算すると、保険料の平均年額は九万六千八百円。全国平均(七万四千四百円)より二万二千四百円も高くなる。

 全国平均の七割しか平均所得がない沖縄なのに、保険料は逆に高くなる。安心して過ごそうと思う老後が、新たな制度で一変するのでは本末転倒というしかない。これでは老後の暮らしに不安を覚えるのは当然だろう。

 この問題では、県議会を含め二十六議会が制度の「中止」や「見直し」を求める意見書を採択している。抜本的な見直しが必要だからであり、安らかな老後を約束するのは社会保障制度の責務である。高齢者の不安を解消するためにも知恵を働かせてもらいたい。

==========<引用終わり>==========


なお、後期高齢者医療制度の概要を知りたい方は、全日本民医連が公表している解説パンフ「後期高齢者医療制度とは?」(pdfファイル)を参照してほしい。


2008/03/29のBlog
昨夜、テアトル新宿で映画「実録・連合赤軍」(若松孝二監督)を見てきた。
客の入りは6~7割といったところだろうか。やはり年配の客が多い。若い人もちらほらいるが、中高年が7割くらい占めている感じだ。

映画を観た感想は、(予想されたこととはいえ)とにかく暗くてやりきれない、の一言だ。それだけ史実を忠実に再現した、とも言える。この映画の功績は、連合赤軍事件という、日本戦後史の転換点となった特異な事件を事実にできる限り忠実に描き出した点に求められるだろう。山岳アジトで12人の同志を次々と「総括要求」の名の下に殺していく凄惨な場面は、思わず目をそむけたくなるようなシーンの連続だったが、それだけ俳優たちの演技も上手かった。しかし、映画としては、当然のことながら、決して後味のいいものではない。では観客は、この映画から、果たしてどんなメッセージや教訓を得ることができるのだろうか。「ぴあ満足度ランキング」によれば、回答者の平均満足度は89.1点で、3月14・15日公開の映画の中では4位という上位に位置している。これは私にはかなり意外なほどの高評価である。確かに私も「実録」としての意義は認めるし、若松監督の意欲も評価するが、映画としての満足度としては60点以上つけることは難しい。おそらく、あれだけの高得点が出た要因は、観客にとってこの映画が予想外の驚きをもたらしたことにあるのではないだろうか。中高年の観客にとっては、あさま山荘事件はよく覚えているだろうし、その後、同志殺しが発覚したことも覚えているだろう。しかし、同志殺しがどのようにして起きたのか、ということまでは知らなかったのだろう。私は若い頃、永田洋子の手記などを読んでいたので、事実に関する驚きは全くなかった。しかし、知識としては知っていることでも、映像として見せられると、やはり陰惨で救いのない気持ちにさせられた。しかし、今回、この映画を観て、初めて事実を知った観客がどのような感想を持ったのかは大いに気にかかるところである。もちろん、彼らと同世代の人々と、当時の彼らと同じ世代の今の若者とでは、感じ方も違うだろう。それぞれの感想を聞きたいところだ。

ところが、昨日映画館で買った公式ガイドブック『若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(朝日新聞社)(なんと1470円もした!)を今日読んでみて、愕然とした。

それについては、改めて記事を書くことにしたい。(つづく)

[ 18:40 ] [ 言葉 ]

どんな人間にも、優しさはあるでしょう? 例えば、通り魔殺人をする人間にだって、優しさはある。犯罪者は、誰もが持っている「闇」を抑えることができなかっただけ。僕だって、映画というものがなければ、悪の道まっしぐらの犯罪者だったかもしれないし。

――若松孝二(映画監督)


[ 18:39 ] [ 言葉 ]

新左翼運動を誰一人として
総括をせぬ
不思議なる国

――坂口弘