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2008/06/08のBlog
[ 16:48 ]
[ 本たち ]
例えば、こんな書き出しの小説はどうだろう。
<かつて、私は子供で、子供というものがおそらくみんなそうであるように、絶望していた。絶望は永遠の状態として、ただそこにあった。そもそものはじめから。
だからいまでも私たちは親しい。
やあ。
それはときどきそう言って、旧友を訪ねるみたいに私に会いにくる。やあ、ただいま。>
これは江國香織『ウエハースの椅子』の書き出しである。
私は、この書き出しは好きである。では、この小説は好きか? と聞かれると、答えるのは難しい。
この本を読んだ当時は好きだった気がするが、本当のところはどうだったのかよくわからない。この小説が好きだったのか、それともこの小説を推薦してくれた人が好きだったのか、考えるとわからなくなるからだ。
ただひとつはっきり言えるのは、私は江國香織さん個人は決して好きなタイプではない。男であれ女であれ、自分が好きな人が自分が嫌いな人を好き(あるいはその逆)であることはよくあることである。
2008/06/07のBlog
[ 12:46 ]
[ マキシ普及委員会 ]
【関連記事「in・マキノコ!」研究序説(1)】
【関連記事「in・マキノコ!」研究序説(2)】
私は詩歌について格別云々できるような人間ではないが、この人の詩は本当にすごいと思う。理屈抜きで感動する。天才詩人ではないかと思う。
その天才詩人、「in・マキノコ!」のマキノコさんが自作の詩だけを集めたブログ「マキシ」を立ち上げたようである。2005年7月から現在までに「in・マキノコ!」に発表した詩、全112編(実際には一つの記事中に複数の詩が収録されているケースもあるので、実数はもっと多くなる)が収録されている。
私はすべての詩を何度も読み返し、とりわけ好きな詩を選んでみた。するとその数、58編、約半数である。これでは多すぎるのでさらに厳選したが、それでも29編が残った。その中からさらに選り抜きの詩を選んだが、それでも18編が残った。そこからさらに、涙を呑んでベスト10を選んでみた。説明も形容も無用である。皆さんが直接味わってみてください。
・ アンコンディショナル・マキ♪
・ 祈り
・ 善くない事態すら人は思い出に変える
・ 心は躍る
・ 世界の中に
・ よちよち
・ ベッドに寝転がって
・ 朧
・ 空は夕暮れ
・ 昨日の夜は台風だった
2008/06/06のBlog
[ 18:17 ]
[ 社会 ]
これから書くことは、多くの人の共感を得られないだろう。だからこそ、あえて書く必要性を感じる。
まずは今日の東京新聞のコラム「筆洗」を全文引用する。
======================
こういう素直な「大喜び」の写真にお目にかかることは、最近、あまりなかったような気がする。きのうの朝刊▼満面の笑みで、手をつなぎ跳びはねている女の子たち。その理由が「日本人になれたこと」だというのだから、同じ日本人としては、少し面はゆいけれど、まずはひと言、歓迎の言葉を言わせてほしい。おめでとう、そして、ようこそ!▼最高裁が、フィリピン人を母に、日本人を父に持つ八-十四歳の子十人に、日本国籍を認めた。出生後に父親が認知していても、両親が結婚していなければ国籍を認めない、とする国籍法の規定を憲法の「法の下の平等」に反する差別、と断じたうえでのことである▼こういう婚外子の差別は、国籍認定で同じ血統主義をとるフランスやドイツにもないし、まして、日本でも母親が日本人なら認めているのだから、今回の判決はもっともというしかない。二〇〇二年に、まったく同じケースで正反対の判決を下した最高裁も六年かけて、やっと時代に追いついた▼東海地方に住む原告の一人、マサミちゃん(10)は日本生まれの日本育ち、日本人の血が流れ、日本語を話すのに、国籍がないばっかりに「ガイジン、ガイジン」といじめられたこともあったという▼同じような境遇の子は数万人いるともいわれる。この上は法を改め、早くその子たちにも言ってあげたい。ようこそ!
=======================
この文章を読み、特に第2段落に私は激しい違和感を覚えた。原告の少女たちが喜んでいる理由は「日本人になれたこと」だという。そして、筆者は「同じ日本人」として、「少し面はゆい」が、「おめでとう、そして、ようこそ!」という「歓迎の言葉」を述べるというのだ。
原告の少女たちが喜んでいるのは「日本国籍の取得」が認められたからだ。国籍法第2条は「出生の時に父又は母が日本国民であるとき」には日本国籍を取得すると定めており、彼女らの父親は日本人であるので、本来ならば、彼女たちは出生の時点で日本国籍を持っていたはずなのである。ところが、両親の結婚を条件とするという違憲の規定のお陰で、憲法に反して彼女たちは日本国籍を剥奪されていたのである。そうした違憲状態を今回の最高裁判決が正したわけである。
筆者は原告の少女たちと「同じ日本人」だというが、これは「同じ日本国民」という意味に解釈しないと意味が通じない。「日本人になれた」という言葉も同様である。しかし、筆者には日本人と日本国民を区別して捉える視点はないようである。「日本国民イコール日本人」と勝手に前提しているようである。この点は後で論ずるとして、筆者は一体なにが「少し面はゆい」のだろうか。原告の少女らから憲法に反して国籍を剥奪していた国家の国民として「面はゆい」のだろうか? むしろ、正常な神経であれば「恥ずかしい」と表現すべき事態なのではないだろうか。そして、「おめでとう、そして、ようこそ!」などと「歓迎の言葉」を述べる神経もわからない。「おめでとう、そして、ようこそ!」などという「歓迎の言葉」は、なにか入会資格を得ることが名誉であるような結社か共同体のメンバーが新たなメンバーを迎える際に述べるのにふさわしい言葉であるが、生まれながらにしてもっていたはずの国籍を不当に奪われていたのが、遅ればせながらようやく(もともともっていたはずの)国籍を最高裁によって認められた人に対して言うべき言葉では決してないだろう。
それにしても、一体筆者はどういう意味で「日本人」という言葉を使っているのだろうか。原告の少女たちは、「日本国民」になったとしても、民族的な意味で日本人になったわけではない。民族的には彼女たちは日本とフィリピンという2つの文化的ルーツを持つ“ダブル”である。そのことは、昨日の東京新聞社会面の「これ、夢だよね」という奇妙なタイトル(「これ、夢じゃないよね」とすべきではなかったか?)の記事の中で、「会見の終わりには、子どもと母親らがフィリピンのタガログ語で「フィリピン人移民、万歳」と心を一つにするように声を上げた」とあったことからも明らかである。ところが、このコラムの筆者には、多くの(民族的意味での)日本人と同様、民族的意味の「日本人」と日本国民を区別するという観点がない。それは、この筆者も、多くの日本人と同様、日本人と日本国民は同じである(はずだ)、という無意識の偏見を持っているからだ。そのことは、「原告の一人、マサミちゃん(10)は日本生まれの日本育ち、日本人の血が流れ、日本語を話すのに、国籍がないばっかりに「ガイジン、ガイジン」といじめられたこともあったという」という一文にも表れている。「日本生まれ」「日本育ち」「日本人の血」「日本語を話す」というのは文化的・民族的な指標であって、そういう人を筆者は「日本人」だと見なしているのだろう。だから、「日本人」なのに「日本国籍」がないのはおかしい、という発想になるのだ。しかし、そういう発想に立つ限り、日本人以外には日本国籍を与える必要がないし、むしろ与えるべきではない、という排他的な発想と表裏一体である。しかし、元来、国籍と民族性とは別個のものなのである。日本国民の中で、主要民族である「日本人」が占める比率が高いのは事実であるが、朝鮮系、韓国系、中国系など様々な民族的出自を持つ人、あるいは外国人と日本人との“ダブル”、先住民族であるアイヌ人など、日本民族以外の日本国民も大勢いるのである。「日本生まれ」でない国民、日本育ちでない国民、「日本人の血」を一部だけ受け継ぐ国民、「日本人の血」を全く持たない国民もいる。なかにはあまり日本語を話せない日本国民もいるだろう。ところが、「日本人=日本国民」という無意識的な偏見は、こうしたマイノリティーの日本国民を不可視化し、場合によっては「本当の日本人じゃない」として差別したり排除したりするような空気を醸成するだろう。ただ単に、国籍を認めればすべてが解決する、という問題ではないのである。法的差別がなくなった後も、社会的差別が長く続くという事態は珍しくないからである。これはまさに、われわれ普通の市民一人一人の意識の問題なのである。そういう意味で、相対的には「良心的」と見られる新聞社の有名コラムの筆者が、日本社会に根強い偏見を助長するような言説を振りまいているのは嘆かわしいことである。
まずは今日の東京新聞のコラム「筆洗」を全文引用する。
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こういう素直な「大喜び」の写真にお目にかかることは、最近、あまりなかったような気がする。きのうの朝刊▼満面の笑みで、手をつなぎ跳びはねている女の子たち。その理由が「日本人になれたこと」だというのだから、同じ日本人としては、少し面はゆいけれど、まずはひと言、歓迎の言葉を言わせてほしい。おめでとう、そして、ようこそ!▼最高裁が、フィリピン人を母に、日本人を父に持つ八-十四歳の子十人に、日本国籍を認めた。出生後に父親が認知していても、両親が結婚していなければ国籍を認めない、とする国籍法の規定を憲法の「法の下の平等」に反する差別、と断じたうえでのことである▼こういう婚外子の差別は、国籍認定で同じ血統主義をとるフランスやドイツにもないし、まして、日本でも母親が日本人なら認めているのだから、今回の判決はもっともというしかない。二〇〇二年に、まったく同じケースで正反対の判決を下した最高裁も六年かけて、やっと時代に追いついた▼東海地方に住む原告の一人、マサミちゃん(10)は日本生まれの日本育ち、日本人の血が流れ、日本語を話すのに、国籍がないばっかりに「ガイジン、ガイジン」といじめられたこともあったという▼同じような境遇の子は数万人いるともいわれる。この上は法を改め、早くその子たちにも言ってあげたい。ようこそ!
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この文章を読み、特に第2段落に私は激しい違和感を覚えた。原告の少女たちが喜んでいる理由は「日本人になれたこと」だという。そして、筆者は「同じ日本人」として、「少し面はゆい」が、「おめでとう、そして、ようこそ!」という「歓迎の言葉」を述べるというのだ。
原告の少女たちが喜んでいるのは「日本国籍の取得」が認められたからだ。国籍法第2条は「出生の時に父又は母が日本国民であるとき」には日本国籍を取得すると定めており、彼女らの父親は日本人であるので、本来ならば、彼女たちは出生の時点で日本国籍を持っていたはずなのである。ところが、両親の結婚を条件とするという違憲の規定のお陰で、憲法に反して彼女たちは日本国籍を剥奪されていたのである。そうした違憲状態を今回の最高裁判決が正したわけである。
筆者は原告の少女たちと「同じ日本人」だというが、これは「同じ日本国民」という意味に解釈しないと意味が通じない。「日本人になれた」という言葉も同様である。しかし、筆者には日本人と日本国民を区別して捉える視点はないようである。「日本国民イコール日本人」と勝手に前提しているようである。この点は後で論ずるとして、筆者は一体なにが「少し面はゆい」のだろうか。原告の少女らから憲法に反して国籍を剥奪していた国家の国民として「面はゆい」のだろうか? むしろ、正常な神経であれば「恥ずかしい」と表現すべき事態なのではないだろうか。そして、「おめでとう、そして、ようこそ!」などと「歓迎の言葉」を述べる神経もわからない。「おめでとう、そして、ようこそ!」などという「歓迎の言葉」は、なにか入会資格を得ることが名誉であるような結社か共同体のメンバーが新たなメンバーを迎える際に述べるのにふさわしい言葉であるが、生まれながらにしてもっていたはずの国籍を不当に奪われていたのが、遅ればせながらようやく(もともともっていたはずの)国籍を最高裁によって認められた人に対して言うべき言葉では決してないだろう。
それにしても、一体筆者はどういう意味で「日本人」という言葉を使っているのだろうか。原告の少女たちは、「日本国民」になったとしても、民族的な意味で日本人になったわけではない。民族的には彼女たちは日本とフィリピンという2つの文化的ルーツを持つ“ダブル”である。そのことは、昨日の東京新聞社会面の「これ、夢だよね」という奇妙なタイトル(「これ、夢じゃないよね」とすべきではなかったか?)の記事の中で、「会見の終わりには、子どもと母親らがフィリピンのタガログ語で「フィリピン人移民、万歳」と心を一つにするように声を上げた」とあったことからも明らかである。ところが、このコラムの筆者には、多くの(民族的意味での)日本人と同様、民族的意味の「日本人」と日本国民を区別するという観点がない。それは、この筆者も、多くの日本人と同様、日本人と日本国民は同じである(はずだ)、という無意識の偏見を持っているからだ。そのことは、「原告の一人、マサミちゃん(10)は日本生まれの日本育ち、日本人の血が流れ、日本語を話すのに、国籍がないばっかりに「ガイジン、ガイジン」といじめられたこともあったという」という一文にも表れている。「日本生まれ」「日本育ち」「日本人の血」「日本語を話す」というのは文化的・民族的な指標であって、そういう人を筆者は「日本人」だと見なしているのだろう。だから、「日本人」なのに「日本国籍」がないのはおかしい、という発想になるのだ。しかし、そういう発想に立つ限り、日本人以外には日本国籍を与える必要がないし、むしろ与えるべきではない、という排他的な発想と表裏一体である。しかし、元来、国籍と民族性とは別個のものなのである。日本国民の中で、主要民族である「日本人」が占める比率が高いのは事実であるが、朝鮮系、韓国系、中国系など様々な民族的出自を持つ人、あるいは外国人と日本人との“ダブル”、先住民族であるアイヌ人など、日本民族以外の日本国民も大勢いるのである。「日本生まれ」でない国民、日本育ちでない国民、「日本人の血」を一部だけ受け継ぐ国民、「日本人の血」を全く持たない国民もいる。なかにはあまり日本語を話せない日本国民もいるだろう。ところが、「日本人=日本国民」という無意識的な偏見は、こうしたマイノリティーの日本国民を不可視化し、場合によっては「本当の日本人じゃない」として差別したり排除したりするような空気を醸成するだろう。ただ単に、国籍を認めればすべてが解決する、という問題ではないのである。法的差別がなくなった後も、社会的差別が長く続くという事態は珍しくないからである。これはまさに、われわれ普通の市民一人一人の意識の問題なのである。そういう意味で、相対的には「良心的」と見られる新聞社の有名コラムの筆者が、日本社会に根強い偏見を助長するような言説を振りまいているのは嘆かわしいことである。
2008/06/05のBlog
[ 12:17 ]
[ 裁判・司法 ]
今朝の朝日新聞1面トップは、久々に明るいニュースだった。
(備忘録として)アサヒ・コムから記事全文を引用する。
■「国籍法は違憲」婚外子10人に日本国籍 最高裁判決
結婚していない日本人の父とフィリピン人の母から生まれた子ども10人(8~14歳)が、日本国籍の確認を国に求めた訴訟で、最高裁大法廷(裁判長・島田仁郎(にろう)長官)は4日、10人全員に日本国籍を認めた。生まれた後に父から認知されても、両親が結婚していないことを理由に日本国籍を認めない現在の国籍法は、憲法14条の「法の下の平等」に反すると判断した。
結婚しているかによる区別が違憲とされたのは初めて。同じ国籍問題を抱える子どもについて正確な統計はないが、国内だけで数万人という推計があり、海外にも相当数いるとみられる。法務省は国籍法の改正を迫られる。
また、最高裁が法律を違憲と判断した判決は、05年に海外に住む日本人に選挙権を認めない公職選挙法を違憲として以来で、戦後8件目。
国籍法の2条1号によれば、父母が結婚していない「婚外子」でも、生まれる前の段階で父の認知があれば、国籍を取得できる。一方、国籍法3条1項は、生まれた後に認知された場合に父母が結婚しなければ国籍を得られないと定めた。その違いは、出生した時点で子どもの国籍を確定させるのが大原則だという考え方による。
この国籍法を違憲と判断したのは、15人の裁判官のうち12人。うち9人が多数意見で「84年の立法当時は結婚によって日本との結びつきを区別することに理由があったが、その後に国内的、国際的な社会環境の変化があった」と指摘。その例として、家族生活や親子関係の意識の変化や実態の多様化、認知だけで国籍を認める諸外国の法改正を挙げた。
遅くとも、原告たちが国籍取得を法務局に届け出た03~05年には、結婚を要件に国籍を区別するのは不合理な差別になっていたと認定。3条1項のうち結婚の要件だけを無効にして、要件を満たせば国籍を認めると結論づけた。
一方、同じ違憲でも3人の裁判官は理由が異なり、本来は国会が立法で解決するべきだったのに怠った「立法の不作為」を違憲とする立場を採った。3人のうち1人は「現行法の拡張解釈で違憲状態を解消できる」として子どもに国籍を認めたが、他の2人は「違憲状態を是正するには、立法によるべきだ」として、国籍を認めなかった。
このほか、3人の裁判官は「婚外子は両親の結婚と父親の認知により、日本との密接な結びつきをもつ」という法務省の見解を認め、「合憲」とする反対意見を述べた。
結局、子どもに国籍を認めたのは10人の裁判官。5人は国籍を認めなかった。この判決により、原告の10人の子どもたちは、国籍取得を法務局に届け出た03~05年の時点で日本国籍を得たことになる。
一審・東京地裁は違憲と判断したが、二審・東京高裁は憲法判断に踏み込まずに子ども側の逆転敗訴としていた。(岩田清隆)
===========<以上、引用>================
最高裁大法廷の多数意見の結論そのものはごく当然のことのようにも思えるが、最高裁が戦後60余年の間に現行法を違憲と断じた判決がこれで8件目だということを知れば、今回の違憲判決がいかに画期的であるかということがわかるだろう。
しかも、驚くべきことはそれだけではない。今朝の新聞は、朝日、読売、日経、毎日、産経の5大紙がそろって社説でこの判決を取り上げており、すべての社説が今回の判決を評価しているのである。以下に、そのリンクを貼っておく。
ざっと読んだ限りでは、毎日新聞の社説が最も優れているように感じた。
【朝日新聞社説】婚外子の国籍―子どもを救った違憲判断
【読売新聞社説】「国籍法」違憲 時代に合わない法を正した
【毎日新聞社説】国籍法は違憲 価値観の見直し迫る最高裁
【日経新聞社説】速やかに国籍法の手直しを
【産経新聞主張】婚外子国籍訴訟 時代の流れくんだ判決だ
*なお、社説ではないが、東京新聞の社会面の記事のリンクも貼っておく。
婚外子訴訟逆転勝訴 「これ、夢だよね」
2008/06/04のBlog
[ 19:14 ]
[ 社会 ]
warmgunさんが藤原正彦氏に対する批判を続けておられる。藤原氏の『国家の品格』については、私もこのブログの前身ブログにおいて1度か2度批判したことがあるが、それ以後は、こんなバカをこれ以上相手にしても仕方がないと無視していた。しかし、warmgunさんは「<バカの言説>を放置するなら、<バカの言説>がこの日本列島を覆い尽くすというこの<現実>を放置することになる」と述べておられる。確かにそのとおりかもしれないが、「まともな言説」を読む層と、「バカの言説」を読む層とははじめからすれ違っているから、「バカの言説」を批判することにどれほど意味があるのか、という疑問も湧く。また、「バカな言説」を振りまく人々をなくすことはできないので、問題は、こういうバカ言説を振りまく人々を使い続けるマスコミにある、とも思っていた。言い換えると、私はこういうバカ言説の影響力を多少甘くみていたのかもしれない。
しかし、warmgunさんが参照しているブログを訪問してみて驚いた。こんなバカ言説に感動したり、共感しているフツーの人々が何と多いことか!!
だいたい、「日本人は世界でも有数の美的感覚と情緒を持った人種です」だの、「虫の声を聞くと言う繊細な美しい感性は日本人以外には居ない」だの、「時間を守る、責任をまっとうすると言う日本精神」などという発言を日本以外の様々な国の人々に向かって堂々と言えるのか! もしも「言える」という人がいたら、その人は無知な恥知らず以外の何ものでもない。そして、その発言を聞いた外国人からは、この日本人は、完璧な人種差別主義者で無知蒙昧な人だと思われるだろう。
しかし、私はこの藤原センセイの講演を聴いたわけではないので、ここで話題を変える。
先日、天木直人氏が「沖縄問題が解決しないのは、本当のことが知らされていないからだ」という記事を自身のブログで書いていた。この主張をもう少し一般化すれば、「××問題が解決しないのは、本当のことが知らされていないからだ」ということになるだろう。この主張は果たして正しいだろうか。仮にこの主張が正しいとすると、少しは前途に希望が見えてくる。つまり、問題が解決しないのは、事実が知らされていないからであって、事実をもっと多くの国民に知らせれば、問題は解決に向かうだろう、と。確かにそういう側面もゼロではないだろう。後期高齢者医療制度についての報道が増えれば増えるほど、この制度に反対する国民が増えているのはその一例と言えよう。しかし、私は天木氏ほど楽観的には到底なれない。というのは、多くの国民は「本当のこと」になど関心がないからだ。多くの国民が知りたがっていることは、他の「多くの国民がどう思っているか」ということだけである。つまり、大事なのは「世間」の空気を読むことであって、事実を知ることではない。日本人にとっては、今も昔も、「世間」だけが(大澤真幸氏の言うところの)「第三者の審級」なのである。そのことが最も劇的に現れたのが、敗戦の前後であった。日本社会の公式イデオロギーは敗戦を挟んで180度変化したにも関わらず、大半の国民がそれによって精神的危機を経験することもなく、ごく平然とその変化を受け入れているのである。その当時多用された言葉で言えば、「時勢が変わった」ということであり、つまりは「世間が変わった以上、自分も変わる」、ただそれだけのことなのである。アジア太平洋戦争の本質が、聖戦であったか、侵略戦争であったかなどは、どうでもいいことなのである。大事なのは「世間がどういう態度を取るか」によって、自分の態度を合わせることだけなのである。
そう考えると、例えば、日米安保条約の本質、米軍再編と自衛隊再編の本質、といった事実をごく少数の人々がいくら伝えたところで、「国民の多数は自衛隊と日米安保を支持している」と考える国民が多数を占めている限り、彼らの考えを変えることも不可能だ、という絶望的な結論に落ち着かざるを得なくなる。嗚呼…
日本人が「世界でも有数の美的感覚」を持っているとしたならば、それは「世間との調和」(=付和雷同)という「美的」感覚だけである。
2008/05/24のBlog
[ 23:55 ]
nadjaさんが教えてくれた。
忙しいと心を亡くす、と。
女の子は好き、
女の人の本は女体なんだ、と(笑)
<時には娼婦のように
淫らな女になりな
真っ赤な口紅つけて
黒い靴下を履いて
大きく脚を広げて
片眼をつぶってみせな
人差し指で手招き
私を誘っておくれ>
(なかにし礼「時には娼婦のように」)
<人が幸せになるのを批判する権利は誰にもない
みんな幸せになっていいんだ
人に迷惑さえかけなければね
ビートルズが教えてくれた
ビートルズが教えてくれた>
(岡本おさみ「ビートルズが教えてくれた」)
[ 18:20 ]
その檻のけだものは行つたり来たりしておなじところを廻つてゐる
いつまでも退屈もしずに
いつたり来たりしながら
首を檻の柵のところにこすりつけてゐる
ひよいと止んだかと思ふと
また一端から一端をぐるぐる廻つてゐる
なにが見えるのかしらない
その考へてゐることもわからない
その柵を除つてしまつても然うやつてゐるにちがひない
三年も十年も百年も
このけだものが檻にはひつてゐる間
やつぱり首をふつてゐるにちがひない
ところが時々こつそりと
けだものは廻ることを止めて
そつと高いはふの柵をのぞいて見ることがある
そのとき白い上目をする
空があをくそこからも見える
誰だか呼ぶものでもゐるやうに
ときどき ぐるぐるまひを止める
しかし間もなく また舞ひはじめる
十年も百年も
そこにどれだけの人々が立ちかはつて来ようとちつとも知らない
見ないのかもしれない
唯ときをりに例の上目をして空を見る、実に悲しげに見える。――
――室生犀星「けだもの」
この「けだもの」とは一体誰のことか?
この息苦しい檻の中で生かされている「けだもの」とは?
[ 16:03 ]
何が面白くて駝鳥を飼ふのだ。
動物園の四坪半のぬかるみの中では、
脚が大股すぎるぢやないか。
頚(くび)があんまり長過ぎるぢやないか。
雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるぢやないか。
腹がへるから堅パンも喰ふだらうが、
駝鳥の眼は遠くばかり見てゐるぢやないか。
身も世もない様に燃えてゐるぢやないか。
瑠璃色の風が今にも吹いて来るのを待ち構へてゐるぢやないか。
あの小さな素朴な頭が無辺大の夢で逆まいてゐるぢやないか。
これはもう駝鳥ぢやないぢやないか。
人間よ、
もう止せ、こんな事は。
――高村光太郎「ぼろぼろな駝鳥」
2008/05/21のBlog
[ 14:52 ]
2008/05/19のBlog