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2008/08/29のBlog
[ 13:22 ]
[ 社会 ]
――8月27日付東京新聞の「特報面」に「日本のメタボ、早くも退場?」という記事が載りました。日本のメタボ基準がいかにデタラメであるかを徹底的に暴露した優れた記事ですので、以下に全文を引用します。
==========<以下、引用>===============
日本のメタボ基準にレッドカード? 国際糖尿病連合(IDF)などにより新たなメタボリック症候群の診断基準が検討されているが、日本では必須の腹囲測定が必須ではなくなりそうな雲行きだ。今年4月の導入当初から「法的病人を増やすための基準」とも批判されてきた日本基準。早くも退場か。
日本ではメタボ診断の第一条件は腹囲だ。基準は「男性85㌢、女性90㌢以上」。常識的に考えて、女性の基準値が大きいことは不可解で、これまでにも散々、疑問が投げかけられてきた。
IDFは2006年に「日本の基準は奇妙」と指摘。日本が反応しないため、翌07年度には「男性90㌢、女性80㌢」とご丁寧に基準の提案までした。それでも日本が無視するため、IDFは米コレステロール教育プログラム(NCEP)などと協力して、腹囲を必須としない基準作りを検討している。
そもそもメタボ自体は病気ではない。その基準は、食生活や運動といった生活習慣改善の目安。糖尿病や心筋梗塞といった病気の予防が目的だ。そのため、国際的にはメタボ基準は病気ごとに作られている。あたかもメタボそのものを病気のように扱い、検査数値を基準に高脂血や高血圧の治療薬を処方するのは日本だけだ。
それに、腹囲に象徴される日本の基準値を疑問視する声は強い。
例えば、心血管疾患予防において日本のメタボ基準は有効に機能しなかったのに対し、NCEP基準ではリスクを判別できたとの疫学データもある。
日本では腹囲に続き、血糖値、中性脂肪値、血圧を測定。2つで基準値を超えればメタボとされる。NCEPにも腹囲はあるが、必須ではなく、血糖値などを加えた5項目のうち3項目で基準値を超えれば該当する。
また、腹囲測定の位置も、日本は数値が大きくなりがちなへその位置だが、海外では「内臓脂肪の計測なのだから、肋骨の下で骨の影響が少ないところ」と数㌢上の位置で測る。
現行のIDF基準では腹囲は必須になっているが、関係者によれば「日本の専門家が強く主張したため、妥協案として国別に腹囲の基準値が入った」という。その反省も今回の検討の背景にあるという。
いずれにせよ、現状の日本の基準では、男性の9割以上、女性の8割以上が、いずれかの項目で引っかかる。そんな国が「世界有数の長寿国」というのは、やはり基準に問題があることを示している。
「薬好き」という日本人の国民性もあり、製薬会社はメタボで高脂血や高血圧の薬の販売増が期待できる。それによって厚生労働省は天下り先を、研究者は寄付金をそれぞれ増やす。メタボは「新たな産官学の癒着構造をつくるための公共事業」とも呼ばれている。
「メタボの罠」などの著書で知られる東海大医学部の大櫛陽一教授はこう指摘する。「日本がめちゃくちゃな基準を作ってそれを利用しているために、メタボ基準が国際的に混乱している。『これを正そう』としているのが今回の動きだ」
=========<以上、引用>=============
*記事と画像は何の関係もありません。
画像は「映画生活」の「スカイ・クロラ」フォト・ギャラリーからお借りしています。
2008/08/27のBlog
[ 19:39 ]
[ 本たち ]
[マキノコさんの関連記事]
しばらくブログを休もうと思っていたが、これを読んでは書かないわけにはいかない。
マキノコさんの記事「生命」である。これは加賀乙彦氏の著書『死刑囚の記録』に対する書評であると同時に、マキノコさんが死刑制度に反対する理由を述べた文章である。私もマキノコさんとほぼ同じ意見であるし、『死刑囚の記録』について、マキノコさん以上の感想が書けるわけではないので、ここでは本書の感想そのものよりもその背景や周辺にある問題について述べてみたい。
実は私は、かなり前からこの本は持っていながら、一昨日まで読んでいなかった。しかし最近、死刑制度を特集した『世界』9月号に掲載された加賀乙彦氏と安田好弘弁護士の対談「死刑は社会を野蛮にする」を読み、改めて『死刑囚の記録』を読みたくなっていたところだったのだ。そんな矢先に出現したマキノコさんの記事である。これはもう、私に「読め」という御告げだろう(笑)と思い、読んでみた。
まずはじめに指摘しておきたいのは、本書が死刑囚の実態――日常生活と意識――に関する極めて貴重な実地研究の成果であり、今日ではこのような研究をすること自体が不可能である、ということだ。本書が出版されたのは1980年だが、本書に登場する様々な死刑囚――厳密に言うと、下級審段階で死刑判決を受けたが上訴(控訴または上告)中であって未だ被告人の地位にある者と、確定死刑囚の両者が含まれる――に著者が実際に面接・面談したのは、著者が若手精神科医として都立松沢病院に勤務した1954-55年、及び、東京拘置所に医官として勤務した1955-57年のことであって、その後、とくに60年代半ば以降は、法務省・刑務所の密行主義が進行し、加賀氏が行ったような死刑囚に対する比較的自由な実地研究はほとんど不可能になってしまった、ということだ。
ところで、現在日本では死刑を支持する人が8割を超えるといわれており、おそらく世界で最も死刑存置論者の比率が高い国の一つだろう。日本でこれほど死刑賛成派が多い最も重要な要因としては、国民の大半が死刑囚と死刑制度の実態を知らないことが挙げられるだろう。まず第1に、国民の大半は、死刑囚について、自分とは全く無縁の極悪人、といったイメージを持っているだろう。多くの人は、死刑囚を、自分や自分の家族、友人や知人とは全く違った“人種”であると思っているのではないだろうか。そして、自分や自分の家族・友人・知人が殺人事件の被害者になるような事態は想像しても、自分や自分の家族・友人・知人が死刑囚になる、といった事態は夢にも想像していないのではないだろうか。しかし私は、思春期以降、殺人犯や死刑囚が自分とは無縁の人間であると思ったことは一度もない。もちろん、個々の犯罪者についていえば、一片の共感も共通点も見出せないような者も少なくないが、自分が決して死刑囚になることはない、と思ったことはない。本書『死刑囚の記録』には、著者が実際に面接した死刑囚数十名――そのなかにはその後も文通などと通じて加賀氏が友人として深い交流を持った人も含まれる――のうち、約20名の死刑囚が登場するが、わずかそれだけの死刑囚のなかにも、“娑婆”と同じくらい多様な人々がいることがわかる。中には、私など及びもつかない学識や人格を備えた人もいる。むろん、中には極悪非道な犯罪を犯していながら、ほとんど反省する様子を示さない者もいるが、前非を深く悔いて内省と信仰の日々を送る人もいる。
そして、多くの人は見落としているか忘れていると思うが、死刑囚の中には実際には無実(つまり冤罪)の人がいる。加賀氏の調査によれば、死刑囚のうちおよそ2割の者が無実を主張しているらしいが、むろんこれらがすべて冤罪であるわけではない。死刑囚が死刑を免れるためには、無実を主張することが唯一の道であるため、故意に虚偽の主張をする者がいるほか、死刑囚が収監されている独居房は様々な妄想を生みやすいことから、無実であればという願望からいつしか無罪妄想を発展させる者も少なくないようである。ところが、同じく無罪を主張する死刑囚の中でも、加賀氏がその面接(もちろん、加賀氏は面接する被告・囚人については、事前にすべての裁判記録を含む身分帳を綿密に読み込み、囚人のあらゆる情報を事前に得ている)の結果、他の無罪主張者とは違って、これは冤罪ではないかという確かな手応えを得た死刑囚が、本書には6名登場する。これらの人々に共通するのは、他の無罪主張者の態度に強い不安と動揺と苛立ちが見られるのに対し、無罪を確信している者らしい裁判に対する強い確信と安心に満ちた落ち着きが鮮やかな印象を残したことであるという。うち3名は1948年の幸浦事件で起訴され、1審・2審で死刑判決を受けていたが、その後、3審の最高裁で差し戻し(裁判のやり直し)判決を得、59年の差し戻し審(東京高裁)で無罪判決を受け、63年7月には最高裁で再上告棄却・無罪判決が確定した。
残る3人のうち1人は、49年に起きた三鷹事件で逮捕された竹内影助で、1審で無期、2審と3審(最高裁)で死刑判決を受けた。死刑確定者となった竹内はその後も一貫して冤罪を叫び続けたが、67年1月、東京拘置所で脳腫瘍のため死亡した。2人目はかの有名な帝銀事件の平沢貞道である。あまりにも有名なこの事件については多言を要しないだろう。節目となる年月のみを記せば、事件発生が1948年1月、平沢が逮捕されたのが同年8月、50年7月の1審で死刑、52年9月の控訴審でも再び死刑判決を受け、55年4月の上告審で上告棄却、死刑判決が確定した。平沢はその後繰り返し再審請求を行ったが、87年5月に拘置所で死亡した。3人目は牟礼事件の被告・佐藤誠である。事件発生は50年4月、佐藤が逮捕されたのが52年10月、54年10月の1審で死刑、57年6月の2審は控訴棄却、58年8月の上告審で上告棄却され、死刑が確定した。佐藤もその後繰り返し再審請求したが、第8次再審請求中の89年10月に佐藤も死亡した。これら3つの事件について、加賀氏自身は「冤罪かも知れぬと思った」という控えめな表現で、断定を避けているが、刑事訴訟法学者で冤罪研究の専門家である小田中聡樹も『冤罪はこうして作られる』(講談社現代新書)の中で帝銀事件と牟礼事件については冤罪事件として取り上げている。
日本で死刑存置論者が多い第2の要因としては、先に述べたように、死刑制度の実態が知られていないことが挙げられるだろう。憲法は残虐な刑罰を禁じている(36条)が、死刑は残虐な刑罰ではない、と主張する人々がいる。1948年3月12日の最高裁判決がその例で、「一人の生命は全地球より重い」と言いながら、絞首刑という死刑の執行方法は「火あぶり、はりつけ、さらし首、釜ゆで」などに比べると残虐ではない、と主張する。また59年の古畑種基鑑定は、絞首刑では頸をしめられた瞬間に意識を失い、その後数分で絶命に至るから、苦痛は感じないと推測し、それゆえ残虐ではない、と主張されることもある。しかしながら、死刑の残虐さを論じるにあたり、「火あぶり、はりつけ、さらし首、釜ゆで」と比較したり、絞首刑の瞬間のみの苦痛を推測して、これを否定するのは、あまりにも戯画的である。死刑確定者は、自分がいつ死刑に処せられるかが、処刑当日の朝になるまでわからないため、不断に死と向き合い、死について考えないことも、気晴らしをすることもできず、拘禁ノイローゼになる以外に逃避の道がないほどの恐怖と精神的苦痛を日々強いられるのである。死刑囚の過半数が拘禁ノイローゼにかかっているという事実そのものが死刑制度の残酷さを示している。
しかし死刑が残酷なのは、死刑囚にとってだけではない。死刑執行を命じられる刑務官は激しい精神的ストレスと苦痛を感じ、悪夢にうなされることもしばしばであるという。しかも、死刑執行にあたる刑務官は、それまでの日々、死刑囚と向き合い、場合によっては温かい心の交流を深めているケースもある。そして、なかにはすっかり改心して静謐な精神を持つに至った死刑囚もいるのだが、そういう死刑囚であっても、死刑執行命令を受ければ、死刑執行という名の殺人を行わなければならないのである。死刑判決を下す裁判官や、死刑執行命令書に署名する法務大臣も、自分が直接処刑をしなければならないとしても、全く同じ判断ができるのだろうか。
さらに、死刑制度が存在する限り、無実の人が誤って処刑されてしまうという悲劇を完全に避けることは原理的にできない。冤罪は、おそらく普通の人が思っているよりも、はるかに多く起きている。そして、それは死刑判決事件においても例外ではない。前記『冤罪はこうして作られる』には、最近の主な再審無罪事件として13件のケースが例示されているが、そのうち4件が死刑判決確定後の再審無罪事件である。また、再審請求中および再審請求棄却等に終わった主な事件として14件が挙げられているが、このうち死刑判決を受けた事件が7件ある。いずれも「主な」事件だけである。冤罪が原理的に避け得ないのは、事件によっては、物証のないケース、状況証拠や証言や自白しかないケースもあるのに、ときには物証が偽造されることもあれば、証言が誤っていたり偽証であることもあり、さらには自白が虚偽自白であることもあるからだ。そして裁判官は、検察の立証により被告人が真犯人であることが「合理的疑いを超える」程度に証明されたとの心証を抱けば、有罪判決を下すことになる。それは死刑判決の場合も同じである。「合理的疑いを超える程度の心証」とは、裁判官個々人によっても異なるが、概ね95%くらいの確からしさだと言われている(団藤重光『死刑廃止論』参照)。つまり、裁判官は、被告人が真犯人であることに一抹の不安を覚えたとしても、ほとんど間違いないだろう、と思えば(罪状が極めて重い場合は)死刑判決を下すことになるのである。しかもこの判断は裁判官によっても異なるから、下級審(1,2審)の場合、3人の裁判官のうち一人が「合理的疑いが残る」と考えても、後の2人が「ほとんど間違いない」と思えば、死刑判決が下ることになるのである。もとより、3人の裁判官全員が「絶対に間違いない」と思ったとしても、人間である以上、その判断が文字通り「絶対に間違いない」とは言えないのであるが、上記の程度の心証で下される死刑判決が「絶対間違いない」と言えないことは明らかである。つまり、死刑という絶対的な刑罰を下す根拠はかなり曖昧なのである。
『死刑囚の記録』からは離れた内容になってしまったが、本書は、死刑囚と死刑制度の実態を知るうえで貴重な記録である。現在、死刑制度に賛成の人にとっても反対の人にとっても、同制度について再考するうえで一読の価値はあると思う。
しばらくブログを休もうと思っていたが、これを読んでは書かないわけにはいかない。
マキノコさんの記事「生命」である。これは加賀乙彦氏の著書『死刑囚の記録』に対する書評であると同時に、マキノコさんが死刑制度に反対する理由を述べた文章である。私もマキノコさんとほぼ同じ意見であるし、『死刑囚の記録』について、マキノコさん以上の感想が書けるわけではないので、ここでは本書の感想そのものよりもその背景や周辺にある問題について述べてみたい。
実は私は、かなり前からこの本は持っていながら、一昨日まで読んでいなかった。しかし最近、死刑制度を特集した『世界』9月号に掲載された加賀乙彦氏と安田好弘弁護士の対談「死刑は社会を野蛮にする」を読み、改めて『死刑囚の記録』を読みたくなっていたところだったのだ。そんな矢先に出現したマキノコさんの記事である。これはもう、私に「読め」という御告げだろう(笑)と思い、読んでみた。
まずはじめに指摘しておきたいのは、本書が死刑囚の実態――日常生活と意識――に関する極めて貴重な実地研究の成果であり、今日ではこのような研究をすること自体が不可能である、ということだ。本書が出版されたのは1980年だが、本書に登場する様々な死刑囚――厳密に言うと、下級審段階で死刑判決を受けたが上訴(控訴または上告)中であって未だ被告人の地位にある者と、確定死刑囚の両者が含まれる――に著者が実際に面接・面談したのは、著者が若手精神科医として都立松沢病院に勤務した1954-55年、及び、東京拘置所に医官として勤務した1955-57年のことであって、その後、とくに60年代半ば以降は、法務省・刑務所の密行主義が進行し、加賀氏が行ったような死刑囚に対する比較的自由な実地研究はほとんど不可能になってしまった、ということだ。
ところで、現在日本では死刑を支持する人が8割を超えるといわれており、おそらく世界で最も死刑存置論者の比率が高い国の一つだろう。日本でこれほど死刑賛成派が多い最も重要な要因としては、国民の大半が死刑囚と死刑制度の実態を知らないことが挙げられるだろう。まず第1に、国民の大半は、死刑囚について、自分とは全く無縁の極悪人、といったイメージを持っているだろう。多くの人は、死刑囚を、自分や自分の家族、友人や知人とは全く違った“人種”であると思っているのではないだろうか。そして、自分や自分の家族・友人・知人が殺人事件の被害者になるような事態は想像しても、自分や自分の家族・友人・知人が死刑囚になる、といった事態は夢にも想像していないのではないだろうか。しかし私は、思春期以降、殺人犯や死刑囚が自分とは無縁の人間であると思ったことは一度もない。もちろん、個々の犯罪者についていえば、一片の共感も共通点も見出せないような者も少なくないが、自分が決して死刑囚になることはない、と思ったことはない。本書『死刑囚の記録』には、著者が実際に面接した死刑囚数十名――そのなかにはその後も文通などと通じて加賀氏が友人として深い交流を持った人も含まれる――のうち、約20名の死刑囚が登場するが、わずかそれだけの死刑囚のなかにも、“娑婆”と同じくらい多様な人々がいることがわかる。中には、私など及びもつかない学識や人格を備えた人もいる。むろん、中には極悪非道な犯罪を犯していながら、ほとんど反省する様子を示さない者もいるが、前非を深く悔いて内省と信仰の日々を送る人もいる。
そして、多くの人は見落としているか忘れていると思うが、死刑囚の中には実際には無実(つまり冤罪)の人がいる。加賀氏の調査によれば、死刑囚のうちおよそ2割の者が無実を主張しているらしいが、むろんこれらがすべて冤罪であるわけではない。死刑囚が死刑を免れるためには、無実を主張することが唯一の道であるため、故意に虚偽の主張をする者がいるほか、死刑囚が収監されている独居房は様々な妄想を生みやすいことから、無実であればという願望からいつしか無罪妄想を発展させる者も少なくないようである。ところが、同じく無罪を主張する死刑囚の中でも、加賀氏がその面接(もちろん、加賀氏は面接する被告・囚人については、事前にすべての裁判記録を含む身分帳を綿密に読み込み、囚人のあらゆる情報を事前に得ている)の結果、他の無罪主張者とは違って、これは冤罪ではないかという確かな手応えを得た死刑囚が、本書には6名登場する。これらの人々に共通するのは、他の無罪主張者の態度に強い不安と動揺と苛立ちが見られるのに対し、無罪を確信している者らしい裁判に対する強い確信と安心に満ちた落ち着きが鮮やかな印象を残したことであるという。うち3名は1948年の幸浦事件で起訴され、1審・2審で死刑判決を受けていたが、その後、3審の最高裁で差し戻し(裁判のやり直し)判決を得、59年の差し戻し審(東京高裁)で無罪判決を受け、63年7月には最高裁で再上告棄却・無罪判決が確定した。
残る3人のうち1人は、49年に起きた三鷹事件で逮捕された竹内影助で、1審で無期、2審と3審(最高裁)で死刑判決を受けた。死刑確定者となった竹内はその後も一貫して冤罪を叫び続けたが、67年1月、東京拘置所で脳腫瘍のため死亡した。2人目はかの有名な帝銀事件の平沢貞道である。あまりにも有名なこの事件については多言を要しないだろう。節目となる年月のみを記せば、事件発生が1948年1月、平沢が逮捕されたのが同年8月、50年7月の1審で死刑、52年9月の控訴審でも再び死刑判決を受け、55年4月の上告審で上告棄却、死刑判決が確定した。平沢はその後繰り返し再審請求を行ったが、87年5月に拘置所で死亡した。3人目は牟礼事件の被告・佐藤誠である。事件発生は50年4月、佐藤が逮捕されたのが52年10月、54年10月の1審で死刑、57年6月の2審は控訴棄却、58年8月の上告審で上告棄却され、死刑が確定した。佐藤もその後繰り返し再審請求したが、第8次再審請求中の89年10月に佐藤も死亡した。これら3つの事件について、加賀氏自身は「冤罪かも知れぬと思った」という控えめな表現で、断定を避けているが、刑事訴訟法学者で冤罪研究の専門家である小田中聡樹も『冤罪はこうして作られる』(講談社現代新書)の中で帝銀事件と牟礼事件については冤罪事件として取り上げている。
日本で死刑存置論者が多い第2の要因としては、先に述べたように、死刑制度の実態が知られていないことが挙げられるだろう。憲法は残虐な刑罰を禁じている(36条)が、死刑は残虐な刑罰ではない、と主張する人々がいる。1948年3月12日の最高裁判決がその例で、「一人の生命は全地球より重い」と言いながら、絞首刑という死刑の執行方法は「火あぶり、はりつけ、さらし首、釜ゆで」などに比べると残虐ではない、と主張する。また59年の古畑種基鑑定は、絞首刑では頸をしめられた瞬間に意識を失い、その後数分で絶命に至るから、苦痛は感じないと推測し、それゆえ残虐ではない、と主張されることもある。しかしながら、死刑の残虐さを論じるにあたり、「火あぶり、はりつけ、さらし首、釜ゆで」と比較したり、絞首刑の瞬間のみの苦痛を推測して、これを否定するのは、あまりにも戯画的である。死刑確定者は、自分がいつ死刑に処せられるかが、処刑当日の朝になるまでわからないため、不断に死と向き合い、死について考えないことも、気晴らしをすることもできず、拘禁ノイローゼになる以外に逃避の道がないほどの恐怖と精神的苦痛を日々強いられるのである。死刑囚の過半数が拘禁ノイローゼにかかっているという事実そのものが死刑制度の残酷さを示している。
しかし死刑が残酷なのは、死刑囚にとってだけではない。死刑執行を命じられる刑務官は激しい精神的ストレスと苦痛を感じ、悪夢にうなされることもしばしばであるという。しかも、死刑執行にあたる刑務官は、それまでの日々、死刑囚と向き合い、場合によっては温かい心の交流を深めているケースもある。そして、なかにはすっかり改心して静謐な精神を持つに至った死刑囚もいるのだが、そういう死刑囚であっても、死刑執行命令を受ければ、死刑執行という名の殺人を行わなければならないのである。死刑判決を下す裁判官や、死刑執行命令書に署名する法務大臣も、自分が直接処刑をしなければならないとしても、全く同じ判断ができるのだろうか。
さらに、死刑制度が存在する限り、無実の人が誤って処刑されてしまうという悲劇を完全に避けることは原理的にできない。冤罪は、おそらく普通の人が思っているよりも、はるかに多く起きている。そして、それは死刑判決事件においても例外ではない。前記『冤罪はこうして作られる』には、最近の主な再審無罪事件として13件のケースが例示されているが、そのうち4件が死刑判決確定後の再審無罪事件である。また、再審請求中および再審請求棄却等に終わった主な事件として14件が挙げられているが、このうち死刑判決を受けた事件が7件ある。いずれも「主な」事件だけである。冤罪が原理的に避け得ないのは、事件によっては、物証のないケース、状況証拠や証言や自白しかないケースもあるのに、ときには物証が偽造されることもあれば、証言が誤っていたり偽証であることもあり、さらには自白が虚偽自白であることもあるからだ。そして裁判官は、検察の立証により被告人が真犯人であることが「合理的疑いを超える」程度に証明されたとの心証を抱けば、有罪判決を下すことになる。それは死刑判決の場合も同じである。「合理的疑いを超える程度の心証」とは、裁判官個々人によっても異なるが、概ね95%くらいの確からしさだと言われている(団藤重光『死刑廃止論』参照)。つまり、裁判官は、被告人が真犯人であることに一抹の不安を覚えたとしても、ほとんど間違いないだろう、と思えば(罪状が極めて重い場合は)死刑判決を下すことになるのである。しかもこの判断は裁判官によっても異なるから、下級審(1,2審)の場合、3人の裁判官のうち一人が「合理的疑いが残る」と考えても、後の2人が「ほとんど間違いない」と思えば、死刑判決が下ることになるのである。もとより、3人の裁判官全員が「絶対に間違いない」と思ったとしても、人間である以上、その判断が文字通り「絶対に間違いない」とは言えないのであるが、上記の程度の心証で下される死刑判決が「絶対間違いない」と言えないことは明らかである。つまり、死刑という絶対的な刑罰を下す根拠はかなり曖昧なのである。
『死刑囚の記録』からは離れた内容になってしまったが、本書は、死刑囚と死刑制度の実態を知るうえで貴重な記録である。現在、死刑制度に賛成の人にとっても反対の人にとっても、同制度について再考するうえで一読の価値はあると思う。
2008/08/18のBlog
[ 21:39 ]
[ 国際問題 ]
まずはじめに今日の中国新聞の社説を掲げる。
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グルジア紛争 避けたい米露「新冷戦」
'08/8/17
グルジアの南オセチア自治州をめぐる紛争が起きてから一週間余りになる。フランスやドイツによる調停の努力もあって、停戦をめぐる合意文書にグルジアのサーカシビリ大統領が署名。ロシアもきのう署名したことで、やっと停戦が発効する運びになった。
合意した六原則は(1)戦闘の全面終結(2)武力行使をしない(3)グルジア軍の撤退(4)ロシア軍は紛争前の配備地域に戻る(5)人道援助は制限しない(6)南オセチアとアブハジア自治共和国の安全保障に関する国際協議の開始―である。
ところがロシア軍は一時、グルジアの首都近郊に迫るなど、停戦合意に逆行する動きも見せている。一方、米国も人道援助を名目にグルジアへ米軍の輸送機などを派遣。旧ソ連圏で米ロが縄張りを争う「新冷戦」に発展しかねないという指摘もあり、今後の展開に目が離せない。
もともと黒海とカスピ海に挟まれたカフカス地方は、キリスト教、イスラム教が混在する民族の火薬庫ともいうべき地域だ。一九九一年にグルジアからの分離独立を宣言した南オセチアでは、その後「平和維持部隊」としてロシア軍が駐留。実際は南オセチアの後ろ盾としてグルジア政府への挑発を繰り返してきた。
その南オセチアに政府軍が攻撃を仕掛けたのが今回の発端だ。ロシアがグルジア国内の空港を爆撃するなど軍事介入に乗り出したが、明らかに過剰反応ともいえる行動である。「反ロ政権打倒が狙いでは」という批判が出るのも当然だろう。
気がかりなのは、ロシアの脅威を感じたウクライナが、ロ軍の黒海艦隊が入港する際に許可制を導入するなど、緊張関係が地域的に広がる可能性が出てきたことだ。さらにこれまで交渉が難航していた米国とポーランドが、紛争を機にミサイル配備計画に最終合意。ロシア軍側からは核兵器での対抗もあり得るとの見解さえ示された。米ロ関係が一段と悪化する恐れもある。
ともかく停戦を確実にすることが第一だ。欧州連合(EU)による監視団派遣など、国際社会の連携が何より欠かせない。国連も手をこまねいていてはなるまい。ロシアも孤立して、主要国(G8)から除名されるなどの制裁を受けるのは得策でないのは知っているはずだ。欧州の安定を脅かす事態にしないためにも、米国とともに自制が求められる。
<以上、引用>
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さて、これを読んでどう感じただろうか。大抵の人は「ふーん、そうなの」とか、「へえ、そうなんだ」といった反応が一般的なのではないだろうか。予備知識がなければ、新聞に書かれていることがそのまま事実だと受け止めてしまっても仕方ないだろう。しかし、この社説は明らかに偏向しているのだが、そのことに社説の筆者は気づいていない。自分では客観的で公平な記事を書いているつもりで、せっせと米国政府の宣伝をしているのである。もちろんそれは、なにもこの社説や中国新聞に限った話ではなく、この国のマスコミすべてについて言えることである。そうなる原因は火を見るより明らかである。それはこの国のマスコミが当局発表モノに依存する癖がついているからである。当局が発表するものをそのまま客観的な事実であるかのように報じ、その真偽について、自ら検証しようという姿勢が決定的に欠如しているのである。国内ニュースの報道で身に付いた習性は当然海外ニュースを報道するときも同じように作用する。すなわち、米国絡みのニュースであれば、日本のマスコミが依拠するのはもっぱら米国政府の発表と米国マスコミの報道である。米国のマスコミは自国内のニュースに関しては日本のマスコミよりは批判精神があるようだが、こと外交や国際関係絡みのニュースになると、米国政府べったりの報道一辺倒になる傾向が顕著である。そして、日本のマスコミは情報源を米国政府と米国のマスコミに大きく依拠しているため、米国政府の見解(というより正しく事態を表現すれば洗脳工作というべきだが)だけが一方的に垂れ流される結果となるのである。
例えば、2003年3月、米国がイラクへの侵略攻撃を開始する前、「フセイン政権が大量破壊兵器を隠し持っている」だの、「核兵器製造計画がある」だの、「フセイン政権とアルカイダがつながっている」だのといった米国政府が垂れ流す偽情報を日本のマスコミは連日大量に報道した。しかも、これらの情報が全て嘘であることは、少しでも国際情勢に通じている人なら誰でも知っていることであったにも関わらず、マスコミはそうした偽情報を米国政府のために垂れ流し続けたのである。今日、そうした情報がすべて嘘であったことは米国政府自身が認めていることであるが、そのことをもって、現在、日本のマスコミが米国政府を批判するのは茶番以外の何ものでもない。まず自らを反省することなく、米国政府を批判するのは、自らの罪を隠蔽するためのものと言うしかないだろう。
さて、今回の紛争においては、<南オセチア=ロシア>対<グルジア=米国>(注:「=」は提携・協力関係を表す)という構図になっており、日本のマスコミはロシア支局にも特派員を派遣しているから、必ずしも米国の見方だけではなく、ロシア側の見方も伝えられるのではないか、と思う人もいるかもしれないが、現実にはそういうふうにはなっていない。面白いことに、ロシアや中国に関する報道をする記者は、ロシア当局や中国当局の発表については、まず疑ってみる、という、マスコミとしては当然の姿勢があるのだが、日本政府や米国政府についてはそういう姿勢が欠如している、という二重の基準を採っているからである。
この社説も、基本的に悪いのはロシアだ、という前提に立って書かれている。そして、「「反ロ政権打倒が狙いでは」という批判が出るのも当然だろう」と、「反ロ政権打倒が狙いでは」という批判が、あたかも中立・公平な立場からの批判であるかの如くに書いているが、これは米国政府の要人が繰り返し宣伝していることだが、ロシア側は否定している。もちろん、ロシア側が否定しているから、「反ロ政権打倒が狙いではない」と言いたいのではない。そうではなく、一方当事者の宣伝だけを鵜呑みにしてしまうことの危険性に注意してもらいたいのだ。そもそも、今回の紛争はグルジア政府軍側の攻撃によって始まったものであることを強調しなければならない。ロシア軍の反撃が「過剰反応」であったとしても、それはグルジア軍の攻撃によって引き起こされた、という因果関係をはっきりさせなくてはならない。確かにこの社説でも、「南オセチアに政府軍が攻撃を仕掛けたのが今回の発端だ」とは書いてあるが、これだけでは、どこの「政府軍」かがはっきりしないうえ、南オセチアとグルジアの関係についてよく知らない大半の読者にとっては、これが何を意味しているかはほとんどわからないだろう。そして次の一文を読めば、ロシアの「過剰反応」が今回の紛争の原因なのだと誤解してしまうことは避けられないだろう。いや、この社説の筆者自身からしてそう思っているのだろう。しかし繰り返すが、ロシアの「過剰反応」はグルジア軍の攻撃がなければありえなかったのだ。
今回、グルジア軍が攻撃をしかけた南オセチアは、イラン系のオセット人という少数民族が多数(約3分の2)を占める地域で、ソ連邦時代はグルジア共和国内の自治州だったが、1991年にソ連邦が解体しグルジアが独立すると、グルジア政府は南オセチア自治州の自治権を剥奪しようとしたため、南オセチアは猛反発して独立宣言を行い、グルジア政府軍との戦争が勃発した。92年にはグルジアと南オセチアの間で停戦が実現し、それ以降、ロシア軍と南オセチア軍が平和維持軍として駐留しているが、グルジア政府の支配は及ばず、事実上の独立状態にあった。したがって、南オセチア問題は単純にグルジアの国内問題とは呼べないのである。最初のグルジア軍の攻撃によって、約2000人が殺害され、4万人(その大半が女性と子供)が難民となってロシア側の北オセチア共和国内に避難しており、南オセチア共和国の首都ツヒンヴァリのほとんどが破壊された、との報道もある(参考記事)。
また、グルジアのサアカシヴィリ政権は、米国の傀儡政権であることはよく知られており(前シュヴァルナゼ政権を失墜させたいわゆる「バラ革命」はCIAの仕掛けたクーデターだという説もある)、今回の攻撃についても、米国政府の事前承認があったと見るのが自然だろう。ブッシュ政権は今春、グルジアのNATO加盟を強力に支持すると表明しただけでなく、7月には千人以上の軍事要員をグルジアに派遣し、グルジア軍部隊の訓練にあたっている。今回の紛争にはイスラエルも間接的に関わっている。イスラエルも約千人の軍事顧問団をグルジアに派遣してグルジア軍部隊を訓練してきた。グルジアのヤコバシュヴィリ再統合相は11日、「イスラエルはロシア軍に大きな被害をもたらしたわが国兵士を訓練した自国の軍隊を誇りに思うべきだ」と述べている。
今回のグルジア軍の動きの背後には、旧東欧圏に続いて旧ソ連邦を構成していたCIS(独立国家共同体)諸国をNATOに引き入れてロシアを孤立化させ、中央アジアの石油パイプライン敷設地帯を支配下に置こうとする米国政府の意図も透けて見える。その意味で、今回のグルジア紛争が米ロ代理戦争(新冷戦)であるのは明白であり、そのような大国間のパワーポリティクスの犠牲になるのは、いつでも小国の民衆なのである。
それはさておき、マスコミの報道を見るときには、そこにどのようなバイアスがかかっているのか、常に注意しながら見る必要があるだろう。
****************
【8月20日追記】
国際情報解説者の田中宇氏は8月19日付の最新記事「米に乗せられたグルジアの惨敗」において、極めて興味深い分析を示している。
グルジア問題の背景が多角的に分析されており、非常に参考になる。この問題に感心のある向きにとっては一読の価値があると思う。
2008/07/25のBlog
[ 13:22 ]
[ メディア ]
昨夜から今朝にかけて、相次いで力作ブログが現れた。しかし、それについて書くのは後回しにして、まずは次の2つの文章を虚心坦懐に読んでみてください。
==============【A】=================
ビルに囲まれた空に入道雲がわいていた。献花台に夏の日が照る。花に埋もれるようにメッセージがあった。「ほんやのおねえちゃん いつもたくさんのえがおをありがとう きっとわすれないよ」。やりきれぬ、突然の終止符である▼東京・八王子の書店で起きた無差別殺傷事件で、アルバイトの大学生斉木愛(まな)さんが犠牲になった。人柄を知る人は「明るく、まじめな人でした」と評している。だが、一昨日までなら、尋ねられれば「明るく、まじめな人です」と答えていたはずだ▼憎んでも余りある凶行が、「です」を「でした」に変えさせた。かけがえのない命を過去のものにした。愛する肉親を、親しい友を、いまや過去形で語らなくてはならぬ人たちの無念は、いかばかりかと思う▼献花台に手を合わせながら、三好達治の詩の一節を思った。〈いいえ昨日(きのう)はありません/今日を打つのは今日の時計……昨日はどこにもありません/そこにあなたの立っていた/そこにあなたの笑っていた/昨日はどこにもありません〉。誰よりも本人が、一番悔しいに違いない▼昨日と今日を断ち切った男は、またも「誰でもよかった」とうそぶく。「親が話を聞いてくれず、事件でも起こせば名前が出ると思った」。33歳とは思えぬ幼稚さと、凶暴性の混在に背筋が冷える▼「ほんやのおねえちゃん」は、だれからも好かれたそうだ。就職を決め、卒論に励み、前向きな意欲に満ちていたと聞く。不平不満を社会や他人のせいだと決め込む愚か者からは、最も遠い人だったのに違いない。
==================================
==============【B】=================
人は誰しも、自分の平凡さをどれほど自覚していても、劇的な達成や瞬間に憧れる生き物かもしれない。多くのブロガーがアクセス数が多いほうがいい、と思うのも、自分の日常に劇的な達成を夢見るがゆえかもしれない▼「誰でもよかった」、「親を困らせてやろうと思ってやった」。八王子の通り魔殺人犯の言葉である。これは最近もどこかで聞いた。前者は秋葉原で、後者はバスジャックで。自分の人生に劇的瞬間が訪れないことに不合理さを感じる人にとって、「テレビに出てくる人」というのは劇的日常を達成しているように見えるのかもしれない▼犯罪というのは、犯人にしか計りしれない、社会的に例外的な行動だと私たちはおもいがちだ。しかし、今や犯罪の動機すら二番煎じの時代になってしまった。しかもこの動機、二つの事件から引用して張り合わせたパッチワークのようだ▼彼は罪を犯した青年たちが次々テレビで大々的に報道されたのを見て、自分も劇的な人生を達成できる、と思ったのだろうか。人を刺す瞬間、彼の脳裡には、自分がテレビに大々的に出ている光景、そのことで親が困り果てる様子がよぎっていたことだろう▼しかし、何かの行動を起こす際に、自分にしか働かない独自の論理で動けない人は、どれほどショッキングな行動に出ようと、劇的瞬間を味わうことはないだろう。もとより、このような画一化された行動様式を生み出すことについては、テレビにばかりその責任を求めるのは酷なことだろう。われわれ大新聞も他山の石としなくてはならない▼テレビ同様われわれも、彼らの事件によって、劇的な瞬間を味わい、大々的に報道することで社員一同劇的な日常生活を達成している。新聞に載るような人生にもいろいろある。このような事件ではなく、人はもっと望ましい形で劇的な人生を達成することができることを伝えたいものである。
==================================
どちらも八王子で起きた無差別殺傷事件を取り上げているが、【A】の方は、容疑者を
「33歳とは思えぬ幼稚さと、凶暴性の混在に背筋が冷える」と断罪し、「不平不満を社会や他人のせいだと決め込む愚か者」と決めつける一方、被害者に対しては、「「ほんやのおねえちゃん」は、だれからも好かれたそうだ。就職を決め、卒論に励み、前向きな意欲に満ちていたと聞く」という伝聞証拠を挙げつつ、「不平不満を社会や他人のせいだと決め込む愚か者からは、最も遠い人だったのに違いない」との推測を述べるのである。
ここにはいかなる意味でも独自の分析といえるものは一切存在しない。あるのはひたすら犯人を罵倒し、被害者を美化することによって、大衆の心理に迎合する卑しい根性だけである。warmgun氏が今朝の記事「snapshot 想像力の問題」で的確に批判されているとおり、「犯人を憎み、被害者を哀悼することなど、誰にでもできる」のであり、この文章は、「<ただひとりの独自の生>であった“ほんやのおねえちゃん”を自分の独断のために利用しているだけ」なのである。
一方、【B】はどうか。
まず、「人は誰しも、劇的な達成や瞬間に憧れる生き物かもしれない」という一般論を述べたうえで、「自分の人生に劇的瞬間が訪れないことに不合理を感じる人」のなかには「テレビに出てくる人」が「劇的日常を達成しているように見える」かもしれず、そのことが秋葉原、バスジャック、八王子と続く一連の事件の背景にある、という第1の分析が導かれる。しかしながら、八王子事件の犯人の言葉は、秋葉原事件とバスジャック事件の容疑者の言葉のつぎはぎであり、「今や犯罪の動機すら二番煎じの時代になってしまった」という第2の分析が導かれ、このような他者の模倣に基づく行動(そのことの善悪はさておき)の結果は、たとえどれほど衝撃的なものであれ、決して劇的瞬間を味わうことはできないだろう、という第3の分析が導かれる。ここまでの論理展開は明晰かつユニークなものである。そして最後に、「このような画一化された行動様式を生み出す原因は、テレビや大新聞のまさに画一的な報道姿勢にある」ということが痛烈な皮肉とともにあぶり出されるのである。
これら2つの文章は、同じ事件を題材にしながらも、その質において雲泥の差があることがおわかり頂けたであろう。以上、2つの文章の出典(筆者)はなに(誰)か?
【A】については、もうおわかりでしょう。今朝の朝日新聞「天声人語」である。
【B】は鏡 響子さんの双子の妹、響 鏡子さんが昨夜書かれた「天声人語」である。(ただし、引用に際して改行と句点を一部変更しました。)
これは私の勝手な憶測ですが、響 鏡子さんは本当はもっと「天声人語」を徹底的に茶化したパロディを書きたかったのではないでしょうか。しかし、出来上がった文章は、一部に強い皮肉な調子が込められているものの、全体としては正統派の論説文になっているのは、パロディを書いてもそれがパロディとして受けとられない可能性を危惧されたからではないでしょうか。【A】のような文章を読んでも違和感を感じない人にとっては、パロディをパロディとして受け止める力がなくなってしまっているでしょうから。
【A】の天声人語については、前述の通りwarmgunさんによって的確な批判がなされているが、このような「天声人語」的感性に対する、より一般的・包括的な批判としては、やはり昨夜書かれたmakinokoさんの記事「バカは誰だ?」が実に痛快かつ適切な批判を行っている。マキノコさんは言う。
「犯人をここぞとばかりに、罵倒したり、その被害を憂う。
被害者に同情する。
犯人より自分は優位であると誇示し、したり顔で事件を見解する…。
もちろん、被害者は悲惨であるのだが、
いくら表面をなでるように同情したところで、
当事者の悲哀などわかるわけはないだろう。
むしろ、わかった気になって犯人を責めることは、
ちがう意味で一つの罪だと思う。
決まり切ったことに対して、そうだそうだ、とうなずくことはバカでもできる。」
まさしくそのとおりである。
2008/07/22のBlog
[ 20:49 ]
[ 社会 ]
warmgunさんが「非国民通信」さんのブログから「不寛容に寛容な国」という記事を引用されていたので、私も「非国民通信」さんのブログを読んでみた。
「寛容は不寛容にも寛容であるべきか」という問いは、政治哲学では「寛容のパラドックス」とか「寛容の限界」と呼ばれる有名な問いである。非国民通信さんは要するに、日本は「不寛容に寛容な国」、つまり不寛容な国であると主張されているわけですが、私はその論説を読みながら、別の問題を考えていた。それは、「日本は不正に寛容な社会か?」という問いである。
はじめに結論を言ってしまうと、日本社会は不正に対してダブルスタンダードを取っている。つまり、「巨大な不正に対しては極めて寛容だが、小さな不正に対しては極めて不寛容な社会である」というのが、私の見解である。
つい先ごろ、イタリアの世界遺産の聖堂にどこかの短大生らが自分の名前や学校名を落書きした、というマヌケな事件が報道されたが、それに便乗するかのように、どこかの名門野球部監督だの芸能人だのの落書き事件が取り沙汰されると、ネットやメディアでバッシングが起こり、すでに謝罪にしている人間を停学処分にしたり、監督を解任するなどの騒ぎが見られた。
山本モナの不倫騒動しかり。一体、一アナウンサーの下半身事情がそんなに重大な国民的関心事なんですか、この国は! 不倫がそんなに珍しいんですか?(爆)
朝青龍バッシングしかり。大体、相撲取りがどうして人格者じゃないといけないんだ!
そういえば幸田來未の「羊水」発言というのもありましたね。あんなの、ただのおバカさんの失言なんだから、本人が謝罪すれば、それで許してやればいいじゃん。それをいつまでもいつまでもバッシングし続ける無名の人々の無気味さ!
それから朝日新聞・素粒子の「死に神」言説へのバッシングもすごかったね。私は常々このブログでも朝日新聞批判をしてきたし、素粒子の「死に神」言説にしても、決して良い表現だとは思わない。しかし、それがそんなに大騒ぎするような問題ですか? 全国犯罪被害者の会が朝日新聞に抗議をして「説明」を求め、朝日が「釈明」をすると、再び抗議と「再説明」を求めるという執拗さだった。彼らの言い分は、「素粒子」の揶揄が鳩山法相だけでなく「すべての犯罪被害者」をも冒涜するものだ、というものだった。ついでにいうと、この騒動に拉致被害者の会も便乗して朝日批判を繰り広げた。果たして「素粒子」の言葉は「すべての犯罪被害者」を冒涜するようなものだったのか。ここでしっかり事実を確認するために、問題とされた「素粒子」の文言を一語一句正確に再掲する。
<永世死刑執行人 鳩山法相。「自信と責任」に胸を張り、2カ月間隔でゴーサイン出して新記録達成。またの名、死に神。>
普通の(中卒程度の)日本語読解能力があれば、これは単に鳩山法相による死刑執行命令の頻発(のみ)を皮肉ったものであることに疑問の余地はないだろう。どこをどう曲解すれば、「すべての犯罪被害者」を冒涜するものだなどと誤読できるのだろうか。確かに朝日新聞は大メディアなので、上に挙げたような一個人を対象としたバッシングとは同列に論じられない面はあるが、このような「自分の嫌いな言説は絶対に許さない」という心情に、私はファシズムの臭いをかぐ。
以上のごくささやかな例は、日本社会が小さな不正(なかには明らかに「不正」とさえ呼べないようなものも含まれているが)に対していかに不寛容であるかを示している。
では逆に、巨大な不正、とりわけ権力者の不正や構造的不正に対してはどうだろうか。これはもう証明の必要もないくらい明白だろう。つまり、日本社会は巨大な不正に対して極めて寛大である。そうでなければ、自民党が1955年の結党以来、ごく短い一時期を除き、一貫して政権の座にある理由が説明できないだろう。与党の政治家がどれほど不正を働き、嘘をつき、公約違反を繰り返し、有権者を愚弄する発言を繰り返しても、選挙で落ちることはめったにない。落ちるとしても、たいていはその候補者本人の不正が原因ではなく、多くの場合は別の要因(対立候補や選挙時の“風”など)によるものであろう。少し古い話だが、ロッキード事件で有罪判決を受けた故・田中角栄氏が逮捕後の総選挙で何度もトップ当選したのは有名だ。
また、ブッシュ政権への追従と市場原理主義への盲信によって、医療・年金をはじめとする社会保障制度の崩壊と格差拡大、貧困層激増という今日の絶望社会を作った元凶である小泉元首相への支持が未だに高いという驚くべき事態も、日本社会が巨大な不正に対していかに寛容であるかを証明している。
例えば、大分県教委の教員採用・教員昇任をめぐる汚職事件は大きく報じられている割には、この事件を徹底的に追究し、不正を糾すべきだ、という声はあまり聞こえてこない。なぜだろうか。最も嗤うべきは、不正を隠蔽するために教員採用試験答案用紙の10年間の保存義務に違反して、年度内に廃棄処分していた県教委が、過去の不正合格が証明された教員の合格を取り消す、などと言っていることだろう。私が愛読しているサイトである「21世紀へのメッセージ」でも、著者の荒木國臣氏は次のように語っている。
<この事件の深刻さは、容疑者を処分している教委自身が犯罪行為の当事者であり、校長・教頭の昇任試験も改竄され、さらに一般行政職や警察官も同じような贈収賄の構造にまみれ、逮捕して取り調べている警察もまた汚染されていることにあります。罪人が罪人を調べ、処分している破局的な状況です。上層公務員の世界そのものが贈収賄の闇のなかで動いているのです。こうした世界では最大の犠牲者は一般市民であり、学校では意見表明権を制限された子どもたちです。(中略)しかし最大の問題は、公務員世界のみならず、すべての分野で不正と偽装・偽造、贈収賄、汚職が驚くべく蔓延していることです。>
この事件において、徹底的な不正追求と抜本的改革案が提唱されない原因は、この問題が「構造的問題」であり、世間の人々が、このような問題は多かれ少なかれどこの世界にもある、と思っているからだろう。つまり、不正合格を働きかけた斡旋者(受験者の親や親戚や知人や“恩師”など)や不正採用を行った教委や不正合格した教員に対して、寛大なる「理解」を示しているのである。言い換えれば、そういう人々は、「自分も同じ立場に置かれたら同じようなことをするだろう」、との意識から、「誰でも同じ立場に置かれたら同じようなことをするだろう」という飛躍推論を行い、「まあ、あんまり目くじらを立てるのも大人気ないし…」という「大人の態度」を示すのである。
そういえば、この国には「清濁併せ呑む」とか「水清ければ魚棲まず」などという便利な言葉があり、「多少の不正」(という名の構造的で巨大な不正)には目をつぶるのが「大人の態度」だと言われるのである。そして、あくまで原理原則論を唱える者に対しては、「お前はガキか!」と一喝して議論を打ち切るのがこの社会の「大人」たちなのである。
[ 16:20 ]
[ ニュース ]
今朝の東京新聞1面コラム「筆洗」からコメント抜きで引用する(太字化は引用者)。
===================
<三人寄れば文殊の知恵>という。政治家の場合は<三人寄れば派閥ができる>という。今は亡き大物政治家の言だと記憶している。派閥の合従連衡で、誰が首相になるかが決まっていた時代である。
もはや派閥に往年の力はないが、いつの時代も政治家が寄れば派閥が必要になるらしい。八つも存在している。最大派閥は町村派。複数いる代表世話人の一人、町村信孝官房長官の名前に由来している。
森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫の各氏と四代連続で首相を輩出している。その派閥の政策面を担当する委員会が過日『「増税論議」の前になすべきこと』と題した提言をまとめた。
代表世話人に名前を連ねている中川秀直元幹事長の持論が基になっている。驚くことに、特別会計の繰越金の活用や政府の資産、保有株式の売却などで五十兆円規模の財源をひねり出せると書いてある。国会議員の定数削減や、公益法人に天下った官僚たちの給与と退職金の是正も課題に掲げている。
消費税率は1%引き上げると、推計で約二兆五千億円の増収につながる。提言を実行できれば、2%の引き上げを十年間維持したことと同様の効果がある。引き上げが不可欠という意見とは、どうやら対立することになる。
首相を長年支えている派閥の提言である。確かに増税論議の前に内容を吟味して、可否を決める必要がある。
2008/07/18のBlog
[ 18:50 ]
[ メディア ]
【鏡 響子さんの関連したBlog】
朝日新聞絶縁記念(関連記事)として〈「天声人語」とは何だったのか?〉ということを考えてみよう。「何なのか」ではなく「何だったのか」と過去形で表記したのには二重の意味がある。ひとつは昨日書いたように、私は朝日新聞の購読を止め、30年以上に及ぶ朝日新聞とのつきあいを絶つことにしたので、私個人にとって、すでに縁の切れた過去のコラムだから、という意味がある。もうひとつは、「天声人語」の現在の執筆者(2名)の質がかつてなく低下してしまったために、もはやかつての「天声人語」と同じコラムと見なすこと自体が難しくなってしまったからである。したがって、ここで考察対象とする「天声人語」とは、主として前執筆者以前のそれである。
まずはじめに、 鏡 響子さんも「天声人語の思い出」という卓抜な記事の中で指摘しておられるが、「天声人語」というタイトルそのものからして意味不明である。このタイトルに、あたかも「天の声=神の声」を「人間の言葉」に翻訳してお前ら下々の者に伝えてやる、と言わんばかりの傲慢さを感じるのは私だけだろうか。
ところが、朝日新聞の英文版では、このコラムのタイトルは “Vox populi, vox dei” となっているのである。“Vox populi, vox dei” とは、「民の声は神の声」という意味のラテン語の諺である。それがなぜ「民声天声」ではなく「天声人語」なのか? おかしいではないか。そもそも主語と述語を入れ替えては意味がまるっきり違ってしまう(例えば、「犬は哺乳類だ」という命題は正しいが「哺乳類は犬だ」は間違いである)うえに、「人語」と「民声」は同じではない。「民の声」は「人間の声」あるいは「人間の言葉」という意味ではなく、暗に「支配者=権力者の声」と対比されているはずだ。そう考えないと、ラテン語の諺の意味が通らない。「民の声は神の声なのだ」ということによって、「支配者である権力者も被支配者である民衆の声に耳を傾けなければならない」という戒めとしての意味を持つのである。
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さて、突然話は変わりますが、『四国遍歴』『風と遊び風に学ぶ』『歩けば、風の色』といった本の著者の職業は何でしょう?(笑)もうお分かりですよね(笑)。
「はい、新聞記者です」
「素晴らしい。正解です。なぜ分かりましたか?」
「この記事のタイトルが「天声人語とは何だったのか?」なので、筆者はたぶん「天声人語」の筆者だと思いました」
「大正解で~す。名探偵ホームズも真っ青の推理ですね(笑)」
しかし、普通、新聞記者が(たとえ引退後でも)『四国遍歴』『風と遊び風に学ぶ』『歩けば、風の色』などという本ばかり出しますかね? 新聞記者時代は一体どんな仕事をしていたんでしょう? あっ、そうだ。「天声人語」の執筆でしたね。因みに筆者はタツノオトシゴ、じゃなくてタツノカズオ(辰濃和男)氏でした。この方は『文章の書き方』(岩波新書)という実にシンプルなタイトルの本も出していて、日本エッセイスト・クラブの専務理事を務めていた時期もあるそうな。いわばエッセイのプロ中のプロ、というわけですね。
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ここで戦後の歴代「天声人語」執筆者を挙げてみよう(Wikipedia他参照)。
嘉治隆一 1945年9月~1946年4月
荒垣秀雄 1946年5月~1963年4月
入江徳郎 1963年5月~1970年4月
疋田桂一郎 1970年5月~1973年2月
深代惇郎 1973年2月~1975年11月
辰濃和男 1975年11月~1988年
白井健策 1988年~1995年
栗田亘 1995年8月~2001年3月
小池民男 2001年4月~2004年3月
高橋郁男 2004年4月~2007年3月
福島申二・冨永格 2007年4月~
一般に「天声人語」の執筆者には名文家が多いと言われているが、このうち、特に名文家として有名だったのが、荒垣秀雄、入江徳郎、疋田桂一郎、辰濃和男の各氏だろう。しかし、21世紀に入ってからの執筆者である小池民男氏と高橋郁男氏については、とてもじゃないが「名文家」とは言えなし、現在の執筆者に至っては、名文どころか、日本語の使い方すら覚束ない、といった感じである。現在の執筆陣が2名という異例の体制になったのは、おそらく1人だけだと(その能力から見て)あまりにも不安なので、2名にしたのだろうが、悲しいかな、無能に2を掛けても有能になることはない、という算術が朝日新聞社の首脳陣には理解できなかったのだろうか。
それはさておき、荒垣秀雄、入江徳郎、疋田桂一郎、辰濃和男といったかつての執筆者については、誰が「名文家」だと言ったのだろうか? 私の知っているのは、朝日新聞社の後輩記者たちであり、とりわけ「天声人語」の執筆者たちである。つまり、天声人語の執筆者が、自分の先輩を名文家として奉ることによって、「天声人語」の執筆者は「名文家」である、という神話を作り上げたのではないかという疑惑が浮上する。
ま、しかし、何事も疑惑だけで判断してはいけない。実際に彼らはどのような「名文」を書いていたのだろうか。論より証拠、今手元にある辰濃和男氏の『文章の書き方』を開いてみよう。
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わかりやすさは文章の基本です。
私は学生時代、そのことを福沢諭吉の本で学びました。
もう四十年以上も前の話ですが、なにかの用事で大阪行きの東海道線の夜行に乗りました。まだ新幹線がなかったころの話です。たっぷりと時間がありました。
汽車にゆられながら『福翁自伝』を読み、読んでいるうちにそれが明治時代の書であることを忘れました。前の席に座っているおじいさんが、ゴットンゴットンという音にあわせて昔話を語ってくれるのを聞いているような、くつろいだ、快い調子がありました。
「これが文章の力というものか」
と感じ入り、心のたかぶりを覚えながら読みふけったことを記憶しています。
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なるほど。これが文章の力というものか!(爆)
実にわかりやすく、読みやすい。頭を全く使わなくても読めるではないか(笑)。
「わかりやすさ」という「文章の基本」を忠実に守っている。
しかし、「わかりやすさ」以外に何があるだろうか。ひたすら「わかりやすい」。それだけである。それ以外には何もない。
「それはお前がほんの一部分だけ引用したからだ」と言う人があれば、是非、上記の本を一冊読んでみてほしい。人によって感じ方も違うかもしれないが、少なくとも私にとっては、「わかりやすさ」以上のものは何もなかった。
書いてある内容も、毒にも薬にもならない事柄ばかりである。毒や薬(両者は結局同じことなのだが)になるような文章を書けば、反発する読者が多く現れて、売上に影響する、というわけだろう。
多くの人にとって朝という時間帯は、これから始まる一日に対する心の準備で多少なりとも緊張しているものだ。そういう緊張した心を、毒にも薬にもならない文章で、弛緩させる、・・・もとい、解きほぐすのが「天声人語」の役割だったのだろう。
要するに、「天声人語」の文章とは、「致死量の毒薬」や「悪口雑言罵詈讒謗」とは正反対のものであり、“温かいペニス”などという不埒なハンドルネームを持つブロガー(笑)の書くブログや、「独断と偏見に満ちあふれ・・・世の中の”詭弁”を断罪する」ようなブログとは真逆の志向性を持った文章であったことがわかるのである。
2008/07/17のBlog
[ 19:39 ]
[ 裁判・司法 ]
3.なぜ39条を削除するべきか
さて、それではそもそもなぜ39条のような条文が作られたのだろうか。39条は、「精神の障害によって弁識能力または制御能力の欠けた状態が心神喪失で責任無能力であり、精神の障害によって弁識能力または制御能力が著しく減退した状態が心神耗弱で限定責任能力である」ということを定めた条文であった。言い換えると、刑法上、責任能力とは「精神に障害がなく弁識能力および制御能力のある状態」ということになる。このような責任能力概念の背後にあるのは、責任非難の根拠としての「他行為可能性」概念と、「自由意思を持つ理性的人間」像である。つまり、刑法上、犯罪者の責任を問いうるためには、その行為が非難可能でなければならず、非難可能であるためには、「他の(合法的な)行為をなす可能性」(=他行為可能性)があったにも関わらず、あえて自らの自由な意思によって犯罪構成要件に該当する違法な行為を行った、という条件が存在していることが必要だ、という考え方である。すなわち、人間は本来、自由意思を持ち理性的に行動しうる存在(自由意思・理性的人間像)であり、犯行時には当該犯罪行為を回避し、合法的な他の行為を選択する可能性があったにも関わらず、あえて違法な行為を行った点に、刑事罰という責任を負わせる根拠を求める考え方である。ところが、弁識能力(善悪を識別する能力)と制御能力のうちどちらか一方でも欠けている状態でなされた犯行は、もはや他行為可能性が存在しなかったと言わざるを得ないため、非難可能性がなく、それゆえ責任能力も存在しないとされるのである。通常の、すなわち精神障害のない人間がこうした状態で犯罪を行った場合、そういう状態に陥ったことに本人の責任がない場合には、やはり責任能力が存在しなかったとして無罪になるだろう。
このような、「自由意思・理性的人間像」と「他行為可能性」概念に基づく責任論は、今日の刑法学界において広く通説として認められていると思う。ところが、現象学的刑事法学を提唱し、「刑法39条削除論」を唱える佐藤直樹は、これら2つの大前提がフィクションに基づくものであるとして、刑法理論の抜本的修正を主唱している(佐藤『刑法39条はもういらない』青弓社、参照)。佐藤の論述は極めて説得力に富むものであると私は思うが、素人である私が刑法理論の抜本的修正説にまで加担できるほどの能力も時間も全くないので、私としては、佐藤による根本的批判の詳細に立ち入るのは控え、ここでは39条の問題点に関わる範囲でのみ考察したい。
まず、39条に対する最も素朴な疑問は次のようなものだろう。
正気の(精神障害のない)人間が凶悪犯罪を起こした場合、その犯罪が「わけのわからない」ほど異常で残忍なものであればあるほど、責任も重くなり、罪も重くなるだろう。ところが、狂気の(精神障害の)人間が同じ凶悪犯罪を起こした場合、その犯罪が「わけのわからない」ほど異常で残忍なものであればあるほど、それは「狂気」の証拠とされ、責任非難は不可能となり、無罪となる、というのでは、あまりにも不合理で「狂気の沙汰」ではないかと思われよう。佐藤はこうした矛盾を、「責任非難という、刑法の屋台骨を根底からゆるがすような、最大のアポリアである」と述べているが、このパラドックスを根本的に解決するためには、佐藤の言うように、近代刑法の前提にある<理性/狂気>という二分法を廃棄するしかないだろう(佐藤「三九条はきれいさっぱり削除されるべきだ」呉智英・佐藤幹夫編『刑法三九条は削除せよ!是か非か』洋泉社所収))。ここから先の解釈は必ずしも佐藤直樹の緻密な理論に基づくものではなく、私の勝手な解釈によるものだが、人間には常に理性的な人間と常に狂気の人間という2種類の人間がいるわけではない。ほぼすべての人間には理性的側面と狂気的側面とが混ざり合っており、どちらの側面がより強く出るかは時間的・関係的に変化するものだろう。典型的な精神障害と言われる統合失調症の患者でも心神喪失に陥ることはまれであり、心神耗弱になることもそれほど多くはない。ましてやすべての精神障害者が責任無能力や限定責任能力の状態にあるわけでは決してない。また、精神障害のない者でも、凶悪な犯行を犯す瞬間には正常な精神状態ではなく、理性的判断能力が低下していると考えるのが普通だろう。そこで、佐藤の言うように、「刑法上非難されるのは、理性をもち自由意思であえて犯罪を選択したからだと考えるのではなく、たんに他人の権利を侵害するような、違法なことをやったからだと考える」ならば、「理性/狂気の二分法は不要になる」(佐藤前掲論文)。
また、「他行為可能性」という概念も虚構性に満ちたものである。これは、39条の構成要件のうちの「心理学的要件」――弁識能力と制御能力――、とりわけ制御能力の判定が可能かどうかという問題と深く関わっている。犯罪者が犯行時、制御能力を有していたか否か、すなわち他行為可能性があったか否か、ということを、誰がどのような方法によって証明できるだろうか。そのような証明は絶望的に困難なのではないだろうか。ところが実は、20世紀の初頭、責任の本質を行為の結果に対する犯罪行為者の主観的責任に求める「心理的責任論」から規範的関係という行為者の外部にあるものを責任の要素に含める「規範的責任論」へと責任論の大転換が起こった。これは責任判断を個別具体的なものから、一般的・抽象的なものに変更することを意味していた。それに伴い、「他行為可能性」も、個別具体的に判断しなくとも(できなくとも)平均的・一般的な人間であれば他行為可能性があったか否かという「平均的・一般的他行為可能性」を考察すればよい、ということになった。これは、責任能力判断の心理学的方法を基礎づけていた他行為可能性を完全にフィクション化することを意味している(佐藤前掲書参照)。言い換えれば、もはや実際にはそれぞれの犯罪者の犯行時における他行為可能性など検討しなくていい、と言っているに等しく、責任能力概念の基礎が空洞化していることを意味しているのである。
このように、他行為可能性を具体的に証明することができず、責任能力を完全に証明することができないとすると、どうすればいいのだろうか。佐藤直樹は単純明快な結論を示している。すなわち、精神障害者と健常者を同じ「人間」として扱えばよい、というのである。そのような視点に立ったとき、責任能力を判断することは廃止され、精神障害者も健常者と同じく、裁判で故意・過失の有無を判断されるべきであり、そのための判断材料として精神鑑定を利用すればよい、と主張するのである。私も佐藤のこの結論に賛同する。
2008/07/16のBlog
[ 20:06 ]
[ 裁判・司法 ]
刑法39条とは次のような条文である。
①心神喪失者の行為は、罰しない。
②心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
つまり、心神喪失者は刑法上、責任無能力とされるので、心神喪失者が犯罪を犯しても責任を問えず無罪となり、心神耗弱者は責任能力が低下している(限定責任能力)ので、心神耗弱者の犯罪については、刑を減軽することを定めた条文である。
近年、世間の耳目を集める凶悪事件や異常な犯罪が起こるたびに、裁判での精神鑑定の結果とともに注目を集めるのが、刑法のこの条文である。例えば、先月起きた秋葉原無差別殺傷事件で逮捕された加藤智大の裁判が始まれば、弁護団が精神鑑定を請求し、刑法39条2項による減刑を求める法廷戦術を採るであろうことは、ほぼ確実だろう。冤罪の可能性がなく、死刑制度が存在する現行刑法と刑事裁判の現状では、被告人に死刑判決が下されるであろうことは確実で、それを回避しようとすれば、刑法39条を援用する以外に方法はないからだ。このように、異常で不可解な凶悪事件や重大事件が起こるたびに、弁護団による精神鑑定請求の濫発や刑法39条に基づく無罪ないし減刑の主張の濫用に対して、近年は批判が高まる傾向にあり、刑法39条を削除せよとの主張も散見されるようになってきた。
私もかなり前からこの問題には素人的関心を抱き、何冊かの関連本も読んできたものの、なかなか自分としての結論を出せずにいた。もっと正直に言うと、刑法39条削除論に共感を抱きつつも、本当に削除してしまって問題はないのか自信が持てなかったのである。しかし、最近改めてこの問題を考えてみた結果、刑法39条が存在することによる弊害が明白であるのに比べ、39条を削除して生じる問題はごくわずかである、と考えるにいたり、現時点では「39条は削除すべし」という主張を暫定的な結論としたい。もちろんこれは、何ら確定的・最終的な結論ではないので、もしも「39条は存続すべし」という主張の方により説得力があると判明すれば、いつでも主張を変更する用意はある。
そこで、以下では、39条の存在によって生じている問題点と、削除した場合の功罪について検討したいと思うが、その前に、まず基本的な事実を確認しておこう。
1.心神喪失、心神耗弱の定義
心神喪失と心神耗弱の定義については、リーディング・ケースとなった1931年の大審院(最高裁の前身)判決が参照基準となっている。すなわち、そこでは、心神喪失とは「精神の障害により事物の理非善悪を弁別するの能力なくまたはこの弁識に従て行動する能力なき状態」と定義され、心神耗弱とは「精神の障害未だ上叙の能力を欠如する程度に達せざるもその能力著しく減退せる状態」と定義されている(かなづかいと漢字を改めた)。
つまり、心神喪失とは「精神の障害により」、「事物の是非善悪を弁別するの能力」または「この弁識に従て行動する能力」――すなわち弁識能力(善悪判断能力)または制御能力――が欠けている状態のことである。「精神の状態により」という前者の条件を刑法学では「生物学的要件」と呼び、弁識能力または制御能力という後者の条件を「心理学的要件」と呼んでいる。そして、心神耗弱とは、精神の障害により(生物学的要件)、弁識能力または制御能力が著しく減退した(心理学的要件)状態のことである。
それでは、被告人が犯行時に心神喪失や心神耗弱の状態になかったか否か、言い換えれば、被告人に責任能力があったか否か(完全責任能力か限定責任能力か責任無能力か)という判断は誰が下すのか、と言えば、それは裁判所なのである。最高裁は、「被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所に委ねられるべき問題である」との趣旨の判決をこれまで何度も下している。つまり、心神喪失や心神耗弱とは法律学的概念であって、精神医学的概念ではないのである。しかしながら、心神喪失や心神耗弱の「生物学的要件」とされる精神の障害の有無に関する判断について、裁判所は素人であるので、専門家である精神科医に鑑定意見を求めることがしばしばある。しかしながら、精神科医や心理学者による精神鑑定はあくまで参考意見であって、裁判所はそれに拘束されることなく、独自に判断できるとされている。
2.起訴前鑑定の問題点
ところで、日本で毎年検挙される一般刑法犯のうち、精神障害(の疑いのある)者に対して行われる精神鑑定のうち9割は「起訴前鑑定」(簡易鑑定)であって、公判中に裁判所の命令によって行われる「公判鑑定」(正式鑑定)はわずか1割にすぎない。起訴前鑑定で検察官が心神喪失と判断すれば、不起訴処分となり、精神保健福祉法の手続の下に置かれ、多くの場合は措置入院(強制入院)となる。検察官は裁判で有罪に持ち込めると判断すれば起訴するので、これは、精神障害の疑いのある者が犯した犯罪のうち、ほぼ9割は毎年不起訴処分になっていることを意味している。他方で、起訴された被告人が有罪判決を受ける確率(有罪率)は99.9%である。これは、日本の刑事訴訟法では、被疑者を起訴するかしないかは検察官の裁量に任せられており(起訴便宜主義)、検察官は自分が起訴した事件が無罪となったり裁判停止になった場合は上司からマイナスと評価され、出世に響くことから、絶対確実に有罪に持ち込めそうな事件以外は起訴したがらないからである。つまり、検察官が起訴するかしないかを判断する根拠は、公判を維持でき、有罪判決を勝ち取れるか否かであって、被疑者のためではなく、ましてや被害者のことなど念頭にはないだろう。これは、極めて重大な問題ではあるが、これについて考えると、本筋の議論から逸れてしまうので、ここでは、精神鑑定の問題点はもっぱら公判鑑定に絞って考えることにしたい。
(続く)
①心神喪失者の行為は、罰しない。
②心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
つまり、心神喪失者は刑法上、責任無能力とされるので、心神喪失者が犯罪を犯しても責任を問えず無罪となり、心神耗弱者は責任能力が低下している(限定責任能力)ので、心神耗弱者の犯罪については、刑を減軽することを定めた条文である。
近年、世間の耳目を集める凶悪事件や異常な犯罪が起こるたびに、裁判での精神鑑定の結果とともに注目を集めるのが、刑法のこの条文である。例えば、先月起きた秋葉原無差別殺傷事件で逮捕された加藤智大の裁判が始まれば、弁護団が精神鑑定を請求し、刑法39条2項による減刑を求める法廷戦術を採るであろうことは、ほぼ確実だろう。冤罪の可能性がなく、死刑制度が存在する現行刑法と刑事裁判の現状では、被告人に死刑判決が下されるであろうことは確実で、それを回避しようとすれば、刑法39条を援用する以外に方法はないからだ。このように、異常で不可解な凶悪事件や重大事件が起こるたびに、弁護団による精神鑑定請求の濫発や刑法39条に基づく無罪ないし減刑の主張の濫用に対して、近年は批判が高まる傾向にあり、刑法39条を削除せよとの主張も散見されるようになってきた。
私もかなり前からこの問題には素人的関心を抱き、何冊かの関連本も読んできたものの、なかなか自分としての結論を出せずにいた。もっと正直に言うと、刑法39条削除論に共感を抱きつつも、本当に削除してしまって問題はないのか自信が持てなかったのである。しかし、最近改めてこの問題を考えてみた結果、刑法39条が存在することによる弊害が明白であるのに比べ、39条を削除して生じる問題はごくわずかである、と考えるにいたり、現時点では「39条は削除すべし」という主張を暫定的な結論としたい。もちろんこれは、何ら確定的・最終的な結論ではないので、もしも「39条は存続すべし」という主張の方により説得力があると判明すれば、いつでも主張を変更する用意はある。
そこで、以下では、39条の存在によって生じている問題点と、削除した場合の功罪について検討したいと思うが、その前に、まず基本的な事実を確認しておこう。
1.心神喪失、心神耗弱の定義
心神喪失と心神耗弱の定義については、リーディング・ケースとなった1931年の大審院(最高裁の前身)判決が参照基準となっている。すなわち、そこでは、心神喪失とは「精神の障害により事物の理非善悪を弁別するの能力なくまたはこの弁識に従て行動する能力なき状態」と定義され、心神耗弱とは「精神の障害未だ上叙の能力を欠如する程度に達せざるもその能力著しく減退せる状態」と定義されている(かなづかいと漢字を改めた)。
つまり、心神喪失とは「精神の障害により」、「事物の是非善悪を弁別するの能力」または「この弁識に従て行動する能力」――すなわち弁識能力(善悪判断能力)または制御能力――が欠けている状態のことである。「精神の状態により」という前者の条件を刑法学では「生物学的要件」と呼び、弁識能力または制御能力という後者の条件を「心理学的要件」と呼んでいる。そして、心神耗弱とは、精神の障害により(生物学的要件)、弁識能力または制御能力が著しく減退した(心理学的要件)状態のことである。
それでは、被告人が犯行時に心神喪失や心神耗弱の状態になかったか否か、言い換えれば、被告人に責任能力があったか否か(完全責任能力か限定責任能力か責任無能力か)という判断は誰が下すのか、と言えば、それは裁判所なのである。最高裁は、「被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所に委ねられるべき問題である」との趣旨の判決をこれまで何度も下している。つまり、心神喪失や心神耗弱とは法律学的概念であって、精神医学的概念ではないのである。しかしながら、心神喪失や心神耗弱の「生物学的要件」とされる精神の障害の有無に関する判断について、裁判所は素人であるので、専門家である精神科医に鑑定意見を求めることがしばしばある。しかしながら、精神科医や心理学者による精神鑑定はあくまで参考意見であって、裁判所はそれに拘束されることなく、独自に判断できるとされている。
2.起訴前鑑定の問題点
ところで、日本で毎年検挙される一般刑法犯のうち、精神障害(の疑いのある)者に対して行われる精神鑑定のうち9割は「起訴前鑑定」(簡易鑑定)であって、公判中に裁判所の命令によって行われる「公判鑑定」(正式鑑定)はわずか1割にすぎない。起訴前鑑定で検察官が心神喪失と判断すれば、不起訴処分となり、精神保健福祉法の手続の下に置かれ、多くの場合は措置入院(強制入院)となる。検察官は裁判で有罪に持ち込めると判断すれば起訴するので、これは、精神障害の疑いのある者が犯した犯罪のうち、ほぼ9割は毎年不起訴処分になっていることを意味している。他方で、起訴された被告人が有罪判決を受ける確率(有罪率)は99.9%である。これは、日本の刑事訴訟法では、被疑者を起訴するかしないかは検察官の裁量に任せられており(起訴便宜主義)、検察官は自分が起訴した事件が無罪となったり裁判停止になった場合は上司からマイナスと評価され、出世に響くことから、絶対確実に有罪に持ち込めそうな事件以外は起訴したがらないからである。つまり、検察官が起訴するかしないかを判断する根拠は、公判を維持でき、有罪判決を勝ち取れるか否かであって、被疑者のためではなく、ましてや被害者のことなど念頭にはないだろう。これは、極めて重大な問題ではあるが、これについて考えると、本筋の議論から逸れてしまうので、ここでは、精神鑑定の問題点はもっぱら公判鑑定に絞って考えることにしたい。
(続く)
[ 06:17 ]
[ 裁判・司法 ]
小田中聰樹氏の新著『裁判員制度を批判する』(花伝社)の概要を4回にわたって紹介したところ、不破利晴さんから、裁判員制度を導入する政府の狙いは結局のところ何なのか、という質問を頂戴しました。
そこで、再び同書を手掛かりに、裁判員制度導入の真の狙いについて、小田中氏の説くところを簡単に要約してみたい。
小田中氏によると――
日本の財界は1985年のプラザ合意(G5における円高合意)以来、とりわけバブルがはじけた90年代以降、経済のグローバル化に対応すべく国際競争力の回復・強化を目指す経済的・社会的規制の撤廃・緩和、市場原理の無差別的適用、大企業の税負担軽減を目指す税制・財政・社会保障“改革”、労働力の解雇・移動・使い捨てを円滑化するための労働法制・雇用政策“改革”など新自由主義イデオロギーに基づく経済・社会構造の抜本的改造計画を推進してきた。そして、こうした改造計画を可能にする政治権力構造および行政システムの構築を目指す中で、そうした新自由主義的“改革”の一環にして「最後の要」として司法改革が位置づけられるに至った。
そもそも新自由主義は、多国籍企業化した巨大資本が、その資本蓄積運動の自由な展開にとって桎梏となった福祉国家的規制を解体し、国家装置そのものを直接コントロール下に置くとともに、経済的弱小国をも直接・間接にコントロール下に置こうとするものであるため、軍事力の積極的発動への強烈な意思に貫かれている。90年代以降、日米軍事同盟体制の再編強化とともに、自衛隊の海外派兵=日米共同作戦の展開に向けて、PKO法、日米新ガイドライン、周辺事態法、自衛隊法改正、テロ特措法、武力攻撃事態法、イラク特措法などが相次いで立法化されたのは、その端的な表れであった。
このような新自由主義的“改革”の本質を国民の視点に立って端的に表現すれば、国家・社会の露骨な「弱肉強食」装置化であり、政治的・社会的強者による政治的・社会的弱者の支配・収奪の徹底化であり、そのような支配・収奪に抵抗ないし逸脱的行動を取る者(層)を異端化・排除・抑圧するものである。そして、このような新自由主義的改革のもたらす帰結は、社会の階層的分化・分裂の進行であり、人間関係・社会関係の破壊・分断化であり、社会や人心は荒廃し、従来型の犯罪・少年非行の多発に加え、児童虐待、家庭内暴力・殺人、ストーカー犯罪など人間関係・社会関係の破綻・荒廃に起因すると思われる逸脱行動が蔓延し、これ