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イスマタリアン
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2007/04/30のBlog
[ 23:59 ] [ 日本国憲法全文 ]
昨日書いた「戦争と朝日新聞」でも取り上げたが、朝日新聞は朝刊でも「新聞と戦争」という特集を始めた(夕刊では以前から連載している)。今日の紙面では、「植民地朝鮮の記者たち」と題して、日本が朝鮮半島を植民地統治していた時代、朝日新聞が植民地・朝鮮取材の拠点にしていた「京城(現ソウル)支局」に派遣されていた記者を取り上げ、明らかな軍国主義宣伝をしていた記者が、当時は「軍国主義の宣伝をしているという認識はなかった」という証言を載せている。

さて、朝日新聞がこのような過去の戦争と自社報道との関わりについての検証を行っているのは何のためだろうか? 普通に考えれば、過去の過ちを反省し、将来再び同様の過ちを犯さないための教訓を得るためだと思うのが常識的な見方だろう。

 しかし、朝日のこの特集記事を読む限り、現場の記者たちが、今まさに自分たちがファシズムへの道行きに加担しているのではないか、といった反省は皆無のようである。昔の先輩たちは愚かな過ちを犯したが、それはあくまで「昔の先輩たち」の話であって、自分たちとは無関係である、とでも言いたいような無反省なムードが漂っている。それどころか、このような検証記事を書いている自分たちは、いかにもこうした翼賛報道とは無縁のところにいるかのような得意げな口吻すら漂っている。

 笑えるではないか! 過去の先輩がやっていた過ちを指摘しながら、自分たちが今まさに同じ過ちを犯しているとの自覚の欠片もなく、それどころか、過去の先輩の過ちを指摘することによって、自分たちの立場が清められるとでも思い込んでいるとは!! 

読解力のある人にとっては当たり前すぎて言わずもがなの事柄なのに、読解力のない人には何を言ったところで所詮理解できないので言うだけ無駄、というようなことをわざわざ書く意味があるだろうか? 読者がこの2種類だけしかいないとすれば、当然無意味である。しかし、もしかしたら両者の中間に属する人がいるかもしれないので、あまりにも当たり前のことを書くのも空しいことではあるが、拙ブログを読むための常識以前の基礎知識を挙げておく。以下の事柄が理解できない人は、このブログのどの記事を読んでも理解できるはずもないので、来るだけ時間の無駄であるということを老婆心ながら申し上げておく。

・ このブログでは、新聞記事は朝日を取り上げることが多いが、それは単に私が朝日を購読しているからにすぎない。
・ 私が朝日を購読しているのは、単に5大全国紙の中では相対的にマシだと思っているからにすぎず、朝日新聞社という企業を評価しているわけでは全くない。
・ このブログで何度も言っているように、朝日も含め、現在の日本のマスコミはすべて御用メディアに堕落していると私は批判している。
・ とはいえ、マスメディアで働く個々の記者の中には、良心的で優れたジャーナリストも少数ながら存在しているので、マスコミにもときおり良質な記事が載ることがある。しかし、私がそうした良質な記事を取り上げたからといって、その記事を載せたメディアを全体として評価しているわけではもちろんない。


ここから先は、さらにレベルの低い話である。

・ 右翼的思考に凝り固まった人々の中には、どういうわけか朝日新聞を(反権力的であるなどと)過大に評価してしまい、朝日新聞を叩くことだけを生きがいにしている人たちがいる。しかし、残念ながら、私は彼らのようには朝日新聞を全然高く評価していない。私から見れば、朝日も右寄り体制新聞にすぎない。
・ 滑稽なことに、上に述べたような人たちは、朝日新聞の読者は全員、朝日新聞の社説的見解に染まっていると思いたがるようだ。自らの思考をサンケイ的思考と一体化しているために、別の立場の人々も同じようなロボット人間だと思っているのだろう。哀れなことである。さらに笑えるのは、朝日新聞を批判すれば、朝日の記事を引用しただけで朝日全体に対しては批判的な私のような者まで批判できたと得意になるような連中がいることである。(以前、朝日の記事を批判する記事を書いたら、「朝日の受け売りしてんじゃねーぞ、バカ」というコメントをもらったこともある<苦笑>)

[ 01:45 ] [ コメント ]

傲慢無礼、意味不明、愚劣・低劣・「通りすがり」のコメントと
自己宣伝のためだけの陶酔TBは削除します(&しました)。
(いちいちお相手しているほど閑人ではないので悪しからず)

遠吠えしたければ、他人のブログでなくご自分のブログでどうぞ!

2007/04/29のBlog
[ 22:56 ] [ メディア ]
このところ忙しくて新聞をほとんど読んでいなかったので、今日はここ数日の朝日新聞をまとめ読みしてみた。
 朝日新聞は4月27日(金)から3面の「あしたを考える」というページ(社説の右側の欄)で「日本国憲法の60年」という連載を開始した。その第2回目、28日の記事から引用する。(引用箇所は太字で示す。朝日新聞を購読している人は是非全文をお読み下さい)
 

 13条に書かれた「公共の福祉」は、一昨年発表された自民党の改憲草案では「公益及び公の秩序」という言葉に差し替えられた。統治者は「個」に増して「公」を重視するのが常だ。
 そして21世紀を迎え、「安全」が「個」の前に新たに立ち現れる。「個人の自由」より「公共の安全」「犯罪抑止」優先の社会。一気に加速させたのは、01年の米同時多発テロの発生だった。
 「治安政策としての『安全・安心まちづくり』」の著者で明大兼任講師の清水雅彦氏は「防犯カメラ設置の動きが従来と違うのは、住民が自ら『監視』を望んでいること。安全・安心を望む人たちにプライバシー権を説いても届きにくい」と指摘し、こう語る。
 「人びとが感じる不安感の底には、新自由主義による格差社会、競争社会化があるのに、表面的な治安強化だけが強調され、相互監視する社会が生まれている」
 (……)
樋口(陽一)氏は言う。「(13条という)同じ条文の中に、『個人の尊重』と『公共の福祉』という言葉が出てくるのは、本来、個の主張を前提として公共が作り上げられるからだ。個を抑え込むことが、逆に公共を殺していく」
個の支えがない公は、どこに向かうのか。


 この記事にはまた、NHK交響楽団正指揮者の外山雄三氏(75)の次のような言葉も紹介されている。

 「私たちは、知らず知らずのうちに憲法から恩恵を受けていた。でも、空き地に以前何が立っていたか忘れてしまうように、一度失うと、何を失ったのかすら忘れてしまうのではないだろうか」
[ 15:02 ] [ メディア ]
今日の朝日新聞は「新聞と戦争」という特集面で、敗戦時、朝日新聞東京本社報道第二部(社会部)にいたむのたけじ氏と岸田葉子氏の対談を掲載している。
 そのなかから、むの氏の発言を引用する。(以下、引用部は太字で示す)

むの (……)社内では、軍の尻馬に乗って軍国主義を主張する記者は、いても10人中1人未満だったと思う。9人は、全滅を玉砕と書くのはおかしい、という気持ちを持っていた。問題は、それを紙面で表現できなかったことだ。
――社内では、戦争への批判的な思いを自由に記者同士で語っていたのですか。
むの できなかった。たとえば私と岸田さんの2人でなら、腹を割ってしゃべれる。ところがそこへだれかが来ると、できなくなる。(……)だから、3人以上が集まって大事な問題をしゃべるということは満州事変以降ずっと、新聞社内では行われていない。


 一方、この特集には資料として、劇作家の飯沢匡が自伝『権力と笑のはざ間で』の中で、戦争末期の朝日新聞社内について述べた、次のような記述が紹介されている。

 「朝日新聞社にしても、もう少しインテリの集合体と思っていたのに、抵抗を試みるどころか権力者に忽ち迎合して『東條の昨日の演説の草稿はおれが書いたんだ』など立身出世したつもりになってる人の姿に情けなくなっていた」

 むの氏の発言には多少の疑問点がある。むの氏の経歴を見ると、「40年、朝日新聞社に入社」とあるが、満州事変(1931年)以降ずっと、「3人以上が集まって大事な問題をしゃべるということが新聞社内で行われていない」という証言は、何を根拠にしているのだろうか。もちろん、先輩社員と2人の会話で聞いた、と考えれば辻褄はあう(が、それにしても少なくとも9年間については自分の直接体験でないのだから、伝聞証言であることを明示すべきだろう)。では、「(10人中)9人は、全滅を玉砕と書くのはおかしい、という気持ちを持っていた」という証言はどうか。むの氏が個別の社員との会話で得た感触なのだろうか。では、飯沢氏が批判しているような社員は「10人中1人未満」だったのだろうか。

 いずれにせよ――つまり、軍国主義に批判的な社員の割合が何割であったにせよ――、実際の行動としては、新聞は「全滅」を「玉砕」と書き続けたわけであり、大本営発表の嘘宣伝によって国民を騙し続けて侵略戦争のお先棒を担ぎ続けた、という事実に変わりはない。


 で、問題は現在である。
 今は果たして、「満州事変」以前なのか以後なのか!?



 この特集にはもうひとつ面白い資料が載っている。美土路昌一(みどろ・ますいち)常務が1945年1月1日、従業員に向けて行った次のような演説である。

 「この戦において無限の愛国心を湧かし士気を昂揚せしめ、一億一心の働きをなさしむるものは唯一つに言論機関あるのみであります。朝日新聞は・・・国家最大の公器であり、最大の思想戦闘隊なのであります」
 「我々が書く一字一字は我々の一滴一滴の血の滴りであり、我々が拾う一個一個の活字は我々の鮮血の結晶であり、輪転機の響きはやがて全社員が決死敵陣に突撃の喊声でなければならぬと信ずるのであります」


 この勇ましい軍国演説を行った美土路昌一氏は1964年から67年まで朝日新聞社社長を務めている(!)
2007/04/28のBlog
[ 23:12 ] [ 番外編 ]

従軍慰安婦問題について安倍首相は「心から申し訳ない」と述べ、大統領は謝罪を受け入れた。――4月28日付朝日新聞1面トップ記事より――

こうしたニュースに接したとき、言い知れぬ空しさと滑稽さと愚劣さを感じるのは私だけだろうか? このような「謝罪」を喜ぶ人が果たしてこの世にいるのだろうか? このような発言を聞いて、安倍首相が歴史認識を改めた、とか、「改心した」などと信じる人がいるのだろうか? これが、「子分が失言したことに対して親分に詫びを入れ、親分がその謝罪を受け入れるの図」以外の何ものでもないことくらい、(多少ニュースを聞いていれば)子どもでもわかる理屈だろう。

3月初めに安倍首相が(従軍慰安婦問題について)「狭義の強制性はなかった」と発言して、米議会から批判が相次いでも、安倍とその取り巻きは「発言が捻じ曲げられて伝えられている」「米議会で非難決議が採択されても謝る必要はない」などと息巻いていたのは、たとえ民主党が主導権を握る米議会に批判されようとも、ブッシュ政権(=親分)が擁護してくれると踏んでいたためだが、そのブッシュ政権も議会とほとんど同じ姿勢であることがわかるや否や、手のひらを返したように、「謝罪」姿勢に転換しただけのことである。そのため、安倍が日米バカ比べ会談のため訪米する直前には、対米従属外交を至上命題とする外務官僚が米紙記者に接待攻勢をかけて懐柔しようとしたことまで、当の米紙記者に暴露されるお粗末で、安倍首相自身も訪米前、訪米中と、アメリカのマスコミ、議会関係者、大統領に「謝罪」発言を連発している。

昨年9月、安倍が自民党総裁に選出され、安倍政権誕生が確実となった時点で、私は当時やっていたブログに「モラル崩壊政権の誕生」という記事を書いた(ブログ自体は削除してしまったが、元の原稿は自分のパソコンに保存している)。そのなかで、15年戦争の侵略性や従軍慰安婦問題などを否定しようとする安倍の歴史修正主義が対米従属外交と衝突する可能性を示しつつも、次のように指摘した。

========
「靖国ナショナリズムという病――売国奴の空威張り」という記事でも指摘したように、復古主義的=歴史修正主義的ナショナリズムと対米従属型日米同盟の維持という安倍新政権の2大方針が衝突した場合には、必ず後者が優先されるという明確な序列関係が存在するため、安倍も修正主義的歴史観が対米関係を現実的に損なう可能性が出てくれば、前者の部分的見直しを図る可能性が大である。現に、安倍の外交ブレーンである岡崎久彦などは遊就館の展示の反米史観を批判し、「遊就館を靖国神社から切り離すべきだ」などと主張し始めている。
========

今われわれが目にしているのは、ここで書いたことの戯画的表出にすぎない。つまり、安倍の言動は初めから予測された線に沿って動いているにすぎないのである。しかるに、安倍政権の誕生を「保守の星」と期待していたらしい西尾幹二のような反米保守は、「「米議会で決議がなされても謝罪はしない」などと強がったかと思うと、翌日には「謝罪」の意を表明するなど、オドオド右顧左眄(さべん)する姿勢は国民としては見るに耐えられなかった」と失望を隠さず、「安倍氏が迷走し、取り返しのつかない失態を演じているのに「次の人がいない」「官邸のスタッフが無能なせいだ」とかわいい坊やを守るようにひたすら庇(かば)うのも、ブレーンと称する保守言論界が政権べったりで、言論人として精神が独立していないからである」と、保守言論界を批判している(*1)。しかし、対米従属を至上命題とする保守派言論人の「精神が独立していない」など、あまりにも当たり前の話ではないか。では、西尾幹二のような反米保守派の精神は独立しているのか? 西尾氏の主張は、「最初に首相のなすべきは「日本軍が20万人の女性に性奴隷を強要した事実はない」と明確に、後からつけ入れられる余地のない言葉で宣言し、河野衆議院議長更迭へ動き出すことであった」というものである。これは「精神が独立している」というものではなく、単に狂っているだけである。

******

話題を変える。

例えば、殺人事件の容疑者が逮捕・起訴されると、マスコミは被害者の遺族にインタビューをする。そのようなとき、遺族が被告人に対して「謝って欲しい」などというのを聞くたびに、私は違和感を感じないではいられなかった。被告人の行為が残虐性・卑劣性などの点において「人非人」的であればあるほど、私の違和感は強まった。もちろん、一口に犯罪者(殺人犯でさえ)と言っても千差万別であり、その中には更正可能な人も当然いるだろうから、そのような犯罪者であれば、遺族として、罪を悔いて改心し更正してもらいたい、という気持ちを抱くのは理解できるし、そういう場合であれば、「謝って欲しい」と思うのは当然だろう。しかし、残念ながら私は、いかなる人も更正可能だ、とは信じられない悲観的人間観の持ち主なのである。だから、遺族が残虐な加害者を心の底から憎むことと、「謝って欲しい」と願う気持ちとは両立しないのではないかと思うのである。繰り返しになるが、加害者の更正可能性を信じているのであれば、心から「謝って欲しい」と願うことは何ら矛盾しないし、よく理解できることである。しかし、極悪非道の犯罪者に対して、被害者の遺族が心の底から憎んで極刑を望みながら、謝罪要求するのはどうも腑に落ちないのである。私がそのような犯罪被害者の遺族であれば、被告人が口先だけの「謝罪」をすること(それはほとんどの場合、減刑目的だろう)には一層の怒りをかきたてられるのではないかと想像する。

確信犯に対して謝罪要求するというのは、憲法論的には相手の「思想信条の自由」を侵す恐れすらあるのだが、そもそもそのような法律論以前に、心から反省していない相手から口先だけの「謝罪」を得たところで何の意味もないと思うのだ(*2)。


(*1)4月27日付産経新聞コラム「【正論】西尾幹二・慰安婦問題謝罪は安倍政権に致命傷」から引用。私はこのコラムを天木直人氏のブログで知ったのだが、天木氏がこのコラムについて、「この西尾氏の主張を正論で掲載した産経新聞に私は敬意を表したい」と述べているのには驚いた。一体どこに「敬意」を感じるのであろうか?

(*2)したがって、例えば、元従軍慰安婦と彼女らを支援する団体などが、安倍首相個人あるいはその他の政治家個人に謝罪要求することには意味はないと思う。しかし、日本政府が公式に謝罪表明したり、国会決議で謝罪するならば、それには大いに意味はある。政府や国会は生身の人間ではないので、感情を持たず、嘘もつき得ないので、それは政府や国会の正式な立場として拘束力を持ち続けるからだ。

2007/04/24のBlog
[ 22:10 ] [ 番外編 ]
サンシンさんのブログ「~イギリスの中の三線の響き~」の中の記事をめぐって、「中国人、韓国人、日本人を区別できるか」というようなことが話題になっていた。私は(もちろん)「私は外見では区別できない」というようなコメントをしたのだが、あとで考えて見ると、「外見では区別できない」という言い方は、別の方法(例えば本人に確認する)によれば区別できる、という考え方が前提されていたように思う。そんなことは当たり前じゃないか、と思う人も多いだろうが、果たしてそうだろうか?

例えば歌手の新井英一は自らを日本人でも韓国人でもない「コレアン・ジャパニーズ」(表記は本人が使用しているものに従った)だと名乗っているが、このような複合的なアイデンティティを生きている人は決して少なくない。父親と母親と自分の国籍が異なり、生まれた国と育った国と高等教育を受けた国と働いている国が違う、というような人も世界には大勢いる。彼らを簡単に「ナニナニ人」と決め付けることはできない。

日本人とは一体何か? 日本国民のことか、日本民族のことか、それともどちらでもないのか。多くの人は、「日本国民」「日本民族」「日本人」という言葉を互いに区別することもなく、あたかもそれらが等価であるかのごとくに使っているが、「日本国民」と「日本民族」は明らかに別物だろう。「日本国民」はとりあえず「日本国籍保持者」と定義してみよう。言うまでもないが、「日本国籍保持者」の範囲は国籍法を改正すればいつでも変わりうるわけで、それ自体、流動的なものである。さて、小錦やラモス瑠偉のように元外国人で日本国籍を取得した有名人は非常に多いが、日本社会は彼らを「日本人」とはなかなか認めようとしない傾向がある。大蔵官僚出身の新井将敬は1982年、自民党から衆院選挙に立候補した際、同じ選挙区にいた石原慎太郎の秘書によって選挙ポスター3000枚に「北朝鮮から帰化」という黒シールを貼り付けられた(さすがイシハラ!)ことが響いて落選した。このような卑劣な嫌がらせが「功を奏する」背景には、日本社会の持つ「日本人」イメージがあるだろう。これらの事実から、「日本人」とはとりあえず「日本国民」とは違うものとしてイメージされていることがわかる。では「血統」なのか?(それにしても嫌な言葉だ) ところが、両親ともに日本人であっても、いわゆる「帰国子女」が日本の学校でいじめの対象になりやすいということもよく知られている。とくに英語圏で育った「帰国子女」はいじめられないように、英語の時間にはわざと下手に発音するよう努力しているなどという涙ぐましい話も聞く。

では、日本の文化や慣習に精通していることなのか? そういう意味なら、日本で生まれ育った在日コリアンの3世や4世は日本人と全く異なるところがないと言っても過言ではないだろう。ところが、在日韓国人は日本社会では「韓国人」と見なされ、韓国の韓国人からは「日本人」と見なされる傾向があるという。しかし、そもそも在日コリアンという存在自体、(日本人と同様)明確に定義できるものではない。明確に定義できないのは、境界線が曖昧だからである。「在日コリアン」と「日本人」の結婚は非常に多く、その子どもたちもまた「日本人」や「在日コリアン」や「在日コリアンと日本人のダブル」と結婚することになるだろう。彼らの「民族」意識は人によって様々である。

では日本民族とは何なのか?
そもそも「民族」を客観的属性だけによって定義することが不可能なことは、社会学や政治学においては定説となっている。これまで、言語や文化や血統や宗教など様々な要素が民族を定義する候補として挙げられてきたが、それらのいずれの組み合わせをとっても、普遍的な民族の定義にはなりえないことが知られている。そこで登場するのが主観的定義である。つまり、「自分たちは××民族だ」という「われわれ意識」を共有するものたちの「想像の共同体」、「共同幻想」体こそが民族の正体だというのである。

そうすると、結局のところ、「日本人」とは「自分は日本人である」と思っている人ということになるだろうか。しかし、そんなことで人を区別することに何か意味があるのだろうか? 今述べた定義によれば、私は日本人だが、だからといって、石原慎太郎や安倍晋三と私の間に何か共通点があるだろうか? もちろん、同じ日本語を話しているかもしれないが、彼らとの間で何か意味あるコミュニケーションがとれるとは思えない。むしろ犬や猫との方が有意味なコミュニケーションがとれそうである。「同じ日本人だからわかりあえる」などということは決してないのである。

まとまりのない文章になってしまったが、要するに、「ナニナニ人」という区別は必ずしも自明なものではない(区別できない場合もある)し、区別ができた場合でも、そんな区別をすることに一体どういう意味があるのか、私にはよくわからないのである。


【追記】
実は、「自分は日本人である」と思っている人の集合と、「世間」(この鵺のような言葉!)が「あの人は日本人だ」と思っている人の集合とは全然一致しないのだが、この問題はこれ以上追究しない。
結局のところ、「日本人とはなにか」というような問い自体が無意味に感じられるような社会を目指していくことが大事なのではないだろうか。
2007/04/23のBlog
くどいようですが、バージニア工科大・銃乱射事件の関連ニュースから主要部分を抜粋引用します。(記事の全文を読むには見出しをクリックして下さい)


最悪の銃乱射でも銃規制強化につながらない?
――フィナンシャル・タイムズ 2007年4月20日(金)19:29

(フィナンシャル・タイムズ 2007年4月16日初出 翻訳gooニュース) ワシントン=ガイ・ディンモア

米国史上最悪とされる銃乱射事件がバージニア工科大学で発生した16日、米国の政治家はこぞって嘆きと追悼のコメントを発表した。しかし過去の事例を見る限り、政治家がどれだけ怒りのコメントを発したところで、銃規制の強化にはほとんどつながらない。

ブッシュ大統領も「衝撃を受けていた」。事件直後に報道官はそう発表した。しかし銃規制推進派が指摘するように、攻撃性の高い半自動小銃などを規制するため1994年に施行された連邦法は2004年に失効。ブッシュ政権はこの「攻撃用銃規制法」の復活に消極的だ。

「攻撃用銃が規制できなくなってしまった。非常に残念だ」 銃暴力防止のブレイディ・キャンペーン(訳注・レーガン大統領狙撃事件で撃たれて半身不随になったブレイディ元報道官の銃規制活動を引き継いだ団体)のスポークスマンはこうコメント。昨年秋に連邦上下両院で多数党となった民主党が、攻撃用銃規正法を復活させると期待はしているが「その動きはまだほとんど見えていない」という。

米国人が武器を所持する権利を保障しているのは、連邦憲法の修正第2条。この権利を擁護し続けているのが、全米ライフル協会(NRA)だ。ミズーリ州セントルイスで年次総会を終えたばかりのNRAは15日、公式サイトで、年次総会が盛況だったと報告。総会は「自由の祝典であると同時に(中略)自由を脅かす全ての敵に対して、銃をもつ全ての人が、断固たる決意を示す場だった」のだという。

NRAは先月、首都ワシントン特別区での銃規制は違憲だとする連邦高裁判決を、もろ手を挙げて歓迎したばかり。フィナンシャル・タイムズはバージニア工科大学の事件発生後に電話取材を試みたが、バージニアにあるNRA本部からの返答はまだない。

1999年4月20日にコロラド州コロンバインの高校で生徒2人が銃を乱射し、生徒12人と教師1を殺害したとき、やはり大統領選の渦中にあった米国は慄然とした。

当時のビル・クリントン大統領のもとで連邦議会は、複数の銃規制法案を成立させようとした。しかしそのたびに銃ロビーが法案をつぶしにかかった。銃ロビーはさらに、2000年にブッシュ氏がアル・ゴア氏に勝利したのは自分たちのおかげだと、自画自賛した。

・・・(以下略)・・・

************************

米の銃ロビー、権利を守る戦いに備える
――フィナンシャル・タイムズ 2007年4月21日(土)23:32

(フィナンシャル・タイムズ 2007年4月17日初出 翻訳gooニュース) アンドリュー・ワード

バージニア工科大学のキャンパスで16日、32人が射殺された。この惨事によって、銃規制の問題は米国政治の一大争点として、再浮上。そして米国の強力な銃ロビーは、守りに入ることを強いられた。

米国の世論調査はいつでも、大多数の米国民は銃規制の強化を求めているという結果を出す。たとえば昨年のギャラップ社調査によると、56%が銃規制強化を支持していた。16日の悲劇を受けて、この規制強化の支持率はさらに増えるはずだ。

一方で、銃器類を所有する米国民は推計8000万人。この人たちにとって、銃を所有するということは、大切な憲法上の権利なのだ。

報道されている全米ライフル協会(NRA)年次総会の演説によると、ラピエール副会長は銃所有者に向かって「武器を携行する権利」を制限する動きに抵抗するよう呼びかけた。「自分の自由は絶対安全だと断言できる銃保有者はひとりもいない」と副会長は訴えたという。

NRAは、米国で最も強力な政治圧力団体のひとつだ。会員数は400万人以上で、年間予算は1億8000万ドル(約212億円)。共和党が約10年間にわたってホワイトハウスと連邦議会を支配できたのは、NRAの力に拠るところが大きい。NRA以外でNRA並みの影響力をもつ団体は、保守系キリスト教団体のみだという意見もあるほどだ。

NRAは2000年大統領選に先立つ段階ですでに、ジョージ・W・ブッシュ氏との親密さを強調。ブッシュ氏当選のあかつきには「執務室からNRA活動を展開する」と豪語していた。

NRAは、米政治に圧倒的な影響力をもつ。ウエストバージニアやテネシーなど、大統領選の行方を決め得る農村地域の州で、実態とはかけ離れた巨大な力を誇っていることが理由のひとつだ。ブッシュ大統領は2000年に僅差で当選した。その勝利に不可欠だった得票をもたらしたのが、ウエストバージニアやテネシーなど、NRAが圧倒的な影響力をもつ諸州だった。2000年のあの選挙後に開かれたNRA総会でラピエール氏は会員を前に、「アル・ゴアはホワイトハウス入りしなかった。それはみなさんのおかげです」と宣言したものだ。(2へ続く)

共和党を支持してきたおかげで、NRAはたくさんの恩恵を受けてきた。共和党政権と議会は、銃所有者と銃製造業者の権利を強化するための施策を次々と導入してきたからだ。

ブッシュ大統領の共和党政権がまず最初にやったことのひとつは、銃器購入の際の身元確認の記録を24時間以内に廃棄するよう連邦捜査局(FBI)に命じた大統領令。この身元確認の記録を使って、政府は銃所有者リストを作るのではないかと、NRAは強く懸念していた。その懸念に、ブッシュ政権は応えたのだ。

ブッシュ政権はさらに、国際的な銃器密輸に対抗するための国連措置について、その実効性を弱める対応を重ねた。また連邦議会は、銃を使った暴力事件について銃器メーカーの製造者責任を問わない法律を作って銃器メーカーを守った。さらには半自動小銃を規制する法律は失効させるに至った。

銃ロビーにとって最大の勝利と言えるのはおそらく、米国民が「武器を保有・携行する権利」を保障した連邦憲法修正第2条の政府解釈だろう。ブッシュ政権はこの条文について、最も広義の拡大解釈を、政府として後押しした。

この修正第2条は銃所有の権利について一定の規制を容認しているものだというのが、過去何十年にわたり継承されてきた連邦裁判所の解釈だった。条文の文言は「自由な国家の安全にとって規律ある民兵組織は必要であるから、市民が武器を保有し、また携行する権利は、これを侵してはならない」というもの。つまり条文前半で言う「規律ある民兵組織」を維持するからには、市民の銃所有権に一定の規制を加える権利が政府にはある、という解釈だ。

しかしブッシュ政権の最初の司法長官、ジョン・アシュクロフト氏は、長年の裁判所解釈を覆し、NRAの解釈を支持。憲法が保障する銃所有の権利は、国家から派生するものではなく、あくまでも市民個人に属するものだというのが、NRAの解釈だ。そして連邦高裁も今年3月になって初めて、NRA式のこの広義の条文解釈を採用。30年間にわたり首都ワシントンン特別区で拳銃所持を禁止してきた法律について、違憲判断を下すに至った。

・・・(以下略)・・・
2007/04/22のBlog
[ 16:56 ] [ 番外編 ]
アメリカではバージニア工科大で起きた悲劇を奇貨として、銃規制推進派が沈黙する一方で銃規制反対派が勢いづくという倒錯した状況が起きており、かの国の異常さを改めて印象づけている。その銃規制反対派が自らの主張の正当性の根拠として必ず持ち出すのがアメリカ憲法修正第2条に規定された武器所有・携行権(武装権)である。アメリカ人以外には理解しにくいこの武装権とは一体何なのか、ここで改めて(初めて?)考えてみよう。とはいえ、私はアメリカ憲法についてもアメリカ史についてもズブの素人なので、これから書くことは、あくまでも素人による推測である。

 アメリカ合州国憲法は1788年に施行されたが、その憲法には統治機構に関する定めだけしかなく、人権に関する規定はなかった。そのため、3年後の1791年には、一般に「権利章典(Bill of Rights)」と呼び慣わされている修正第1条から修正第10条が制定された。武装権に関する規定は修正第2条に定められている。なお、合州国憲法には日本国憲法96条のような改正規定が存在しないので、改正したり補充したりする必要が生じた場合には修正条項を追加していく形式を採っており、現在、修正条項は27条まである。

 では、武装権を定めたとされる修正第2条の原文を見てみよう(ここでいきなり日本語訳を引かないのは、訳文自体が訳者によってまちまちだからである)。

A well regulated Militia, being necessary to the security of a free State, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed.

 冒頭からState までが分詞構文で、the right 以下が主節である。主節を訳せば、
「人民が武器を所持し携行する権利は、侵害してはならない」となる。
 分詞構文の中で問題となる単語はStateだが、その前にMilitia について説明しておく。この単語が意味するものは時代や文脈によって違う。今日ではmilitia と言えば、連邦政府の銃規制などに敵対している極右武装組織のことを指して使うのがもっぱらだが、独立当初は、独立戦争当時の民兵(義勇軍)を指していた。これ以外にも、1792年以来の国民予備軍や1916年以降の州兵を指して使う用法もある。したがって、ここでは「民兵」と訳すことにする。
 State の訳語には周知のごとく「国家」という意味と「州」という意味がある(「状態」「地位」といったその他の意味については、ここでは捨象する)が、アメリカではstate を「州」の意味で、nation を「国家」の意味で使うことが多い(*)。
 では、この条文のState は「国家」か「州」か? アメリカ憲法を訳した日本の書籍も「国家」と訳したものと「州」と訳したものとに分かれており、どちらかと言えば「国家」派が多いようだ。しかし、私はこれを「州」と解釈する。理由の第1は、Stateに不定冠詞の “a” が付いていることだ。「国家」という意味であれば、世界中にたくさんあるどこかの国という意味ではなくて、もちろん「このアメリカという国」という意味のはずだから、不定冠詞ではなく定冠詞(the)が付くはずである。第2に、この条文は、各州が民兵を組織・維持・訓練する権利を連邦政府も尊重すべきだという主旨で制定されたものであるという歴史的事実である。このように、文法的にも、歴史的事実に照らしても、Stateは「州」と解釈する以外にないと私は思う。
 したがって、修正2条の全文訳は次のようになろう。

「よく統制された民兵は自由な州の安全にとって必要であるから、人民が武器を所持し携行する権利は、これを侵してはならない」

アメリカでは、この規定が個々人に武器の所有・携行権を認めたものなのか、それとも、民兵維持に必要な限りでの武器の所有・携行の権利を認めたにすぎないのかをめぐって、今日まで論争が続いている。私は後者の解釈が正しいだろうと思ってはいるが、ここではその論争に立ち入るつもりはない。それよりも、なぜこのような規定ができたのか、という歴史的要因を考えてみたい。

 アメリカが13州で独立した当時、面積は119万8000平方キロ(現在は963万平方キロにまで膨張している)で、日本の約3.2倍、人口はおよそ400万人(東京都の3分の1)にすぎなかった。当時のアメリカ人の間では、強力な中央政府や常備軍は、イギリスの硬直した官僚制と圧制を連想させるものとして忌み嫌われており、連邦政府や正規軍は必要悪として最小限に抑えられるべきだと考えられていた。実際にも独立戦争が終わるや否や、正規軍の装備、人員ともに大幅に縮小されている。そんななか戦争終結もそこそこに、西部の未開地(実は先住民族の土地なのだが)を求める大移住の波はアパラチア山脈を越えて西へ西へと向かっており、西部の国境地帯(フロンティア)は境界線も明確ではなく、先祖伝来の土地を奪われた先住民族(いわゆるインディアン)との対立・抗争も強まっていたが、「開拓」のスピードに政府による行政・司法の整備が追いつかず、治安維持はもっぱら自警団(民兵)が担っているのが現状だった。

 そのような当時の状況を考えると、民兵(自警団)の存在は、連邦政府の正規軍と警察機構の役割を代替するものとして事実上不可欠であっただろう。つまり、当時のアメリカ合衆国という国家は、独立宣言によって崇高な理念を表明しつつ新国家として船出したものの、近代国家としての機能を未だ充分備えるに至っていないという変則的な状態だったといえよう。そのような目で修正2条の規定を改めて見直して見ると、それは、そうした未熟な現実を法的に裏書きしたにすぎなかったと言えよう。

 問題は、そのような未熟国家の現実を裏書きするためにできた変則的な規定である修正2条が、人類史上最強の軍事力を備えた超大国となった今日なお、憲法上の規定として生き続けていることである。このことの異常さにアメリカ人自身が気づく日は一体いつになったら訪れるのであろうか。


(*)アメリカの正式国名The United States of America は一般に「アメリカ合衆国」と訳されているが、ここで使われているState(s)はもちろん「州」の意味である。つまり、「州が結合してできたアメリカという国」という意味である。したがって、The United States を「合衆国」と訳すのは、はっきり言うと誤訳であり、「合州国」と書くべきだろう。また、The United Nations とは、第2次大戦中は「連合国」のことであり、今日の「国際連合」も同じ名称である。戦後の国際的平和組織の名称が「連合国」と同じになったのは、アメリカの主張によるものである。いずれにせよ、ここで使われているnationが「国家」を意味していることは明らかである。一方、アメリカ以外の英語圏では、stateは「国家」を、nationは「国民」や「民族」を意味する言葉として使用されることが多い。