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u-tata-ne
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2008/05/12のBlog
[ 00:30 ] [ 今、感じていること ]
久々に前のサポート校の先生と飲みに行った

私の仕事っぷりは相変わらずな感じだ
色々悩みすぎて、何に悩んでいたのかよく分からなくなってきてもいた
授業は少し空気が軽くなったが
決して、このままでいいとは思っていない
特に進学クラスの生徒はシビアである

今日会ったのは私が1番元気に仕事をしていた時代の同僚の先生
色々お世話になった

今の学校の惨状をお互い報告しあった
私の学校の改革のために行われる、容赦ない解雇と罵倒の嵐
前のサポート校は生徒数が増えず
私を解雇にした校長のやり方についていけずたくさんの方が退職していたらしい

私立校が生き抜くためには『進学校化』という道しか残っていないのだろうか・・・
現場を置き去りにした改革しかないのだろうか・・・

元同僚と話していて心がとても落ち着いた
久々に同じテンポで会話ができた
今私が所属している特進職員室は
有名校から引き抜かれてきた
「学校」から出たことのないインテリゲンチアばかりだ
正直、会話がうまく繋がらず、価値観もよく分からず困っている
でも、この先生方は私には伝えられないことを生徒に伝えている
進学校に必要な人材はこういう人間なんだろうか・・・

もちろんどんな生徒でも、どんな仕事でも真摯に向き合っていっているが
前のときほどの情熱もやりがいも
感じることができていないのが不思議で仕方のない日々だ

私は受験のテクニックを教えるのではなく
生徒ひとりひとりと時間をかけて向き合っていく
あのスタイルの仕事の方が好きであり
それが私の歩んできた遠回りの人生にあっているのではないだろうか
と、今日ふと感じた
子どもの数は減っていても、不登校の子どもは増えている
そういう生徒と、とことん向き合うことのほうが好きなのかもしれない・・・

「ひとまず35歳までは好きにやってみたらいいよ
misaはまだ28歳 なんでもできるよ」と言われた
そうだな ここが私の終着点というわけではない
ここでの経験も大切にしつつ、
教員の数多くある業務の中のどこを1番大切にしたいのかをさがしていきたい・・・

生徒の点数や、授業の自慢ではなく
真面目に生徒について語り合えて嬉しかった
同じような志の教員と話ができて、懐かしい匂いを感じた

実のところをいうと、
前のサポート校に帰りたいという気持ちがないわけではない
ただ、私の教育観は決して間違っているわけでも
劣っているわけでもない・・・そんなことを感じて
心がすーっと軽くなっていった

また新しい1週間 頑張ろうと思う
2008/04/29のBlog
[ 22:21 ] [ つれづれ ]
以前ブログに書いた男友達と水族館に行ってきた
今まで飲み屋で会う以外なかったが
初めて二人で遠出を試みた

理由としては、私がこの田舎での生活に疲れてしまい
気分転換したかったのが1番大きい
誘ったのは私 でも、あれこれ手配してくれたのは彼だった

ここ1週間の中で、とても楽しみしていた
いつも予定をつくると、その予定のプレッシャーに疲れるようなところがあるが
何を着て行こうか、髪形はどうしようか、スカートをはいてやろうか笑
そんなことを本当に久々考えた

水族館が好きで、都心近辺の水族館には行きつくしてる私が
まだ行ったことのない水族館は
分かっていてもかなり遠かった
それでも、久々海をみて
水槽の中をゆらゆら揺れて泳ぐ魚を観れたのは楽しかった
癒されもした
ここまで付き合ってくれた彼に感謝もした

だけれども、少しずつ何かがずれていった気がした
きっと彼も感じただろう
別れる頃には二人ともくたくただった
最初に音を上げたのは私だった

大学時代は誰よりも私の近くにいてくれた人だった
彼の聡明さ、判断の正しさが好きだった
当時付き合っていた彼よりも尊敬する部分がたくさんあった
彼が彼女と別れて以来
彼をいつも飲みに誘っているのは私だった
別にその先に何かを期待していたわけではないが
無意識にはあったのかもしれない・・・とも思う・・・・・・

あれから10年・・・もう10年・・・
お互い、人間としての根幹は変わらない
まだ二人とも楽器を吹いている
それでも働く環境が違い、付き合う人も変わった

人間としては相変わらず彼が好きである
それでも昔のように、悩んでいること、今勤めている学校の惨状
自分の考えていることを何も話せなかった・・・
自分が感じたことも何も言えなかった
私の悩みを一蹴される怖さがあった

何もいえなくて、疲れた
何もいわない私に彼も疲れた

せっかく、朝早くから付き合ってくれたのに
申し訳ないことをしてしまった
本当に申し訳ないことをしてしまった

なんだか、楽しみにいったのに
申し訳なさばかりが残った1日だった

多分、こんなことで二人が連絡を取り合わなくなることはないだろうが
もう遠出はしないだろうと思うと
なんだか寂しい帰り道だった
私は今、人恋しい季節なのだろうか・・・・
2008/04/21のBlog
授業も始まって早1週間
いろんなことがこれまで通りにいかないことを実感している

特に授業・・・
生徒とのやり取りの中で答えを導き出す私の授業は
クラス替えをしたばかりの初対面同士で、
しかも新任教員の私とだと
なかなか思うように展開しないということを痛感した
当の私も緊張している・・・
1年のブランク故か
前のように滑らかには話せていない

授業について、こんなに悩んだのは初めてだ
よく卒業生が電話で
「misaの授業をもう一度受けたい!」と言ってくれるが
そんな授業にはとてもとてもなっていない
生徒に申し訳ないと思う日々だ

少しづつ、生徒に近づいていこう、歩み寄っていこうと思うが
なかなか雪が溶けるのも難しい
今日こそは、今日こそは
生徒の瞳が輝く授業を!とは思っているのだが・・・・

私のいる職員室は管理職から
ヘッドハンティングされてきた先生が多い
いつも放課後は「己の自慢話」
・・・でも、そうするだけの実力を皆もっている・・・

私らしく、私のカラーで・・・
いつかは生徒に伝わるのかな・・・
2008/04/14のBlog
新年度始まって早2週間
新入生も嵐の入学式を終えた
まだまだお互いを窺い合っているような感じだ

私はといえば・・・
なかなか自分の居場所を見つけ出せずにふわふわ浮いているような感じだ
私立校は、私自身が通ったことがなかったため面食らうことばかりだ

生き残りをかけた改革中だけあって管理職の声は大きい
よりよい環境作りのために、かなりスタッフも入れ替えている
学校の根幹を支えていたスタッフが今すっかり抜けている
我々は昼夜管理されている
職員室はそんな職員の事情でごった返している
担任をもっている先生方はそれに加えて担任業務に追われている
・・・私は・・・??

サポート校の担任という24時間365日のノンストップ業務ではなくなり
少し、物足りないのかもしれない
確かに、普通校よりは深く生徒と関わるから仕方のないことか・・・
私が人間としてこれまで大事にしてきたものと
真逆のものを大切している人たち
未だに学歴にこだわっている人たちに面食らったり
私立校勤務経験がないから職員の話についていけなかったり・・・
まあそんな日々だ

自分を見失いそうになったり
当然のように認めてもらえると思っていたサポート校での日々が否定され
悲しくなったりもしたが
・・・ようやく持ち直してきたところだ
私は私だ
この場で、やれることをやってみよう
普通校での経験はきっとこれから先の役に立つ

授業も始まる
そうすれば少し生徒とも関わりあえるだろう
その中で、私のポジションを作っていこう

それにしても、なかなかすごいところにきてしまったものだと・・・
日々感じている
職員の価値が全て数値化される・・・・
ここは企業と同じなんだな・・・
2008/04/01のBlog
いよいよスタート
今日は、前任校の同僚や、
浪人してこれから地方に旅立つ生徒
色々深く関わった生徒から思い出したように連絡がやってきた

みんな励ましてくれた

2年後のことを考えると、どうしても心が翳るが
まずは私のできることから一歩一歩
そして、これまでの私の人生に胸を張ろう
どんな経験も無にはならない

過去があって今の私がいる

「お前が頑張り続けることが、世の中のこどものためになる
だから、とにかく頑張れ」と元同僚に励まされた

どんなこともきっと乗り越えていける
だから自分を信じて日々努力していこう

心を尽せば、相手は必ず返してくれる―
だから大丈夫
misaの教員生活 第2段いよいよ幕開け
2008/03/27のBlog
[ 04:33 ] [ 今、感じていること ]
「misa先生の言葉には、不思議な力があったよ
本当に、前に進んでいける気がした
misa先生はどこにいても、何をしていても永遠に私たちの先生だね」

昨年担任したクラスの生徒たちがささやかに集まり
写メと共にこんな素敵な言葉をくれた

彼らが卒業してそろそろ1年
優しい人の多いビニールハウスを出て、世の中の厳しさにさらされた彼らには
つらいことも多かったに違いない
でも、それでも、こんなにいい顔をして笑っている
こんな言葉を私に贈ってくれる

私は、卒業した生徒にそういうふうに言ってもらえるような教員になりたいと思っていた
私のやってきたことはきちんとそれなりに実を結んでいた
つらかったことも、電車で泣きながら帰ったことも
なにひとつ、無駄ではなかった
この言葉と共に、あの本当に大変で大変で
もがき苦しみながらも、毎日笑顔が絶えなかった前任校での日々が
「思い出」になったことを感じた

思い返せば急な解雇でうまく心に区切りをつけられないまま転職し、
それでもなんだかんだで未練がたくさんあった
それにすら気がつけなかったくらい、無理矢理あの日々に蓋をした
教員という職にも蓋をした
それが、私の心のバランスを崩し、何をしても心が鉛のように重い1年だった

でも、今なら素直にあの日々が、あの学校が好きだったと言える
いい場所にいて、素敵な経験もたくさんできた
本当にきらきら輝いていた日々だった
こう思えるのも、ようやくあの日々が「思い出」に、「過去」に変わったからだろう
私には、それが1番必要だったのかもしれない

心がようやく晴れた
雲間から光が差し込んできたようだ
なんでもやってみたらいい
悔いが残らないように、あれこれ考えすぎずやってみたらいい
だめなら、また違うところで頑張ってみたらいい
公立も受験したらいい

もう自分を責めるのも、これ以上頑張れなかった自分に敗北感を感じるのも
終わりにしよう
再び、自分の人生に胸を張ろう

そう考えたら、目の前が大きく広がった気がした
最後に生徒から教えられた
ありがとう、みんな
私も、永遠にあなたたちのことを生徒だと思っていますよ

桜も開き始めた
春は、もうそこまで来ている
1年間とまっていた時計が、ようやく動き出した
2008/03/24のBlog
[ 18:45 ] [ お仕事!! ]
内示が降りた
1年特別進学クラスの副担任
・・・まあ予想通りといったところか・・・

私の中では、精一杯努力したサポート校3年間があっての
「今日」のつもりである
もちろんこれからもそのつもりでいる

ところが、ところが校長先生からの職員前での紹介では
他の新人の先生方と違って名前だけの紹介しかいただけなかった
私の専門科目すら出てこず「あれ?専門はなんでしたっけ??」だった・・・
・・・前職が企業だからか、前任校がサポート校だからか・・・
他の先生方と違い有名進学校での経験もないし、
部活の名指導の経験もないが
それは、あまりにちょっと・・・さすがに傷つく・・・・

サポート校が教職経験として認められないのは知っていたが
本当に「未経験」として、また「ゼロ」と見られてしまうんだ・・・
見かけもこんなだから、皆さん新卒と間違えてくれるが「28歳」である
いい加減、中堅にならなくてはならない時期を迎えている
それなのに担任どころか
受験に深く関わる歴史の授業の担当も、どうも無理なようだ・・・

私立校とはそういうところなのだと知った
生徒を迎え入れるポイントも、職員会議の内容も全く違う
それを否定はしない それを選んだのは自分だ

前向きにそれでは、何故こんな未経験の私を採用してくださったのだろうか・・・
ただのホームページ管理だろうか・・・
それとも何か、見出してくださったのだろうか・・・

何はともあれ、1年生は初担当である
現場にも1年ぶりに復帰だ
いいスタートが切れるように、私も心新たに頑張ろう
誰がなんと言うと、1学年に所属している以上は
「1年生1クラス」の精神で副担任だからこそできるアプローチをしよう
ひとりひとりとサポート校とは違った方法で向き合い
何か彼らの青春の1ページに残すことができれば幸いだ

きっと、色んな場でこれまでの経験が活かせるだろう
それが、この現場に新しい風を吹かせられたらいいなと、感じている
2008/03/18のBlog
[ 02:24 ] [ お仕事!! ]
新生活もまだまだ覚束ないまま1回目の新人研修が実施された
同期との初顔合わせでもあった
同期は年齢も経験も様々だったが
新卒をのぞけば異業種からきたのは私のみだった
「即戦力」がポイントらしい
初々しさよりも、どちらかといえば「次こそは!」という空気が漂っていた
小さなスパンで非常勤、常勤を重ねて頑張ってきた人たち・・・

新しい赴任校はただいま改革真っ最中
少子化が進んでいる中、どこの私立校も生き残りをかけて必死になっている
求められるのは、いろんな意味を込めた「優秀な教員」

私立校は公立校と違い、いわゆる企業のようなものだ
ただ、企業に比べると人の入れ替えが激しい
改革が始まってからの退職者数の多さを聞き驚く
それが、自主的なのかそうでないのかは分からないが・・・

全てを覚悟で飛び込んだつもりだがなかなか現実は厳しい・・・
私は、私らしくもちろん一番大切なのは生徒だから
生徒のために働こうと思う
この職に誇りをもって、この職に再び就けることに喜びを感じて働こうと思う
この学校も自分が一番納得して選んだし、後悔はしていない

ただ、どうしても昨年のことがトラウマになっている
「うまく立ち回れ」とよく言われるがその言葉がまたプレッシャーにもなっている
始まってしまえばこんな不安も飛び去るのだろうか・・・
2008/03/08のBlog
[ 17:45 ] [ つれづれ ]
怒涛の1日が終わった
荷解きも8割終了
ほっと一息
ネットも無事接続することができた

今回の引越しは不安がいっぱいだった
とても安く見積もってしまって、本当に大丈夫かしら・・・
今より、部屋が狭くなってしまうけれど
荷物は入りきるかしら・・・
前日はそればかりが先行して、なかなか体が動かなかった

実際、きてくださった業者の方は本当に本当に親切、丁寧な方々だった
てきぱき、ダンボールを二つ重ねでがんがん運んでいく
あっという間に部屋から物がなくなってしまった

ゆっくり浸っている暇もなく
大家さんに挨拶して、移動
窓ガラスに意味不明のひびが入っていて不安だったのだが
自然現象で入るひびだから、私に負担はかからないとのこと
安心した

新天地は、実は新宿から1時間くらいのところである
関東にはかわりがないが、ベットタウンになるので
今まで住んでいたなかなかなセレブな街(私は違うが・・・)と違い
静かで、ゆったりした感じがある

急いで到着すると、引越し屋さんもガス屋さんも待ってくださっていた
今度は階段があるにも拘らず、がんがん運び込みが始まる
ガス屋さんは私を待っている間に
この周辺の、スーパー、コンビニ、ドラッグストア、ホームセンター、
ファミレス、レンタルショップ、役所、郵便局を記した
手書きのマップを書いてくださっていた
その温かい心遣いに感動した
お陰で昨日も、すぐ買い物にいけたし、晩御飯も無事食べられた

引越し屋さんも、以前から壊れていた家具の修理までしてくださり
家具配置の相談にも快く応じてくださった
雨が降り出したり、私に待たされたり、重たいダンボールがあったりしたのに
なにひとつ嫌な素振りを出さなかったのにプロの心を感じた
部屋も狭くなると思っていたが、同じ絨毯を敷いてみると
なぜか、絨毯が足りなかった・・・・
間取りの違いだろうか・・・ 

そんなこんなで嬉しいハプニングの連続で
新生活、幸先のいいスタートを切れた
たくさんの人の温かさに心から感謝!!

さあ、新生活スタート!!!
2008/03/05のBlog
[ 11:43 ] [ 今、感じていること ]
島時間が抜けきらぬまま、いよいよ東京を離れる日を迎えようとしている
気がついたら、上京してもう10年近く経ってしまった

今のアパートには4年住んだことになる
この「u-tata-ne」の開始とほぼ同じ時期だ
6年間すごした、多摩川の向こうの小さなアパートは
それなりに紆余曲折しながらも、かなりご機嫌な日々だったが
このアパートでの4年間は重たい日々だった

それこそ、u-tata-neを読み返していただければ分かるのだが笑
最初二人で始めた生活もほんの一時3人になり
胸の痛みを抱えたまま2人に戻り
そして、一人になった
人生であんなに泣いた時期はもう今後ないかもしれない
転職も2回した
解雇にもなった

思えば、学生時代の浮き足立ったものがなくなり
生きていくことの難しさのようなものに
ぶつかりまわった4年だったような気がする
振り返って、切ない感じがするとかそんなものではなく
まだ消化しきれず、ずーんと悩みに沈んだ時期だったように感じる

ただ、「そんなに悪い日々ではなかったと俺は思うよ」と
先日飲みにいった友人は言っていた
…確かにそうかもしれない
世紀の大失恋はともかく、教員になる夢がかなった
これこそ、世紀の大成功だ
教員として、完璧ではないが
不完全なりの充実した日々を送れた
大きなオーケストラで貴重な経験もたくさんした
自分の人生で何がしたいかも分かった

本当に本当につらくてどうしようもない時期が多かったが
次のステップに向けての、私が納得して消化しなくてはならない問題を
解決していくための日々だったようにも感じる
部屋を掃除しながら、この部屋の壁はこんなに白くて、気持ちよかったんだと
再認識することが多い
気持ちがきっと前向きになってきたからだろう
動かなくてはならない

さあ、いよいよ出発だ
人生で1番長く住んだ東京を離れることも
2年後が分からぬまま引越してしまうのも不安で仕方が無いが
まずは一歩 踏み出そう!!
今がその時期

ありがとう東京!!ありがとう、つらくて泣いてた私!!!
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