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BUSOblog アイディアのクロスロード
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2005/06/02のBlog
なぜか、大久保新大久保というジャンルを設けているこのブログ。
大久保にあらなた動きが・・・・・・。

ついこの間まで焼肉屋さんだったところが、その名も「韓流スター」という店に模様替えしていることがわかりました。職安通りの、ハローワークの向かいのところです。職安通りのドンキホーテの西側、山手線の線路寄りにあります。

写真は、看板だけができたところ。店の内装などはまだ工事中のようです。あとちょっとでオープンするのでしょう。韓流好きの方は、オープンしたら出かけるご準備を。
あたりをつける、あて推量をする、あてずっぽう、ということがあります。生きていれば、ほとんどの判断は、あたりをつけて判断しているはずです。それが正しいかどうかは、後から考える。あるいは、じっくり腰を落ち着けて考えられる場合、一歩ひいて考えることができます。でも、走っているとか、余裕の無いときには、あてずっぽうで生きているのです。

証明は後からすればいい。その上、もっといいのは、証明しようとして証明できなかったとしたら、いさぎよく決断は間違いであったと取り下げればいい、道をかえればいい、そういうことだと思います。自分が絶対に正しいというのかい? 間違わないというのかい? はなから無理です。

なんて、ちょっと大げさな前振りをしておきながら、テーマは、ブルースです。シカゴブルースの巨人といえば、その風貌(とくに顔の大きさ)からいっても、マディ・ウォーターズという方がおおいのではないでしょうか。

彼の歌に、「フーチークーチーマン」という曲があります。さまざまなロック・ミュージシャンにカバーされている有名な曲です。といっても、ブルースにのめりこむ前の私は、とんと知りませんでした。「有名だ」なんていっても所詮そんなものです。

「フーチークーチー」とは、奴隷としてアフリカから連行されてきた黒人の文化的な背景があるそうで、彼らの土俗宗教的なものに、ブードゥー教とよばれるような宗教があり、その中の悪魔だとか登場人物が、フーチークーチーだとか聴いたことがあります。(未検証)

ジュニア・ウェルズというやはりシカゴ・ブルースのハーモニカ奏者(ブルースの世界ではブルース・ハーピストなんて呼ばれたりします。)のアルバムに、「フードゥーマンブルース」というのがありますが、「フードゥー」というのも「ブードゥー」というのも一緒だとか。

「フーチー・クーチー・マン」は、なにか象徴的な存在の歌です。俺はフーチー・クーチーマンだ!と繰り返します。俺があの伝説の悪魔(神の化身か?)なのだ、この俺がそうだ、と自己主張するわけです。

これって、即身成仏ですね。私がそのまま大日如来である、とその身そのまま成仏してしまう。真言密教的な世界観。おれが、あのフーチー・クーチー・マンなのだ!

歌の感じでは、「フーチー・クーチー・マン」は幸運の持ち主であり、結構魔的であり、「男」っぽい感じです。しかも神の力も宿していそう。700ドル手に入れるなんて歌詞もあります。幸運、悪運に恵まれたマッチョなイメージ。

I AM A 大日如来~♪

て感じなんじゃないかな。

とりあえず、検証は後にまわして、イメージを膨らましてみたいと思います。インドでもアートマンとブラフマンとの合一というテーマがあり、仏教の中の密教では、空だ、虚仮だなどといわず、宇宙の根源的な本質である大日如来と私がいったいである。全世界は大日如来の化身であるという見方をします。

黒人文化の中に、アジア宗教的な要素があるのかもしれません。

ブードゥー教とは何か? そして、そのブードゥー教の中での、フーチー・クーチー・マンとはいったい何なのか。

今後の課題とさせていただきます。
2005/05/31のBlog
対象の質を云々する。自分と対象を切り離して云々する。よくあることですね。

これを逆転させるとどうなるか。対象を受け止める自分の質を云々する。固定的な自分ではなくて、受容の瞬間の自分の態勢・質を云々する。ということです。

「あの本は面白くなかった。」これを言い換えると、
「あの本を読んだとき、気がかりになることがあり集中できず楽しめなかった。」
「あの映画を見に行ったとき、体調がよくて涙を流すほど感動した。しかし、作品自体はたいしたことがないと言える。私のほうで勝手に深読みしてしまったのだ。」

そもそも「面白かった」というのも、評価対象に対する評価であるようでいて、単にこちら側がどう感じたかを語っているだけです。対象を語るようでいて、対象を語れていないということです。

芸術を味わうには、芸術という対象の質も大事ですが、それを受け止めるこちら側の品質も大切です。こちらがぼんくらであれば、すべての芸術はぼんくらになってしまう。まれにすばらしい芸術は、こちらの中にそのすばらしさを発見する。

先日、ビデオで映画を見ました。夜中、部屋の明かりを消して、映画館のようにしてビデオを見ました。こうすると、見る側の品質が上がります。映画に対してすごく集中できるのです。こうすると理解の仕方もまったくちがってくるように思いました。見終わってさらっと忘れてしまうような観方をしていないので、あとから映画のシーンを思い出して、主人公の悔しさを反芻したりしているのに気づいてびっくりしました。

テレビといえども観方次第で、ずいぶん違うんですね。

人生も同じ。こちらの受け止め方次第で、ずいぶん違ってきます。
2005/05/30のBlog
古典とは何か。
以前から、この言葉を書いています。ほんとうのところ、わかっていない。これが基本的な自己認識です。

学校の授業で、たしかに日本文学の古典などに接してきたことは確かです。また、大学も日本文学専修でしたので、なにがしか古典に接してきたことは確かです。

しかし、それでも、古典に接した、というくらいのことであって、古典が自分の中に息づいているとか、血肉化している、といったことからは程遠いことです。

子どもの教育において、古典の学習や、名文の学習などが重要だ、と仮にいったとしても、自分の中にそういったものがきちんと入っているかといえば、やはり大いに疑問です。

自分の読書記録などをみても、結構、軽い本を読んでいます。古典にがっぷり取り組むということは著しく少ない。仮に取り組みはじめても、すぐに挫折している。

子どもにどんな古典を与えるべきか、ということも親自身が学んでいなければできません。しかも子どもの成長はまってくれませんので、ぐずぐずしていると、与える時期をのがしたままま成人しそうです。

あわててみても、しょうがありませんが、その前にひとつだけ、「古典とは何だ」ということを一応決めておかないといけません。なんでもいいのか、古ければいいのか。

とりあえず、和漢洋の三点から考えましょう。やっぱり、この三点のバランスは欠かせないと思います。順序もこの際、和漢洋という順番に重要性が高いとしておきます。

では、何から学ぶか。和は、もう日本文学の古典でいいことにしましょう。古い、ということで古事記から。漢は漢文の有名どころ、論語をはじめとしておきます。洋は、やっぱり哲学で、プラトンにしとこう。

いいじゃないですか、そんなところで。そこらへんから読み始めて、自分の目で古典とはなんなのか考えていきたいと思います。その先は、中央公論社の世界の名著、日本の名著にあるようなところを読んでいけば、まあ大体いいんじゃないだろうか、まずは味わう、ということで古典の学習を開始しましょう。
姉妹ブログ『新宿で中国語』に記事を更新しました。

と書いて、このブログも更新するというちょっとせこいやり方ですみません。
かつて、大学受験の浪人時代に、英語に夢中になって、受験とは関係ない、社会人向けの英語学習本をいろいろ読んでいました。

一番、夢中になったのは、松本道弘氏の著作で、多数書かれていますが、『FENを聴く』という本や『TIMEを読む』などを読んで、氏の提唱する英語道なるものに憧れをもっていました。

思えば高校時代、今思えば、ホルモンバランスの崩れた思春期には、ほとんど勉強に手がつかず、大学受験を間近に控える時期になりました。なにかしら勉強をする取っ掛かりが必要で、そういったものがなければ何もできそうにありませんでした。

たまたま手に取ったのが富永直久氏の『電車は英語の中で』という社会人向けの英語再学習本でした。ハードボイルド小説の一節を頭から読んで行って丸暗記するという本でした。例文の合間合間に、富永氏の英語獲得物語があり、まったく英語のできなかった氏が、神田の古本屋でみつけたハードボイルド小説の原書に出会い、一挙に読んでしまい、つぎつぎと読破するうちに英語を話せるようにまでなったというエピソードが挿入されていました。

これが、またホルモンバランスの崩れた私には強烈に響いて、自分だって英語ができるようになるかもしれない、と勝手に思い込みました。そこで、原書を読んだわけでもなかったですが、漢文的な返り読みをしないという方法を学び、あたまから理解するという方法を実行していきました。文法もまったくやっていませんでしたが、文法書一冊勉強し、勉強すると授業も理解できるようになっていき、ようやく泥沼から脱出したのでした。

そんなころに、社会人向けの英語啓蒙本をいくつも読み漁りました。その中に『英語は聴くだけでモノにできる』という本に出会ったのです。「なんと、聴くだけでいいのか! だったら勉強もしたらもっとできるようになるよね。」と前向きに闘志をかきたて、その本を読み、松本道弘氏の感化もうけ、当時のFEN(現在のAFN)をよく聴くようになったのです。

当時は、80年代。ミュージックビデオの全盛期。アメリカのポップスの華やかな頃でしたので、FENのアメリカントップフォーティというカウントダウン番組を毎週聴いていました。今でも思い出すジングルは「♪リック・ディーズ、アメリカン・ミュージック・マーガージーン」というもの。内容は覚えていませんが、歌番組だったんでしょう。また、今思えばエアチェックしておけばよかったのですが、B.B.キングの「キング・ビスケッツ・フラウワー・アウワー」というブルースの番組もやっていました。

そんなわけで、聴くだけでモノにできるという本の内容を、中国語に結び付けて書いていますので、よろしければご覧ください。ここです。
2005/05/26のBlog
本日、組合の研修で、とある講師(※)の先生のお話を聴きました。

これまでによく、「モチベーションが上がる」とか「モチベーションが下がる」という言葉を聞いて来ましたが、それはいったいどういうことなのか、どうもしっくり来ない感じがしていました。「モチベーション」といってもそれは、「やる気」とどこが違うんだろうか。そのうちちゃんと調べないといけないな、と思いながらも、調べはついていませんでした。

それが今日の研修における「モチベーション=動機」の解説ですっきりした気がします。
動機は、その人が自然に振舞ってしまうそのおおもとのエナジー、ドライヴだといいます。動機には3種類ほどあるそうです。それぞれの欲求との関係をまとめると以下のようになります。

1.達成・上昇志向系:影響欲、賞賛(を受けたい)欲、闘争心
 いわば、「行け行けどんどん系」

2.対人関係(への欲求)系:社交欲、(他人の気持ちの)理解共感欲、感謝(を受けたい)欲
 人と人との繋がりの中、または繋がる仕方の上で本領を発揮する。

3.プロセス(に価値を見出す)系:抽象概念指向性、徹底性(に意欲を感じる)、自己管理欲

自分が何に突き動かされている(ドライブされている)かは、なかなかつかみがたいことですが、「意識する価値観やこだわり、普段の自然な行動や過去の充実感」を手がかかりにさぐることができるそうです。

この話をきいて、大きくうなづきました。1の達成上昇志向系は、営業部門で成果をあげてきたあの部長のタイプだ、そういえば人を支配するとか勝負に勝つとかいうことにやたらとこだわりをみせたなあ、と思い当たりました。また2の対人関係系では、人当たりのいいあの先輩があたりそうだ、とか。1のタイプは、アントレプレナー(起業家)に多いという指摘がありました。

たとえば企業の社長にインタビューをしたとして、その人が、「経営で一番大切なものは何かわかるかい、君? それはね、教えてあげようか、闘争心だよ。経営は戦いなんだ。しかも必ず勝たなければならない闘いなんだよ。」と言ったとしましょう。ありそうですよね。そういった場合、実は、その人の行動を突き動かす動機の中でもっとも大きなものが、「1.達成・上昇志向系」である可能性がもっとも大きいのだといいます。ご本人は自分のつかみとった真理を語っているつもりかもしれませんが、実は自分の「動機」を語っていた、ということがあるそうです。

「動機」とは、その人がそのようにしか行動できないような根源的な力のことだそうです。「動機」は生まれついてもつものがあるといいますが、同時に意識的に学ぶことができるのだそうです。一つの動機が突出してしまうときには、その人は危機に陥ってしまう。バランスが大事である。しかし、もっとも自分にしっくりくる動機を生かすことができ、その他の動機もそだててやれればそれが一番である、という話でした。

仕事をする人が、燃え尽きてしまったり、仕事に不満を持ったりするのは、実は、この「動機」と関係があるといいます。最もしっくりくる「動機」が十全に発揮されて、仕事の八割がたにおいて生かされており、二割がたはその他の「動機」を活用する、ということができていれば、その人は充実感をもって働ける。さらに長期的に見た際には、その上で継続的な成長の実感を得られれば、定年まで生き生きと働ける。

それが得られない場合、それは、上司が単一の動機に基づく行動しか認めない、単一のモデルしか認めない、というような考え方の狭い職務・職場環境にある場合、人は不幸になってしまう。仕事の内容、職務の内容ではなく、働き方、「動機」の発揮の仕方に、幸と不幸とを分かつ分水嶺がある。

研修の講演を聴きながら、わが身に置き換えて考えてみました。これまで、私は、文章を書いたりするのが好きなのだと認識していましたが、実は、3.プロセス指向系の動機に突き動かされていたのではないか、と思い当たるに至りました。

行動をする際に、あまり、勝負に対するこだわりを感じません。上昇・達成指向があまりないのです。もちろん皆無ではありません。また、対人関係系動機については、割と目立ちたがり屋なので若干その要素が強い傾向もありますが、大半ではない。他人がどう感じているかを察することに自然に気が向かう、というほどではありません。

では、何が一番大きな動機かといえば、3.のプロセス指向系の動機なのでした。仕事の仕方といい、趣味の方向性からいってこの動機が強いように思います。この動機のが極端になって、それのみで生きている人というのは芸術家であり、どちらかといえばオタクになるような性向であるといいます。プロセス指向の人は、物事の意味を思わず考えてしまう、考えずにはいられない人でもあります。

講演の先生は、空港の待ち時間などに飛行機の時刻表をみることがあり、それは何をするのかというと、北海道に着いた飛行機はその後どこへ飛ぶのだろうかという、便の遣り繰りをそこから読み取るのだそうです。そんなこと意味が無くても、そういうことに気が向いてしまう「動機」が存在しているのだから自然とそういったことを行ってしまう、そんな話でした。

私にしても、こんなブログを書いていますが、とくに目的も定めていないにもかかわらす、なにかその物事の中の規則のようなもの、物事のプロセスにかんするものを探るような文章を書いています。それがまさに「動機」というものなのでした。

人が「幸せ」を感じるのは、仕事の内容ではない、仕事に対する働き方だ、アプローチの仕方において、自分の「動機」が十全に生かされているとき、人はそこに満足を見出し、生かされていないときに不満を見出す。幸も不幸も、「動機」の活かし方しだいである、そんな内容だったのです。

そうか、私は、表面的には文章をつづるのが好きなのだが、実は文章である、というよりも「プロセス指向系」の「動機」がなせるわざだったのだ、そう思い当たったのです。

(※ちなみに、講師は、慶應義塾大学大学院の高橋俊介先生でした。著書も多数出されていますのでご興味のある方は、先生の著書をお読みください。当ブログの記事は、私の感想に過ぎません。)
[ 02:37 ] [ ベトナム:ネットに訊け! ]
こんな記事がありました。

ベトナムですもの。眼に飛び込んできました。

杉良太郎さんが、日越両国の親善のために片肌脱ぐ、というわけです。
するとそこには、桜吹雪の刺青が・・・・・・・

「おお! き、金さん!」

するってえとなにかい? 杉良太郎さんは、多民族国家ベトナムの人口の90%を占める、「キン族」ってわけかい?

んな、アホな・・・・・・・・・・・。
2005/05/25のBlog
元ストリート・スライダーズのHARRYの曲に、「落陽」という曲があります。ひずんだ音にエコーを響かせたエレキギター一本で、歌い上げるスローテンポな曲です。

この曲は、文章で言ったら、行間のある文章。行間を読ませる詩のような趣があります。けっして言葉が少ないわけでもないのですが、リズムの感覚がゆったりとしていて、その間に趣を感じるのです。

対比するならば、最近の若いバンド、レミオロメンの曲を聴くとテンポよく、軽快でスピード感がありますが、言葉はぎゅうぎゅうに詰まっている感じがします。そういう曲の対極にあるような曲です。

HARRYもバンド生活が長いですから、いい意味で枯れてきた。余分な油が抜けてきたのかな、などと思いきや、この曲はなんと1982年には既に歌われていたとの事。となればまだメジャーデビューしたかアマチュア時代に作った曲なのかもしれない、ということです。

HARRYという人は、初めて作った曲がファンの間では評価の高い「のら犬にさえなれない」という曲だそうで、HARRYとして立った時点で、つまり音楽を志した時点で、自分の世界観のようなものを確立していたのかもしれません。

間がある、ということに関連付けると、職場の電話の取次ぎというのが思い浮かびます。(こんなことに思いをいたす人は少ないと思いますが。)

電話の取次ぎは、基本としては、電話の向こうの相手の会社名、所属、名前、要件などを正確に聞き取ってから、取り次ぐべき相手に伝えなければならないものです。これが基本を学んだ後は、実務において、それぞれの職場によって、省略できることを省略し、スピーディーに効率よくこなしていく必要が出てきます。

人によっては、基本に忠実に、ゆっくり正確に「会社名、所属、名前、要件など」を口頭で繰り返して取り次ぐべき相手に伝えます。まずそもそもその人に声をかけるときからして、「お電話よろしいでしょうか?」から始まってしまいます。

私の職場は、仕入先様からの電話がほとんどですので、名前をいえばすぐにわかる相手が多いのです。その上、要件も、新製品の紹介、そのためのアポイント、製品情報のやりとりについてなど、想定の範囲もまあまあわかっているようなものです。

そのため私がよく行っているのはこんな具合です。

電話を保留にする。
「○○さーん。」とあまりうるさくない声色で、席が少し離れた人の名を呼ぶ。
目があった瞬間に、受話器を高々と掲げて、相手に見えるようにしながら。
「□□(社名)の▽▽(人名)さんから」といって、
相手が自分のデスクの電話に目をおとし、手を伸ばそうとした瞬間に、
「9番です。」
といってしめくくる。

言葉は、すくないですが、間があります。そしてその間は、身体の動きと、目、表情によって補っています。そして相手の行動の呼吸に合わせて少ない言葉を伝えています。これは基本からはまったく乖離していますが、必要最小限に無駄なく情報を伝達できているように思います。

HARRYの歌を思い出していたら、電話の出方にも間の取り方というものがあるな、と気づいた次第です。
[ 00:42 ] [ ベトナム:ネットに訊け! ]
ジャンル名にそむいて、最近ネットに訊いていないのですが、ベトナム語の学習本でいいものを見つけました。『ベトナム語のしくみ』という本です。

別のテキストの付属CDを、通勤時間に聴いていました。はじめはなかなかわからないだろうという予想のとおり、最初はとらえどころがありませんでした。テキストに眼を移しても、どうも頭に入らない。人称代名詞の一覧表があっても、どうして一人称にいくつもの代名詞があるのかがわからない。発音もカタカナで書いてあるが、ぴんと来ない。とわからないづくしでスタートしました。

そのわからない=はやくわかりたい、という欲求不満状態がだんだんと高まったところで、ちょっと目先をかえてみようと、本屋を覗いて出会ったのがこの本でした。白水社の90周年事業ということで、いくつかの言葉の入門書が刊行されているようです。

内容は、中国語における相原茂先生の本のように、入門者に対して語りかけるように文法の基礎、序の口あたりを講義する、という内容です。ページをめくるたびに直前に書かれた内容にすこしだけ文法事項が追加されていくという形式をとっているので、自分の理解が積み重なっていくのを実感できます。

夜の甲州街道さんも、千野栄一さんもいうとおり、文法をできるだけ早く短期間で学ぶべきだ、という語学習得の秘訣は、この本を読むことで実践できそうです。
2005/05/21のBlog
[関連したBlog]みいやんさんの記事にトラックバック。

みいやんさんが帽子を買われたそうで、その写真をみて、人の顔を見出してしまいました。ここにも書いたことですが、眼に見えたものは、必ずこちらの認識の枠組みをはめこんでしまい、人は誰でも三つの点が逆三角形に並んでいるだけで、人の顔を見出してしまうそうです。

みいやんさんの記事にある最後の写真。見れば見るほど、白ひげを蓄えたおじいさんに見えてきます。眉毛はハの字にたれている感じ。帽子のつばの部分がひげっぽいと思うのですが、これをひげととらないで背景にすると、こんどは近藤勇の奥さんがつくった骸骨の刺繍みたいにもみえてきて・・・・・。

ああ、みいやんさんに怒られそうです。かってに見取ってしまってすみません。
先日、会社で来年大学卒業予定の新卒者の二次面接官をつとめるという経験をしました。3人だけでしたが、三者三様で、たった30分ほど話しただけでも、その人の個性というのはビシビシと伝わってくるものだなあと感じ入りました。

私も十数年前には彼らと同様、就職活動をし、各社の面接試験をうけたものでした。当時の私は、世間知らずで、手前勝手な就職活動方針のもと、いい気になって自分を語っていたものです。熱意と個性と学生時代の経験を語るばかりでした。

今、面接官の眼になって当時の自分を見たらどう思ったでしょうか。よく話して積極的なところはわかる。しかし、即戦力として使えるものがどうも見当たらない。育ててみてどう転ぶか、だな。ほかにもっと意識が高く、スキルもある人がいればそちらを採用しよう。今の会社では、一から育てている余裕は無いしな。そんな風に感じるのではないかと想像しました。

そのような過去の自分が、その後たどった道のりはどうだったでしょうか。当時の自分とその後の自分の経過を比べると、実に当時の自分の面接の内容からは、現在の自分は導き出せないように思います。当時、よくしゃべったでしょうから、こいつはスキルがないが、営業には使えるだろうと、今の私は判断するかもしれません。その後、実際に10年ほど営業職についていましたが、営業という仕事が、自分に向いていたとも思っていません。むしろ苦手なほうではないかと思うくらいです。飛び込むことも交渉することもいといはしませんが、成果をあげるに長けているかといえばさにあらず、という事です。

今の仕事では、営業時代につちかった対人コミュニケーションの力は充分生かされていますが、その力をメインで使っているわけではなく、当日以前に身につけた総合力をつかって提案や業務改善、ルール化などの仕事をしています。就職の面接時の応対からはまったく読み取れないようなことばかりです。

会社では業務マニュアルをよく作ってきましたが、実は、これは、学生時代に同人誌を発行したり、学園祭の屋台の作成マニュアルの作成などの経験が生かされています。というよりも、手持ちの札にそういった経験があったということなので、とりたてていうほどの話ではないのですが、とりたてて話すほどのことではないからこそ、面接の時に、特に話す内容としては念頭にありませんでした。

しかし、人生を生き抜く上で、物事に対処するときには、過去の自分の経験から、使えるノウハウ、テクニックは総動員せざるを得ません。そうすると、実は、面接のときに表層に現れるその人のノウハウというのは、就職してから役立つ機会を得ないかもしれないし、おもってもみなかったノウハウが重大な役目を果たす、ということもあるかもしれません。

今回の面接は、人事部以外の眼を採用試験に取り入れるという趣旨だったようですが、私という「採用の素人」の目は、ちょっと近視眼的だったかもしれません。ただし、これだけで採用が決定するわけではなく、後日、人事部の最終面接が控えています。人事のプロの眼、おそらくそれは、かなり長期的視野で人の特性を見抜くのでしょうが、近視眼的な視点を参考にしながら、長期的な視点で複眼的にみて新人が採用されるようです。

人間万事塞翁が馬。なにをよしとすべきか、わからないものです。しかし、わからないなりにも判断しなければならない。採用も人生も同じだ、ということですね。
2005/05/19のBlog
国とか民族にこだわることをよしとしない「マルクス・レーニン主義」を信奉しながらもベトナムの民族的自立を強く希求し、ついに1945年9月2日にベトナム共和国の独立を宣言したのが、ベトナム建国の父、ホーチミンです。

社会主義国家ベトナムを築いたホーチミンは、儒教や仏教といったアジアの思想を誇りに思っていたそうです。コミンテルンの指導にもかかわらず、愛国的に民族的自立を求めた。第二次大戦終了までは、フランス領インドシナの一地域であったベトナム。敗戦直前の日本は、バオダイ帝を擁立してフランスからの独立を宣言させました。それもつかの間、日本は連合国に無条件降伏してしまいます。これを機に、ホーチミンは、フランスと日本を追い出すべく武装蜂起をし、9月2日にはベトナム共和国として独立を宣言した、というわけです。(ホーチミンと独立宣言については、カフェ・サイゴンの中のページで概観できます。)

ベトナム独立をかちとったホーチミンの思想が形成される上では、「マルクス・レーニン主義」は重要だったようです。当時の「普遍思想」という位置づけであり、ホーチミンの民族自立の考えに骨格を与える効果があったのかもしれません。

武道や芸事の世界には、「守・破・離」という言葉があります。芸道のはじめの段階では、自分の流派の教える基本を忠実に「守」り、次の段階では、自分の流派の基本を「破」るようなことであっても他流派のよいところを学ぶ。そして知見を広め、基本を土台にしておおきな力をつけた暁には、それまでに身に着けた基本や流派ごとの決まりごとを「離」れて、自在の境地に到達するという芸道論を表した言葉です。(不勉強なため出典ついては知りません。どなたかご存知でしたらお教えください。)

ホーチミンの「守」は、ひょっとしたらアジア伝統の思想、儒教道徳や仏教だったかもしれません。そして青年期において獲得した西洋起源の新思想「マルクス・レーニン主義」で知的な武装をし、アクセルが踏み込まれた。生来の気性や時代状況などがかみ合わさって、ベトナム独立という事業がなされた。

ホーチミンがどれだけの人物であったのか、まだ充分に理解はしておりません。それでもすくなくとも「守」「破」の段階までは到達していた人なんではないかと推察します。かなり牽強付会な推察ではありますが、ホーチミンを離れて「守・破・離」について考えてみるとき、どれだけの人が、「離」まで到達できるのだろうかと思うと、なかなか実例を探しずらいように感じます。

武道の達人などには、そのような方々がいらっしゃるかもしれませんし、仏陀などは、まさに「解脱」したならば、間違いなく「離」の境地だったのでしょう。以前、教条主義的とか権威主義的という考えを話題にしましたが、これは、いわば「守」の段階に固着してしまった場合といえます。実はもっとその先に高いレベル、あるいは自由な境地があるのに、それを知らず、または見ようともせずに固着すると、教条主義的になったり権威主義的になるのではないか、と思いをめぐらせたところです。

「思想」という人工的な知恵で、何かをなそうとすると、どうも教条主義的になったり権威主義的になったりするように思われます。それもこれも、「守・破・離」の段階を突き抜けた後の思想ではないからかも知れません。
2005/05/15のBlog
昨日は山梨県は小淵沢の「花パーク フィオーレ小淵沢」というところに行ってきました。いわゆる花畑ですね。その中に「こぶちざわ昆虫美術館」という施設があり、昆虫の標本が多数展示されていました。

そこで発見をしました。

有名かもしれませんが、蝶の羽がフクロウの顔のように見えるフクロウチョウについての発見でした。画像を参考にあげるならば、このページの写真をご覧ください。(ページは『ぷてろんワールド 蝶の百科ホームページ』)

展示を見ると、上のURLの画像でも良く見るとわかるのですが、フクロウの顔に見えるのは、実は羽の裏側なのです。木や枝に止まっているときは羽を閉じていますが、そのときに見えるのはまさに裏側なのですが、片面しか見えない。つまり、フクロウの顔には見えないわけです。

ひらひらと飛んでいるとしたら、羽を大きく横に広げたときだけ、下から見上げればフクロウに見えるだけで、なかなかそうは見えない。そして、羽の表側は、わりと地味な模様で、なんということもありませんでした。すなわち上から見れば、またフクロウには見えない。

私はてっきり、蛾のように羽を広げて木にとまったりすると、フクロウのように見えるので外敵に対して威嚇する効果があるのだとばかり思っていました。

館の人に聞いてみたら、とくにフクロウを模した模様ではないとのこと。「円い眼のような斑点は、小動物などに脅威を与えるようでもある。蝶は、羽を食いちぎられても3分の1残っていれば飛ぶことができるので、模様のある羽に食いつかれても逃げ去ることができるようにちぎれやすくもなっている。せいぜい1週間の命を生き延びるための手段である。」という話を聞きました。

自然淘汰と進化の結果、フクロウチョウの羽の模様はできた。というか、すくなくとも現在あのような羽を持っている。フクロウの形象との類似は、人間の眼によって捉えられ類似性を発見されただけのこと。まさにアイディアのクロスロードです。しかしそのアイディアの交差は、人間の脳内のことであって、フクロウチョウまたはフクロウチョウの遺伝子にとっては意識されていないようなことでした。この模様は、甘い蜜を持つ花(樹木)と昆虫との共生関係、甘い果肉をつけた果実を持つ樹木とそれを食べて運ぶ鳥獣との共生関係などとは事情が違うようです。

むしろその関係よりも別の人間との共生関係があるかもしれません。人間との関係においては別の戦略(後からの読み取りによって見出されるもの)がとることができます(とられているように読み取ることができる)。それは、つまり、人間が興味を持つ模様などを持つことによって保護されたり捕獲されたり飼育される可能性が高まるということです。それによって種の保存が延長される。

人間の、肥大した脳が生み出す(生み出しているのかもしれない)「意識」は、生態系に深い影響を及ぼしているということを改めて思い出したした次第です。

環境問題で人間の責任の大きさを問題視しますが、ある意味で当然のことですね。人間の活動のあらゆる側面が環境に影響を与えているわけです。その影響は、実は図りがたいために、対策をうってもその影響がまたしても別の影響を引き起こすのです。全体の影響を捉えがたいのは、人間が環境の一部であり、その上位に位置していないからではないでしょうか。上位の視点は、いわば神の視点です。

池田晶子氏が書くように、意識(あるいは「私」)は宇宙の果てまで考えることができるし、宇宙全体を包み込むこともできるのですが、しかし、環境の一部であることからは逃れられない。意識は神の視点をもてるかに見えて、そもそも不可能である。ここが哲学的なジレンマでしょうか。こう考えると、神は環境世界に影響を及ぼすことはできても、自分に影響は及ばない関係にないと神とはいえない、ということになるような気もしてきました。しかしまずは、人間が環境の一部であり、一挙手一投足が大きな影響を環境に与えているということを確認しておくことにしましょう。
2005/05/12のBlog
[関連したBlog]netoさんの「世界読書放浪」にトラックバック。

『「戦間期」の思想家たち』を読み終えました。1920年あたりのヨーロッパの多数の知識人がどんな動きをしていたのかを描いています。有名人の名前が多数挙げられ、相互に関係をもっていて、その関係も男女間においてもいろいろな関係が繰り広げられたようです。

この書の著者、桜井哲夫氏は、社会学者だそうですが、こういう時代に生きる多数の人の人間模様を扱うのが得意なのでしょうか。以前「思想としての60年代」という同じ著者の本を読んだのですが、そこでも日本の1960年代の多数の人を取り上げ時代を浮き彫りにするという手法が使われていました。

学者にとっては当然なのかもしれませんが、よくもまああっちこっちの事実を組み合わせて時代を映す絵巻をつくるものだと感心してしまいます。

歴史家というのもそんなことをしているのかも知れませんが、専門家っていうのはやはり侮れませんな。(といいつつ、侮っていたわけでもありません。)

それにしても思想家・活動家というのも、他人を非難したり、決裂したり、共同歩調をとったり、議論したり、となかなか忙しいものですね。
2005/05/11のBlog