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2004/04/13のBlog
[ 05:01 ]
[ なんとなく社会時評 ]
このイラクでの日本人拉致問題について情報を集めるのに、RSSリーダーが大活躍している。
自分の使っているのは、ちなみにココ。
ここはweb上でRSS対応したブログのHEADLINEを取得できるので大変自分にとっては便利。
興味のある記事を検索かけると、既存のニュースサイトのみならず、一般の人のブログの内容も簡単に取得することができる。まあ、2chのスレがやたらひっかかるのがなんともウザイのですがw
それにしても、みんな2chの影響受け過ぎw
あの家族にしても、「プロ市民」扱いされているわけですが、既存の権力範囲外で個々の責任をもって活動をしている人たちを「プロ市民」とするなら、企業であるJリーグクラブチームの範囲をこえてゴール裏でオーウェンしていたり、公益法人である日本サッカー協会相手にアンチの活動している俺らも「プロ市民」みたいなもんだよなあ~。
ちなみに、カレらが所属しているNGOとか活動を総称して「左翼」と認定するのは間違いと思われ。
ああいうとこで活動している、勘違いかもしれないけどある種の志をもっている連中に、いわゆるマルクス-レーニン主義の影響下にある「左翼」はむしろ少ないのではないかなあ。
むしろカント的なコスモポリタン思想が背景にあるように見て取れる。
つか、典型的な「左翼」なんて、もうみんなが考えているような影響力はもうないよ。
自分の使っているのは、ちなみにココ。
ここはweb上でRSS対応したブログのHEADLINEを取得できるので大変自分にとっては便利。
興味のある記事を検索かけると、既存のニュースサイトのみならず、一般の人のブログの内容も簡単に取得することができる。まあ、2chのスレがやたらひっかかるのがなんともウザイのですがw
それにしても、みんな2chの影響受け過ぎw
あの家族にしても、「プロ市民」扱いされているわけですが、既存の権力範囲外で個々の責任をもって活動をしている人たちを「プロ市民」とするなら、企業であるJリーグクラブチームの範囲をこえてゴール裏でオーウェンしていたり、公益法人である日本サッカー協会相手にアンチの活動している俺らも「プロ市民」みたいなもんだよなあ~。
ちなみに、カレらが所属しているNGOとか活動を総称して「左翼」と認定するのは間違いと思われ。
ああいうとこで活動している、勘違いかもしれないけどある種の志をもっている連中に、いわゆるマルクス-レーニン主義の影響下にある「左翼」はむしろ少ないのではないかなあ。
むしろカント的なコスモポリタン思想が背景にあるように見て取れる。
つか、典型的な「左翼」なんて、もうみんなが考えているような影響力はもうないよ。
2004/04/12のBlog
[ 01:36 ]
[ なんとなく社会時評 ]
神の御名において
われわれは、日本政府が拘束された3人の人質について、自国民の生命を軽んじる評価を行ったことを強い痛みを持って聞いた。これにより、われわれは、日本政府に代わって日本国民の生命を守る完全なる正当性を与えられた。日本政府は、自国民への最低限の尊重の念を持ち合わせていないようだ。いわんや、日本の首相の発言を拒否するイラク国民の生命を尊重するだろうか。われわれは、この政治家は、自国民とその意思を尊重せず、戦争犯罪者ブッシュ(米大統領)に仕えていると確信している。広島、長崎に原爆で大量殺戮(さつりく)を行った米国は、同じことを、いや、国際的に禁じられている爆弾によってより残虐な形で、抵抗しているファルージャに対して行っていると言っている日本の街の声にわれわれは耳を傾けた。
われわれは、イラクの抵抗は、いかなる宗教、人種、党派に属していようとも、あるいは責任者のレベルであろうと、平和な文民の外国人を狙ったものではないということを全世界に証明するため、また、今晩、マスメディアを通じて呼び掛けを行ったイラク・イスラム聖職者協会の原則、純粋性、勇気を信頼して、また、われわれの独自の情報源を通じ、当該日本人(人質3人)は、イラクの人々を助けており、占領国への従属に汚染されていないことを確認したため、彼らの家族の痛みと、この問題への日本の人々の立場にかんがみ、われわれは以下の通り決定した。
(1)イラク・イスラム聖職者協会の要請に直ちに応え、3人の日本人を、神が望むならば、今後、24時間以内に解放する。
(2)いまだに米国の暴虐に苦しんでいる友人たる日本の人々にイラクにいる自衛隊を撤退するよう日本政府に圧力をかけるよう求める。なぜなら自衛隊の存在は不法なものであり、米国の占領に貢献するものであるからである。
神は偉大なり、勝利するまでジハード(聖戦)にささげる。
ヒジュラ暦(イスラム暦)1425年サファル月19日
西暦2004年4月10日
サラヤ・アル・ムジャヒディン(共同)
http://www.sankei.co.jp/news/040411/kok051.htm
*************************************************
これに対して自作自演ではないか?との憶測めいた話が出ているようですね。
で、一応典型的な意見として、RSSリーダーでたまたま見つけたブログをトラックバックしてます。
〔トラックバック元〕
他の意見も見たうえで、だいたいの「自作自演派」の意見の概略
曰く
〔1〕上記の声明文の内容があまりにも出来すぎているし、選挙や署名で暗に政権を転覆せよという発想自体が日本人的。
〔2〕サヨク的なタームや思想で書かれており、とてもアラブのイスラム過激派が書いたものと思えない
〔3〕これを受けて報道のトーンも下がっている
これについてあまりも穿った見方だなあ、と思えたのでちょっと今日は書いてみる。
今回の人質解放について、恐らく一番テロリストに対して効いたのは、声明文の文中にあるようにイラク・イスラム聖職者協会などのいわば身内からの反応だと思う。世界各地のNGOや日本政府、またアメリカなどを通じた工作(第三国経由などの懐柔策をとったのではないか?)が、テロリストに対して説得力があったということだ。
また、彼が民間人としてイラクの復興に携わってきたという話は、別に彼が書くように「独自の情報源」など使わなくとも、イラク市民に普通に伝わってきていた。
〔人質家族のテレビ出演、イクラ国内でも高い関心〕
もともと、この人質作戦は、スペインのように直接世論に揺さぶりをかける戦略をねらったものと思う。
つまり、政府はこのままイラク出兵維持だろう、しかし、相手国の市民に対して直接に世論を動かすような効果があれば、単なるテロ以上の効果がある。そんなところを狙ったものなのではないか。
もともと3日以内に自衛隊の撤退決定など、そんなことは出来るはずはない。
テロリスト側もいくらなんでもそこまでバカではないだろう。
目的は政府ではなく、相手国の国民なのである。
そこで世論の逆の方向に行くようなことなので、慎んだ。もちろん身内からの意見も聞いてのことだが。
何がいいたいかというと、〔1〕に関しては手法も戦略も、これはスペインのテロ(選挙期間を意識したテロ)と同じ方法に近いと
いうことで、これについて、あたかも日本のサヨクがなんらかのかたちで、自作して小泉政権の転覆をねらったとか国内世論の騒擾を企てたというのは、ちょっと無理があるのではないかということ。
むしろ、上記のような理由で解放したと考えたほうが全然自然です。
さらに〔2〕。
今回のテロリスト側への働きかけは、別に政府ではなくて、日本のこんなとこやこんなとこをはじめとして、世界各地のNGOが行っている。
多少の文脈は影響を受けてても不思議ではない。
さらに、日本を「原爆を落とされた国」として、今起こっていること、つまりアメリカによる一般市民の大量殺戮にたいして、アラブの苦境をうったえるというスタイルは、よくアラブの人間から聞く話である。
先のブログでも書いたけど、彼らにとって、日本というのは、同じくアメリカに反抗して一般市民を大量殺戮された国という認識が非常に強いのだ。(このため、日本はアラブ社会である種の同情とリスペクトを受ける存在となっている)
〔3〕はよくわからん。
テレビのニュース見てないので。
ただ、どうなんだろう。
むしろこの人質解放の「話題」は全く別の理由で報道されなくなるような気がしてならないのだが。
そんなことで、人質解放自作自演説は、どうかと思う次第でした。
まあしかし、これが自作自演かたいした証拠もねえくせに、電波渦巻くネットの情報だけで、「人騒がせなあいつらは死んでよし!」というようなヤツは人間のクズだね。
それは間違いなし。
われわれは、日本政府が拘束された3人の人質について、自国民の生命を軽んじる評価を行ったことを強い痛みを持って聞いた。これにより、われわれは、日本政府に代わって日本国民の生命を守る完全なる正当性を与えられた。日本政府は、自国民への最低限の尊重の念を持ち合わせていないようだ。いわんや、日本の首相の発言を拒否するイラク国民の生命を尊重するだろうか。われわれは、この政治家は、自国民とその意思を尊重せず、戦争犯罪者ブッシュ(米大統領)に仕えていると確信している。広島、長崎に原爆で大量殺戮(さつりく)を行った米国は、同じことを、いや、国際的に禁じられている爆弾によってより残虐な形で、抵抗しているファルージャに対して行っていると言っている日本の街の声にわれわれは耳を傾けた。
われわれは、イラクの抵抗は、いかなる宗教、人種、党派に属していようとも、あるいは責任者のレベルであろうと、平和な文民の外国人を狙ったものではないということを全世界に証明するため、また、今晩、マスメディアを通じて呼び掛けを行ったイラク・イスラム聖職者協会の原則、純粋性、勇気を信頼して、また、われわれの独自の情報源を通じ、当該日本人(人質3人)は、イラクの人々を助けており、占領国への従属に汚染されていないことを確認したため、彼らの家族の痛みと、この問題への日本の人々の立場にかんがみ、われわれは以下の通り決定した。
(1)イラク・イスラム聖職者協会の要請に直ちに応え、3人の日本人を、神が望むならば、今後、24時間以内に解放する。
(2)いまだに米国の暴虐に苦しんでいる友人たる日本の人々にイラクにいる自衛隊を撤退するよう日本政府に圧力をかけるよう求める。なぜなら自衛隊の存在は不法なものであり、米国の占領に貢献するものであるからである。
神は偉大なり、勝利するまでジハード(聖戦)にささげる。
ヒジュラ暦(イスラム暦)1425年サファル月19日
西暦2004年4月10日
サラヤ・アル・ムジャヒディン(共同)
http://www.sankei.co.jp/news/040411/kok051.htm
*************************************************
これに対して自作自演ではないか?との憶測めいた話が出ているようですね。
で、一応典型的な意見として、RSSリーダーでたまたま見つけたブログをトラックバックしてます。
〔トラックバック元〕
他の意見も見たうえで、だいたいの「自作自演派」の意見の概略
曰く
〔1〕上記の声明文の内容があまりにも出来すぎているし、選挙や署名で暗に政権を転覆せよという発想自体が日本人的。
〔2〕サヨク的なタームや思想で書かれており、とてもアラブのイスラム過激派が書いたものと思えない
〔3〕これを受けて報道のトーンも下がっている
これについてあまりも穿った見方だなあ、と思えたのでちょっと今日は書いてみる。
今回の人質解放について、恐らく一番テロリストに対して効いたのは、声明文の文中にあるようにイラク・イスラム聖職者協会などのいわば身内からの反応だと思う。世界各地のNGOや日本政府、またアメリカなどを通じた工作(第三国経由などの懐柔策をとったのではないか?)が、テロリストに対して説得力があったということだ。
また、彼が民間人としてイラクの復興に携わってきたという話は、別に彼が書くように「独自の情報源」など使わなくとも、イラク市民に普通に伝わってきていた。
〔人質家族のテレビ出演、イクラ国内でも高い関心〕
もともと、この人質作戦は、スペインのように直接世論に揺さぶりをかける戦略をねらったものと思う。
つまり、政府はこのままイラク出兵維持だろう、しかし、相手国の市民に対して直接に世論を動かすような効果があれば、単なるテロ以上の効果がある。そんなところを狙ったものなのではないか。
もともと3日以内に自衛隊の撤退決定など、そんなことは出来るはずはない。
テロリスト側もいくらなんでもそこまでバカではないだろう。
目的は政府ではなく、相手国の国民なのである。
そこで世論の逆の方向に行くようなことなので、慎んだ。もちろん身内からの意見も聞いてのことだが。
何がいいたいかというと、〔1〕に関しては手法も戦略も、これはスペインのテロ(選挙期間を意識したテロ)と同じ方法に近いと
いうことで、これについて、あたかも日本のサヨクがなんらかのかたちで、自作して小泉政権の転覆をねらったとか国内世論の騒擾を企てたというのは、ちょっと無理があるのではないかということ。
むしろ、上記のような理由で解放したと考えたほうが全然自然です。
さらに〔2〕。
今回のテロリスト側への働きかけは、別に政府ではなくて、日本のこんなとこやこんなとこをはじめとして、世界各地のNGOが行っている。
多少の文脈は影響を受けてても不思議ではない。
さらに、日本を「原爆を落とされた国」として、今起こっていること、つまりアメリカによる一般市民の大量殺戮にたいして、アラブの苦境をうったえるというスタイルは、よくアラブの人間から聞く話である。
先のブログでも書いたけど、彼らにとって、日本というのは、同じくアメリカに反抗して一般市民を大量殺戮された国という認識が非常に強いのだ。(このため、日本はアラブ社会である種の同情とリスペクトを受ける存在となっている)
〔3〕はよくわからん。
テレビのニュース見てないので。
ただ、どうなんだろう。
むしろこの人質解放の「話題」は全く別の理由で報道されなくなるような気がしてならないのだが。
そんなことで、人質解放自作自演説は、どうかと思う次第でした。
まあしかし、これが自作自演かたいした証拠もねえくせに、電波渦巻くネットの情報だけで、「人騒がせなあいつらは死んでよし!」というようなヤツは人間のクズだね。
それは間違いなし。
2004/04/11のBlog
[ 03:06 ]
[関連したBlog]
ジェフ市原の呼称が「ジェフユナイテッド千葉」と変わることでいろいろとコンフリクトが起きているようであるが、同じ「千葉」県民である、柏レイソルの反応はどうなのだろう?
柏もほとんど文化圏的には東京といえるところではあるが、まがりなりにも千葉県に属した地。
千葉市があるから、千葉の名前を使うという話で千葉県柏市のサポーターはどう思っているのだろう・・・?
ということで、まずはサイトでいろいろ見てみたのだが、これが
完全スルー
ですねw
そんなに数は見ていないのですが、さっかりんランキング10位以内のサイトで、この話に触れていたのは
>お隣さんは、いきなり呼称変更ということで猛反発を受けております。が、オシムの件があるからか、どっちかというとこういう動きを抑制してきたJリーグも承認の方向です。
>サポの方々にすれば、愛着のある地名が消えるということの他に、いままで4音だった『いちはら』から2音の『ちば』になることで、コールどうしようかとの悩みも発生するでしょう。ということで、勝手に命名。
>JEF ユナイテッド いちばら
というネタがあるのみw
トラックバック元にも書いてある読みなのだが、これはそのまま市原の名前が呼称から消えるものとして進んでしまうのではなかろうか?流れとしては。
自分としてはもっとたくさんの意見やらを実際のサポから聞いてみたいのだが。。。
ジェフ市原の呼称が「ジェフユナイテッド千葉」と変わることでいろいろとコンフリクトが起きているようであるが、同じ「千葉」県民である、柏レイソルの反応はどうなのだろう?
柏もほとんど文化圏的には東京といえるところではあるが、まがりなりにも千葉県に属した地。
千葉市があるから、千葉の名前を使うという話で千葉県柏市のサポーターはどう思っているのだろう・・・?
ということで、まずはサイトでいろいろ見てみたのだが、これが
完全スルー
ですねw
そんなに数は見ていないのですが、さっかりんランキング10位以内のサイトで、この話に触れていたのは
>お隣さんは、いきなり呼称変更ということで猛反発を受けております。が、オシムの件があるからか、どっちかというとこういう動きを抑制してきたJリーグも承認の方向です。
>サポの方々にすれば、愛着のある地名が消えるということの他に、いままで4音だった『いちはら』から2音の『ちば』になることで、コールどうしようかとの悩みも発生するでしょう。ということで、勝手に命名。
>JEF ユナイテッド いちばら
というネタがあるのみw
トラックバック元にも書いてある読みなのだが、これはそのまま市原の名前が呼称から消えるものとして進んでしまうのではなかろうか?流れとしては。
自分としてはもっとたくさんの意見やらを実際のサポから聞いてみたいのだが。。。
[ 02:06 ]
[ サッカー時評 ]
今日は新潟までアウェイ遠征。
よほど遠くならない限りは、遠征はいつも仲間内でバスを仕立てて行くのだが、今年はこのアウェイバスの第一回。
久々のバスで疲れました。
新潟スタジアムは、確か2001年のコンフェデの時にいって以来。
前回行ったときはバカデカイ公園のどまんなかに聳え立つ・・・というイメージがあったのだが、今回はバス故、裏手の駐車場から入場したため、またもやここが名古屋なのか神戸なのか長居なのか大分なのか一瞬わからなくなる。
ワールドカップのために出来たスタジアムは、カタチは違えど、周辺の風景やちょっとした構造物のつくりがみな同じ。バスも、それにのってくるメンバーもそんなに変わらないから、いつもスタジアムに着くとどこにいるのかわからなくなる。
試合は快勝。
まあ、快勝といいつつも、試合内容とか応援ではいろいろあるのだが、それをここで書くのは趣旨ではないのでやめておきます。
今回のネタは新潟のサポーター。
このスタジアムで初めてホーム新潟のサポーターと応援をはじめて目の前にすることになったのだが、その感想などを。
〔1〕異常にフレンドリー
地方のクラブに行くと、なんだか知らないが、みんなサッカーのサポーターは「仲間」だと思い込んでいるみたいで、道すがらいろいろ話しかけてくる。
みんな友達だと思っているのかも知れないが、これはどうなのだろうw
上海のサポもフレンドリーだったが、こっちのほうがさらに数倍上。
そういえば、仙台もこんな感じだったよなー。
〔2〕ワールドカップモードのまま
帰りのバスに向かう道すがら、次々と話しかけてくる新潟ユニの人たちを振り切りw、バスへ向かうと、今度は様々なところから、
「また来てくださいね~」
などという声が沿道からかかる。
1-3の大勝で、新潟のいいとこまるでナッシングの試合だったのにも関わらず、これはいったいどういうことなのか?としばし悩んだが、答えはすぐに出た。
これ、たぶん、まだ「ワールドカップモード」のままなんですよ。
遠くから来たゲストをホストとして暖かく迎えよう!ということなんでしょう。
サッカーというのはそういうものだと、教育されちゃったんですよね。
〔3〕さらに続くホストの暖かさ
バスが駐車場を出ると、例により渋滞。
のろのろと進んでいくバスだから、沿道で徒歩で帰宅の新潟サポを少しずつ追い抜いていくのだが、このバスにも新潟サポからバンバン手を振られる。
またねー、また来てくださいねー・・・という暖かいまなざしのファミリーのお母さんやお父さんたち、そして子供たちだ。
バスに乗っていた仲間内がこれに面白がって、スタジアムであげていた「勃起」というゲーフラを窓から広げてそんなファミリーの心温まる日常のヒトコマを台無しにしてましたw
〔4〕ついでにスタジアム
警備員が異常に細かい。
ダンマクを指定席に貼りに行こうとすると、そんなことは出来ないの一点張り。
コンコースでタバコをちょこっと喫煙ゾーンから離れたところで吸っているとすぐさま注意。
ダンマクを片付けるために、イスの上に少しでものろうものなら、やめてください!と。
しかも全体として全員シミスポが優良なサービス態度に思えるぐらいに横柄な態度が続く。
新潟は、J1でホームの公式戦は、まだ横浜とどこかぐらいなのであろう。
きっと、後に続くクラブのサポとこれで大揉め必死の予感でいっぱいw
スタジアムもそうだけど、サポーターも、きっとまだまだこれからいろんなことを経験していくのだろうと思う。
負けたチームのサポに向かって、「残念でしたね~また来てください」などとニコヤカに話かけてしまう人間も出てしまうのだろう。
女子供が多いのでは、横浜とさして変わらぬチームに磐田なども、サポーターのファミリー度の高さはあまり変わらぬのだが、アウェイで遠征してくる横浜国際のコンコースに座り込む家族の視線は、もっともっと緊張感と敵意に満ちたものだ。
きっとたくさんのトラブルや諍いごとにもまれてきていると思う。
地べたに座り込んだところを下からぬめつけるような警戒感をあらわにした視線。
これが鹿島や浦和となると、もっと迫力があるw
この新潟サポの場違いなフレンドリーはいつまで続くのだろうか。
自分はこのフレンドリーさには、なんか非常に違和感を感じるのだが、まあいろいろ経験していくうちに、きっと、みんな自分のクラブのカラーを身にまとった人以外は信用しないというような目つきにかわっていくのだろうと、なんだかそれが逆に楽しく思うのだ。
よほど遠くならない限りは、遠征はいつも仲間内でバスを仕立てて行くのだが、今年はこのアウェイバスの第一回。
久々のバスで疲れました。
新潟スタジアムは、確か2001年のコンフェデの時にいって以来。
前回行ったときはバカデカイ公園のどまんなかに聳え立つ・・・というイメージがあったのだが、今回はバス故、裏手の駐車場から入場したため、またもやここが名古屋なのか神戸なのか長居なのか大分なのか一瞬わからなくなる。
ワールドカップのために出来たスタジアムは、カタチは違えど、周辺の風景やちょっとした構造物のつくりがみな同じ。バスも、それにのってくるメンバーもそんなに変わらないから、いつもスタジアムに着くとどこにいるのかわからなくなる。
試合は快勝。
まあ、快勝といいつつも、試合内容とか応援ではいろいろあるのだが、それをここで書くのは趣旨ではないのでやめておきます。
今回のネタは新潟のサポーター。
このスタジアムで初めてホーム新潟のサポーターと応援をはじめて目の前にすることになったのだが、その感想などを。
〔1〕異常にフレンドリー
地方のクラブに行くと、なんだか知らないが、みんなサッカーのサポーターは「仲間」だと思い込んでいるみたいで、道すがらいろいろ話しかけてくる。
みんな友達だと思っているのかも知れないが、これはどうなのだろうw
上海のサポもフレンドリーだったが、こっちのほうがさらに数倍上。
そういえば、仙台もこんな感じだったよなー。
〔2〕ワールドカップモードのまま
帰りのバスに向かう道すがら、次々と話しかけてくる新潟ユニの人たちを振り切りw、バスへ向かうと、今度は様々なところから、
「また来てくださいね~」
などという声が沿道からかかる。
1-3の大勝で、新潟のいいとこまるでナッシングの試合だったのにも関わらず、これはいったいどういうことなのか?としばし悩んだが、答えはすぐに出た。
これ、たぶん、まだ「ワールドカップモード」のままなんですよ。
遠くから来たゲストをホストとして暖かく迎えよう!ということなんでしょう。
サッカーというのはそういうものだと、教育されちゃったんですよね。
〔3〕さらに続くホストの暖かさ
バスが駐車場を出ると、例により渋滞。
のろのろと進んでいくバスだから、沿道で徒歩で帰宅の新潟サポを少しずつ追い抜いていくのだが、このバスにも新潟サポからバンバン手を振られる。
またねー、また来てくださいねー・・・という暖かいまなざしのファミリーのお母さんやお父さんたち、そして子供たちだ。
バスに乗っていた仲間内がこれに面白がって、スタジアムであげていた「勃起」というゲーフラを窓から広げてそんなファミリーの心温まる日常のヒトコマを台無しにしてましたw
〔4〕ついでにスタジアム
警備員が異常に細かい。
ダンマクを指定席に貼りに行こうとすると、そんなことは出来ないの一点張り。
コンコースでタバコをちょこっと喫煙ゾーンから離れたところで吸っているとすぐさま注意。
ダンマクを片付けるために、イスの上に少しでものろうものなら、やめてください!と。
しかも全体として全員シミスポが優良なサービス態度に思えるぐらいに横柄な態度が続く。
新潟は、J1でホームの公式戦は、まだ横浜とどこかぐらいなのであろう。
きっと、後に続くクラブのサポとこれで大揉め必死の予感でいっぱいw
スタジアムもそうだけど、サポーターも、きっとまだまだこれからいろんなことを経験していくのだろうと思う。
負けたチームのサポに向かって、「残念でしたね~また来てください」などとニコヤカに話かけてしまう人間も出てしまうのだろう。
女子供が多いのでは、横浜とさして変わらぬチームに磐田なども、サポーターのファミリー度の高さはあまり変わらぬのだが、アウェイで遠征してくる横浜国際のコンコースに座り込む家族の視線は、もっともっと緊張感と敵意に満ちたものだ。
きっとたくさんのトラブルや諍いごとにもまれてきていると思う。
地べたに座り込んだところを下からぬめつけるような警戒感をあらわにした視線。
これが鹿島や浦和となると、もっと迫力があるw
この新潟サポの場違いなフレンドリーはいつまで続くのだろうか。
自分はこのフレンドリーさには、なんか非常に違和感を感じるのだが、まあいろいろ経験していくうちに、きっと、みんな自分のクラブのカラーを身にまとった人以外は信用しないというような目つきにかわっていくのだろうと、なんだかそれが逆に楽しく思うのだ。
2004/04/09のBlog
[ 05:11 ]
[ なんとなく社会時評 ]
<イラク日本人拘束>武装グループの犯行声明
以下、全文。
日本の国民のみなさん。我々はあなた方に友情と尊敬、親愛を抱いてきたが、残念なことに、あなた方はそれにそむき、あしき米軍を支援した。米軍は我々の土地に入り、聖地を侵し、我々の子供たちを殺した。我々は、同じことをあなた方にしなければならない。3人の日本人はいま、我々の手にある。あなた方が撤退するか、我々が3人を生きたまま焼き殺すかだ。期限はテープの放送から3日間だ。
イスラム圏の人々は総じて日本に対してある種のシンパシーをもっている(いた)。
それは、同じアジア人としてのシンパシーではなく、同じくアメリカにやられてしまった歴史のシンパシーなのだ。
「私たちは中東のある国の首都郊外のレストランに座っていた(中略)。私の向かいに座っていた(中東のある国の)若手外交官は、ときどき私にルートビールを進めながら、イラクやパレスチナの問題について、私に説明を続けていた。(中略)
「彼は、イラクやパレスチナの人々が不当にひどい目にあっていると怒っていた。殻は、イラクのフセイン政権や、パレスチナで自爆テロを繰り返すハマスなどを擁護しているわけではなかった。むしろ、アメリカがフセイン政権を温存し(先のイラク戦争前のエピソードです)、イスラエルの右派政権がハマスを挑発してテロさせているやりかたに怒りを表明していた。(中略)
「こうして話が一段落したあと、突然に彼は思い出したかのように、『オフレコでいいので聞かせてほしいのだが』と切り出した。
『日本人は、一体いつ立ち上がるのか。それとも、もう二度と立ち上がらないのか』(中略)
「それまで彼の話をずっと聞いていた私には、どういう意味のことを尋ねられているのかピンときた。『日本人はいつまでアメリカに支配されているつもりなのか』をたずねているのだった。
「この若手外交官は、日本が先の戦争で米英を相手に戦ったことを指して、『立ち上がった』と言っている、と理解できた(中略)。私が『日本がアジアを救うために立ち上がったというのは、侵略戦争するためのプロパガンダだったんですよ』と答えると、彼は『そんなことは知っているよ。アジアの人々から見ればそういうことになるだろう。しかし、日本と欧米という関係では、そうではない。』(中略)
「彼は『タナカさん、あなたはアメリカやイギリスが中東に対して何をしてきたか十分に知っているはずなのに、あなたの答えはそれだけか』と続けた。
「中東を旅行してまわると、この若手外交官と同じような『日本への期待』を表明されることがときどきある。(中略)『いつトヨタは戦車を作るんだ?』(中略)『トヨタが戦車をつくれば憎きアメリカに反撃できるのに』(中略)『日本人も当然アメリカを憎んでいるんだろう?』」
イラクとパレスチナ アメリカの戦略
田中宇
中東の友人であるわれわれは、その友を裏切った。
今、そして、友人であろうとした
・劣化ウラン弾に反対する運動をした18歳
・ストリートチルドレンへの支援のためにイラクで活動する女性
を含む3人が人質となる。
とてつもなく悲しい話である。それはわれわれのイラク派兵への決定がもたらしたことであることは明らかなのだから。
以下、全文。
日本の国民のみなさん。我々はあなた方に友情と尊敬、親愛を抱いてきたが、残念なことに、あなた方はそれにそむき、あしき米軍を支援した。米軍は我々の土地に入り、聖地を侵し、我々の子供たちを殺した。我々は、同じことをあなた方にしなければならない。3人の日本人はいま、我々の手にある。あなた方が撤退するか、我々が3人を生きたまま焼き殺すかだ。期限はテープの放送から3日間だ。
イスラム圏の人々は総じて日本に対してある種のシンパシーをもっている(いた)。
それは、同じアジア人としてのシンパシーではなく、同じくアメリカにやられてしまった歴史のシンパシーなのだ。
「私たちは中東のある国の首都郊外のレストランに座っていた(中略)。私の向かいに座っていた(中東のある国の)若手外交官は、ときどき私にルートビールを進めながら、イラクやパレスチナの問題について、私に説明を続けていた。(中略)
「彼は、イラクやパレスチナの人々が不当にひどい目にあっていると怒っていた。殻は、イラクのフセイン政権や、パレスチナで自爆テロを繰り返すハマスなどを擁護しているわけではなかった。むしろ、アメリカがフセイン政権を温存し(先のイラク戦争前のエピソードです)、イスラエルの右派政権がハマスを挑発してテロさせているやりかたに怒りを表明していた。(中略)
「こうして話が一段落したあと、突然に彼は思い出したかのように、『オフレコでいいので聞かせてほしいのだが』と切り出した。
『日本人は、一体いつ立ち上がるのか。それとも、もう二度と立ち上がらないのか』(中略)
「それまで彼の話をずっと聞いていた私には、どういう意味のことを尋ねられているのかピンときた。『日本人はいつまでアメリカに支配されているつもりなのか』をたずねているのだった。
「この若手外交官は、日本が先の戦争で米英を相手に戦ったことを指して、『立ち上がった』と言っている、と理解できた(中略)。私が『日本がアジアを救うために立ち上がったというのは、侵略戦争するためのプロパガンダだったんですよ』と答えると、彼は『そんなことは知っているよ。アジアの人々から見ればそういうことになるだろう。しかし、日本と欧米という関係では、そうではない。』(中略)
「彼は『タナカさん、あなたはアメリカやイギリスが中東に対して何をしてきたか十分に知っているはずなのに、あなたの答えはそれだけか』と続けた。
「中東を旅行してまわると、この若手外交官と同じような『日本への期待』を表明されることがときどきある。(中略)『いつトヨタは戦車を作るんだ?』(中略)『トヨタが戦車をつくれば憎きアメリカに反撃できるのに』(中略)『日本人も当然アメリカを憎んでいるんだろう?』」
イラクとパレスチナ アメリカの戦略
田中宇
中東の友人であるわれわれは、その友を裏切った。
今、そして、友人であろうとした
・劣化ウラン弾に反対する運動をした18歳
・ストリートチルドレンへの支援のためにイラクで活動する女性
を含む3人が人質となる。
とてつもなく悲しい話である。それはわれわれのイラク派兵への決定がもたらしたことであることは明らかなのだから。
[ 03:33 ]
[ アジアチャンピオンズリーグ ]
こちらの話は、もうひとつのチャンピオンズリーグのほう。
そう、アジアチャンピオンズリーグの方だ。
アジアウィーナーズカップ、アジアクラブ選手権が合併し、唯一のアジアクラブの王者を決める大会となったのが、このアジアチャンピオンズリーグ。
今年で第二回目となるこの大会には、日本では磐田と横浜が出場している。
同じ「日本代表」(まあ、その言い方もなんだかパッとしないのだが)なワリには、いまいち注目度も低いのだが、本来ならこっちももっと盛り上がっていいものだと思う。まあ、これも鹿島と磐田に長いこと調子づかせてしまった故のサイドエフェクトなのだろう。
去年からはじまったA3という中国・韓国・日本の東アジアのライバルを集めたリーグ戦もさらに加わっているのも、これまた面白い。
このA3の枠組みやスケジュールの取り方は問題ありありなのは間違いないが、この3国のサッカー熱の高まり(特に中国!)を考えると、これは将来面白い形で盛り上がるに違いないと思う。まあ、現状では単なる親善試合の域は出ていないのだが。
ACLにいたっては、ここを突破すれば、「世界クラブ選手権」・・・というあたかも蜃気楼のような現実味が薄いご褒美も待っている。
まあ、欧州のチャンピオンは地味目なのになりそうなのだけども。
そういうわけで、横浜サポは海外に今年の初めから進出しだしている。
これがサポーターのカネと時間を圧迫して、本当につらくてつらくて・・・・というのは嘘
実は、アジアチャンピオンズリーグが楽しくてしょうがない。
つーか、みなさん、よく聞いてください。
上海2泊3日・・・30,000円
ソウル2泊3日・・・20,000円
それぞれ格安ツアー。
しかし、この価格って、横浜から名古屋や大阪行く新幹線代より安いんですよ。
これなら、毎週アウェーの試合は海外でいいって!と「大分遠すぎ」ダンマクを出した自分としては強く思うわけですよ。
さらに海外のクラブチームやサッカー事情も面白いほど伝わってくる。
中国が本当にサッカーで盛り上がっているのはよくわかったし、さらにJリーグの影響もすごく受けているのもよくわかる。
上海では3試合リーグ戦であったわけですが、最初の一試合目から行っていた人間によると、応援の仕方が最初の一試合目から少しずつかわっていったらしいです。つまり、日本のサポのマネしていっているんですね。まるで、オレらが、ボカやイングランド代表の応援盗んでスタイルつくっていったように。
(今の代表のサポソングや応援スタイルがほとんどボカとかプレミアの応援スタイルからいいとこどりでつくっているのは、むしろ知られていないんだろーなー)
自分のBBSでは、A3の直前から上海申花のサポーターと称する大学生の書き込みが続き、相手しているうちに仲良くなって、なぜか頼まれた岩井俊二の本と映画のCDを日本で買わせられる世界的使いっぱしりになる始末。結局上海で、申花グッズと申花のサポグループの会員証と交換する儀式まで成立。
すでに「べトナム遠すぎ」ダンマクを出したヴィンディンでの試合、一週間の試合日程の上、さらに最終日の中国国際航空の共産圏まるだしの段取りの悪さで延泊までさせられた上海といい、いろんな意味で面白い日々が続いている。それはサッカー以外の話がメインなのだが。
(興味ある人間はココとかココとかココとか参照)
「サポーターとは旅人である」
とは自分の知人がいった言葉であるが名言である。
俺らは普段から日本中をひたすら旅してまわる。
格安の航空券を探すものもいるし、自分らでバスを仕立てて十数時間も車内に閉じ込められたり、「青春18キップ」で2日もかけてスタジアムにたどりつくものもいる。たどり着いた先では、名所旧蹟にはいっさいよらず、スタジアムの前のコンクリートの上にガムテープでシートを貼り、マジックで名前をいれて、そこでコンビニの弁当を食う。
しかし、それも「サポーター」なのでもある。
「ようやくホンモノの旅行記が書けそうだ」
とつぶやいたのは、ヴェローナFCという田舎の小さなクラブチームのサポーターとしてイタリア中で行われるすべての試合の観戦を決意したイギリス人作家のセリフだ。
地味で人のいい連中だから、声高には語らない、が、サポーターの物語は終わることのない永遠の旅行記なのだ。
それが愛と勇気と成功に彩られたロマンスになるか、三文私小説になるかは、チームの成績だけが保障している。
つくづく思うのは、欧州のチャンピオンズリーグなどのサポーターの愉しみである。
彼らはヨーロッパを横断し、スタジアムの前でプロヴィンチャリズム丸出しのコミュニティを一夜かぎりで形成する。
酒と熱狂は、さらにその愉楽を増す。
アジアチャンピオンズリーグの門戸は、それぞれJリーグのチームに開かれているので、この愉しみをみんなに伝えてわかちあいたい・・・と思うのだが、こんな楽しいものとわかったので今年もJリーグチャンピオンの横浜サポとして、またさらに来年もこの旅を続けたいと思うw まあ、浦和とかガスとかがこういうアジアに出て行って戦うと面白いとも思いますが。
そういうことで、来週はソウルに行って、統一教会の連中にやられた借りを返しにいってきます。
「俺たちのたったひとつの信仰、永遠のトリコロール」のダンマクもってw
※これ書いているうちに思い出した。
J2時代の思い出を語る浦和サポの言葉。
「九州に年4回も行くつらさがおまいらにわかるか?」
これも名言である。
そう、アジアチャンピオンズリーグの方だ。
アジアウィーナーズカップ、アジアクラブ選手権が合併し、唯一のアジアクラブの王者を決める大会となったのが、このアジアチャンピオンズリーグ。
今年で第二回目となるこの大会には、日本では磐田と横浜が出場している。
同じ「日本代表」(まあ、その言い方もなんだかパッとしないのだが)なワリには、いまいち注目度も低いのだが、本来ならこっちももっと盛り上がっていいものだと思う。まあ、これも鹿島と磐田に長いこと調子づかせてしまった故のサイドエフェクトなのだろう。
去年からはじまったA3という中国・韓国・日本の東アジアのライバルを集めたリーグ戦もさらに加わっているのも、これまた面白い。
このA3の枠組みやスケジュールの取り方は問題ありありなのは間違いないが、この3国のサッカー熱の高まり(特に中国!)を考えると、これは将来面白い形で盛り上がるに違いないと思う。まあ、現状では単なる親善試合の域は出ていないのだが。
ACLにいたっては、ここを突破すれば、「世界クラブ選手権」・・・というあたかも蜃気楼のような現実味が薄いご褒美も待っている。
まあ、欧州のチャンピオンは地味目なのになりそうなのだけども。
そういうわけで、横浜サポは海外に今年の初めから進出しだしている。
これがサポーターのカネと時間を圧迫して、本当につらくてつらくて・・・・というのは嘘
実は、アジアチャンピオンズリーグが楽しくてしょうがない。
つーか、みなさん、よく聞いてください。
上海2泊3日・・・30,000円
ソウル2泊3日・・・20,000円
それぞれ格安ツアー。
しかし、この価格って、横浜から名古屋や大阪行く新幹線代より安いんですよ。
これなら、毎週アウェーの試合は海外でいいって!と「大分遠すぎ」ダンマクを出した自分としては強く思うわけですよ。
さらに海外のクラブチームやサッカー事情も面白いほど伝わってくる。
中国が本当にサッカーで盛り上がっているのはよくわかったし、さらにJリーグの影響もすごく受けているのもよくわかる。
上海では3試合リーグ戦であったわけですが、最初の一試合目から行っていた人間によると、応援の仕方が最初の一試合目から少しずつかわっていったらしいです。つまり、日本のサポのマネしていっているんですね。まるで、オレらが、ボカやイングランド代表の応援盗んでスタイルつくっていったように。
(今の代表のサポソングや応援スタイルがほとんどボカとかプレミアの応援スタイルからいいとこどりでつくっているのは、むしろ知られていないんだろーなー)
自分のBBSでは、A3の直前から上海申花のサポーターと称する大学生の書き込みが続き、相手しているうちに仲良くなって、なぜか頼まれた岩井俊二の本と映画のCDを日本で買わせられる世界的使いっぱしりになる始末。結局上海で、申花グッズと申花のサポグループの会員証と交換する儀式まで成立。
すでに「べトナム遠すぎ」ダンマクを出したヴィンディンでの試合、一週間の試合日程の上、さらに最終日の中国国際航空の共産圏まるだしの段取りの悪さで延泊までさせられた上海といい、いろんな意味で面白い日々が続いている。それはサッカー以外の話がメインなのだが。
(興味ある人間はココとかココとかココとか参照)
「サポーターとは旅人である」
とは自分の知人がいった言葉であるが名言である。
俺らは普段から日本中をひたすら旅してまわる。
格安の航空券を探すものもいるし、自分らでバスを仕立てて十数時間も車内に閉じ込められたり、「青春18キップ」で2日もかけてスタジアムにたどりつくものもいる。たどり着いた先では、名所旧蹟にはいっさいよらず、スタジアムの前のコンクリートの上にガムテープでシートを貼り、マジックで名前をいれて、そこでコンビニの弁当を食う。
しかし、それも「サポーター」なのでもある。
「ようやくホンモノの旅行記が書けそうだ」
とつぶやいたのは、ヴェローナFCという田舎の小さなクラブチームのサポーターとしてイタリア中で行われるすべての試合の観戦を決意したイギリス人作家のセリフだ。
地味で人のいい連中だから、声高には語らない、が、サポーターの物語は終わることのない永遠の旅行記なのだ。
それが愛と勇気と成功に彩られたロマンスになるか、三文私小説になるかは、チームの成績だけが保障している。
つくづく思うのは、欧州のチャンピオンズリーグなどのサポーターの愉しみである。
彼らはヨーロッパを横断し、スタジアムの前でプロヴィンチャリズム丸出しのコミュニティを一夜かぎりで形成する。
酒と熱狂は、さらにその愉楽を増す。
アジアチャンピオンズリーグの門戸は、それぞれJリーグのチームに開かれているので、この愉しみをみんなに伝えてわかちあいたい・・・と思うのだが、こんな楽しいものとわかったので今年もJリーグチャンピオンの横浜サポとして、またさらに来年もこの旅を続けたいと思うw まあ、浦和とかガスとかがこういうアジアに出て行って戦うと面白いとも思いますが。
そういうことで、来週はソウルに行って、統一教会の連中にやられた借りを返しにいってきます。
「俺たちのたったひとつの信仰、永遠のトリコロール」のダンマクもってw
※これ書いているうちに思い出した。
J2時代の思い出を語る浦和サポの言葉。
「九州に年4回も行くつらさがおまいらにわかるか?」
これも名言である。
[ 02:22 ]
[ サッカー時評 ]
欧州チャンピオンズリーグが面白い展開となっている。
勝ち抜いたのが、ラ・コルーニャにポルトにチェルシーにモナコ。
まるでUEFAカップのような組み合わせなのだが、それはそれで面白い大会になるような気がする。
世界戦略を着々と進めるビッグクラブを差し置いて、ローカル色を払拭しきれない中堅どころ・・・まあそれも失礼な言い方なのだが・・・が、ここまで集結したのはどういう天の配剤なのか。
特に、チェルシー!
資本主義のロマンスの香りを、これみよがしにふりまき、しかもロシア人オーナーという最新のグローバリゼーションのトレンドも織り込んだ、このクラブの成功物語に幸あれ!
すべてのビッグビジネスで成功したものが自己資本の増殖ではなく、サッカーをもちいて自己顕示するようになれば、世界はもっと楽しくなると思う。
楽天の社長など、まだまだ小物である。もっと大物の物語を見てみたい。そのためには、チェルスキーのさらなる成功物語の拡大を!
勝ち抜いたのが、ラ・コルーニャにポルトにチェルシーにモナコ。
まるでUEFAカップのような組み合わせなのだが、それはそれで面白い大会になるような気がする。
世界戦略を着々と進めるビッグクラブを差し置いて、ローカル色を払拭しきれない中堅どころ・・・まあそれも失礼な言い方なのだが・・・が、ここまで集結したのはどういう天の配剤なのか。
特に、チェルシー!
資本主義のロマンスの香りを、これみよがしにふりまき、しかもロシア人オーナーという最新のグローバリゼーションのトレンドも織り込んだ、このクラブの成功物語に幸あれ!
すべてのビッグビジネスで成功したものが自己資本の増殖ではなく、サッカーをもちいて自己顕示するようになれば、世界はもっと楽しくなると思う。
楽天の社長など、まだまだ小物である。もっと大物の物語を見てみたい。そのためには、チェルスキーのさらなる成功物語の拡大を!
2004/04/07のBlog
[ 01:01 ]
[ サッカー書評 ]
【今日】読んだ本と聴いた音楽をひたすら記録するスレ#4 より
この書評の著者はこの人。
蓮実先生のサッカー関連の文章はひどいです。
いつだったか、「ユリイカ」の「サッカー批評宣言」と題する号の対談もひどかった。
そういえば、ウンベルトエーコのサッカー論を紹介した、
「エーコとサッカー」という本も出ていました。
総じて、現代思想がらみの人間が書くサッカー本は大変つまらないです。
結局、記号としてのサッカー論なんかどうでもいいんですよ、といいたい。
問題はなぜ、その記号に人々が吸引されていくのか、ということで。
蓮実先生は、サッカーという記号に、このまえのブログと同じ表現をつかえば、「太陽を盗んであいつらに投げつけろ」という初源的な読み替えを薦めようとしているのでしょうが、いかんせん、「表層批評」するための素材に乏しい・・・つまり、この人サッカーそんなに見ていない。
だから、いい本にも論にもなるわけもなく、こうして、ゾッキ棚にならぶであろうサッカー本がまたひとつ増えていくわけです。
この書評の著者はこの人。
蓮実先生のサッカー関連の文章はひどいです。
いつだったか、「ユリイカ」の「サッカー批評宣言」と題する号の対談もひどかった。
そういえば、ウンベルトエーコのサッカー論を紹介した、
「エーコとサッカー」という本も出ていました。
総じて、現代思想がらみの人間が書くサッカー本は大変つまらないです。
結局、記号としてのサッカー論なんかどうでもいいんですよ、といいたい。
問題はなぜ、その記号に人々が吸引されていくのか、ということで。
蓮実先生は、サッカーという記号に、このまえのブログと同じ表現をつかえば、「太陽を盗んであいつらに投げつけろ」という初源的な読み替えを薦めようとしているのでしょうが、いかんせん、「表層批評」するための素材に乏しい・・・つまり、この人サッカーそんなに見ていない。
だから、いい本にも論にもなるわけもなく、こうして、ゾッキ棚にならぶであろうサッカー本がまたひとつ増えていくわけです。
2004/04/06のBlog
[ 22:58 ]
[ サッカー時評 ]
ジーコ解任を求める集会に向けたKick-off ミーティング
行います。本番ではないのですが、ここでいろいろ先に考えておかねばならないこと、準備しなければならないことを整理しておきたいということで、有志の方々のご参集をお願いする次第です。
熱い香具師、集合よろぴく。
行います。本番ではないのですが、ここでいろいろ先に考えておかねばならないこと、準備しなければならないことを整理しておきたいということで、有志の方々のご参集をお願いする次第です。
熱い香具師、集合よろぴく。
[ 11:59 ]
ジーコ監督後任にオシム氏リストアップ
世論を見るために、また関係者筋の反応をうかがうための意図的リークだと思う。
そうすると、オレらはどんな反応したらいいんだろう?
やったー!大歓迎!!ってとこ見せときゃいいのかなあ~。
つか、市原サポはどう思っているんだろう?
世論を見るために、また関係者筋の反応をうかがうための意図的リークだと思う。
そうすると、オレらはどんな反応したらいいんだろう?
やったー!大歓迎!!ってとこ見せときゃいいのかなあ~。
つか、市原サポはどう思っているんだろう?
[ 01:36 ]
[ サッカー時評 ]
「告解火曜日というのは、キリスト教の祭日の一つ。復活祭前の四旬節直前の火曜日のこと(中略)。そして、中世のイングランドでは、この告解火曜日に、各地でフットボールが行われる例が多かった。
「フットボールのやり方は、町によって千差万別だったが、要するに教区対抗とか南町対北町などに分かれて、大勢の男達が一個のボールを奪いあい、遠く離れたゴールに持ち込むことで勝負を争うという遊び(または祭り)であった
「そこにはルールらしきものはなく、ボールを奪い合う過程の蹴りあい、掴み合いのなかで死者が出ることも珍しくはなかったし、民家も畑も、ボールを奪い合う群集によって踏み荒らされてしまう。当局は再三にわたって、この低俗で粗野な遊びを禁止しようと試みたが、しかし、中世イングランドのフットボール熱は根強く、告解火曜日のフットボールは18世紀後半まで続いた」
後藤健生「ヨーロッパサッカーの源流へ」
「欧州でも中世になると先述の通りイタリアのフローレンス地方でカルチョと呼ばれるフットボールが行われ、イングランドでは12世紀後半に告解火曜日の祝いの行事としてフットボールが行われていた。また、ローマ人はカルチョ以外に様々な種類のフットボールを行っていたのである。ローマ帝国は中世の欧州大陸全体に影響を与え、このフットボールも例外ではなく、12世紀のフランスでは「ラ・スール」という乱暴な競技として流行した。
「ラ・スールはケルト語あるいはラテン語の「太陽」という単語が語源であるとされている。ボールを「太陽」に見立て、ボールを敵陣の目標に運ぶというラ・スールはフランス全土に普及した。ラ・スールという呼び名やルールは地方によってまちまちであったがケルト文化の影響を強く受けているノルマンディー地方やブルターニュ地方で特に盛んに行われていた。村と村の対抗、教区と教区の対抗だけではなく、既婚者対独身者、町の中心部の住民対周辺部の住民などの形式で行われ、次第にエスカレートし、農村では農作物を踏み荒らし、都市部では家屋に損害を与えるほか、競技者自身もけがをするなどの乱暴な戦いとなっていったのである。」
「フランス・フットボール創世記」 J.Pモアン
この後に19世紀に入り、そんな乱暴でDQNな遊びであるフットボールが現代的なルールを整備し、「スポーツ」として成立したのは、英国のパブリックスクールでのマッチョな集団競技として取り扱われたのが大きかったり、さらに、それが再度一般大衆の間に広まっていったのは、その頃、産業革命で都市部に大量に現れた「労働者」の余暇として、また同時にディシプリンや規則や自己犠牲の精神をまなばせるためであった。
太陽を盗んでやつらにくらわせろ!
サッカーの起源は熱狂である。
「フットボールのやり方は、町によって千差万別だったが、要するに教区対抗とか南町対北町などに分かれて、大勢の男達が一個のボールを奪いあい、遠く離れたゴールに持ち込むことで勝負を争うという遊び(または祭り)であった
「そこにはルールらしきものはなく、ボールを奪い合う過程の蹴りあい、掴み合いのなかで死者が出ることも珍しくはなかったし、民家も畑も、ボールを奪い合う群集によって踏み荒らされてしまう。当局は再三にわたって、この低俗で粗野な遊びを禁止しようと試みたが、しかし、中世イングランドのフットボール熱は根強く、告解火曜日のフットボールは18世紀後半まで続いた」
後藤健生「ヨーロッパサッカーの源流へ」
「欧州でも中世になると先述の通りイタリアのフローレンス地方でカルチョと呼ばれるフットボールが行われ、イングランドでは12世紀後半に告解火曜日の祝いの行事としてフットボールが行われていた。また、ローマ人はカルチョ以外に様々な種類のフットボールを行っていたのである。ローマ帝国は中世の欧州大陸全体に影響を与え、このフットボールも例外ではなく、12世紀のフランスでは「ラ・スール」という乱暴な競技として流行した。
「ラ・スールはケルト語あるいはラテン語の「太陽」という単語が語源であるとされている。ボールを「太陽」に見立て、ボールを敵陣の目標に運ぶというラ・スールはフランス全土に普及した。ラ・スールという呼び名やルールは地方によってまちまちであったがケルト文化の影響を強く受けているノルマンディー地方やブルターニュ地方で特に盛んに行われていた。村と村の対抗、教区と教区の対抗だけではなく、既婚者対独身者、町の中心部の住民対周辺部の住民などの形式で行われ、次第にエスカレートし、農村では農作物を踏み荒らし、都市部では家屋に損害を与えるほか、競技者自身もけがをするなどの乱暴な戦いとなっていったのである。」
「フランス・フットボール創世記」 J.Pモアン
この後に19世紀に入り、そんな乱暴でDQNな遊びであるフットボールが現代的なルールを整備し、「スポーツ」として成立したのは、英国のパブリックスクールでのマッチョな集団競技として取り扱われたのが大きかったり、さらに、それが再度一般大衆の間に広まっていったのは、その頃、産業革命で都市部に大量に現れた「労働者」の余暇として、また同時にディシプリンや規則や自己犠牲の精神をまなばせるためであった。
太陽を盗んでやつらにくらわせろ!
サッカーの起源は熱狂である。
[ 01:20 ]
[ サッカー時評 ]
「久保 代表復帰アピール弾だ」
うかつな言動は、すぐにゴール裏では諍いごとのタネになる。
それだけみんな真剣だし、ゴール裏にいることに自分の哲学と体をはっているのだ。
先日、代表落ちした久保と奥がスタメンに復帰し、それを取り上げて若いコールリーダーのひとりが、彼らを励ます意味で試合前にアジ演説をうつ。
曰く、代表は落ちてしまったけど、また彼らが戻れるように活躍してもらいましょう、そしてみんなで応援で盛り上げよう!
このブログのタイトルは、そんなうかつな一言に対して、オレらのまわりから湧き上がった文句。
「久保、代表復帰アピール弾」?
そんなのはどうでもいいのだ。横浜のために、久保は戦う。代表なんてオマケにすぎない。
オレらがここにいるのは、代表に選手を送り出すためではない。
うかつな言動は、すぐにゴール裏では諍いごとのタネになる。
それだけみんな真剣だし、ゴール裏にいることに自分の哲学と体をはっているのだ。
先日、代表落ちした久保と奥がスタメンに復帰し、それを取り上げて若いコールリーダーのひとりが、彼らを励ます意味で試合前にアジ演説をうつ。
曰く、代表は落ちてしまったけど、また彼らが戻れるように活躍してもらいましょう、そしてみんなで応援で盛り上げよう!
このブログのタイトルは、そんなうかつな一言に対して、オレらのまわりから湧き上がった文句。
「久保、代表復帰アピール弾」?
そんなのはどうでもいいのだ。横浜のために、久保は戦う。代表なんてオマケにすぎない。
オレらがここにいるのは、代表に選手を送り出すためではない。
2004/04/05のBlog
[ 04:14 ]
[ なんとなく社会時評 ]
発汗シューケルさんの書いた面白いブログを某氏からタレコミにより発見。
>Nationは英語で
>国民、国、国家、部族・種族、出身地
>フランス語では
>国民、国・国家、ユダヤ人から見た異教徒、種族
>ネーションとステイツの違いが議論になってるところもありますが、なんにせよ語源をあたるべきだと思う。フランスにはステイツという言葉が存在しないのだから、ダバディ氏のBlogをベースに議論するならば、彼にとってのナショナリズム、ナシオンとは何なのかを明確にしないと議論がわき道にそれるでしょう?
ネーションとステイツの違いを説明する例として、こんなのがあります。
「それまでわたしが漠然ともっていたイメージでは、国家は国民のすべてを足もとまで包み込んでいる袋みたいなもので、人間はひとつの袋からべつのひとつの袋へ移ったり、旅行したり、国籍をかえたりできても、いずれこの世界に存在しているかぎり、人間は誰でも袋の外に出ることはできないとおもっていた。私はこういう国家概念が日本を含むアジア的な特質で、西欧的な概念とまったくちがうことを知った」
「まずわたしが驚いたのは、人間は社会のなかに社会をつくりながらじっさいの生活をやっており、国家は共同の幻想としてこの社会のうえに聳えているという西欧的なイメージであった。西欧ではどんなに国家主義的な傾向になったり、民族本位の主張がなされるばあいでも、国家が国民の全体をすっぽり包んでいる袋のようなものだというイメージでかんがえられてはいない。いつでも国家は社会の上に聳えた幻想の共同体であり、わたしたちがじっさいに生活している社会よりも小さくて、しかも社会から分離した概念だとみなされている」
「もうひとつ西欧の国家概念でわたしを驚かせたことがある。それは国家が眼に視えない幻想だというそのことである。わたしたちの通念では国家は眼にみえる政府機関を中心において、ピラミッドのように国土を限ったり、国境を接したりして眼の前にあるものである。けれど政府機関を中心とする政治制度のさまざまな具体的な形、それを動かしている官吏は、ただ国家の機能的な形態であり、国家の本質ではない。もとをただせば国家は、一定の集団をつくっていた人間の観念が、しだいに析離(アイソレーション)していった共同性であり、眼にみえる政府機関や、建物や政府機関の人間や法律の条文などではない」 ~「共同幻想論」吉本隆明
普段、均質な民族性(と多くの人が勘違いしているだけなのだが)をもって、民族と国家がイコールで結ばれているというようなイメージをもっている日本人の場合には、非常にわかりにくいのだけど、欧州では、国家というのをそういう風には理解していないということです。
つまり、民族や社会というものア・プリオリに存在して、それからそれを包括する人工的な国家があると。
発汗さんが、
>フランス人にとって、ナシオン(国・国家)は曰く税金(レ・ザンポ・ナショノーって言います、英訳するとナショナルタックス、和訳すると国税)であったり国道(ルートナショナル)であったりする。お上のものというか「自分達に関係ない制度上の決め事による」国家という雰囲気でしょう。
と書いているとおりです。
ただ、普通、ネーションとステイツという言葉を対比させて使う場合には、ネーションが民族とか国民、ステイツが国家という風に使います。
例えば、「国民国家」とは、「ネーションステイツ」と一般的に言います。
で、その国民国家、つまりネーションステイツの問題なのですが、
> 一方ではEUのような超国家的プロジェクトが国民国家の主権を制限する通貨統合(1999年1月)までこぎつけようとしているのに、他方ではあたかも宗教ないし民族の対立を浮き彫りにした戦争と内戦が頻発する。この落差において浮き彫りになってくるのが「国民国家」(nation state)という現象です。
>国民国家とは何か。それは、ひとつの民族でひとつの独立した主権国家を構成しようとしたものです。近代ヨーロッパの国家がその典型例ですが、これを範にした民族自決の独立運動がさかんになり、その結果、世界中に国民国家が成立してきました。しかし、じっさいには単一民族の国家はありえない。それはひとつの夢想されたものなんです。
>アンダーソンは、「国民とはイメージとして心に描かれた想像の政治共同体である」(24ページ)といいます。それは国境によって画された限界をもつものとして想像され、その国境の向こうには他の国民がいるとされます。
~「想像の共同体としての国民国家」
国というものがあり、そこに国民がある。
しかし、本当は、「国民」なんてものはいないのです。
様々な民族があり、様々な生活をしている人間がおり、そこに変わった性格の人間もいるし、サッカー好きなヤツもいるし、井上和香が好きなやつもいるし、フィッシュマックディッパーを喜んでくっているやつもいるし、スカトロが好きなやつもいるし・・・。
多種多様な人種やら民族やらがよりかたまって、しかし、それでも国家を形成すること。そして、それは等しく均質な「国民」によって形成されることを前提とすること。
そういうコンセプトが、「ネーションステイツ」です。
こういう国民がいて国家があるという人工的な枠組みは、そんなに古い話ではなく、たかだか産業革命あたりに出来た新しい考え方にすぎません。
しかし、これが多くの悲劇をつくりだした。
>「なぜ近年の(たかだか二世紀にしかならない)萎びた想像力が、こんな途方もない犠牲を生み出すのか」
もちろん、いろんな主義主張意見趣向宗教にライフスタイル人種民族を、この「国民」という幻想にまとめていくのは、たいへんなんです。
このへんは先に書いたとおり、日本人にはちょっと想像しづらいところではあるのですが。
そこで、多種多様な人間に、オレたちは「国民」である!という幻想を植え付けるのに使われてきたもの、それが「スポーツ」だったわけです。
このへんはまた今度詳しく。
もう眠い。
>Nationは英語で
>国民、国、国家、部族・種族、出身地
>フランス語では
>国民、国・国家、ユダヤ人から見た異教徒、種族
>ネーションとステイツの違いが議論になってるところもありますが、なんにせよ語源をあたるべきだと思う。フランスにはステイツという言葉が存在しないのだから、ダバディ氏のBlogをベースに議論するならば、彼にとってのナショナリズム、ナシオンとは何なのかを明確にしないと議論がわき道にそれるでしょう?
ネーションとステイツの違いを説明する例として、こんなのがあります。
「それまでわたしが漠然ともっていたイメージでは、国家は国民のすべてを足もとまで包み込んでいる袋みたいなもので、人間はひとつの袋からべつのひとつの袋へ移ったり、旅行したり、国籍をかえたりできても、いずれこの世界に存在しているかぎり、人間は誰でも袋の外に出ることはできないとおもっていた。私はこういう国家概念が日本を含むアジア的な特質で、西欧的な概念とまったくちがうことを知った」
「まずわたしが驚いたのは、人間は社会のなかに社会をつくりながらじっさいの生活をやっており、国家は共同の幻想としてこの社会のうえに聳えているという西欧的なイメージであった。西欧ではどんなに国家主義的な傾向になったり、民族本位の主張がなされるばあいでも、国家が国民の全体をすっぽり包んでいる袋のようなものだというイメージでかんがえられてはいない。いつでも国家は社会の上に聳えた幻想の共同体であり、わたしたちがじっさいに生活している社会よりも小さくて、しかも社会から分離した概念だとみなされている」
「もうひとつ西欧の国家概念でわたしを驚かせたことがある。それは国家が眼に視えない幻想だというそのことである。わたしたちの通念では国家は眼にみえる政府機関を中心において、ピラミッドのように国土を限ったり、国境を接したりして眼の前にあるものである。けれど政府機関を中心とする政治制度のさまざまな具体的な形、それを動かしている官吏は、ただ国家の機能的な形態であり、国家の本質ではない。もとをただせば国家は、一定の集団をつくっていた人間の観念が、しだいに析離(アイソレーション)していった共同性であり、眼にみえる政府機関や、建物や政府機関の人間や法律の条文などではない」 ~「共同幻想論」吉本隆明
普段、均質な民族性(と多くの人が勘違いしているだけなのだが)をもって、民族と国家がイコールで結ばれているというようなイメージをもっている日本人の場合には、非常にわかりにくいのだけど、欧州では、国家というのをそういう風には理解していないということです。
つまり、民族や社会というものア・プリオリに存在して、それからそれを包括する人工的な国家があると。
発汗さんが、
>フランス人にとって、ナシオン(国・国家)は曰く税金(レ・ザンポ・ナショノーって言います、英訳するとナショナルタックス、和訳すると国税)であったり国道(ルートナショナル)であったりする。お上のものというか「自分達に関係ない制度上の決め事による」国家という雰囲気でしょう。
と書いているとおりです。
ただ、普通、ネーションとステイツという言葉を対比させて使う場合には、ネーションが民族とか国民、ステイツが国家という風に使います。
例えば、「国民国家」とは、「ネーションステイツ」と一般的に言います。
で、その国民国家、つまりネーションステイツの問題なのですが、
> 一方ではEUのような超国家的プロジェクトが国民国家の主権を制限する通貨統合(1999年1月)までこぎつけようとしているのに、他方ではあたかも宗教ないし民族の対立を浮き彫りにした戦争と内戦が頻発する。この落差において浮き彫りになってくるのが「国民国家」(nation state)という現象です。
>国民国家とは何か。それは、ひとつの民族でひとつの独立した主権国家を構成しようとしたものです。近代ヨーロッパの国家がその典型例ですが、これを範にした民族自決の独立運動がさかんになり、その結果、世界中に国民国家が成立してきました。しかし、じっさいには単一民族の国家はありえない。それはひとつの夢想されたものなんです。
>アンダーソンは、「国民とはイメージとして心に描かれた想像の政治共同体である」(24ページ)といいます。それは国境によって画された限界をもつものとして想像され、その国境の向こうには他の国民がいるとされます。
~「想像の共同体としての国民国家」
国というものがあり、そこに国民がある。
しかし、本当は、「国民」なんてものはいないのです。
様々な民族があり、様々な生活をしている人間がおり、そこに変わった性格の人間もいるし、サッカー好きなヤツもいるし、井上和香が好きなやつもいるし、フィッシュマックディッパーを喜んでくっているやつもいるし、スカトロが好きなやつもいるし・・・。
多種多様な人種やら民族やらがよりかたまって、しかし、それでも国家を形成すること。そして、それは等しく均質な「国民」によって形成されることを前提とすること。
そういうコンセプトが、「ネーションステイツ」です。
こういう国民がいて国家があるという人工的な枠組みは、そんなに古い話ではなく、たかだか産業革命あたりに出来た新しい考え方にすぎません。
しかし、これが多くの悲劇をつくりだした。
>「なぜ近年の(たかだか二世紀にしかならない)萎びた想像力が、こんな途方もない犠牲を生み出すのか」
もちろん、いろんな主義主張意見趣向宗教にライフスタイル人種民族を、この「国民」という幻想にまとめていくのは、たいへんなんです。
このへんは先に書いたとおり、日本人にはちょっと想像しづらいところではあるのですが。
そこで、多種多様な人間に、オレたちは「国民」である!という幻想を植え付けるのに使われてきたもの、それが「スポーツ」だったわけです。
このへんはまた今度詳しく。
もう眠い。
[ 03:51 ]
[ なんとなく社会時評 ]
[とおりすがり] [2004/04/03 02:55] 質問があります。
私の住んでいる町、地域にはにはJのクラブは
ありません。
そういう人間は、どーやってサッカーを楽しめば
いいんでしょうか?
それとも、そういうのは「そこに住んでいる人間」の
特権なんでしょうか?
*************
前に「木曜日のボール」についてのブログを書きました。
その中で、
いつも写真から聞こえてくるのは、
「おまえらサッカーサッカーと騒いでいるけど、それが本当のサッカーなのかい?サッカーってそんなものなんか?」
という声。
・・・ということを書きました。
オレは人生相談されても答えられるほど、まだよくサッカーとは何かについてまともに答えられることができないし、だからこそ、出来る限り自分の範疇で関われるサッカーネタがあれば見る前に跳んでいっちゃうのですし、ワケワカンナイ能書きがあれば、それ違うんちゃうの?と突っ込みたくなるのです。
ダバディのブログで、国家ナショナリズムへのアンチと思われるバックグラウンドから、クラブチームが代表に代わるようになればいいと書いてあるのは、別に国家代表がイコール国家ナショナリズムにつながると言っているわけではないのです。
その証拠に、ダバディは一生懸命、「日本代表」に苦言を呈し、愛情あふれる意見表明をしているじゃありませんか?
オレらは、いつもギリギリのラインで、何かを試されているのです。
日の丸君が代に反対する教師たちを傍目に、スタジアムでは若い連中が国歌斉唱し日の丸を打ち振るう。
それでいいのだ、と思う。
これがゲームであるという自覚があれば。
「ナショナリズム」が遊びの範疇であると覚醒しつづけるものだけが、本当にサッカーを楽しめるような気がする。
だから代表でも多いに結構。
電波飛ばして、自分の生き死にと同じくらい、またはそれよりも重要なようにふるまってもかまわないと思います。
その対象はクラブであっても、国家代表であっても同じだと思う。
まあ、けどクラブの方が面白いんだけどね、本当はw
私の住んでいる町、地域にはにはJのクラブは
ありません。
そういう人間は、どーやってサッカーを楽しめば
いいんでしょうか?
それとも、そういうのは「そこに住んでいる人間」の
特権なんでしょうか?
*************
前に「木曜日のボール」についてのブログを書きました。
その中で、
いつも写真から聞こえてくるのは、
「おまえらサッカーサッカーと騒いでいるけど、それが本当のサッカーなのかい?サッカーってそんなものなんか?」
という声。
・・・ということを書きました。
オレは人生相談されても答えられるほど、まだよくサッカーとは何かについてまともに答えられることができないし、だからこそ、出来る限り自分の範疇で関われるサッカーネタがあれば見る前に跳んでいっちゃうのですし、ワケワカンナイ能書きがあれば、それ違うんちゃうの?と突っ込みたくなるのです。
ダバディのブログで、国家ナショナリズムへのアンチと思われるバックグラウンドから、クラブチームが代表に代わるようになればいいと書いてあるのは、別に国家代表がイコール国家ナショナリズムにつながると言っているわけではないのです。
その証拠に、ダバディは一生懸命、「日本代表」に苦言を呈し、愛情あふれる意見表明をしているじゃありませんか?
オレらは、いつもギリギリのラインで、何かを試されているのです。
日の丸君が代に反対する教師たちを傍目に、スタジアムでは若い連中が国歌斉唱し日の丸を打ち振るう。
それでいいのだ、と思う。
これがゲームであるという自覚があれば。
「ナショナリズム」が遊びの範疇であると覚醒しつづけるものだけが、本当にサッカーを楽しめるような気がする。
だから代表でも多いに結構。
電波飛ばして、自分の生き死にと同じくらい、またはそれよりも重要なようにふるまってもかまわないと思います。
その対象はクラブであっても、国家代表であっても同じだと思う。
まあ、けどクラブの方が面白いんだけどね、本当はw