ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
FWF -フットボールは未来の兵器である-
Blog
[ 総Blog数:456件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2005/10/19のBlog
エリック・ゲイルが大好きだ。


きっとフュージョン好きは、みんな彼のことをリスペクトしていると思うのだが、その独自のタメの効いたフレーズや音色は完全にワンアンドオンリーのもの。


Forecast
Multiplication


マーカスミラーにはこんな曲もあったな。
ちなみにこの曲でギターを弾いているのはハイラムブロックス。


で、そのエリックのソロアルバムで、長らく原盤が見つからなかった"Negril"という、なぜか知らねどジャマイカ録音の盤が再発になったわけなのだが、そのアルバムのライナーの中で衝撃の事実が発覚!

って、本当かどうかわからないんだけど、ここにそのエリックの日本人妻であるマサコ・ゲイルさんの文章をそのまま紹介。



-ある日ラジオのスイッチを入れるとビートルズの"抱きしめたい"が流れていたので何気なく聴きながら、ふと『エリック、ビートルズのギターサウンドはあなたのサウンドに似ているけど、この曲をレコーディングしたの?』と何気なく聞いてみました。すると主人は「うん、そうだね。この曲は"I want to hold your hand"だよね?確かにレコーディングしたよ』。(中略)
ビートルズは彼ら自身がプレイしていたものと信じていたので、この話を聞いたときには大きな驚きがありました。主人が他界したあと、ある日本人の方が『バーナード・パーディーから初期のビートルズのレコーディングをエリックたちとしたと聞いているよ』と話してくれたとき、そういえば昔エリックからそのような話を聞いたことがある。(中略)
その当時のことをもっと聞きたくて、早速ドラマーのバーナード・パーディーにコンタクトを取ってインタビューを試みました。バーナードはニューヨークの私のアパートを訪ねてくださり、さっそくビートルズの初期レコーディングの思い出話を伺うことができました。
その当時は初期のモータウン系のミュージシャンたちがほとんどのレコーディングセッションに加わっていたが、R&Bサウンドでも白人系のロックンロール・ミュージックとしてヒットしたわけです。当時は毎日5~6箇所のスタジオを駆け回り、ビートルズのレコーディングといっても、イギリスのリバプール出身の無名のミュージシャンのレコーディングをしただけであって、それが世界のビートルズとしてこんなに有名になろうとは思いもよらなかったと思います。




"抱きしめたい"に関わらず、初期ビートルズには確かに演奏がうますぎるのがありすぎなのは事実なので、あながち全くウソというわけではなさそうな。。。

ちなみに、スタジオのみの録音になってからも怪しいのたくさんあるぞ!ホワイトアルバムとかアビーロードとか、本当にこれジョージかジョンが弾いてんのかよ?!というの多数。



ちなみに当時のイギリスロック事情では、むしろ自分達で本当に演奏している方がレアなケースで、ジミーペイジとかはビートルズがライブ演奏をしているのに、ずいぶん感銘をうけたみたいなことを言っていたのをどこかで見た記憶あり。



あっ、Negrilは録音状態がよくないので、あんまり素人にはおすすめできない。
けど、いいアルバムだよ。
2005/10/14のBlog
[ 00:40 ] [ マスターのつぶやき ]
なぜ毎年毎年PDF???







めんどくさいのでやめてください。
2005/09/27のBlog
2chで今話題なのは、例の「のまネコ」問題だ。

騒動の概略を書くと、2chで多数の匿名の人々によって自然発生的につくられて(?)、いつの間にかキャラクターとなったアスキーアートのキャラクターが、Avexのとある曲のキャラになって、しかもそのキャラを商標登録してしまった会社が出てきてしまった、というところである。

のまねこはモナー?ネットで騒動に
のまネコ問題とは



これに対して、キャラクターを無断?で登録されてしまったねらーの反感を呼び、それに対して商標登録した会社に様々な抗議運動を開始するねらーのみなさん、という構図なのだが、いつだったかタカラが「ギコ猫」という同種のキャラを商標登録した際には、様々な抗議活動により同社が結局商標登録を取り下げるという話になった。

「ギコ猫」、タカラが商標登録を出願

タカラ、「ギコ猫」商標出願を取り下げ 「ユーザーにお詫びしたい」

落ちついて「タカラ・ギコ猫商標問題」を考えてみるページ




しかし、今度は、こういう知的所有権をめぐってはそれが商売のタネであり、しかも数々のこういった抗議やらクレームやら圧力団体やらの取り扱いに長けている音楽会社であるから、ちょっと一筋縄ではいかない展開になっている。

エイベックスグループのコメント

頭は下げるそぶりで、排他的権利は主張しないという文章はあるものの、それは単にネットでの言い訳にすぎず、結局商標登録は取り下げずに、このままビジネスを進めるという宣言だ。



これに対して、2ちゃんの管理人のひろゆき氏は、次のようなコメントを発表した。
全面対決である。

■のまタコについての公開質問状■


先に出した、avexのコメントを完全に逆手にとり、オリジナルのものに「インスパイア」されたキャラクターなら勝手に商売にしてもOKなんだろ?というこの反論は、本当に見事である。







さて、ここからちょっと話はかわる。

そもそも自分は2chねらーの正義ファシズムみたいなノリがあんまり好きではない。
正義であれば、なんでもやっていい!というダーティーハリー的な正義感は、それは孤軍奮闘してやるからかっこいいのであり、それが集団になると単なるファシズムである。
もちろん、今度は相手は企業だ。だから、それはそれで面白いし、共感する気持ちでいっぱいなのだが、果たしてこの「祭り」は何を志向しているのか、ハタと考えてしまった。

ほとんどの反対を表明している人間は、共有財産みたいなものを私物化された、という素朴な正義感みたいなもので動いているようなのだが、ここにあいまいなものが残る。



思ったのは、「オープンソース」の思想だ。

オープンソースとは
オープンソースの定義(OSG-JP)


誰でもそれを使ってよくて、さらにはそれを改良することも可能。自由に改変し、さらにはそれを再配布することもできる。
それを使う人間も差別してはならず、そのソースの進化のために自由に誰でも参加でき、さらに再配布することができる、それが「オープンソース」の思想だ。


プログラムは著作権によって保護されており、通常それは開発者に帰属する。
ところが、オープンソースでは、ソースコードは自由に閲覧することができ、その改良や改変は自由になっている。そして、その改良したものを再配布することも可能だ。それは著作権は放棄されている。

LinuxやApacheといったソフトウェアは、このような過程をへて現在の姿にたどり着いている。

VAリナックス、オープンソースに関する信条とコミュニティーへの約束を条文化


ちなみに、とあるオープンソース開発者は次のように、「オープンソース開発の楽しみ」を語っている。

難しい問題が次々降ってくる「知的な喜び」
同じ興味を持つ人と情報交換できる「コミュニケーションの喜び」
自分ってスゲェ感が味わえる(かも)という「充実の喜び」
好きなことで生計が立てられる(かも)という「自己実現の喜び」


オープンソース開発で得られる喜び「スゲェ感」



おそらく2chでシコシコと毎日アスキーアートを「開発」している人と、似たような動機なのではないか?
(生計は立てれないだろうが)

ちなみに、オープンソースでつくられた傑作OSリナックスの作者リーナス・トーバルズは次のように語っている。


「日常生活には何ら変化がない。町を歩いていてもだれも気付かない。失業の心配はなさそうだが、大金を得たわけでもない。多くの人が「有益なことをした」と喜んでくれるので、エゴはみたされる」

「利用者も増えたが、僕を助けてくれる開発者も増えた。いいプログラムを開発するのは アートのようなもの。人々がスポーツを楽しむように、僕はプログラムを楽しむ。ネット上にコミュニティーが生まれ、共同作業がまた面白い」

「プログラマーは仕事場から戻っても、好きだからついコンピュータの前に座ってしまう。創造的で賢明な彼らは意義のあることをしたがっている。経済的な理由からではない。ビル・ゲイツ氏の主張は通じない」




知的財産を皆でつくりあげ、そしてその成果を共有する思想は、まさに匿名掲示板でのアスキーアートの世界観と全く同じものだ。

だから、「のまネコ」を商標登録をするということは、アスキーアートにおける「オープンソース」の思想と哲学を否定する行為になるわけだ。


公開、共有、自発的貢献と協力、それがアスキーアートに適用されるシーン、それがこの「のまネコ」問題の核心部分だ。






1984年にフリーソフトウェア財団を設立したリチャード・ストールマンは、もともとはハッカーであり、そして今でもハッカーを名乗る

「自由なソフトウェア 」の概念は彼によって整理され、そしてその運動により、 コピー、研究、変更、配付が自由に出来る知的財産ができあがり、そしてわれわれはその恩恵を受けている。

「のまネコ」の問題は、リチャード・ストールマンの試みと同じものだ。
自由な表現物と、主張されない著作権の試みは、商標と特許と意匠など等にからめとられた新しい社会的な成果物のあり方を定義するのである。




「私有財産は盗みである」という社会主義思想の根底に横たわる思想は、すでに国家社会主義の100年の暗い実験により、こんなにも汚れてしまったけれど、実際は、著作権という私有財産の独占に対するラジカルな戦いを通じて、実はこんなところでまだ続いており、そして実際ソフトウェアの世界ではひとつの理想郷に近い状況を生み出している。

いや、ちょっと待て。また「社会主義」だの言い出すと、わけわからんちんがやってきてせっかくのひろゆきとねらーのユートピア的な試みに泥を塗るかも知れない。

きっと、ひろゆきあたりはこんなことを考えているのかも知れないけれど、一緒に闘っている連中は、もっと素朴な正義感で自分達のつくりあげた共有財産を守ろうとしているのだと思う・・・と一応のフォローw
2005/09/24のBlog
ACLが一向に盛り上がらない件についてはもう書いた。

一万数千の警察官に囲まれ、身ぐるみはがされんばかりの勢いであらゆるものを奪われてスタに入って、審判・ボールボーイ・公安・警備員、全て敵という、まさしくアウェイの環境で結局は敗退して、それで日本に帰ってきたら、ACLのことなんざひとつも触れられずに、ビーチサッカーの話で盛り上がっているのには心底イヤになったものだ。


が、おそらくそれは今年までだろうと思う。

楽観的な観測かも知れないが、今年の世界クラブ選手権が今年から目の前でやる。
おそらく、目の前で欧州や南米の競合の中にいるアジアのチームを見て、はじめてACLの意味がわかるのではないか、と。

まあ希望的な観測だけど。



今現在はクソッタレの山東は敗退、釜山・深セン・アルイテハド・アルアインが準決勝まで進んでいる
ACLの準々決勝のダイジェストムービーはこちら。ここはACL情報に非常に詳しい


深センなんて、A3であたったときはどうでもいいような部活サッカーでバレーボールみたいな選手で固められていたチームだったのに、いつのまにやらこんなところにいるのは驚きである。

ACLで、特に東アジア地区のグループリーグは、基本的なフィジカルが問題になる。
フィジカルといっても、なんのことはない。
欧州のチャンピオンズなど比べ物にならない長距離の移動、気候の変動と差異、食べ物とピッチコンディション、そんなものに対応できなければきっと勝つことは出来ないと思う。

Jリーグのチームで、この高みに最初に上るのは何処なのか、それは楽しみなことである。横浜は2年連続で中途で潰えたけれど、この苦労がわかるのは行ったものだけだ。去年行ったインドネシアのケデリというアウェイは、飛行機を2回乗り換えて、そこからさらにバスで6時間かけなければたどりつけない。日曜日に試合、そのまま翌日に飛行機に乗り、火曜日に練習し、翌日アウェイの炎天下で試合。
さらにそこで試合が終われば、即移動し、またまる一日かけて日本に戻り、そして土曜日は試合。

柔な日本人よりも過酷な試合条件になれていて、土壇場の精神力が強いハングリーな中国や韓国が突破するのはなんとなくわかるような気がする。





さて、話は来年のことだ。

ご存知のとおり、ヴェルディが降格の危機に瀕している。

(おそらく、神戸は降格で決まりだろう。
先日神戸アウェイに行った連中は、神戸のスタンドの危機感の無さに驚いていたらしい。神戸サポには申し訳ないけれど、ファンやサポーターがそうなら、それは確実に試合に影響する。)

もうひとつの枠、さらに今年は入れ替え戦まであるので、現在の順位から言えばヴェルディは大変つらい位置にいる

そのヴェルディは今年の天皇杯を制しているために、すでに2006年のACLの出場権を手にしているのだが、これが降格ということになれば、出場権を逸することになる。


そうなれば、いったいACLの出場2枠、つまり2005年Jリーグチャンピオンと天皇杯優勝チームの2つのうちのひとつが欠けることになろう。

順当に行けば、天皇杯の準優勝チームの磐田が出場権を得ることになるのだが、そうすると磐田は3年連続の出場になるわけだが、それはどうなのか?

ちなみに、第二回のACLでは、出場権のある京都が、今回の想定されるケースと同じくJ2に降格してしまったのだが、その時は2003年の1stステージ優勝チームの横浜が出場することになった。

そもそもJリーグは、こういうことについては臨機応変に対応することが多々あり、現状を見て、出場チームを決めることは大いにありうる。

おそらく、チーム編成の都合上、リーグが終わる前には、ヴェルディ降格のケースの場合の出場チームは決められるだろう。


ちょっと整理する。

【ヴェルディが降格した場合の代替出場チーム】
(1)05年天皇杯準優勝の磐田
 ※磐田がリーグ優勝しなかった場合
(2)05年のJリーグ2位
(3)リーグカップ(ナビスコ)の優勝チーム

おそらく、このうち上記2つが有力なのであろう。

自分としては、リーグカップの位置づけがいまだによくわからないため、ここに何らかの優勝オプションをつけてあげていいといつも思っている。
例えば、単なる罰ゲームであるA3とか。
そして、今回のケースのような場合。



事の判断はJリーグが決める話なので、これ以上はなんともいえないのだが、実際降格争いしているチームが世界最強クラブを決める道程にのせちゃやっぱりアカンよ!とは思う。
天皇杯は天皇杯で歴史と伝統のあるものなのだから、わざわざ一年の遠回りをさせないで、素直にナビスコの勝者がACLいけるってことにすればいいんじゃないか、と考えたりしますです。





横浜や磐田のサポは十分認識していると思うのだけど、Jリーグは世界の高みにのぼるためのひとつの関門に過ぎないのである。
アジアの戦いに参戦したものならわかっていることだと思うし、これからきっとみんなわかってきて、そしてACLがビッグゲームになってくれることを考えました。




[ 00:23 ] [ サッカー関連ショップ ]
ずっと書くの忘れていた。



渋谷の桜ヶ丘といえば、渋谷でも地味なサラリーマンと専門学校生の集まるエリアであり、そして何よりも自分にとっては、最初にやったBarがここにあったというところなのだが、その桜ヶ丘で牛タンといえばここだった。

渋谷「牛タンいなば」




オレにとっては、ここは牛タンで有名だったのではない。
サッカー隙の親父さんのいる店として有名だったのだ。

詳しくはスポカフェの記事読んでくらはい。けど、ここに書いてあるより、もっと濃い、さらに濃い、凄く濃い。そういう親父さんが嫁さんと二人でやっている店だ。
自分は、サッカーバーでちゃんと自分で営業している頃wに、よく昼飯を食いにいかせてもらっていた。

いつだかどこかで書いたことがあると思うが、渋谷の桜ヶ丘というのやたらめったらサッカーエリアであり、昔からサッカーバーが出来ては消え、出来ては消え、とやっているところばかりか、サッカー関連の小さなショップや会社も多い。
たぶん、昔道玄坂にJFAがあった頃の影響もあると思う。
ちなみに、自分のやっていた雑居ビルのバーの向かいの板さんは審判員の資格をもち、ハラヒロミの息子を教えていたし、その下のバーのマスターはマリサポであり、関係ないけど、4階の店子は会員制のゲイバーであり、その向かいはおなべバーだった。



いや、そんな話をしようとしたのではない。

そのいなばがピンチなのだ。
もちろん理由はBSE。

長い間仕入れてきた牛タンがついに入手できなくなり、先日行ってみたら、「牛タン居酒屋」の文字の「牛タン」の部分が消されていた。


しょうがあんめえよ、高いのしか手にはいらないんだから!ということなのだが、代わりのメニューもなんだか急増っぽくてなんともいえない。

ここの親父さんは本当にサッカーが好きな人だ。
それが年月に現れて、とても心地よい。
メシなんかどうでもいい。




おい、おまいら!
サッカー好きがBSEのおかげで苦労しているんだ。
ちょっとはいってやれ。




ちなみに、ここは本当に居酒屋。
浦和は「力」があって、肩肘張らずにサッカー好きがたまれる場所があるが、都内にはそういうところは少ない。
だから、たまにはこんなとこもいいんでないか?

ちなみにたぶんランチもやっている。
出先の昼飯に、仕事帰りの飲みに、よってやってくれ!
2005/09/19のBlog
サッカー批評のイベントやるです、はい。今回も大物登場の強力トークライブ!


------------------------------------------------------------



サッカー批評トークライブ
「サッカー監督、名将の条件」


 サッカーの監督はなにを考えて何を為しているのか?
 ピッチの外からゲームをつくる存在である「監督」について、サッカー批評気鋭のライター陣がその"現在"を語りつくす。
 ジーコからオシム、さらには欧州の歴戦の名将達まで、その戦術、チームマネジメント、さらにはその「人」に至るまでを縦横無尽に論じます。
 好評のフットボールラバーズトークライブが今回も熱い!


 

◇日時: 9月22日(木)19:30~21:30

◇会場: Pub Football Lovers

◇ゲスト:
 西部謙司
 宇都宮徹壱
 浅野賀一


◇受付
 先着順での入場になります。お早めにご来場ください。






詳細はコチラ
[ 03:39 ] [ サッカー時評 ]
昨日の東京戦で、ルーカスが負傷退場した一件は既にここを読んでいる人ならば承知のことかと思う。


0-0でロスタイム、FT間際。
試合は荒れかかっていて、こういう試合のパターンであるが、松田がまたわけのわからないことをしでかしたりして、緊迫しつつある場面であった。

倒れているのは誰か最初はわからなかった。
たぶん今野だと思うが、ガスの選手は、まだ倒れているのかよ?という風にピッチ中央で座り込んで柔軟体操を始めた。時間稼ぎなのは明らかに見える。
だから、ヨコハマのゴール裏は、あと一点なんとかしてももぎ取るというためのチャントを延々ループさせていた。このまま止めるつもりはない。

が、少し様子がおかしい。

本当ならばこのチャントで最後まで押し切るパターンなのだが、誰か選手がジャージを脱いで倒れた選手を仰いでいるのを見て、トラメガをもっていた身内に、おそらくかなり重いケガだろうということを伝えて、コールリーダーにそれを伝えてコールを切った。


この時点で向こうのゴール裏から、個人コールが聞こえてきて、はじめて倒れているのがルーカスだと知った。




ピッチの様子から、救急車を入れようとしているのがわかった。
思いのほか重症なのは、ピッチに出入りする人の多さや、遠めに見る選手の態度でわかった。

ひとりオレらのバンデーラの横で、その聞こえてくるルーカスコールにあわせて歌いだしたヤツがいた。オレは頭のおかしいヤツか、勘違いしたバカのヤツかと最初思って、「それはどんな意味があるのか?」と怒鳴り飛ばした。

試合は終了してないし、ロスタイムはまだ数分はあるはずだ。

そのうち、やはり救急車がピッチに入ってくる。
その後、これも身内が突然トラメガをコール出ししているヤツから取り上げて、携帯でピッチの救急車を取ろうとしている多数の連中に「こんなときに写真とってんのバカ者!」とやりあげる。

コア部分以外は、ガス側のルーカスコールにあわせて手拍子し始める。
オレは今度は黙って聞いていた。
後ろから、今度は別のグループからトラメガで「ガスのコールをするというのはどういうわけか?」という煽りが聞こえた。

オレはその声で、ガスサポにはずいぶんヨシカツをいじられて、いつだったかアマラオと激突してケガをしたときにも、ずいぶんな目に合わされていたことを思い出した。
ルーカスを乗せた救急車がピッチを出た。コールリードの若いのに、まだ時間はある、さめてしまったから一挙にヒートアップさせよう、と伝えた。
そして、試合は再開しボールがピッチに入った瞬間にフルタイムの笛がなる。




----------------------------------------------------------

この「ルーカスコール」をどのように考えるか。

個人的には、今でも、あれはやるべきではない。
もし、やるとしたら、ルーカスがピッチを出た後。または笛がなったあと。
ましてや、ガスのコールにあわせる必要はない。
あの時点では試合は終わってないから。

オレらは、ひとつの仁義として、そのときループさせていたコールを切った。明らかな異変に気づいたからだ。
しかし、もう一度言う。あの時点では試合は終わっていない。

応援は個々人の判断だし、それぞれ哲学をもってやっていることだと思うので、オレはそれなりの気合をもっている連中が、ポリシーをもってルーカスへのコールをしているならそれはそれで仕方ないと思う。ひとり気合の入った身内がコールを続けて揉めたらしい。非常に判断の難しい問題だと思う。しかし、まだロスタイムはあるのだ。

あそこでコールを止め、ブーイングを一切出さなかったのが、それが戦ううえでのせめてのもの敬意で、それが限界ギリギリである。チャントを止めて、相手の歌をただ聞いているというのは、ゴール裏の文脈からいえば、それを受け入れているということだ。


そして、もしルーカスに対して、ひとりのサッカー選手として心配する気持ちがあるのならば、必ず違う方法があるはずだ。





ルーカスコールを止めるべく、トラメガを出したコールリーダーは批判されているようだが、オレはあれはしょうがない判断だったと思う。
そもそもサッカーは危険なスポーツであり、だから何がおきるかわからない。そういう場にいて「チームとともに闘う」と常日頃断言しているものであればそれはありえる判断だったと思う。


しかし、難しい話だよ、これで批判されてしまうとなれば。
正直オレはよくわからん。
ローカルな話題であるが、いろいろ考えた。
[ 02:03 ] [ FWF ゴールドディスク ]
Live at Birdland John Coltrane


買ったときの光景を明確に覚えているレコードというのは自分にとって珍しい。

いつのまにか積もり積もって数千枚の規模になった音源の中でもレアなケースだ。
その頃、貧乏学生だったから、そんなに数は買わなかったからかも知れないが、ここまでキチンと思い出せるのはこのアルバムだけだ。

渋谷の公園通り上には、その頃「ハンター」というチェーンの中古ショップがあり、そこで購入した。買ったときにもジャケットの状態はよくなかったから安かったと思う。もっとも、その当時はジャケの具合の悪さで安い盤を狙い撃ちして購入していたのだが。

公園通りは、その当時はバブルのど真ん中だ。名前は忘れたが、その名をつけたトレンディドラマがあったかとも思う。もちろんそのドラマは見てもいないのだが。そうそう、そのハンターの前で、中山美穂がドラマのロケをやっているのに出くわしたこともある。ライトの中に照らされていて、人ごみの中でもアンドロイドのように見えた。

ハンターの横のビルの2階には、パソコン通信のカフェがあった。まだ1980年代の中頃である。友人がそこの常連で何度か連れて行かれたのだが、画面の中でテキストの文字列が動いているのを見せられ、これで遠くの人と会話していると説明されて、まったく意味がわからぬままだったのを思い出す。まさに遠い昔の話である。

自分の生まれ育ちをしていた軍港の町はまだ70年代の影を落としたままだったが、ここは本当に華やいでみえた。横須賀から出てきたばかりで、八王子暮らしの自分だったからなおさらだったかも知れない。


その頃、自分はいくつかの悩みをもっていた。今となるとどうでもいい話なのだが、それでもこういう街の中にいることが、なんとなく似つかわしくないように思えていた頃だ。


"Live at Birdland"は自分にとって、音楽的な転機の一枚となる。

学生時代の八王子の下宿はロックだけだった。その頃夢中になっていたのは、なによりもJimi Hendrix。Jazzに入っていくきっかけは、明らかにその頃違うジャンルで決定的な影響力を自分に及ぼしていた中上健次の影響だ。だから始めて聴いたのは当然Trane、そしてAlbert Ayler。今考えると、実に因果なJazzへの入り方である。

しかし、Jimi Hendrixでインプロビゼーションの洪水に慣れていたオレにとっては、コルトレーンは実に気持ちがよかった。
後に、マイルスディビスの自叙伝を読んで、ジミがコルトレーンのようにギターを弾きたかったと述懐していたことや、エクスペリアンスのドラマー、Mitch Mitchellがエルビンジョーンズのドラムに大きな影響を受けたのを知ったのだが、その頃はそれも知る由もない。


"Live at Birdland"は、1963年の作品。マイフェイバリットシングと同じく、長尺の一曲目がなんともいえないエスニックなモード調で、しかもソプラノサックスだ。

その一曲目"Aflo blue"にはぶっとんだ。
そして、まだJazzの文法を読み取るのに慣れていなかった自分にはわからなかった"I want to talk about you"に、しばらくJazz漬けになった数年後に再度ノックアウトさせられた。

コルトレーンは常に何かに挑んでいたと思う。単音しか吹くことが出来ない管楽器で、和音を吹こうとしているかのように、一音を追いかけるように一音が続き、さらにそれを塗りこめてしまおうかと次の一音がやってくる連鎖。いわゆるシーツオブサウンドというヤツなのだが、そんな形容以上の意味があるように自分には思えた。なにか得体の知れないものと格闘している姿を見せているように思えたのだ。

フラクタルの文様のように、ミクロな文様が実は壮大な幾何学模様を作り出していくように、トレーンは刻み付けるようにひとつずつ音符を重ねて、そして大きなテーマを描き出す。


ソプラノサックスのテーマから始まる"Aflo Blue"は、コルトレーンに傾倒するきっかけになった一枚もあるのだが、自分のいろいろな転機になることが起こる時期の一枚でもある。それもまたおいおい。



Live at Birdland John Coltrane


FWFゴールドディスク
〔MGD001〕"Live at Birdland" John Coltrane 
〔MGD002〕"ギル・エヴァンスの個性と発展" Gil Evans
〔MGD003〕"Who is this bitch, anyway?" Marlena Shaw
〔MGD004〕"太陽と戦慄" King Crimson
〔MGD005〕"Second Edition (Metal Box)" Public Image limited
〔MGD006〕 "Hallucination Engine" Material
〔MGD007〕"On Love" David T. Walker
〔MGD008〕"Beggars Banquet" The Rolling Stones
〔MGD009〕"稲村ジェーン" サザンオールスターズ
〔MGD010〕"Chapter one:Latin America" Gato Barbieri
〔MGD011〕"New Glass" Albert Ayler
〔MGD012〕"Somewhere before" Keith Jarrett Trio

無人島レコード
2005/09/13のBlog
ここの荒れっぷりがいつもにましてスゴイw




年金・消費税・所得税、すべて国民負担で建て直し、さしたる改革も郵政どまりの時代がやってくる。
これ以上のチャンスはない。

消費税は自分の任期ではやらないと言っているが、それは次のハードナショナリストの総理に指名するための条件になることだろう。確実にあがる。



憲法改正の国民投票は、両院の2/3以上の賛成がないと出来ないことになっているが、これを規定する憲法96条の改正は出来る。これを狙っている連中にも白紙委任状。



-----------------------------------------------------------------
「馬鹿め。自民に投票したのは、金持ちと、ワイドショーしか見ない馬鹿だけだよ。」
-----------------------------------------------------------------




民主がキチンとした争点を準備できなかったとか、国民にアピールできなかったとか、したり顔で言っているヤシは評論家かね?そのぐらいガキやボケた婆じゃねーんだから調べてから投票するべきではないかね、それが民主主義じゃないの?ワイドショーと2ch以外にも情報を得て、それから自分の判断で投票するのが議会民主主義の根幹なのではないかね?


そんなわけで、自民に投票したヤシは責任とってください。
2005/09/12のBlog
[ 01:31 ] [ なんとなく社会時評 ]
不況になるとナショナリストが強くなるのは、ナチの昔から同じだなあ。

小泉-石原-安倍jrのウルトラナショナリストに至るラインがもうそこまで来ているよ。



ところで民主党のマニフェストでは、イラクの復興支援の見直し(廃止)を述べているのだけど、そうすると今回自民に投票した人は、イラクへの派兵を信任していることになるわけだ。


民主党もおかしなナショナリストが何人もいるわけだけど、この一点において支持してみたのだが、アカンかったね。


ちなみに郵政がどうのこうのが争点の最大のものとして演出されてしまったわけだが、民主党の改革のメニューもなかなかだったぞ。郵政民営化の数倍規模のもの。

自民党政権公約
民主党マニフェスト


郵政に賛成ゆえに投票した人で、この比較をした人が何人いるだろうか。






以上、感想。
2005/09/09のBlog
mixiの柄谷行人コミュで、文学界の今月の特集が坂口安吾だと知り、会社帰りに、いまどき大きな書店でも置いてないところがある文学界を探し、あっという間に読んでから、よーし、久々に書評でも書いちゃうよ!とはりきって長文書いたら、またdoblogのせいで記事公開できず、そのまま消えました。

2時間返してください。



メモ代わりの要約だけ。

(1)安吾は左翼運動からは影響受けていないと公言しているが、それはボルシェビィズムの運動を認めていなかっただけである。
(2)コミュニズムについて、「政治は現実の欠陥を修繕訂正するだけの実際の施策」との観点をもち、それよりも大切なものを変革する必要を説く。
(3)しかし、だからといって、安吾が左翼的な影響を受けなかったわけではない(のではないか)。
(4)ここで柄谷は、近代フランスユートピア社会主義者がもつ、「自由」の態度、とりわけ革命に対する考え方、さらにユートピア社会主義の「自由」の考えをつきつめたアナーキズムの社会原理などを、持ち出す。
※柄谷はあえて、アナーキーとはいわず、フランス人であるプルードンの「アナルシー」という言葉を使う。
(5)プルードン曰く「アナルシーこそ最高の秩序である」
(6)さて、安吾の天皇制批判は、この「最高の秩序」と同じようなものだが、安吾の場合、天皇制批判とは、それは「家」批判と強く結びついている。
(7)家族は、ネーションや宗教や共同体のアーキタイプであり、ここからわれわれは「知的な方法」によって何かを考えはじめなければならない。



アナルシーとは、坂口安吾が言う「堕落」のことである。

堕落論では次のようなことを安吾は語っている。

「私は天皇制についても、きわめて日本的な(したがって独創的な)政治的な作品を見るのである。天皇制は天皇によって生み出されたわけではない。天皇は時にみずから陰謀を起こしたこともあるけれども、概して何もしておらず、その陰謀は常に成功のためしがなく、島流しとなったり、山奥に逃げたり、そして結局常に政治的理由によってその存立を認められてきた。社会的に忘れられたときにすら政治的に担ぎ出されてくるのであって、その存立の政治的理由はいわば政治家たちの嗅覚によるもので、彼らは日本人の性癖を洞察し、その性癖の中に天皇性を発見していた。

すくなくとも日本の政治家たち(貴族や武士)は自己の永遠の隆盛(それは永遠ではなかったが、彼らは永遠を夢みたであろう)を約束する手段として絶対君主の必要をかぎつけていた。(中略)天皇を拝むことが、自分自身の威厳を示し、また、みずから威厳を感じる手段であったのである。-堕落論

「藤原氏の昔から、もっとも天皇を冒涜するものがもっとも天皇を崇拝していた。-続堕落論

「天皇制自体は真理ではなく、また自然でもないが、そこに至る歴史的な発見や洞察において軽々しく否定しがたい深刻な意味を含んでおり、ただ表面的な真理や自然法則だけでは割り切れない。

「人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。だが人間は永遠に落ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄のごとくではありえない。人間は可憐であり脆弱であり、それゆえおろかなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。(中略)自分自身の天皇を編み出すためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上面の愚にもつかないものである。」-堕落論




せつなさや悲しさ、それに耐ええるものを、自分自身で構築する。

なんかそんなことをこの人からは教わった気がするのだが、それについては書いたものが消えちゃったので、また時間あったら。
[ 00:05 ] [ サッカー時評 ]
世界30カ国以上のリアルタイム速報、サッカー批評やガゼッタとの提携など、マニアックで最強の携帯サイトとしてオープン!



これで月額280円は安い!!!


現在ドコモのみ配信中。au・vodaは近々に対応予定です。





通称「速サカ」。

2005/09/08のBlog
[ 12:55 ] [ マスターのつぶやき ]
ひらめいた!

提案なのだが、いっそのこと、ここの管理人呼んで、「サポティスタとサッカーサイトについて考える」とかやってみたらどうだろうか?

アンチサポティスタ派の公開討論会みたいに。



収益はなんかに丸ごと寄付していいよ。

ここの管理人なら語れるべ。





管理人連絡きぼぬ
dancinginyourheads@yahoo.co.jp
2005/09/06のBlog
こいつとか



巻のハンドゴール指摘されてファビョりまくっている粘着のみなさん!


とりあえずタレコミ掲示板を見ている人の迷惑にならないようにしましょう。

つか、犬サポ(の一部)は、普段同情されているばかりなので、こういうネタで煽られ慣れてないね。




そして大漁バモス!