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FWF -フットボールは未来の兵器である-
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2006/08/02のBlog
[ 01:10 ] [ このBlogについて ]
本当にどうでもいい話なんですが、HN変えようと思ってます。

が、このブログ、ニックネームがID代わりになっているから変更できないんだよね。

以降、GAZZA!以来呼びならされ、ヨコハマでの通称になっている「マスター」に名前戻してみようかと思います。

これ以降、旧HNで呼ばれてもオレは反応しません!!!1







まあ、本当にどうでもいい話だよなw






2006/07/27のBlog
[ 02:55 ] [ マスターのつぶやき ]
「宝島」

宝物、それはいつでもそこにあるものなのだ
どこかに隠されているわけでもない
けれど、それはある人たちだけにしか見ることができないから
それ故に秘密としてのこされている
宝物に近づくことが出来ない自分達を慰めるために
彼らは言う、それはどこかに隠されている
どこかに埋められているのだ、と
彼らの荒らされてしまった心の中で


安らかに満たされたものもいるだろう
平穏に包まれているものもいるだろう、彼らの言葉によるならば

心は掻き乱され、悲嘆にくれるものもいるだろう
しかし、彼らは何かを変えようとしているのだ


宝島は
彼ら自身の心の中にある






"Treasure Island"

The treasure has always been there
It is not hidden
But is only where certain people would look
At all
Thus it remains a secret to the rest
And to solace themselves
They say it's hidden
Or burried
To still their invaiding thoughts

-------------------------

Some are calm and content
Or at peace, in their words

Some are stirred and cloudy
But they are improving their vision

-------------------------

Of the island
Of themselves




宝島
2006/07/04のBlog
横浜サポーターにのみ業務連絡

最近はみんなBLOG HEADLINEとか見ているので、御用牙が全く取り残されてしまっていると思われるため、ここでも告知。


以下、横浜サポ以外は読まないようにww



ハマトラSNS化プロジェクトについてのお知らせ


以上、業務連絡でした。

よろしくお願いします。
2006/07/03のBlog
[ 03:04 ] [ 映画 ]
欧州開催の時のヨーロッパ勢はやっぱりなめてはいけないんだなあ、とつくづく思う。

ベスト8までのチームをみると、ポルトガル以外はきわめて80年代的な展開なのも今回面白い。

ドイツ-イタリアとかドイツ-フランスなんて、なんだか初めてサッカーを見始めた頃に戻ったような気分になる組み合わせですよ。




で、世の中ではGOAL!とかフーリガンとか言っている時勢に、80年代のなんともはやキッチュなサッカー映画である勝利への脱出をDVDで購入した。


昨日のクォーターファイナル見て80年代気分になったのはわかるが、それにしてもなんでいまさら?
理由はカンタン。TSUTAYAで新品にも関わらず980円で売っていたから。

最近のセルDVDは本当に安くて、それにだまされてやたら映画DVDを買うようになった。しかもなぜかマニアックなものばかり安くなっている。
例えばこの「勝利への脱出」と一緒に買ったのは、「黒いジャガー/シャフト旋風」。シリーズ第二作ものなのに突然980円で売っている。
※ちなみに、これ書いている途中でシリーズ第三作の「黒いジャガー/アフリカ作戦」も980円なのをハッケソしてしもうた。。。。ヤバイ、買ってしまう。。。。

そのほかにもミーン・ストリートなんて渋い名作なんか680円ですよ!

そんなわけで、時間もないのにDVDだけはたまっていくのであって、これでまた家のスペースが埋められしまうのは、なんだろう宿命なんでしょうか?




で、その「勝利への脱出」。

これを見たのはたぶん高校生とかそれぐらいだったと思う。
当時でも、これはムリがある映画だなあ~とテレビの前で思った記憶があるのだが、このへんはほとんどと印象として変わらない。


そもそもスタローンを主人公にして、しかもキーパーまでやらせてしまうのは無理あるってw

DVDのおまけのプロダクションノートをみると、プロデューサーだか誰だかが、スタローンが買いに来た豪邸の売主か何かで、それが縁で脚本を渡して出演を依頼したということなんだけど、それはね、不運とかいいようがないと思うんだけれども。
まあ、だから主人公がイギリス人とかになったからって、この映画が良いものになったかは保障できません。



とはいうものの、映画は適度にお金もかかっていて、ペレも出ていて、ホービー・ムーアも出ている。ちゃんとプレーも少ししているし。

で、今回見て驚かされたのは、オジー・アルディレスが出ていること。
かわいい若造の8番で出ているのはちょっとばかり感動しましたyp!


清水・横浜・読売と、アルディレスに対して複雑な思い出をもつサポーター諸氏は一度見てみるべきだね!
そうそう、スパーズのファンのイギリス人と横浜のパブで会ったときに、名選手名監督にあらず、と今更言うなっていう見解を披露していたよ。まあ、どこでもおんなじだよな。

つか、オジーはやっぱり人気あったんだよな

彼は今イスラエルにいるんだっけ。確か。まあがんばってほしい。


この映画では、ボビー・ムーアの劇的同点ゴールのアシストはアルディレスでした。







映画はナチが宣伝工作のために行う、ドイツ代表vs連合軍代表の試合の物語。
最後にPK止めるシーンまでに徐々にフランスの観客がヒートアップしていく様とかは面白い。

まあ、これからドイツとあたるチームのファンの人は、こんなの見て景気つけるというのもありなのではないかと思いました。
それだけの映画なんですが。。。まあオレは980円なら納得することにするよ!








・・・やっぱ、GOAL!見に行くか。
2006/07/02のBlog
単一民族神話の起源―「日本人」の自画像の系譜 小熊英二
仁義なき英国タブロイド伝説 山本浩
潜入ルポ アマゾン・ドット・コムの光と影―躍進するIT企業・階層化する労働現場 横田増生 
サッチャー時代のイギリス―その政治、経済、教育 森嶋通夫
世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて 柄谷行人
現代ドイツ―統一後の知的軌跡 三島憲一
ニュースの商人ロイター 倉田保雄
シュンペーター―孤高の経済学者 伊東光晴/根井雅弘
アナーキズム―名著でたどる日本思想入門 浅羽通明
氷川清話 勝海舟
歴史をかえた誤訳 鳥飼玖美子
ベネズエラ革命―ウーゴ・チャベス大統領の戦い ウーゴ・チャベス演説集
マルチチュード 上下 ~<帝国>時代の戦争と民主主義 ネグリ/ハート
デモクラシーの冒険 姜 尚中/モーリス‐スズキ・テッサ
宇宙海賊キャプテンハーロック (1)-(5) 松本零士
日露戦争の世紀―連鎖視点から見る日本と世界 山室信一
クレオール主義 今福龍太
クレオールとは何か P.シャモワゾー/R.コンフィアン
三島由紀夫「最後の独白」―市ヶ谷自決と2・26
近代文学の終り―柄谷行人の現在 柄谷行人
世界の32人によるワールドカップ教室
サッカーという名の神様 近藤篤
ガッザの涙



まあ個人的なことを書いているブログに過ぎないのだけれども、個人的にこの4ヶ月は嵐のようにいろいろあって、あんまり活字は読めなかったよなあ~と思いつつ、このエントリーのために積み上げている本をチェックしたら、それでもマメに時間みつけて読んでいたことが発覚!

しかも、この「読んだ本などをひたすら記録するエントリ」は、その時期に読んだとしても、再読であるものは含めていないので、もっと読んでいたのか。オレってつくづくヒマ人だよなw

ちなみに、この期間に再読していたのは特に三島関連、それからアレン・ギンズバーグ、そして自分の中で長年の謎にカタをつけてくれたランボーのアフリカ時代を克明に読み解いたランボー、砂漠を行く―アフリカ書簡の謎

ギンズバーグの「吠える」など口ずさみながら、通り過ぎていった4ヶ月は激動なるかな。『僕は見た、狂気によって破壊された僕の世代の最良の精神を』『すべての物質は聖なるかな!すべての人間は聖なるかな!すべての場所は聖なるかな!すべての日は聖なるかな!』みたいな感じでw






「潜入ルポ アマゾン・ドット・コムの光と影―躍進するIT企業・階層化する労働現場」は、アマゾンのビジネスの核となる存在である物流の現場に、アルバイトを偽り潜入したライターのレポート。単なるビジネス書として読むのではない。レポートとして良質。


ニュースの商人ロイターは、ニュース配信をビジネスとして始めたユダヤ人ロイターの物語。
情報の速度や信頼性といったものをコアコンピタンシーとして、激動の19世紀の欧州を渡りあるいたロイターの評伝モノ。


小林よしのりの御用ライターみたいな存在かと思っていたので、ずっと読むことがなかったのがこの筆者。読んでみたら面白かったので、やはり食わず嫌いはいかんなあーと思ったのがコレ。

アナーキズム―名著でたどる日本思想入門

竹中労原作/かわぐちかいじ劇画の「黒旗水滸伝」や、松本零士の「キャプテン・ハーロック」までをも論考の対象にしているところなどは全く独自なリアリティを感じさせる。

ただし、それに影響を受けて、自分としては本当に何年ぶりかで買ってみたマンガの「キャプテン・ハーロック」はダメだと思った。あれはアナーキズムにまじりあう民族主義がどうにもこうにも気に入らない。松本零士は、オレにいわせると戦場マンガシリーズだけが尊いのである。

マンガといえば、柄谷行人の近代文学の終り―柄谷行人の現在では、日本における「近代文学」の意味するものがもう終わってしまった、と断言していました。
ここでいう「近代文学」とは、日本人が明治以後、小説という形式をめぐって日本人の内面を構築していた歴史的な現象を指すもので、倫理的または知的な課題を背負っていた近代文学がもう成立しえない時代にあるということである。

「それでよいではないか。せいぜいうまく書いて、世界的な商品を作りなさい。マンガがそうであるように。」

これを見て、あっさり思い出したのは、AERAか何かのインタビューで中国で村上春樹が流行っているという件である。
この記事は、中国の書籍のネット販売サービス、つまりアマゾンの中国版を立ち上げたアメリカ帰りの起業家のインタビューだったのだが、そのビジネスの世界で名を上げた女史が村上春樹を読んで曰く、「苦労を知らないおぼっちゃんが呻いている小説」。
これには笑った。



前に触れた自分の中の三島ブームというのは、三島を否定するための作業なのである。だから、本来作家としての三島からは切って捨てられるべき政治論や本人のふるまいそのものが興味の対象になっている。これは作家の読み方としては外道である。が、今はその中に入り込んでいくしかない気がしている。
そんな中で三島由紀夫「最後の独白」―市ヶ谷自決と2・26という新刊を買ったのだが、これはいまひとつだった。
今は、ネットで探せば、市ヶ谷の自衛隊に押し入ったときの檄文の全文も演説内容も簡単に見つかるし、石原慎太郎が逆説的に「もっとも美しく完璧な肖像」といった自衛隊の撮影班が記録した長官室での姿の写真も、川端康成が見たという自決後のショッキングな写真もすべてネットで手に入る。そういう意味でいまひとつの資料である。それにしても、これくらいの内容のものが1400円の定価をつけて新刊で出てくるというのは、それなりにこの人のブームなんだろうな、とも思う。




以上、その他の本については感想などをおいおい書いていきます。




そういえば、この前、渋谷のブックファーストいったら、柄谷行人の新書書き下ろしの新刊「世界共和国へ」が売れ筋ランキングに入っていたなあ。新書ってやっぱりブームなんすっか???



[ 04:13 ] [ FWF ゴールドディスク ]
かけがいのない人生の中で無駄なものに費やしてきた時間というのは人それぞれにあるものだ。

自分の場合はそれが音楽であるだが、それがただ聴くためのというよりはコレクターとしてのビニール盤収集を何年も続けてきたというのが、ちょっとむなしさを増幅する。
もちろん、それはその熱も冷めた今になっていえることなのだけれども。



これについて一番嫌がられるのは引越し屋である。
レコードとCDと書籍は、その重量故に引越し屋にとっては、大量であればひたすら迷惑なものらしく、自分のダンボール詰めした荷物の大半がレコードと本ということに気づくとたいていはうんざりした顔になるのがいつものこと。

自分も学生時代にこれを経験してきたので気持ちはよくわかる。
しかし致し方ないんですよ。。。




収集癖がおさまったのは、ひとつにはDJから足をあらったというのがあるのだけれども、それよりもあまりにカネを使いすぎたのをさすがに反省したというのが大きいかも知れない。

渋谷の宇田川通りを抜けて、東急ハンズのあたりに来るといつも思う。ここから半径500m以内で自分はいったい幾ら浪費したのだろうかと。数百万円になっていることは間違いない。へたしたら一千万くらいか。こんな計算はあまりするものではない。

そういう時代に付き合っていた女のコ達はいつもレコード屋の前で待たしていた。多少はモテていた懐かしい日々のことである。今はこういうのはムリだなw



そしてその熱狂が過ぎ去った今でも、レコードとCD、それから書籍は自分の家の中で場所をとり続けている。一人暮らしにも関わらず、自分は3部屋以上あるところにしか住めない。




それでも、まだ探しきれずに手に入れられないものもあるのは、さらに悲しいことでもある。
それらはたいへん心残りである。

今からまたあんな生活をするつもりもないので、もうお目にかかることもないだろう。

例えば、Patti Smithのデビューシングル(A面がHey JoeでB面がPiss Factoryの自主制作盤)とかCTIの"Gilberto With Turrentine"とかスカイ・ハイ・プロダクションのプロデュースのL.T.D.の"Love To The World"とか。

けれども、本当に探しに探して見つからなかったというのは、十数枚なのかもしれない。

それほど時間を費やしたということか。なんだかそれはそれで悲しいことである。




自分の部屋のレコード棚にはもう収まりきれないのでダンボールに詰めたままになっているものも数百枚以上ある。
一方、これだけはどんなことがあっても、例えば火事とか洪水とか地震とか核戦争とかサリンとか大恐慌とか革命とか、そういう想定外の事態があったとして、これだけは命と同等に守って行かねばならないという盤もある。


David T. WalerのODEの三部作がそれ。
本当にこの3枚は宝物なのである。


"David T. Walker" 1971
"On Love" 1973
"Press On" 1976



"David T. Walker"は確か大阪の日本橋の中古屋、"On Love"は仙台のレコ屋、"Press On"は渋谷のディスクユニオンの地下で見つけたと思う。それぞれ発見したときの感動を未だにジメジメと覚えているのがなんともはや。。。。











なぜかDavid T. Walkerのソロ作品はCD化が中途ハンパに進んで過去があり、"ザ・サイドウォーク", "ゴーイング・アップ!<"プラム・ハッピー"という資料的価値の側面が大きい初期の作品がCD化されているわりには、肝心かなめのODEの70年代の奇跡のような作品群は手付かずのままだ。


その他のCD化されたのは80年以降のものばかり。


きっと版権とかの理由があるのだろうが残念このうえない。


そしてだからこそ、この3枚のビニール盤は自分にとって宝物中の宝物なのである。





David T. Walkerは60年代からセッションマンとして活躍したギタリスト。
完璧に彼にしか出せない、甘くて切ない独自の音色とキラキラ輝くようなタッチが、歌うように自由に鳴り響く。

ものすごい数のセッションに参加したため、いろんなアルバムで彼の音色は聞くことができるのだが、やはりソロは堪能しまくれる。
ちなみにコンプリートに近いだろうディスコグラフィーはコチラです。このディスコグラフィーは凄いです。






この3枚を集めるのに、どれくらいの時間を費やしたことか。本当に感慨深いよ。。。




で、この3枚、それぞれが本当に打ち震えるような気持ちにいつもさせてくれるのだが、その中で一枚だけというなら、エロいジャケでも定評?がある"On Love"

女のコがよく感動のあまり失神したり失禁したりするのですが、オレはこのアルバムの一曲目でそういう風になりそうでした。




CD化されていないので、紹介しても手にはいらない人だらけなのが残念。

ウチにでも聴きに来てくださいw




"On Love" David T. Walker



FWFゴールドディスク
〔MGD001〕"Live at Birdland" John Coltrane 
〔MGD002〕"ギル・エヴァンスの個性と発展" Gil Evans
〔MGD003〕"Who is this bitch, anyway?" Marlena Shaw
〔MGD004〕"太陽と戦慄" King Crimson
〔MGD005〕"Second Edition (Metal Box)" Public Image limited
〔MGD006〕 "Hallucination Engine" Material
〔MGD007〕"On Love" David T. Walker
〔MGD008〕"Beggars Banquet" The Rolling Stones
〔MGD009〕"稲村ジェーン" サザンオールスターズ
〔MGD010〕"Chapter one:Latin America" Gato Barbieri
〔MGD011〕"New Glass" Albert Ayler
〔MGD012〕"Somewhere before" Keith Jarrett Trio

無人島レコード

これの続きですが、もうオシムがなるのは決まってます。


後はどういう風に千葉のサポーターに納得してもらいながら、ジェフのクラブの面子をつぶさないか、その手続きを踏んでいるだけ。




つーか、誰もまともに、これまでパーフェクトに予言を的中させたオレの言うことを聞いてくれなくてつまんない。。。
2006/06/30のBlog
[ 06:01 ] [ サポーターとはなんじゃらほい ]

愛国者は信用できるか』という本が妙に面白い。

著者は鈴木邦男。知る人ぞ知る新右翼の論客である。

昨今、世の中では「愛国心」がどうだの「国家の品格」だの大業にナショナリスティクな訓示が飛び交っているのに、自分は辟易としつつ、正直このヘンなムーブメントはなんなのかよくつかみ切れていないままでいる。

で、そんなわけで、最近は三島由紀夫がやたら懐かしくなり、やたら読み返し作業をすすめていて、その流れから読んでみた本なのだが、これがまたスリリングだ。

著者も、この右翼的ムーブメントに違和感を抱いている一人であり、「愛国心」「女帝論」「君が代」について、全く独自のスタンスで今の議論の流れに異議を唱えている。


ちなみにこの本で、筆者と対談した日教組の委員長と、君が代・日の丸について語ったエピソードがある。
その委員長は、強制されるのが嫌なだけで日の丸はいい旗だと言っている。
なるほどな、と思わせるが、「学校では反対だがサッカー場で日の丸を振ってている日教組の活動家もいるはず」という日教組の委員長の発言に、いたら楽しいとけど、本当にそんなのいるのか?と筆者は疑問符をつけているが、もちろん日教組じゃないけど、オレは非常にその存在に近いと思いますたよww



さて、この書の中でひとつ重要なテーマになっているのが、「愛国」というのはダメなのだという思想だ。重要なのは見返りを求めない「恋」なのであって、「愛」などというものはそもそも「国家」というエゴイスティックな存在とは並立しえないものなのだ、と。
ちなみに、この発言は三島が語ったものだ。

三島については、また別の機会にいろいろ語ることもあるだろうから、あまり触れないでおくとしても、同書では三島の発表されなかった、楯の会の憲法問題の論議なども紹介されている。三島案では、非徴兵・国連中心主義・女帝容認などとなっているらしい。かなり意外である。しかしもちろんその三島憲法の真ん中には「天皇」が神殿のように聳え立っている。きみたちが「天皇」と一言いえば、オレはきみらにつく、と語った三島の政治観、というか政治思想としては非常にナイーブであり、同時にロマンティックであるその程度がわかる資料である。




恋だから、報われないことも平気でやる。
見返りを決して求めることなく、そしてひたすら恋する。

オレはこの考え方に納得するわけではない。
逆にそんな思想ならば、政治なんかなんでもいいわけで、そんな理屈を振り回して、オレらまで巻き込まれても迷惑なだけだと思う。
オレはサムライなんかなりたくはない。というか、自分はサムライだ!などと思い込んでいる人間の嫌らしい自己肯定と夢想癖には飽き飽きとしているし、中途半端な弱いものイジメみたいな国家覇権主義は本当に見ていて気分が悪いことおびただしい。
だから石原慎太郎云うところの『政治を文学的にやってしまった』三島は嫌いなのである。ただし、その「嫌い」は嫌悪とはまるで違う。きっと、三島が太宰に感じていた「嫌い」はこんなものなのではないかとも時々思う。



まあ、この手の話もきっとまた書くこともあるだろう。

というか、こんな話を書きたかったわけではないので、切り上げて本題に入る。




この件で、ここにたくさん人が来ている件。



このブログ自体も何度も炎上して、その都度あたかも五重塔や大阪城のように幾度も燃え落ちつつ、こうして生き残ってきているわけだがw さすがに500とかのコメント見ると壮観ですらある。自分の経験してきた規模でいうと、モーヲタいじって遊んだ時に匹敵する勢いだw

mixiでも、ものすごい勢いで、代表厨のvipperみたいのや捨てID丸出しのバカとかが大集結していて大変見ものな光景にもなっており、それでどうしたものかと思い出した。


で、そのクソ長いコメント欄をチクチク読んでいると、ここに集結してきている連中がだいたい以下の3種類に集約されることにおおよそ気づいた。


(1)代表厨
(2)vipper(ニュー速住人含む)
(3)犬サポ

ちなみに、オレはオーストリアのオシムの家に突撃していって寄せ書きを渡してきた連中の行いに文句をつけることができる種類の人間達をひとくくりだけ知っている。

それはジェフサポ、つまり(3)の人達。



そして(1)と(2)はどうでもよろしい。


先を越された形になった(3)の人は相当悔しかったと思う。
だから、それを超えるスケールで成田でオシムを迎えた。代表監督にならないでくれということを伝えるために。



犬サポ的には先にやられたことが悔しいというのが大きいと思う。
成田には、普段オシムを出迎えていた時よりも、さらに多数の人が集まったと聞く。
(犬サポはオシムの行く末に本当に不安を感じ続けていて、毎回日本に戻ってくるときは出迎えていたらしい。。。)

だから、オレにはそれが全くをもってシンパシーを感じる叩きなのである。



しかし、家に押しかけられるのと、空港に押しかけられるのと、いったい何が違うのだろう。正直そんなに変わらないと思う。







家に押しかけらたことの善悪のついての判断は、オシムだけが知っている話である。

だから、オシムがわざわざあそこまでやってきた心意気に打たれていたらどうするつもりなんだろう、と強く思う。

例えそうはならなかったとしても、彼らは彼らなりの気持ちを伝えにいっただけだし、正直こんなレベルの話ならJリーグでも海外でもよくある話にすぎない。


そういうわけで、オレには彼らが非難されている意味が全くわからない。

こういう時勢だし、八つ当たりしたいのならそれは誰かが引き受けるなきゃならないときがあるだろうけど、オレは申し訳ないけど、彼らを非難している多くの人が、Jリーグのコアサポや海外のファナティックな野郎どもが、どういう風に選手や監督に意思を伝えているか知識がない人の集合体に見えてならない。



オーストリアのオシムの家に突撃した一行も、成田にダンマクだして止めた犬サポも、オレには両方とも立派な「サポーター」である。

もしオレが犬サポなら成田行って、代表監督にならないでくれってダンマク出していただろうし、逆にドイツにいたらオシムの家に突撃していたと思う。





「サポーター」というのは永遠の片思いが運命付けられている存在である。

片思いの中で、それぞれがよかれと思うことを粛々と遂行する。なんの見返りもなく、特には暴走しながらも。

それをバカというのは容易い。そして確かにオレらはバカである。

そのバカは時としてうざいこともあるし、ジコマンそのもので正視に堪えないことすらある。


外国人のエースが辞めると聞けば練習場に駆けつけ泣き出して移籍を止めに懇願し、チームが勝てなければ非難のダンマクをスタジアム中に張り巡らす、座り込みをする。日本中に叩かれようともここだけは信じていくと代表監督を最後まで擁護する連中もいれば、練習場にポルトガル語のダンマクで「やめないでくれ」とメッセージを出し続ける。個人のサポソンをつくるにはちゃんと本人の好みを聞かないといけないし、代表監督を引きずり落とすのにデモまでやるヤツもいる、水をかけるヤツもいる、ツバを吐きかけるヤツもいる、卵とトマトを投げつけるヤツもいる。
選手はダンマクをよく見ているという。マラドーナもガスコインもカントナも、そこに書かれたメッセージの文句を今でも憶えている。それを見て何か思ったところがあるからだ。



オレはサッカーを少なくない数、見てきたし、サポがJ限らず世界中でどんな風に心を伝えてきたか、エピソードも知っている。
時として、自分の仲間、あるときは自分も自身も加わりながら、そうやって何かを伝えてきた。




その経験から、なぜ彼らが批難されるのか全くもってわからないのである。





ちょっとだけ、冒頭の本に戻ろう。

鈴木邦男も今ではネットでも現実でも「反日だ!」やら「非国民だ!」と批難されるそうだ。それらをひとくりりで、「にわか愛国者」「アマチュア愛国者」「オタク愛国者」と切って捨てている。

自分だけのポリシーと哲学で突き進む人は、己の考えと全く正反対の評価すら受けることもあるということなのか。



そして、それを倣って言えば、あそこには「にわかサポーター」「アマチュアサポーター」「オタクサポーター」が渦巻いているのである。



















さて、ここからは自分の感想。


あの写真見た?オレは、オシムは決して悪い気にはなってないと推測しているんだけども。


オシムはあのキャラだから、本当に嫌なら、笑顔は絶対に見せないと思っている。

つか、ジェフをおっかけている人なら、オシムの笑顔の意味がわかると思うんだけど、どうよ?




ちなみに自分はオシムが千葉に残ったとしてもそれはそれでいいと思う。
日本のフットボール文化が成熟の度合いを見せつつあるということである。

2006/06/25のBlog

ワールドカップが始まると一ヶ月間生活がめちゃくちゃになるのは、まあ仕方がないことである。

としても、やっぱり欧州大会は時差がきつい。
次は南アフリカか。4年後にもなると、さすがに歳できつくなるんだろうなあ。。。などと弱気になるのも、深夜の中継でひとりで部屋で過ごす時間が多くなっているからだろう。



さて、このワールドカップ期間中、ただでさえクソ忙しく睡眠不足の中、ずっと読み続けている面白い本があるのでご紹介。





世界の作家32人によるワールドカップ教室



この本の原題は、"The thinking fan's guide to World Cupt" (考えるファンのためのワールドカップガイド)

章立て構成は、ガイドらしくワールドカップ出場国をAグループから順に並べてあって、あたかもこの時期にありがちなサッカー歴史年表とちょっとした通のためのこぼれ話がスパイスになったような入門本を思い浮かばせるが、中身はこういう類の本とは違う。


世界のコラムニストと作家によるテーマは自由奔放で、現在形で今回のワールドカップの出場国のサッカーを取り巻く社会や文化、経済について非常にわかりやすく著述しているものもあれば、きわめて私小説的な散文もある。

そのナショナルチームのサッカーが、あたかもマルクスのコア・タームである「上部構造」のように、それらの影響下のもとにしか成立しえないということを語るかのようにひたすら続いていき、そしてあるときは、個人的な追想がゆっくりとその国のサッカーの位置づけを明らかにしていくこともある。



この書籍は、自分は、今日の試合の日程を思い出すとあたかも予習のように通勤の電車の中で読んだり、深夜にぽっかりと空いた試合と試合のあいだの数時間に、次の試合のチームを理解するために読んだ。




たとえば、もうすぐRound of 16のイングランド-エクアドル戦が始まる。


まずは、各国の章の巻頭にある、国のフェイス・データをそれぞれ比較することにしよう。

【人口】
イングランド 60,441千人
エクアドル 13,363千人

【民族】
イングランド:白人92.1%、黒人2%、インド系1.8%、パキスタン系1.3%、混血1.2%
エクアドル :メスティーソ(先住民と白人の混血)65%、アメリカ先住民25%、スペイン系その他7%、黒人3%

【宗教】
イングランド キリスト教71.6%、イスラム教2.7%、ヒンズー教1%
エクアドル ローマカソリック95%

【一人当たりGDP】
イングランド 29,600ドル
エクアドル 3,700ドル

【国家予算】
イングランド 8967億ドル
エクアドル 73億ドル


イングランドだと50人のクラスがあったら、少なくとも3-4人は有色人種なんだなあ。


その後にワールドカップ含めた国際試合のフィクスチャアーを見るが、こちらはだいたいわかっている話なので軽く確認する程度。


この本でのイングランドの『代表選手』は、名著「ぼくのプレミア・ライフ」のニック・ホーンビィ。

80年代のイングランド代表の「暴力的なフーリガンを排除するためにヨーロッパの警察が用いた催涙ガスを通して微かに見える」十年間を経て、如何にフットボール・シーンが変わってしまったか、そして一方、すでにあからさまに露見されてきたナショナルチームに対する複雑な感情を語る。


これに対するエクアドルは、ハーパーズ・マガジン(アメリカの進歩的総合誌)の編集者が、エクアドルの政変と、その中で出てきたサッカーをポピュリズムのネタに使ってのしあがった大統領の勃興と没落を記す。
この大統領は、すぐに失脚するのだが、隠然たる権力を行使し、ユース代表の自分の息子を選考しなかった監督に対して銃で脅迫をする。
このへんの話はココにも詳しい


以上を読むと、ジョンブル魂(古い言葉だが)の一糸乱れぬ統率のチームとサポーターがなんとなく複雑な色合いに見えてきて、今度はエクアドルが、このワールドカップに至るまでの信じられないような政治の修羅場をくぐりぬけてきた精鋭にも思えてくる。
いったん、サッカーのパースペクティブが揺らぎ始めて、そして恐らく試合が始まれば、またこれが揺り戻されることになるだろうことを同時に思う。





編者みずから、この各国の章を書き起こすライター達を、「七人の侍」や「荒野の七人」、また「勝利への脱出」の連合国選手に例えているが、それに違わぬほど、それぞれ魅力的である。

ちなみに、「スタジアムの神と悪魔―サッカー外伝」のエドゥアルド・ガレアーノは、ウルグアイを担当するはずだったとのこと。彼もチームとともに予選落ちしていったのである。

イタリアを担当するのは、自分が愛してやまない「狂熱のシーズン―ヴェローナFCを追いかけて」のティム・パークス。

ファストフードが世界を食いつくす」のエリック・シュローサーはスウェーデンの刑務所のレポートから、スウェーデンが直面していた問題と、ラーションとイビラヒモビッチが並び立つナショナルチームの関係を説く。

メキシコの章は、元メキシコの外務大臣が書き起こす。
昨日アルゼンチンに惜敗したメキシコだが、このメキシコの町々の光景がなんとなく、現在ではニューヨーク大学の教授となっている政治家の極めて経済的な事情のみを綴った文章の向こう側から見えてくるような気がする。




フットボールは総力戦だから、当然、経済の下部構造から文化的な上部構造までひっくるめたものが結果となる。

だから、本当はピッチをぐるりと囲みつくす動かしえぬものをも包摂して見るのがよい。無理ならそれでOKだが、それではフットボールの楽しみの何割かを楽しんではいないのではないかと思う。




そういうわけで、まだワールドカップもまだ先があり、しかもここからはスペクタクルと歴史意識の中で純粋に楽しめる期間になるわけで、その間、深夜放送と早朝放送の間に眠らずに時間をすごす人にはオススメの一冊です





さあ、試合がもう始まるよ!





【追記】
タイムスの特派員の日本の文章は、ずいぶんコンパクトにまとめられて、しかも無駄なく日本サッカーを「解説」してしまっているのだが、どうにもこうにも、『だから日本のサッカーは弱いのだ』という風に読めてしまうのは、この時期の自分の僻み根性からだろうか。。。







世界の作家32人によるワールドカップ教室
2006/06/24のBlog
日本人が「絶対に勝てる」とか「負けられない戦い」とか言いだしたときは、絶対に負けるんだよなあ

-相田みつを-







【敗因21カ条】
 「日本はなぜ敗れるのか」 より

一、選手主義のチームに世界で戦える選手がいなかった事。然るに戦術その他で選手に要求される事は総て世界で戦える選手でなければできない仕事ばかりだった。戦術も与えずに。オーストラリアはフィジカルに物言わせ、未経験選手でもできる作戦をやってきた
二、フィジカル、戦術、テクニック、総て世界に比べ問題にならなかった 
三、日本の不合理性、ワールドサッカーの合理性
四、選手の素質低下(選手は02年WC、アジアカップとで大部分はピークを過ぎつつあった)
五、精神的に弱かった
六、日本のサッカー文化は実用化せずミーハー化し、世界のサッカー文化は実用化する
七、基礎DFのトレーニングをしなかったこと
八、マスコミの劣等(サッカー知識貧弱)
九、克己心の欠如
十、反省力なき事
十一、個人として修養をしていないこと
十二、代表の商品化
十三、マスコミにもちあげられすぎて、一人よがりの自己満チームになったこと
十四、フィジカルの劣悪を自覚し、負け癖がついたこと
十五、マルタ戦の苦戦と自信喪失
十六、思想的に徹底したものがなかったこと
十七、コアサポーターがバレーボールの応援みたいになってきたゴール裏に嫌気がさしていた
十八、日本文化の確立なき為
十九、日本はサッカーの原点を粗末にし、オーストラリアは大切にした
二十、日本のサッカー文化に批判性なき為
二十一、指導者にサッカー的常識がなかったこと




オレはオーストラリア戦の8分間以外は、よかったと思うよ、代表のサッカー。

けど、その8分を埋める時間は、30年とか50年かかりそうな気がする。





それにしても、今になってジーコ批判とかしているヤツはどうなのかと思うけど。
もうそんなこと言ってもしょうがねーよ。
それは2年前にやっておくべき話じゃん。

まあわかるような気もするよ。
「サムライ・ブルー」とかいう商標で商品化された代表に対して、健全な批判精神が発揮されるはずもない。
代理店と広告出稿主のマーケティングの批判は日本のマスコミにはできないよ。
もちろん、その責任は許しているオレらにあるわけだけどね。

日本人が日本人のままであるうちは難しいのかも知れない。
それは川渕だのジーコだのそんな問題じゃないと強く思う。


そういう意味で、土田は本当に偉いなwww

レッズサポじゃなければ、ヤツを協会のキャプテンに推するよ、オレはw











以下、閑話ながら。

ブラジル戦の店が終わったあとで、前のワールドカップの時以来4年ぶりで会った女のコのお客さんからこんなメールが来た。本人無断ながら転載。



○○さん

Questでお会いしたものです。
覚えていて下さってどうもありがとう。

4年前にみんなで日本代表を応援したあの
感動的な時間を忘れられず、HPを拝見して
今朝お伺いしました。

日本と日本人の性質がそのまま現れた
ような試合でしたね。

でも、私は日本人はとても特殊で魅力的
な国民だと思います。

決勝