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FWF -フットボールは未来の兵器である-
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2008/06/24のBlog
"Relaxing at Sea Live on the QE2" Lou Donaldson Quartet




ルー・ドナルドソンのオヤジソングの名作"Whiskey drinkin' woman"のライブをYou tubeで見つけた。CDだとコチラ。

"Relaxing at Sea Live on the QE2" Lou Donaldson Quartet




オレが持っていて長いこと聴いていた"Forgotten man"の「ウイスキーを飲む女」より歌詞がパワーアップしているのにワラタ

ジジイ楽しそうだな、ちくしょう。



ファンク親父の手のつけられないクソじじいぶりから、少し枯れてきた感がここちよい。
この曲は名曲だと思います。

FWFの名盤ピックアップにはライブ盤をご推奨。
ついでに歌詞もつけくわえましょう。





◇ウィスキーを飲む女


彼女はウイスキーを飲む女
いつでもウイスキーを飲んでいる
ストレートで、チェイサー無し

そう、彼女はウイスキーを飲む女
いつでもウイスキーを飲んでいる
フォアローゼスがお気に入り
そんな彼女が好きなのさ
だって彼女はオレの女なんだから


毎朝ウイスキー
毎晩ウイスキー
ベッドの中でも、ケンカしているときも

彼女はウイスキーを飲む女
いつでもウイスキーを飲んでいる
そんな彼女が好きなのさ
だって彼女はオレの女なんだから


結婚式の日
彼女は白いドレス
神父様が来たときに
オレは言ったんだ「そのボトルを隠さなきゃ」

彼女はウイスキーを飲む女
ウイスキーでそんなに飲んでいたことがあるかい?
けれど彼女が好きなのさ
だって彼女はオレの女なんだから

コーンフレークもウイスキー入り
ビールだってウイスキー入り
どんなに強い香水だって彼女は満足できない
だからウイスキーを手と耳につける

彼女はウイスキーを飲む女
いつでもウイスキーを飲んでいる
けれどそんな彼女が好きなのさ
だって彼女はオレの女なんだから

ウイスキー入りのコーヒー
ウイスキー入りの紅茶
ウイスキーにもウイスキー入り
残りのウイスキーでオレを漬け込んじまう

彼女はウイスキーを飲む女
いつでもウイスキーを飲んでいる
けれどそんな彼女が好きなのさ
だって彼女はオレの女なんだから





飲みながら聴くのがよろし。
2008/06/23のBlog
チベット問題にかかわる日本の人たちの正義感には、いくつかの罠が含まれている・・・という話は前のエントリーにて書いた。 マッチ売りの少女の40光年



そのからくりをあっさりと暴露しそうになっている絶妙な映画を見た。


「チベットチベット」監督:キム・スンヨン(金昇龍)





在日韓国人三世が、卒業旅行に旅に出る。

「日本人」として育ってきた彼は、韓国語はわからないし、「民族の誇りを持て」と教えられてきたことにも違和感を持っている。旅行から帰ってきたら、日本名の「金森太郎」として帰化するつもりでもある。そうして、民族などは声高に唱えることではない、これからは「世界市民」としての生き方をしていこう・・・。

韓国から始まる世界旅行の行き先は決めてはいないのだが、ひょんなきっかけで、チベット難民の受け入れ窓口となっているネパール、そしてダライラマ亡命政府があるインドへ向かう。
民族のディアスポラを前に、そこで彼が考えたことは・・・。




1997年の彼の旅のドキュメンタリーは、悲惨なチベット人の現在の話が続いていくにもかかわらず、明るく、そして最後の最後には肯定的だ。これだけ複雑な問題があっけらからんと語られるところに、この映画と作り手のパーソナリティの面白さがある・・・という風に理解してしまえば、これは単なる西側視点から見た多くの自己満足視点の映画の片割れとなってしまう。


民族とは何か?それを幻想と笑うことは容易い。ほとんど日本人として同化し、帰化まで選択しようとした彼が見るチベットは、本当は彼の「民族」のものだ。

中国はチベット民族を中華民族に同化させてしまおうという政策を推進し、宗教的な自由を奪ってしまう。弾圧は過酷で、デモは流血の惨事となり、そして毎年数百人規模の政治活動の逮捕者が現れる。

ところが、それは実は彼の民族が日本から味あわされてきたことそのものなのではないか?この映画では、この部分があえて深くは語られない。しかし、結論は明快だ、彼は日本名を名乗ることをやめ、帰化をもチベットの体験からやめている。声高に語ることはなく、あっさりと、そして楽天的に。

チベットの問題も在日韓国人朝鮮人の問題も、「探せば違いはたくさんあるだろうけれどおんなじもの」なのである。しかし、それは今語ることではない、チベットでは現在進行形なのだ。ならば、コミットするのはそちらなのではないか。





チベット問題を日本人が語ることは本当は非常に難しい。日本がやってきたことをそのままチベットにやっているからだ。もちろん、チベットだけではない。ウイグルも内蒙古も満州で中国が行った政策は、そのまま日本がやってきたことそのままである。そして、監督自身も同化することを自ら選ぼうとしていた。


それにこのようなディアスポラの悲惨は、世界中でまだまださまざまに行われていることなのだ。そして、それに日本はあるときは加担する。映画が終わった後に、キム・スンヨン監督とペマ・ギャルポ氏のトークイベントがあり、その中で、ペマ・ギャルポは次のマザー・テレサの言葉を引用していた。


日本に来てその繁栄ぶりに驚きました。日本人は物質的に本当に豊かな国です。

しかし、町を歩いて気がついたのは、日本の多くの人は弱い人、貧しい人に 無関心です。物質的に貧しい人は他の貧しい人を助けます。精神的には大変豊か な人たちです。物質的に豊かな多くの人は他人に無関心です。精神的に貧しい人 たちです。

愛の反対は憎しみとおもうかもしれませんが、実は無関心なのです。

憎む対象にすらならない無関心なのです。

マザー・テレサを偲んで







フリー・チベットの活動は日本人として難しい問題なのだという認識を、どれだけのチベタン支援運動にかかわる日本人は理解しているのだろう。この映画作品は、そのことを暴露する。アメリカ人もフランス人もイギリス人も、己へ突きつけられた「鏡」であることをどれだけ理解しているのだろう。
しかし、この映画は若い。しかし、その若さの選択だけがポジティブな回答なのかもしれない

チベット問題を、この視点から語る貴重な映画である。チベタン問題に関心を持つ若い人に、自信をもって、見てほしいと推薦します。






◇「チベットチベット」劇場公開情報
※今週末まで渋谷、来週まで横浜で観られます。
2008/06/22のBlog
野坂昭如「マッチ売りの少女」









1元(約14円)でアソコを触らせてくれる女に数百人の男が群がる…中国」 ・・・一時ネットで話題になった記事を見たとき、すぐに野坂昭如の「マッチ売りの少女」という短編を思い出した。




西成は釜が崎のドヤ街の、マッチ1本灯(とも)している間だけ、スカートの中を覗かせる仕事が「マッチ売りの少女」の商い。

「マッチ1本分のご開帳が5円、カキが50円、尺八が200円」だが、見るからに異形な浮浪者の身なりに客もつかない。しかしどう見ても50過ぎにしか見えないその女は実は24歳。
最後は木枯らしの鳴る三角公園で寒さに耐えかねながら、見たことのない父の温もりを思いながら、アソコにマッチの火をあてがった末に、その火が粗末な服に燃え移って死んでしまうというストーリー。

この話は、昭和40年代の話で、しかも実話ベースの話なそうな。
そういえば、自分がこのへんに住んでいた90年代前半でも、とんでもない老婆が客引きしているのが、このへんでは当たり前だった。

このマッチ売りの少女の話も、実話ベースの設定を使った物語

(ちなみに別役実にも同設定を取り扱った「マッチ売りの少女」という戯曲がある。)



だいたい今の中国は高度成長まっさかりの昭和40年代の日本にあたるのだろうと思う。ちょっと前だったら、こんなことはニュースにもならなかったはずで、このニュースがニュースとしての価値が出てきたということは、そういう闇の部分が少しずつ払拭されはじめているということを示す。

いつも思う、中国やら北朝鮮のイタイ話って、だいたい時差40-70年くらい前の日本の事情をそのまま繰り返しているだけなのではないか、と。
まるで日本海と黄海に、宇宙みたいな光年の概念とかがあって、今「特定アジア」のバカさを嘲っている人は、まるでその30光年とか70光年先にある鏡を見ているのと同じなのではないかと。
北朝鮮は軍国日本の鏡だし、中国はエコノミックアニマルと名指しされる少し前の高度経済成長の日本。

貧すれば瀬戸際で生きることになるし、富裕な暮らしはそういうものを忌み嫌うことができる。あるのは生と死だけだ。そこでどのようにオレらは振舞うことができるのか。
野坂昭如はいつもそういうシーンを描いてきた。お前らが何事もなかったように隠しているそれをオレは知っている。おまえさんのすぐうらにこれがあんねんぞいうておしえたるんや・・・それが織田作之助流の文体速度で展開される。 露悪趣味なのではない、野坂はいつも徹底的に嘘をつかないだけだ。





野坂を離れて、鏡の話をもう少し。

きっと日露戦争以降の日本を見ていたアメリカとかは、日本を、自分の投影として見ていたのではないかと思う。南米はオレらの庭だと勝手に宣言して、さらにはキューバやパナマ、フィリピン、ハワイと次々にデフレの恐怖に苛まされながら、めちゃくちゃに領土拡張で帳尻あわせようとしていたころの自分の鏡として。


チベットの暴動に対して、「シンパシー」を表明し、中国政府を糾弾している人に、かつての日本が民族主義的な暴動をいくつもいくつも弾圧してきたことを強引に肯定する人がいるのも不思議な話なのだが、こういった人は、ようするに単に中国の「脅威」に苛まされている人だと思う。
つか、チベタン支援運動はずいぶん前から展開されているし、チベット暴動みたいなことは毎日パレスチナで、イラクで、チェチェンで、至るところで巻き起こっているのに、なぜ突然にチベットなのか、非常に利害関係がわかりやすすぎる。これはいつものアメリカ視点の話。 ドルのショニレッジの保証人をさせられたうえに、今度はこっちに利用させられるのは、いかんとも。

鏡を「特定アジア」において、自らの鏡にむかって非難を繰り返すトリック。

そうしてマッチ売りの少女は、40光年先でわれわれの過去を抉り出すだろう。



今の中国は、コミュニズムの看板をあげたままの絶対主義国家みたいなもので、遠くない将来に「ブルジョア革命」が巻き起こる。そのときに、世界経済は中国を軸に展開しはじめる。
そして、究極の選択肢は2つ。黄禍論ならぬ「シナ禍論」が巻き起こるか、勝海舟のようなグローバリストが夢想していたアジア共栄圏のコンセプトが浮上するか。
ドルの信認はさして続かないという命題をも巻き込みながら、きっとオレが爺になるころには、いろいろなことが巻き起こるだろうなあ。





この歴史の鏡のトリックから慎重になりつつ、そしてはじめて何かが成し遂げられるだろう。
2008/06/21のBlog
[ 23:59 ] [ FWF ゴールドディスク ]
"Big Youth" ECD


スライ・ストーンがスライ&ザ・ファミリー・ストーン名義にて来日公演とのこと。
おととしだかのグラミー賞のステージで復活してから、マイペースではあるがライブを復活させていることは知らなかった。みんな、結局姿を現しませんでした、来日しませんでした!遅刻して1曲しかやりませんでした!的な展開を、恐れつつそれなりに期待しているのかも知れないのだけど、これはこれでちゃんと来るんでしょう、たぶん。

Sly Stone "If You Want Me To Stay"Dec. 7, 2007 late show NYC


映像見ているかぎり、Lush lifeを続けてきて、数年ぶりに出てきたところで、このモヒカン&サングラスのどうしようもないクソ爺ぶりが楽しい。グレッグ・エリコもシンシアもラリー・グラアムもいないけど。



そんなわけで、ひそかにYou tubeサーフィンしながらひとりで盛り上がったあげく、ふとECDのことを思い出した。






「はめられたくなきゃ聴け、スライ・ストーン、そしてジョージ・クリントン」
ECD "Star tour"(Big youth)



96年だから、あれはまだ10年前のこと。エイベックスが、突如日本語ラップのCDをカッティングエッジから大量にリリースし始めた頃だ。その中心にあったのがECD。
音マニア丸出しだからフロア向きとは言えないかも知れないミックスは自分としては逆に新鮮だったのを思い出す。
日本語ラップが新しいステージに登りつめていることをECDは「J-Rapは俺が殺した」と言い表した。



Yeah! HIP HOP


その全盛時代は1979年から2079年

騒然とした時代、人々はより行動的になり、エイズや狂牛病がその猛威をふるう
原子力事故は一般化した
それらは音楽の世界にも反映した


Yeah! HIP HOPだ


ダイナミックであり発明心や想像力に富んでいた
Kool Herc、Grandmaster Flash、スクラッチミックス、ブレイクビーツ・・・革命だった

二枚のレコードを引っ掻いてひとつの音楽を創りだす

DJだけではない、Rakim, KRS ONE・・・その言葉、猛烈なエネルギー
パーティーの温度は否応なく上がっていった

その活気はブロンクス、つまりHIP HOPが最初に発見された場所、そこから海を越えこの日本にも飛び火したのである

"INTRO"




それでも日本語ラップにはさらに時間はかかっている。今はとてもいい時代といえる。
しかし、それがつまらねえアイドルHIP HOPみたいなのがその証左というならさびしい限りなのであるが。

先達は何をしているのか。そのECDは、CCCD問題でエイベックスを離れ、インディーズにいる。どうやらアル中になってしまったようではあるのだが、それでもまだアルバムはまだ出し続けている。オレは終わっていない、というコメントがとても懐かしい。最近、結婚したようである。歴史は続いていく。






ECD "Big youth"は、そのECDでもっとも好きなアルバム。97年作品。

最近誰かがカバーしたとか聞いている(けど聴いたことはない)、"ECDのロンリーガール"や、"「甦れ!」のリフレインが忘れられない復活祭"、音マニアっぷりむき出しの"俺たちに明日はない"、すべて懐かしくも、音はいまだここにある。




そんなわけで、はめられないように、クソ爺と化したとしても、スライはキチンとチェックしに行こうと思います。





2008/06/19のBlog
[ 01:18 ] [ なんとなく社会時評 ]
前にあんなエントリー書いておきながら、それにより説得力あることになるのか、ならないのか、おまえがいうなよ的な話に落ち着くのか、なんだかよくわかりませんが、メモっぽくちょこっと書いておきます。



死刑廃止論者にもいろいろな潮流があるようです。

よくあるのは、刑を執行するのが「国家」であって、その国家というものは基本的に100%は信用ならんものだという考え方があって、それが「罰」ではなくて、その存在そのものを抹殺する手段を行使することはいかんのではないかという考え方ですね。

背景には、死刑というのは「罰」ではないのでないかという考え方があります。
つまり「罰」というのはその人の存在を認めることを前提に矯正目的で与えるもので、そういう意味で、死刑というのは「罰」ではないわけです。単なる抹殺なわけです。






中山元というフーコーの研究者は次のように書いています。



かつては君主の権力を傷つけた者が処刑された。しかし近代の社会においては死刑を維持するためには、その死刑の対象となるべき者が、社会の維持と安寧のために生存すべきでないことを訴える必要がある。犯人が異常であり、矯正不可能であることを示すことによって、社会にとって「生物学的な危険であること」を示すことによって、犯罪者を社会から抹消することが認められるのである。

フーコーはこれを、「死なせるか、生きるままにしておくという古い権力に代わって、生きさせるか、死の中に排棄するという権力が現れた」と要約している。この権力をフーコーは、生の権力(バイオ・パワー)と名づける。ここでフーコーが、『監視と処罰』における規律社会に次いで、新しい管理する社会の概念を提示していることが注目される。

バイオ・ポリテイクス フーコー論二八章




以上の認識について、死刑との関係でうまくまとめている次のブログをご参照あれ。

ミシェル・フーコーの刑罰システム概論
死刑制度を可能にするのも、殺人には殺人をというこの応報原理の中だけなのである。
治安契約をもとに人々は国家に危険をなくすことを求める。たとえ心遣いとしての国家の介入が、危険、秩序を乱すという理由で、ある人たちを抹消する、あるいは死に晒すものであるとしても。「あの人は危険です。」「あそこにいるのは危ない人たちです。」「早く監獄へ入れてしまってください、そこからもう出さないでください。」「死刑にしてください、抹消してください、でなければ私たちの生が危険に晒されてしまいます。」「安全な社会を保証してください…。」



もちろんフーコーは、死刑廃止議論のような重要ではあるが、狭いフィールドにとどまりかねない議論をしていたわけではない。むしろ、死刑を求めるバックグラウンドに、死刑を必要とするような人を生み出すという、メビウスの帯のようなトリックに懐疑を投げかけるのがフーコーなのではある。


以上、メモがわりに。


2008/06/14のBlog
久々の更新。
だらだらとテーマも無く読み続く。



「大君の通貨 -幕末の円ドル戦争」 佐藤雅美
「勘定奉行荻原重秀の生涯」 村井淳志
「三島由紀夫論集成」 橋川文三
「地中海世界のイスラム」 W.モンゴメリ・ワット
「日本軍政下のアジア―「大東亜共栄圏」と軍票」 小林 英夫
「茶の世界史―緑茶の文化と紅茶の社会」 角山栄
「大正期日本のアメリカ認識」 長谷川雄一
「狂気と王権」 井上章一
「とむらい師たち」 野坂昭如 
「マリリン・モンロー・ノー・リターン」 野坂昭如 
「二十一世紀の資本主義論」 岩井克人
「アルゼンチンババア」 よしもとばなな
「吉本隆明『食』を語る」 吉本 隆明/宇田川悟



突然、野坂昭如を読み出しているのは、野坂昭如の「マッチ売りの少女」を思い出したから。これについては別稿にて。

「吉本隆明『食』を語る」では、やっぱりこの家は吉本自身が家事をしていたのやら、すでに外出もままならないくらいに衰えていること、スターリンの遠藤みちろうが最近になって月島の吉本宅でギターで演奏していったことやらなんだかんだを、ざっくばらんにインダビュー形式で語っている。面白い。吉本ばななの「アルゼンチババア」を読んだ直後だったたけに余計に良い。


(2)に続く
「平凡パンチの三島由紀夫」 椎根和
「エレクトラ―中上健次の生涯」 高山文彦
「評伝中上健次」 高澤秀次
「象徴天皇という物語」 赤坂憲雄
「誰も知らない世界と日本のまちがい」 松岡正剛
「異端児トルシエ」 J.F.コアント
「三島由紀夫伝説」 奥野健男
「歴史が教えるマネーの理論」 飯田泰之
「みんなを怒らせろ」 寺山 修司
「コーヒー、カカオ、米、綿花、コショウの暗黒物語」 J=P.ボリス
「奄美の債務奴隷ヤンチュ」 名越 護 
「日本のマラーノ文学」 四方田犬彦
「人間を守る読書」 四方田犬彦


中上健次の死後、こういう評伝がいつつか出ていることを知らなかった・・・というより興味はなかったので知ろうとも思わなかった。やはり読んでいて、痛々しい。
その後、四方田犬彦の「日本のマラーノ文学」を読むのだが、これらの評伝よりも、はるかに四方田の中上理解がまっとうであることを改めて認識する。

寺山修司は「書を捨て町に出よう」で、あれだけ野球をくさしてサッカーを持ち上げておきながら、売文ではずいぶんと野球のことを書いている。「みんなを怒らせろ」はそういうスポーツエッセイ集。相変わらず、本気なんだか嘘なんだかまったくわからないことを、あえて捻りに捻って「思想」化する手際に感心する。彼もまた「マラーノ」なのである。

その他についてはおいおいと。
2008/06/13のBlog
芸能人の結婚報告みたいなタイトルで恐縮ですが、すでにさかのぼること三ヶ月前の3月16日付けにて、このお話が解決していことが判明いたしました。

そもそもそういう話だったということなんでしょうか、よくわかんないですけど。
時間はほとほとかかりましたが、まあいろいろ勉強にはなりました。
こういう世界の用語では「不起訴」ということらしいですが、こういう話は神奈川新聞は載せねえんだろうなあ。考えれば考えるほど腹だたしいんですが。


このバカバカしい話の詳細については、ゆっくりと時間かけて。





ともあれ、公私ともどもの関係各位には、かなりのご迷惑おかけしました。
そのうえ、各地にて弁護費用の募金もしてもらったりもしております。相当に弁護費用がかかったので、これには本当に助かりましたです。
もちろん、これはマリサポのみならず。
各関係者からの有形無形の支援やら援護も心に沁みるもの多数でした。この場ながらお礼申し上げます。



なんにしても、くだらねえ話につきあわされたおかげで、時間も体力も消費し、さらには実名報道までされてしまったおかげで名誉もいたく傷つけられ、これを一言勉強で片付けるわけにもいかないのですが、これをレバレッジとしてパワーアップしたいと考える所存でございます。オレが死んだと思ったら大きな間違いなわけですよ・・・と宣言したいと思います。






先日、久々に代表戦に行ってきましたが、ゴール裏の面子がオレを見つけて、いろいろ寄ってきてくれるのが大変うれしうございました。サッカーはやはり楽しい。






そんなわけで完全復活を宣言させてもらいます。
2008/03/02のBlog
[ 23:44 ] [ FWF ゴールドディスク ]
Somewhere Before/Keith Jarrett




ボブ・ディランは、いつも何を考えているかわからない。

こういう風に思っているのだろうと信用しそうになると、手のひらを返して、そんなことは知らない、とそっぽを向くような人だ。

ディランは悧巧で、いつも本当のことなど何も歌わない。
警句と逆説と手の込んだ修辞を、すでに人生など終わってしまったと嘯くような皺涸れ声で歌うベビーフェイスの嘘。

だから本当はこういう人に信頼をおいてしまってはいけないのだ・・・という警戒心や裏切りのトリックを彼が何枚ものアルバムの中で示してきたこと。しかし、そのこと自体が、ボブ・ディランを信頼する意味でもあり、引寄せられていく吸引力の磁場の核であり、抗しがたいほどの魅力を発する隠された秘密なのである。




キース・ジャレットも、きっとある部分はそういうタイプの人だと思う。
ただし、キースは破綻はしない。それが見せかけのものだったとしても、彼の技巧の粋をつくした演奏の中には、天へ昇らんとする強いポジティブな力がある。

フォークなテーマを煌びやかに演奏する瞬間、ダウントゥアースなフレーズが、極彩色のオーロラのような閃光の中に立ち昇る。技巧が異種のものの横断を許しているのだ。

60年代後半、マイルス・デイビスがやっきになって、チャールズ・ロイドのバンドから引き抜こうとしたのは、この「天才小僧」だった。マイルスは常に異種のもののぶつかり合いの中から、新しい突破口を開こうとしてきたタイプの人間だ。

偉大なる魂が疾走し、それが互いに吸い寄せられて気流をつくる。キース・ジャレットのキーボードのタッチの連続は気圧のようなものさえかえてしまう力がある。




ディランとキース・ジャレットの出会いは、キースのプレイの歴史の中では青年期にある"Somewhere before"

オープニング曲は、ディランの"Another side of Bob Dylan"の一曲"My Back Pages"
チャーリー・ヘイデンのベースソロから始まり、キースのピアノが入り込むその一瞬を、私たちは知らなければならない。

ディランのカバー曲の中でも屈指の名曲である。







難渋で、迷路のように詩句が複雑に積み重ねられたディランの曲を、鍵盤でその秘密を解いたような開放感に溢れている。













"My Back Pages"

Crimson flames tied through my ears
Rollin' high and