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FWF -フットボールは未来の兵器である-
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2004/10/19のBlog
[ 00:38 ] [ サッカー時評 ]
ナビスコのチケットが結構な争奪戦になっていたそうで



つか、いつからナビスコ決勝というのはこんなに入手困難なプラチナチケットになったんだ!?



つくづく浦和のパワーというのは凄いと思う。

今回はそれに輪をかけて、決勝まで初めてのぼりつめた東京が相手だから、さらに輪をかけて激しくなり、さらにソシオ販売分の後日引き換えも公表されなかったもんだから、ぴあ先頭から3番とかに並んでいてもダメだったとか。

すごいよなー。







そういえば先日の浦和-横浜の埼玉スタジアムもほとんど満員だった。
あのキャパが埋まると本当に圧巻という感じがする。
チケを取るオレらからすると、本当に大変なのだが、こういう争奪戦になるほどJリーグが盛り上がるというのは、まあなんとなくうれしいもんだ、今回のナビスコは自分は関係ないけど。



自分が折に触れ感じるのは、Jリーグそのものの発展のためには、地域密着型の都道府県単位でのクラブカルチャーの普及もさることながら、マーケティング的にはなんと言っても首都圏の盛り上がりが必要だと切実に思う。


というか、あまりにもこれまで首都圏が盛り上がらなさすぎた


歴史をたどってみよう。




【首都圏同士のチームがファイナルを争った最新の決勝】

◇天皇杯
 1992年 横浜マリノス-読売ヴェルディ

◇ナビスコ杯
 「ナビスコ杯」になってからは無し

◇チャンピオンシップ
 1995年 横浜マリノス-ヴェルディ川崎




この10何年では、両方ともヴェルディと横浜。
そして、両チームとも時代の流れと様々な事情で、この時代のサポーターも、それを取り巻くファンも、まわりから見られる目も驚くほど変わってしまった。




浦和や東京が、常時優勝争いにからむような展開というのは、別にこのチームだけではなくて、Jリーグそのものの盛り上がりに直結すると思えてならない。




まあ、もちろん、そんなのオレは嫌で、横浜さえ優勝しつづけてくれたら楽しいのだがw






そんなわけで、横浜サポの自分にとっては、まあがんばってください、という感じのナビスコなのだが、それなりに面白い展開になってくれればよいと思う。
もちろん、それはスタジアムの中のみならず外でも、例えば職場でも学校でも駅前でも。

2004/10/18のBlog
[ 02:27 ] [ マスターのつぶやき ]
〔以下、ひとつのネタもなく全て実話です〕


mixiでは、すでに友人のみ設定ながら公開していたネタですが、先の「ジーコにつきる」のエントリーを書いた後に、貼り付けておいたジーコとの2ショット写真について、


「あの写真はどうやって撮ったんだ?」
「どうせコラだろう?!」
「つか、本当に話してきたのか?」
「また自爆テロか?」



・・・などという問い合わせなんだか非難しているのかわからんメールを幾つか頂いた。




まあ経緯が経緯なんで、どうしようかなーとブログとかで晒すのをやめておいたのだけど、あまりに「ジーコにつきる」が面白いので意味もなくハイになり、調子にのってアップしてしまった。

写真と先のコメントだけだと、確かになんだかわからんものかもれしないので、ちょっと顛末だけ書いてみようと思う。



********************************************************





『明日夜ブラジル大使公邸でブラジル銀行のレセプションがあるんだけど来る?
 何料理か知らんがタダで食べれる。

 それから関係ないかもしれないがジーコも出席する。
 行きたいなら公邸までの地図おくります。』





 こんなメールが、独自のブラジルコネクションを持つ某嬢から携帯に突然届いた。


 
 大使公邸でパーティー?
 で、ジーコ?






イク━━━━━━━━(;´Д`)━━━━━━━━ッ



そんなわけで、全ての仕事をその場で放棄してすぐに電車に飛び乗った。


 行ってきましたよ、ジーコに会いにブラジル大使公邸!!



 そもそも自分としては外人主催のパーティーというのが苦手で、しかもブラジル大使のブラジル銀行だから会話はポルトガル語。
 しかも、国有銀行主催のパーティーというなら、もうこれは鉄板で場違いになることは間違いなし!

 しかし、そこはブラジル人の集いなんだから、少しぐらいオチャラケた人間がいてもいいだろう、きっとなんとかなるさ!と即断で決めた。
 スーツも着ていたのだが、あえてネクタイまで外して駆けつけるぐらいのノリ。




 で、その公邸。
 
 なんでもブラジル銀行がらみの仕事のレセプションか何かだったらしくて、だいたい40-50名くらいのブラジル人、しかも白人ばっか。

 日本人はいるものの、いかにも金融系みたいなおっさんとその妻みたいなのに囲まれて、しかも公邸の凄まじい豪華絢爛なたたずまいに威圧されて、さすがのオレも少しびびったw
 ※写真は公邸内の様子(こんなのアップしていいのか、オレ?)




 そして、ジーコとの対面の機会をうかがうオレ。




 とりあえず話す相手のここに忍び込ませてくれた女のコもオレのとこにいるわけにもいかないので、手持ち無沙汰。

 しょうがないので、料理を食う。

 やたら豪華そうな料理だが、なんだかよくわかんねえ料理でうまくねえーよ!

 しかし、ここは堂々としていないと、さすがに怪しまれると思い、思いっきりのうのうとワインを飲む。

 ワインを飲む。ワインを飲む。ワインを飲む。

 ウマー。


 普通に酔っ払い。




 燃料が入ってきたオレは、この時、なんとなく、太宰治の宴席に忍び込んで、末座にいながら、「私はアナタの文学が嫌いなんです」ということを決心していた学生時代の若き三島由紀夫のエピソードを思い出したw





 酔っ払ってきて、少しタバコが吸いたくなったオレは、テラスみたいなところで、一服。
 背後のテーブルには、談笑するグループがいて、ちょっと気になったが、初めてこの建物に入ってリラックスさせてもらうと、こ、これは、聞いたことのある声が、、、


 キター!!!!!!!

 


 で、実際少し話させてもらって、この2ショットを撮影!



 

 ここに来るときに、迎えにクルマで近くの駅まで来てくれた大使館関係者が、他のブラジル人有名サッカー選手の悪口を四方山話で話してくれたのだが、このおっさん、ジーコのことは褒める。
 おっさん曰く、人格者。



 つかさ、正直、普段はインドネシアだろうと東戸塚だろうと、選手とか監督とかに遭遇しても、いつもいい顔なんかされたためしないんだよね、オレ。



 しかし、ジーコ。

 いきなり笑顔で腰に手を回して写真とってくれたよ!w




 いやー、実は緊張でガクブルしていたわけなんだけど、ちょっと感動したね。


 まさかジーコも自分の解任デモ企画した人間がこんなとこ来ていて一緒に写真とるとは思ってもみなかっただろうがw

 写真とって一言二言話したあと、オレらのテーブルしきりに気にして、なんかボーイ呼んでくれたよ。

 なんか飲んでるか?ってさ。


 
 本当に嬉しそうな顔して、「ファン」のオレを迎えてくれる、ここでも超VIP扱いのことのおっさんに辞めさせろ!とデモ指揮っていたわけだよな、オレ。。。

 82年のブラジルとかトヨタカップの姿とか見ていたわけで、ひょんなこで、デモまでやることになったオレがかたやいるわけで、そして目の前に普通に歓迎してくれるスーパースターがいるその状況、そしてその心中複雑なること。






 実をいうと、ジーコに話できたら、「オレの友人たちで解任デモ企画したけど、今では結果を皆尊重している。よって、応援するので、よろしく。ただし、条件がある。加地を外せ。」と、完全自爆覚悟でいうつもりだった(マジです)。



 事前情報によれば、鈴木通訳も来ているとのことであったし、ムリヤリ訳させるか、それでもなきゃ英語でも少しはわかるだろう、というつもりだった。



 しかし、よくよく考えると、こんなとこに潜入しておいて、そんな話したら、どう考えても、なんであんなヤツいれたんだ!ということになりかねないことに途中で気づく。

 つか、普通にVIPばっかしなんだもん、ココ。。。





 そんなわけで、ジーコとの会談終了w



 いくつか話した内容は秘密。
 まあ、想像してください。


 
 



 その後、目的を果たしたオレはとっととその場を脱出。
 


 忍び込ませてもらうように段取りをつけてくれた女のコから、駅についた頃にこんなメールが来た。


「ここに入れてくれるよう手配してくれた人は、サポーターでいい年した人と言ってたから、どんな変人が来るのか実は心配してたらしい。田舎のオッサンがユニ着てくると思ったらしい。マスターを見て私に耳うちしてた。」




 さらにその彼女からは後日こんなコメントももらった。

「写真を撮り終わって即『おれ、帰るわ』と退散。
 後姿は足取りも軽く、良いことしたなと思った。
 その後、ブラジル大使に
 『(訳)君の“ジーコファン”の友達は気がすんで帰ったのかい?』と言われ、まさかデモ首謀者とは言えず。

 また来てね♪」


 とのこと。




 そんなわけで事の顛末でした。

 








********************************************************



 ちなみにUG氏は、この話を聞き、たいそう悔しがっており、これに勝つために川渕との2ショット写真をとる!と息巻いてました。
 

 みなさま、川渕氏の出席するパーティー等ありましたら、UG氏を招待してあげてくださいませ。
2004/10/17のBlog
ある日、こんなメールがやってきた。



「私どもは東京都内で活動しているインディーズバンドの村田組という者です。
『ジーコにつきる』という曲を以前から演奏していたのですが、日本代表がジーコ監督になったことで反響を呼び、有線でもかかるようになるなど、今静かなブームとなっております。

ただ、まだ置いているCDショップが限られていたりしているので、サッカー好
きな方の集まるところにプッシュして展開を広げていきたいと考えており、メールしました。』



オレのとこに、こんなメールを送ってくるのは、これは壮大な釣りなのか!?

・・・と思い、そのまま放置していたら、続いてMP3を添付したメールがきた。


で、聞いてみた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



これは凄すぎる。













たとえ釣りだとしても、たとえこれが謀略だったとしても、全然くだらねえエントリーしかしてないのに、いつも来てもらっている「フットボールは未来の兵器である」読者の方々に聞いてもらわねばなるまい!

そんな使命感に燃えたオレは、すぐにこの村田組担当者に電話。

ネット上にうpする許可を得て、さっそくここに公開させて頂く。



その時の村田組の人のコメント。

「サッカー見に来てる人、特にトラメガなどで先導している人に、ぜひ歌ってほしい!と思っています!」






それでは

『ジーコにつきる』お楽しみください。



『ジーコにつきる』(mp3 637kb)


1.↑UG氏がサーバー貸してくれましたw


2.読者86号氏が発見してくれた歌詞カード

********************************************



写真はブラジル大使館の某国有銀行のプライベートパーティーでのジーコと筆者の2ショット。
これもすごいと思うよw


2004/10/16のBlog
「記憶/物語」 岡真理 (岩波書店)
「国際業務のABC」 浦出善文 (学研)
「資本」 崎山政毅 (岩波書店)
「フーリガン戦記」 ビル・ビュフォード (白水社)
「終わりなき世界」柄谷行人/岩井克人 (大田出版)
「文学的記憶」 四方田犬彦 (五柳書院)
「乳首のイエス様」 ニック・ホーンビィ編 (ソニーマガジンズ)
「若きサムライのために」 三島由紀夫 (文春文庫)
「蒙古襲来」 網野善彦 (小学館文庫)
「再び男たちへ」 塩野七生 (文春文庫)
「完全な遊戯」 石原慎太郎 (新調文庫)
「知識人とは何か」 エドワード・サイード (平凡社)
「イタリアからの手紙」 塩野七生 (新潮文庫)
「私は驢馬に乗って下着を売りにいきたい」 鴨居羊子 (日本図書センター)



【映画】
「ベトナムから遠く離れて」
「モーターサイクルダイアリーズ」
「ウッドストック ディレクターズカット」



その他、一生懸命サルトルを読み返し中。
まんどくさいけど、小説群も読んでみようかな~と思うが、時間がない。

デリダが死んだことにより、いくつかの著作も読み返した。

このへん、時間かけてなんとか読みたいとは思うが。


石原慎太郎は、昔の作品をまとめて読んで、一発全体像をつかんだろうか!と気合いれていたのだが、その肝心の50年代の作品がなかなか見つからない。
とりあえず、「処刑教室」はなんとか見たいのだが。。。

どこか、ゲリラ的に再録してくれないだろうか。


ちなみに、自分はずっと読みたかった「風流夢譚」(深沢七郎)「政治少年死す」(大江健三郎)も、なんとか読みおおせた経験あり。
(・・・とか、なんとか言って、ちょっとした大きな図書館数件あたれば簡単に読めるのだろうが。)


読めなかったといえば、「文学的記憶」 四方田犬彦 (五柳書院)に書評があった、大岡昇平の「少年」もそれ。

幼少時渋谷に生まれ育った大岡昇平。
昭和初期の渋谷宇田川町に育ったらしい。その場所は、今では渋谷クアトロになっている。
その自伝的小説なのだが、渋谷の地理がかなり詳細に語られているという。
渋谷はもともと窪地であり、小川が流れる周囲に、さらさらと湧き水がいたるところに流れているような場所であったらしい。

そういえば、春の小川の童謡は、実は渋谷の河骨川(こうぼねがわ)付近の風景を歌ったものだったらしい
今では、その川は、すっかり埋め立てられてしまって、渋谷駅の西口、明治通りを恵比寿に抜けるガード下のあたりに少し顔を出すだけになってしまっている。


この話はキリがないので、また後ほど。





「知識人とは何か」は、なんとなくソルジェニーツィンを思い出した。

知りたるものは行動せよ、ということだ。
陽明学的な行動主義を延々迫力あるアウトサイダー論と結びつける。


「蒙古襲来」は名作。
網野善彦は語り部として、旧来の構造をひっくりかえして違う意味合いに照射する。
圧倒的である。
「飛礫」から説き起こすのは、きっと時代が、舗石を剥がしてストリートで投石が繰り返されていた時代背景と重ね合わせようとしたからなのだろう。
面白い。



「ベトナムから遠く離れて」は、フランスの映画監督がつくったベトナム戦争時の意見フィルムみたいなもの。
監督が持ち合ってつくったアソート作品だから、何か一環したメッセージを汲み取るのは映画の本旨ではないだろう。
そういう風に見て、そして「イラクから遠く離れて」とか「パレスチナから遠く離れて」を私達がひとつの作品として出来るのだろうか、ということを考える。


2004/10/11のBlog
[ 03:55 ] [ サッカー時評 ]
創刊したようですね。


紙面割りが海外の新聞みたいになっているのは、意識したんだろうか。

駅売り週3回発行というと、いろんなとこでこの第一号の紙面見て書いているサッカーヲタの思惑とは全く違うマーケティング的仕組みづくりが必要になるだろうから、大変だなあ。



自分は通勤サラリーマンとして、スポーツ新聞というのは日常必須のアイテムとなっている。
そこそこサッカーにファンとして関わっている自分が言うのだが、彼らの取材力とかネットワークとかは、やはりスゴイもので、名刺と人脈とネットワークと取材力からなる総合的な力はそれなりのものだ。

問題は、それを深めていったり、さらに違う物語や科学に創造していくことをしてないだけ。もちろん、それはスポーツ新聞のマーケティングからはさして必要とされていないものだからだ。

きっと、そういうところに、エルゴラッソの力点は集中されると思うのだが。



そういうわけで、新しいサッカーカルチャーを育てるという使命感におまいらも生暖かく共感しながら、しばらく130円出してこの新聞買っておけ。



以上、雑感。







それから、いろんなとこで、Jリーグの記事を多くしる!という意見が散見されているのだが、それはどうかなあ~と思う。

たぶん、日本のサッカーエンターテインメントのマーケットサイズは、興行収入という違った次元のブロフィットをのぞいてしまえば


日本代表>海外サッカー(欧州)>>>Jリーグ>>>>スポーツとしてのサッカー(フットサル)


という風になっていると思われ。

チェゲバラというのはアイドルである。


アイドルというのは、コトバの意味からして「偶像」であり、空虚なものだ。

だから、幾ら浦和のゴール裏にゲバラの肖像画がゲーフラとして高々と上げられていたとしても、ビレッジバンガードに関連本とグッズのコーナーが出来ていたとしても、それは空虚である。
そして、空虚であるが故に、記号として取り扱うことが出来る。


赤い=革命→ゲバラという連想で来たのが、サッカーのゴール裏のゲバラだと思うのだが、それだったら毛沢東でもマルクスでもトロッキーでもいいと思うのだが、そこはやはりゲバラでなければならない。



塩野七生(すいません、最近集中的にこの人の本ばかり読んでいるので、引用が多いっす・・)は、こんなことを言っている。

「共同体を率いていく人物というのは容貌というのが大切なのだ、なぜならその人が直接接することができる人数には限りがあり、しかし、それ以外の人をも率いていかなければならないからだ」


ジョージ・ブッシュは大統領になれたが、しかしマイケル・ムーアはきっとどんなに逆立ちしてもリーダーには決してなれないだろう。

毛沢東は、ビートルズの"レボリューション"の歌詞にあるように、60年代の革命戦士気取りの人たちにブロマイド的に取り扱われたが、21世紀の現在では、さすがにカレのはげ頭をポップに取り扱いブロマイドにしていくのは難しい。

そこでチェ・ゲバラのおよびとなるわけだ。





さて、そんなこんなで、ゲバラの自伝的映画である「モーターサイクルダイアリーズ」を見た。

想像通り、アイドル映画であったのは言うまでもない。



南米の革命史について述べるのは本当に浅はかな知識しかないので割愛。
しかし、あの程度の旅行でのエピソードで、人生感が変わって革命のために人生を賭すようなら、いったいそれまではどんなアマちゃんな人生を歩んできたのか。

まあ、全編スペイン語にはなっていたものの、ほとんどアメリカ映画で出来ているようだし、あんまり深く突っ込むわけにもいかなかったのだろうけど。

アイドル「チェ・ゲバラ」について、少年マガジンとかで自伝マンガにしたてたら、ちょうどあんな感じになるのかも知れない。





ケバラについて本当にリスペクトするなら、もっと違うところから入るがいいし、そのリスペクトを表現するなら、もっと違う方法がある。






もしイラクが日本だったら。



無鉄砲な若造の医学生が、いい年こいてまだ遊びっ気が抜けない化学の講師が、思い出づくりに、ユーラシア大陸を横断のヒッチハイクの旅にでる。
様々なトラブルに遭遇しながらも、過酷な土地の生活を目撃し、さらに混乱と搾取と貧困を目の当たりにする。
最終地点はボリビアじゃなくて、イラクにしてみよう。
医学生は、そのまま革命のために自分の人生をイラクのゲリラに投じる。


そんなことがゲバラのTシャツ着ているきみらに出来るかね?




などと、映画館出てくるゲバラファンにひとりずつ小一時間も説教してやりたくなった映画でした。
[ 03:07 ] [ サポーターとはなんじゃらほい ]
知っている人は知っている話なのだが「あざみ野マリンタワー」というFマリ系のアンテナサイトをつくって管理している。


はてなの無料登録できるサイト数200ギリギリまで登録し、更新電波を傍受し続けているのだが、ただでさえ数の多い横浜関連サイト、あっという間に登録数を超えてしまう。

最近では、増え続けるブログは、こっちとかこっちにおまかせして、なんとなく自分の趣味にあったところを中心に登録している。たぶん、マリノスのことを中心に書いているサイトって、世の中に500くらいはあるんじゃなかろうか。いいものから悪いものから、ためになるものからどうでもいいものまで。



その中で、いつのまにか更新ストップしてしまったり、あっさり放置されてしまったりするようなサイトも多い。つか、そんなのばっかし。


特に選手系のサイトはやたら早い。
だいたい、始まって一年もつようなものって、10コに1コぐらいなのではないだろうか。


そもそも選手やチームを、コンビニの商品のようにピックアップしてきたような人たちだから、その回転も新製品のカップラーメンやカップのスイーツぐらいの速度なのだ。



例えば往時には中村俊輔のサイトってどれぐらいあって、どのくらいが生きているのだろうか?
試しに、某所の俊輔HPのリンク集とかに言ってみると、もう2/3ぐらいはnot foundだよ。



まあ、そんな中村俊輔といえば、どうしても思い出すのが、この人


知っている人は知っていると思うが、猛烈な俊輔マニアの自称「ミーハー」。
中村がイエロー累積で降格争いの時の神戸戦に出れないのに腹を立てて、署名集めてJリーグに抗議にいったり(もうそのテキストはネットにはあがっていない模様)、そのあげくに、試合に出れないのはいいとしても、ちょっとだけでも顔見せさせられないかと、筋違いな注文でJリーグ職員をこまらせたりするという物凄い人。

当時から、ああ、この人はどういう風に今後の展開に決着をつけるつもりなのだろうか・・・と不思議に思っていたのだが、案の定、レッジーナ移籍後、俊輔記事は激減


しばらくその存在を忘れていたところで、今度は俊輔の結婚。

最後に本当にミーハーそのもののような呪詛と怨念に満ち溢れた凄まじい長文を残して、サッカー日記が終わっていた・・・。




アダッチーはこここまでか。



そんなこんなで、流れの早いネットの世界、すっかり存在そのものを忘れていた。


そんなある日、たまたまマリノス系サイトをあざみ野マリンタワーに入れるために巡回していたところで、そのリンク集にアダッチーのブログを発見した。

おお!まだネット上に生きていたのか!と、ちょっとした感動につつまれて、そのエントリーを見た。

すると、なんと!今度は韓国人の「ダーリン」と結婚するそうではないか!スゲー!!w
なんともはや、疾風怒濤の凄さ。





思いおこせば、少し前まで一緒にいたようないわゆる「ギャルサポ」ってどんどんまわりからいなくなっている。
みんなこういう風に俊ギャルとか川口ギャルとか、その後の人生ってあるものなのか。

こういう俊ギャルのその後を見ると本当になんだか感慨深いのである。

幸せそうでなによりである。
とりあえずはお幸せに!と思うのである。
そして、みんながんばれ!


(アダッチーのブログ、晒しているみたいでなんだかなーなのでリンクしてないから自分らで探してけれ。つか十分に晒しているか、オレw)
[ 02:11 ] [ なんとなく社会時評 ]
ジャック・デリダが亡くなったそうだ


80年代の哲学の世界の「ヒーロー」の死。
すでにこういう人の名前を語って悦に入るような若くて未熟だった世界から離れて久しい自分にはそんな感じである・・・。


・・・などと思いつつ、なんとなくいろんなところをネットで検索して見たら、その後にもデリダは様々な著作を著し、論争やらを展開してきた模様である。


アルチュセールの「認識論的切断」をさらに展開した「脱構築」の試みの矛先から、不思議に取り残されていたマルクスのテキストの読みは、1993年の「マルクスの亡霊」によって行われているらしい。
さっそく取り寄せてみようと思うが、この著作はまだ邦訳されておらず、どういうわけか、これが引き起こした論争に対するデリダの反論集である「マルクスの息子たち」のほうが先に邦訳されている。


そもそもデリダは当時顔写真すら出すことを拒んでいた、一種謎めいたところを残している哲学者でもあった。

それが畑違いのジョンサールとの論争(「有限責任会社」)や、ハーバマスとの911以後のヨーロッパについて、「独自の声、独自の知的な概念」をもたねばならないとして積極的に政治について語ることなど、ちょっと自分の知っていたイメージとは少し違う。





自分の中ではアルジェリアから来たフランス人というと、カミュとジダンとこのデリダ。
晩年・・・になって、積極的に政治に発言するようになってからデリダの顔写真をそこかしこで見るようになったのだが、なんとなくいい顔をしていたと思う。


同じアルジェリアから来たジダンは、塩野七生が褒め称えた男の面立ちをすっかり崩してしまっているのだが。

最後に無理矢理サッカーにつなげてみた。
2004/10/09のBlog
David Sanborn "Heart to Heart"から


そろそろこの無人島レコードも終了。
最後になる曲の前に、「蓮の花」というタイトルのこの一曲。


ドングロニクルのヴァィヴ、ディヴィドスピノザのアコースティックギターのリフレイン、ドングロニクルのピアノ、いずれも美しすぎて切ない。輝くような音色のサンボーンのソロは気を失わせるような魅力を湛える。名曲中の名曲。




蓮の花。
沼の泥の中に育ちながら、静かに花を咲かせる蓮。
蓮のように美しい花を咲かせなさい、とまだ幼かった日に、夏の寺院の静寂の中で誰かに聞かされたことがあった。蓮の花を模した様々な仏具のイメージとともに思い出す。










ディヴッドサンボーンは、もともとロックシーンから出てきた人で、ギルエヴァンスがジミヘンドリックスの追悼アルバムをやったオーケストラに加入してからジャズやフュージョンの中で作品を残しだした。もともとそういう人だから、無人島にもっていくにはどうかと思うようなアルバムも多いのだが、この曲の入っているこのアルバムだけは例外。





ロータスブラッサムという曲は、JAZZではもうひとつ名曲があり、こちらはケニードーハム。こちらもすばらしい。Quiet Kennyに収録。






◇無人島レコード
2004/10/08のBlog
[ 02:45 ] [ サポーターとはなんじゃらほい ]
横浜オフィシャルからいろいろ情報が出たので、まとめてみた



複雑な気分でいっぱいである。








投げられた石の写真が横浜オフィシャルには掲載されていたが、普通思うのは、なんであんな石をスタジアムに持ち込むんだ?という疑問だろう。


あの日の試合後に、突然フロントから各サポグループの代表に対して召集がかかり、それであの事件について説明を受け、さらにその投げられた石を見せられた。

確かにスタジアムなんぞには絶対ない石なのだが、自分にはすぐにピンときた。


スタジアムに来る連中の中には、試合に常時石をもってくる人間がいる。



それは、シート貼りをしている人間だ。


横浜のホームルールでは、シートを貼るのは前日の早朝から。
そうすると一晩シートが雨風の中に晒されるために、その重しが必要となる。
みんなは、この重しに、水の入ったペットボトルを使う。それをガムテでシートに固定して、重しにするのだ。

だが、これにたまに石を使う人間がいる。

横国というのは人工建築物だらけで、植え込みに多少の土があるしかないようなところなので、重しに使うような石などはほとんど存在しない。

そのため、石をもってくる。


そういう連中の中には、きっと石をつかいまわして、列整理になって石をはがしても、そのまま持ち帰って次回使うやつもいるだろう。







あの日のあの雨の中。

ほとんどのゴール裏の人間は、屋根下に入り込み、それでも前に出てくるようなヤツは間違いなくコアなゴール裏の人間だろう。




それがバカをしでかした。

そもそも、あの石を投げて人間に直撃したらどういうことになるか想像もつかないようなヤツだったのだろう。

そして、ゴール裏にはそういうヤツもまじりこんでいるだろう。



前日からシートを貼り、雨に打たれて前列にいること。
ブーイングのかわりに、かばんの中にあっただろう石を投げてしまうこと。





横浜サポの間では、今回の人間に対する非難は厳しく、同情の余地もないことになっている。

まさにそのとおりだろう。




しかし、なんだかオレにはひたすら悲しい感じがしてならないのである。








*****************************************************

以下、余談。



ちょうど先週読んでいた、網野善彦の古典的ともいえる名作「蒙古襲来」には、こんな一節があった。

「飛礫(つぶて=投石)は、奥深く人間の原始そのものにつながっている。飢饉に打ちひしがれ、自然の猛威に苦しむ中世前期の民衆は、その反面に、なお原始の野生につながる強靭な生命力をもっていた。(北条)泰時に不気味な恐れをいだかせたのは、まさしくそういった底の知れない力ではなかったか。」



偶然に読み当たった話である。

他意はない。
2004/10/02のBlog
[ 00:17 ] [ サッカー書評 ]
ずっと日本語版が出てなかった『ぼくのプレミアライフ』の映画DVD版が、ついに発売になる模様。


小説『ぼくのプレミアライフ』は傑作小説。


「フットボールファンはすぐに落ち込む。女性とつきあいはじめても、話題は無粋でどうでもいいことばかり。精神的に求めていることがあってもそれを表現するすべをしらず、子供ともいい関係が築けない。孤独にして悲惨。しかし、それがどうした?」


という小説で、うだつのあがらない中古レコード屋の経営者のお話であるハイ・フィディリティと同じく、自分の行き場所がたったひとつしか残されていない男の寂しさと、それと裏腹な熱狂について語った物語なのだ。





この映画はなんだか知らないが、ちょっと履き違えて、恐らくのこの小説のテーマの1/50くらいの分量も扱われていない女のコの話がやたらフューチャーされていてうざい。
そんなものはイアン・ユーアがつまづいて転んだエピソードぐらいの意味しかないのに。




なので、おすすめできません。

以上、終了。みんなで、新潮文庫に入っている「ぼくのプレミアライフ」を読みましょう。
2004/10/01のBlog
Jeff Beck Blow by blowより





ジェフ・ベックは2つの意味で自分の恩人である。

ひとつは、ギターという楽器がここまでも鳴らせるものなのかと教えてくれたこと。
天才という言葉は彼には相応しくなく思える。職人中の職人。
テクニックというものが研ぎ澄まされるとき、メカニカルになるのではなく、例えようもなく美しい音色をつむぎ出すということも、おしえてもらったような気がする。


もうひとつ。ジャズの世界に、まるで不思議の国のアリスに出てくるホワイトラビットのようにひきづりこんだのは、この人。


自分は90年代前半、とにかくジャズばかり聴いていた。
バップからハードバップ、フリーを経過しつつ、もうひとつのフュージョンの流れまで。
そのきっかけというのは、まずは中上健次の影響があったわけだが、それよりも、音楽的にはこの人の影響から来たのかも知れない。


第二期ジェフベックグループ"Rough and ready"のマックスミドルトンの聴いたことのないアーシーで不思議な雰囲気をもったピアノソロ、フェンダーローズの音色、"Blow by blow"のリチャードベイリーのハイハット、"Scatter Brain"の変則拍子とそれを苦もなく乗り越えて走りつづけるバンドワーク、そして、モーダルな曲調。
これらは全く聴いたことがない音だったのだ。
そして、それらが"JAZZ"だという。

恐らく、こういう道筋でロックからフュージョンに入っていった人というのは少なくないのではないかと思う。




時は1992年。大阪。

仕事の面白さに憑つかれていたのは、仕事自体というよりは、その先に待ち構えているだろう未来にそれだけ面白さを感じていたのだろうと思う

転勤でやってきたところだから友達も少ない。やることは仕事しかなかった。
そして、それにその当時の自分は満足した。

深夜の大国町の交差点から花園北まで歩いて帰る。
ウォークマンでかけていたのは、アトランティック時代のコルトレーンやローランドカーク、エリックドルフィー、たまにキングクリムゾンの初期、そしてジェフベック。
なんとなく、25号線を今たまにとおりかかると、そういう曲たちが頭をすぐに駆け巡りだす。

日本橋の電気街の裏手には中古レコード屋が密集していた。
そこでは、ひたすらCTIのアナログを集め続け、そして気づいてみたらコンプリートに近いコレクター領域まで近づいていて、気づくと千葉を経て東京に戻っていて、そしてなんとなくその仕事に対する情熱を失くしていた。
六本木でDJを始めたのはこの頃だ。



ジェフベックは、しかし今でも完璧だ。



"Diamond Dust"は、当時18歳、マイルスカルテットのトニーウィリアムズをおもださせるリチャードベイリーの冴え渡るシンバルワーク、そしてマックスミドルトンの美しいフェンダーローズに耽溺するための曲だ。
よりそうようなフィルチェンのベース、そしてこのアルバムではじめて参加したジョージマーチンのストリングスアレンジ、その中につつまれるかのようにジェフのソロが、粗雑をよそおったかのような淡々としつつ、技巧の展覧会をひらくかのように歌いつづける。

ダイアモンドダスト。


そういえば大阪で一回だけ雪が降るのを見たことがある。
あれを一緒に見ていた堺の短大のコは今はなにをしているのかな。

もう、12年前の話である。








◇無人島レコード
2004/09/30のBlog
[ 23:54 ] [ サッカー時評 ]
2chの浦和レッズスレが


◆俺たち左翼知識人 レッズ本スレ◆


となっていたので、「左翼知識人」なんてフレーズをどこで覚えたんだろう?wなどと思っていたら、ここだった。


後藤健生の「蹴り捨て御免」
「国境なんかではない!サッカー文化の問題なのだ」




「蹴り捨て御免」というタイトルのわりに潔さの感じられない弁解のおおもとになったのはココ。
「浦和レッズの実力は、優勝まで突っ走れるほどのものなのだろうか?!」
浦和の「圧倒的な攻撃力」の大部分は外人部隊によるものである。なにしろ、日本国籍を持っている三都主と闘莉王の2人を含めると、新潟戦には5人の"外人"が出場していた{ブラジル(編集部注:"系"も含む)4人+トルコ1人}。外国人だらけのチームなど、ヨーロッパにいったら今では当たり前のことなのだが、それでも何か釈然としないところがある。





後藤氏のシニカルで嫌味を付け加えて文章を終えるスタイルはいつものことで、この携帯コンテンツの連載でもいくつかこのノリのものもある。

いつだったか、ワールドカップのスペイン戦か何かの韓国の勝利をまとめたサカマガのレポートの最後に、「チョンモンジュさん、これで大統領になれるといいですね!」と付け加えていたり、トロちゃんという人があっさり釣られていた「日本はUEFAに入れないものか」と締めてみたりするところ、などなど。




まあ、しかし、高校時代から苦労してから帰化した闘莉男やアレックスを " "だろうと、外国人で「蹴り捨て」てしまうのは、なんだかなあ~と思う。


一生懸命、"外国人"というのは日本のサッカーのシステムで育ってきてない人と珍しく弁解しているのだが、そうしたら、三浦カズなんかまるっきり"外人"になるわけだな。




まあ、たまには自分で吐いた毒にあたるというのも、そういう芸風で売ってきているのだからタマにはあることだろう、と思うけども。



そもそも日本のサッカー育成システムの外の人だからイカン、というようなことなど、恐らくこの人はこれっぽっちも思っていないと思う。やたら後付の理屈っぽくて気に入らん。




>浦和レッズのサポーターが左翼知識人みたいなことを言い出すとは思わなかった。

と、後藤氏は書いているが、ゲバラのゲーフラはあげていても、そういうこじゃれた思想なんかもっていないのがサッカーのサポーターとファン。

だから、別にそんなコトバ狩りとかそういうのではなくて、単にクラブカルチャーの思想に反することを後藤氏が書いてしまったから、そういう反応が来たわけですよ。


それは、きっと後藤氏も先刻承知であろう。





これにめげず、後藤氏にはチクリチクリと毒を吐きつづけてほしいのだが。
もちろん