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2007/06/25のBlog
[ 18:32 ]
2007/06/24のBlog
[ 22:04 ]
[ 10:55 ]
2007/06/23のBlog
[ 21:19 ]
今日は、兵庫県尼崎市にある丸島橋を見に行きました。
今年(2007年)7月から固定式の橋の架け替えられるそうです。
1977年(昭和52年)西堀運河に架橋された可動橋は幅が12mで
油圧で跳ね上がるようになっています。
通常は、こんな感じです。
今年(2007年)7月から固定式の橋の架け替えられるそうです。
1977年(昭和52年)西堀運河に架橋された可動橋は幅が12mで
油圧で跳ね上がるようになっています。
通常は、こんな感じです。
2007/06/22のBlog
[ 19:19 ]
2007/06/21のBlog
[ 18:58 ]
2007/06/20のBlog
[ 21:20 ]
2007/06/19のBlog
[ 18:04 ]
孔雀サボテンでしょうか ?
深紅の花が目に付いて、パシャリ
見つけてくれて、アリガトウって言っているような笑みにも見えます。
(撮影者の腕が悪くてごめんなさい)
あまり手入れの行き届いてなさそうな花壇で存在感をアピールしているようでした。
深紅の花が目に付いて、パシャリ
見つけてくれて、アリガトウって言っているような笑みにも見えます。
(撮影者の腕が悪くてごめんなさい)
あまり手入れの行き届いてなさそうな花壇で存在感をアピールしているようでした。
アブチロン ぶらじる原産だそうです。
別名を浮釣木(うきつりぼく)、チロリアンランプって言うそうです。
チロリアンランプ かわいいネーミングですネ
赤と黄色って目立ちますよね。
赤、青、黄の3種類の色は光の波長が長く、遠くから識別しやすいんだそうです。
信号機の色もそんな理由からでしょうか。?
別名を浮釣木(うきつりぼく)、チロリアンランプって言うそうです。
チロリアンランプ かわいいネーミングですネ
赤と黄色って目立ちますよね。
赤、青、黄の3種類の色は光の波長が長く、遠くから識別しやすいんだそうです。
信号機の色もそんな理由からでしょうか。?
2007/06/18のBlog
[ 21:43 ]
今日も、仕事を休むことが出来たので撮影に行きました。
が・・・・・・撮影終了後
カードのフォーマット要求のメッセージが・・・・・・・
今日撮った写真は全て没。
ワタクシの不手際があったのだろう。
でも、予備のカメラに数枚映っていました。\(^0^)/
小雨模様だったけど明るさは十分ありそうでした。
画は前後しますがこれは川から上陸した「メッセンジャー号」
が・・・・・・撮影終了後
カードのフォーマット要求のメッセージが・・・・・・・
今日撮った写真は全て没。
ワタクシの不手際があったのだろう。
でも、予備のカメラに数枚映っていました。\(^0^)/
小雨模様だったけど明るさは十分ありそうでした。
画は前後しますがこれは川から上陸した「メッセンジャー号」
2007/06/16のBlog
[ 20:36 ]
ある会社で、入社試験に次の二つの質問をするだけだそうです。
一つ目は、「親の肩たたきをしたことがありますか」。二つ目は
「あなたは母親の足を洗ったことがありますか」。
さすがに後者はあまりやった人はいない。そこでその会社の社長は
「三日以内に母親の足を洗って来てください。それができたら試験は
「合格」と言ったそうです。
一つ目は、「親の肩たたきをしたことがありますか」。二つ目は
「あなたは母親の足を洗ったことがありますか」。
さすがに後者はあまりやった人はいない。そこでその会社の社長は
「三日以内に母親の足を洗って来てください。それができたら試験は
「合格」と言ったそうです。
ある入社希望の学生は、恥ずかしくてなかなかいい出せなかったけれども、
思い切って二日目の夕方に、「母さん、ちょっとこっちへ来て」と縁側に
母親を呼んだ。たらいにお湯をくんで、「これであの会社に入れるぞ」と、
照れる母親を前に鼻歌交じりに右足から洗い始めた。
ところが、次に左足を洗おうと持ち替えた瞬間、その手に、あまりにも
荒れてひび割れた母親の足の裏を感じたのです。幼い頃に父親をなくし、
女手ひとつで兄と自分を育ててくれた母親の、今までの苦労をその手に
感じた時、「母さん、長生きしてくれよな」、その一言しかいえず、
洗いつづけるその手に、母の涙が落ちてくる。
次の日、報告に来たその学生に、社長はこういわれたそうです。
「今まで君は、決して自分一人の力で大きくなって来たんじゃない。
いろんな人の支えがあって成長してきたんだ。そしてこれからは
社会人になって、お客様、同僚はじめたくさんの人のお蔭で仕事や
生活ができる、それに感謝する気持ちを、今、知っておいてほしい」。
ともすれば、不平不満が口をついて出る私たちですが、支えられながら
生きていること、あたりまえになって見えないご恩というものを忘れないで
いたいものです。
思い切って二日目の夕方に、「母さん、ちょっとこっちへ来て」と縁側に
母親を呼んだ。たらいにお湯をくんで、「これであの会社に入れるぞ」と、
照れる母親を前に鼻歌交じりに右足から洗い始めた。
ところが、次に左足を洗おうと持ち替えた瞬間、その手に、あまりにも
荒れてひび割れた母親の足の裏を感じたのです。幼い頃に父親をなくし、
女手ひとつで兄と自分を育ててくれた母親の、今までの苦労をその手に
感じた時、「母さん、長生きしてくれよな」、その一言しかいえず、
洗いつづけるその手に、母の涙が落ちてくる。
次の日、報告に来たその学生に、社長はこういわれたそうです。
「今まで君は、決して自分一人の力で大きくなって来たんじゃない。
いろんな人の支えがあって成長してきたんだ。そしてこれからは
社会人になって、お客様、同僚はじめたくさんの人のお蔭で仕事や
生活ができる、それに感謝する気持ちを、今、知っておいてほしい」。
ともすれば、不平不満が口をついて出る私たちですが、支えられながら
生きていること、あたりまえになって見えないご恩というものを忘れないで
いたいものです。
