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2008/07/06のBlog
[ 00:24 ]

今日は月に一度の東京カリスマ聖会です。
6時から、新宿のハイアット・リーゼンシー東京の地下のバンケットホールで行なわれます。


花飾りは、白い花が先週より倍以上に増え、よりゴージャスになったので見に来てくださいね。








あるラジオを聴いていたら、スポルジョンが語ったという曲がった杖の話をしていまた。
つまり、杖が曲がっているかどうかを調べるためには、まっすぐな杖を持って来て横に置けば
良いと言うお話でした。


このまっすぐな杖とは、聖書のことです。
私達の歩みが曲がっているかどうかを調べるためには、聖書の御言葉を読むことで間違った歩みをしていないか判断するのです。
「聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために
有益です。」Ⅱテモテ3:16



































2008/07/05のBlog
[ 10:04 ]
最近は、メイドの漫画に凝っています。
最初の1巻では、一本調子の線が、最後の方では、きれいな丸みを帯びた線に変わり、デッサンも表現力もすばらしくなっており、天才の一人だ思って見とれてしまいました。

何よりも、愛情があって、1コマ1コマにこだわりがあっていいですね。
自分と違う世界を持っている方には、感動します。

好きな作家やタレントや映画に出会えるのは、すばらしいことで、のめりこみ型の私は、すっかりその雰囲気によっているわけです。
過去に、夢中になったのは、小説ではへルマン・ヘッセ、A.モラビア、松本清張、王朝文学、
立原正秋、有吉佐和子などなどです。

映画では、パゾリーニ、フェリーニ、ビスコンテの3人のイタリア人の監督、日本人では、松本清順、中国ではウオン・カーウィー、チェン・カイコーなど。
漫画は、数限りが無いので書けません。
しかし、松本清張を読むと不安になってきて暗くなるのでやめましたが、クリスチャンに
なって霊的なアタックを受けるのだということが分かりました。

精神分析の本も片っ端から読みましたが、これも不安になるでやめました。

どういうわけかクリスチャンになる前は、A.モラビアや3人の監督などイタリア人の作品に
惹かれていました。
音楽は、フランスのシャンソン歌手エディット・ピアフとジャニス・ジョプリンの声が大好き
でしたが、最近は「やすらぎの歌」ばかりになってきました。
信仰が変わってくっると、好きになるのも変わってくるものですね。





































2008/07/04のBlog
[ 10:59 ]
最近、ジョージ・ミュラーの資料を探している中で、イギリスのビクトリア朝時代のメイドのまんがを見つけました。
前から知っていましたが、読んだことがなかったので、立ち読みしたら、ちょうど同じ時代
でした。
これが、作者の趣味で描かれた作品なので、作品に対する愛情があふれている良い作品に
なっています。
TVアニメにもなったそうですが、早速何冊かかって、数年ぶりに某ドーナッツ屋さんで読みました。

ところで、私は、ドーナッツはあまり好きではありません。
油のにおいと後味が苦手なので、メロンソーダを頼みましたが、レシートに当たりが出て
グラスをもらいました。


その名前が、なんと「ミラクル7号」でした。
前に私は幻のグループ「ミラクルズ」と言うのを作っていましたが、一時解散になり、みんなそれぞれで活躍しています。

私は、これから、漫画家として、いろんなところに招かれた時に、歌いたいと思っているので
「ミラクルズ」再結成は祈っています。


いまのところ一人なので、「ミラクル」ですが、7と言う数字も付いているので語りかけを受けました。




































2008/07/03のBlog
[ 11:07 ]
この間の日曜日、雨の中、造花の花束を二つバックの上に乗せて駅まで行きました。

エスカレーターに乗ると、花束が一つしかないの気づいたのです。

この日は、花飾りを新しくするためにいつもより早く、7時30分に家を出たので、少しもどり
ましたがありませんでした。

家まで帰ると遅刻になるので、もしかしたら、家にあるのではないかとか、誰かが交番に
届けていてくれないかと祈りつつ教会に行きました。
白い花は、評判が良かったのですが、三分の二しかなく、予定よりボリームが出ません
でした。
昨日、花を売っているお店に行き事情を話すと、奥に在庫を見に行ってくださいました。
そして、同じ花が13本あったのです。
百均よりも、高価な造花なので、1本300円以上するものですが、13本とプラス葉っぱだけのものを1本いれて、100円で売ってくださいました。
今度の日曜日は、東京カリスマ聖会なので、きれいな花飾りを使うことが出来、本当に
感謝です。





































2008/07/02のBlog
[ 11:30 ]
ここのところ昔親しかった方々に、出会う機会が色々ありました。1週間以内に近くにいながらも何年も会ったことのないAさんに、二回も続けて道で会い
ました。
急いでいたり、お友達とご一緒だったので、お話することは出来ませんでした。
数年前にクリスチャンではありませんでしたが、家庭集会をして欲しいと言っていたBさんの家で持たれていた集会に何度もお連れしたことがありました。
しかし、Bさんが私に「あなたは良い方だけれど、神様のことを言わなければ良いのに。」と
言って集会がなくなってしまったのです。

どちらにも神様に関してはお話してありますが、こうして再び出会えたのも何か神様の導きがあるのでしょうね。
それと、昨日、前にアルバイトをしていた会社の方とスーパーでお会いしました。
額縁を作っている会社だったので、額がいる時は安く作ってもらいましたが、倒産してしまったそうです。

私は、色々なアルバイトをしましたが、会社やお店もほとんどがなくなってしまい今はありません。

唯一残っているのは、受付と医療事務をしていた歯医者さんだけです。人の繁栄はむなしく変わるものですが、神の言葉は変わることがないのです。





































2008/07/01のBlog
[ 10:38 ]
いよいよ7月ですが、いろんなことが大きく変わってくるという兆しが見えてきました。

働きも本格的な方向が開かれて来るので、6月までに色々な調整が許されました。
8月の中ごろ、長い間み声新聞で連載していた漫画「日本キリスト教史・荒野で叫ぶ者の声」が終了します。

そのために、新連載が始まり6月最後の日曜日に、最初の3回分を渡しました。
7月に入り本格的な原稿描きが始まります。
これから超忙しくなってきますが、「9月頃イギリスに行けたら良いなー。」と祈っています。
6月までに行く予定でしたが、行くことができませんでした。

しかし、もし行っていたら間に合わなかったと思うので、感謝ですね。
私達は、目の前のことしか分かりませんが、神様は、永遠の目を持って見ておられ、導いて
下さるので、無理やりこじ開けると後でとんでもないことになってしまいます。

「祈りが聞かれなかったほうが良かった。」と思うことは、たくさんありました。
しかし、後で、祈った以上の祝福が待っているのです。

だから、神様とともに歩む人生ほど祝福に満ちたものはないのです。




































2008/06/30のBlog
[ 10:28 ]
昨日から、東京アンテオケ教会のインターネットTVの飾りが夏バージョンになりました。
ハイビスカスだけでは足らないので、白い細かい花を買って昨日運びましたが、駅に着いたら、一束しかありませんでした。

途中までもどりましたが、見つかりませんでした。とほほほ・・・。

それでも、今までで一番華やかな飾りとなりました。
皆さん、昨日は「Gifts特集」なのでインターネットTVを見てくださいね。































2008/06/29のBlog
[ 02:09 ]
感謝なことに、「ブリストルの風―ジョージ・ミュラー物語―」の原稿を3回分だけですが出来上がりました。

思ったより時間がかかってしまい、2時までかかり感謝です。わお!



































2008/06/28のBlog
[ 09:53 ]

ナポレオンの資料を読んでいて、面白い物を見つけました。彼の肖像の多くが右手を服の左胸の下に察しこんでのでいるのは、胃病があったからだと
言われています。


胃下垂説もありますが、ナポレオンは中年から太っていました???
劇画家のアシスタントをしていた時、若くてかわいい女の子が入ってきました。
彼女はいつも大盛りを食べて、その後お菓子をたくさん食べていたのにがりがりで胃下垂
だから太らないのだと言っていました。

お菓子をおすそ分けしてもらった私は、当然どんどん太っていき、悲しい経験をしたことが
あったので、胃下垂がうらやましいと思っていました。


ところで、ナポレオンが本当に胃の病気だとしても、肖像画に描くかなーと思うのです。
偏頭痛持ちだからというので、頭を抱えている肖像画を描かせないでしょ?

特例として、徳川家康が戦いに負けた時、悔しがっている顔の肖像画を描かせて、それを
見て同じ失敗をしないように心がけました。
ナポレオンは、右手を服に差し込んだ姿が威厳があってかっこよいと、思っていたのでは
ないかと私は考えています。
