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殉教 天国の希望と喜び
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2008/08/02のBlog
[ 14:22 ] [ 殉教 26聖人 浦上キリシタン ]
あとがき

イエス・キリストは、何一つ罪を犯されませんでした。
しかし私たちが自分で、どうすることもできない罪と、弱さと、その結果もたらされるすべての呪いと病気を、イエス・キリストは、ご自分の身に負って、私たちの身代わりになって十字架で死んでくださったのです。
そして十字架で死ぬ直前に、こう言われました。「完了した」と。
罪の代価はすべて払われました。私たちは、ただ自分の罪を悔い改めてイエス・キリストの十字架を信じるだけで、その時全く新しく生まれ変わることができるのです。
そのことを、かつての浦上の人たちは知っていました。
しかい今、かつて浦上の人たちが命をかけて守り続けたもの。
「キリストへの信仰」。
それは、どこにあるのでしょうか。
時代は終末の様相を示してきています。
今こそ私たちは目を覚まして、キリストへの信仰を取り戻し、キリストとともに神さまの用意された本当の祝福を歩むべき時なのです。
2008/08/01のBlog
なぜ彼らは何代にもわたって命をかけてまで、
イエス・キリストへの信仰を、守り通したのでしょうか。
それはイエス・キリストが命をかけて、私たちを愛してくださったからです。
教会に行くと必ずあるもの、それは十字架です。
この十字架でイエス・キリストはご自分の命を捨ててまで、
私たちへの愛を示されたのです。
2008/07/30のBlog
「ウラカミ・ウラカミ」そう叫ぶ人々の声が、
ベルギーのブリュッセルでこだましました。
今から、130年ほど昔のことです。
そして、この叫びが250年間禁止されていたキリスト教を、
この日本の国で自由にしたのです。
「ウラカミ」彼らが叫んだのは、まぎれもなくこの本に書いた浦上のことです。
この浦上には命をかけてキリストを信じ続けた人々がいました。
江戸時代の迫害下にあっても隠れキリシタンとして信仰を守り続け、
信仰が自由になる日を信じて待ち続けた人々が、この浦上にはいたのです。
2008/07/29のBlog
浦上のキリシタンたちの歴史を見てきましたが、
そこには、主を愛して従う者に対する主の真実を見ることができます。
彼らは待たされました。
しかし、主は遅れることなく、ご自身の約束の時に、
彼らを迫害から救い、助け出されました。
主は決して裏切らないお方、約束を守られるお方、真実なお方です。


*ここまでの浦上のキリシタンのことを書くにあたって、
浦上小教区編「神の家族四百年」(浦上カトリック教会)、
永井隆「乙女峠」(中央出版社)片岡弥吉「長崎のキリシタン」(聖母の騎士社)、
片岡弥吉「日本キリシタン殉教史」(時事通信社)などの書物を参考にさせて
いただきました。紙面を借りて心より感謝いたします。



2008/07/28のBlog
悲しみを喜びに⑤

かつて絵踏みをさせられた場所で、彼らはミサを行いました。
主は彼らの涙を覚えておられ、迫害と殉教という火の試練を通した後に、
彼らの悲しみを喜びに変えられたのです。
主は真実なお方です。
そして主は正しく裁いてくださるお方です。
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