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殉教 天国の希望と喜び
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2008/07/23のBlog
悲しみを喜びに④

しかし、キリシタン流配の処分を出した後、当主は死亡し、長男は懲戒のため
高島炭坑に送られている時、ガス爆発により死亡しています。
その結果、未亡人はわずか12歳の病児を抱えて生計を立てるのに困り、
ついに敷地から邸宅にいたるまでの広大な土地と建物を残らず競売に出して、
村を立ち退くことになったのです。
浦上の信者は、何とかしてこの敷地を手に入れようとして祈り、
そしてついに、わずか1600円で買い取ったのです。
(当時は米10キロ44銭)
2008/07/22のBlog
悲しみを喜びに③

この高谷家は、もともと浦上の庄屋で、
キリシタンの召し捕りや吟味のあるごとに自ら手伝い、
毎年正月には浦上の人々を召し出して絵踏みを実行していた家です。
2008/07/19のBlog
[ 23:00 ] [ 殉教 26聖人 浦上キリシタン ]
悲しみを喜びに

 そこで浦上に仮聖堂を建てる計画を作り、まずは適当な場所を探しました。そこで、瓦ぶき平屋で、200人ぐらい収容できる離れ座敷を仮聖堂にあてました。しばらくは、ここに大浦からポアリエ神父が通っていましたが、聖務が忙しくなると、ここに住み込んで奉仕されました。
 そして1880年、高谷庄屋屋敷を買い取って補修し、仮聖堂としました。
2008/07/18のBlog
[ 18:31 ] [ 殉教 26聖人 浦上キリシタン ]
悲しみを喜びに① 

 「旅」から帰ってきた浦上のキリシタンたちには、切なる願いがありました。 
 それは神の家、つまり聖堂を建てることでした。彼らは、ミサのために毎日曜日ごとに、大浦天主堂まで歩いて通わねばならなかったのです。彼らは、それでもうれしくてたまりませんでした。けれども、その日の糧を得るにも、きゅうきゅうとしていた信者たちにとって、それは時間的にも大きな困難でした。
2008/07/16のBlog
試練を用いる主②

愛である方、主イエスへの彼女たちの持っていた信頼、この信仰が祈りとともに
働いて、多くの痛んでいた小さな者たち(孤児や捨て子)を助ける主の救いの手として
働く道へと導かれていくのです。
私たちの人生の中にも、いろいろな試練が許されます。
しかし試練が私たちを主から離すのではないということを、浦上のキリシタンの
歴史を見るときに思わされます。
むしろ試練は、私たちの信仰を練り清めて、私たちに主が用意されている道へと、
私たちを導いてくれるのです。
主は愛の方、そして最善以外、私たちに決してなさらないお方だからです。