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2007/11/24のBlog
[ 21:40 ] [ ■ハヤカワepi文庫 ]

[ レ・コスミコミケ イタロ・カルヴィーノ ]

オレンジ色の大きな大きな月
宵闇にはまだ早い空をゆっくりと昇ってくる

今夜は満月らしい

窓からぼんやりと月を眺めていたら
なぜかQfwfq老人の溜息が聞こえてきたような気がして
おもわず大きな月のなかに
Qfwfq老人の恋のお相手
Vhd Vhd夫人の姿を探してしまった


「コスミコミケ」とは
COSMIC(宇宙)とCOMICHE(喜劇)を合体させたタイトルだそうだ

そのタイトルどおり
宇宙規模に荒唐無稽な法螺話が12篇おさめられている

語り部は、宇宙の始まりから生き続けているというQfwfq老人
「そのとき、わしはそこにおったのだ!」と力説するのは
自分が恐竜だった頃の話
ビッグバンに立ち会った頃の話
一億光年も彼方にある星雲に《見タゾ!》と書かれたプラカードが立っていた話など
ユニークで傑作、おもわず目を見開いて、おもむろに「くふふ」と笑ってしまう

永遠に失ったものへの別離を描いた
「月の距離」「ただ一点に」「無色の時代」などは
喜劇調でありながら、どこか甘酸っぱい読後感

いまや遠くにある月が
地球から梯子でのぼれるほど近くにあった頃のせつない恋物語
月の距離
そして見た
別れてきたその場所に彼女はいた。
ちょうどわれわれの真上にあたる浜辺に横たわり
何一つ語りかけもせず。
月の色をして、脇にハープを抱え
片手を動かしてはゆるやかな間遠なアルペジオを掻き鳴らしていた。

間違いもなくあの女(ひと)の何かしらが
千百のさまざまの姿となって見えるのだと
想像をつのらせるのだ。

秋の夜はとても長いから
時には、こんな奇想短篇で
ユニークでろまんちっくな夢はいかがでしょう


2007/11/21のBlog
[ 10:05 ] [ 余白から ]
ショーペンハウエルもヘッセも
濫読はいけないと言っているが・・・

私はかなり濫読してきたし、本依存症だという自覚もある
(濫読 : いろいろな本を手当たりしだいに読むこと。)

一度きりしか読まなかった本もあるし
途中で投げ出したまま忘れてしまった本もある
繰り返し何度も読み返している本もある

さまざまなジャンルの本を読んできたし
これからも読んでいくだろうし 読んでいきたいと望んでいる


読書とは なんだろう?

「読書とは他人にものを考えてもらうこと」
という箴言があるけれど
他人の考えたことに深く共感したら
それを自分の言葉で言えるようにしたいと思う
考えてもらいっぱなしではなくて
そのことについて自分でしっかり考え、自分の言葉に直すということは
それは人まねとは違うと思うのだけれど
どうなのだろう?


読書とは なんだろう?
なぜ 本を読むのだろう?

知識を得るため
それだけではない何か
もっと広く深い何か



あなたにとって 読書とは なんですか?
私にとっての 読書とは なんだろう?


本の余白に感じるもの

それは、いったい なんだろう?




[ 08:58 ] [ ■国内作家の本 ]
夜とみまがいそうな暗くどんより湿った空
こんな日は日常の雑多な煩わしさから逃れ
幻想に身をゆだねたくなる

[ 高野聖 泉鏡花 ]

「高野聖」は、女仙(美女の姿をした妖怪)に誘惑される僧侶の話
「外科室」「星あかり」「海の使者」「眉かくしの霊」と、5篇収録されている

実は、泉鏡花の「高野聖」は既に所有しているので
同じ本 何冊もあっても・・・と、ひとたびは躊躇したのだが
天野喜孝の装画に惹かれ手にしてみた

開いてみると、この集英社版では 仮名遣いが改められている
泉鏡花は、 旧仮名遣いに苦労して
なかなか物語の世界をイメージできなく、もどかしい思いをしていたのだが
この新仮名版を読んでから、再度旧仮名で読み直してみたところ
あらためて、旧仮名の美しさに世界が広がった感がある

読みにくいからと、せっかくの名作を読まずにおくよりは
こうして新仮名遣いでイメージを掴んでから
読み直してみて良かったと思う
巻末に、俳優、奥田瑛二の「絵に描くとこんな妖婦?」
という短い文章がおさめられている

これが、また、おもしろかった


画像は、奥田瑛二が描いた 『高野聖』に登場する女仙

奥田瑛二は こう書いている
蟇蛙や猿になっても、心奪われたおんなのそばにいて戯れ
魑魅魍魎の世界にいた方が良いのかもしれない
・・・と

そういうものなのでしょうか?(笑)

私は
蟇蛙にも猿にも、なりとうはございませぬ


泉鏡花は、金沢の出身
だからなのか、泉鏡花の物語は
冷たい指先に息を吹きかけながら
はらはらと舞う雪を感じながら
読むのがとても似合うような気がする