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2008/06/02のBlog
[ 21:18 ] [ 書き出しの印象的な小説 ]


本屋さんで知らない作家の本を手にとるとき
まず、タイトルに目が留まる。
そして表紙絵が素敵だったら
ちょっと期待してしまう。

それから帯を見る。
好きな作家のコメントや
惹かれるフレーズがあったら、もうすこし期待してみる。

そのあと、おもむろにページを繰る場合
本文を飛ばしちゃって、後書き(解説)から読む場合があるけれど
これは読む本の種類にもよるかもしれない。

でも、この本はおもしろいに違いない、と期待し
それを裏切らないことが多いのは
「タイトル」よりも 「書き出し(の数行)」だと思う。


先日の記事『中島敦』のコメント欄で生まれた企画

「山月記」の書き出し、これに優るものはない!(by 不破さん)
「書き出しの好きな小説」特集でもやってみて下さい♪(by ツナミンさん)

優るとも劣らないもの、探してみましょうか?
nadjaさんが書棚をあさってる間に
warmgunさん記事 あげてくださいました。
早い!(笑)

書き出し、と考えて
まっさきに頭に浮かんだ あの本」も入ってます。
何度読んでも、その都度、新たな痛みと熱を感じてしまう。
最初の一行から引きずられてしまいます。


 『山月記』 中島敦

隴西(ろうさい)の李徴(りちょう)は博学才穎(さいえい)、天宝の末年、若くして名を虎榜(こぼう)に連ね、ついで江南尉(こうなんい)に補せられたが、性、狷介(けんかい)、自(みずか)ら恃(たの)むところ頗(すこぶ)る厚く、賤吏(せんり)に甘んずるを潔(いさぎよ)しとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山(こざん)、略(かくりゃく)に帰臥(きが)し、人と交(まじわり)を絶って、ひたすら詩作に耽(ふけ)った。

(不破さんのおすすめ)


 『我が心は石にあらず』 高橋和巳

もし築きあげえたことの成果でものの価値が計られるのなら、
私たちの間の愛情はまことに価値寡いものだった。
また純粋さというものが、第一に尊重されねばならぬ倫理であるのなら、
私たちの関係は、その第一義的な真実にも欠けていたことになる。

(ツナミンさんのおすすめ)


書き出しの印象的な小説や、結びの印象的な小説。
思い出せば、かなりありそうです。


新たなジャンルを作ってみようかな。


訪問してくださったみなさま。
よかったら、書き出しの印象的な本
教えてください。



2008/06/01のBlog
[ 22:24 ] [ 背景 ]
6月といえば、こちらでは新緑が目に眩しい季節。

でもここ数日
雨が降ったり、風が強く吹いたり
せっかく芽ぶいた若芽
縮こまっているかもしれない。


読みたい本をたくさんみつけてしまって
読んでは次々と手をつけてしまって
なかなか記事にできずにいます(汗)

今週はちょっと集中して
読みかえしてみようかな。


今年も、もう半分終わっちゃうと思うと
なんだか、気持ちばかりがあせります。


そうそう、遅咲きの雪柳の花が満開です♪


♪Yukiyanagi 雪柳~We're watching you~ by Micro (You Tube)

ガンバらなくてもいいんだよ
ありのままの君でいるなら
冬と春つなぐユキヤナギ
まわりを照らしていた

歌詞の続きは 「歌まっぷ」 にて。

こういうこと
歌だと、素直に言えたり
聞けたりするのが・・・いいね。


■ 6/2 修正&追記


2008/05/23のBlog
[ 15:06 ] [ ■国内作家の本 ]
中島敦 といえば 『山月記』
お恥ずかしいけれど、教科書に載っていたその作品しか知らなかった

こういった文豪と呼ばれる人の作品は
偏愛する数人の作家を除いて、ほとんど読んでいない
学生時代にいくらか勉強して
名前は記憶にあるので読んだ気(知った気)になっていたのだと気づく

ちくま書房から刊行されている【 ちくま日本文学 】という全集
持ち歩きやすい文庫というサイズ
1000円以下という手を出しやすい価格で
こうした名作が読めるのは魅力的

[ 中島敦 ちくま日本文学012 第4回配本 ] (筑摩書房・文庫)


目次を開き、タイトルにひきつけられるように
「文字禍」 という作品を読む

文字禍

文字の霊などと言うものが
一体、あるものかどうか。

~190~

たとえば、ひとつの文字(ひらがなでも漢字でも)をじっとみていると
突然、その文字が文字として見えなくなってくることがある
あれ、こんな字だっけ、これでいいんだっけ?
不安になってくることがある
意味を失ってしまうことがある

君やわしらが、文字を使って書きものをしとるなどと思ったら、大間違い。
わしらこそ彼ら文字の精霊にこき使われる下僕じゃ。

~p200~

やられた、と思った
なんてすごい、おもしろい作家なんだろう

ドキドキしてくる
惹きつけられて速度があがってくる
この疾走感
この作家はほんとうに日本人なのだろうか
日本語で書かれている
それも、とても美しい言葉で書かれているのに
なぜだろう?

はじめは、舞台が異国、登場人物がカタカナ名前だから?
そうも思ったのだけれど、そうじゃない
それだけではないと思った


巻末の池澤夏樹さんの解説を読んで納得

そうだ、ボルヘスの作品のようなのだ
知性と知識による作家、と池澤さんは書いている

自分の習得した知識を惜しみなく披露しながら
読み手を夢中にさせてしまう作品は
作家自身が知識を得ることが楽しくてしょうがない
それを作品で披露するのが楽しくてしょうがない
そう感じていることが伝わってくる作品だからなのだと思う

知性と知識に依る作家
わたしの好きな日本の作家では
多和田葉子さんが、このタイプ
澁澤龍彦さんも、このタイプ
円城 塔さんも、このタイプ



「芥川龍之介と比較されるのがイヤ!」
なんて、子どもじみたばかばかしい理由で
中島敦の作品を読むことから遠ざかっていたことを
とてもとても申し訳なく、もったいなく思う


この記事をごらんになって
(ほら、みろ)と苦笑なさるであろう先生
・・・わたしの負けです(笑)