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2008/01/01のBlog
[ 00:47 ]
[ 家族・親子 ]
新年おめでとうございます。
本当に月日の経つのははやいです。京都の大学及び大学院を修了して西宮に戻ったのが30年前。中学生相手に30年も理科教師を続けてきました。やり過ぎ、飲み過ぎ、けんかのしすぎ、怒りすぎ、人の良すぎ・・・まあ、失敗の連続でした。長かったです。でも、まだ、仕事の相手である中学生はナゾです。中学生は何を考えているのか、あるいは何も考えていないのか。一人ひとり、全然違うので、中学生は○○だと言いきれませんが、・・・、私はまだ中学生が分かりません。教科についても同じです。理科を教え、自らも学び続けてきましたが、分からないことの方が逆に多くなっています。理科もまたナゾです。今年もだから、謎解きに挑戦です。
今年は妻が図書館司書(すでに働き始めています)に、長男が大学(?)に、次男が小学校に・・・大きな変化が訪れる年です。私にも大きな変化が訪れるような気がします。
一寸先は闇と言う言葉、つくづくその通りと思います。人生はジャングル探検のようなもの。大きな葉っぱをかきわけ、前をのぞいたら、何がいるのか・・・・怖いけれど、前に進むだけです。頑張ります。これを読んでくださった皆さんにも、幸あらんことを!
本当に月日の経つのははやいです。京都の大学及び大学院を修了して西宮に戻ったのが30年前。中学生相手に30年も理科教師を続けてきました。やり過ぎ、飲み過ぎ、けんかのしすぎ、怒りすぎ、人の良すぎ・・・まあ、失敗の連続でした。長かったです。でも、まだ、仕事の相手である中学生はナゾです。中学生は何を考えているのか、あるいは何も考えていないのか。一人ひとり、全然違うので、中学生は○○だと言いきれませんが、・・・、私はまだ中学生が分かりません。教科についても同じです。理科を教え、自らも学び続けてきましたが、分からないことの方が逆に多くなっています。理科もまたナゾです。今年もだから、謎解きに挑戦です。
今年は妻が図書館司書(すでに働き始めています)に、長男が大学(?)に、次男が小学校に・・・大きな変化が訪れる年です。私にも大きな変化が訪れるような気がします。
一寸先は闇と言う言葉、つくづくその通りと思います。人生はジャングル探検のようなもの。大きな葉っぱをかきわけ、前をのぞいたら、何がいるのか・・・・怖いけれど、前に進むだけです。頑張ります。これを読んでくださった皆さんにも、幸あらんことを!
2007/12/29のBlog
[ 23:41 ]
[ 自然探検 ]
ポートアイランドにある花鳥園にセイタカシギが飼われている(木原さんから教えてもらう)というので、12月29日息子6歳と見に行った。最近、日本でも繁殖が確認され、大阪南港や尼崎埋立地に出没しているセイタカシギと同じ種なのか?調べるためだ。花鳥園には、はじめて行く。建物のまん中に池があり、上にはネットが張ってあり、鳥が逃げないようになっている。池にはアカツクシガモ、アヒル、マガモ、コクチョウ、マナヅル、コウライキジ、ショウジョウトキ、・・・・等と共に、セイタカシギがいた。しかし、私が尼崎で見る野生のセイタカシギと違った。花鳥園のセイタカシギは頭の黒い模様がはっきりしているし、首にも黒い帯がある。野生のセイタカシギにはこのような模様はない。調べてみると、このセイタカシギはクロエリセイタカシギであった。南北アメリカにまたがって生息していて、アジアにいるセイタカシギとは別ものであった。
息子がエサを持っていると分かると、まるでニワトリのように近づいてきて手のひらにのっている餌をついばんだ。
人が差し出すエサにインコなどの鳥が寄ってくるのは良いのだが、わずかなエサを与えるのに、1回ごとに100円いる。入場料は1500円。いろいろな鳥を飼っているのだが、金儲けの見せ物で終わらすのか、それとも人と自然の共生を学ぶ場所にするのか・・・・・展示の仕方で大きく変わる。展示の仕方によっては、観客動員数に大きな変化をもたらすだろう。お客さんに2回3回はたまた10回20回と足を運ばすには、花鳥園の今後の努力しだいだろう。そう思った。
息子がエサを持っていると分かると、まるでニワトリのように近づいてきて手のひらにのっている餌をついばんだ。
人が差し出すエサにインコなどの鳥が寄ってくるのは良いのだが、わずかなエサを与えるのに、1回ごとに100円いる。入場料は1500円。いろいろな鳥を飼っているのだが、金儲けの見せ物で終わらすのか、それとも人と自然の共生を学ぶ場所にするのか・・・・・展示の仕方で大きく変わる。展示の仕方によっては、観客動員数に大きな変化をもたらすだろう。お客さんに2回3回はたまた10回20回と足を運ばすには、花鳥園の今後の努力しだいだろう。そう思った。
[ 20:30 ]
[ 自然探検 ]
29日、ポートアイランドにある神戸花鳥園に行った。初めてである。大阪大学大学院の木原さんが「セイタカシギを見ましたよ」(飼われていたのは日本で見られる野生のセイタカシギではなくクロエリセイタカシギ=南北アメリカであった)と RikaTanの会議でおっしゃっていたので、気になって初めての見学であった。入場と同時に世界各国のフクロウの仲間を展示している。フクロウの仲間は自然ではなかなかお目にかかれない。だから、いろいろ見られて、面白かった。
ミミズク類とフクロウ類、それにコノハズク類が見られたが、ミミズクとフクロウの違いは耳が長い(耳羽が長い)か耳羽がたっておらず頭が丸いかの違いで、それ以上に大きな違いはないのだという。知っていたが、顔をじっくり観察し、耳以外の形態の違いがなく、どれも夜行性なので眠たそうにおとなしいことも同じで、「うんなるほど、同じや」と再確認できた。
ミミズク類とフクロウ類、それにコノハズク類が見られたが、ミミズクとフクロウの違いは耳が長い(耳羽が長い)か耳羽がたっておらず頭が丸いかの違いで、それ以上に大きな違いはないのだという。知っていたが、顔をじっくり観察し、耳以外の形態の違いがなく、どれも夜行性なので眠たそうにおとなしいことも同じで、「うんなるほど、同じや」と再確認できた。
2007/12/27のBlog
[ 19:06 ]
[ がんばる講演 ]
1 浅野良一講演「学校組織マネジメント」を聴いて
12月27日午前、西宮総合教育センターで浅野良一の講演「学校組織マネジメントの実際~これから求められる学校作りとミドルリーダーの役割~」を聴いた。浅野氏は東北大学出身、兵庫教育大大学院教授でこれまで民間企業、産業能率大学、経営管理研究所主任研究員等の経験もあり、マネジメントに関する講義にうってつけの方だと感じた。
実際、内容は非常に面白かった。水平型組織(上下関係が希薄でわいわいがやがや決めていく学校教職員の組織)を批判されるのかなと思っていたが、そうではなかった。ここに書いたことをさっと理解できる読者はざらにはいないと思うが、水平型組織が創造的で、垂直型組織が効率的、一人一役のレンガ型(生活保護に相談に来た人は生活保護の担当の人しか対応できない)=垂直型より学校組織に見られる石垣型=水平型組織の方が顧客ニーズにうまく寄り添える(一人の生徒に担任が、教科担任が、教育相談の先生が、生徒指導の先生が、クラブ顧問が・・・というように大勢の先生が関わる点で)し、意志決定が迅速で中堅クラスが伸び、創造的問題解決的に優れているとのこと。しかし、若手が欲求不満になったり、高度のコミュニケーション能力が求められ、巧く対応できない人も出る危険がある。
ためになることをいっぱい聴いたのだが、組織で大事なのは、状況の法則(状況の共有化)と重点化(昔の学生運動みたいだが、一点突破全面展開)、それに働きかけによる協力者の拡大化だとのこと。例がわかりやすく良かった。この意味は続きでまた書くことにする。
2 管理職のリーダーシップ~状況の共有化~
浅野良一氏は組織の活性化のために状況の法則の重要性を唱えた。例えば、昼休み、A先生が校長室に呼ばれ、ドアを開けた瞬間、こんなことを言われたとしよう。「A先生、悪いけれど、今すぐ、この学校の概要を100枚コピーしてくれ。今すぐだよ。良いね」これでは、誰もが思うだろう。「無理矢理、コピーなんて・・・。ワンマン校長め。何をえらそばっとるんや。むかつくな」こんな校長では誰もついてこない。浮いてしまうことになる。
状況の法則とは、理由は説明して納得して動いてもらうことである。だからこうだ。
校長室にA先生が入ってくる。すると、校長は、「どうぞソファーに座ってください。実は困っているんだ。急に、兵庫県の施設を見学に来た100人が是非○○中学校にも行きたいと言いだしたらしい。県教委も急だからと断ったらしいが、見ないと帰れない。と言い出したらしい。それで、お願いなんだが、概要を100枚コピーしてくれないかな。私も案内するための資料作りで今から動くから。一緒に対応してくれるかな」
このように状況を説明すれば、無理強いして動かしたのが校長ではなく、急に訪れる100人の県外視察グループと感じるし、校長の役に立てたという充実感も味わせることも可能だろう。
あまり良い例ではないが、こんなところかな。納得のいく説明をしないと、人は動かないということだ。それを状況の共有化、とよんでおられた。これは理にかなっていると思う。
生徒でも同じだね。頭ごなしに怒鳴っても動かない。行事でも何でも上手に学級経営される先生は、生徒に納得させたり、その気にさせたり、・・・きちんと納得のいく説明をされているもんだ。
3 管理職のリーダーシップ~重点化~
浅野良一氏は組織の活性化のために学校の目標の重点化を唱えた。あまりあるお金、そしてマンパワーがあれば、すべて十全的に進めていけばいいが、今の(破綻財政の)時代、それでは、かえって、虻蜂取らずに終わって失敗する危険があるということを強調された。それでも、学校によっては重点目標を10も20も書いて、その上にその他の重点目標なんて書いてあるところがあるが、これでは「何でもかんでも」なので、かえって重点でなくなり、何もしないことになる。重点は多くて5個か6個程度でよいとのこと。
例えば、巧い授業を例に取ると、巧い授業はあらゆる角度から見ても、巧く考えられているのだが、それを若い先生にまねをしなさいと言っても、そう簡単にうまくいかない。若い先生は何をどうすれば良いのか、分からない。だから、巧い先生の1つだけ先ずまねをする(見習う)のである。例えば、1時間の授業で発問を2個にしぼるとか、板書を巧い先生のように書くとか、必ず生徒の活動場面を20分入れるとか、・・・・それらの1点だけ、全員でまねる(1年でそこだけ研究する)のである。彼はこの重点化を「1点突破全面展開」なんて言い方をされていた。そして、ニヤッと笑われて、昔の毛沢東語録のようですがとおっしゃった。そういえば、これは学生運動のあるグループが使っていた標語だな。学生運動のときは、単純すぎて、1点突破全面玉砕なんて揶揄されていたっけ。それはともかく、1点突破全面展開・・・・私もこれは組織で大切な考え方だと思う。私自身、附属の時(附属だからできる面もあったが)発問だけに2年間こだわった。なぜか、何がか、どうしてか、・・・いろいろな発問で子どもの思考を高めるのは、どんな場合か、いろいろ考えた。やはり、1つのことにじっくりこだわって研究することを、ちょっとずつ積み重ねることは大事だ。浅野氏の講演に我が意を得たりと思う。
4 学校だからできるコーオパレーション
浅野良一氏は学校が企業と違うのは、学校が地域や保護者を協力者にできるところである点とおっしゃった。例えば、あなたが、あるメーカーのジュースを飲んだとしよう。飲んだとたんに、「ファンならば我が社のためにただで働いてください」とか「寄付をお願いします」なんて言っても、だれも協力しないだろう。でも、学校には地域や卒業生、保護者がその学校のために寄付をしたり、図書室や学校花壇、登下校の安全指導などのボランティアに参加したりする。学校はまわりが協力する可能性を秘めた存在なのだ。
だから、学校の目指すところ、学校目標、子どもたちをどう育てたいか・・・等をきちんと説明し納得し賛同してもらえれば、地域や保護者、卒業生などを味方につけることができる。この地域のパワーは捨てたものではない。学校に大きな力を与える。独立行政法人になった国立大学も上手にこのような力を活用できたところは、めざましく発展しているとのことだった。
浅野良一氏は他にも多くの示唆に富んだお話をされた。私が心に残ったところが、この状況の共有化、重点化、そして地域とのコーオパレーションの3点であった。日記に書くことで私自身も復習になったな。
12月27日午前、西宮総合教育センターで浅野良一の講演「学校組織マネジメントの実際~これから求められる学校作りとミドルリーダーの役割~」を聴いた。浅野氏は東北大学出身、兵庫教育大大学院教授でこれまで民間企業、産業能率大学、経営管理研究所主任研究員等の経験もあり、マネジメントに関する講義にうってつけの方だと感じた。
実際、内容は非常に面白かった。水平型組織(上下関係が希薄でわいわいがやがや決めていく学校教職員の組織)を批判されるのかなと思っていたが、そうではなかった。ここに書いたことをさっと理解できる読者はざらにはいないと思うが、水平型組織が創造的で、垂直型組織が効率的、一人一役のレンガ型(生活保護に相談に来た人は生活保護の担当の人しか対応できない)=垂直型より学校組織に見られる石垣型=水平型組織の方が顧客ニーズにうまく寄り添える(一人の生徒に担任が、教科担任が、教育相談の先生が、生徒指導の先生が、クラブ顧問が・・・というように大勢の先生が関わる点で)し、意志決定が迅速で中堅クラスが伸び、創造的問題解決的に優れているとのこと。しかし、若手が欲求不満になったり、高度のコミュニケーション能力が求められ、巧く対応できない人も出る危険がある。
ためになることをいっぱい聴いたのだが、組織で大事なのは、状況の法則(状況の共有化)と重点化(昔の学生運動みたいだが、一点突破全面展開)、それに働きかけによる協力者の拡大化だとのこと。例がわかりやすく良かった。この意味は続きでまた書くことにする。
2 管理職のリーダーシップ~状況の共有化~
浅野良一氏は組織の活性化のために状況の法則の重要性を唱えた。例えば、昼休み、A先生が校長室に呼ばれ、ドアを開けた瞬間、こんなことを言われたとしよう。「A先生、悪いけれど、今すぐ、この学校の概要を100枚コピーしてくれ。今すぐだよ。良いね」これでは、誰もが思うだろう。「無理矢理、コピーなんて・・・。ワンマン校長め。何をえらそばっとるんや。むかつくな」こんな校長では誰もついてこない。浮いてしまうことになる。
状況の法則とは、理由は説明して納得して動いてもらうことである。だからこうだ。
校長室にA先生が入ってくる。すると、校長は、「どうぞソファーに座ってください。実は困っているんだ。急に、兵庫県の施設を見学に来た100人が是非○○中学校にも行きたいと言いだしたらしい。県教委も急だからと断ったらしいが、見ないと帰れない。と言い出したらしい。それで、お願いなんだが、概要を100枚コピーしてくれないかな。私も案内するための資料作りで今から動くから。一緒に対応してくれるかな」
このように状況を説明すれば、無理強いして動かしたのが校長ではなく、急に訪れる100人の県外視察グループと感じるし、校長の役に立てたという充実感も味わせることも可能だろう。
あまり良い例ではないが、こんなところかな。納得のいく説明をしないと、人は動かないということだ。それを状況の共有化、とよんでおられた。これは理にかなっていると思う。
生徒でも同じだね。頭ごなしに怒鳴っても動かない。行事でも何でも上手に学級経営される先生は、生徒に納得させたり、その気にさせたり、・・・きちんと納得のいく説明をされているもんだ。
3 管理職のリーダーシップ~重点化~
浅野良一氏は組織の活性化のために学校の目標の重点化を唱えた。あまりあるお金、そしてマンパワーがあれば、すべて十全的に進めていけばいいが、今の(破綻財政の)時代、それでは、かえって、虻蜂取らずに終わって失敗する危険があるということを強調された。それでも、学校によっては重点目標を10も20も書いて、その上にその他の重点目標なんて書いてあるところがあるが、これでは「何でもかんでも」なので、かえって重点でなくなり、何もしないことになる。重点は多くて5個か6個程度でよいとのこと。
例えば、巧い授業を例に取ると、巧い授業はあらゆる角度から見ても、巧く考えられているのだが、それを若い先生にまねをしなさいと言っても、そう簡単にうまくいかない。若い先生は何をどうすれば良いのか、分からない。だから、巧い先生の1つだけ先ずまねをする(見習う)のである。例えば、1時間の授業で発問を2個にしぼるとか、板書を巧い先生のように書くとか、必ず生徒の活動場面を20分入れるとか、・・・・それらの1点だけ、全員でまねる(1年でそこだけ研究する)のである。彼はこの重点化を「1点突破全面展開」なんて言い方をされていた。そして、ニヤッと笑われて、昔の毛沢東語録のようですがとおっしゃった。そういえば、これは学生運動のあるグループが使っていた標語だな。学生運動のときは、単純すぎて、1点突破全面玉砕なんて揶揄されていたっけ。それはともかく、1点突破全面展開・・・・私もこれは組織で大切な考え方だと思う。私自身、附属の時(附属だからできる面もあったが)発問だけに2年間こだわった。なぜか、何がか、どうしてか、・・・いろいろな発問で子どもの思考を高めるのは、どんな場合か、いろいろ考えた。やはり、1つのことにじっくりこだわって研究することを、ちょっとずつ積み重ねることは大事だ。浅野氏の講演に我が意を得たりと思う。
4 学校だからできるコーオパレーション
浅野良一氏は学校が企業と違うのは、学校が地域や保護者を協力者にできるところである点とおっしゃった。例えば、あなたが、あるメーカーのジュースを飲んだとしよう。飲んだとたんに、「ファンならば我が社のためにただで働いてください」とか「寄付をお願いします」なんて言っても、だれも協力しないだろう。でも、学校には地域や卒業生、保護者がその学校のために寄付をしたり、図書室や学校花壇、登下校の安全指導などのボランティアに参加したりする。学校はまわりが協力する可能性を秘めた存在なのだ。
だから、学校の目指すところ、学校目標、子どもたちをどう育てたいか・・・等をきちんと説明し納得し賛同してもらえれば、地域や保護者、卒業生などを味方につけることができる。この地域のパワーは捨てたものではない。学校に大きな力を与える。独立行政法人になった国立大学も上手にこのような力を活用できたところは、めざましく発展しているとのことだった。
浅野良一氏は他にも多くの示唆に富んだお話をされた。私が心に残ったところが、この状況の共有化、重点化、そして地域とのコーオパレーションの3点であった。日記に書くことで私自身も復習になったな。
2007/12/26のBlog
[ 22:09 ]
[ 自然探検 ]
植物は動けない。だから、いろいろな戦略をねって種を広範囲に広げようとしている。例えば、オナモミ。いわゆるひっつき虫は、ラグビーボールような形の種子にトゲをいっぱいつけて、動物の毛にひっつきやすい構造をつくりだしている。トゲをよく見ると、先がフックのように曲がっていて、ひっつきやすさを強くしている。マジックテープはこのひっつき虫のアイデアをぱくった商品なので、本来はひっつき虫にアイデア料金(=特許料)を支払わないといけない。
ところで、思うのだが、オナモミって言うのは、袋に入れておけば、何年も原形を保てるものである。だから、花に比べたら数百倍、長持ちするしろものである。とするならば、教科書に簡単に写真を載せるのではなく、各学校の100個ぐらい配っておいて、生徒に観察スケッチさせたいところである。簡単だが、非常に大切な観察だと思う。最近の教科書にこのような素朴な観察がないのは、片手落ちだと思う。準備に時間がかかる、しっかりした実験・観察はもちろん大事だが、忙しい学校なんだから、簡単にルーペで見せられる簡単な観察というのは、もっと取り入れていいのではないか、そう思う。
さて、普通のデジカメでどこまでひっつき虫のカールが撮れるか、マクロ撮影を試してみた。その結果、オナモミ、アメリカセンダングサ、センダングサ、どれも動物の毛にひっつきやすいトゲの状態を写真に納めることができた。普通のデジカメがマクロ撮影に適していることを再確認できた。
ところで、思うのだが、オナモミって言うのは、袋に入れておけば、何年も原形を保てるものである。だから、花に比べたら数百倍、長持ちするしろものである。とするならば、教科書に簡単に写真を載せるのではなく、各学校の100個ぐらい配っておいて、生徒に観察スケッチさせたいところである。簡単だが、非常に大切な観察だと思う。最近の教科書にこのような素朴な観察がないのは、片手落ちだと思う。準備に時間がかかる、しっかりした実験・観察はもちろん大事だが、忙しい学校なんだから、簡単にルーペで見せられる簡単な観察というのは、もっと取り入れていいのではないか、そう思う。
さて、普通のデジカメでどこまでひっつき虫のカールが撮れるか、マクロ撮影を試してみた。その結果、オナモミ、アメリカセンダングサ、センダングサ、どれも動物の毛にひっつきやすいトゲの状態を写真に納めることができた。普通のデジカメがマクロ撮影に適していることを再確認できた。
[ 08:33 ]
[ 自然探検 ]
12月24日(天皇誕生日の代休日)、芦屋埋立地でイソヒヨドリが釣り人の間にいるところを発見。すぐに持っているデジカメで撮影。そして、より鮮明な写真を撮ろうと、撮影のたびに少しずつイソヒヨドリに近づいていった。イソヒヨドリは釣り人が散らかしたオキアミの切れっ端を必死で食べているようだ。イソヒヨドリは撮影しながら近づく私にやっと気がついたが、逃げる様子はない。ただ、両者の間の距離が8mほどになったとき、イソヒヨドリは飛び立った。遠くへ行ってダメかと思いこんでいたが、イソヒヨドリは私を飛び越えて、また、同じ防波堤の上に舞い降りた。それで、私もまた、良い写真を撮ろうと、また、そろりそろりと来た道筋を逆戻りして、再び止まっているイソヒヨドリに近づきながら、デジカメ撮影をした。しばらくすると、8mほどのところで、またしてもイソヒヨドリは飛び立ち、元の場所に再び降りた。そんなことの繰り返しで、ばかばかしくてなって、私は急にイソヒヨドリに近づいて飛びたたさせようとした。今度はさすがのイソヒヨドリも元の防波堤の上には止まらなかった。しかし、目の前にある塀の上に止まって、しばらくじっとして動かなかった。どうも、撮影しようとする私たちに興味を持ち見ているようだ。15分ほどは、塀の上にいた。私たち人間の中にはイソヒヨドリに興味を持つ人も大勢いる。逆に、イソヒヨドリの方も、近づいてくる人間には興味を持つものがいる。このイソヒヨドリは私を恐れていない。堀の上でずっと左右に首を振りながら、ちらりちらりこっちを見て、どこにも行かなかった。
2007/12/24のBlog
[ 23:07 ]
[ 自然探検 ]
今日(24日午後4時)、芦屋の埋立地でイソヒヨドリのオスを見た。光学10倍のデジカメしか持ち合わせてなくて残念だった。イソヒヨドリは今年の秋になって3カ所目である。西宮北部のJR名塩駅周辺でもオスを、神戸兵庫突堤の防波堤でオスを、甲子園浜のテトラのところでメスを、甲子園浜のテトラのところでは春にオスを見ている。
西宮の北部は内陸部なので、そこで見たと言うことは海岸にしかいない鳥ではない。しかし、海岸に出会う機会が多いのは確かなことである。磯という名が付いている鳥だが、石畳(芦屋)やテトラ(甲子園浜)、コンクリートの岸壁(兵庫突堤)等、人工的な海岸にも結構生息しているようだ。見る機会が以前より多くなっているのではないか・・・・、これは私の主観かもしれないが、どうなんだろう。他の人の意見も聞いてみたいところだ。
西宮の北部は内陸部なので、そこで見たと言うことは海岸にしかいない鳥ではない。しかし、海岸に出会う機会が多いのは確かなことである。磯という名が付いている鳥だが、石畳(芦屋)やテトラ(甲子園浜)、コンクリートの岸壁(兵庫突堤)等、人工的な海岸にも結構生息しているようだ。見る機会が以前より多くなっているのではないか・・・・、これは私の主観かもしれないが、どうなんだろう。他の人の意見も聞いてみたいところだ。
2007/12/23のBlog
[ 11:34 ]
[ がんばる講演 ]
12月22日に六甲荘で行われた六甲教育研究会の梶田叡一氏の講演「新しい学習指導要領の目指すもの」を聞く機会を得ました。聞く側は県および神戸市の教育長、委員会のメンバー、各市町村の校長や教頭先生中心に大勢の方が来ました。集団の第一印象としては重々しい雰囲気(みんなきちんとした背広姿)でした。私は場違いかなと感じました。やはり、梶田氏が中央教育審議会の中心的存在であり、次代の学校教育の方向性を作り出している方なので、新指導要領のできるまでの経緯を表、裏、建前と本音を交えて、
話されるだろうという期待からでしょうか。参観者が200名近くにふくれあがりました。
梶田氏は話術に長け(心に残るキーワードになる印象深い言葉をちりばめた講演をされるから)、それでいて結構気が短く、反骨的で、饒舌が行き過ぎて、立て板に水どころか洪水を流すような失言に近いハラハラドキドキの発言もあり、しかも、国の教育行政を動かしている舞台の上の話であり、いつ聞いても、私を惹きつけます。中央の話を生で聞けるという価値ある講演でした。
全て印象的でしたが、
(1) 生きる力の「理念」は変わらず、「学習指導要領」が変わります。なんだ、これは、わけわからないじゃないか・・・・・・理念がからないのであれば、なぜ、指導要領を変える必要があるの??????開口一番、人を惹きつける。
理念はバランスを大切にする見方に軌道修正し、したがって反省(文科省自身がもっと自ら打ち出したここ10年20年の方向性を反省しなければならない)の中で、少し変わったのだと言われました。「自ら学び自ら考え・・・教師は支援者・・・・教え込むな、楽しさを味わわせる・・・そんなの違う。教師は指導者、メダカの学校ではいけない、誰が生徒か先生かなら、教師は給料をもらうわけに行かないだろう・・・・・・・・だから情意的な面だけでなく、技能も表現力も知識も思考・判断力もみな大切。そのすべてをバランスよく子どもたちに与える、そんな方向だ。素人受けするような、「やる気を起こさせる」というひとつを取り上げ、それだけを大事にしようなんて・・・・・・間違った誤解を生むここ10年、これを反省しなければならない。教育はあらゆる面、観点別目標、どれも大事・・・・そして地道なもの・・・・4つの柱、すべてバランス良く、全部大切なのだ。」「目をきらきら輝かせている授業・・・・・、そんな表面的なことに踊らされるな・・・・じっくり学ぶ喜び、しっかり学ぶことの大切さ・・・・あるときは、反復させ、きちんと知識を子どもたちに与える・・・」
(2) 教育条件の整備が必要。
授業時間を増やすのに、人を増やさなければ、片手落ち。今回の特徴は、条件整備についても言及したこと・・・・・小泉、阿部首相・・・・・文科省大臣・・・・・・・困ったやつ、・・・・???・・・・こだわりのある大臣は・・・・・、・・・・!!!!?!・。
政治的な話でした。ここではご想像を。
さて、新学習指導要領これからの10年、理科でかつてあった内容(イオン、進化などの概念)が復活する。これは良いことだ。義務教育の最終学年で粒子概念、質量保存法則、進化、遺伝をしっかり学ばすことがない最近の理科は、起承転結の結のない小説を子どもたちに読ませているようなものであった。学びの集大成として「ははあん、なるほど!!」とストンと心に響くまとめ的、高度な概念(哲学に近い)はあると思っている。それが、イオン結合、共有結合、金属結合を含めたイオン概念であり、進化の目で見た生物分類の手法である。エネルギー保存則、質量保存則、生態の見方とともにその概念が戻ることは、良いことです。
話されるだろうという期待からでしょうか。参観者が200名近くにふくれあがりました。
梶田氏は話術に長け(心に残るキーワードになる印象深い言葉をちりばめた講演をされるから)、それでいて結構気が短く、反骨的で、饒舌が行き過ぎて、立て板に水どころか洪水を流すような失言に近いハラハラドキドキの発言もあり、しかも、国の教育行政を動かしている舞台の上の話であり、いつ聞いても、私を惹きつけます。中央の話を生で聞けるという価値ある講演でした。
全て印象的でしたが、
(1) 生きる力の「理念」は変わらず、「学習指導要領」が変わります。なんだ、これは、わけわからないじゃないか・・・・・・理念がからないのであれば、なぜ、指導要領を変える必要があるの??????開口一番、人を惹きつける。
理念はバランスを大切にする見方に軌道修正し、したがって反省(文科省自身がもっと自ら打ち出したここ10年20年の方向性を反省しなければならない)の中で、少し変わったのだと言われました。「自ら学び自ら考え・・・教師は支援者・・・・教え込むな、楽しさを味わわせる・・・そんなの違う。教師は指導者、メダカの学校ではいけない、誰が生徒か先生かなら、教師は給料をもらうわけに行かないだろう・・・・・・・・だから情意的な面だけでなく、技能も表現力も知識も思考・判断力もみな大切。そのすべてをバランスよく子どもたちに与える、そんな方向だ。素人受けするような、「やる気を起こさせる」というひとつを取り上げ、それだけを大事にしようなんて・・・・・・間違った誤解を生むここ10年、これを反省しなければならない。教育はあらゆる面、観点別目標、どれも大事・・・・そして地道なもの・・・・4つの柱、すべてバランス良く、全部大切なのだ。」「目をきらきら輝かせている授業・・・・・、そんな表面的なことに踊らされるな・・・・じっくり学ぶ喜び、しっかり学ぶことの大切さ・・・・あるときは、反復させ、きちんと知識を子どもたちに与える・・・」
(2) 教育条件の整備が必要。
授業時間を増やすのに、人を増やさなければ、片手落ち。今回の特徴は、条件整備についても言及したこと・・・・・小泉、阿部首相・・・・・文科省大臣・・・・・・・困ったやつ、・・・・???・・・・こだわりのある大臣は・・・・・、・・・・!!!!?!・。
政治的な話でした。ここではご想像を。
さて、新学習指導要領これからの10年、理科でかつてあった内容(イオン、進化などの概念)が復活する。これは良いことだ。義務教育の最終学年で粒子概念、質量保存法則、進化、遺伝をしっかり学ばすことがない最近の理科は、起承転結の結のない小説を子どもたちに読ませているようなものであった。学びの集大成として「ははあん、なるほど!!」とストンと心に響くまとめ的、高度な概念(哲学に近い)はあると思っている。それが、イオン結合、共有結合、金属結合を含めたイオン概念であり、進化の目で見た生物分類の手法である。エネルギー保存則、質量保存則、生態の見方とともにその概念が戻ることは、良いことです。
[ 10:30 ]
[ がんばる講演 ]
東高校数理科学の2年生に講演をした。感想を読んで驚いた。私が伝えたいことをきちんと共感して聞いてくれる生徒が大勢いたと言うこと。
この講演に先立ち、私は自分の高校2年の頃をじっと頭に浮かべ、高校2年生で何が大事かということを考えた。せっかく忙しい高校生が聞いてくれるのだから、無駄な時間にしては申し訳ない、そんな思いを大切に話をしようと思った。
私は高校2年の文化祭で、実は他の学校からきた生徒と殴る蹴るの大げんかをした。
それで、けんかの原因は相手ではなく自分の内にあることに後になって気づいた。
見えている相手に原因を求めるのではなく、見ている自分の色めがねに原因があること、・・・・。その色めがねこそが、諸悪の根源であること・・・それを伝えたかった。
要領の悪い生徒がいれば、その生徒のためになる話を・・・、そう思って講演をした。
以下、感想
続き
○今回の講演会は今までの講演よりおもしろかった。特に印象深かったのは「目の錯覚を利用した絵」で、1つの絵に2つの見方があるいというものである。すぐに分かるものもあったけれど、すぐに分からないことや、講演中分からなかったものもあった。講演の先生はとてもきさくな人で、堅苦しくなくききやすかった。1時間というとても短い時間だったので、もっと聞きたかった。2年生最後の講演ということもあり、とても面白くて良かった。
○この講演を聴いて私は情報を発信することの大切さを学びました。インターネットを通じて情報を発信する重要性がわかったという実体験による話はとてもためになりました。また、観察の理論負荷性と言う言葉を初めて聞きました。これは、自分で体験しながら貴話を聞けたので、とてもよく理解できました。そして、科学の精神の話は、客観性、実証性、論理性が重要だと分かりました。これは、自分の日常生活においても言えることなので、この理念を私も使っていかなければとい感じました。この講演でいろいろな話を聞くことができました。私もいつかこうやって東の先輩として後輩たちに話がしたいなあと思いました。
この講演に先立ち、私は自分の高校2年の頃をじっと頭に浮かべ、高校2年生で何が大事かということを考えた。せっかく忙しい高校生が聞いてくれるのだから、無駄な時間にしては申し訳ない、そんな思いを大切に話をしようと思った。
私は高校2年の文化祭で、実は他の学校からきた生徒と殴る蹴るの大げんかをした。
それで、けんかの原因は相手ではなく自分の内にあることに後になって気づいた。
見えている相手に原因を求めるのではなく、見ている自分の色めがねに原因があること、・・・・。その色めがねこそが、諸悪の根源であること・・・それを伝えたかった。
要領の悪い生徒がいれば、その生徒のためになる話を・・・、そう思って講演をした。
以下、感想
続き
○今回の講演会は今までの講演よりおもしろかった。特に印象深かったのは「目の錯覚を利用した絵」で、1つの絵に2つの見方があるいというものである。すぐに分かるものもあったけれど、すぐに分からないことや、講演中分からなかったものもあった。講演の先生はとてもきさくな人で、堅苦しくなくききやすかった。1時間というとても短い時間だったので、もっと聞きたかった。2年生最後の講演ということもあり、とても面白くて良かった。
○この講演を聴いて私は情報を発信することの大切さを学びました。インターネットを通じて情報を発信する重要性がわかったという実体験による話はとてもためになりました。また、観察の理論負荷性と言う言葉を初めて聞きました。これは、自分で体験しながら貴話を聞けたので、とてもよく理解できました。そして、科学の精神の話は、客観性、実証性、論理性が重要だと分かりました。これは、自分の日常生活においても言えることなので、この理念を私も使っていかなければとい感じました。この講演でいろいろな話を聞くことができました。私もいつかこうやって東の先輩として後輩たちに話がしたいなあと思いました。
[ 10:28 ]
[ がんばる講演 ]
続き
○昔の東高校と今の東高校の違いを知ることができた。やはり結構変わっていた。特に驚いたのは、昔はヤシの木が人の背の高さぐらいであったことと、今壁であるところは昔窓であったということだった。時の流れはすごいのだなと感じた。ほかに、見方や話し方で、感じ方が変わるという話も聞いた。実践してみたりして、楽しかった。今までの講演会の中で一番身近に感じることができて、一番聞きやすかった。2年生の講演会は最後だけれど、今後の講演会も楽しく聞けたらいいなと思った。
○今日は東高校6回生の内山先生の話を聞いた。難しい話かなと思っていたけれど、すごく楽しい講演になった。最初、「こう見えるという思いこみがないとそう見えてこないものがあったりする」こういう考え方が私は必要なんだと思った。今は自分の将来どころか行きたい大学さえまだ決まっていない。進路について最近よく悩んだりする。でもあんまりマイナスに主観的に成りすぎずに、慎重に焦らずに決めていったらいいなあと思えた。とても今後の役に立つ話で聞けてよかった。
○私は今まで東高校の先輩の話を聞くというような機会を持つことがなかったので、今回の講演を聴いて、とても良かったです。内山先生は東高校の卒業生であり、中学校の先生をされているそうですが、いろいろな出版社から本を出したり、ホームページでたくさんの学生たちに自由研究の仕方などを伝えているそうです。「中学校の先生をしながら本を出版しているなんてすごい」というわたしの正直な気持ちでした。今回の講演会では、化学の話だけでなく、たくさんの理論や、本を作るためにすることなどの話も聞けて、とても有意義な時間を持つことができました。
○昔の東高校と今の東高校の違いを知ることができた。やはり結構変わっていた。特に驚いたのは、昔はヤシの木が人の背の高さぐらいであったことと、今壁であるところは昔窓であったということだった。時の流れはすごいのだなと感じた。ほかに、見方や話し方で、感じ方が変わるという話も聞いた。実践してみたりして、楽しかった。今までの講演会の中で一番身近に感じることができて、一番聞きやすかった。2年生の講演会は最後だけれど、今後の講演会も楽しく聞けたらいいなと思った。
○今日は東高校6回生の内山先生の話を聞いた。難しい話かなと思っていたけれど、すごく楽しい講演になった。最初、「こう見えるという思いこみがないとそう見えてこないものがあったりする」こういう考え方が私は必要なんだと思った。今は自分の将来どころか行きたい大学さえまだ決まっていない。進路について最近よく悩んだりする。でもあんまりマイナスに主観的に成りすぎずに、慎重に焦らずに決めていったらいいなあと思えた。とても今後の役に立つ話で聞けてよかった。
○私は今まで東高校の先輩の話を聞くというような機会を持つことがなかったので、今回の講演を聴いて、とても良かったです。内山先生は東高校の卒業生であり、中学校の先生をされているそうですが、いろいろな出版社から本を出したり、ホームページでたくさんの学生たちに自由研究の仕方などを伝えているそうです。「中学校の先生をしながら本を出版しているなんてすごい」というわたしの正直な気持ちでした。今回の講演会では、化学の話だけでなく、たくさんの理論や、本を作るためにすることなどの話も聞けて、とても有意義な時間を持つことができました。
[ 10:27 ]
[ がんばる講演 ]
東高校数理科学コースの講演「僕に踏まれた東高校、僕が踏まれた東高校(中島らも風)」を行った。その感想が送られてきた。「知的興奮に満ちた、一連の講演の最後にふさわしいものでした。来年もよろしく」と担当のI先生が励ましの手紙を送ってくださった。元気の出る手紙ありがとうございます。
さて感想のその1。
感想文
○東高校の卒業生ということで、その当時の東高校の話も含めて講演していただいて、とてもよかったです。私が生まれる前の東高校の景色などについて、今回の講演で少しでも知れたということは、自分にとってとてもよかったと思います。また、絵や図などを使って、観察力についての話をしていただいて、とても理解が深まり、良い時間が過ごせたのはとてもよかったです。今までの講演会と比べると、短い時間の講演でしたが、内容に関してはとても良い内容で、時間が十分でなかったのはとても残念に思いました。今回の講演会はあまり時間が多くなかったのですが、それでも内容の濃い非常に役立つ話をしていただいて、とても良い時間だったと思います。
○一番印象を受けたのは話を聞く姿勢と科学の精神についてでした。聞く姿勢については実験前から結果は明らかでしたが、やはりこちらに興味を持って聞いてもらわないと話をしている気分になりません。授業などの聞く側としての姿勢はどうなのだろうと思いました。また、聞こうと意識しないと、話の内容が全く入ってきません。重宝を集めたのならば、先ず聞こうとすることが大切です。「科学の精神は客観性、実証性、論理性で不安ならば情報を集めて、よりこの3つを高め、リスクを減らしていくのが大切である」というのは、いろいろな場面に適応できて、私たちは日々それをしているのではないかと思いました。
○面白い絵等を使ってくださって、とても楽しい講演でした。だまし絵みたいなものは中学時代にやったけれど、今回のはもっとたくさん見ることができて、おもしろかったです。線sねいは本をたくさん出されているので、1回読んでみたいと思いました。先生は中学校の先生をされていて、実験をたくさんしているとおっしゃっていたので、そういう授業を受けてみたいと思いました。その方が理解しやすいので良いと思いました。とても短い時間でしたが、楽しかったです。
さて感想のその1。
感想文
○東高校の卒業生ということで、その当時の東高校の話も含めて講演していただいて、とてもよかったです。私が生まれる前の東高校の景色などについて、今回の講演で少しでも知れたということは、自分にとってとてもよかったと思います。また、絵や図などを使って、観察力についての話をしていただいて、とても理解が深まり、良い時間が過ごせたのはとてもよかったです。今までの講演会と比べると、短い時間の講演でしたが、内容に関してはとても良い内容で、時間が十分でなかったのはとても残念に思いました。今回の講演会はあまり時間が多くなかったのですが、それでも内容の濃い非常に役立つ話をしていただいて、とても良い時間だったと思います。
○一番印象を受けたのは話を聞く姿勢と科学の精神についてでした。聞く姿勢については実験前から結果は明らかでしたが、やはりこちらに興味を持って聞いてもらわないと話をしている気分になりません。授業などの聞く側としての姿勢はどうなのだろうと思いました。また、聞こうと意識しないと、話の内容が全く入ってきません。重宝を集めたのならば、先ず聞こうとすることが大切です。「科学の精神は客観性、実証性、論理性で不安ならば情報を集めて、よりこの3つを高め、リスクを減らしていくのが大切である」というのは、いろいろな場面に適応できて、私たちは日々それをしているのではないかと思いました。
○面白い絵等を使ってくださって、とても楽しい講演でした。だまし絵みたいなものは中学時代にやったけれど、今回のはもっとたくさん見ることができて、おもしろかったです。線sねいは本をたくさん出されているので、1回読んでみたいと思いました。先生は中学校の先生をされていて、実験をたくさんしているとおっしゃっていたので、そういう授業を受けてみたいと思いました。その方が理解しやすいので良いと思いました。とても短い時間でしたが、楽しかったです。
2007/12/16のBlog
[ 23:05 ]
2007/12/15のBlog
[ 18:42 ]
[ 自然探検 ]
浜甲子園団地の植え込みにはいろいろな木が植わっていて、それで毎冬、ジョウビタキやモズがえさ場にするためにやってくる。今年も例年通り見ることができる。それで以前、ジョウビタキのオス、メス、オスと交互に3つ確認できたと報告した。それで、3つのジョウビタキが並んで縄張りを持っていることが考えられると言った。それで今日、じっくり見たのだが、2羽(オスとメス)しか確認できなかった。とするならば、メスの縄張りをコの字に囲むようにオスが縄張りを持っている可能性がある。これからもさらに観察してこの推論が正しいかどうか、追究したい。さて、今日、ジョウビタキのすぐ横(3mほど)にモズもとまった。ジョウビタキのメスがフワッと近づいたが、これは縄張りにはいるなという攻撃だったのか・・・。それでも、ジョウビタキのメスとモズはけんかせずに、しばらく離れて止まっていた。その後、ともに私が見ていたからか、飛び去った。モズとジョウビタキはお互い存在を意識しているが、どちらか一方を殺すまで戦いはしない。
2007/12/13のBlog
[ 20:25 ]
[ 実験観察ものづくり ]
今、中1でカルメラ作りをしている。みんな一生懸命してくれる。やはり実験をすれば、本当の意味で学んでくれる。実験は1回目より2回目、こつをつかむのだろう、成功率があがる。知識ではなく臭って見て触って失敗して学んだことは感激と共に頭に体に焼き付くに違いない。これが実に良い。有機物の生きた学習、ベーキングパウダー(ふくらしこ、重曹、炭酸水素ナトリウ・・)は熱を加えると二酸化炭素をがんがん発生してくれることも、肌で感じ取る。これは分解の学びの良きエピソードになる。理科室は飴でべとべとになり、後片付けが大変だけれど、それにもまして、子どもたちに本当の学びを与えられる。やってよかった。
実験が素直にできる我が中学校の集団としての素晴らしい質にも感謝したい。
実験が素直にできる我が中学校の集団としての素晴らしい質にも感謝したい。
2007/12/09のBlog
[ 19:23 ]
[ 自然探検 ]
今日は妻と6歳の息子がインフルエンザで、仕方なく外出せずに家にいた。看病をしたというより、栄養をつけて寝ている二人の横で悶々としているというだけではあるが・・・。それでも昼頃、庭のように近い甲子園浜(自転車で5分のところ)に50分だけ散歩に出かけた。冬である。カモの仲間が例年通り来ている。昨日と同じだ。今日も浜甲子園団地を縄張りにエサをあさるジョウビタキから撮影した。どうも護岸道路沿いは3羽いるようだ。オス、メス、オスの順で縄張りがある。もしかしたら、オスはメスの縄張りを囲むように広くて、1羽なのかもしれない。わからない。それでも、オスとメスがいることは間違いない。今日、両方の撮影に成功。テトラでは昨日と同様、イソヒヨドリのメスに遭遇。人間を恐れない。きれいな写真を撮ることができた。今日はイソシギではなくハクセキレイを撮影。
海では少し沖で小さいがカンムリカイツブリ、ハジロカイツブリが30羽以上確認。遠いがハジロカイツブリを撮影。
以上、ルミックスのFZ30(一昔前のデジカメ)にテレコンをつけての撮影。一眼レフに長玉レンズではなく、高倍率デジカメでもある程度、撮れると思っている。
海では少し沖で小さいがカンムリカイツブリ、ハジロカイツブリが30羽以上確認。遠いがハジロカイツブリを撮影。
以上、ルミックスのFZ30(一昔前のデジカメ)にテレコンをつけての撮影。一眼レフに長玉レンズではなく、高倍率デジカメでもある程度、撮れると思っている。
2007/12/08のBlog
[ 15:47 ]
[ 自然探検 ]
12月8日土曜日の午前中、久しぶりに甲子園浜に行った。スズガモがやたら多い。1000羽はいるだろう。ホシハジロも多いが500羽ぐらいでスズガモより少ない。カンムリカイツブリ、ハジロカイブツリ、ウミアイサもいる。しかし、じっくり観察していないので、ホオジロガモがいるかどうか確認できていない。
今日、特筆すべきは2年ぶりか、かつてよく見たイソヒヨドリのメスに久しぶりに遭遇。
テトラポットの上にいた。見かけない間にオスのイソヒヨドリとであったこともあったが、かつて甲子園浜を縄張りにしていたメスが戻ってきてくれてうれしい。
また、テトラの上にいるイソシギを確認。写真を撮った。
浜甲子園団地周辺では、ジョウビタキやメジロのアップの写真も撮れた。ジョギングコースが気持ちの良い甲子園浜。気持ちが良いから、たまには来なければいけない。 そう感じた。
今日、特筆すべきは2年ぶりか、かつてよく見たイソヒヨドリのメスに久しぶりに遭遇。
テトラポットの上にいた。見かけない間にオスのイソヒヨドリとであったこともあったが、かつて甲子園浜を縄張りにしていたメスが戻ってきてくれてうれしい。
また、テトラの上にいるイソシギを確認。写真を撮った。
浜甲子園団地周辺では、ジョウビタキやメジロのアップの写真も撮れた。ジョギングコースが気持ちの良い甲子園浜。気持ちが良いから、たまには来なければいけない。 そう感じた。
2007/12/07のBlog
[ 22:13 ]
[ 今、心にひっかかること ]
私は塩瀬中学校の教師をしている。この学校は日本中の公立中学校が個性、独自性をどう出せるか?苦悶している時代に、はっきりした個性をもっている。それは
マラソンである。毎日、全校生徒はマラソン【と言っても15分程度】を走る。今年度も駅伝の阪神大会で男女とも1位になった。マラソンの塩瀬なのだ。陸上の顧問も優秀で情熱あるスタッフを集めているし、生徒も全校マラソンだけでなく、通常の部活の後も、希望者は走りを頑張る。まあ、走ることに徹した独特のカリキュラムを持っている学校なのだ。「義務教育なので別に学校に個性がなくても、校区に住む人は必ず来てくれるんだから、心配ないよ」そんな風に気楽に考えてすむ時代はもうそんなにないかもしれない。義務教育だって、生徒を集められなければ、つぶれる時代が来る。そんななかで塩瀬のように週時程で独特の教育課程つまりマラソンタイムを位置づけている学校は、個性を持っていて、地域の人々から愛される。私も30年、いろいろな中学校の教師をしてきて、そう実感する。
しかし、文科省の方針として5教科重視(これはそれ自体私は反対しない。簡単に成りすぎていた最近の理科教科書が残念で仕方なかった)によって授業時間が増えルことが決まっている。この方向でゆとりのない週時程になれば、個々の学校の独自性は発揮しにくくなるのではないか?そんな心配も出てくる。
塩瀬でいうと、5教科の学習に追われ、毎日マラソンを走る時間がとれないのでないかという心配である。「6時間目の後に走れば良いじゃないか」という意見もあるが、
8時5分スタートの学校で8時20分までが休息時間、8時20分から15時50分までが実働時間、15時50分から16時35分までの45分が休憩時間、16時35分から16時50分が休息時間、この休息時間は拘束されるし、勤務時間には変わりがないので、法的には16時50分までが勤務時間になる。これを逆に言うと、その後に全校で走り教師が指導するカリキュラムを編成することは、自由参加のクラブでないかぎり無理なのだ。つまり労働基準法によって超過勤務になり、処罰の対象になる。
マラソンの塩瀬という独自性、個性、つまり毎日、マラソンを走ることと、5教科の授業時間を確保すること、この両面を可能にするには、どのような工夫をすればいいのか、本当に悩むところである。教科学習の消化だけを考え、マラソンを無くせば、伝統や学校の個性がなくなり、生徒はやる気を無くし、学校の荒れにつながる可能性もある。
文科省の打ち出した新しい学習指導要領の方向と学校の独自性であるマラソンを続ける方向はどう歩みよらせばいいのか、しっかり考えねばならない。
マラソンである。毎日、全校生徒はマラソン【と言っても15分程度】を走る。今年度も駅伝の阪神大会で男女とも1位になった。マラソンの塩瀬なのだ。陸上の顧問も優秀で情熱あるスタッフを集めているし、生徒も全校マラソンだけでなく、通常の部活の後も、希望者は走りを頑張る。まあ、走ることに徹した独特のカリキュラムを持っている学校なのだ。「義務教育なので別に学校に個性がなくても、校区に住む人は必ず来てくれるんだから、心配ないよ」そんな風に気楽に考えてすむ時代はもうそんなにないかもしれない。義務教育だって、生徒を集められなければ、つぶれる時代が来る。そんななかで塩瀬のように週時程で独特の教育課程つまりマラソンタイムを位置づけている学校は、個性を持っていて、地域の人々から愛される。私も30年、いろいろな中学校の教師をしてきて、そう実感する。
しかし、文科省の方針として5教科重視(これはそれ自体私は反対しない。簡単に成りすぎていた最近の理科教科書が残念で仕方なかった)によって授業時間が増えルことが決まっている。この方向でゆとりのない週時程になれば、個々の学校の独自性は発揮しにくくなるのではないか?そんな心配も出てくる。
塩瀬でいうと、5教科の学習に追われ、毎日マラソンを走る時間がとれないのでないかという心配である。「6時間目の後に走れば良いじゃないか」という意見もあるが、
8時5分スタートの学校で8時20分までが休息時間、8時20分から15時50分までが実働時間、15時50分から16時35分までの45分が休憩時間、16時35分から16時50分が休息時間、この休息時間は拘束されるし、勤務時間には変わりがないので、法的には16時50分までが勤務時間になる。これを逆に言うと、その後に全校で走り教師が指導するカリキュラムを編成することは、自由参加のクラブでないかぎり無理なのだ。つまり労働基準法によって超過勤務になり、処罰の対象になる。
マラソンの塩瀬という独自性、個性、つまり毎日、マラソンを走ることと、5教科の授業時間を確保すること、この両面を可能にするには、どのような工夫をすればいいのか、本当に悩むところである。教科学習の消化だけを考え、マラソンを無くせば、伝統や学校の個性がなくなり、生徒はやる気を無くし、学校の荒れにつながる可能性もある。
文科省の打ち出した新しい学習指導要領の方向と学校の独自性であるマラソンを続ける方向はどう歩みよらせばいいのか、しっかり考えねばならない。
2007/12/04のBlog