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新、恋の行方
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2008/08/26のBlog
先日私の荷物が日本から届いた。身の回りの物一式だ。
家具は一つもない。ワインだけは持ってきたが、後の物は置いてきた。
段ボールで25箱の私物。「これはすべて君の洋服?」と聞かれ「うん」と答えたが
余りの多さに「信じられない」と言われた。

これでもバッグや靴は友達にあげたリ、古い服は捨てて来た。
1日かかってダンボールを捨てた。そしてどれを何処に仕舞うか私の得意の片づけが始まった。
最初は居るものと要らない物にわけて、収納庫に仕舞う物や、取り出しやすい所に仕舞う物の整理を。
そして普段使う物は、身の回りに。
彼の物も動かさなくては行けないが「何をしても良い」と言われているので色々してみる。

3日かかって全てが収まった。帰って来た彼は「あの荷物は何処に行ったの?」とビックリ。
自分でもこんなに早く出来るとは思っていなかった。
部屋が綺麗に成ったので居心地が良く成った。
そして私の欲しい全てが揃ったから、尚更居心地が良く成った。

「今日から本当に此処が私の家ね?」と言いながら涙が出た。
帰る所が無く成ったという意味の涙だ。
男にすがって生きるなんて私の性格上出来ないが、今はそうするしかない!
先ずは英語の学校に行って完璧に話せないと仕事もないし、私自身いらいらする。

「ゆっくり決めなさい」と彼は言ってくれる。「仕事をしなくても良いし」と。
でも何もしないと自分自身が面白くないだろうと思う。
喧嘩もしたいし、何よりもっと深い話し合いが出来る様に成りたい。
今は優しさに包まれゆっくり時間が過ぎるのを経験して居る。
私の人生において新しい経験だ。そして本当の意味でのスタート時点に立っている。
毎日が飛ぶように過ぎ、そして朝がやってくる。
相変わらず「行ってらっしゃい」「お帰り」を言って出迎える。
彼はそんな生活が楽しいと言ってくれる。そしてまだ喧嘩は無い!

朝は「財布にお金は有る?」と聞いてくれる。
私と銀行にカードを作りに行ったが、ビザが無いと作れないと帰された。
そしてその足でアメリカ大使館にグリーンカードの申請に行った。いまから1か月前だ。

先週末彼の会社から電話で「連絡が有ったので書類を作りますから来て下さい」と言われた。
そして会社に行き書類を受け取り、会社と広報の方のサインを頂いた。
丁度、社員旅行中で、ほとんど人はいなかった。そこに彼が旅行から帰ってきて合流、3人でサインをした。
それを持って大使館でグリーンカードを貰った。

「銀行に行って君のカードを作るから」と言われた。
これで毎日現金を受け取らなくてもカードで買い物が出来る。
平日は銀行に行けないので、週末に行くことを話し合った。
彼の友達からも「おめでとう」のメッセージが届いた。

でもただ1つだけ心の隅に引っかかって居るのが彼の離婚がまだ終わって居ない。
「信じて待ってくれ」と言われて待っているが弁護士とのやり取りも最近は無い。
「出張が続いたから」と言うが、そんなのは言い訳に成らない!
何が彼を引き留めて居るのか?お金を払いたくないだけなのか?それともこのままでいいと?

「もし今私に何かあったら、貴方はどこのだれに連絡するの?」と聞いたら黙ってしまった。
「君の家族の連絡先を教えて欲しい。僕の家族も教えるから!」と言うが、彼の身に何かあったら
ワイフに連絡が言って私には何も来ないと思う。これが本当だろう。

本当の幸せは何時訪れるのか?紙一重の幸せの中にる。
2008/08/14のBlog
「ねえ!こっちに来て」といって手招きをしてシェルターの所に呼んだ。
重い鉄の扉を開くと、隅から段ボールが積んでありスキーや釣りの道具、沢山の靴が散乱して居た。
そして足を入れる場所が無かったのが、鉄製の棚を組み立てL字型に置くと隅から重い荷物は下の段に、
防寒用のコートなど此処では必要ないものは畳んで隅から重ねておいた。

靴はプラスティック製の12足置けるものを、1番上の棚に置き見えるようにした。
天井まで5センチと言う高さで収まった。「パーフェクト」と言う以外言葉が見つからないほどだ。
釣りの道具は底板を少し高くして、全てそこに転がして取り出しやすくした。
あれだけ足の踏み場もなかったとかろが半分以下に収まった。

それを見た彼は殆ど言葉を失ったかのように「Oh my god」を繰り返すだけ。
そして自分のものを1つ1つ確かめ「どうすればこんなことを思いつくの?」と聞いた。
重い本やドキュメントは組み立て箱に運びやすいように種訳して居れたので取り出しやすい。
そして問題の山の様な釣り竿、釣りのグッズ、プラスティックのケースに入れて並べてある。

目が点に成ったままそこから出ようとしなかった。
そして「本当に君は凄い、そして僕は世界一幸せ者だね」といった。
「Yes you are lucky man」と私も。
扉を閉めようとして、扉にマグネットのフックで帽子を掛けて居るのを見て又開けた。
「本当に凄い!何から何まで凄い」と。

「お腹は空いてないの?」と聞くと、思い出したように「すごくビールを飲みたかったんだ」と言った。
そして「乾杯しよう」と言って「お帰りなさい」「君のGood jobにかんぱい」と言って乾杯をする。
4日間離れて居ただけなのに「会いたかった」「私もよ」と2人で。
「でも本当に君はスーパーウーマンだよ」と又、収納の話に戻った。

「綺麗な部屋に帰れるし、お料理も、そして君も居る」と言って私の頬にキスをする。
このまま幸せな日が続く事を祈って私もお返しにキスをした。
エレベーターが止まり、彼が玄関のドアを開けた。
「ただいま」「お帰り」と言って長い長いハグをする。
インセンスを焚いていたので最初の言葉は「Good smells」だった。
部屋に入り最初にソファーに腰を掛けTVボードの下を見た彼が「Wow that's great」と
ただの棚だったので高さを測りボックスを入れて、チャンネルや、クーラーのリモコン、テーブルの上に何時も置きっ放しのアイテムがすべてそこに収まっている。

そして「食器を見せて」と言うのでキッチンに呼んで見せると「Wow beautiful」と。
フランス料理をも載せることが出来るほど料理に負けないゴージャスさが有る。
後、部屋の至る所にプラントを置いた。トイレの中が見違えるように華やかに成った。

そして私が1番欲しかったのは、モップ!どんな埃もキャッチ出来るものだ。
彼が買ってきたナイロンスポンジの付いたのは捨ててしまった。
もちろん彼に買い替えていいかを聞いて捨てることも了解済の上でだが。
そして説明しながら使って見せると「モップなんて聞かなくて良いから欲しいものは買えば良いよ」と言うが
これがそんな安物では無く彼が買ったのを捨てることも含め聞かないではいれなかった

そんな私に「君の好きな通りにして良いから心配しないで」と言う。
クロ-ゼットの中は隙間なく天井からもカギフックをつるして収納できるようにした。
狭い家に住む日本人の知恵が私にも身に付いている、と言うか私は空間処理能力に優れている。
これは生まれ持ったもので、性格も災いして、整理整頓の鬼とまで言われた。

全てが綺麗に整っている部屋を見渡した彼はもう「Wow」と言うしかなくなり口が塞がらない。
いよいよ問題の収納庫だ。3畳ばかりのセメント張りの「シェルター」と呼ばれる此処が問題だった。

知らないうちに3週間が経っていた。喧嘩もないし、お互いを疑う事もない。
先週は4日間の出張で居なかった。私は彼から渡されたお金で、買わなければいけない物を買う。
欲しいものと必要なものに分けて、リストを作る。
必要なもので高いものは彼に相談する。今までの人生で買いたい物を人に聞くなんて初めての経験だ。

夜はビジネスディナーが毎日有り、その後なので11時頃に電話が有る。
「今日1日寂しくなかった?」と聞いてくれる。先日も彼から「友達を作れば?」と言われたが却下した。
彼も「自分が側にいて上げられないのが悲しい」と言ってくれる。
私も寂しいが、買い物は結構体力がいるし、時間もかかる。彼がいないから出来るようなものだ。

「今日は食器を買ってきたの!それも豪華な食器を・・・!」と言うと「お金は足りた?」と彼。
「足りないから自分で出した。だってどうしても欲しかったから」と言うと
「良いけど自分で出す必要ないのに、僕が帰ってからでは駄目だったの?」と
そうではないが自分でも此処で一緒に生活して居ると言う何かの形が欲しかった。

そして収納庫の中をすべて出して、買って会有った棚を組み立て、順番に置いて行く。
高さを測り、そのサイズに棚の高さも合わせて行く。
全て終わって汗だくのままプールでひと泳ぎした。そしてシャワーを浴びて収納庫を見た。

信じられない位綺麗に片付いている。これが私の趣味でもあるから気分が良い。
汚かった場所がどんどん綺麗に成っていく。此処に私の荷物が来たら収まるだろうか!
彼は収納庫を借りてあげると言っていたが、この様子だと何とか収まる方向に行きそうだ。
食器棚には新しい食器セット、収納庫は足の踏み場がなかったのが、ピタッとすべて収まった。

彼が帰って来る日に、夕食は必要かどうか尋ねた。毎日まずい物ばかり食べていると言ってたから。
「用意しておいて」と昼にメール。「今飛行場に着いたよ」とメール。「到着は7時だよ」とメール。
家に行く時間に合わせて食事をセットする。
「今タクシーに乗ったから」と電話が有った。部屋に入った途端なんて言うだろうか?
2008/08/07のBlog
初めての方はこれを読んでね。

私がこれを書き始めたのは、祖母からの
「願いは強く思えば叶うのよ」と言う言葉を思い出して。

この話は3年少し前から始まった。
2004年11月だったと思う。 タロットに行くと「今から出会う人が居る」と聞かされる。
 はっきり「欧米人!いやアメリカ人だはこのひとは」と先生が言う。
2005年4月 彼に出会う
2005年4月~2007年4月迄の日本滞在予定。
彼には2年間別居して居て其のままアメリカにおきざりにしている妻がいる。
2005年11月 タロットに再び行く。 「おめでとう この人が、運命の人よ」と言われる。
 「何も言わないで2年間我慢しなさい」と言われる。この間に大げんか4回くらい。
2006年6月 彼の滞在が1年延びて2008年4月までと言われる。彼が、延びた事を アメリカの妻に話すと「日本に行こうか?」と聞かれ「必要ない」と答える
2006年8月 彼の離婚の話し合いが始まる。
2006年年末 彼には帰る家が無くなる。クリスマスも日本で私と2人で過ごす。

2007年3月 突然の別れが来る、私のエゴから。 タロットの先生は絶対に別れないと。この頃からタロットにどっぷりとはまってしまう。
2007年5月 今の会社が嫌に成った彼は新しい仕事を探し始めるがオファーは無い。
2007年6月 彼に新しい出会いが。先生は彼女では無い、心の隙間を埋めてるだけと。
別れてからも、月に1度は私に食事やゴルフを誘って来る。
2007年7月 タロットで9月に復活すると。
2007年9月16日に彼とゴルフに行く。食事に行くと初めて行った店で2人の思い出の2曲が流れる。
 9月21日に彼女と切れる。「もう1度付き合って欲しい」と私に言うつもりだったと後で聞く。
 9月24日、彼が会社から11月にアメリカに帰るように言われ、私に言えなくなってしまう。
 9月29日、二人の気持ちが復活する。 タロットの先生が言った、「9月中」まで残り2日だった。

10月 殆ど毎日メールや電話。ウィークディーもディナーを一緒にしようと。
週末は、自分の予定(ジムとヘアカット)以外は私と過ごす。
10月半ば もう1度リクルーターに希望を伝え日本でしごとを探し始める。
降って湧いた様にオファーが来る。只日本滞在では無い。
会社が1か月延ばしても良いと言い出す。

11月 諦め切れない彼は リクルーターに掛け合う。
11月半ば パワーストーンを欲しいから買って来てと頼まれる。
会社から1月一杯まで日本に居て良いと言われる。

12月 金曜の夜から日曜までは毎日私と会って居る。
12月21日夜から25日まで彼の家にずっと居る。クリスマスを過ごすため。
一緒に新しいパワーストーンを買いに行く。

1月1週目 彼の友達から25日で移動を知らされる。会社も新しい会社に変えアジアの国になる。
1月6日 なにも知らされて居なかった。「私をどうするつもりだったの、別れましょう」と言って帰って来る。
1時間後に電話があって、もう少し時間が欲しいと言われる。
1月7日 「一生君を守って行く、付いて来て欲しい、会って直ぐ話がしたい」と電話。そして会う。
1月27日 彼が、日本を去るまでの間、毎日会っていた。1時間でも2時間でも。

2月9日 部屋を探すために私も渡航、2人で部屋探し。
2月18日 新しい会社で仕事始め。
3月 家具が入りコンテナから荷物が運ばれ部屋が落ち着かないから来て欲しいと彼から電話
 渡航して部屋の片付けをして帰ってくる。
4月29日 10日間の出張を終え帰国する彼と同じ日に私も行く。ゴールデンウィークは彼と過ごす。

これが今迄の流れです。「彼を帰さないで」「別れたくない」が今年に入り、「付いて来て欲しい」と言われ、彼が弁護士を付け離婚話を始めると言う「2か月掛らないだろう」と。
4月に全てがあたらしく始まるだろうと、言ってたが結局毎月長期の出張が入り、落ち着かなくて、
まだ弁護士を決めていなかった。やっと5月半ばに成って弁護士が決まり動き始めた。

そして7月私の方が先に離婚をして、彼の元にやって来た。
2週間が過ぎた。喧嘩もなく順調にきた。そして週末はまたゴルフに行った。
スコアが悪いと彼は機嫌が悪くなったりさまざまだったが、今は泣き真似をする位余裕が有る。
夜、私ばかり話して居るので「何か話して?」と言ったが
「もともとお喋りでは無いし余り上手な事も言えないから」と言った。
それは百も承知だが、「たまには歯の浮くようなセリフを言ってみて」と言うと
「常に本心からそう思ってることしか言えないんだ」と
でも本当に「こうして一緒に居られる事が嬉しい」と言ってくれる。これ以上何を求めるのか?

心配が有るとすれば彼の離婚の事だ。
夜「ワイフからメールが入ってろ。何の用だろう?」と言ったのが気に成った。
双方の弁護士を通して話し合いを進めて居る筈なのに「何の用だろう」と言う言葉がおかしい。又止まってしまっているのか?もうこれ以上考えたくない。

楽しくロマンティックな夜をすごし、家に帰る。
疲れているのは解るが「疲れた~」しか言わない彼に少し腹が立った。
ワイフからの電話の後、「疲れた」の連発だったから。

気を取り直して彼とは別の部屋で違う事を始めると「大丈夫?」と聞きにくる。
「うん、平気。」とだけ言う。
こんな心配何時まで続くんだろうか?いい加減に嫌に成る。

「明日は仕事だから、もう寝よう」と言いにきた。
ベッドに入るが私は眠れない。早く何の心配もなく笑える日が来ることを望む
2008/07/31のBlog
一緒に住むに当たって「君は働かなくてもどっちでも良いよ」と言われていたが
「いずれ働くけど、最初は食事を作って、お帰りなさいを言いたい」と言っていた。
その通り今日も「行ってらっしゃい」と送り出し「おかえりなさい」を言った。
会社を出る時に電話が有るが、大体15分位で着くので支度をして待っている。

エレベーターが開くとそこが玄間だ。「お帰り~」と開けて待つ。
本当に嬉しそうな顔で「ただいま~」と。それが何よりの幸せと言ってくれる。
食後の片付けは彼がするので私はリビングのテーブルにお酒を用意して待つ。

「今日で此処に来て1週間過ぎたけど、どうだった?」と私から聞いた。
「昨夜それを考えながら君の顔を見てたんだ」と彼。
「実は来る前はかなり心配だったんだ。一緒に過ごすのも、3日間位は何度か有ったけど、今まで6年間
1人暮らしに慣れて居るから不安だった」と彼の口から本音が出た。

ワイフと2年の別居、そして日本に来て3年此処に来て又、1人で住んでいた。
それが6年ぶりに誰かと住んで、それも私にも帰る所が無い状態で「責任があるから」と言っていた。
「喧嘩したらどうしよう?色々考えていたら怖く成って来た、だから嬉しいのも有ったが、不安も大きかった。
だから自分でもどうしていいか解らなかった。 でも今は全く心配がなくなったよ」とかれ。

私も同じ思いだった「じゃあ私達は一生やって行けるね?」と言うと
「それはまだ早い」と言って笑った。その通りだが、私は1週間が一区切りだった。
このまま1か月は大丈夫だろうと思えたから。それに彼の眼は私しか見て居ないのが解る。
2人で「おめでとう」って乾杯をした。何がおめでとうか解らないが、お祝いをしたかった。

このままずっとこのまま仲良く出来ますようにと祈りを込めて・・・
日曜はゴルフだ。朝彼より早く起きておにぎりを作った。
ゴルフの時の好例で何時もおにぎりを持っていく。
ゴルフ場までは何時もどちらかが運転して居たが、今はしなくて良い。
1時間の間2人で話が出来る、以前なら沢山話す事が有ったのに、一緒に住んでいるとそんなに無い。
と言うか何を考えて、今何が欲しいかが解ってしまう。

私がやたら水を飲まないのを知ってる彼はペットボトルを1本だけ買って、先に私に差し出す。
ほんの1口含んだだけで彼に返す。彼は一気に飲み干す。そして「お腹が空いたね」と同時に。

時々、朝起きて直ぐにトレーニングに行く。「先に食べてていいよ」と言われるが、食べてしまうと彼の
食事に付き合えなく全ての時間が狂ってしまう。それが嫌で待って居るが、暮らすってこういう事だと思う。
ランチも同じ時間だしディナーも同じようにお腹がすく。

ゴルフ場に着くと、キャディーが皆がずっと私を見て居た。
なんてでかい女何だろうと思ったのか?それとも女性のゴルファーが余り居ないからか?
日本と違いどちらかと言うと、仕事より男性のお世話をしているキャディーが多い。
と言うか、ゴルフをしている人殆どが地元の人間では無い。リゾート地だからなのか?

彼は「スタートルームの人が綺麗な人ですねって言うんだよ」と嬉しそうに言う。
「此処には何度くらい来たの?」と聞くと「今日で4度目!」と彼。
「キャディーが顔を覚えてくれて居るから」と嬉しそうに言う。
日本では私の知って居る所ばかりで、自分が連れて行って貰ってる雰囲気だったから。

今日は彼も真剣では無く本当にリラックスして言い争う事も緊張もない。
このままこうして時が流れて行くのだろうか・・・
私も不思議な事に何の心配もしなくなった。(信じるってこういう事なんだろう)と思える
帰りに食事を済ませたので家に着いたら何もする事がなく、今日1日を振り返り話しをする。

「疲れた~」と彼。「私はさほど疲れてはいない」と言いながら、リビングのソファーで寝てしまう。
ふと眼を開けると彼が「おはよう」と言っている。「明日は仕事だからもう寝よう」と彼。
心の中で(良かった~やっと寝れる)と急いでベッドに行く。
何も考えることなく、1分もしないうちに眠ったようだ。

2008/07/29のBlog
週末は彼の親友の家で私の為のパーティーが開かれた。
家はまだ片付いていないし、狭いと言う理由から、DとR カップルの家に成った。
この二人は婚約をしていて、10月にバリで挙式をあげる。
もちろん私達も参加するためにチケット、ホテルも押さえて居る。
Dは只今無職でもっぱら主夫をしているが、兎に角料理が上手で、今回はチリソースとビスケット、
そして私のためにシフォンケーキを焼いてくれ生クリームのコーティングは日の丸だった。

家は古くて広いメゾネットタイプで、GFのRの趣味かアジアンテイストの家具が多い。
そしてすべて大きくてゆったりとしている。此処は此処で凄く心地いい空間だった。
彼がこの街に赴任してから友達に成った家族が来てくれてパーティーをしてくれた。
来てくれた友人全て以前に来た時に会ったことのある人達ばかりなので「お久しぶり」と言う言葉だった

全員が「待って居たのよ」「彼がとっても嬉しそう」「来てくれて有難う」フレンドリーな言葉ばかりだった。
ただ一人だけ「子供は如何してる?」と私に聞いた。
その時ばかりは私も言葉に詰まってしまったが「問題ありません」と答えた。
と言うのも、先日娘からのメールがあまりにもDRYだったのでビックリしたところだったから。

最初はビールで乾杯をして、それぞれ持ち寄った料理と、Dの素晴らしく美味しいチリソース、
そしてチーズのビスケット(スコーンに似た物)どれもこれも美味しかった。
彼は私を一人にする事なく常に見ていてくれ「Darling what do you want?」とまるで親ツバメの様に
私にいろいろな物をサーブしてくれる。(こんな人だったっけ)と思う位優しい。

最後は、シフォンケーキだ。Dが私に「カットして」と言うのでナイフを持ったら彼が一緒に持った。
まるでウェディングのケーキカットの様に。一瞬ドキッとしたが、2人絵ナイフを入れた。食べて飲んで4時間が過ぎた。此処は町から少し外れて居るので、タクシーを呼んでもらわないといけない

本当に幸せな時間のまま家に帰った。タクシーの中でなんども「大丈夫」と聞く彼に
「It's OK. I'm so happy with you」と答えた。
これがずっとずっと続きますようにと願わずにはいられなかった。
2008/07/25のBlog
賛否両論の幕開けが始まった。
今、私が過ごしやすく出来るようにと「何でも聞かなくて良いから自分の思うとおりにして良いよ」と彼。
何を買っても良いからとお金を置いて行った。

昨日は休みを取って、銀行に連れて行ってくれた。自分の口座を一緒に使えるようにと。
でもビザが無い私は口座を開く事が出来なかった。
今度は携帯を買いに行った。連絡取るのに便利なようにと。
「今までので良いじゃない」と言ったが出張の多い彼は、私の携帯に掛けると、何処から掛けても
日本経由で繋がるから、きっと高いだろうと、同じ会社のを持てば幾らかは…と言うが。

そして大使館に連れて行き、自分はビジネスパスを持っているから、彼女にも!と頼んでくれた。
これは前から調べて居たが「Common-law」というビザが有るらしい。「日本で言う内縁の妻」の様な物
ビジネスマンの位にもよるらしいが、所在がはっきりしてれば取れるらしい。

大使館で右手をあげて宣誓をした。「私と彼女は3年間のリレーションシップが有り、自分の責任において
金銭面、住居、全ての責任を持ちます」と書いた紙と共に。
そして認証してくれた。これを持って会社に行き、スポンサーである会社からビザ申請を行って貰う。
一連の流れを見ていて、彼は自分の責任において全てを見ると言ってくれた。

私は「自分で買いたい物を買えないのが嫌だから、仕事をしたい」と言ったが、このビザでは仕事が出来ない
かれは「自分の健康管理と日本語の先生に成って欲しい」と、これが私の仕事だと言った。

反対に妹は、私の離婚を隠して居るのに、余りにも私が浮かれて居ると言って電話が有った。
何を言っても話が通じず「何時帰ってくるの?」「エッツ帰らないよ」「何言ってんの?」「だって・・・」と
未だに「結婚するわけでもない男に着いて行くなんてもっての外」と言って帰るように勧める。
波乱万丈の幕開けだった。
2008/07/24のBlog
バッグがなかなか来ない。彼が後ろで見て居る視線は痛いほど感じる。
振り返ることなく(最初なんて言えば良いんだろうか?)と考えながら荷物を待っていた。
私の大きなバッグが見えた。バッグを持つ手は重さを感じなかった。
キャリーに乗せドアが開き、彼が言ったのは「お帰りなさい」だった。

私は「来ちゃった!全て捨てて」と。「今から此処が君の住む所だから」と彼。
優しくきつくハグをして「今私の顔を見ないでね」と言って笑いを誘う。
歩きながら話をした。
タクシーを待つ列に並んで、もう1度「おかえりなさい」と言う彼。「ただいま」と言う私の眼に又涙が。

無くした物の大きさと、得た物ははかりでは測りきれない。
でも私の心の隙間、気が狂う寸前だった私に光を与えてくれたのも事実だ。

このブログの初めの主旨は「彼と離れない様に神に祈るため」だった。
これを書く事によって、知らない誰かも一緒に祈ってくれるかも?寂しさも紛らわせるかも?だった。
こんなに波乱万丈の3年3か月を乗り越え、今結プロポーズは受けて居ない物の一緒に成る事が出来た。
これは事実であり、今もし同じように悩んでいる人がいるなら、励みになればと思っています。

「恋の行方」という題名で行くなら、これが最後。一緒に住めることが出来ました、離れることなく。
でもこれからも又、何かと喧嘩有り、笑いあり、涙あり、続く事だと思います。
自分で自分を見直すためにも時々読み返し、その時の事を振り返りながらもっと自分を磨くために
何をどうすれば良いか?問いかけて行きたい!と・・・・。

今日が実は始まりだったり・・・。
1晩開けて、周りには日本語を話せる人が1人もいなく、彼は仕事。
私の第2の人生は異国の地で波乱万丈の幕を開けようとしている。

搭乗時間に成った。1時間かけて、1番の親友だったY子さんとRちゃんにメールで離婚した事を知らせた
今まで言えなかったのは!番の親友だったY子さんに途中から彼の事を反対され、Y子さんの子供の
家庭教師として紹介した、友達以上姉妹未満のR子までが一緒に成って非難を始めたからだった。
メールの返事、内容は期待できないと言うより返信を読むのが怖い位。

N子にもお礼のメールを送った。悲しい話はやめにして「遊びに来てね」と送ったが涙が止まらなかった。
飛行機に乗った私の元に、N子、E、M子、Mさんそして彼の友達のMからもメールが入った。
急いで読むと電源を切った。
どれだけ泣いたのか、隣の人に見られない様に窓の外を向いて、ティッシュを離せなかった。

食事の前にワインを飲み、食後そのまま寝てしまった。頭を下げて寝たのがいけなかったのか?
起きてびっくり、目がパンパンに張れている。こんな顔は見せられない。到着まで2時間。
トイレに立って、目を洗ったが、基には戻らない。その上マスカラがはげれて目の周りは真っ黒。

到着前に化粧をしようと、朝からマスカラだけで化粧はしていなかったす化粧落としも待って居ない。
今までにない満面の笑みを浮かべて再開することを望んでいたのに、最悪の顔で・・・。
マッサージをして目の周りのむくみを取り、と思ったがお酒が多過ぎたのか泣いたのがいけなかったか
仕方なく腫れた目のままで化粧をした。今までにない変な顔だ。

窓から飛行場の明かりが目に飛び込んだ。空港の回りの道路が見えた。
あの中のどれかのタクシーに乗って?まだ着いていない?それとも?「早く会いたい」と。
「ただ今空港に到着いたしました」のアナウンスが流れた、もう此処まで来たからには引き返せない。
覚悟を決めたら後は前進あるのみで、私は急に早足に成った。思ったより空いていて、待つ事もせず
入国審査を終えた。荷物は!と階段を下りるとそこにはもう彼が立っていて手を振って居た。
2008/07/23のBlog
昼はN子とランチをして「思い残す事はない?」と尋ねられた。
「一生帰って来ない訳でもないのに」といいながらも複雑な心境だった。
時間が余ったが、N子を長く束縛出来ないので、空港迄送ってもらう。
「私もどこかに飛んで行きたいわ」とN子。

離陸する迄3時間も有るが、N子にお別れを言った。「ありが・・・・」言葉に成らない。
希望に満ちて行く筈だったのに、涙が止まらない。
2人で抱き合って泣いていた。本当にN子には何から何迄助けてもらった。
主人同士が知り合いという間で知り合って10年、そんなに何時もべったりではなかったが、
何時からか1番気の会う友達に成った。

何かを食べる訳でもなくただただぼーっとして上を向いていた。
考えるのは子供の事ばかり。でもきっと妹を守ってくれる。
もし彼が居なかったら、と考えると怖くなった。
3年少し前、狂った様にお酒を飲んでいた私は、このままだとアル中に成るか、ビルの上から飛び降りる
かもと思うくらい沈んでいたと言うか普通の精神状態では無かった。
そこに彼が現れ、こういう展開に成ったが、何ヶ月か前に思いもよらない事件が起こった。

元主人の父の1周忌を私だけ教えてもらってなくて、旅行に行く予定を立て(帰ったら1周忌が有る)
と思っていたら子供から「何言ってるの?1週間早くなったのよ」と言われびっくりした。
その時、もう終わりだとおもった。

空港で走馬灯の塔に今迄の思い出が頭を過った。
止めるなら今だ、行くの?行かないの?ずっとずっと考えていた。
2008/07/22のBlog
朝の早い私は、先に起きてコンピューターで引越しの会社からの請求書を確かめて居た。
丁度その時彼から電話「おはようございます」と、とても疲れた声。
「Good morning」と言うが「どうしたの遊びすぎ?」反対に言われてしまった。
彼はやはり20時間近くかけて昨夜遅くに帰ったばかりだと言った。
「ジェットラグで眠れなかった」と言うが声のトーンは弾んでいた。

一昨日の事を聞かれ、パーティーの後の事からはなし、昨夜の事を話す。
「君は本当にいい友達に囲まれて幸せだね」と。
この離婚がなくてただのウエディングならこんな幸せはない位素晴らしい2晩だっただろう。
「本当に皆良い人達ばかリで」と彼に報告。
それぞれからもらったプレゼントを言うと「なぜ君の周りはそんなにプレゼントが好きなの?」と聞かれた。
そう言えばそうだが、私も大のプレゼント好きで(自分よりあの子に似合う)と思っただけで買ってしまう。

彼はもう1度フライトナンバーを訪ねた「00の何便よ」と言うと「僕の顔を覚えてる?」と
笑って「勿論」と言う私に「プラカードを持って立ってなくて良い」と尋ねる。
「Maybe I know your face」と。
2ヵ月半会わなかった事は今までなかった。

飛行機が日本を離れるまであと8時間そして彼に会えるまであと15時間となった。
本当に彼の元に・・・今となっては不思議でしょうがない。
「本当に神様がいるなら」と願っていた事が大昔の事のように感じる

「今から部屋を掃除しないと、空港で待ってるから気を付けて 皆にもお別れを言って、後少しで
会えるから・・・I love you so much」と電話を切った。
又乾杯をして夜景を見ながら飲むワインは格別だった。
Eとはリッツのバーででさようならをして私達は遊びに出た。
N子も私も疲れて居たがPが帰りたくないみたいだ。

Pの仕事は重要なポストに有る為、誰とでも付き合えない。それに日本人ではないので友達もいない。
人を介して私と知り合った時、最初は話しもせずにいたが、3回4回と回を重ねどんどん仲良く成った
私はその人のいい所を探し、褒めるのが好きだ。Pはとても綺麗なのに自信がなく、「仕事が生きがいだった」と言う位離婚後は男性にも見向きもせず突っ走って来た。今に成って外に出かける様に成ったらしい。

そんな訳で私と離れたくないようだ。結局2軒行って、2時を回るかと言うときお別れをした。
抱き合って「すぐ会えるよ」と言ってさようならをしたが、タクシーに乗るまで見送る私たちを
1度も振り返ることなく帰って行った。
N子は「泣いていたから振り返れなかったんだよきっと」と言った。

「今度集まる時はPも仲間に入れてあげてね?」とN子に頼んだ。
「勿論よ!日本語を話せないから、私のいい先生に成るわねきっと」とN子
2人で夜道をブラブラ歩いてホテルまで帰る。

シャワーを浴びて「ちょっとお腹空いたね」と言いながらも、いつの間にか寝てしまった
ホテルでN子とくつろいでいると、友達からのメールが相次いだ。
M子ちゃんは「昨夜のお写真出来ましたので持って行きたいんですが、今夜は何処で食事を?」と。
Pは「一緒に食事をしたいので、何処に居るか教えてください」と。
Eは「夜、食後に少し会えませんか?」だった。

私とN子でM子さんから貰ったシャンパンで乾杯をして食事に出る。
2人で決めた店に入りそこから皆にメールをした。
N子が驚いたのは、私を中心に集まった友人たちだ。
それぞれ年も違うし、環境も全て違う、それに個性的で余り大勢で騒ぐと言う感じでは無い人ばかり
それが集まりどうなる事かと思ったら「このメンバーでたまにお食事なんかいかがですか?」だったらしい

私に「本当に素晴らしいお友達が多くビックリしたわ!」と言った。
考えても可笑しい、自分の生活をさらけ出せない大金持ちや、ご主人が有名な方、大会社の社長、
有名なスポーツプレイヤーのご主人、良くこれだけ・・・と思う多種多様のグループだった。
レストランを予約したN子にもお店の方が「これだけ綺麗な人が集まるのはどういう?」と聞いたらしい
持ち物も凄い、普通では買えないジュエリーウォッチをしているので皆で見せ合いをしていた
「心から楽しんでいるのが解り嬉しかった~」とN子

M子ちゃんは来てすぐに帰りPとEの4人で普通ではいけないようなホテルのバーに行く。
Eのご主人が予約してご馳走してくれると言う。
そのホテルのアパートメントに住んでいて行きつけで、直ぐにソムリエが来て「お伺いしています」と
言って全員に好みの味を聞き、1本のワインを持って来てくれた。
そこでまた「おめでとう」が始まった。
2008/07/21のBlog
引越しの朝Y子が手伝いに来る。
9時から始まった作業は淡々と進んでいく中、娘が様子を見にくる。
作業は2時間で終わる。そこにN子が車で来てくれた。

娘の部屋に行くと「行かないで」と泣かれる。もちろん結果は解って居た。
「離婚ってこういう物よ」と。最初、この日を選んだのは、娘が留学先に帰った後だからだった。
それを何も考えない元旦那がチケットを送り娘が帰ってきてしまった。
そして娘も「私はこの家に住む」と言った。
泣きながら私に手紙を渡し、兄の部屋に駆け込む娘。

玄関で待っている友達に手伝ってもらい手持ちの荷物を積み込む。
Y子は此処で「さようなら」を言って帰ってしまった。そこに別のY子ちゃんから「会いたいんですけど」と電話
「もう家を出て、表参道で待っているから」と。彼女をピックアップして食事に行く。

悲しい訳ない、でも考えれば考えるほど泣けてくる。手紙は読むことが出来ない。
食事中に「恋愛の師匠Nちゃん」から「今何処にる?今から行くから?」と電話が。
4人で2時間いろいろと話をする。
面白いのは昨夜も今日も顔見知りの親友はいない。私を中心にして集まった仲間だ。

「もう少し時間が有るので買い物しない?」と「私も丁度帽子が欲しいから」とショッピングに。Nちゃんが帰り、Y子ちゃんも帰る。
残された私とN子は何時も遊んでいる町のど真ん中にある予約をして置いたホテルに向かった。
チェックインをして、ベッドに座り「楽しい~」と。
2008/07/20のBlog
朝何時もよりゆっくり起きた。シャワーを浴びて昨夜の事を思い出した。
2次会3次会と流れ、又Gさんのご主人に支払ってもらった。
「絶対に割り勘にして~」と言う私達に「主人が勝手にいいワインを頼んだんだから」と言うGさん。
内緒でお店の人に幾らか聞いた「全部で95000-です」と1人1万払っても足りない。

結局「2000-ずつで良い」とGさん。「本当は頂くつもりはないけれど・・」と言いながら
そこが彼女の賢さだ。申し「本当に美味しいワインだわ」とみんな何度も連発するくらい。
Eも凄い生活をしていて、外食の度に素晴らしいワインを飲んで居る筈なのに。
1週間前は野球を見るためNYまで行ってきた位だ。
そして私が何をしたか忘れたが「お礼をしたいから」と連れて行かれたお寿司屋はメンバー制だった。

Mみさんはご主人とは上手く行っていないと言いながら、会社からハーバード大学に夫婦そろって
留学させてもらい、数々の資格を取って来た才女だ。そしてそれを自慢しない奥ゆかしさ。
こうして1人1人見ていると本当に素晴らしい友人に囲まれて居た事に改めて気付く。

M子ちゃんは唯一の20代なのに、この切磋琢磨人生を生きてきたおばさんの中で話しが出来る。
馬が好きで競走馬を持っているからEとも話が合った。Eも2.3頭持っている。
「親友の中に競走馬を持っている人間がいる私もすごいね~」と言いながら。

N子は明日の引っ越しから空港までずっと共にしてくれる。
何時から仲良く成ったか忘れたが、年2回開かれるパーティーの席で顔を会わせながらも話さなかった
ホームパーティーと言いながら50人以上集まるパーティーだ。そこで私から声を掛けた「一緒に飲もう」と
皆で自己紹介の時「何時も声を掛けていただいて嬉しかった~」と言っていた。

そのパーティーは来るメンバーがすごくて、野球選手、KI、サッカー選手、ユーミンも有った事が有る
ちゃっかり私は横に座り「真夏の夜の夢」を歌ってもらった。
皆と離れるのが寂しく成って来た。
後36時間です。
友達が集まりパーティーを開いてくれた。家からドンペリを持ち込み乾杯した。
皆それぞれ知らない人がいる。私を中心に集まった仲間だが、あっという間に仲良く成った。
そしてそれぞれ「本当に良い人ね~」とお互いに話して居る。
食事を終わろうかと言う時にふと携帯を見ると光っている。彼から2回も電話が入っている。
時間は5時半。きっと起きてくれたのだろうか?電話をした。
「もしもし、寝てる?」「うん寝てた!」「電話くれた?」「うん」

私の為に起きて電話をくれた、それだけで嬉しかった!
「ちょっと待って」と言ってEに変わった。
Eとは私達が付き合い始めて2ヶ月目位に、「英語の先生よ~」と紹介して有った。
余り深く詮索しないEはそれを信じていたらしい。ちょうど別れた時「実はあの時の」と事実を話した。

次にM子に変わった。M子はよく知っているので「久し振り~」と話してる。
Mみさんは面識もなく、彼の事を言ったのも結構後に成ってからだった。でも綺麗な流暢な英語で
「はじめまして、お休みの所・・・」といかにもMみさんらしい口調で話して居る。
次はGさん。Gさんはご主人も知ってる中なので、結構長々話して居た

電話を切った後で「僕は彼女を一生守っていくし、幸せにして見せる」と言ってたよ」と言われた。
「これってお嫁に行く時の言葉だよ、素敵~」とGさん
「良いな~」と周りのみんな。
それぞれから溜息や「羨ましい~」と言う声が漏れる。
「離婚をして落ち込んでいるどころか永遠の愛を誓った二人の様だわ」と言われた。

最後は私に変わった「Baby enjoy with your friends, I need sleep」そうだった。
(彼は皆に有難うを言う為にわざわざ起きてくれたんだ)「ごめんね、お休みなさい」と
後少し寝たら、彼は帰るための準備をしないといけない!
「Thank you calling have a good night love you」と言った。
彼からの言葉は「エアポートで待ってる、君を抱きしめキスするために。凄くエキサイトして居るよ
気を付けて、そして皆と思いっきり楽しんで」と電話に向かってキスをする私に皆が

「は~」と言う溜息。本当に彼の元に行くんだ。まだ実感がないがみんな「羨ましい~」を連発。
あと45時間で日本を離れる。不安の方が大きいがこの彼の態度を見て安心した。

後45時間。
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