Blog
2007/12/21のBlog
[ 17:25 ]
[ あやべの文化財 ]
志賀の七不思議の一つ、西方町の藤波神社の白藤
志賀の七不思議その縁起
今からおよそ1400年前の崇峻天皇の頃、大和朝廷は国の中心勢力を固めるため、金丸親王を遣わし、丹波の国々の地方豪族を征伐することになりました。すさまじい戦いに悪戦苦闘の末、ようやく丹波の国々を平定した金丸親王はおおいに喜び、これ一重に神仏のおかげによるものと、丹波の国々に七仏薬師如来を納め、国家の安泰を祈りました。
また志賀の里の「藤波」「金宮」「若宮」「諏訪」「向田:後の篠田」の五つの社を厚く信仰されたということです。
親王の子孫、金里宰相は、この五社の大明神に千日参りをされ、これを記念して藤波大明神には「藤」金宮大明神には「茗荷」若宮大明神には「萩」諏訪大明神には「柿」向田大明神には「竹」をお手植えされ、国家の安泰と子孫の繁栄を祈願され、このことを大和朝廷に報告されました。
志賀の七不思議その縁起
今からおよそ1400年前の崇峻天皇の頃、大和朝廷は国の中心勢力を固めるため、金丸親王を遣わし、丹波の国々の地方豪族を征伐することになりました。すさまじい戦いに悪戦苦闘の末、ようやく丹波の国々を平定した金丸親王はおおいに喜び、これ一重に神仏のおかげによるものと、丹波の国々に七仏薬師如来を納め、国家の安泰を祈りました。
また志賀の里の「藤波」「金宮」「若宮」「諏訪」「向田:後の篠田」の五つの社を厚く信仰されたということです。
親王の子孫、金里宰相は、この五社の大明神に千日参りをされ、これを記念して藤波大明神には「藤」金宮大明神には「茗荷」若宮大明神には「萩」諏訪大明神には「柿」向田大明神には「竹」をお手植えされ、国家の安泰と子孫の繁栄を祈願され、このことを大和朝廷に報告されました。
[ 17:17 ]
[ あやべの文化財 ]
藤棚は大賀ハス田の丁度上部に位置している。
2007/12/20のBlog
[ 14:51 ]
[ あやべの文化財 ]
残雪残る国宝・二王門を持つ真言宗の君尾山光明寺では、例年4月18日11時から「大般若心経法要」が行われる。光明寺本堂で住職の楳林誠雄師が、最初の1巻と最後の600巻を読み、残りの598巻は市内の僧侶たちが展読する。
[ 14:41 ]
[ あやべの文化財 ]
09;40から子供神輿が出発ですが、大槻正明宮司、今修業中の塩見さん(白い服装、でなんと小生の長男がホテル綾部で結婚したさい、綾部高等学校のカルテットのバンド演奏してくれ彼女達のひとりでした。)そして、神社総代さんで、バックに「子供神輿」一行が高津中を練り歩きます。
高津八幡宮の詳細はここをクリック願います
高津八幡宮の詳細はここをクリック願います
[ 13:03 ]
[ あやべの文化財だより ]
[ 09:52 ]
[ あやべの文化財 ]
「足利尊氏公生誕、産湯の井」、ここで産湯を使った。カメラを構えて待機したが、止まることもせず、何の所作もなく通り過ぎた。おいおいどうなってるんだっ!
俗物根性:なべちゃんの空想(笑い)
尊氏:「おかあさん、僕を生んでくれてありがとう」
清子:「おうおう、こんなに大きく立派になって」
ふたり抱き合う。
尊氏:「僕、足利将軍なんだ、弟の直義、妻の登子・・もいるよ」
一同:「産湯の井さん、ありがとう」
産湯の井に向かって一同合掌。
俗物根性:なべちゃんの空想(笑い)
尊氏:「おかあさん、僕を生んでくれてありがとう」
清子:「おうおう、こんなに大きく立派になって」
ふたり抱き合う。
尊氏:「僕、足利将軍なんだ、弟の直義、妻の登子・・もいるよ」
一同:「産湯の井さん、ありがとう」
産湯の井に向かって一同合掌。
[ 09:49 ]
[ あやべの文化財 ]
好天気の日曜日、「福田神社」鳥居前を元気な地元若者に担がれた神輿が出発した。子供の旗行列、子供の曳く子供太鼓、子供神輿などの行列が先に立った。丘の段など広大な町内を一周した後、岡町の「木祖殿神社」の神輿一行と前後して岡町を巡行、
[ 09:46 ]
[ あやべの文化財 ]
風邪が少し治まったので福田神社の宵宮風景を取材してきた。地元の手作りの屋台店が並び、人出で随分賑やかだった。「喜楽焼き」というのを買って帰った。明日の出動に備えて祭壇前に神輿が飾られ照明を浴びて、きらびやかだった。大島宮司様の所在を聞くと、近在のお宮様の方へお出かけ中とか、明日の祭礼の予定(取材時間)を聞いてきた。帰りに岡町の女神さん?の前を通ると、こちらも祭礼で賑やかだった。
明日の神輿で両神社の神輿が、馬場で出会う仕組みだそうである。
福田神社宵宮風景1~3
福田神社宵宮風景1~3