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きょうちゃん 朝 起きたら太陽を拝み ふらふらせん と やらにゃ~ 日が暮れたら寝せい
Blog
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2008/05/10のBlog
美 辞<ビュジュ>アルで・・・朝から、しとしとの雨・・・
AM:10時15分・・大阪学院大学 正門前
そのなん、知らんやん・・
プログは9時45分頃まで、「ただいま混んでいます・・め<めです/むっと来ています/切れかかっています>」・・ムカムカ・・
今、みてんねん・・ムカムカ・・お茶や・・500mlペット・・そこにあるでしょ
ポンチョで・・着 10:15分・・来たよ、
OKのパー<グー・チョキ・パーのパー> どこ屋<駐輪場>の・・北へ200m しと、しと雨・・何とか、カンとかで、北no2号館へ>
まじめ も まじめ A元さんのレジメ・講座資料3枚
1.基礎篇・・時間のスケール ・・「昔」といっても程度いろいろ
・「時間のテープ」で時間を長さに換算してみよう
10.000.000(10?年)・・・1cm
1億年(10の8乗)・・・・・・・・・10cm
10億年(10の9乗)・・・・・・・1m
地球の年齢(46億年)・・・・・4.6m
人類の出現(約200万年前)・・・2mm
エジプト・中国などの
古代文明(約500年前)・・・0.005mm
-自家製の布?製巻き尺をご披露で、ご説明-
2.地底にひろがる自然環境への誘い
地質模型と絵で語る吹田の自然史物語
その解明に貢献した千里丘陵
・近畿地方の自然環境=地形に大きく支配される人間活動
-LANDSATから見る・・大阪湾を中心に、大阪・兵庫の南部・・映像-
大阪湾とその周辺の地質構造
皮覆層をつくる地層
・大阪層群の研究史と「アズキ火山灰層」
どこから来たアズキ火山灰=その生い立ちは?
関係舎の協力によってできたアズキ火山灰層観察スポット
足元の地下に広がる自然環境にも関心を
3.「吹田学」自然史シリーズ資料 吹田の自然環境の変遷
模型と絵で語る講演会「縄文の海」吹田付近
4.オマケ
東部拠点開発のコンペ作品の発表

まとめ
すばらしい教室・自作の模型・知が爆発!! 
・・・・・・・
1時間40分

ビデオ撮影 2本
No. 1 園名石と良盛和尚の歌石ふみは
園名石背面、良盛和尚の歌 高さ:120cm 巾:63cm

千里石ふみの丘 石ふみは鏡ならねど ことの葉に 向えばうつる ありし世の影 
吹田市長 榎原一夫 書
歌碑の言の葉(言葉、和歌:ここでは師の良寛禅師の歌)に向かうと、(師の)生前の姿が見えるようだ

歌の作者:僧 良盛、新潟県燕市にある国上寺の住職(生没年不詳)、良寛(1758-1832年)の弟子

安政五年(1858年)新潟県燕市分水町の乙子神社境内に良寛の詩歌碑(しいかひ)が建てられ、良寛の追悼会(ついとうえ)が催されました。

この歌は追悼会の席上で良盛が詠んだものですが、この時の詩歌碑の意義を遺憾なく表現したと言われます。

千里南公園の小高い箇所は、詩歌碑が多数寄贈※された時に、「石ぶみの丘」と名付けられましたが、公園入り口に置く歌碑にはこの歌がふさわとして選ばれました。

いしぶみ
石ぶみ: 碑 、石ふみの丘は、詩歌碑の丘の意味

※ 詩歌碑は昭和57年に8基、62年に6基が寄贈され、 後に「君がため」の1基が増えて、現在は計15基

参考図書 石の声・碑の語り 吹田市・広報課
 千里南公園 緑化公園事務所(現 緑化公園室)


:


設置場所
採拓 No.2
これは、テストです。
No2の万葉歌碑 石走る(いわばしる


出来るだけ、早く 「ヤリかえ」します。
[ 07:34 ] [ 名神高速道路 ]
名神
2008年5月10日、7:30:34
上り

ひとヒト雨
新緑冷 15度cか
東風



名神
下り

5月の天候は
五月晴とメイ・ストーム
-嵐のくることも-
紫陽花

名神
おさらい・お勉強 8
名神高速道路
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

接続高速道路

名古屋高速道路16号一宮線
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
名古屋高速道路16号一宮線(なごやこうそくどうろ16ごういちのみやせん)は、愛知県清須市の清洲JCTから、名神高速道路一宮ICを経て一宮市緑へ至る名古屋高速道路の路線である。
全線が国道22号路線上の高架構造である。

道路法上は愛知県道449号高速清洲一宮線となっている。この道路は、地域高規格道路の名岐道路として計画され、一宮中入口より岐阜方向に延伸できる構造になっている(時期未定)。

開通当初は名古屋市都心部から16号一宮線に行く場合は名古屋高速道路1号楠線または名古屋高速道路5号万場線、東名阪自動車道を経由しなければならなかったが、2007年12月9日に名古屋高速道路6号清須線が開通したことにより名古屋市から一宮市まで短時間で結ばれることになった。

路線番号
16

[編集] 路線データ
起点:愛知県清須市朝日
終点:愛知県一宮市緑
総延長:8.9km
出入口:10箇所(入口:5箇所・出口:5箇所)
分岐:2箇所
車線:4車線

[編集] 歴史
2005年2月11日:清洲JCT~一宮東出入口←一宮中入口間開通。
2007年12月9日:清洲JCTで名古屋高速道路6号清須線に接続。

[編集] 接続高速道路
名古屋高速道路6号清須線(清洲JCTで直結)
東名阪自動車道(清洲JCTで接続)
名神高速道路(一宮ICで接続)

[編集] 出入口とジャンクション
上り名古屋方面は入口収受、下り岐阜方面は出口収受。一宮出入口は名神高速道路の通行料金との合併収受方式。

清洲JCT(東名阪自動車道に接続)(6号清須線)
春日出入口(一宮方面出入口)
西春出入口(名古屋方面出入口)
一宮西春出入口(岐阜方面出入口)
一宮南出口(名古屋方面からの出口)
一宮出入口(名神高速道路一宮ICに接続)
一宮東出入口(名古屋方面出入口)
一宮中入口(国道22号に接続)

[編集] 関連項目
名岐道路
都市高速道路
日本の高速道路一覧
中部地方の道路一覧


2008/05/09のBlog
まえがき
千里南公園(吹田市津雲台1丁目*)は千里丘陵の地形や池の美しさが残っていて、電車の駅(阪急千里線・南千里駅)から近いので、多くの人に親しまれ賑わっています。
(*千里ニュータウンの吹田市側で南端あたり:当冊子p.23地図参照)
ここは、昭和45年の大阪万博来場者に千里ニュータウンを紹介しょうという意味を込めて、開幕の3年前(昭和42年)第1回千里野外彫刻展*開いて以来(関係資料後述)、彫刻や詩歌碑も多くたつようになり、文化の香りもきわだっています。(*千里野外彫刻展は、この1回だけ開催)

昨春、吹田市立博物館「千里ニュータウン展」の際、お出かけイベントの一つでここを探訪する運びになり、その時編集したのが冊子初版「千里南公園探訪」です。

探訪も喜ばれ、冊子に詩歌碑の紹介や年中行事の様子、くつろぐ人々などの風情を載せたのも好評で、多くの方から今年も探訪を再現したいという声がありましたので、この公園で活動する団体などが集まって3月初めに千里南公園探訪実行委員会*を立ち上げました。(*吹田市教育委員会の後援を頂いております)

この紹介冊子も「千里南公園の文化紹介」と改題し、増補改訂して充実を図りました。
この冊子で千里南公園の新しい楽しみを見つけて頂ければ、関係者一同の大きな喜びです。

2007年(平成19年)5月
編集責任者 彦坂 利久

表紙写真
左:広場でこどもたちか野球をしています
中央:公園入り口(南西角、南千里駅寄り)に建つ園名石
右:3月中旬には梅林の梅が全開
冊子23頁 地図

吹田市の公園:吹田市の都市計画2004年より抜粋
都市計画公園・緑地配置図
平成16年12月31日現在

90千里南公園 10.5ha

参考
■93万博公園 129.0ha
千里南公園

歌碑と彫刻の配置図

目次
まえがき
千里南公園(吹田市津雲台1丁目*)は千里丘陵の地形や池の美しさが残っていて、電車の駅(阪急千里線・南千里駅)から近いので、多くの人に親しまれ賑わっています。
(*千里ニュータウンの吹田市側で南端あたり:当冊子p.23地図参照)
ここは、昭和45年の大阪万博来場者に千里ニュータウンを紹介しょうという意味を込めて、開幕の3年前(昭和42年)第1回千里野外彫刻展*開いて以来(関係資料後述)、彫刻や詩歌碑も多くたつようになり、文化の香りもきわだっています。(*千里野外彫刻展は、この1回だけ開催)

昨春、吹田市立博物館「千里ニュータウン展」の際、お出かけイベントの一つでここを探訪する運びになり、その時編集したのが冊子初版「千里南公園探訪」です。

探訪も喜ばれ、冊子に詩歌碑の紹介や年中行事の様子、くつろぐ人々などの風情を載せたのも好評で、多くの方から今年も探訪を再現したいという声がありましたので、この公園で活動する団体などが集まって3月初めに千里南公園探訪実行委員会*を立ち上げました。(*吹田市教育委員会の後援を頂いております)

この紹介冊子も「千里南公園の文化紹介」と改題し、増補改訂して充実を図りました。
この冊子で千里南公園の新しい楽しみを見つけて頂ければ、関係者一同の大きな喜びです。

2007年(平成19年)5月
編集責任者 彦坂 利久

表紙写真
左:広場でこどもたちか野球をしています
中央:公園入り口(南西角、南千里駅寄り)に建つ園名石
右:3月中旬には梅林の梅が全開
はじめました。
千里南公園の記録ょ
上段<冗談>にかまえて・・
昼寝して、・・・・

はじめに
1.このブログの目的は、永年に亘り千里南公園を愛されてきた人々の記録を皆さんに知って貰いたい。
「きょうちゃん」の勝手な思いで、勝手に編集しました。
勿論、千里南公園の文化紹介の冊子をお作り頂いた方々には、ご賛同を得られると確信 しています。

資料(ネタ)と編集(思い)の方針

資料(ネタ)は、
4部あります。
1.千里南公園の文化紹介 29頁 冊子
2.吹田の都市計画 40頁 冊子
3.千里南公園の文化紹介 編集時の写真等々 約100枚
4.私が撮影した写真集(2008/4/26) 約150枚

編集(思い)の方針は
1.前記1.千里南公園の文化紹介 29頁 冊子 に沿って
2.写真の新・旧入替も

本音・・永年に亘り、「千里南公園を愛されてきた人々」の思いをそのままに残したい・・俗な言葉で言えば、「丸写し」・・でも、はたして、どうやろ/平成20年5月9日(金)
資料(ネタ)紹介

千里南公園の文化紹介
「丸写し」の原本です
この書の30頁
千里南公園の文化紹介 改題改訂版
発行:2007年(平成19年)5月 
初版:2006.4
発行舎:千里南公園文化探訪実行委員会
責任者:彦坂 利久(委員長)
565-0862 吹田市津雲台5-7-18
企画:工藤昭太郎(副委員長)
編集:須貝 桃三(副委員長)
編集:西森 健生(実行委員長)
無断複製・転載を禁じます



資料(ネタ)の紹介 2
吹田の都市計画
発行:平成17年(2005年)2月
編集:吹田市 都市整備部 都市整備室

・公園は、吹田市にいくつあるのか
・吹田市のどこにあるのか


資料(ネタ)の紹介 3

きょうちゃんが撮った、最近の写真集
千里南公園が中心です
はじめに 

第1回千里野外彫刻展に関連した野外彫刻展の経過
(太平洋セメント IR広報部より参考資料入手)
白色セメントを使った野外彫刻展は、戦後間もない1951年(昭和26年)に東京の日比谷公園で
第1回が始まり、1967年(昭和42年)の第1回千里野外彫刻展を含めて1973年(昭和48年)まで
毎年1回、計23回開催さました。
(小野田セメント「野外彫刻展」リスト:美術評論家、柳生不二雄氏の記述(書籍名不明)および
児玉由美子氏の論評『都市環境デザインへの提言』日刊建設工業新聞社発行による)
始まったきっかっけは、東京都からの戦後の荒廃したところに潤いを持たせようとの呼びかけに対して、白色セメントの需要拡大を目指そうと、当時の小野田セメント(現・太平洋セメント)が協賛したことによるものです。
第1回から第16回の1966年(昭和41年)までは日比谷公園で開催、1967年(昭和42年)には、大阪万国博のアピールのため千里ニュータウンで「第1回千里野外彫刻展」を開いています。
翌年から日比谷公園、神代植物園、北の丸公園と会場が移りましたが、1973年(昭和48年)
晴海での「建築とともにある彫刻展」を最後に計23回にわたる野外彫刻展は幕を閉じました。
この間、文化行政の一環としての他の彫刻展の原点になっているとも言われ、都市空間の
修景要素としての広がりに寄与しました。
後期になって用地難が生じ、白色セメントも用途開発が進んだなどで閉幕になったわけですが
開催のたびに小野田セメントが資材や資金の提供、作品の買い上げなど多くの援助をしたことで、
彫刻家に好評で、現在彫刻界で重鎮といわれる作者も育っています。
(以上は児玉の論評を要約)
第1回千里野外彫刻展(1967年:昭和42年)の出展作品が20点ほど、千里ニュータウン内の
各所に残されて往時の面影をとどめています。
千里南公園には、このうちの4点が建っています。
いしぶみ
昆 野 新 作 碑 NO3 (像は壊れてなくなり、台座だけが残っています)
 松 村 外次郎 作 燈籠
 綿 引 孝 司 作 間
 新 谷 秀 雄 作 コステューム
・・・千里南公園の文化紹介 冊子 25頁・・・・・・
写真
綿 引 孝 司 作 間 昭和42年
2008年4月29日 撮影
[ 11:29 ] [ 名神高速道路 ]
名神
2008年5月9日、11:16:36
上り

観光バスの行列が近づいてくる

・・・・・・・・
母の日
送料が無料
送った
ありがとう

名神
下り
トラックの軍団が現れる
グルット関西お昼前・・NHKのTV見ながら・・誤記の節は、お許しを・・
京都文化博物館 源氏物語

-/http://www.bunpaku.or.jp/源氏物語千年紀展-

光源氏の恋物語が絵かがれている
18歳 病気 紫の段
生まれた時~恵まれた才能・・文武両道・・
もう一つの才能・・女たらし・・瀬戸内さん

続いて、大阪の名庭園・・・体験は数回はしている
1.万博日本庭園 8万坪 4つの庭
 ■西端・・平安時代の庭・・泉・海
 □西中・・室町時代の庭・・枯山水・石
 ▽中央・・江戸時代の庭・・灯籠・橋・歩く
 ▲東端・・現代の庭・・直線的に石を切り取る・・見立てる
 -落ち着く場を見つけて・・自由に、愉しむこと-
2.大阪 天王寺 慶沢園 旧住友 大阪市へ寄贈・・ここも数回
 都心で、静けさを・・・

写真は、昨日・5/8・豊能町 切畑西野にて

名神:おさらい・・ちゃう、お勉強 7

名神高速道路
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

接続高速道路
名古屋高速道路11号小牧線

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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名古屋高速道路11号小牧線(なごやこうそくどうろ11ごうこまきせん)は、愛知県名古屋市北区の楠JCTから、小牧市の小牧北出入口へ至る名古屋高速道路の路線である。
全線が国道41号路線上の高架構造である。
この道路は、地域高規格道路の名濃道路として計画され、小牧北出入口より美濃方向に延伸できる構造になっている(時期未定)。
名古屋空港へ分岐する路線構造もあったが、中部国際空港の開港により実現しなかった。
堀の内出入口の料金所のみ自動支払機の関係上ETCは導入していない。
道路法上は愛知県道515号高速名古屋小牧線となっている。

[編集] 路線番号
11
[編集] 路線データ
起点:愛知県名古屋市北区大我麻町
終点:愛知県小牧市村中
総延長:8.2km
出入口:10箇所(入口:5箇所・出口:5箇所)
分岐:2箇所
車線:4車線

[編集] 接続高速道路
名古屋高速道路1号楠線(楠JCTで直結)
東名阪自動車道(楠JCTで接続)
名神高速道路・東名高速道路(小牧ICで接続)

[編集] 歴史
2001年3月11日:楠JCT~小牧南出入口間開通。
2001年10月19日:小牧南出入口~小牧IC間開通。豊山北入口開通。小牧ICで名神高速道路に接続。

[編集] ランプなど
(13) 楠JCT(名古屋高速道路1号楠線、東名阪自動車道に接続)
1101 1111 豊山南出入口(楠JCT方面出入口)
1102 大山川料金所(小牧方面)
1103 1113 豊山北出入口(小牧北出入口方面出入口)
1104 1114 小牧南出入口(楠JCT方面出入口)
1105 1115 堀の内出入口(小牧北出入口方面出入口)
小牧料金所(楠JCT方面)
1106 1116 小牧北出入口(楠JCT方面出入口)((24)東名高速道路・名神高速道路小牧IC に接続)
1101-1106 北行、1111-1116 南行

・・・・・・・・・・・・・・・
某 名カメラマンから電話
14日は、吉志部神社のロケハンです
行きますの 返事・・・
私、いったい何者・・ふら、ふらせん と ヤラニャー
爺さん、よう性格をみているは・・・

なにが、そうさせたか・・いつも、ここまで で 深入りしない・・だからです
・・一つの言葉にはげまされ、一つの言葉に傷ついた・・かな

文章て、便利・・トンネルをくぐると雪国であった・・すっかり情景が変わる

ルート173、通るトンネル・・向山・一庫・長原・・パチリ・パチリ・・・
龍化トンネルを超えて、直ぐに左折・・一級河川 おおじがわ・・ほどなく・・
「浄るりシアター」・・写真 玄関 表示 休館
これまた、休館
「コンニチワ」とシアター横から、小学校帰りの女の子
挨拶忘れて、休みですか
グルット、シアター一周-窓越しに、パチリ・パチリ-・・
西に、能勢町商工会あるを発見

すみません、「能勢町けやき資料館」はどのあたりですか
居合わせた人から、地図を書いて頂く

町役場・消防署は、シアターの横と前
阪急バスの停留所があるのを知りました

・・・・・・・・・・
5/9 もっト 詳しくで・・HP 大阪府能勢町・・
ささゆりとケヤキの町・・
沿道の標識は、ようこそ 浄瑠璃の里 能勢町へ
http://www.town.nose.osaka.jp/
 




道路標識4と書いてある「大里」を左折れ・・くねくねした峠を越えて突き当たりに信号
、右にガソリンスタンド/中止・・右オレして・・峠を下り最初を左折-何せ山の中 人影は・・-行けども??・・少々、引き返し・・あの、「けやき」・・ああ、「けやき」もう少し下がって、左?・・行ってら見えて来ますよ・・・・・
あった!! 良かった4時45分<5時閉館>
デッカイゾ!!
-ケヤキ 全国 四番目 高さ30m、幹周り14m枝張りは38m×42m- 


■能勢町けやき資料館・・ケヤキの左りに有り
国指定天然記念物「野間の大けやき」の実物や埋蔵文化財など地域に関する資料を展示


ケヤキの展示品

道路を隔てて、野菜に水やりしている人に・・
何年ですか・・1000年は過ぎているよ・・子どもの時、1000年言っていたから
1100年はなるのでは・・よくわからない

資料館の人から・・浄るり見られなかたのなら・・プロパンガスの看板の前にある立札・・「今養寺」さんで、「浄るり」やっているよ、早う行き・・もうカラオケ大会も始まっているかも・・めったに見られん「大日如来像」見られますよ・・
それ、それ行けで・・「今養寺」さん・・・「おま茶」は、頂く、「おにぎり」は、頂く・・
今日は、お釈迦様のお祭り、どうぞ、どうぞ・・私は、大阪からきた者ですので・・
頂いといて、なんと言う失礼な・・
カラオケも演たけなわ・・郷の集まり・結束のすごさ・・・
ありがとうございます、何もかも・・・
野間峠を上り 、能勢妙見の入口から、くねくね道を下り
-豊能町・農村婦人の家で、頂いたおにぎり-

少し前に、帰ります・・
野間中で給油-ここで、おにぎりをスタンド経営者と一緒に食べ・・
「茨木」へ行く道を確認・・

おにぎりね・・あそこのは、「たくあん」と一緒に食べたこと、食べたこと と 懐かしがられる-

・・目指すは、茨木市へ・・そして、早く、吹田に帰りたい

写真は、「のどかな・・」

5/9 豊能町のホームページを開き、さらに詳しくで・・
観光協会を見る・・
石仏・史跡マップに出くわす・・
こりャ、スクーターでは、無理や
健脚にならなくては・・
とうとう、最後となりました・・茨木市

3回目ですが、夕刻、それも、薄暗くなっていったのは、初めて
スクーターのライトで撮影・・館内には入っていません
-前は急な坂です-撮影は、へたくそ!!

■茨木市キリシタン遺物資料館
茨木市大字千堤寺262
茨木市千堤寺のクルス山からキリシタン墓碑が発見されるなど、千堤寺や下音羽は隠れキリスタンの里。「マリア十五玄義図」。「キリスト磔計像」など、隠れキリスタン等の遺物を展示。有名なフラシスコ・ザビエルの肖像画がこの地で発見された。
-北大阪ミュージアムマップより-


・・・・無事に、帰宅が、家族へのお土産でした・・・・・・・

お父さん、遊び過ぎ・・早く寝てよ・・お日様、拝むん と ちゃうん


2008/05/08のBlog
結果論からの思い・・ツバメを見たさに、「ふらり」虫で・・・吹田市→箕面市→池田市→
能勢町→豊野町→茨木市→吹田市
出:12:00~着゜:19:48/7時間48分
走行距離:8587-8493=94Km
ガソリン給油量:3.23L/リットルあたり約30Km
乗り物:スクーター50cc

ツバメは見かけなかった
いや、既に、北大阪から、大阪の南部へか・・田植えの前の耕耘機での水田作り・・虫さん出る・・ツバメが来る

最初の写真は、田植えの終わった、豊能群能勢町「浄るりシアター」のあたり

■浄るりシアター・・能勢の浄瑠璃についての常設展示や、人形浄瑠璃の公演、メジャ-アティストによるコンサートなど地域住民にも広く利用されている/北大阪ミュージアムマップ1浄るりシアターより

では、「つばめ」見たさの、ふらり、ふらり
■デジカメ撮影の総枚数は400枚強・・従って、選りすぐり■


吹田市 

名神の側道

溝整理
小さく、見えないでしょうが、トラック1台 人4名
みのう市

立ち寄り、箕面の滝には、行かず

お猿も見ず

地麦酒を飲みたいが・・スクーター


池田市へ入る前に・・・ロボットの米屋さん

城山町で、どの道行ったら・・「浄るりシアター」へ・・
と 交場所に立ち寄る・・ルート173に沿って・・

池田市を北上・・ルート173・・至 能勢へ

阪神高速池田線 本部出入口から南に-猪名川-に架かる橋

ルート173はこの橋の下

池田城から見ると、この橋の大きさにビックリしない人はいないと思う

・・・・・風呂に・・リフレッシュ・・・・・23:03・・・・
[ 10:52 ] [ 名神高速道路 ]
名神
2008年5月8日、9:59:42
上り

何となく、見えてきた
GWも過ぎ、トラックの数が増えている
やはり、物資輸送の大きな道なんだ
名神
下り

「上り」を見ていると、名神の外 広場に置かれていた大きな箱の処理
広場はスッキリと、緑に輝きはじめた
スベリ台
「ホームレス中学生」も遊びに来ていたかも

「きょうちゃん」のブラさがり健康器

・・・・・・・・
名神:おさらい 6

名神高速道路
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

東名高速道路

概要
全線にわたって中日本高速道路(NEXCO中日本)が管理・運営している。隣接している中央自動車道・名神高速道路・東名阪自動車道・西名阪自動車道とともに、東京・名古屋・大阪の三大都市を結ぶ日本の「大動脈」となっている。名神高速道路と一体とした呼び名で「東名神」と呼ぶこともある。

東京IC~厚木ICは「大都市近郊区間」に設定されており、他区間に比べて若干料金が割高になっている。

東京IC、横浜青葉IC、裾野IC以外は全てトランペット型インターチェンジとなっている。また台風接近時は高波の影響で名古屋方面(下り線)の富士IC~清水ICが度々通行止めになる。

東京IC~小牧ICの直線距離は248.4km(MapionBB キョリ測から)であるが、東名高速の延長距離は346.8kmと、約98kmも迂回している(東海道新幹線の東京駅・名古屋駅間とほぼ同じ距離数)。


[編集] 第二東名・新名神について
現在建設中の第二東名高速道路は、東名高速と並行しながらも、より短絡して、かつ設定速度が140km/hで計画されている。
また、2008年2月23日には新名神高速道路が部分開通した。これにより、豊田JCT~草津JCTで伊勢湾岸道~(四日市JCT)~東名阪道~(亀山JCT)~新名神を利用した場合、従来の東名・名神経由より34kmの短縮になるため、愛知県豊田以東と滋賀県草津以西とを移動する多くの車が新名神経由へシフトすると予想されている[1])。
東名高速道路においても、豊田JCTの分岐手前などにおいて、岡崎以東から、瀬田東以西京阪神方面へ向かう利用者の便宜のために、両ルート選択のための交通情報が提供されることになっている[1]。現在は岡崎インターを過ぎると電光掲示板にて草津ジャンクションまでの両ルートでの所要時間を知らせている。

[編集] 名称について
「東名高速道路」の呼称は東京IC~小牧ICの正式な道路名であり、小牧IC以西は「名神高速道路」である。 また、「名神高速道路」の法定路線名である中央自動車道西宮線は、東京都から西宮市までの一貫した路線であるため、小牧JCTから小牧ICまでは重複しているのだが、この間は第一東海自動車道(東名高速道路)が主路線であり、中央自動車道西宮線は第一東海自動車道を重用している。これは、逆にすると、高速自動車国道の予定路線11,520kmの内訳である第一東海自動車道(東名)347kmと中央自動車道西宮線(名神)465kmと合わなくなることからもわかる。

「高速道路」の呼称が用いられるのは東名と名神のみであるが、これは両道路の計画・建設の進められる過程で広く民間において「高速道路」の呼称が使用され、命名の時点で一般に最も定着しているという歴史的経緯に鑑みて、例外的に採用されたものである[2]。このため、両道路それぞれを指して「東名自動車道」「名神道」と呼んだり、他の自動車専用道を指して「中国高速道路」「東北高速」とは呼ばない。ただし日常生活の場面において、しばしば沿線案内においては○○高速と呼ばれることもある。

[編集] 歴史
1958年3月19日 - 松永安左エ門の私設シンクタンク産業計画会議が「東京-神戸間高速自動車道路」の建設を政府に勧告 1966年 - 東京~静岡の建設工事に対し、世界銀行から1億ドルの融資
1968年4月25日 - 東京IC~厚木IC、富士IC~静岡IC、岡崎IC~小牧IC開通し、小牧ICで名神高速道路と接続
1969年2月1日 - 静岡IC~岡崎IC開通
1969年3月31日 - 厚木IC~大井松田IC、御殿場IC~富士IC開通
1969年5月26日 - 大井松田IC~御殿場IC開通により全線開通
1972年10月5日 - 小牧JCT完成・供用開始により中央自動車道と接続
1974年3月26日 - 浜松西IC完成・供用開始
1979年7月11日 - 日本坂トンネル火災事故
1981年4月25日 - 秦野中井IC完成・供用開始
1986年11月21日 - 音羽蒲郡IC完成・供用開始
1988年3月29日 - 裾野IC完成・供用開始
1991年12月24日 - 大井松田IC~御殿場IC改築完了(上り2車線下り2車線を、上り3車線(新線)下り2+2車線(既存線転用)化)
1993年3月22日 - 東名三好IC完成・供用開始
1993年3月25日 - 相良牧之原IC完成・供用開始
1993年12月21日 - 掛川IC完成・供用開始
1995年4月22日 - 大井松田IC~厚木IC6車線化完了
1998年3月20日 - 横浜青葉IC完成・供用開始
1998年3月27日 - 日本坂トンネル新下り線(3車線)完成・供用開始
1999年4月4日 - 磐田IC完成・供用開始
2003年3月15日 - 豊田JCT開通により伊勢湾岸自動車道(豊田東IC)と接続
2003年10月19日 - 小牧ICで名古屋高速道路11号小牧線と接続
2003年11月?日 - 名神高速・中国道などとともにアジアハイウェイ1号線に編入
2004年11月27日 - 日進JCT開通により名古屋瀬戸道路と接続
2004年12月12日 - 豊田JCTが完成し伊勢湾岸自動車道(四日市方面)と接続
2007年4月1日 - 富士川スマートIC、遠州豊田スマートIC供用開始
2007年5月31日 - 豊橋TBを廃止(豊橋北BS~豊川IC/BS)

[編集] 接続高速道路
首都高速道路3号渋谷線(東京ICで直結)
東京外環自動車道(東名JCTで接続:予定)
保土ヶ谷バイパス(横浜町田ICで接続)
小田原厚木道路(厚木ICで接続)
西富士道路(富士ICで接続)
伊勢湾岸自動車道(豊田JCTで接続)
東海環状自動車道(豊田JCTで伊勢湾岸自動車道を経由し接続)
名古屋瀬戸道路(日進JCTで接続)
東名阪自動車道(名古屋ICで接続)
名古屋高速道路2号東山線(名古屋ICで東名阪自動車道を経由し接続)
中央自動車道(小牧JCTで接続)
名古屋高速道路11号小牧線(小牧ICで接続)
名神高速道路(小牧ICで直結)

残念ながら5時が閉館
館内は入れず・・・写真は芥川から上に向かって撮影・・全景

案内・・北大阪ミュージアムマップ41より
芥川緑地資料館(あくびあ芥川)
芥川に生息する淡水魚を大型ジオラマ水槽と小型水槽で展示。
高槻市城の昆虫、野鳥、哺乳動物などの標本多数を展示。企画展示は年1回、ミニ企画展、あくぴあ祭りなどイベント、自然観察講座、自然工作教室は多数開催。
高槻市南平台5-59-1

・・・・・・南平台に住宅が・・造成工事中に、週一でこの地は、訪問していた・・ゴルフ場の跡地・・・15年前くらいか・・・・
どんなに、変わっているのか、興味津々・・・
全景の背面(最屋上) 
言ってみれば、ここの左に下る階段が有り、そして2階?が入館口では?

閉館だったので、不明です

2階の入口前では、
ワンちゃんの会議

ダックス2匹に吠えられ、後ずさり

階段を下段 100? 下段




館の前の芥川/ 北面
川中には、黄色い野花
左の堤は、遊歩道・・ジョギングを楽しむ人も

風は涼しく
空気がうまい
久方ぶりに、堰と水・・この音は好きです
向かいには、やはり、「黄色い野花」

モツと早い時間であれば、クッキリと見えそう
008年5月7日、18:12:38
南東の景色
住宅の群れ・群れ

・・・・・・終わり・・・・・・

JT生命誌館から 北大阪ミュージアムマップ41芥川緑地資料館(あぴあ芥川)へ、向かう途中で・・・

別に宣伝も営業もしません・・向かう途中で・・ギョ・ギョ<ここが、そうなんかの感で>・・・

水耕栽培装置で、育っているトマトを見たからです
看板
お隣りの温室 トマト

鈴なり・鈴なり
チラシ

トマトの他に
メロン
キュウリ
ナス
プリンスメロン
ペチュニア
ニガウリ
シュンギク
白菜

こんなに、多くのものが、水耕栽培出来るのとは・・・