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2008/03/22のBlog
[ 20:18 ] [ コンマ2秒のカタチ ]
貪るが如く

心の奥から純粋にかきたてられる衝動

誰もが決して抗う事の出来ない感情。


貪欲に強欲にただただ屠る。


知ると言う事はそう言う事だ。



人は興味を感じずに得られない生き物で
それを感じてしまうと、ココロがざわめき始める。


好奇心は人を滅ぼすと言うが
自分の理性すら蹴飛ばして、知識を真実を求めてしまうのが本能だ。


興味を覚えてしまえば、知らずにはいられない。

それが人のサダメで、そしてその貪るように知ろうとした欲望が
今の人類の繁栄に繋がったのだ。


だが、今の世にはそれと対成す感情が存在する。

それがメンドクサイだ。

特に昨今、メンドクサイが満ち溢れている。


興味を覚えてたとしても、メンドクサイが全てを拒絶し
知りたいと言う感情を全てシャットアウトする。


誰もが抑えられない知る欲望をメンドクサイと言う怠惰が抑えてしまうのだ。

それほど人間は退廃的になりつつあるのかも知れない。


だが、それでも本当に興味が湧いたモノは
心にリフレインが鳴り響く。

ずっとずっと知りたい知りたいと。


メンドクサイと言う感情を金繰り捨てて、その衝動のままにただ突っ走る。

その先に何があるのか、ただ知りたいのだ。


その欲望が新たな動力となり、モチベーションに繋がる。
知る事を突き詰めても、終わりの無いのが真理。

それでも、人は欲望のままに真理を追い続ける。

そして、人はそれをこう呼ぶのだ。


ロマンと。
[ 12:09 ] [ コンマ2秒のカタチ ]
人にやさしくできる人とは、どんな人なのだろう。とふと考えて

人にやさしくできる人にはいろんなタイプがあると行き着いた。


例えば、誰からも好かれたい、もしくは嫌われる事を恐れているタイプ

そう言った人は、立場や状況を常に計りにかけている人だ。
自分が不利な状況が訪れた場合、一時しのぎの言い訳をして切り抜けたりする。

そして、その言い訳は相手に言っていた内容と真逆だったりするのだ。


その時は、つい口にした言葉でも
相手にとっては裏切られたと思い、完全に信用を失ってしまう。


次に、誰にでも自分はやさしいと、自分は誰でも受け止められると思い込むタイプ

根はいい人なのだ。
誰かの力になってあげたいと思っているやさしい人には違いない。
だけど、その気持ちが空回りしすぎて、相手にとってはいい迷惑になっている。
でも、自分の気持ちの中では、自分は良い事をしていると疑いもしないので
全くもって空気を読めなくなってしまっているのだ。

人にやさしく接するのは良い事だ。
だけど、相手の事を思いやれないやさしさは押し売りに過ぎない。

前面にやさしさを出すだけではなく
一度引いて見て相手の気持ちを考える事も大切だ。


そして自分の過去と重ねているタイプ

自分が苦労した、思い悩んで来た。
そんな記憶が困っている人、悩んでいる人をほっておけない。
最早、自分の事ように相手の事を気にしてしまう人だ。

行き過ぎてしまうと迷惑にしかならないぐらいお節介だったりするが
それでも、心から心配してくれている。
なぜなら、自分も同じ苦しみを知っているから。

傷の舐めあいかも知れない。だけども、自分と同じ思いをしてほしくない。
そんなやさしさ、思いやりもある。


世界には、いろんなやさしさが溢れている。
歪んだやさしさ、純粋なやさしさ、一方的なやさしさ
打算的なやさしさを振りまく人も多い。

それでも、人間は本質的にやさしくなれるはずだ。

例え、いままで生きてきた記憶が、そのやさしさを消し去っていたとしても
誰にでも純粋なヒトノココロは残っている。


いまは人のやさしさを受け止められない人でも
きっと受け止められる事が出来るのと同じで

今は人にやさしく出来なくても
きっと誰かにやさしくなれる時はある。


やさしさには、いろんなカタチがあるけれど
ヒトノココロを癒せるやさしさは
自分のココロの奥から、相手を本当に思いやれる気持ち。

上辺だけで無いホントのやさしさは
誰もが持っていて、そして気づいてないだけだ。
CHANNEL50%のyasu-boxさんがおすすめと教えてくれた動画第6弾!


「紙だけで作られた仰天の立体模型たち 」


これもまたまた前回とおなじく「あっと驚く為五郎!」さんのブログで紹介されている
動画です!ホントお世話になってます。


そして、今回は 「紙だけで作られた仰天の立体模型たち 」 

最早、何も言えなくなるほどの芸術がここにありました。


元は一枚の紙なのに、そこから創造されるものは想像を超えるものがあります。
駄洒落じゃないですよ(汗)


人の想像力の極致、最高の芸術がここに!
2008/03/21のBlog
[ 22:04 ] [ 言葉のノート ]

なんでもいい。何かをやって見て楽しいと思えたなら

自分にはそれを楽しめる素質がある。




自分にとって楽しいと思える事は続ける事が容易で
逆に楽しめない人には苦痛でしかない。


物事を面白いと思う事は重要な要因で
とっても大切な事。


楽しいからこそ上達するし、努力も苦とすら思いもしない。


これって面白い!スゴイ楽しい!と思える事が
なによりもそれを楽しめる才能を持っている証拠だ。
[ 20:33 ] [ 思いつき98%な日記 ]
会社帰りの帰り道。

最近、考え込む事と思い悩む事が多いせいか
気づけば下を向いている事が多い。


人気の少ない夜道を一人で歩いていると
考える事は、何故かいつも暗い事な気がする。

きっと、疲れてるのかも知れない。


悩みの無い人間なんて嘘だ。

どんな人間でも悩みはある。

ただそれを上手い具合に消化出来るか出来ないかの違いだろう。


自分はコレでも悩みを消化出来るタイプと思っていたが
それでも思い悩む事は多いらしい。


悩めば悩むほど溜め息が出る。
溜め息が出ると、どんどん重い空気が流れる。
重い空気は悩み事をどんどん思い出させる。

負のエンドレス。


考えれば考えるほど圧し掛かってくる重い空気。
それに気づいた自分は、その重さを振りほどくべく
夜空を見上げた。


満月だった。


美しいその微笑みに、全てを忘れてしまう。
時が止まったか如く、見入ってしまう、


夜であって夜出ない輝き
その降り注ぐ光を浴びていると
なぜか、ココロが満たされるのがわかる。


気づけば人気が無いはずの道に時間が流れていた。


にぎやかな笑い声が響き渡り
とても食欲のそそる香ばしい焼き魚の匂いが漂ってくる。


それを感じると共に、体の奥底から
自嘲気味の笑いが込み上げてきた。


迷い悩んでぐるぐると頭の中を駆け巡っている間に
自分は周囲の空間すら拒絶していたようだ。

周りを見渡せば、こんなにも見えてないものが有るのに。


ふと見上げると、満月が微笑んでいた。


なんて友人に言ったら
「お前仕事で疲れてるんだ。早く寝たほうがいいぞ。」
と本気で心配されるだろうな。と苦笑しつつ

気分が晴れやかになった帰り道だった。
2008/03/20のBlog
[ 22:33 ] [ 言葉のノート ]

誰にでもあり、決して同じでは無い価値観

それは自分のこだわりだ。




自分の生きて来たスタイルには、必ずこだわりがある。


それは許せる事と許せない事が有るだろうが
例え人間が小さいと言われても、譲れない物も有る。


それが個性であり、こだわりなのだ。
自分の美徳は、自分にしかわからない。

だけど、それを曲げずに貫き通すのも人としての美徳だ。
[ 22:22 ] [ コンマ2秒のカタチ ]
ヒトツ何か失敗してしまったら

その失敗が頭から離れない事がある。


常に時間は動いていて
次にやらないといけない事があるのにも関わらず
終わった事を引きずってしまい
結果、どんどん失敗を重ねてしまう。


失敗の連鎖だ。


人間はひとつ失敗すると、今まで上手く行っていたとしても
その失敗が引き金になり、なかなか立ち直れない事がある。

簡単にミスはミスと開き直ったり、切り替えたり出来れば良いのだが

一度、自分の呼吸を乱してしまうと、そこに焦りが生まれ
なかなか精神状態を正常に戻せず、なかなか立ち直れないのである。

それどころか、そのミスが緊張を呼び
体を硬直させる結果になる場合もある。


よく野球でもひとつ失敗をしてしまうと、それが原因で
調子を崩してしまう選手が多いのが良い例だろう。


失敗する事で、その失敗が頭にずっと残り続ける。
それが他の行動をする際に、頭から失敗のイメージが離れない為に
集中力を切らしてしまう結果に繋がる。


また失敗をしてしまった直後、その失敗が大きいほど
自分の思考が止まってしまう現象がある。


これは、その失敗をフォローする知識や経験が十分に有れば
思考停止する事も無いのだが
自分の思考が次の動作を捉え切れていない場合は
何をすればいいのかわからず、迷ってしまうのだ。

それでも咄嗟に対応出来なくても
すこし落ち着いていれば十分に対応できるのだろう。
なぜなら、大抵は普段やっている事の応用でなんとか出来る手段が有るはずだからだ。



結局、失敗に対して新たな失敗を重ねないようにするには
一度、見失いかけた自分を元に戻す事が必要だ。

焦りやプレッシャーは自分のペースを乱す。
こんな時こそ、マイペースな自分を保つ事が大事だ。

一度、乱れた自分のペースを元に戻す事は難しい。
それでも、調子が乱れたと思ったら一呼吸を入れてみよう。

緊張していた自分がわかれば、少なくとも普段の自分に近づけたはずだ。
[ 08:54 ] [ 思いつき98%な日記 ]
先日、doblogを愛して止まない男がまたしても動き出した。

以前、doblogの歴史をまとめると言い出し
2003~2008年までの友人が知り得る限りの事象を
すべて一つの記事に仕上げた。

そして、それを作り上げる事でひとつの結論にたどり着く。

2003~2005年頃の活気がもはや衰退してしまっている事


あの頃の活気を取り戻したい。


そんな気持ちが友人のブログの記事「Doblog村の再建方法を広く募集してみるテスト 」
でカタチになって現れたようだ。


だが、ここはあえて言わせて欲しい。

あれだ、Doblogの未来と繁栄を考えるのは素晴らしい事だ。

でもなんで自分の名前がちょこちょこ出てくるんだろ?おかしいね?

これってアレじゃね?

一応、記事の上では任意の協力求めてるけど、絶対手伝ってね(^^

ってオーラ滲み出てるよね?


とりあえず、yasu-box邸にクレームのskypeを即行入れる。


だが、このyasu-box(以下、ヤスボ)と言う男。

Doblogの事になると熱いんです。
その熱さと言ったら地球温暖化とかハロゲンヒーターとかまるで目じゃない。
もう春なのにこの熱さは異常気象ですよ・・・・・。


とにかく、その熱気に当てられて、自分の参戦が決定。


そしてあくまで共同ブログと言う事で
Doblog限定のブログ紹介をメインとしたブログを立ち上げる事になりました。

と言うかヤスボのフットワーク軽過ぎです。


そして、とりあえずブログ名を考えてみる。

最初、ヤスボは「ドブログ村のブログ紹介」とかなんか野暮ったい名前を提案する。
ヤスボは直球ストレートをど真ん中に投げるタイプだ。

でも、折角立ち上げるのだから、もうちょっと捻った方が愛着湧くし
自分のモチベーションに繋がって来る。

コンマ2秒でヤスボの案を却下しながら、閃く。


これからこのブログを立ち上げる事で
Doblogにある古い風も新しい風も自由に行き交えるようにしたい。

むしろこのブログが新しい風になるような・・・・・。

Doblog村の風のような存在で、自由なブログと言う意味を込めて。


こうして「Doblog村の風~ブログ紹介所~」が生まれたのだ。


新しい風は、何かを生み出そうと言う情熱。
何かしたいと言う気持ちが創り出すモノだ。

ここにDoblogの活性化と言う想いが新しい風と言うカタチで生まれた。

この風がDoblog全体に活気と笑顔を運んでくれる事を願い
村とあえて呼んでいる本当の意味。
人と人との温もりすらも風に乗せて伝えられるような存在を目指したい。
2008/03/19のBlog
[ 21:37 ] [ 言葉のノート ]

不安は後ろを向いている人が大好きで

前を向いている人が大嫌いだ。




不安はいつでもどこでもやってくる。


それでも、後ろを向いてる人にはどんどん圧し掛かってくるのに
前を向いてる人には、あんまり乗ってこれない。


いや、同じ量だけ不安は来るけど
前を向いている人はどんどん不安を食べていくのだ。


だから、不安は前を向いている人が大嫌いなのだ。