Blog
2008/04/14のBlog
[ 23:25 ]
[ 言葉のノート ]
[ 22:24 ]
[ 思いつき98%な日記 ]
2008/04/13のBlog
[ 23:59 ]
[ 言葉のノート ]
[ 18:49 ]
[ コンマ2秒のカタチ ]
自由。
人は生まれもって自由であり、自由でないと言う。
生まれた時から誰しもが生きる自由を得ると同時に
世界に人として生を授かった時点で、様々な制約に縛られる。
自由とは、存在する反面、存在が希薄なモノだ。
特に今の世の中で、誰にも縛られず生きる事は無理だ。
なぜなら、国と言う概念がある以上。法律等のルールによって縛られるからである。
そして、そう言ったルールを除外しても
お互いの良好なコミュニケーションを維持する為に、色々と行動が制約されるモノだ。
そう言った意味では、今のこの日本と言う社会には自由が無いだろう。
だけども、本当の自由とはそう言った縛られている事によってなくなるモノではない。
縛られていても自分の思考は常に自由である。
何を考えようと、何を想像しようと自由なのだ。
自分のやりたい事を探し、想像し、見つける。
それを行動に移す時に、何らかの障害があるかも知れない。
それでも自分の意志は自由なのだ。
自由を押し通す事は、この束縛された社会では難しい。
それでも自由は存在しないワケじゃない。
自由を実現するには、自分に責任を伴う。
だからこそ、自由を求める為には漠然とした考えでなく地に足の着いた計画が必要である。
人は生まれながらにして自由である。
なぜなら、人は考えることが出来るからだ。
想像や妄想は誰にも止める事は出来ない。
それと同じくして人の可能性も常に自由な存在だ。
自分次第で大きくも小さくもなる変幻自在で
自由と同じくして、自分の行動で変化して行くモノ。
縛られていても、自由でいられないワケじゃない。
例えそれが逃げだと指摘されても、自分の想像は自分だけのモノだ。
自由は誰にも与えられている。
何かを考えて、イメージして、それを創造するのは自由だ。
(yasu-boxから画像提供)
人は生まれもって自由であり、自由でないと言う。
生まれた時から誰しもが生きる自由を得ると同時に
世界に人として生を授かった時点で、様々な制約に縛られる。
自由とは、存在する反面、存在が希薄なモノだ。
特に今の世の中で、誰にも縛られず生きる事は無理だ。
なぜなら、国と言う概念がある以上。法律等のルールによって縛られるからである。
そして、そう言ったルールを除外しても
お互いの良好なコミュニケーションを維持する為に、色々と行動が制約されるモノだ。
そう言った意味では、今のこの日本と言う社会には自由が無いだろう。
だけども、本当の自由とはそう言った縛られている事によってなくなるモノではない。
縛られていても自分の思考は常に自由である。
何を考えようと、何を想像しようと自由なのだ。
自分のやりたい事を探し、想像し、見つける。
それを行動に移す時に、何らかの障害があるかも知れない。
それでも自分の意志は自由なのだ。
自由を押し通す事は、この束縛された社会では難しい。
それでも自由は存在しないワケじゃない。
自由を実現するには、自分に責任を伴う。
だからこそ、自由を求める為には漠然とした考えでなく地に足の着いた計画が必要である。
人は生まれながらにして自由である。
なぜなら、人は考えることが出来るからだ。
想像や妄想は誰にも止める事は出来ない。
それと同じくして人の可能性も常に自由な存在だ。
自分次第で大きくも小さくもなる変幻自在で
自由と同じくして、自分の行動で変化して行くモノ。
縛られていても、自由でいられないワケじゃない。
例えそれが逃げだと指摘されても、自分の想像は自分だけのモノだ。
自由は誰にも与えられている。
何かを考えて、イメージして、それを創造するのは自由だ。
(yasu-boxから画像提供)
2008/04/12のBlog
[ 23:47 ]
[ 言葉のノート ]
2008/04/11のBlog
[ 23:02 ]
[ 言葉のノート ]
2008/04/10のBlog
[ 23:58 ]
[ 言葉のノート ]
[ 23:45 ]
[ 思いつき98%な日記 ]
今年の2月16日からブログを始めて1ヶ月と23日が経ち
なんと「.2s」がアクセス数。10000件超えました。
「誰もこんな独りよがりな記事呼んでくれないんじゃね?」
と言った疑問も当然湧きながらも毎日頑張って来て良かった。
それでいてコメントをくれる人、記事に共感してくれる人。
何度も足を運んでくれる人。自分のつたない記事を読んでくれる人。
ブログ初めて良かった。ホントによかったなぁ。と感激しています。
ありがとうございました!
では、そろそろ本題。
いつも興味深く、それでいて奥の深い。
rakuさんのブログ「I am who」。
そこの記事「ああ、久しぶりなこの感覚。 」を見て読んで
ふと浮かび上がった歌詞。
誰かを想う事は素晴らしい。 それだけで日々がすごく眩しい。
たとえそれが幻で終わっても 恋をした自分に拍手を
人はまた誰かを愛し 輝きを増し そして歩いていく
どんな時もそういつでも 『誰かを想う事は素晴らしい』
(「HOME MADE 家族」のいつもいつでもより抜粋)
誰にでも人を想う時が必ずあり、その瞬間全てが輝いて見えるんだよね。
それによってどんなに傷をついたとしても
恐れずにむしろ自分を称える事で、また進み事が出来るんだ。
人間と言う物はその繰り返し積み重ねでどんどん成長してゆく。
だから、どんな時でも『誰かを想う事は素晴らしい』んだと感じれる。
人を好きになるのは理屈じゃないって良く言うけど
人を想う事は誰にも止められない事だ。
でも、傷つく事を恐れて、前に進めなくなる。
自分には足りない、釣り合わないと思い込んで、立ち止まってしまう。
成せば成る。案ずるより産むが易し。だと頭で言い聞かせても
なかなか自分に自信が無い為に二の足を踏んでしまうジレンマ。
それでも、誰かを想う事をやめてはいけない。
ここでカミングアウト。
自分は自分が嫌いだ。
言い出したらきりが無いくらい嫌いなんだ。
でも、それでも自分を受け入れなきゃ前に進めない。
だから誰かを想い憧れる。
自分が好きになれるように努力する。
少しでも近づけるように。
結局、自分が好きだから嫌な所が目立ってしまって
それが許せないゆえに嫌いなんだって悟る。
rakuさんは記事にこんな感じの事を書いている。
悔しいからもっと私を知ろうとする。私は私は好きだからと。
結局自分は自分自身に悔しいから嫌いなんだ。
だから、いつもいつでも自分を知る努力をして
すこしづつ好きなっていくしかないのかな?って思う。
誰かを想う事は素晴らしい。それだけで自分が強くなれる気がする。
だからこそ、誰かを想う事で自分が少しでも好きになれるなら
いつもいつでもその気持ちを忘れたくない。
なんと「.2s」がアクセス数。10000件超えました。
「誰もこんな独りよがりな記事呼んでくれないんじゃね?」
と言った疑問も当然湧きながらも毎日頑張って来て良かった。
それでいてコメントをくれる人、記事に共感してくれる人。
何度も足を運んでくれる人。自分のつたない記事を読んでくれる人。
ブログ初めて良かった。ホントによかったなぁ。と感激しています。
ありがとうございました!
では、そろそろ本題。
いつも興味深く、それでいて奥の深い。
rakuさんのブログ「I am who」。
そこの記事「ああ、久しぶりなこの感覚。 」を見て読んで
ふと浮かび上がった歌詞。
誰かを想う事は素晴らしい。 それだけで日々がすごく眩しい。
たとえそれが幻で終わっても 恋をした自分に拍手を
人はまた誰かを愛し 輝きを増し そして歩いていく
どんな時もそういつでも 『誰かを想う事は素晴らしい』
(「HOME MADE 家族」のいつもいつでもより抜粋)
誰にでも人を想う時が必ずあり、その瞬間全てが輝いて見えるんだよね。
それによってどんなに傷をついたとしても
恐れずにむしろ自分を称える事で、また進み事が出来るんだ。
人間と言う物はその繰り返し積み重ねでどんどん成長してゆく。
だから、どんな時でも『誰かを想う事は素晴らしい』んだと感じれる。
人を好きになるのは理屈じゃないって良く言うけど
人を想う事は誰にも止められない事だ。
でも、傷つく事を恐れて、前に進めなくなる。
自分には足りない、釣り合わないと思い込んで、立ち止まってしまう。
成せば成る。案ずるより産むが易し。だと頭で言い聞かせても
なかなか自分に自信が無い為に二の足を踏んでしまうジレンマ。
それでも、誰かを想う事をやめてはいけない。
ここでカミングアウト。
自分は自分が嫌いだ。
言い出したらきりが無いくらい嫌いなんだ。
でも、それでも自分を受け入れなきゃ前に進めない。
だから誰かを想い憧れる。
自分が好きになれるように努力する。
少しでも近づけるように。
結局、自分が好きだから嫌な所が目立ってしまって
それが許せないゆえに嫌いなんだって悟る。
rakuさんは記事にこんな感じの事を書いている。
悔しいからもっと私を知ろうとする。私は私は好きだからと。
結局自分は自分自身に悔しいから嫌いなんだ。
だから、いつもいつでも自分を知る努力をして
すこしづつ好きなっていくしかないのかな?って思う。
誰かを想う事は素晴らしい。それだけで自分が強くなれる気がする。
だからこそ、誰かを想う事で自分が少しでも好きになれるなら
いつもいつでもその気持ちを忘れたくない。
2008/04/09のBlog
[ 23:01 ]
[ 言葉のノート ]