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2008/04/14のBlog
[ 23:25 ] [ 言葉のノート ]

飛び立つのに大きな翼はいらない。

小さくても勇気と言う名の翼があればいい。




いざと言う時。
恥ずかしいとか、失敗するかもとか

いざ大空へ飛び立たんと言う時に
後ろを振り返ってしまうのが人間なんだ。


こんな時に無いものねだりしてしまう自分がいる。
もしも自分に大きな翼が有ればと

でも、んなもんいらないんだよね。
飛び立つ勇気が少しでもあれば

人間誰でも飛び立つ事が出来るんだ。
恥ずかしいとか、失敗するとか
後で考えればいい。

まずはやってみる。と言う気持ちが
勇気と言う名の翼に変わる。
[ 22:24 ] [ 思いつき98%な日記 ]
夕暮れ時。


ふと寄って見たくなった。


幼い頃に見たきりの大阪城と

散る寸前の今年のサクラ。

桜並木の下で

終わりを告げようとする桜を惜しむかのような
宴が繰り広げらている中。


風が吹く度 ヒラヒラと

風が吹く度 踊り舞う。
咲き乱れて、舞い乱れて、散り乱れて


風が吹く度 サクラは乱れ
サクラ舞う度 ココロ乱され


時がただただ奪われて。
それでもサクラを見てしまう。
散り際こそ美しいから?


散り行く桜を目の前に


風が吹く度 ヒラヒラと
ただ眺める ぼんやりと


儚いからこそ美しいのか?
サクラ散るもの。
舞い散るもの。


その一面 染め上げるは桜色。
語るモノは春の声。


吹き乱れ サクラ舞い散り 春が来る

地に残るるは サクラのココロか


(大阪市中央区大阪城にて撮影)
2008/04/13のBlog
[ 23:59 ] [ 言葉のノート ]

強すぎるよりは、ほどほどが良い。

それでも想いの熱さは十二分に伝わるから。




強すぎる想いは、逆に重くなってしまいがち。

なんでこんなに強く想っているのに
と思うかも知れないけど

想いが強過ぎて見えなくなってしまうものも有る。

ほどほどでも自分の想いは伝わるモノで
周りが見えるほどの熱さの方が十二分に伝わったりする。


何事にも「塩梅」と言う加減が必要なのです。
[ 18:49 ] [ コンマ2秒のカタチ ]
自由。


人は生まれもって自由であり、自由でないと言う。


生まれた時から誰しもが生きる自由を得ると同時に

世界に人として生を授かった時点で、様々な制約に縛られる。


自由とは、存在する反面、存在が希薄なモノだ。


特に今の世の中で、誰にも縛られず生きる事は無理だ。

なぜなら、国と言う概念がある以上。法律等のルールによって縛られるからである。

そして、そう言ったルールを除外しても
お互いの良好なコミュニケーションを維持する為に、色々と行動が制約されるモノだ。


そう言った意味では、今のこの日本と言う社会には自由が無いだろう。


だけども、本当の自由とはそう言った縛られている事によってなくなるモノではない。

縛られていても自分の思考は常に自由である。
何を考えようと、何を想像しようと自由なのだ。


自分のやりたい事を探し、想像し、見つける。
それを行動に移す時に、何らかの障害があるかも知れない。

それでも自分の意志は自由なのだ。


自由を押し通す事は、この束縛された社会では難しい。
それでも自由は存在しないワケじゃない。


自由を実現するには、自分に責任を伴う。
だからこそ、自由を求める為には漠然とした考えでなく地に足の着いた計画が必要である。


人は生まれながらにして自由である。
なぜなら、人は考えることが出来るからだ。

想像や妄想は誰にも止める事は出来ない。


それと同じくして人の可能性も常に自由な存在だ。

自分次第で大きくも小さくもなる変幻自在で
自由と同じくして、自分の行動で変化して行くモノ。


縛られていても、自由でいられないワケじゃない。
例えそれが逃げだと指摘されても、自分の想像は自分だけのモノだ。

自由は誰にも与えられている。

何かを考えて、イメージして、それを創造するのは自由だ。

(yasu-boxから画像提供)
2008/04/12のBlog
[ 23:47 ] [ 言葉のノート ]

ただただ繰り返すだけでも、必ず意味がある。

流れとパターンを把握する事で応用できる。




同じ事をただひたすら繰り返す事で
人は誰しもその動作に慣れてくる。

しかし、咄嗟の状況下で発揮される行動は
常日頃から繰り返す事で自然に見についた基本の動作だ。


応用は基本から成り立つ。
基本をいかにしっかり出来ているかで、応用の質も変わってくる。

基本をしっかり見に付け自分の物とし
その流れとパターンを自分でアレンジする事で
あらゆる出来事にも応用として順応させる事が出来る。


全ては基本から。
ただただ繰り返すそれには必ず意味がある。
2008/04/11のBlog
[ 23:02 ] [ 言葉のノート ]

順風満帆な人生なんてあるはず無い。

人生は多少の差はあれど波乱万丈。だがそれがいい。




ずっと何をやってもうまく行く。
それはそれで楽しいんだろうけど

ふと振り返ると何の苦労も無いわけで
自分の人生にスパイスと成りうるモノが無かった事に気づく。


波乱万丈なぐらいがちょうど良いのだ。
いろいろ荒波にも揉まれて
人と大小は有れど、誰しもが自分なりの苦労を経験して乗り越えていく。

その過程を経て手にした成功は
後々必ず自分の人生はいろいろあって楽しかったと感じるはず。

だから自分は生きる事が辛くても。それがいいと思う。
2008/04/10のBlog
[ 23:58 ] [ 言葉のノート ]

自分はどこまでも成長する。無限に進化し続けれる。

そう思える事が先に進む為の第一条件だ。




自分を否定して
自分を嫌って
自分に言い訳して

逃げてしまったら、諦めてしまったら
この先ずっと前に進めない。


上だけを向いてすくすくと伸びる事だけを考える。
ただただ上だけを向いて足を踏み出せばいい。

転んでも穴に落ちても
自分は伸びる。どこまでも伸びる。と

その思いがきっと自分の成長に繋がる。


(yasu-boxより画像提供)
[ 23:45 ] [ 思いつき98%な日記 ]
今年の2月16日からブログを始めて1ヶ月と23日が経ち
なんと「.2s」がアクセス数。10000件超えました。

「誰もこんな独りよがりな記事呼んでくれないんじゃね?」

と言った疑問も当然湧きながらも毎日頑張って来て良かった。

それでいてコメントをくれる人、記事に共感してくれる人。
何度も足を運んでくれる人。自分のつたない記事を読んでくれる人。

ブログ初めて良かった。ホントによかったなぁ。と感激しています。

ありがとうございました!



では、そろそろ本題。

いつも興味深く、それでいて奥の深い。

rakuさんのブログ「I am who」

そこの記事「ああ、久しぶりなこの感覚。 」を見て読んで

ふと浮かび上がった歌詞。

誰かを想う事は素晴らしい。 それだけで日々がすごく眩しい。
たとえそれが幻で終わっても 恋をした自分に拍手を
人はまた誰かを愛し 輝きを増し そして歩いていく
どんな時もそういつでも 『誰かを想う事は素晴らしい』


「HOME MADE 家族」いつもいつでもより抜粋)


誰にでも人を想う時が必ずあり、その瞬間全てが輝いて見えるんだよね。

それによってどんなに傷をついたとしても
恐れずにむしろ自分を称える事で、また進み事が出来るんだ。

人間と言う物はその繰り返し積み重ねでどんどん成長してゆく。
だから、どんな時でも『誰かを想う事は素晴らしい』んだと感じれる。


人を好きになるのは理屈じゃないって良く言うけど
人を想う事は誰にも止められない事だ。

でも、傷つく事を恐れて、前に進めなくなる。
自分には足りない、釣り合わないと思い込んで、立ち止まってしまう。

成せば成る。案ずるより産むが易し。だと頭で言い聞かせても
なかなか自分に自信が無い為に二の足を踏んでしまうジレンマ。


それでも、誰かを想う事をやめてはいけない。

ここでカミングアウト。
自分は自分が嫌いだ。

言い出したらきりが無いくらい嫌いなんだ。

でも、それでも自分を受け入れなきゃ前に進めない。


だから誰かを想い憧れる。

自分が好きになれるように努力する。
少しでも近づけるように。

結局、自分が好きだから嫌な所が目立ってしまって
それが許せないゆえに嫌いなんだって悟る。


rakuさんは記事にこんな感じの事を書いている。
悔しいからもっと私を知ろうとする。私は私は好きだからと。

結局自分は自分自身に悔しいから嫌いなんだ。
だから、いつもいつでも自分を知る努力をして
すこしづつ好きなっていくしかないのかな?って思う。


誰かを想う事は素晴らしい。それだけで自分が強くなれる気がする。

だからこそ、誰かを想う事で自分が少しでも好きになれるなら
いつもいつでもその気持ちを忘れたくない。
2008/04/09のBlog
[ 23:01 ] [ 言葉のノート ]

ほっと一息。飲めないブラックコーヒーに口をつける。

苦味が広がる瞬間、張り詰めていた緊張が和らぐ。




適度な緊張。
それを維持する事は難しい。

削られていく精神を感じながらも
自分がしなければ成らない事に向かい合う。

一向に進まない微妙な時間。


そんな時こそ、リフレッシュタイム。
煮詰まった頭をリセットしよう。

飲めないブラックコーヒーを一口含む。
広がる苦味。いつまで経っても慣れない。

でも、この苦味が何故か心に安らぎを与えてくれる。


過度の緊張が和らぐ。
頭がすっきりとし始める。

さぁ、やるぞ!
一息つく必要性をしみじみ感じながら、そうつぶやいた。

(yasu-boxより画像提供)