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2008/04/24のBlog
50個の質問に答えると236パターンのどれかに分類されると言う

【未来予測機 ミライスコープ】rakuさん とこで見つけて
こっそり性格分析してみた。


何故こっそりかって?

それは決まってんじゃん!
いつも変な性格分析になるからさ・・・・・・・。○ra


それにしても50問は多いよ!
途中でだれてくる自分。

そもそも設問の内容に遊びが無いのが原因なのだ。

目玉焼きは白身より黄身から食べるほうだ。とか
今日夢に出てくる人は胡瓜を持って追いかけてくる。とか
ご飯にケチャップを掛けないと食べられない。とか

などなどピンポイントに攻めて欲しいとこである。


え?胡瓜はオヤツに入りませんよ(笑)


と冗談はさておき、なんとか四苦八苦して質問をこなし
(どちらでもない率が高いのは気のせい)

ついにドキドキの結果発表。


№169
周りを気遣い過ぎタイプ!


えー、いきなりありえない方向に来ました。
気遣いって美味しいんでしょうか?(^^;


自分を犠牲にして周りを気遣う

ないない(笑)
そもそも気配りは全然出来てなくて困ってるぐらいなのに(^^;


人に好かれる

猫には好かれます!友人の家の猫限定で・・・・・・・。


癒し系だ

最近、癒し系って意味変わったのかな?
むしろ癒されたいのは自分?(笑)


人を喜ばせたい

これはばっちり!
人の笑顔ってなんとなく自分の心にずっと残ってるんですよね~。


なかなか自立できない

ぐふ(吐血)。 ○ra



これ以上無いトドメを刺されました。


と言うわけで自分の性格診断はこんなネタ系でした(笑)

みなさんはどんなタイプなんでしょうか。
興味が湧いたら是非やってみると面白いと思いますよ~。
2008/04/23のBlog
[ 22:52 ] [ 言葉のノート ]

後から来た人に追い越されても
いつのまにかヒトリだけになっていても

自分を見失わないで、自分の信じる道を歩く事。




気づいたら真後ろまで迫っていて
駆け足で追い抜かれた。

それでも、自分のペースで歩いていたら
いつの間にか誰もいなくなっていた。


いつしか不安がカタチとなって自分に圧し掛かってくる。

でも、それでも自分が一度信じた道なら
自分を見失わないで、ただただまっすぐ歩いてみよう。

その先にきっと自分が求めていた景色が待っているから。
[ 21:40 ] [ 言葉のノート ]
世は常に両極が存在し
その対比で成り立っている。


よく聴く言葉はYESかNOか。

それ以外の言葉は必要が無いと言わんばかりに
生きていれば究極の2択のような選択を迫られる事もあるだろう。


敵か味方か。
損か得か。

そう言う見方を求められる生き方をして来たからかも知れない。


rakuさんの記事「弱いということ。」を読んで思った事。


強さと弱さは互いが両極にあり
それでいてどちらも欠けてはならない
バランスを保つ為に正と負のベクトルが存在する。

しかし、正と負が存在するなら当然真ん中に零点
すなわち中立も存在する。

そして、世の中のほとんどはその真ん中なんだと思う。

強いか弱いかと言い出したら
上には上がいるし、下には下がいる。

さらに言うなら条件をある程度絞らないと
何に対して強いのか、弱いのかすら計る事すら出来ない。

曖昧でいて、適当な物差し。

だけど、人はそれで優劣を付けようとする。
いや、今の世がそうさせているのかも知れない。


でも、あえて自分は思う。

強さがあるから弱さもある。
逆に弱い部分があるからこそ、それが強さになるんだ。

誰しも強い部分だけで出来ていない。
強いと思える人だって、弱い部分は必ずある。
そして、それが人間と言う本質。

完璧な人間なんて存在しないし
自分はダメな人間だって思っていても
自分の強さをわかってくれている人は必ずいる。

弱いからダメなんじゃない。
弱さがあるのは当然で、それを受け止められるかだ。


弱かった自分がいたからこそ頑張れた。
弱い自分がいるのを知っていたからこそ、努力できた。

弱くていいんだ。弱いからこそ強くなれる。

弱さとか強さは自分で決めちゃっているだけのモノで
そう言う論点から言えば、人間と言う存在は弱いけど強い。


どっちかなんて必要無くて
強い時も弱い時もある方が人間くさくて
一番一緒にいて心地良い。


我が誇れる友人の様に。


友人yasu-boxより画像提供)
2008/04/22のBlog
[ 23:53 ] [ 言葉のノート ]

ぽつんと。いつのまにかヒトリになっていた。

でも、それは周りが見えていないだけ
ちゃんと見渡せば、自分に差し出しされた手がある。




何故かはわからないけど
取り残されたり、明らかに浮いてたりとかで
いつの間にか孤立していた。


気づいた時には手遅れみたいな感じで
逆に人間ってめんどくせ。
って投げやりになったり。

でも、ちゃんと目を凝らして見渡してみれば
自分に向けられたメッセージが必ずあるから。


自分はヒトリじゃない。
[ 20:31 ] [ 思いつき98%な日記 ]
思うようにいかない苛立ちが
以前はこうじゃなかったと言う焦りを生む。

ムキになればムキになるほど
意識すればするほど

いつも以上に気負いしてしまって
いつしか自分が自分でないような感覚に陥ってしまう。

イメージ通りに動けないばかりか、呆然と立ち尽くしていた。


何も出来なかった。
ただ虚しさと、悔しさだけが残るのは冷静になった時だ。

なんで?どうして?

疑問符で脳内を埋め尽くしても答えなんか出なくて
もがいても足掻いても抜け出せないループに嵌まり込み
ズブズブと闇の中に引きずり込まれはじめる。

完全に闇に塗り潰された時には
心は簡単にポキリと折れてしまっていた。


折れてしまった瞬間、今まで抱いていた夢や希望やらが弾け飛び
自分すらも信じられない疑心暗鬼に囚われてしまう。



でもね、イメージ通りにいかなくて当たり前で
いつもいつも、自分の思い描くベストを尽くせるワケが無いんだ。

失敗して、うっかりして、俺とした事がなんて呟きながらも
一回のミスをうだうだ引きずるより
我武者羅でもいいから、ただ前に進むだけでもいい。
さっきのミスを冷静に分析して次への踏み台にするのでもいい。

自分の呼吸を見失わないで
深呼吸して、変に気負ちゃってる自分に渇いれて
失敗してもいいんだぐらいの気持ちで
前に踏み出すぐらいで丁度いい。

思いつめないで思い込まないで
自分を信じられるのは自分だけなんだから
自分を嫌いにならないで

ただただ前を向いて歩こう。

自分の前には眩し過ぎるほどの光が広がっていて
自分には苦しかったりもする事もあるけど

いつかきっとその光が心地よく感じる時が来るかもしれない。

諦めないで、ゆっくりと前に進んでみよう。

自分を引きずり込もうとする闇から、いつの間にか抜け出せているから。
2008/04/21のBlog
[ 22:33 ] [ 言葉のノート ]

徐々に狂い始め、気づいた頃にはすでに泥沼だった。

そんな時こそ深呼吸ひとつ。
ゆっくりでいい最初から自分のリズムを刻み始めよう。




もう戻れないぐらい狂ってしまった。
慌てて焦って取り繕おうとしても
すでに泥沼でどんどん深みにはまっていく。


ならば、多少のロスを覚悟してでも
自分のリズムを、自分のビートを刻もう。

原点に戻る事こそ、起死回生の選択となる。


思考がホワイトアウトしたならば
慌てずゆっくり、最初からやり直せば良いんだ。


(yasu-boxより画像提供)
[ 20:48 ] [ コンマ2秒のカタチ ]
何故か心を解き放つ。

何故か心を開け放つ。


暑いぐらいの春の日差しを受けながら
川沿いの心地よい風を感じながら

屋台で美味しそうな香りに釣られて買った「お好み焼き」を片手に感じる心の躍動感。


野外で食事をすると言う行為は、食欲を増進させ、味わいを豊かにする。
だが、この心の晴れやかさはそれだけで無い気がしてならない。

何故だ?と、熱々のお好み焼きを頬張りながら自らに問う。


うまうま。と満足気な笑顔をつい溢しながら答えが頭に浮かんだ。


何気なさ過ぎて、当然過ぎて、そして随分と懐かし過ぎて忘れていた。


人には安らぎの時間が必要で何気ない一時でも掛け替えの無いモノだ。

常に心を束縛され、閉め切られた空間で生きなければならない効率主義。

自ら必要無いと淘汰した時間こそ
自分の心を解き放ち開け放つ大事な時間と気づく。


なんでも自分が前を向いていなければ意味が無い。
目的を見失わない為に前を向いていないといけない。

その為にも心の窓を開け放ち空気を入れ替える必要がある。

それを感じられた時、何故かふと身体が軽くなった気がした。

自分は今、解放されたと感じた時
自分が閉じていた世界を開放したのだ。
2008/04/20のBlog
[ 23:54 ] [ 言葉のノート ]

気にしないでいい。自分が楽しめればそれでいいんだ。

楽しい。そう思える事がいづれ上達に結びつくから。




下手だから面白くない。楽しめない。
だから、やりたくない。

それだと、いつまでたっても上達なんてしない。

やりたいって気持ちがあるなら
失敗しても前向きにトライトライトライの精神でひたすら突き進め。


気にしないで体当たりでぶつかっていれば
どんな強固な壁だってぶち壊せる。

要は自分がどれだけ楽しめるかで
それこそが上達への近道なのだ。
[ 21:53 ] [ 思いつき98%な日記 ]
いままで見向きもしなかったと言っても過言でない。

桜は美しいとは感じるけどわざわざ時間と労力を惜しんでまでは・・・。
と言うのが今までのスタンスだったから

なのに何故か今年は心が訴えるかのように気になって仕方が無かった。

桜が呼んでいる。

まさにそんな感覚だった。


天気予報では日曜日。
今日は晴れると言う事を事前に確認し、デジカメのバッテリーの充電も余念が無い。


すでに気持ちは造幣局に向いていたのだ。


地下鉄天満橋駅を降りて驚く事は
想像していた以上の人だかり

造幣局に着いても、それは変わらない。

しかし、それを差し引いても余りある桜達がそこにいたのだ。


普通では見る事の出来ない桜が所狭しと咲き乱れる。

時期が少々遅かった為か葉桜が目立ち
すでに散ってしまっている桜も目立つが

それでも絢爛と言う言葉が相応しかった。


思わず溜め息が漏れる。
桜に見とれてしまって息をする事を瞬間忘れていたかのように。

空を見上げれば

久しぶりの青い空。
流れ行く白い雲。

それに添えるように映える桜。


明治16年(1883年)、時の遠藤謹助局長の
「局員だけの花見ではもったいない。市民とともに楽しもうではないか」
と言う言葉から開放された造幣局の桜の通り抜け。

来て良かった。

迷わずそう言える
桜の通り抜け。


桜と写真がまた好きになれた。


(画像上から林2号、鬱金、麒麟、天の川、雨宿)