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2008/05/18のBlog
[ 22:31 ] [ 言葉のノート ]

誰にだって開けられたくない扉がある。

誰にだって開け放たなければならない扉もある。




硬く閉じられた扉は誰しもが勝手に開ける権利は無い。
例えその人の事を思っての行動だとしても
その行動がより深く傷つける事もある。

手助けはしたとしても
ずかずかと土足で踏み込む事は許される事でない。

自分で開かなければならない扉は
自分で開け放つしか無くて
自分で開け放ってこそ意味があるんだ。
[ 16:40 ] [ コンマ2秒のカタチ ]
物事に難しいと思える事はたくさんあるけど
まず、大きく上げるならふたつ。


始める事と続ける事。


このふたつが難しいんだと思う。


何でも物事を始めようと思う時
なかなか行動に移せない事は多い。

英語をしゃべれたらかっこいい。
ダンスを踊ってみたい。
料理とか出来るようになりたい。

頭で考える事は有っても、実際行動に移せるかと言ったら、また別問題で
言うのは簡単だけど、行動することの難しく
何をどうすれば良いのか考えたりするけど、実際に実践するとなると
身体が動かなかったり、心が躊躇ってしまう。

それは、始める前にいろいろと後先の事を考えすぎて
実際にやってみたいと言う興味を、現実的な考えが無くしてしまうんだろう。

何事も初めてみないとわからない事は多いし
やってみないと何も見えない。
だから、いろいろ考えるよりまずはやってみる事が大事で
こーゆーのは勢い!思い立ったら後先考えずに体当たりしてみると
かえって良い結果を導くんだろう。


次に難しい事は、始めたは良いけど結局、すぐに止めてしまうと言った
なかなか長続きしない事。すなわち継続する事の難しさだろう。

結構、興味でいろいろと試してみるけど
最初だけやってみて、イメージと違ったり、思っていたより苦しかったり
続ける気持ちは有っても他にいろんな理由で出来なかったりとか
様々な理由で止めてしまう事は多い。

後になって、もう少し本格的にやっておけば良かったとか
なんで我慢して続けられなかったのかと後悔する事は多い。

でも、実際モチベーションの問題で
最初は凄い熱くなっていて熱中する分、冷めやすい事は多い。
瞬間的な熱は長続きしないのだ。
だからと言って、最初からあまり気乗りしない事が続くとも考えにくい。

この辺は結局、自分の中でのモチベーションコントロールが重要になってくるのかも知れない。

しかし、自分ひとりでいかに続けようとしても、そこに信念とか目標とか確固たる目的が無いとなかなか難しいのが現実で、だからこそ同じ目的を持つ仲間と言う存在は凄い自分にとってプラスになる事が多い。

自分のモチベーションが下がってきても、仲間と話すことで相談する事で
以外にモチベーションは維持できる。

何事も熱中する事も大事だけど、それよりも続ける事の方が重要なのである。


始める為には少しの勇気がいる。それが結構大変で
そして、続けようとする事は自分の心との闘いでもある。


でもね、なんでも楽しいと思える事が全てを可能にさせる。
そして楽しいと思い続ける事が大変だからこそ、その為に仲間がいるんだ。

人は人と支え合い、目標を目指しあえるからこそ
お互いを磨き合える。
だからこそ、みんながみんなを励ましあい助け合える事。

それこそが始める事と続ける事を簡単な事に変えてしまう魔法なんだと思う。
2008/05/17のBlog

確固たる信念は、誰も邪魔する事が出来ない。

後は自分がどこまで行動できるかだ。




自分が信じて進む道。
底に立ち塞がる壁があっても心が折れない限り進む事が出来る。

例え誰がもっともらしい正論を唱えても
現実を見ろと訴えても
自分が正しいと思い続け進む事だ。

誰も100%正しいわけじゃないし
誰でも間違えて迷って苦しんでいるなら
間違える事を恐れないで、ただ自分の信じる道を進むんだ。

心折れるまで自分がどこまで行動できるか
それが自分の信念の強さなんだ。
[ 22:35 ] [ 思いつき98%な日記 ]
ひとしきりに そこはかとなく

さえぎるモノは ナニもないかのよう

タダタダふりそそぐ

ソレは

ナニもかんがえず かんじず

タダおのれをおしコロス

そのタビに やのようにツキササル

こころのあめ こころのさけび



とつぜん なにもかもを

すてさりたい やぶりすてたい

ハジメからやりなおしたい

すべてをヒテイしたい

そんな タイハイテキな

シコウがすべてを のみこんでゆく

タダタダタエル 

いつまでもタエル



だけども、それだけじゃダメだ。

と、我に戻る自分。


自分を否定しても、結局は何も変わらないのだ。

耐えて耐え抜いても、自分のココロがボロボロなら

それは負けたのと同じだ。


自分が生き抜ける為のデッドラインを確保してこそ

耐える意味がある。


耐えた先に、自分の絶えた姿が見えるなら
ここは潔く決断するべきだ。



ココロはしきりに疼く。未練が自分を焦がすかの様に。

それでも、前に進む意志を示さなければならない。

自分は生きているのだから。



生きていれさえいれば、生きていく希望を捨てなければ
自分はまだ負けていないと思えるなら

まだ自分は死んでいない。


明日は誰にでも訪れるように、かならずきっと晴れる日が来る。
こころのあめが降り止む日が来る。
2008/05/16のBlog
[ 22:53 ] [ 言葉のノート ]

誰でも自分にしかない魅力を持っている。

ただ、それが自分ではわからないだけで誰でも魅力はある。




周りと比べて自分が小さく見えて
何もかもを持っていない存在のように思えてきて失望する。

特に自分の傍に眩しい存在がいる程
自分はその影に隠れてしまい存在理由すらを否定された気にすらなる。

でも、その人に魅力があるように、自分にも輝いて止まないモノがあるのだ。
輝いてる側に取って自分が輝いているのがわからない。

だけど、必ず輝いている魅力はあるから
だから、自信を持って胸をはればいい。自分は決して影じゃないから。
2008/05/15のBlog
[ 23:31 ] [ 言葉のノート ]

口に入れた瞬間に広がる世界は甘美でいて崇高。

広がっていく瞬間は、頭を活性化させ心に安らぎを与える。




普段からは、余り口に入れる事は無いけど
考え事をしていると無性に欲しくなるモノ。

嫌いじゃないけど、過ぎるモノは好きじゃない。
でも、何故か口にしてしまうモノ。

京都に行くとついつい求めてしまうモノもある。
それは、口に入れた瞬間に繰り広げられるひとつの物語で
ほんのり甘くて、くどくなく、すっと染み入るような心安らぐ物語。

考え事をしている時に、口にすればすーっと頭がクリアになる錯覚すら有る。
アマイモノは自分にとって不思議な存在だ。
[ 22:55 ] [ 思いつき98%な日記 ]
やってよかったと満足する事。

胸に手を当てて最近、そーゆー事って有ったかな?
って考えてみる。

最近の自分は概ね、それが出来ていると思うが
少し前の自分は少なくとも満足できているとは思えなかった。


毎日が忙しいのと、充実していると言うのは違うし
充実しているつもりでも、それが虚構だったのではと疑心暗鬼になったり

結局、大事にしていたモノが崩れ去った時
自分に残った物が何も無い事に気づかされる事も多々有った。

自分は今まで何をやっていたのかと思うのと同時に
失ったもののに依存していた自分が
その支えを失った時、どれだけ脆弱であるかを思い知る。


でも、それが出発点だ。
失って初めてわかる事。
それが自分と言うモノの中ではなかなか知る事が出来ない。

だから、それがわかったのなら、自分は自分と言う存在の中で一歩進めたのだ。

やってよかったと満足する事は難しい。
でも、それを実感する事があるとしたら
それは自分の力を、労力を顧みずに注ぎ続ける事なのだろう。

やりたかった事を、ただやるだけでは、まだダメで
そこから続けて、そこにある何かを見つける事。
それを見つけて、自分はどうしたいのか、どうするべきかを考え
そして、動いてみる。
戸惑うこと、躊躇う事はあるけど、とにかく進んでみる。

そうやって信じれる友人と自分なりに手探りに進んでみて
やって良かったと言う満足を実感できた。

まだまだ、これからで今の現状に満足していてはダメだけど
それでも、少しでも良かったと思えたのなら
今の自分は充実しているんだと言い張れる。
2008/05/14のBlog
[ 23:38 ] [ 言葉のノート ]

ふと思いついた事から始まって終わりの無いモノ。

考えて失敗して進すむ事で生まれたカタチ。




こうなればいいのに。
こうだったらやりやすいのに。

そこで止まらずに先を考える事で浮かび上がる発想。
その発想を元に生み出される物。

一工夫。

それは想いや情熱の結晶で
時には失敗と言う涙や苦労と言う汗を吸い。
閃きと努力によって編み出された作品。

でも工夫に終わりは無くて、さらに上を目指して進んでゆくもの。

今日もどこかで新しい産声を上げているんだろう。
[ 22:36 ] [ コンマ2秒のカタチ ]
何かをする過程で人は常に考える物で
例え何も考えていなかったとしても
段階の途中でどうするべきかを選択しているモノだ。


特に買い物等で選ぶ時は
まず欲しい物に条件を決め、それに当てはまる物を選ぶ。
その条件を前提にしながら、あとは自分の直感やイメージで絞っていくのだ。


また、何かをしようと行動した際でも人は考える。
例えば単純に石を投げるにしても
より飛ばすにはどうすればいいのか。
綺麗に飛ばすにはどうすればいいのか。
投げ方ひとつにしてもイロイロと試したりするだろう。


人は考える生き物で、興味の無い事に関してはそれ程考えないかも知れないが
興味の有る事や自分にとって必要のある事に関しては常に試行錯誤したりする。

特にひとつに集中している事があると、それしか見えない人は多いだろう。
集中することで脳内が活性化され、ヒラメキで満ち溢れる事は良くある事で
頭が冴え渡ったり、いつもよりも冷静に考えられたりするものだ。


その考える事には効率化を求める傾向がある。
いかに物事を効率よく行えるかの一点に考えが絞られ
行動の無駄を無くし、より円滑さを求めるのだ。
これによって行動における時間の短縮や、労力の節約等の効果が得られる。

また、改善と言うカタチで
自分の行動に対して無理や弊害が生じた場合にそれをいかに改善するか
もしくはより良くするにはどうすればいいか?と言う考え方で
ひとつの考えに固執しないで、さらに上を考えたりする。
特に時代の流れは早く、昔のやり方では追いつかない事があるからだ。

しかし、効率を求めるばかりでも、上手くいかないのが人間で
特に人間関係に関しては、いくら考えても頭を悩ませる事が多いだろう。

むしろ効率を求めすぎるばかりに、失うモノがあったり
逆に他人に気を使いすぎるばかりに、自分自身が疲弊したり
考えても納得の行く方法が思いつかなかったり


人とは考える事によって生き、発展し、栄えた。
考える事で様々な可能性を生み出し、生き方を現した。
しかし、生きると言う事は人と言う感情があるからこそ意味がある物で

考える事は必要だけど、偏りすぎてもダメで
バランスが重要なのである。

効率をある程度求めつつも、自分自身や周囲に対しても負担が無い方法。
考えれば考えるほどイロイロな物が見えてくる。

それが人間の素晴らしい可能性だ。