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2008/05/25のBlog
[ 22:36 ]
[ 思いつき98%な日記 ]
忙しいと言う事は充実しているという事で
それだけ日々に集中できている。
集中できている時は、なんでもうまく行く物で
その分、他に手を回せないジレンマ。
忙しいはイイワケに過ぎず
きっちりと常日頃のやるべき事のプライオリティーを決め
プランをきっちり立てれていない事に苦笑しつつも
それでもまだ前向きでいる気持ちは
いい結果をもたらすモノだ。
調子に乗っている時は
考えも常にシャープでいつも以上にキレル。
頭の中で偶然にも似たファインプレイに自画自賛しつつも
疲れている肉体とはうらはらにテンションがあがる。
肉体的に疲れている時こそ、精神は充実するって言葉に
身体が疲れていては、心は癒されないと思っていた自分の考えに
疲れている時だからこそ、ひとつに集中できる時もあるのかも知れないと考え
疲れているにもかかわらず、寝ようと思っても寝れない心境に通じるものが
あるのかも知れないと一人で納得する。
忙しいからとイイワケはしたく無いけど
忙しいから仕方ないと蔑ろにしていたモノは有って
とりあえず、まだまだ自分の中での采配の無駄に
溜め息をつきつつも、伸びシロはまだまだ有るから頑張れと自分に激励を贈る。
そうだ。生きている限りは終わりじゃないのさ。
それだけ日々に集中できている。
集中できている時は、なんでもうまく行く物で
その分、他に手を回せないジレンマ。
忙しいはイイワケに過ぎず
きっちりと常日頃のやるべき事のプライオリティーを決め
プランをきっちり立てれていない事に苦笑しつつも
それでもまだ前向きでいる気持ちは
いい結果をもたらすモノだ。
調子に乗っている時は
考えも常にシャープでいつも以上にキレル。
頭の中で偶然にも似たファインプレイに自画自賛しつつも
疲れている肉体とはうらはらにテンションがあがる。
肉体的に疲れている時こそ、精神は充実するって言葉に
身体が疲れていては、心は癒されないと思っていた自分の考えに
疲れている時だからこそ、ひとつに集中できる時もあるのかも知れないと考え
疲れているにもかかわらず、寝ようと思っても寝れない心境に通じるものが
あるのかも知れないと一人で納得する。
忙しいからとイイワケはしたく無いけど
忙しいから仕方ないと蔑ろにしていたモノは有って
とりあえず、まだまだ自分の中での采配の無駄に
溜め息をつきつつも、伸びシロはまだまだ有るから頑張れと自分に激励を贈る。
そうだ。生きている限りは終わりじゃないのさ。
2008/05/24のBlog
[ 23:24 ]
[ 言葉のノート ]
2008/05/23のBlog
[ 23:50 ]
[ 言葉のノート ]
2008/05/22のBlog
[ 23:42 ]
[ 言葉のノート ]
2008/05/21のBlog
[ 23:33 ]
[ 言葉のノート ]
心に好奇心と言う炎が宿ったなら
その炎が消えて無くなるまでに走り出す事だ。
人は好奇心に左右される生き物で
やってみたいと思った時こそ
行動するときである。
実際に行動する事が億劫になってしまって
行う前に止めてしまう事が多いのなら
いろいろ考える前に動き出すことだろう。
自分自身がきっとその興味の奥に
何か有ると訴えているのだ。
2008/05/20のBlog
[ 22:23 ]
[ 言葉のノート ]
[ 21:12 ]
[ 思いつき98%な日記 ]
迷った時にいつも思う事。
あの人だったら、この時どうする?
ひとりで立ち上がらないといけない時こそ
追ってしまうあの人の存在。
自分にとってどれだけ大きく
そして頼っていたのか思い知らされる。
もう頼らないでヒトリで生きると決めても、慣れてしまった身体を
思考をいきなり切り替えれるほど、自分は出来た人間でなくて
そんな迷いが呼び起こす現象は
夢に現れるあの人の存在。
普通に昔のように憧れて頼って、そして心の奥底で嫉妬していた。
でも、いつも傍にいるだけで自分がなんでも出来ると勘違いしていた頃より
自分の弱さを知る事が出来た自分の方が、まだマシなんだと感じる。
あの人はもうここにはいないのだから
無いモノねだりをいつまでもしていても意味が無いんだ。
自分のいたらなさが、歯痒く感じるも
一歩づつ確実に進んでいると言う気持ちで、ひたすら前に進む。
ホントは一歩も進んでないかも知れない。
空振りして空回りして一周して
結局振り出しに戻ってるだけで成長して無いのかも知れない。
でも、何もしないよりも前に進むんだと言う気持ちで
諦めて「どうせ無理だ」って言い訳しないで
とにかく頑張ってみようよ。
それがあの人の信条だったように
自分もその気持ちを受け継ごう。
折れそうになる。
諦めそうになる。
逃げ出そうとしたくなる。
別に折れたって諦めたって逃げたっていいんだ。
あの人は言った。
最終的に自分が前を向いて歩き出せるなら
何がどうなったってそこで終わりじゃない。
生きてさえいればなんでも出来るから。
大きすぎて、自分にはまだ受け止められない言葉。
でも、何が起きたって生きてさえすれば終わりじゃない。
その言葉だけは挫けそうになる度に蘇る。
まだまだ自分は頑張れる。
その気持ちが今の自分を前向きにさせるんだ。
あの人だったら、この時どうする?
ひとりで立ち上がらないといけない時こそ
追ってしまうあの人の存在。
自分にとってどれだけ大きく
そして頼っていたのか思い知らされる。
もう頼らないでヒトリで生きると決めても、慣れてしまった身体を
思考をいきなり切り替えれるほど、自分は出来た人間でなくて
そんな迷いが呼び起こす現象は
夢に現れるあの人の存在。
普通に昔のように憧れて頼って、そして心の奥底で嫉妬していた。
でも、いつも傍にいるだけで自分がなんでも出来ると勘違いしていた頃より
自分の弱さを知る事が出来た自分の方が、まだマシなんだと感じる。
あの人はもうここにはいないのだから
無いモノねだりをいつまでもしていても意味が無いんだ。
自分のいたらなさが、歯痒く感じるも
一歩づつ確実に進んでいると言う気持ちで、ひたすら前に進む。
ホントは一歩も進んでないかも知れない。
空振りして空回りして一周して
結局振り出しに戻ってるだけで成長して無いのかも知れない。
でも、何もしないよりも前に進むんだと言う気持ちで
諦めて「どうせ無理だ」って言い訳しないで
とにかく頑張ってみようよ。
それがあの人の信条だったように
自分もその気持ちを受け継ごう。
折れそうになる。
諦めそうになる。
逃げ出そうとしたくなる。
別に折れたって諦めたって逃げたっていいんだ。
あの人は言った。
最終的に自分が前を向いて歩き出せるなら
何がどうなったってそこで終わりじゃない。
生きてさえいればなんでも出来るから。
大きすぎて、自分にはまだ受け止められない言葉。
でも、何が起きたって生きてさえすれば終わりじゃない。
その言葉だけは挫けそうになる度に蘇る。
まだまだ自分は頑張れる。
その気持ちが今の自分を前向きにさせるんだ。
2008/05/19のBlog
[ 23:36 ]
[ 言葉のノート ]
[ 21:57 ]
[ 思いつき98%な日記 ]
何かをイメージする時。
良いイメージを常に持つ。
こうすれば楽しい。
こうなると面白い。
そこから始まる物語は
仮想で空想で妄想かも知れないけど
確実に自分の中だけで有っても
ひとつの世界が創られ繰り広げられている。
時には現実世界に近い設定で、これから起きる事を忠実に考えられた物だったり
時には現実とかけ離れた自分の想像だけで創り上げられた物だったり
そこにはカタチが無く、ただ自分の頭の中でぐるぐると回り続けるだけだけど
確かに自分の中ではひとつのシナリオとして存在し
時にはそのシナリオを自分のこれからの行動の台本として使う事だってある。
イメージは無限で、どーでも良い事とか偶然気に入った事とか
ふと一息ついた時に目に入った物とか
そんな、なんとなく目に入った瞬間に広がる時も有れば
とても心に響いた言葉や場面について、頭が思考モードに入り
イメージがさらなる可能性を追求する事だってある。
だけど、イメージしてて楽しい時はいつも自分にとって良いイメージや
興味の有る事をイメージする時だ。
考える事は楽しい。
人は考える生き物だし、クイズやサスペンスや物語が世に溢れているのも
謎を求める生き物でもあるから。
常に脳は知識を謎を求める好奇心、探究心の塊で
だからこそ常に脳は可能性をイメージしてならないんだろう。
イメージするときは常に良いイメージで
そうする事で人はずっとずっと考えていられる。
考える事は人の可能性を否定するモノでもあるし
イメージする時は悪いイメージもして置くべきだって言うのも一理あると思うけど
考える事を億劫になったり、拒否してしまうよりは
自分はイロイロ考えていたい。
だって、考える事は求める事であり
考えている時は人は常に自由でいられる瞬間だから
探究心に歳なんて関係ない。
考えイメージする事は、いつでもどこでも誰でも出来る与えられた可能性。
だから常に楽しい事を考えイメージする事は
誰にでも与えられた自由なんだ。
良いイメージは、自分を前向きにしてくれる。
楽しいイメージは、物事にリズムを与えてくれる。
自分の描いたシナリオで思いっきり楽しめば良いんだ。
良いイメージを常に持つ。
こうすれば楽しい。
こうなると面白い。
そこから始まる物語は
仮想で空想で妄想かも知れないけど
確実に自分の中だけで有っても
ひとつの世界が創られ繰り広げられている。
時には現実世界に近い設定で、これから起きる事を忠実に考えられた物だったり
時には現実とかけ離れた自分の想像だけで創り上げられた物だったり
そこにはカタチが無く、ただ自分の頭の中でぐるぐると回り続けるだけだけど
確かに自分の中ではひとつのシナリオとして存在し
時にはそのシナリオを自分のこれからの行動の台本として使う事だってある。
イメージは無限で、どーでも良い事とか偶然気に入った事とか
ふと一息ついた時に目に入った物とか
そんな、なんとなく目に入った瞬間に広がる時も有れば
とても心に響いた言葉や場面について、頭が思考モードに入り
イメージがさらなる可能性を追求する事だってある。
だけど、イメージしてて楽しい時はいつも自分にとって良いイメージや
興味の有る事をイメージする時だ。
考える事は楽しい。
人は考える生き物だし、クイズやサスペンスや物語が世に溢れているのも
謎を求める生き物でもあるから。
常に脳は知識を謎を求める好奇心、探究心の塊で
だからこそ常に脳は可能性をイメージしてならないんだろう。
イメージするときは常に良いイメージで
そうする事で人はずっとずっと考えていられる。
考える事は人の可能性を否定するモノでもあるし
イメージする時は悪いイメージもして置くべきだって言うのも一理あると思うけど
考える事を億劫になったり、拒否してしまうよりは
自分はイロイロ考えていたい。
だって、考える事は求める事であり
考えている時は人は常に自由でいられる瞬間だから
探究心に歳なんて関係ない。
考えイメージする事は、いつでもどこでも誰でも出来る与えられた可能性。
だから常に楽しい事を考えイメージする事は
誰にでも与えられた自由なんだ。
良いイメージは、自分を前向きにしてくれる。
楽しいイメージは、物事にリズムを与えてくれる。
自分の描いたシナリオで思いっきり楽しめば良いんだ。