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2008/07/31のBlog
[ 23:51 ] [ 言葉のノート ]

眩しくて真っ直ぐに見ていられなくて

それでも憧れて止まないなら、目を反らしてはいけない。




憧れとは常に眩しく映る物で
追い求めようとする反面、心の中で諦めていたりする。

憧れはあくまでも目標で無くて
現実と言う表現を言い訳にして
自分には無理だと言い訳して

だからこそ、自分がそれに近づこうと努力すること自体が
おこがましいと変に後ろ向きになる。

あの人と自分は根本的に違うんだと言い聞かせたりして・・・・。

だけど、まずは真っ直ぐ見据えなければ何も見えやしない。

ホントに届かないかどうかなんて
誰もわかるワケない。
なぜなら、どこまで出来るかなんて本人の意志次第で
なんとでも変わるものだから

挑戦する事、立ち向かう事。
やる前から諦めない事。

それが憧れるモノへ、一歩でも近づく事になる。
そうする事で、憧れる想いは大きくなるはずだ。
2008/07/30のBlog
[ 23:27 ] [ 言葉のノート ]

どんな時でも、どんな行動や言葉にも

いろんな顔、心があって秘めている意味がある。




様々な思惑、想い、意図が溢れる中で
いつどんな時でも行動や言葉は生きている。

自分が意図しなくても
言葉や言動は、物を言うもので
それが癖となるんだろう。

自分の気持ちを素直に出せない時こそ
言葉は、言動は、その裏に隠された気持ちを伝えようとする。

言葉には行動には心がある。
それはもう生きていると言っても良い。

自分の素直になれない気持ちを
変わりに伝えてくれるもう一人の自分なんだろう。
2008/07/29のBlog
[ 23:13 ] [ 言葉のノート ]

どこにいようと身近に感じられる事があるなら

ただ信じるだけで良い。信じてあげれば良い。




一度、疑い始めると
小さな事まで、全て疑わしく写ってしまう。

信じているからこそ、裏切られる怖さを知っているから
疑念は疑念を産み雪だるま式にでかくなる。

だけど、あなたがいつも身近に感じられるような暖かさを
今もずっと持ち続けているのなら
ただ信じてあげれば良い。

間違いは誰にもある。
それは自分にも相手にも

もし相手が間違いを起こしていたとしても
最終的に戻ってくる居場所が自分であるなら
そう信じて待ちたい。

身近に感じていた暖かさを信じて。
2008/07/28のBlog
[ 23:50 ] [ 言葉のノート ]

なんでもない一言だったかも知れない。

しかし、その一言が全てを狂わせる事もある。




配慮が無かったと後で悔やむ事が
自分の何気ない一言だったと言う事は良くある。

何も考えず、その場のノリで放った一言は
人の心を抉ったかもしれない。
人の恨みを買ったかもしれない。

そして時には自分自身に疑念を抱かせたかも知れない。

人は信頼と信用で出来ている。
信じるに値する人物かどうかを、常に人は人に対し見ているからだ。

だからこそ、配慮の無い発言は自分の株を落としてしまう。

どんな親しい仲にも礼儀はある。
例え自分の思惑と違う意味で放った一言でも
人が悩む事、迷う事、苦しむ事は必ずある。

だからこそ、自分の言葉には責任を持ちたい。
2008/07/27のBlog
[ 23:28 ] [ 言葉のノート ]

咄嗟に自分に非がある行動を行った場合こそ

自分が表に立つ時だ。





だれだって、魔は指すさ。

仕方無い時もある。
感情を抑えられない時も
欲望を抑えられない時も

だけれど、自分に非があると理解しているなら
前向きに向き合わなきゃならない。

逃げたい。
隠れたい。

誰だって、そうさ。
ばれなきゃ良いって誰だって少しは思ってる所はあるさ。

だけど、自分の中に溜め込んだ罪悪感だけは消えてくれない。
だからこそ、自分の責任を取る為に矢面に立つ必要がある。

咄嗟にやっちゃう事はある。
だけど、その後、自分がどうするかが肝心なんだ。
2008/07/26のBlog
[ 23:59 ] [ 言葉のノート ]

不意に動けなくなる瞬間は必ずある。

その時、どうフォロー出来るかで真価を問われる。




生きてりゃ自分の想定外の事は常に有って
そんな中でも、常にベストで無いにしても次善の策で切り抜ける事は良くある。

でもね、自分自身が振りかぶった火の粉なら
その苦労は言わないでもわかるものだけど

第三者にとって見れば、なかなか理解する事が出来ない。

だからこそ、咄嗟に動ける。
もしくは動けなかった時に、じゃあ、どうすればいいのかが解る。

それは、一度経験した人の強みだ。
一日の長。

どんなに辛い体験でも、思い出したくない記憶でも
それを活かせるか、どうかは自分次第なのかもしれない。
2008/07/25のBlog
[ 23:59 ] [ 言葉のノート ]

良くも悪くも今を作り上げたのは自分自身なら

これからを創り上げるのも自分自身だ。




少なくとも今に満足なんてしてないし
絶対なんて少なくとも無かった。

だからこそ、努力もしたし
その度に何度転んだかわからない。

だけれども、少なくとも自分は今の人生を悪かったと思っていない。

少しでも今までを言い訳にしてしまったら
きっと、これから先、自分自身に言い訳して生きる事になるから

だからこそ、これからを信じて進む事。
迷っても前を見続けていさえすれば、辛くてもきっと切り抜けられるさ。
2008/07/24のBlog
[ 23:50 ] [ 言葉のノート ]

空気に流されるな。揺らぐ気持ちに負けるな。

確固たる目標があるならば、意志で打ち勝つ場面だ。




人は何かに向かって進んでいる時。
必ずといって良いほど、揺らぐ場面がある。

こんな事していていいのか?
自問自答しながら、心がゆらりゆらりとたゆたう。

周囲の空気が自分にプレッシャーを与える度に
一抹の不安が自分の心を揺さぶってくる。

だけれど、こんな時こそ
自分に負けちゃダメだ。

何かを成し遂げると言う事は、それなりの決意と覚悟があったはずだ。

だったら、いちいち揺らいでいる暇は無い。
例え揺らいで折れてしまいそうになっても、自分が目指す頂が有る限り
自分の意志の炎を消しちゃダメだ。

弱気になる事は誰だってある。
だからこそ、今一度、自分の目標を見つめて
自分が何をしたいのかを確かめて
また進めばいいさ。

人は迷い悩み悔やみながらも生きるのだから
気持ちに負けずに、自分の意志を突き通せば良いんだよ。
[ 21:51 ] [ コンマ2秒のカタチ ]
去年も思った事で
きっと来年もきっと苦々しく口に出すんだろうけど

去年はこんなに暑く無かったって
きっと言うに違いない。


喉元過ぎれば暑さを忘れるのと一緒で
結局、忘れた頃にきっと同じ事を感じるのだろう。


人は記憶に深く刻まれた事で無いと
大切だから覚えなければと強く思っていても
長い間、触れないでいる。ただそれだけですっきりと忘れてしまう生き物。

忘却。

それは人に許されたヒトツの特技だけど
それ故に失敗してしまう事もある。


忘れなきゃ進めないモノ。
忘れては進めないモノ。

どちらも存在する中で
ふと、こーゆー事も有ったなぁって微笑む事も有れば
胸が締め付けられるように苦しみを抱く時もある。


生きているって感じる瞬間は過去を振り返った時だ。

辛いと思った記憶は、きっと何かを諦めずに頑張っていたんだと思う。
挫折しそうになった記憶は、きっと自分自身大きくなれた経験だったはず。
悲しみに自分を見失った記憶は、誰かが同じ悲しみを抱いた時解ってあげられる。


忘れたくても忘れられないなら無理に忘れる必要は無い。
だけど、後悔だけはしちゃダメさ。

後悔して動けなってしまう事は、自分自身を縛ってしまうだけで
過ぎ去った過去を、どれだけ悔やんでも取り戻せやしないんだ。


忘れ去ったつもりでも記憶が、いつどんな時に蘇るかわからない。
その時に少しでも微笑む為にも、悔やまないで自分を信じれたらって強く思う。