ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
.2s
Blog
[ 総Blog数:432件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2008/08/07のBlog
[ 23:03 ] [ 言葉のノート ]

今の時代を生きるのに

不器用でも無様でも自分らしく歩けば良い。




生きる。
当然の事だけど、簡単な事じゃ決してない。

だけど別に格好つける必要も無い。
無様でも良い。不器用上等。

自分自身に嘘ついて小さくまとまって生きるより
例え不恰好でも、それで笑われたとしても
自分の生き方を通せば良い。

自分らしく。
それがいつでも出来るかどうかだ。
2008/08/06のBlog
[ 23:25 ] [ 言葉のノート ]

何もしないで悔やむよりも

行動してから思いっきり悔やみたい。




誰でも生きている限りは
悩み迷い悔やみながら前に進むモノだけど

悔やむにしたって
何もしないで、あの時ああすればって後悔だけはしたくない。

前に進んでるかどうかわからなくても良い。
自分自身が進んでいると信じて歩む事。

例え遠回りでも寄り道でも良いんだ。
ゆっくりでも勇み足でも失敗したって良い。

自分が行動してそれで悔やんで
何かつかめれば良い。同じ後悔でも次に繋がる後悔をしたい。

決して後悔がトラウマにならないように行動したい。
2008/08/05のBlog
[ 23:23 ] [ 言葉のノート ]

どんなに努力しても手に入らないモノがあると言われても

追い続けるのは、そこに目指す物があるからだ。




どんなに努力してもそれが報われるのはほんの一握りで
表舞台で日の目も見ずに消えていく人がほとんどだろう。

頂を目指すと言う事は
才能や努力だけではまだ足りない。

大事なのは人。仲間。

どんな道でも一人じゃ進めないんだ。


夏。

高校野球を見る度にそう感じずにいられない。
2008/08/04のBlog
[ 23:42 ] [ 言葉のノート ]

目の前を過ぎった甘い餌に揺らぐ心。

平常心を掻き乱され自分を見失えば、何事も成す事は出来ない。




高い壁が立ち塞がり切羽詰った時がある。
それを自分なりに厳しいながらも乗り越えようと努力している最中

ふと前を過ぎる餌があるとする。

人は心の弱い生き物だ。

すがるように、飛びつくように
自分の心が揺らぐのも構わず、その餌を喰らう事はあるだろう。
自分が追い詰められている程。

しかし、自分の力で超えられなかった壁は
その壁の先で必ず自分に立ち塞がる。
自分の心の闇となって


自分自身が自分の力で乗り越えようと歯を食いしばってるならば
どんな事が有っても自分の力で乗り越える強さがいる。

心の強さは、いつ何時も揺らぐことの無い意志の強さ。

それは自分の力で壁を越える度に自ずと染み込んで行くものだろう。
2008/08/03のBlog
[ 23:59 ] [ 言葉のノート ]

追い詰められた時ほど、集中できる時は無い。

焦らずじっくり思考すれば、必ず良いひらめきが舞い降りる。




人が一番に力を発揮できる時。
それは、追い詰められた時だろう。

逆境に弱い人もいるが
それでも多少のプレッシャーが無いと
行動を起こす事が億劫になるのも人間だから。

だからこそ、極度に追い詰められたりプレッシャーが掛かる事で
その一点だけに集中できれば
きっと道を開くことが出来る。
[ 22:29 ] [ 言葉のノート ]

どんなにその身を縛る鎖が巻き付いて有っても

自分の信じる道、それを見据える視線だけは邪魔できない。




どれだけ、無理な状況であっても
確固たる目標がある限り、心折れるまで人は走り続けることが出来る。

どんなに自分自身が身動きできなくなるように束縛される事があっても
自分自身が信じ続ける限り、誰も邪魔することが出来ない。

何があっても、何が起きても
目を逸らさずに、まっすぐ目標を見据え続ける事が大切なんだ。
2008/08/01のBlog
[ 23:59 ] [ 言葉のノート ]

普段通りでいたいのに、それが出来ない。

それが自分自身で分かれば分かるほど動けなくなっていく。




気持ちを落ち着けて普段通りになる。

それをやろうと思ってできるかって言われたら
まず、できないだろう。

平常心を失えば、焦りが無理を生み
無理が自分の首を絞めていく。

いつも通りにしようと思うほど
追い詰められて、それができなくなるものだから。

落ち着けと言われて
落ち着ける人なんていない。

だからこそ、無理に足掻こうとしない事が一番なのかもしれない。
焦りが産まれる時ほど、しっかりと現状把握する事が
起死回生に繋がるものだから。
2008/07/31のBlog
[ 23:51 ] [ 言葉のノート ]

眩しくて真っ直ぐに見ていられなくて

それでも憧れて止まないなら、目を反らしてはいけない。




憧れとは常に眩しく映る物で
追い求めようとする反面、心の中で諦めていたりする。

憧れはあくまでも目標で無くて
現実と言う表現を言い訳にして
自分には無理だと言い訳して

だからこそ、自分がそれに近づこうと努力すること自体が
おこがましいと変に後ろ向きになる。

あの人と自分は根本的に違うんだと言い聞かせたりして・・・・。

だけど、まずは真っ直ぐ見据えなければ何も見えやしない。

ホントに届かないかどうかなんて
誰もわかるワケない。
なぜなら、どこまで出来るかなんて本人の意志次第で
なんとでも変わるものだから

挑戦する事、立ち向かう事。
やる前から諦めない事。

それが憧れるモノへ、一歩でも近づく事になる。
そうする事で、憧れる想いは大きくなるはずだ。
2008/07/30のBlog
[ 23:27 ] [ 言葉のノート ]

どんな時でも、どんな行動や言葉にも

いろんな顔、心があって秘めている意味がある。




様々な思惑、想い、意図が溢れる中で
いつどんな時でも行動や言葉は生きている。

自分が意図しなくても
言葉や言動は、物を言うもので
それが癖となるんだろう。

自分の気持ちを素直に出せない時こそ
言葉は、言動は、その裏に隠された気持ちを伝えようとする。

言葉には行動には心がある。
それはもう生きていると言っても良い。

自分の素直になれない気持ちを
変わりに伝えてくれるもう一人の自分なんだろう。