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2008/09/12のBlog
[ 23:50 ] [ 言葉のノート ]

良くも見える。悪くも見える。

悪手にも妙手にも見方次第で自在に変えられる。




主義主張で悪にも正義にも変わるのは世の常で
長所が短所になったりする状況はよくある。

苦手を苦手と思っていても続けていれば
いつしか周りよりも上手くなっているもので

人の視点によって変化するモノだ。
どんな事象でも解釈によって変わっていく。

だから、悪手だと思っても
考え方次第で妙手に姿を変える事もある。

ミスしてしまった。
そこで立ち止まるのも、そのミスを受け止めた上で前に進もうとするのも
自分次第なのだから、ミスをミスと思わず必要だった行為だと開き直れば
きっと前を見続ける事が出来る。

解釈次第で失敗も成功になる。
だから、後悔も自分を成長させる経験だと前を向こう。
2008/09/11のBlog
[ 22:25 ] [ 言葉のノート ]

誰にも出来る事と出来ない事があるのだから

無理に背伸びしてかっこつける必要は無い。




今の自分に何が出来るか。
それが今目の前にある壁に対して通用するのか。

冷静に考えれば解る事でも
ちょっとした欲を出してちゃんとした判断が出来ない時ってある。

自分自身が自分に出来る事と出来ない事を判断できない状況ならば
普段出来ている事だって、失敗してもおかしくない。

誰にもかっこつけたい時ってある。
誰でも無様な自分を見せたくない。

でも、そう思う気持ちが逆に変に力を入れてしまう。
見るに耐えない失敗を引き起こす時って、大抵はやる気が空回りして
周囲の状況を正確に判断できてなかった時なんだ。

むしろそんな時ほど、出来る事と出来ない事をきっちり見極めて
その上で、どうすれば今目の前にある壁を乗り越えれるかを考えよう。

自分だけで解決できないなら人に頼ったって良いんだ。

どんなカタチでも前向きな姿勢でいる事が
自然に自分らしさを引き出しているもので
前を向いている姿は誰だってカッコいいんだよ。
2008/09/10のBlog
[ 21:54 ] [ 言葉のノート ]

瞬間的に浮上した良心に躊躇わずに身を委ねる。

何も考えずに思うままに気持ちを表現してみる。




一日にひとつでも善い事をしようと思っても

助けてあげるべきだ。と瞬間的に思えた時に
実際にその場面で、躊躇う事無く動ける人はそういない。

どんな事でも善い事をする事は大切で大事な事だけど
いざと言う時に動ける人は尊敬してしまう。

頭にかすかでも過ぎったら
何も躊躇わずに動いてみよう。

その結果、自分の意図しない事態になったとしても
自分が咄嗟に動けた事を褒めてあげれば良い。

だれも褒めてくれなくても見返りがなくても
善い事を自分自身で出来たと思える事が
心に花を咲かせてくれるから。
2008/09/09のBlog
[ 23:47 ] [ 言葉のノート ]

使えば使うほど磨り減り、いつかは尽きる。

身体も心も同じだ。




人も電池も同じで
エネルギーが無くなれば尽きる。

常に充電と言うカタチで
エネルギーをチャージしないと動けない存在だ。

だけど、電池と違って人間は代わりが効かない。

だから、自分なりに折り合いつけなくちゃいけない。
無理はしないといけない時ってあるけど
ほんとに辛くなったら休んで良いんだよ。

腹が減っては戦は出来ない。
心が下向きじゃ、前は向けない。

充電と言う名のリフレッシュをしよう。
2008/09/08のBlog
[ 23:52 ] [ 言葉のノート ]

ありのままを表現できて、何事にも捕われないココロ。

自由でいて自然で、純粋な気持ち。




いつしか、言葉の裏を探るようになってた。
気づけば、相手を牽制するかのように構えてた。

何をするにも様々な要因を踏まえた上での思考は
単純にモノを見るのでは無く、その先を常に見ようとしてしまう。

故に灯台の下が見えない事態に陥っている事に気づいてなかった。

もっと素直になればいいのに
変に曲がりくねって捻くれて歪みに歪んだ考え方が染み付いていて

そんな自分を反省しつつ、もっと何事も自然に受け止めないとなって
自分自身に言い聞かせる。

自分自身に苦笑しながらも、何故か気持ちは晴れやかだ。

深く考えすぎてもしょうがない。
なるようになるしかないなら、むしろ素直に受け入れればいいんだ。
2008/09/07のBlog
[ 21:05 ] [ 言葉のノート ]

生きる為の必要最小限だけの知識さえ有れば人は生きていける。

だが、常に状況が可変する現在では、常に知り続ける努力をしなければならない。




これだけを知っていれば生きていける。
そんな便利な方法が有れば、誰だって生きるのに苦労しない。

毎日、同じ事を続けているようでも
時が流れている以上、常に全く同じで無く、多少のアレンジが必要になる。

人は失敗から考え成功に導く
つまり、どんな事でも知る事から次に繋がって行く。
最低限、これだけ知っていれば、他は知らなくて良い事は無い。

知らず知らずに知っていくのが生きるって事なんだ。

だからこそ、最善を導き出す為、人は苦労する。
そして、その汗から導き出された答えを知りながら人は生きていく。

人は生きる為に必要最低限の知識があるとするなら
それは常に知り続け、改善していく事だろう。
2008/09/06のBlog
[ 20:58 ] [ 言葉のノート ]

偶然のラッキーにすがっちゃダメだ。

自分で掴み取るぐらいの意気込みが本当の幸運を呼ぶんだ。




運だけで生きていけるなんて事は絶対にない。
例え、今の今まで幸運に恵まれた人生を送っていたとしても
その幸運に頼りっぱなしで生きていたなら

幸運に見放された途端、その人生は地に着くのが見えている。

あくまでも地力で掴み取る気持ち。
その前向きな姿勢がラッキーを呼び寄せるはずだ。

偶然に訪れた運をいつまでも待っていても、再び来る保障は全く無いのだから。
2008/09/05のBlog
[ 23:43 ] [ 言葉のノート ]

例え人目に映らなくとも、例え表舞台に出る事が無くても

自分の中で信じる道があるなら、それをやり遂げるだけだ。




何も無かったかのように振舞う。

むしろ、苦労を見せない事が仕事で
常に円滑に全てが上手く行くように気を使い、考えを張り巡らせ
何事も起きないような、何が起きてもすぐに対処するのが理想形。


こんな言葉が有る。

良い仕事が出来るか出来ないかは
段取りの9割で決まる。と


準備は重要だ。


それは必要最低限で有りながら
考えられる事態を常に見据え、先の展開を読んだ上で行う事が必須とされる。

用意周到で有る事に、無駄は無い。

例え、役に立たなくとも
気遣いは常に添える物。


決して表舞台だけが華では無い。
裏で策動する人がいて成り立つモノもある。

裏方なくして舞台は成り立たない。
支える人無くして人は一人で立ち続ける事が出来ない様に。
[ 23:12 ] [ 思いつき98%な日記 ]
とある美味いと名高いお店が有って
何かと贔屓にしている店がある。

そこでいつもどおりに注文をして
待つ事、数分で現れる待望の料理。
しばらく、その美味さに舌鼓を打ちつつ堪能していると

自分が入店した時と同じくして
入ってきて3人組の若者が、楽しげに話しながら出て行った。


喰うの早いなぁーと思いながら
あまり考えずに、料理に集中しながらも
何か引っ掛かるヒトツの疑問。

そうだ。あの3人組が注文したのは大盛りじゃなかったか?

今、自分が食べているのは通常のサイズ。
それよりも一回り大きな大盛りを注文していたのにも関わらず
自分より早く出て行った。

自分が食べるのが遅い?
いやいや、早いとは言えないがそれでも遅いと言われる程のスピードじゃない。
それに、注文を先にしたのは自分が先だったし
料理が来るのも自分の方が早かった。

どんどん膨らむ疑問に好奇心がむくむくと疼き始める。

ちらりと、その3人組の座っていた席に目線を向けた。


そこに有ったのは、ほとんど残っていると言っても過言でない量が残された料理。
それも3人が3人とも同じ量を残していた。

は?

目が点になる。

ワケが解らない。


大盛りを頼んでおいて、食べた量は普通のサイズより少ない程度。
どこかの店の視察か何かか?等、いろんな思考が駆け巡る。

そんな時、ふと店内を見渡してみれば
若い女の子や他の若いと思われる人は、ほとんど残して席を立ったりしているのが
目だった。

味は決して不味いワケじゃない。むしろ、美味いと言えるほどだ。
それでも、現実にほとんど食べずに残す人達がいる。


カロリーを気にして食べないのか
それとも、普段からもっと美味い物を食べていて舌が合わないのか

なんにしても、体調が悪くない限り、基本出された物は食べる自分にとって
衝撃だったのは事実だ。


食べ物を粗末にするな。と言われ育った自分にとって
今の時代に見た現実。

これがただの偶然で、実際はそんな事が無いのかも知れないが
それでも、食べられなきゃ残せば良いと考えられる思考が
当たり前になりつつあるのも現実なんだろうなーと。
少し寂しくなる自分がいるのは否定できない。

確かに今は食が溢れている。
食うに困ることの無い生活を当たり前と思えるぐらい平和なのかも知れない。

だけど、世界には食べる物が無くて消え行く命もあるのも真実で
なんとも言えない焦燥に駆られたヒトコマだった。