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アマチュアオーケストラ、ホルン奏者のつぶやき
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2006/11/21のBlog
[ 12:37 ] [ 歯科医療について ]
諏訪の産婦人科医と病気腎臓移植の医師の記事についてかかれた記事をみつけた。

病気臓器移植や体外受精、代理母ほど重い行為ではないが、
『差し歯がとれちゃった。今忙しくて通えないのでとりあえずつけてくれ』なんてことはよくある話だろう。
どうしてももう一度差し歯をつけるのがよくない状況でも、つけざるをえないことはあるのである。
差し歯がとれた段階で、これだけ治療の必要性がありましたが、患者の希望により差し歯をつけて2年経過したらこの通りです、なんて学会発表するだろうか?
する訳がない。
差し歯をつけ直すデメリットは患者さんが煩わしそうにしても説明しないといけないだろうが、倫理的にはこの差し歯つけなおすべきではなかったのでは?なんて訴えられることを想像すると、だんだんよかれと思ったこともできなくなる。
要は患者と医師の間の信頼関係があればそれで良いように思うのだが、少々乱暴だろうか?


以下引用記事
<異端の医師>移植・生殖医療で独自の道徳観 2氏の共通点
(毎日新聞 - 11月20日 13:20)
 病気腎移植を重ねる愛媛県宇和島市の万波誠(まんなみまこと)医師(66)と、「祖母が孫を産む」代理出産を手掛けた長野県下諏訪町の根津八紘(ねつやひろ)医師(64)。地方を舞台に移植医療と生殖医療の最前線で働く“異端の医師”の共通点は。【大場あい、池乗有衣、永山悦子】

 「私は目の前にいる患者さんを毎日、精いっぱい診ているだけですから。日本の移植医療をどうするか、死体腎(ドナー)をどうするかなんて考えたこともない」。万波氏は18日、毎日新聞の取材に対し、こう答えた。

 万波氏は山口大を卒業後、70年から市立宇和島病院に勤務。腎移植を志して渡米後、77年に同病院で初めて腎移植を手がけた。04年に新設された宇和島徳洲会病院に移ったが、過去約30年間に執刀した移植手術は約600件に上るという。

 その間、腎移植に熱心との評判は広まり、万波氏の「カリスマ性」を高めていった。元同僚医師は手術ぶりを「経験に裏打ちされ、正確で無駄がない。病院というより万波先生が信頼のブランドだった」と振り返る。

 根津氏が院長を務める「諏訪マタニティークリニック」。不妊治療で苦労する患者の最後の「頼みの綱」とも言われる。全国から1日200人近い患者が訪れ、手掛ける体外受精は年間12001300例に上る。

 根津氏は信州大を卒業後、医学部助手などを経て76年に開業。不妊治療に取り組み、排卵誘発剤を使った最新の治療法で妊娠した患者の喜ぶ姿に触発された。「何とかしようと続けるうち、いつの間にか不妊症の専門家になっていた」と話す。

 2人は、多くの患者に頼られている点が似ている。万波氏の元同僚医師は「堅苦しいネクタイを締めず、一般の医師と違い、接しやすい人柄。何か困った時は夜中でも病院に来る。臨床医としてあるべき姿」と話す。根津医師も患者の間で「面倒見のいい医師」として知られる。

 地方での人気が高い一方で、学会などからは「倫理より患者」という姿勢が厳しい批判を浴びている点も共通する。

 万波氏や彼を慕う医師らは「捨てられる臓器を生かす第三の移植」として、がんなど病気のため摘出された腎臓の移植手術の意義を力説するが、移植の専門医で作る日本移植学会は疑問視する。移植可能な臓器なら摘出しても人体に戻すべきだし、捨てる臓器なら移植はリスクがあるためだ。

 同学会の大島伸一副理事長は「研究的要素の強い治療は学会で是非を問うべきだが、万波氏の姿は見たことがない」と述べ、同学会に所属せず、症例もほとんど公にしない万波氏の密室性に厳しい視線を注ぐ。

 根津氏は98年に公表した、第三者提供の卵子を使う「非配偶者間体外受精」が日本産科婦人科学会の指針に反するとして除名された(04年に復帰)ほか、同学会の指針や厚生科学審議会生殖補助医療部会の報告書に反して代理出産を続けている。大西雄太郎・長野県医師会長は「一医師の道徳観だけで進める生殖医療は危険だ」と話すが、根津氏は「倫理観は時代によって変わる」と意に介さない。

 「倫理より患者」の論理を食い止める法整備は遅れたままだ。民間シンクタンク・科学技術文明研究所のヌデ島(ぬでしま)次郎主任研究員は「日本では、何か問題が表面化した時、その場限りの対策を考えるにとどまってきた。今こそ公的なルールを築くことにエネルギーをかけるべきだ」と指摘する。
2006/11/18のBlog
[ 22:32 ] [ 歯科医療について ]
■赤ちゃんの虫歯予防に効果あり、妊婦にキシリトール

妊娠中から出産後にかけて、虫歯菌(ミュータンス菌)や歯垢(しこう)を減らす作用がある天然甘味料「キシリトール」を摂取すると、産まれてくる子どもの虫歯菌感染が抑えられることを、岡山大大学院の仲井雪絵助手(歯科医師)らが突き止めた。

 虫歯菌の感染が遅いほど、虫歯になりにくくなるとされており、母親の心がけが、子どもの虫歯予防につながることを実証した研究成果として注目される。

 虫歯は、虫歯菌が砂糖などを分解する際にできる酸が歯を溶かすために起こるが、キシリトールを摂取すると、酸が生成されないうえ、虫歯菌を、歯からはがれやすい善玉菌に置きかえる作用が確認されている。

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キシリトールが虫歯菌を減らすのはその通り。
出産直後に虫歯菌をへらせば子供への母子感染が減るので、子供の虫歯菌が減るのも当たり前。これだけみると、専門家としては別にさして目新しい知見でないように思う。
問題は妊娠中の効果。
妊娠中からキシリトールを摂取したほうが、長期にわたって摂取することになりとかいう理由つけだったら(おそらくはそうだが)、本質的には良い研究とは思えないし、突き止めたってほどのものではない。
まぁ、こういうことからキシリトール摂取の効用が広まるのはよいことだけど、魔法のように受け取られるのは良くないと思う。
2006/11/08のBlog
今後新たな事実、特に「腎臓を提供した側に対するインフォームドコンセントが十分だったかどうかに関する報道」が出てくるかもしれないが、現在のところ私は万波医師に対してはそれほど否定的でない。
私は、歯科医師だし移植医療には全くの素人ではある。しかし、一応医療人として感じることは、彼は自己満足のために仕事をしていたのではないように思う。自己満足を満たす医師というのはやはり自己顕示欲が強く、そのためには奇麗な仕事をしたがるように思う。奇麗な仕事、すなわち同業者に示したとき批判を受けにくい仕事である。
「病気の腎臓を移植する。」これが奇麗な仕事だろうか?

人工透析はそれを受ける患者さんにとってはとてもつらいらしい。これを解放してあげようという思いにすぎなかったのではないかと思う。
今回、報道もあまりにも稚拙だ。
学会に入っていないことも否定的にとりあげられるが、学会に入っていることが最新の知識を吸収していることにはならないし、むしろ未入会であることから、かえって万波医師が自己顕示のためにこれらの処置をしたとは考えにくい。だいたいが学会なんて金をはらえば全く合法的に入れるものなのである。それを未入会である事実について否定的にコメントしている学会のお偉いさんこそ、権威を振りかざしているだけなのではないか。移植学会自体、移植の技術と倫理について討議はあるのだろうが、移植を切望する患者さんのところまで考えは回っていないだろう。回るはずはない、学会とはそういうところなんだと思う。それは私の業界でも同じ。
さらに、患者に同意書を書かせていないことも否定的に報道される。同意書なんていうものはむしろ医師に有利になるものであって、どうしてこれを否定的に報道するのか?
訳がわからない報道をすることで、あらたな医療やチャレンジがつぶされ、患者さんの利益がなくなっていくことにマスコミはどうして気づかないのだろう。
この問題は、移植を受けた患者さんからはおそらく不満はでてこないのだろうから、問題は提供者への説明がどうだったかだ。そこにもっとフォーカスして報道したら良いと思う。
2006/11/03のBlog
[ 23:52 ] [ 演奏会 or CDレビュー! ]
行ってきました ウィーンフィル。
ウィーンフィルでブルックナーの5番が聴けるという私にとっては夢のような日がやってきました。
結果的にはやや期待が大きすぎたのか、それともアーノンクールのブルックナーがどうも僕には合わなかったのか、やや(あくまでもややです)期待通りとはいえない感じでした。弦楽器の響きがやや創られすぎている感というか、ちょっと華美な印象がなんとなく合わない。
金管楽器も非常に良い音(ホルン6 トランペット4 トロンボーン4)なのですが、もう少しffが強くても良かったように思います。おそらくはウィーンの楽友協会ホールの大きさであれば必要十分。ただし4楽章の最後はすごく鳴っていたので計画的な響きだったのかもしれません。1楽章の最後になってトランペットのアシと思っていたひとがティンパニーの調律をはじめたので『ペダルティンパニーじゃないから音かえ専用の人なの?」と思っていたら、最後のロールは二人でした(4楽章最後も)。
といっても、素晴らしい演奏だったには違いありません。やはり本家本元のブルックナーサウンドだと思います。ここまで緻密で美しいブルックナーは今後聴けそうにありません。ブルックナーで実はこれくらいスリムな響きが正しいのではないかとすら感じてしまいました。
アーノンクールの指揮はもしかすると奏者にはかなり緊張を強いるものかもしれません。しかしその緊迫感は演奏にはプラスにもなっているはず。
3年前の年末から年始にかけてウィーンで国立歌劇場、楽友協会ホールでウィーンフィル(正確にはウィーン国立歌劇場のオケとウィーンフィル)を聴いたのですが、やはりあそこで鳴っている響きは別物。当時も感じたのですが、ウィーンフィルは日本でいう歌舞伎みたいなものなんだと思います。伝統芸能なんです。その伝統団体が同国出身の指揮者と良い関係を築きつつあるということをVPOも非常に前向きに考えているんだろうと思います。
本日はサントリーホールの故佐治館長の命日にあたり、演奏に先立ち楽団代表の挨拶があり、「サントリーホールは日本におけるホームなんだ」という発言がありましたが、気持ちではもしかするとほんとにホームなのかもしれませんが実際は全然違うと思います。
挨拶のあとは追悼の意味をこめたアヴェベルムコルプスの演奏があり(オルガンのリモートの鍵盤が出ていたので不思議だったのです)、拍手なくアーノンクールは袖にさがりました。

実は明日、バルボドゥのフルート、ホルン、ピアノのためのエスキスと、同じ編成に編曲されたモーツァルトのアヴェベルムコルプスを演奏します。今朝テレビをつけたら偶然アヴェベルムコルプスをやっていて、『えっ!』と思ったのですが、まさか同日にVPOでアヴェベルムコルプスを聴けるなんて。死の5ヶ月前に書かれたこの美しい音楽がブルックナーの前に聴けたことは幸運でした。

これでこの秋の演奏会ラッシュは終了。フランクロイドに始まったこの1ヶ月非常に音楽的刺激を十分に感じることができました。
2006/10/30のBlog
[ 19:01 ] [ 演奏会 or CDレビュー! ]
バボラク ホルンエレガンス
と名付けられたコンサート。新日フィルの伴奏でバボラクのソロを聴けるという企画。プント、モーツァルトのロンド、断章。CDにもなっているニノロータ(ゴッドファーザーのテーマの人ですね)のキャストルデルモンテ。そしてブラームスのヴァイオリンとホルンとピアノのためのトリオのオーケストラ編曲版というプログラム。
バボラクも毎年くるのでだんだんありがたみが薄れてきた感があるし、本来だったら前日の夜のソロリサイタルのほうが硬派な演奏会だったようにも思う。まぁしかし今回はやや怖いものみたさ(聴きたさ)が勝ってしまった。すなわち、ホルントリオのオケ編曲版てどんななのよ?ということである。

バボラクは相変わらず濃密な音で音色は完璧にコントロールされている。あぁちょっと音がぬけたとか、鳴りむらが、とかいうのが全くない。技術的にはやはりブレスコントロールがすごいんだろう。これはいつ聴いても思う。昼下がりのコンサートとしては美音に選曲があいまって非常に眠気を誘うコンサートだった。このあたりも僕はバボラクの魔術から解けかかっているんだろう。

演奏としてはニノロータが一番良かったと思う。バボラクのために書かれたのでは、くらい感じさせる演奏だった。

さて、ホルントリオ。
げてものを想像していたが、個人的には予想以上によい編曲に思えた。Timp.や管楽器の持続音などの取り入れ方には編曲によるオリジナリティを感じたし、決して悪いとは思わなかった。合わせの難しい1、2楽章も上手くリハーサルできていたように思う。しかし、それに時間をとられたのが、はたまた編曲が悪いのか3、4楽章はちょっとがっかりであった。
3楽章出だしはtimpをともなったトロンボーンコラールから始まるのだが、なんか怖いことがおこりそうだった。4楽章は指揮者のテンポとVnソロ(豊嶋氏)のテンポの食い違いがひどく、合わないの一語。Vnはあのフレーズを鳴らそうとすればあのテンポが精一杯だろうと思うので、あきらかに指揮者(広上氏)のミスではないかと思う。なんとか室内楽の躍動感を出したかったのかもしれないがもとよりそれを求めるのが間違いなように思えた。
全体的にははなはだ残念ながらホルンがややデッドであった。伴奏もObなど編曲のせいもあるのか音色ともに煩く(音域が良い音域でないように思えた)感じてしまう点が多々あった。
結果的には、1、2楽章だけだったら結構良かったかもという感想。これがリハーサルのせいなのか編曲のせいなのかはスコアをみてないから判然とはしない。ただ、バボラクではなくもっと大きな音が期待できる奏者であれば違う結果になったかもしれない。