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チキン、ときどき女王。
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2008/05/06のBlog
[ 21:38 ] [ 叫び・つぶやき ]
本当は、きっと、「好き」なんだろう。昔も今も。

だけど私はその気持ちを「仲のいい友達だから」という言葉で包み隠す。
2008/05/04のBlog
すべては想像力の問題なのだ。僕らの責任は想像力の中から始まる。
イェーツが書いている。
In dreams begin the responsibilities──まさにそのとおり。
逆に言えば、想像力のないところに責任は生じないのかもしれない。
(『海辺のカフカ』 村上春樹)


内田樹の著書『女は何を欲望するか』を読んでいて、
ふと気になって再読した『海辺のカフカ』。
発売当時の私は、大島さんに心酔したものだなぁ、なんて、
感傷にひたりつつ夜更かしして読み直した。

今読んでみると心に引っかかる言葉が多くて、
数年の時が流れる中で、自分の中に言葉をひっかけられる
突起が形成されていたことに気づき、少しだけ安堵する。

その中で特に気になった言葉が、冒頭で引用した言葉。

想像力の欠如は、価値判断の執拗なる押し付けにも通じる。
そしてそれこそが私が恐れるものの一つ。
(自分がそうしないように、との戒めも含めて。)

しかし、では、想像力を持たぬ者の責任は追及しえないのだろうか。
何も話を政治や外交に広げずとも、想像力を欠いた故のいざこざなど、
言葉は悪いけれど、私たちの周りには掃いて捨てるほどある。

それらのいざこざにおける当事者たちの想像力なき発言や行動に対して、
真正面から向かい合うことは愚かなことなんだろうか。
2008/05/02のBlog
[ 21:40 ] [ 日々の出来事 ]
人はどうして分かりあえないんだろう、想いが行き違ってしまうんだろう。
永遠なんて無いと知りつつ、どうして人に執着してしまうんだろう。
ただ、大事な人を大事にしたいだけなのにね。

自分が興味を持った人を否定されるのはつらい。
空気が読めないのは悪いことなんかじゃない。
思いやりは持つべきだけど、それは空気を読むこととイコールじゃない。
人間として、大人として当然のこと。

異端児になるのを恐れるあまりに言いたいことが言えなくなるなんてナンセンス。
感情を撒き散らすのはスマートじゃないけど、ただ抑圧すればいいのでもない。