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2006/02/24のBlog
[ 04:50 ]
[ 旅行 ]
[ 03:52 ]
[ 旅行 ]
[ 02:12 ]
[ 日本人たち ]
[ 01:02 ]
[ 日本人たち ]
男が好きだ、女が好きだ、友だちが好きだ
○先週一週間、大学時代の同級生が泊まりに来ていた。
学生の頃はよく、下宿先で鍋やたこ焼きパーティとかしてたのにな。
懐かしかった。
えっちゃんは、大手外資系の化粧品会社に勤めていて、とても綺麗になっていた。
元々強かった眼光の光は、更に磨きが入り妖艶な美しさを放っていた。
えっちゃん、ゆきちゃん、あいちゃん、えりの四人でいつもつるんでいた。
百円ずつ出し合って撮ったプリクラが手帳のページに山のようにあって、容姿は皆
どんぐりの背くらべだったのに、今では手の届かないくらいえっちゃんが美しい。
太く逞しかった二の腕はほっそりとか弱く、お尻は半分くらいになっていた。
ところが彼女は美しいのに、人間としての生生しさが消えていて、まるで幽霊のようだった。遠いおとぎ話で読んだ癌病棟の白いベッド。横たわって窓の外を眺める乙女のように細くて美しくて儚いように思われた。少し怖いと思った。
あまりにも久しぶりで、もう長い間忘れていたので何からどう話してよいのか解らなかった。夜に手探りで始めた会話は無理やり時の流れを逆走した。
もう手を差し伸べても届かない、小さな青春。
わたしたちは退屈で、平凡で、楽しくて、授業をサボる事しか頭にない平均的な女だった。噂をして、プリクラ撮って、バイトして、彼氏の悪口を言った。「別れちゃいなよ~」は口癖だった。京都駅地下のポルタで買った4000円のスカートを履き、彼氏に貰ったペアリングをつけていた。TSUTAYAで最新の曲とビデオを2泊3日で借りて夜中に自転車漕いで返しに行った。チューハイと発泡酒をカゴに入れて、ポテトチップス入れて、ムースポッキーを買うかフランにするかで揉めて、結局両方買う羽目になって、そんなことはどうでもよくて、小さなこたつといつまでたっても温まらない電気ストーブをお尻で蹴って転がしながら一晩中だらだらと終わらない話をした。笑いすぎてバタバタと足を動かすと、すぐに怒った。階下には新婚のトラックの運ちゃんが住んでいた。全部が真剣で全部が真剣じゃなかった。
大人なんかになりたくない、一生このままラクして生きたいと皆、心底願っていた。
あれから四年が経った。えっちゃんは大人になった。私も、大人になった。
たった少しで埋まる事のない溝を感じながら、しょうがないなと思った。
また一晩中話したのに、会話は弾まなかった。何を話していいのかわからなかった。
式には呼んで、体力無いんだから三十までに子供が出来なかったら諦めて、生きて欲しい。そんな事を言ったと思う。
えっちゃんの髪の毛は今でもストレートでサラサラしていて艶と重みがあった。
私は今ではゆるいパーマをかけていて、艶はなく、随分と軽くなっていた。
大学生のときに一瞬だけお互い眠れなくなって2人で悩んだのを覚えている。
えっちゃんは今では治ってしまい、私のはときどき悪化していた。
私には体力があり、えっちゃんには無かった。
えっちゃんは水泳をして私は昆布を食べれば良い訳ではない。
お互い自分の生き様にそこそこ満足をしていて、そこそこに不満と悩みを抱えていた。
それぞれ知らない世界を生き、知らない苦労と幸福を手にして味わうようになっていた。
なのに互いに相手を少し哀れに思っているのが解っておかしかった。
えっちゃん。
えっちゃんは綺麗になった。春の夜に舞う蝶々のようで。
私は歳をとった。足取りは軽くないのに身体は元気で。
少しだけ、互いの人生をクロスさせた私たちは、またそれぞれの道へと戻ってしまう。
当たり前のことだし、当然のことだ。もう二度と重なり合わない人生を送っている。
またメールするよ、と約束をした。
水曜日の早朝、まだ暗いうちにえっちゃんを空港へと向かうタクシーに乗せた。
二十メートル先の交差点で見えなくなるまで見送ってから、シャツにアイロンをかけて会社に出かけた。
○先週一週間、大学時代の同級生が泊まりに来ていた。
学生の頃はよく、下宿先で鍋やたこ焼きパーティとかしてたのにな。
懐かしかった。
えっちゃんは、大手外資系の化粧品会社に勤めていて、とても綺麗になっていた。
元々強かった眼光の光は、更に磨きが入り妖艶な美しさを放っていた。
えっちゃん、ゆきちゃん、あいちゃん、えりの四人でいつもつるんでいた。
百円ずつ出し合って撮ったプリクラが手帳のページに山のようにあって、容姿は皆
どんぐりの背くらべだったのに、今では手の届かないくらいえっちゃんが美しい。
太く逞しかった二の腕はほっそりとか弱く、お尻は半分くらいになっていた。
ところが彼女は美しいのに、人間としての生生しさが消えていて、まるで幽霊のようだった。遠いおとぎ話で読んだ癌病棟の白いベッド。横たわって窓の外を眺める乙女のように細くて美しくて儚いように思われた。少し怖いと思った。
あまりにも久しぶりで、もう長い間忘れていたので何からどう話してよいのか解らなかった。夜に手探りで始めた会話は無理やり時の流れを逆走した。
もう手を差し伸べても届かない、小さな青春。
わたしたちは退屈で、平凡で、楽しくて、授業をサボる事しか頭にない平均的な女だった。噂をして、プリクラ撮って、バイトして、彼氏の悪口を言った。「別れちゃいなよ~」は口癖だった。京都駅地下のポルタで買った4000円のスカートを履き、彼氏に貰ったペアリングをつけていた。TSUTAYAで最新の曲とビデオを2泊3日で借りて夜中に自転車漕いで返しに行った。チューハイと発泡酒をカゴに入れて、ポテトチップス入れて、ムースポッキーを買うかフランにするかで揉めて、結局両方買う羽目になって、そんなことはどうでもよくて、小さなこたつといつまでたっても温まらない電気ストーブをお尻で蹴って転がしながら一晩中だらだらと終わらない話をした。笑いすぎてバタバタと足を動かすと、すぐに怒った。階下には新婚のトラックの運ちゃんが住んでいた。全部が真剣で全部が真剣じゃなかった。
大人なんかになりたくない、一生このままラクして生きたいと皆、心底願っていた。
あれから四年が経った。えっちゃんは大人になった。私も、大人になった。
たった少しで埋まる事のない溝を感じながら、しょうがないなと思った。
また一晩中話したのに、会話は弾まなかった。何を話していいのかわからなかった。
式には呼んで、体力無いんだから三十までに子供が出来なかったら諦めて、生きて欲しい。そんな事を言ったと思う。
えっちゃんの髪の毛は今でもストレートでサラサラしていて艶と重みがあった。
私は今ではゆるいパーマをかけていて、艶はなく、随分と軽くなっていた。
大学生のときに一瞬だけお互い眠れなくなって2人で悩んだのを覚えている。
えっちゃんは今では治ってしまい、私のはときどき悪化していた。
私には体力があり、えっちゃんには無かった。
えっちゃんは水泳をして私は昆布を食べれば良い訳ではない。
お互い自分の生き様にそこそこ満足をしていて、そこそこに不満と悩みを抱えていた。
それぞれ知らない世界を生き、知らない苦労と幸福を手にして味わうようになっていた。
なのに互いに相手を少し哀れに思っているのが解っておかしかった。
えっちゃん。
えっちゃんは綺麗になった。春の夜に舞う蝶々のようで。
私は歳をとった。足取りは軽くないのに身体は元気で。
少しだけ、互いの人生をクロスさせた私たちは、またそれぞれの道へと戻ってしまう。
当たり前のことだし、当然のことだ。もう二度と重なり合わない人生を送っている。
またメールするよ、と約束をした。
水曜日の早朝、まだ暗いうちにえっちゃんを空港へと向かうタクシーに乗せた。
二十メートル先の交差点で見えなくなるまで見送ってから、シャツにアイロンをかけて会社に出かけた。
2006/02/23のBlog
[ 05:07 ]
[ 旅行 ]
2006/02/22のBlog
[ 05:11 ]
[ 旅行 ]
というか空が青い。綺麗だ。冬のノイシュバンシュタイン城を見学した。
右写真はルードヴィッヒ二世が幼少期を過ごしたホーエンシュヴァンガウ城。ノイシュヴァンシュタイン城の位置には元々この城が在った。
一生童貞とかホモとか狂気とか散々言われている、現在のバイエルン州の重要な収入源であるノイシュバンシュタイン城を建設した人物、ルードヴィッヒ2世はつまるところ人間を愛してはいなかった。自分自身が人間から生まれ人間の皮を被っているにも関わらず、だ。芸術は現実で無いものから生まれる。41歳の若さで死したルードヴィッヒの肖像画はいつまでたっても20歳のままで、城主不在の館は今もなお美しい。神々の為に造られた静かな森の白鳥城は、永遠に人間の目で汚され続けるであろう。彼はあまりにも理想主義であり、彼の城は今やディズニーランドのシンボルでもあり、世界の観光名所となっている。それでも彼の成し遂げた偉業に変わりはない。考えるに値しない想定外の人間共が彼の偉業を評価し続ける。
右写真はルードヴィッヒ二世が幼少期を過ごしたホーエンシュヴァンガウ城。ノイシュヴァンシュタイン城の位置には元々この城が在った。
一生童貞とかホモとか狂気とか散々言われている、現在のバイエルン州の重要な収入源であるノイシュバンシュタイン城を建設した人物、ルードヴィッヒ2世はつまるところ人間を愛してはいなかった。自分自身が人間から生まれ人間の皮を被っているにも関わらず、だ。芸術は現実で無いものから生まれる。41歳の若さで死したルードヴィッヒの肖像画はいつまでたっても20歳のままで、城主不在の館は今もなお美しい。神々の為に造られた静かな森の白鳥城は、永遠に人間の目で汚され続けるであろう。彼はあまりにも理想主義であり、彼の城は今やディズニーランドのシンボルでもあり、世界の観光名所となっている。それでも彼の成し遂げた偉業に変わりはない。考えるに値しない想定外の人間共が彼の偉業を評価し続ける。
2006/02/21のBlog
[ 05:30 ]
[ 旅行 ]