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独逸からの手紙
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2003/11/13のBlog
1つ前の文章が、なんだかちょっと恥ずかしくなったので、
戦争に関連したヴィッツ(冗談話)を紹介します。
確かに戦争は悪ですが、その中でも人間たちはたくましく生きています。

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日本軍がシンガポールを攻めたとき、イギリス人は豪語した。
「なあに、大丈夫さ。イギリス人兵1人は、優に日本兵10人に相当する。」
ところが、あっけなくシンガポールは落ちた。
司令官パーシバル将軍が新聞記者に次のように述べた。

「残念、日本兵は11人もやって来た。」

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あるイタリア人がドイツ軍の捕虜になり、縛り上げられ、拷問にかけられました。
そのイタリア人はどんな厳しい拷問にも屈せず、ついに何も喋りませんでした。
さすがのドイツ軍も根負けして、縛っていた両腕を解きました。
すると、とたんそのイタリア人は身振り手振りも軽やかにぺらぺらとしゃべり始めたというのです。
ドイツ人は顔を見合わせ言いました。

「そうか!こいつらは身振り手振りしないと喋れないんだ。早く縄をほどくんだった!」

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国会の答弁が面白くなかった時にウイスキーを飲んでいて、見つかった時にチャーチルは

「こんなくだらない議論より私は国家に貢献している。何よりも酒税を払って。」

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時は、「バトル・オブ・ブリテン」。連日のドイツ空軍による空襲でロンドンは大打撃を食らっていた。
しかし、前日に入り口を爆撃されたある店が、翌日には早速開店していた。
その入り口の札には、こう書かれていた。

 「本日開店。なお、入り口は少々大きくなりましたが。」

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なお、これらのヴィッツは下記のサイトからの抜粋です。

■ちょっとコラム■
http://www.ne.jp/asahi/masa/private/history/ww2/column/index.html

※写真を貼ってみました。
ドイツの町を紹介できたらいいなと思います。
コソボという国をご存知ですか?

コソボはギリシャの北に位置し、未だNATO軍が駐在し国を管理している国です。

1年間語学学校に通っていた時、コソボから来た男の子がいた。
彼は私にこう言う。

「戦争は本当に悲惨だ」と。

軍隊が街を破壊し、兵隊によって次々に町民が殺される。
兵隊は、町民を見ると、殺すか、殴る。
殴られた町民は、ただ

「ありがとうございます!」

と礼を述べる。
そして、また殴られる。
途中で気を失う人もいる。
子供も、大人も関係ない。
命を取られなかっただけ、まだ運がいい。

彼らは町を出る。
彼らの家は爆撃でとっくに潰れている。
コソボ紛争の時、彼は齢9歳だっという。

それから、彼らは爆撃を避けながら1年半もの間、野宿をしながら国中を放浪した。
1日20km歩く時もあるし、その倍歩く日もある。
直ぐに逃げられるように靴は履いたまま寝る。

何週間も靴を脱ぐことができなかったこともあるという。
やっと靴を脱ぐことが出来た時、靴の底は貫けていた。
だが、靴を履かないで夜を過ごせた事を、彼は神に感謝したという。

何とも言えない。
9歳の子供が、何度も命の危機にあったという。
これが、戦争だ。
彼は語らないが、レイプもあったし、略奪、殺し、そこは無法地帯であった。
ほんの、10年前の出来事だ。

そして、未だNATO軍は帰らない。もう、無秩序ではないにしろ。

イラクで戦争が始まってから半年以上が経つ。
誰がこの戦争を望んだのであろう。
そして、どれだけの人が殺されたことか。

戦争はいつも、ほんの一握りの人間が望み、発起する。
しかし、その何百倍もの庶民がとばっちりを受ける。
戦争に「勝利」も「敗北」も、「英雄」も「悪」もない。

「人殺し」が国家間で正当に認められるのが「戦争」だ。

世の中理不尽と言えど、こんなに理不尽な事は無い。
一体人間は何度同じ過ちを繰り返せば済むのだ。

・・・だけど、安全な地に身を置いて、平和に毎日を暮らす自分に、戦争の話をする資格はないね。
2003/11/12のBlog
林檎のシーズンがそろそろ終る。

昨日、友人の家で手作りの林檎酒をご馳走になった。
彼女の家の庭にある林檎をもいで絞ったものだ。
夏は冷たく冷して、冬は温めていただく。
温める際にシナモンを入れるとより一層おいしい。


ご存知のとおりドイツは林檎の国だ。
聖書に出てくるアダムとイヴの「知識の木」(林檎の木)はドイツの大地に広く分布し、
晩夏は淡いピンクの林檎の花が咲き乱れ、秋にはやがてたくさんの実をつける。
修道士たちによって広められたこの木々は、村人たちによって大切に受け継がれた。

先日お話したマルティン・ルターは、多くの民衆に愛された修道士である。
ローマ教会から破門されたにも関わらず、新しい宗派を瞬く間に民衆の間に広め、
「宗教改革」を起こすことができたのも、彼の人望と地道な活躍による。

彼のは、修道士の役目である最新の農業技術を民衆に広めるだけでなく、
それまでラテン語・へブライ語しかなかった聖書を、民衆の為に初めて「ドイツ語」に翻訳した。
彼の翻訳した聖書は、正確な美しい言葉で統一され、ドイツ語の教科書としても用いられた。

しかし、ローマ・カソリック教会に逆らったルターは、
16世紀当時の絵画や版画の中で悪魔の姿をもって描かれている。
栄光をに満ちたローマ法王に逆らう、悪魔の子ルターを足で踏み潰す画など、
ローマ教会は様々な情報戦を繰り広げた。
(昔も今も権力者が民衆を丸め込む手段は変らないようですね。)
しかし、そのような圧力にも屈せず、ルターは上記の言葉を述べたのである。


林檎にまつわるエピソード、いかがでしたか?
赤い林檎を手に取って、秋の夜長にちょっと物思いに耽ってみてはどうでしょう?

一応補足:聖書にでてくる「禁断の実」は現在「ざくろ」であると言われている。
2003/11/11のBlog
ヨーロッパは日本人が思っている以上に「宗教」と深い関わりがある。
いや、宗教の上に、文化と文明が発展してきたのだ。
だから、ヨーロッパを理解するにはそこにはびこる「宗教」を理解しない事には始まらない。

ところで、「カソリック」と「プロテスタント」(エヴァンゲリオン)※1の違いをご存知だろうか?
ええと、確か「カソリック」がキリスト+マリア様信仰で、「プロテスタント」がキリストのみ信仰でしょ?
そうそう。でも、それだけ?

と、いうことで、今日は「カソリック」「プロテスタント」について。

まず、どっちが大元かと言うと「カソリック」だ。
カトリックでは、「ペテロ」が最初の「法王」であり、「法王」のもとに統一し、
「法王」の下に教会が立てられて、「法王」が全ての権威を持っている。
つまり「法王」を頂点とし、統一された「ピラミッド組織」を持っているのである。

しかし1517年、ドイツのヴィッテンベルクという町の神学教授だったマルティン・ルター
当時の教会制度に疑問を投げかけ「宗教改革」を叫び、
神聖ローマ帝国に対して宗教改革を求める「抗議書(プロテスタティオ)」(95か条の質問状)をつきつけた。
この運動によりルターらはカソリック教会から破門され、結果として別個の教派を築くことになった。

これが「プロテスタント」の誕生である。

また、これらの教派が「抗議者(プロテスタント)」と呼ばれるようになり、
「ルターの仲間」と呼ばれた「プロテスタント」の教会を「ルーティル教会」と呼ばれるようになった。

「カソリック」と「プロテスタント」(エヴァンゲリオン)の違い、おわかりいただけたでしょうか?

※1 「エヴァンゲリオン」とは「プロテスタント」のドイツ名
「プロテスタント」は抗議者の意味を含むので本場ドイツでは「エヴァンゲリオン」と呼んでいる。覚えておこう!

補足:ちなみに未だに「カソリック」「プロテスタント」は互いにイガミあっているので、混同しないように!

以下の世界の統計データを見るとまだまだ「カソリック」が大半を占めるが、
しかし、本場ドイツでは「カソリック」と「プロテスタント」が約半々。
ドイツ人の移民先のアメリカでは、「カソリック」が3割に対し、「プロテスタント」が5割と、プロテスタントが多い

「世界のキリスト教宗派別の統計」
カトリック 10億人
プロテスタント 3億人
正教 2億人
英国国教 6千万人
その他 4億8千万

ちなみにイスラム教は12億人。
2003/11/10のBlog
アウトバーンはドイツが誇る速度無制限の高速道路である。

アウトバーンはあの悪名高きヒトラーによって建設された。
ヒトラーはこの国をあげての大公共事業によって、
国中に溢れ返っていた失業者を無くし、同時に労働者が長期休暇を取れるシステムを築き上げた。
当時不景気で不安定であったドイツは、ヒトラーの政策によってみるみるうちに蘇えったのだ。
(ヒトラーについてはまた今度。)

で、アウトバーン。世界で唯一の、正真正銘の無制限道路である。※1
車好きなら、一度はアウトバーンで200キロをぶっ飛ばしたいと思うのでは?

実際、時速180キロでアウトバーンを走っていても、
後ろから煽られ、車線変更を余儀なくされる事はしょっちゅう。

ドイツ人の男は、どこからどこまでをたった何時間で走りきった!という事を自慢する。
例えばミュンヘン~フランクフルト間4時間(平均時速150キロ)など
そして、チャンスさえあれば、アクセルをめいいっぱい踏み、
ドイツ車の最大時速である時速260キロで走ろうとする。(ポルシェは300キロ)

昨日の衆議院選挙では自民党が勝利した。
ライバルであった民主党のマニュフェストは高速道路の「無料」化であった。

しかし、ドイツのアウトバーンは「無料」で「無制限」道路である。※2
いくらなんでも上限速度を無制限にしろとは言わないが、
次回の総裁選でのマニュフェストには、
高速道路の制限速度を時速130キロにする、というのを加えてみてはどうでしょう?

※1 ドイツ政府は、いくら無制限道路だからといって、飛ばしすぎるのは危険であると、推奨速度を時速130キロとしている。ただし、アウトバーンを130キロで走るのは、日本の高速道路を60キロで走るようなもの。

※2 ちなみに、フランスの高速道路は有料高速道路で渋滞もひどく、他国からすこぶる評判が悪い。(まるで日本のようだ!?)
追加: 民主党が落選したのでマニフェストを下げたことが問題になっているようですが、まー、しょうがないんじゃないでしょうか?落選したんだし。
公約と混同させたのは、ちょっと悪かった。以上。
-生きていくのに手仕事を-良心的な仕事を求めている仕立て屋です。
と続く。

いい言葉だ。
「職人」という言葉に誇りがある。

どんな時代にもプロになるにはそれなりの才能と努力が必要で、
誰もが自分のことを「腕のよい職人」になれるわけではない。

毎日決まりきった仕事があることが、どれほど意味あることか。
手に職をつけるというのは、自分にとっても、自分の人生にとっても
幸せなことであると思う。

私自身の職業は手に職をつけるものではないので、
Doblogでお見かけするプロのSEの方やエンジニアの方を、
少し羨ましく思う。
人生は一冊の書物に似ている。馬鹿者たちはそれはパラパラとめくっているが、賢い人間はそれを念入りに読む。
なぜなら、彼はただ一度しかそれを読むことが出来ないのを知っているから。
(ジョン・パウル)

人生!
自分の人生を一度も後悔をしたことがない人はいないだろう。
どんな選択をしようが、ふと本当にこれでよかったのだろうかと思い悩む。

一人の人間が一生の間にできることなど限られている。
しかし、何かをやってきた人というのは、選択肢をたくさん持つことが上手なのだと思う。

1つが潰れれば2つ目を、それがダメなら3つ目を。
ただし、この選択肢も人生を注意深く見ている人にしか見えない。