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SEの良心
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2006/11/13のBlog
[ 00:38 ] [ 今日の「私の理解」 ]
ここ数日、いじめが原因であるような小中学生の自殺と、そして校長の自殺が報じられている。子供の自殺と大人の自殺とは意味が違う、などと簡単に言って片付けて良いものだろうか。

私の畏敬してる作家に坂口安吾があるが、彼の作品に「風と光と二十の私と」という、代用教員をしていた二十歳の頃の自伝のような作品があり、その中で先生である安吾を困らせた、町の有力者の生徒を呼び出すくだりがある。
「どうして親父をこまらしたんだ」
「だって、癪だもの」
「本当のことを教えろよ。学校から帰る道に、なにか、やったんだろう」
 子供の胸にひめられている苦悩懊悩は、大人と同様に、むしろそれよりもひたむきに、深刻なのである。その原因が幼稚であるといって、苦悩自体の深さを原因の幼稚さで片づけてはいけない。そういう自責や苦悩の深さは七ツの子供も四十の男も変りのあるものではない。

当時中学生だった頃の私は、この作品を読んで救われた気持ちがした。このまま普通に高校受験をし、高校を卒業したら就職するか大学に進学するだろうという、漠然としたレールに乗せられていると思い詰めていた。例えば高校受験に失敗して、そのレールから弾き出されてしまうのではないか、と思うと学校の勉強も手がつかずに苦悩したものだったから。
同時に、完璧かと思われていた大人は実は完璧でもなんでもなく、やはり苦悩懊悩するのだと知った。そうした自責や苦悩の深さが中学生の自分と同じだったとは!!

いじめを苦にしたであろう自殺した小中学生と、小中学校の校長の自殺。ストレスフルなこの世の中には、自殺に足りる理不尽な苦悩・懊悩・自責の念が個々人の心の中に渦巻いているのだろう。
だがせめて死ぬ前に、坂口安吾の諸作品を読んでもらいたいと思う。
2006/01/02のBlog
[ 20:20 ] [ チーム駿河台 ]
昨年に続き2回目の箱根駅伝に出場。
紫紺の旗の下、今年も母校の箱根駅伝応援が出来ることが嬉しい。
「紫紺の歌」のリーダーをとっている明治大学應援團の第85代平原團長。
明治大学の隣はなんと、シード校の日本大学
チアリーダーが懸命に応援するも、明大の隣なためどうしても迫力負けの感じ。
大手町での往路応援終了後、私の地元に戻って来て記念撮影。
この日のために明治大学のノボリを購入(笑)。

この後、私の自宅にてTV中継で箱根駅伝を応援しつつ、新年会をしたのであった。
2005/11/28のBlog
東京電力の隣のマンションなのに、何故かTEPCOひかりに加入できないので、NTTのBフレッツマンションタイプに加入することに。ついでにひかり電話にも申し込み、なおかつヨメに部屋をひとつくれてやったため、IP電話対応機器無線LANセットに申し込んだ。

深夜のフライトで新婚旅行から帰国した日がNTTの開通日で、電話機とルータであるRT-200KIをセットし、通話確認をした。で、「IP電話対応機器無線LANセットなんだから、そのセットアップもしてよ」と言ったところ、ルータのRT-200KIに無線LANカードSC-32KIを刺したまま、そのままそそくさと帰ってしまった。
ともあれ、疲れているがルータの設定をしてインターネット接続をせねば!と思い、ルータ(4ポートスイッチングハブ内蔵)にLANケーブルをつないで私のパソコンで設定完了。結局、IP電話対応機器無線LANセットといえども、ルータであるRT-200KIには有線のLANケーブルで設定しなければならないのだ。
ところが、付属のRT-200KI専用CD-ROMまるごと設定ツール収録Version1,00では、ルータの設定が出来ないことが判明。一応、この専用CD-ROMでインターネットに接続できるようなので、最新の専用CD-ROMのアーカイブを指示されたURLからダウンロードしておいた。
さて、ヨメのノートPCに無線LANカードをセットしようと思って無線LANカードSC-32KIの箱を開けてみると・・・ 無線LANカード<sc-32ki>は、ひかり電話対応ルータ<rt-200ki>に搭載し、弊社提供予定の(略)
 本商品<sc-32ki>は現在、パソコンに装着してご利用いただくことはできませんので、パソコンには装着しないで下さい。
・・・なんぢゃ(゚Д゚)ゴルァ

しかも、この文章には「無線LANカードに付属しているSC32KI専用CD-ROMドライバ・ユーティリティソフトのパソコンへのインストールは絶対に行わないで下さい。」とまである。ヽ(`Д´)ノ アアン?
RT-200KI専用CD-ROMでもそうだが、ユーザをバカにしてるのか?(`・ω・´)
仕方なし、最新の専用CD-ROMのアーカイブをヨメのノートPCにブチ込み、無線LANカードのドライバをインストールしてみるも、全く認識しない
どうやら、この無線LANカードはルータに有線で接続して設定しなければ使えないことが判明。しまいには、ルータそのものがハングアップしてしまい、初期設定に戻さなくてはならなかった。
これまた都合の悪いことに、ヨメのノートPCには(A4ノートのクセに)LAN端子がない。仕方なし、無線LANカードを設定するためだけに、カードバスのLANカードを購入して設定した。でやっ!(ノ ̄∀ ̄)ノ ┫ ゜・∵。 ちゃぶ台なげ
やっとヨメのノートPCで無線でインターネットが出来るようになったのだが、電波状況がヨロシクなく、ヨメは不満タラタラである。

あのね、普通の人ならIP電話対応機器無線LANセットはセットアップできませんよ?それでもレンタルで製品をリリースするNTT東日本には呆れるばかりである。マヂでIP電話対応機器無線LANセットを解約して市販品で無線LAN環境を構築しようかと思う、今日この頃である。
2005/11/23のBlog
[ 12:00 ] [ 日々是精進 ]
思えば初恋を経験した小学4年生の頃から、「自分は将来どんな人と結婚するのだろう?」と漠然と思っていた。ひょっとしたら全く結婚の縁がなく、一生涯結婚できない人生を歩むのかも知れないという、これまた漠然とした淡い戦慄を覚えたこともある。
パソコンに出会ったのも小学4年生で、「将来は必ずプログラマーになるんだ!」と夢を持った頃でもあった。

あれから幾星霜。家庭の事情から高校を中退してイキナリ夢が叶ったり、独立して失敗したり、仕事しながら大学に入学して勉強したり。社会人になって17年、ついに年貢を納めることになった次第である。
結婚式と披露宴には親族の他に、大学時代の共通の友人に多数来てもらった。明大は当然として、早大や日大、都立大の友人達だ。共に昼間仕事をして夜大学で勉強していた社会人学生の仲間である。友人代表の挨拶や早大の第一応援歌「紺碧の空」、明大の第一応援歌「紫紺の歌」等、ありがたいお言葉と私達二人を応援してくれる応援歌は非常に嬉しかった。さらに我らが母校、日本一の明治大学應援團の皆さんに来ていただき、披露宴を大いに盛り上げてくれた。

マンションの購入と引越し、結婚式の準備に新婚旅行の手配と非常に忙しく大変だったが、やはり結婚式を挙げ、披露宴をやって良かったと思う。
2005/11/06のBlog
[ 22:41 ] [ 今日の「私の理解」 ]
歌手で女優の本田美奈子さん死去…急性骨髄性白血病で

家で終日ゴロゴロしてウツラウツラ寝ていたら、TVで本田美奈子さんが急性骨髄性白血病で急死したニュースを観て非常に驚いた。特にファンではなかったが、我々の世代(80年代歌謡ポップ世代?)のアイドルの若すぎる死去は、ちょっとショックだった。

本田美奈子さんは私より4つ5つばかり上で、しかも地元で隣の朝霞市に住んでいた。確か、高校は県立朝霞高校の定時制に通いながら芸能活動をしていたと思う。ちなみに、私が酔っ払うとカラオケで歌う尾崎豊さんも、朝霞市が地元だった。地元の近隣で元アイドル(尾崎豊さんは今でもファンである)が亡くなると、妙な親近感を覚えると同時に、何とも言えない残念さがこみ上げてくる。
2005/10/29のBlog
[ 01:08 ] [ SEのお仕事 ]
やはり、と言うか、ついに、と言って良いものなのだかワカランけれども、神戸情報大学院大学が高度IT技術者育成のための専門職大学院(情報技術研究科 情報システム専攻)を建学した。修業年限は2年で、情報システム修士の学位が取得できるようである。恐らく、IT専門職大学院としては日本初であると思われる。

教材はLinuxを中心としたメジャーなオープン・ソースを活用するらしい。元々UNIX自体が教育目的な側面もあったから、その派生OSであるLinuxを中心にマイクロカーネルやマルチユーザ,マルチタスキングを勉強するには丁度良いかも知れない。しかし、IT専門職大学院でそれらを学び、マネジメントを学んだところで、実際にはどうなんだろう?

アメリカの大学では、学部レベルで普通にコンピュータ・サイエンスをやるし、大学院では産学協同でより高度な研究・開発を行っている。事実、ペンタゴンの要請でMITやGE等が1960年代にMulticsというOSを開発したがプロジェクトは途中で頓挫し、その副産物としてAT&Tベル研究所に転がっていたDEC社のPDP-11でゲームを遊ぶために作られたOSがUNIXである(本当は色々と紆余曲折があるのだが、省略)。1970~80年代のアメリカの学生はUNIXでコンピュータとOSの仕組みを勉強し、起業した学生もいた。代表的なのはサン・マイクロシステムズだろう。
12~3年ほど前、ニフティで386BSDのPC-98版のフロッピー閲覧(コピー)があって参加し、約50枚もの5インチフロッピーをひたすらコピーしてインストールにチャレンジしたが、あっけなく挫折した。その後、386BSDFreeBSDに引き継がれ、やっとVer2.0リリース版のインストールに成功したのが10年前だったと思う。当時の私はLinuxFreeBSD等のオープン・ソースはマニアのものだけだと思っていたし、現在でもその考え方は余り変っていない。それはともかくとしても、日米でのIT技術者の質は、相当な開きがあるように思えてならない。だからこそのIT専門職大学院なのだろうか。

神戸情報大学院大学の母体がコンピュータの専門(専修)学校である、という点も引っ掛かる。これは大変失礼な物言いだが、コンピュータの専門学校で2年も勉強して通産省(当時)の情報処理第二種技術者試験(現在の基本情報処理技術者試験か)にパスしない学生ばかりを多く見て来た。そしてほんの一部を除くと、上っ面の知識ばかりでほとんど使い物にならない人間が多かった。
今後、神戸情報大学院大学のようにIT専門職大学院が各大学で創設されるかも知れないが、私は「コンピュータ専門学校卒の人材よりは多少マシ」ぐらいにしか思えない。一時期、アメリカのビジネススクールでのMBA(管理経営学修士)が持て囃されたが、現場と理論の乖離が明らかになるにつれ、MBAは一時期より人気が衰退したようだ。況や情報システム修士では、今後排出される人材の優劣がその人気を占うことになるだろう。
いっそのこと、情報処理技術者試験を技能認定型資格から、免許のように業務独占型の資格にしてしまった方が、遥かにいいと思う。そのための情報システム修士であれば、IT業界で幅を利かせることができるのではないだろうか。
  リンクURL: http://www.kic.ac.jp/
2005/10/20のBlog
[ 00:41 ] [ オヤジ戦隊ダジャレンジャー ]

 ちょっと主要先進国首脳会議(サミットに行ってくるよ。
2005/10/19のBlog
楽天の強さと弱み--ライブドアとどこが違うのか - CNET Japan

TBS楽天M&Aコンサルティング(通称:村上ファンド)によって敵対的M&Aに晒されている。ライブドアニッポン放送株の買占めなどフジサンケイグループへの攻勢は記憶に新しいところだ。地上波デジタル放送を迎える背景もあるのだろうが、放送コンテンツとインターネットとのシナジー効果が云々されており、かつライブドアよりも用意周到、村上ファンドも一枚噛んでいる点も見逃せない。

小池百合子環境相は元TVキャスターをしていた経歴があるにも拘らず、無見識にもTBSなどの報道各社が株式を公開しているということは、いつでも買われる対象であるということに尽きると思う」などと放言しているが、この人にはジャーナリズムと近代資本主義ならびに会社経営について全くの無知であるのではないか?と思わずにはいられない。少なくとも、ヒトラーの『我が闘争』を読んでいないのは明らかだと思われる。
まず、新聞というのは比較的小資本で始められる事業である点。それに比較して地上波放送を行うTV局(放送会社)は、新聞よりも比較にならないほどの資本が必要である点。更に現代においてニュース・ソースが新聞からTV局の番組に、とっくにシフトしている点(但し、年齢層に拠る)。ヒトラーがタブロイド誌の週刊新聞(後に日刊新聞になった)からナチス・ドイツを率いたのを知らないと思われる無知と、それだけ報道(=ジャーナリズム)が重要であることの認識がなさ過ぎると思う。
経営学を少しでも齧った大学生ならば、新聞各社が株式公開をしていないぐらいは知っていることだろう。そしてTV局を開設して番組を放送するのに大資本が必要=株式による資金調達が必要であることぐらいは理解していて当然だと思うのだが。

アメリカでは1980年代以降、それまでの産業組織論をリーディングしていたハーバード学派からシカゴ学派が主流になり、レーガン大統領によるレッセフェール(自由放任主義)により、ウォール街ではM&Aがマネーゲームと化した。所謂グリーン・メールの横行である。日本においても護送船団方式の保護主義政策が緩和され、規制が緩くなって何でもアリになってしまっている。そこで村上ファンドを筆頭に、ファンド会社が荒稼ぎをするような機運になっている。ファンド会社=グリーン・メーラーと考えても差し支えないのではないか。TBSが自社株をプレミア価格の株価でグリーン・メーラーから買い取るようになってしまったら、報道の自由や中立性、そして報道の独自性の競争力は落ちてしまうだろう。報道番組以外の番組でさえ(カネをかければ良いとは言わないが)、他社との競争優位性を保てなくなる可能性だって考えられる。
「だったら、株式を公開しなければ良い」などと言って憚らない識者やグリーン・メーラー共は、放送業界なんて知ったこっちゃないのではないか。それで報道の自由は確立できるのか?要するにカネ儲けのマネーゲームに過ぎないではないか。
それにも増して、無制限な自由資本主義が無制限な社会主義の表裏一体だと言い得ない、TVに出演している「有名人」コメンテーターのバカさ加減には呆れる。

CS/BSも含め、地元密着のCATVですら黒字化が難しい昨今、インターネット=フリーライドである状態で、バブリーな楽天TBSと組んで、どれだけの利益を上げられるものか、甚だ不審である。楽天だって、大義名分を掲げたグリーン・メーラーであるとも考えられるからだ。
  リンクURL: http://www.tbs.co.jp/
2005/10/17のBlog
[関連したBlog:聖地巡礼の旅 【石川啄木編】不来方城址(岩手公園)]

丁度小学生が登校する時間帯なのか、明るくなった空には子供達の黄色い歓声で溢れていた。黄色い帽子を被った小学生が、集団登校する時間であった。
流石に腹が減って歩き疲れたため、近くの駄菓子屋ともつかないパン屋でコッペパンを購入して、地べたに座って食べた。いささか子供達の視線や、その大人達の視線が痛かったけれども(苦笑)。
ともあれ、開館時間に啄木新婚の家へ戻って来た。
玄関には「石川 一」(いしかわ はじめ=啄木の本名)の表札が出ており、玄関で靴を脱ぎ、襖を開けると、四畳半ほどの部屋が出て来た。
啄木の字で書かれた詩が額装されて飾られており、啄木ファンとしては隅々まで見たのは言うまでもない。
すると、啄木新婚の家を管理している盛岡啄木会の老人が挨拶してくれた。平日の早朝、ココを訪れる人が珍しいのだろう、気さくに声をかけてくれ、色々と案内して下さった。
それにしても、この部屋は居間だったのだろうか?その老人に尋ねることを失念したのが残念だった。
先ほどの部屋の襖を明けて更に中に入っていくと、六畳ほどの部屋が開けた。
部屋の左側には、妻節子が愛用した琴が設置されており、啄木の詩が掛け軸となって飾られている。

いちいち感心して眺めている私に、盛岡啄木会の老人が色々と質問してきた。
「どこから来たのか」「啄木の何が良いのか」「今でも啄木のファンなのか」等々。どんな返事をしたのかはスッカリ忘れてしまったが、老人は笑顔で私の話しを聞いてくれ、満足そうな笑顔を浮かべたのは忘れない。
部屋の右には火鉢があり、広さといい、ココが居間だったのかも知れない。
ただ、この新婚の家には父母と妹が同居したと言うから、どういう使われ方をしたのかは判然としないままだ。実際、この家での生活は窮迫し、わずか3週間で引っ越してしまったという。

画像右手の暖簾をくぐると、啄木の「我が四畳半」である。この「我が四畳半」は(私の記憶が確かならば)詩集『一握の砂』に作品が収録されている。

恐る恐る、中に入ってみた。何せ啄木の書斎なのだから、やはり感動はひとしおである。
「我が四畳半」は質素な部屋で、文机と火鉢が置かれているのみだ。
文机の上には大学ノートが1冊置かれており、ボールペンもあった。まぁ、入館の記念に一筆書いてくれ、とのことなのだろう。ナニを書いたかは、やっぱりスッカリ忘れたが、当時母が寝たきりから快復しつつあった頃だったから、「たはむれに/母を背負いて/余りの軽ろきに三歩あゆまず」の詩を思い出していたことには間違いないと思う。恐らく、そんなようなことを記帳したのだと思う。

在りし日の啄木を想い、文机に座って写真を撮ってみた(笑)。