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きょうのつづき
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2008/04/03のBlog
島で唯一の貫通道路。
北の岬までまっしぐらです。
 
誰もいない道。いいえ。
よっく見てください。
道に先に歩く二人が見えるでしょ。
道端の自転車は、レンタルサイクル。
今度の旅の相棒です。
2008/04/02のBlog
沖縄の離島に行けば、
どこにでも落ちている風景です。
 
少しずつアップします。
2008/04/01のBlog
週末は沖縄へ行った。
金曜の最終便で羽田を発ち、那覇空港から
深夜の民謡酒場のカウンター着。
 
隣り合わせたひとり客。
初老の紳士は大学の先生だった。
泡盛に酔った教授が父親の思い出を話し始めた。
「僕が小学生のとき、オヤジがラジオと双眼鏡を買ってきて。
 てっきりプレゼントだと大喜びしたら、
 両方ともオヤジのものだった。
 
 驚いて理由を聞いたら、ひと言こうだ。
 
 『俺は子どもころ貧乏で、欲しいものも買えなかった。
 だから今、自分にこうたんや。』
 
 これがオトナのすることか! とずいぶん恨みました。」
「そんな父がいなくなり、今になって思います。
 父は教えてくれたんだと。
 
 欲しいものは自分で手に入れろ、
 与えられたらお終いだ、って。」
 
そんな話を聞きながら、思った。
私はここで何してんだろう?
それは私がやりたかったことに違いない、って。
2008/03/28のBlog
次女に春休みの目標を聞いたら、
 
「だらだら過ごす!」 ときた。
 
娘よ、そんなのダメだ。
どうせなら、ララララ!と暮らしなさい。
 
パパは今日から旅にでます。
日本の方言で一番フランス語に似ている、と噂の島へ。
2008/03/27のBlog
鮨屋に入った。
ら、白髪の板さんが常連らしき客と話していた。
 
「あんときは、町の両側焼かれて、
 逃げ場が失って、ひとっとこに集まったら
 そこをバーン、よ。」
 
どうやら東京大空襲の話題らしい。
 
「けどよ、戦争だもん。
 しょうがないっしょ。」 と常連。
 
「いや、民間人だよ、相手は。
 そこまでするか?」 と板さん。怒りは収まらない。
 
と、別の客が注文を入れた。
「コハダお願い!」
 
「コハダ? 
 今日は戦死だ!
 
 ・・・じゃなかった、売り切れです。」
 
板さん白髪を掻いた。
2008/03/26のBlog
今日出会った人のお話。
 
「こないだ緊急入院しまして、
 初めてストレチャーに乗って手術室に入りました。」
 
へー、そうですか。
 
「ストレチャーの上で身動きもできず、
 廊下の天井を見てました。
 ストレッチャーが押される、
 蛍光灯が後ろに飛んでいく、ただそれだけです。」
 
はぁ、そうですか。
 
「で、思ったんです。
 これで俺も終わるのかぁ、って」
 
お話はそれだけ。
彼は今日も元気で芋焼酎をロックでやっていた。
2008/03/23のBlog
本日は妻のピアノ発表会。
 
この三ヶ月、妻は父親の入院、死、葬儀で練習どころではなかった。
が、先生の励ましもあり出場。
曲はドビュッシー「沈める寺」。
 
二人の娘(11歳と8歳)と一緒に、
妻の弾くグランドピアノの響きを聞いた。
泉の奥底、霧の彼方から聖堂が浮かび、
そして沈み込むような音楽だった。
 
純粋にいい曲だと思った。
父親の死後、泣いてばかりの妻だったが、
今日は静かで力強い供養だった。
2008/03/20のBlog
「おはようー」 と言いながらトイレに入った次女(8歳)が、
「おやすみー」 とふとんに戻った。

今日は家でゆっくりしよう。
2008/03/19のBlog
九州は博多の居酒屋。
店の大将、イガグリ頭の老軍曹みたいな爺、
が茶髪の店員を怒鳴りつけた。
 
茶髪がカウンター下で
焼酎を注ごうとしたときだ。
 
「酒はお客の目の前で、なみなみ注ぐ!」
 
そうなんだよ、ワカモノよ。
コップになみなみ。
コップの下が受け皿なら、それだって溢れんほどに。
 
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名古屋の仕事帰りに、金山の居酒屋で一杯。
店員が冷酒をコップの表面張力限界に注いでくれる。
飲んべぃは背筋を伸ばし、そ~とグラスを引き寄せる。
 
いつしか店は満員の喧騒に包まれる。
2008/03/18のBlog
名古屋へ出張。
 
厳しいお客様のもとで、期末待った無しの納品。
スリル満点の立ち会い検収が奇跡的に一発で終了。
お客様から一言。
 
「今日は遠くからご苦労様でした。」 ほっと一息。
 
「あっ、そう言えば...
 言い忘れてました。」 へ? 
 
「先に言うべきでした。
 
 ありがとう。
 こないだデータ移行をしてくれて。」 
 
いえいえ、そんな
と頭を掻きつつ、
この厳しいお客様にそれでもライバル各社が集まる理由が分かった。
2008/03/12のBlog
何年か前に、妻の実家にて。
 
二人の娘(11歳と8歳)が大ゲンカ。
冷蔵庫にアイス、チョコとイチゴを一つずつ見つけ、
二人ともチョコを欲しがって。
 
どっちも譲らずののしり合い。
「それなら食べるな!」 
とママがキレかけたその瞬間。
 
どっからともなく、おじいちゃんが現れた。
二つ目のチョコアイスを手にして。
じいちゃんは娘たちのケンカを見かね、スーパーに走ったのだ。
 
そんなおじいちゃん、今日は小さな棺おけの中。
いっぱいのお花の下にかくれんぼ。
娘たちはオトナ達に命ぜられ、石で棺に釘を打ったりお箸で骨を拾ったり。
ちょっと目を赤くして、でもガンバリました。
 
------
 
厄落としの宴で娘が聞いた。
 
「おとうさんは何歳まで生きたい?」
 
私はベスト解答で応えた。
 
「孫の顔を見るまで、オマエたちの子どもが生まれるまでさ。」
 
義父のようなじいちゃんになりたい、
そう思ったから。
これは義父との約束だから。
2008/03/10のBlog
今日、義父が他界した。
入院から二ヶ月、集中治療室で一ヶ月の闘病の末。
 
二人の娘(11歳と8歳)と食事中。
病院の妻から短い電話があり、それを知った。
娘達にそれを伝えたら、しばし沈黙。
 
「まぁ、ご飯にしようよ。」 と次女が言った。
 
私の実家に電話した。
母にそれ伝えたら、しばし沈黙。
そして言った。
 
「もうすぐなのに。
 桜も見ずに、死んだのかい。」
 
そして私はそれを知った。
私は明日もご飯を食べ
今年も桜に会うのだ、と。
2008/03/08のBlog
次女(8歳)の宿題は、自分史。
0歳から8歳までの出来事を集めてる。
で、次女から質問。
 
「わたしが歩けるようになったのはいつ?」
 
「たしか、1歳。」
 
「立ったのは?」
 
「う~ん、それも1歳。」
 
困った。どんな状況だったか何も覚えてない。
長女(11歳)が立った時と歩いた時は、
昨日のように思い出すことができるのに。
 
「2さいのとき、どっか行った?」 次女の尋問は続く。
 
「たぶん、江ノ島の海に。」
 
「そこでわたし、なにしたの?」
 
「え~と、可愛かったよ。」
 
ゴメン。
アルバムを見てもう少しおまえのことを思い出すよ。
 
それと。
明日のお昼はおまえの好きなカレーライスにするよ。
2008/03/04のBlog
私の父は6人兄弟の4番目。
戦争まえ、どこも多産の頃。
父には10歳で夭折した兄がいた。
 
その兄は当時珍しかった懐中電灯が大好きで、
いつも布団の中で灯りをつけて遊んでいたとか。
 
両親はその子の死を悼み、
懐中電灯をひとつ棺に納めた。
 
それ以来、実家の墓に出るそうだ。
夜中に小さな灯りがポツンとひとつ、
ゆらゆらとさまようのが。
 
昭和のはじめ、茨城の霞ヶ浦のほとり
日が沈めば真っ暗な小さな村の話。
 
たったひとつの懐中電灯の明るさ。
が、ディズニーランドと同じ輝きだ。
田舎の闇を知る子には。
 
「いつになったらディズニーランドに行けるの?」と長女(11歳)
「わたしはシーに行きたい!」と次女(8歳)
 
ランドもシーも却下。
闇を知らなければ百万の電飾だって闇だから。